2006年05月08日

06.4.16 飯塚耕一郎さん 日本再生フォーラム(8)JACK大宮ビル5階にて

『飯塚耕一郎さん(田口八重子さん長男)の訴え』

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ご紹介を頂きました、田口八重子の長男で飯塚耕一郎と申します。
本日はお招きを頂きまして、誠にありがとうございます。
本来ですとうちの親父、副代表の飯塚繁雄の方がお伺いする所、ちょっと私用がございまして、こちらの方へは私及び私の伯父の方が代わりに出席をさせて頂きました。

本日はまず荒木先生の方にとても有意義なご講義を頂きましたけども、まず家族会としての総意と言っている部分はこの2〜3年まったく変わっていないと思っています。
まず早期の経済制裁を求めたい、この一点に尽きると思います。
皆さん、この言葉に関してはもしかしたら耳にタコが出来てしまう、それくらいのお話かと思いますけども。
ここには早期経済制裁を実施しないといったいどう言う事が起きるか?と言う部分が、本日皆様にお配りいただいているこの資料の中にとても分かりやすくまとまっていると思います。

こちらの資料の方の5ページ目、まさに家族会が言いたいことがかなり集約されていると思います。
まず経済制裁を行わなくてはいけないと言う部分に関してはまず一点、国家の意思を発信させるという観点、ここの部分にまず尽きると思います。
日本がこの問題に対してこの事件に対してどれだけ怒っているか?と。
そういった部分を犯人の北朝鮮に告げなければいけない。
そうでないと別に犯人の方としては、日本が怒っていないと。
別に人質を帰さなくても日本は何も言って来ないと。
お金は出来るだけ出してくれるというずるい態度、北朝鮮のずるい態度ですね。
ずるい態度がこれまでの歴史どおりに北朝鮮によって・・・(聞き取れず)しまうという問題があります。
 
もうひとつ違った観点で申しますと5ページの一番上、2004年の11月日本政府の制裁予告と言う部分がありますけど、この時期に細田官房長官の方から「迅速且つ誠意ある対応が無ければ厳しい対応を取らざるを得ない」という発言をしております。
今、2006年の4月です。
一年半以上、こういう「迅速且つ誠意ある対応」を取っているのかどうか分からない政府というふうに、私としては考えられます。
この1年半と言う長い時間は、果たして短いスパンなのでしょうか?
ここの部分は私は疑問に思います。
逆にこの1年半、何もしてこなかったと言う部分はますます北朝鮮に対する認識として、やはり拉致問題というのは日本は重要視していないと言う考えが定着してしまいます。
これは時が経てば経つほどそうだと思っています。

こういう観点からまずそういう、単独であろうが共同であろうが何でも構いません。
日本としての意思を発信する。
政治的な発言をして発信すると言う経済制裁を行うべきだと、この点を改めて私は皆さんにお伝えしたいと思います。
また、実際に私たち個人レベル民間レベルでは、じゃあ政府は経済制裁に全く動かない。
我々はどうすればいいのか?何をすれば良いのか?と言う疑問が湧いてくるかと思います。

それは前回は、私もこちらの日本再生フォーラムさんの方に参加させていただいた時も申し上げましたが、まず政府に対して我々の意思を発進する事が大事であると。
荒木先生も先ほど仰っていましたけど、この問題に関して動かすと言うのはやはり国民の民意と言うか、感情の部分がまさにこの活動、運動の大きな源、源泉かと思います。
その源である皆さんのひとりひとりから政府に対して手紙でもメールでも電話でも結構です。
政府に対して何故拉致問題を早く解決しないのか?何故経済制裁を実施しないのか?と言う部分を政府に発信していただければと思います。

これは横田拓也さんのお話ですけども、横田拓也さんはかつて日本政府に対してメールを何百通何千通と出しました。
あるときに、今安倍官房長官ですけど、安倍さんと初めてお会いした時に安倍さんからのまず一言は「君が横田拓也君か?メールは見ているよ」と言うふうに仰って頂いたというお話があります。
やはり日本政府には毎日何百通も何千通も連絡が来ると思いますけども、やはりこの拉致問題に対して解決をしたいという意思を持っている方は、必ず我々拉致問題を解決したいと思う気持ちに同情している人の発進や意思と言うのは、どのくらい忙しくても汲み取ってくれると思います。
ですので皆さんも無駄な事とは思わず、政府に対して発信していただければと思います。

これまでは私の家族会の立場として申し上げましたけど、やはり私個人として申し上げれば、今こちらにも写真がありますけども、実際私どうしても田口八重子さんと言ってしまいます。
どうしても母とは呼べません。
今年で29歳になりますけども母と一緒に居たのは、たった生まれて1年の間しか母子として一緒に居た事がありません。
当然1歳ですから、記憶も何もありません。
その様な状況で親父、副代表である飯塚繁雄に育ててもらって、何不自由なく育てて頂きましたけど、親父にはいっぱい親孝行的な物をしていきたいと思います。
旅行とかお袋と行って来なよと言って促してあげたりとか、体の心配をしてあげたりとか、巨人が負けているからどうするんだと愚痴を聞いて上げるとか、そんな下らない事までだいぶ話せるようになりました。

ただ、親父に対してはそう出来るんですけども、田口八重子さんに対しては何も出来ていません。
まだ家族である、「お母さん」とすら一言も彼女に伝えてあげる事が出来て上げられてないのが、現状です。
正直、その部分については複雑な気持ちがあります。
やはり一度も見た事の無い人なので、その人を本当に「お母さん」と呼べるのか?と言う複雑な思いもある一方で、やはり自分の事お腹を痛めてを産んでくれた母として、拉致をされた時の北朝鮮の海岸の所で、「私には子供が居るので」と人目を憚らずにお腹を出して妊娠線を北朝鮮の工作員に対して(見せて)訴えて「だから日本に返して」と。
「是が非でも帰りたい」と言う気持ちを嘆願したという、まだ見ぬ母に対してはやく親孝行をひとつ、何でもいいから出来ればと。
でもやはりその前にまずは「お母さん」と呼んであげたいと思っております。

私が今現状、日本政府はこの問題に対する大きな動きはございません。
この事件は1年半近く、こちらの資料に書いてありますけども細田官房長官の発言以降、対北朝鮮に対する政治的な発信と言うのは、政府としての発進はほぼ皆無だと私は思っています。
この停滞している中でここまで家族会の運動が盛り上がったのは、やはり皆さん国民一人一人の方々のご協力とお声の発進があったからこそだと思います。

私が親孝行でも何でもないんですけど、田口八重子さんに対して直接「お母さん」と呼んであげられるように、何とか頑張っていきたいと思います。
それには皆様のご協力とご理解とご発信が必要だと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。


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