2006年04月25日

06.4.16 森本美沙さん 神奈川県民集会(6)横浜市開港記念会館にて

『森本美沙さん(特定失踪者・山本美保さんの妹)の訴え』



山本美保の双子の妹の、森本美砂と申します。どうぞ宜しくお願いいたします。
神奈川から、何人もの方が失踪している中で、山梨の私がお話を申し上げるのは本当に僭越ではございますが、特定失踪者460人いる中で、なかなか家族支援団体が有る方が少ないんです。
みなさん家族だけで苦しまれている方がたくさんいらっしゃいます。
その中で私も同じような立場でございますけれど、たまたま地元で同級生を始め、いろんな先生方が多大な力をくださいまして、今までに、政府に20万人の署名を持って、姉の救出を訴えて参りました。

私の事例は、460名の特定失踪者、特定失踪者の一時例としてお聞きください。そしてその事例は、他の460名、それぞれの家族の想いとおなじことだと考えていただきたいと思います。

私の姉は、山本美保は21年前の、昭和59年6月4日に、当時二十歳でしたが、『図書館に勉強に行ってくるね』と言って母に言い残し、ミニバイクで図書館に向かった日、帰ってきませんでした。

当時受験勉強をしていまして、進学するための大学を目指して頑張っていたときです。何の失踪理由もございません。私が先に、大学に進学していて、そう言う差があったと言うこともありまして、ちょっと姉には応援しきれなかったという部分は、未だに抱えております。

実は、私の2つ上の兄が事故でなくなりまして、当時、姉も東京女子大に受かっていたんです。ところが兄の死をきっかけに、美保ちゃん、−−美保ちゃんと呼んでいます−−美保ちゃんがひとりで東京に行くことを賛成することができなかったんです。
『どうか家族の側にいて!』とお願いをしました。その想いを聞き届け、姉は地元に残りました。

でもやはり、青春真っ直中の中、自分の進学への想いが断ち切れず、もう一度挑戦したいという思いで二十歳からまた勉強し直していた時期なのです。あの時応援していれば、と言う想いが、いまだに私は続いております。姉が失踪して以来、18年間何もできなかったという自分を、いまだに責めながら生きて参りましたが、でもその想いを、こうやってみなさんが応援してくださる力をお借りして、姉の救出をずーっと訴えていきたいと思っています。

地元で本当に大きな力を得まして、先ほど申し上げた20万人という本当に尊い署名を持って、政府に二度も、訴えに参りまして、これはすごいことだと、また・・・思っているんですが。

こうした力を、もしかしたら、政府−−今、拉致被害者認定者は16名、その他に460名ももしかしたら拉致被害者であるという疑いを持って相談されている方、これがもし全員拉致被害者であったらとんでもないことだと言う風に思った−−政府関係者がいるんではないか?

 これをどこで線引きしようと言う風に思った方がいるんだと思うんです。

特に特定失踪者の中で、力強い支援を受けていた私たちの団体を邪魔だと思った方がいるのではないでしょうか?ちょうど二年前、平成16年、3月4日にその当時から21年前に山形で発見されたご遺体が『それが山本美保さんですよ』というふうに急に言われました。『DNA鑑定が一致しました』と言うことでした。たぶんご存じの方、多いと思います。いきなりテロップで全国放送されましたので・・・

私も、本当になんのことか、訳のわからない状態でした。もしDNA鑑定をされるのであれば、家族に詳しい内容が伝えられるべきなんです。『美保さんのところは特定失踪者ですね。これだけ力強く・・・あらゆる捜査をします。もしかしたら不幸にも、国内で違った形で見つかるかもしれません。そういう一つ一つを潰していく意味でも、貴方(美砂さんの)の血液を提供してください』と言う風に言われました。

私は、あらゆる捜査をしていただけるならということで、血液を提供しました。誰も、山形のご遺体がそうかもしれませんので、最後の確認のためにDNA鑑定をすると言うことは伝えてはくれませんでした。
本当は伝えるべきということは後から聞きました。何の情報も与えられないまま、いきなりDNA鑑定をされまして、『一致した』ということだけを、いきなり携帯電話にかかってきたんです。

頭の中が真っ白になりまして、訳がわからなかったです。『それは、そのご遺体が姉と言うことですか?』とやっとの思いで聞き返した私に、『その可能性は高いです。でも詳しいことはまだわかりませんので名古屋大学にかけてあるDNA鑑定の結果を明日持ち帰りますので、是非お母さんにお伝えしたいのでお会いしたい。』と言うお話しでした。

でも私の母は、精神的にかなり参っていました。三年前父を亡くしているんですが、ちょうど、美保の問題が明らかになり、拉致かもしれないと言うことで、当時山梨県警にずっと務めていた父でしたが、姉の問題を抱えながら一生懸命仕事をしていたんですね。

警察の大変な仕事のことを、何よりも知っている父なんですね。現場の人間です。・・の人間ではありません。その現場の人間が、姉の問題を抱えながら姉が失踪した理由をひたすら・・言うことができませんでした。
本当は警察に伝えて、捜索を願いたいと思ったと思います。でも、自分の娘のことで、これだけ大変な思いをしている警察現場に迷惑をかけたくないと言うことで、口を噤んでいたんです。

いわば警察の身内の人間でした。
その警察に裏切られたという思いを未だに持っております。

父は美保の問題が勃発しまして、本当に20万人という署名を、一緒に足を運んで政府に出した人間です。
ところが、やはり・・・たたりまして脳腫瘍ということで、三年前に他界しました。その父を亡くし母はがっくりしていたんです。

本人もいろんな情報がはいったり、北朝鮮から情報が入ったり、また違う情報が入ったりして、一喜一憂している母は、かなり精神的に参っていました。その母に不確かな情報を伝えることはできないと思ったのです。ですから。『待ってください。確かなことがわかるまで、私が情報を聞きますから、母に伝えるのは待ってください』と言ったんですが、もうすでに、マスコミ関係はそのことを聞いていまして、全国のテロップニュースで流しました。

母は詳しい内容を、警察関係者とか専門のDNA鑑定士から聞いたのではありません。いきなりテレビの画面から自分の娘が遺体で発見されたと言うことを聞いたんです。

こんな辛いことがあるでしょうか?(会場から『そうだ!』)

私は母にこの運動に参加してほしいということは、気持ちでは思いますが、

『もうこれ以上、母を苦しめないでください』

ということを、まず言いたいんです。だから私が先頭に立つしかない。

これは、こういう思いをしている人は、私だけではないのです。460名、特定失踪者、いろんな形で苦しんでいるんです。家族を何十年も待ち続けています。失踪した理由も、探すこともできず、ひたすら待つだけの生活で、苦しんでいる。そう言う方、たくさんいるんです。ましてや運動しているのに、まだ拉致だとも、はっきりわからないのに、いきなり『死亡しています。貴方のところは拉致被害者ではありません』というようなことで、いきなり突きつけられた場合、もう母は、二重三重の苦しみを負っているわけです。

何故このようなことが起こったのか?

もし、これが本当であれば、私は真実を受け容れるつもりではいました。
どんな過酷なことであっても、真実であるならば、受け容れて姉の供養をしなければというふうに思いました。ところが、DNAが一致したのであれば、もっと他のことも一致するはずなんです。でも一致するものは何一つありませんでした。

さきほども杉野さんからお話がありましたが、DNAといえば、もうこれ以上のものはないと言われています。ところが体のサイズが全く違っているんです。当時ぽっちゃりしていた姉は、かなり体重も身長も・・しているんですが、そのご遺体の体重と身長と座高もあわないんです。遺留品も、見たこともないものでした。とても変わったジーパンをはいているご遺体で、前と後ろに皮が施されているもので、<ノスタルジックスレンド>というロゴまであったんです。『こんな特徴のあるジーパンなら、調べられますよね』というふうに警察の方に申し上げましたが、一切調べてはくれません。

支援団体の友人が、必死になって探して、やっと関西方面のごく一部で販売されていたのではないかと言うことだけがわかりました。
私は山梨県の生まれです。関東の人間です。姉の行動範囲はせいぜい山梨、長野、東京ぐらいです。関西に行くと言うことはほとんどありませんでした。
全く見たことのないジーパンです。『これはおかしいです』と言っても、『DNAが一致して遺留品が違うと言うことは、本人ではないと言うことになるんですか?』と、全くあっさりした答えが返ってきました。それほどDNAというものは威力を持ったものなんだと言うことを改めて感じたんですが。

でも、下着のサイズも体のサイズも、全く違っています。

もし姉だとするならば、柏崎の海岸から、海に入ったとして発見までに13日間です。そのご遺体の写真を私も勇気を出して見せてもらいました。男も女も、人間とすらわからないような、白骨化したとても痛ましいご遺体でした。手足が有りませんでした。スクリューで着られたという風に言われていますけれども、かなり事件性の高いご遺体です。

それを自殺の可能性が高いという一方的な憶測で、テロップニュースは流しました。
『一つ一つ丁寧に証拠を積み上げていくのでなかなか拉致認定はできません』というすごく慎重な警察が、何故、姉の場合だけはあっさりと『自殺の可能性が高いですね』と何の証拠もないのに、言うんでしょうか?

すごく政治的な力を感じました。

山梨県警だった父が(勤めていた父が)その当時からすると18年前になりますが、姉の存在を全く探さなかったわけではありません。警察には全国の身元不明のご遺体の情報や、失踪者の氏名、状況が全部手に入るんです。

父は密かに調べていました。
その山形のご遺体が姉の失踪の21日後、発見されたんであれば、とっくに情報は手に入れているんです。
当時筆まめな母が、日記に残しているものがありました。一ヶ月後に父が情報を得た中に、−−『大丈夫だ、。失踪者とか全国のご遺体の中には、美保の情報はない。安心しろ』と父から(お父さんと呼んでいますが)電話がありホットする−という日記が残っているんです

何故今頃になって、そんな乱暴なことをするのか無念と疑心暗鬼の気持ちと、でも負けないという思いで今戦っております。

特定失踪者調査会の荒木代表、先生が、しおかぜで家族のメッセージ、名前を読み上げてくださっています。とても暖かい言葉で、家族が言い表せないことも、全て力強く訴えてくれています。

その声は絶対、姉を含め北朝鮮で自由を拘束されている拉致被害者が、全員が聞いていると信じています。

私たちは待っています。北朝鮮ばかりか、国内でも圧力はかかっておりますけれど、家族に会えるまで信じて待っています。

こういう想いを、今アメリカでも、支援してくださるという方が立ち上がってくださいました。

横田さんご夫妻、昨日は長野、今日は神奈川と本当に休む暇もなく全国を走り回っていられますけれど、また来週も、アメリカにいかれるんですね。本当に、下院で証言をなさいますけれど。

めぐみさんのことだけではないんです。めぐみさんの事と共に、私たち特定失踪者、北朝鮮にいるならば、拉致被害者なんですね。何の変わりもないんです。
姉はめぐみさんと同世代です。
たぶん向こうで、顔を合わせていると思っているんです。
成田(羽田と言いたかったと思います)のタラップから、めぐみさんと美保ちゃん、また他の被害者の方々が手を取り合って、おりてくるのを信じて待っています。

私は今週、またアメリカの方に旅立ちます。
立場上下院での証言ではありませんけれども、民間団体のワシントン拉致連絡会というグループが、ワシントンにあるホワイトハウスの前で集会を行ってくださいます民間団体がありまして、そちらの方に招待されて行って参るつもりです。

どれだけ私たち拉致家族がどれだけできるかわかりませんが、支援してくださる方が有れば、声を大にして訴えてきたいと思います。

これは姉だけの問題ではありません。拉致被害者全員を救出するために、家族は諦めずに戦い続けます。その想いを伝えるために行ってまいります。

どうかみなさんも、この問題が無事に解決するまで声を出してください。
諦めずに家族と共に戦ってくださいますよう、宜しくお願いします。

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。


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