2006年05月21日

支援活動に臨む自分のスタンスを再確認する

本日のエントリーは5月18日付「「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します」というエントリーのコメント欄に頂いた投稿に対する長いレスでございます。
ここだけをいきなり読んでもおそらく理解は出来ませんので、まずは当該エントリーに頂いたコメントをお読みいただき、それから本日のエントリーに目を通してくださるよう、お願い申し上げます。

★「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します
http://piron326.seesaa.net/article/17969059.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★フィンランディアさんへ

ようこそいらっしゃいました。
そして心温まるコメントをありがとうございます。
これだけの思いを文章にまとめるには、相当のお時間を使われたはず。
投稿に至るまでには、あれこれと逡巡もあったはずだろうと推察いたします。
勇気あるご発言を頂きましたこと、心より感謝申し上げます。<(_ _)>

コメント欄を閉鎖したら?というのは、以前にも別のある人から同じアドバイスを頂いた事があります。
そもそもネット上での議論は日本人に向かない、結局バカウヨの温床になるだけだ、とね。
それはそうなのかもしれません。
重箱の隅を突くような、言葉の揚げ足取りをするようなレベルの低い論争には私もホトホト愛想がつきます。
でも、それでも例えばフィンランディアさんのように、こちらの主張の趣旨をきちんと読んで応援してくださる方もいる。

ネットでは匿名ゆえに、人間の心の内に潜む汚い部分がストッパーもなしにひょいと表に出やすいのだと思います。
現実社会でも論争はありますが、ネット上で散見するような激しい罵倒合戦にまで発展する事はごく稀です。
あそこまで敵意むき出しの罵倒をやれば、現実社会ならそのまま即絶交ものでしょう。
そこまでの覚悟をして相手を叩く勇気のある日本人って、果たしてどれ位いるんでしょうね?

私も数年前、長年の付き合いのあったある一人の友人に絶交宣言を突きつけた事があります。
彼女のやる事が、余りにも私を含めた周りの友人たちに対して思いやりが無く、自己中心的な態度が改まらない事にこちらの忍耐が限界値を越えてしまったのです。
そのときの私の気持ちがどんなふうだったか、想像出来ますか?
どんなに救いの無い嫌な相手だと思っても、それでも長年の付き合いのある友人です。
心のどこかには、それでもこの人の抱えている問題を何とかしてあげたいと言う捨てがたい情があるのですよ。
絶交宣言は、自分の中にあるその最後の思いを切り捨てる事。
その覚悟をするために、どれだけこちらが血の涙を流したか?
多分、私はその友人と一生顔を合わせることは無いでしょう。
でもあの時の痛みも、多分私の中でおそらく一生消える事は無い。

ネット上で安易に他人攻撃をする人たちに、そういう痛みの経験はおありなのでしょうか?
人の縁を切る事の痛みを知らないから、彼らは安易に人を攻撃するのだと私は思います。
そこまでの深い人間関係を、あるいは彼らは一度も築いた事が無いのかもしれませんね。
現実社会での人間関係の重みを本当に知っている人は、例えネット上でもあんなに安易に人を攻撃したりはしないものだと思います。
一部の常軌を逸したバカウヨと呼ばれる人たちは、いったい現実社会でどんな生き方をしているのだろう?と、怒りを通り越して哀れさえ感じる事があります。
時にその哀れみさえ感じないほど、彼らの有り様が薄っぺらく思えることもあります。

Blogを開設してから一年以上。
うちのような地味なBlogにもそれなりにイロイロありました。
お陰さまでだいぶ鍛えられましたし、様々な事を深く勉強もさせてもらっています。
ありがたいことです。

同時に公に向かって情報発信する事の重み、と言う物も改めてひしひしと感じています。
これまでに優良とされるサイト・Blogがあちこちで終了・閉鎖になるのを見ましたが、彼らがどうして力尽きてネットから撤退をしていくのか?
今の私なら、その理由も少しは分かるような気がします。

うちのBlogは「去る者は追わず、来る者は拒まず」が基本方針です。
議論に臨む為の基本的な礼儀を弁えている限りは反対論でも歓迎をする。
自分にそれを受け入れる余力があるうちはいま少し、その方針は貫きたいと思っています。


それと金木犀様のことに触れていらっしゃるので、いい機会ですので私も一言思う事を述べたいと思います。
今回の騒動の根本には彼女に対する遺恨のような物もあるようですので、そこについての私の見解も述べないことには、多分話も始まらないのでしょうから。
私の彼女に対する基本的なスタンスは以下の通り。

蒼板で、彼女に関連して過去に何やらトラブルがあったらしい、ということは私も承知しています。
でも、そのトラブルの内容がなんであったか、その時も今も、私は全く知らないし知りたいとも思っておりません。

私にとって大事な事は、拉致被害者を救うことなのです。
そのために手を組める相手であれば、志を同じくする仲間であれば、私は誰とでも手を取り合う。
それだけの事です。
彼女の過去に何があったかなんて、私には興味は無い。
少なくとも今現在、彼女が拉致問題に取り組む姿勢は、私以上に本物です。
その事実以外に、私は彼女に求める物は何一つ無い。

もちろん人によって、それぞれ心の内に思うことはあるでしょう。
人の好き嫌いなら私にもあるし、実際現実の支援の場でお会いするお仲間の中に、人としてどうしても尊敬できないと感じる人や個人的な友人関係であれば決してお近づきにはなりたく無い方、と言うのもごくわずかですがいる事はいるのです。
でも、私がこの活動に参加する第一の目的は被害者救出ですから。
お友達を作りたくて、仲良しごっこがしたくて支援に行くわけではありませんから、それはそれ、これはこれを分別をする。
それだけの事です。

金木犀さんに対して何やらいろいろと複雑な感情をお持ちの方がいるらしい、と言う事は承知しています。
そのことについても、私はとやかく言うつもりはありません。
人の好き嫌いをどうこう指図する事は出来ませんから。
でも、少なくとも、この支援活動に関るのであればですね。
まずは支援活動のミッションは何であったかを常に意識して欲しいものだと感じております。
ネット上で他人の事を言葉汚く侮辱するのは、端で見ていても気分の良いものではありません。
ご本人はおそらく「衷心からご忠告を申し上げているつもり」なのかもしれませんが、私にはどう見ても体の良いうっぷん晴らしにしか見えません。
悪口雑言の限りを尽くすその人自らが、自分の値打ちを自分でどぶに捨てているという事実に彼らは気がついていないのでしょうか?

どうしても悪口を言いたいのであれば人目のつかないところで、こそこそやるのが最低限の礼儀です。
言いたいことがあるのなら直接ご本人に言うのが大人の分別と言うものでしょう。
その最低限の分別もつかない人が、あれこれと他人に対してご高説を垂れる資格などあるのでしょうかね?
人を罵るその口で、まずは自分の愚かさ加減を叱り飛ばす方が先では無いのか?と、私は思うのですけれど。


前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、頂いたコメントの中から一部を引用して、少しだけ私の考えを書かせて頂こうと思います。

>一般の人は、大抵は自分の生活に精一杯ですから、なかなかぴろんさんのような活動は出来ないです。何か強い動機がなければ、拉致問題に関心があっても、集会に出向くところまではなかなか・・・それ、普通の感覚です。私は、集会には思い切って一度だけ行きましたが、ちょっと「引く」出来事があり、それ以降、足が遠くなっています。

そうでしょうね。
それが多くのサイレントマジョリティーと呼ばれる人たちの実情であろうと、私も思います。
だからこそ、私はそういう人たちに向けて、集会の内容を発信するのです。
家族の必死の訴えに直接耳を傾けてもらって、この問題への関心をなんとか繋ぎ止めたいのです。
具体的になにか目に見えるような大きな活動が出来ずとも、心の内に拉致問題への関心を秘めていてもらい、いざと言うとき「被害者全員救出」の声を上げてくれる人を、一人でも増やしたいのです。
それが「私たちと共に戦って欲しい」と望む家族の意向にも叶う事ですし、被害者救出に近づく道でもあると私は信じます。
そしてどんなにささやかな事でもいいから、家族の後押しをする活動に参加して欲しいと願うのです。
メールやハガキを書くことでも良いし、ブルーリボンを胸に付けることでも良い。
「私は拉致問題を決して忘れていませんよ」と言う意思表示が、どんなにささやかな形でもなされれば、それが世論を盛り上げ、尚且つ敵と戦う力になると私は思うのです。

>あまり余計な神経をお使いにならず、本当に支援へとつながることに時間をお使いになって欲しい。

ありがとうございます。
そのお言葉に救われるような思いがします。
最近では、書けば書くほど素人の寝言の域を出ない自分の文章が恥ずかしくて、いつも顔から火の出る思いをしております。
でも世の中を広く見渡せば、おそらく私レベルの知識・情報しか持たず、政治や外交などの難しい話はサッパリ分からない、という人が多数を占めているのではないでしょうかね?
私に理解できない事は、おそらく大衆にも理解できない。
理解されない事は世論になり得ないし、世論になり得なければそれは国を動かす力にもならない。
そう思えばこそ、物言わぬ大衆に向かって何とか心に響く訴えが出来ないものか?と悪戦苦闘をする余地もある。
それが、私がこうしてBlogで発信を続ける理由の一つなのです。
私の寝言がきっかけで、例え一人でも心を動かし拉致問題に深い関心を寄せてくれる人がいるのであればですね。
こうしてネット上で恥をかきつつ、駄文を綴る意味もあるのでは?と思っているのです。


posted by ぴろん at 11:39| Comment(12) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おひさしぶりです。いろいろと大変でしたね。みんな、それぞれの立場でできることを粛々とやっていけばいいのにね。私はぴろんさんのエントリーは寝言と思ったことは一度もありません。それどころか、集会のテキストは地方にいて参加できない私にとっては貴重な資料となっています。フィンランディアさんのような方もいらっしゃいます。これからもできるだけ続けてください。それでは。
Posted by しーおぶじゃぱん at 2006年05月21日 12:24
★しーおぶじゃぱんさん

お久しぶりです。
すみませんね、なんだかご心配をおかけしまして。
ようやく嵐も過ぎ去ったらしく少し穏やかになったようで一息ついている所です。(笑)

>みんな、それぞれの立場でできることを粛々とやっていけばいいのにね。

本当に、私もそう思います。
でも世の中にはどういうわけか、私の言う事がいちいちカンに障って、怒り心頭の人が少なからずいるようで・・・(呆)

拉致問題に関する全うな議論なら、私も誠意を込めてお相手するんですけどね。
でも彼らの言い分は議論ではなく、単なる誹謗中傷・悪口雑言に過ぎないですからね。
余りにもレベルが悪すぎて、まともに相手にする気持ちにもなれませんでした。

とは言え、いくら彼らの悪口雑言を不快に思っても人の口に戸は閉てられないのです。
反論すればしたで、変に過剰に騒ぎ立てをしますし、本当にこういうのは困った事だと思っています。
中には私の事を「主婦の暇つぶし」だと決め付けて軽口を叩いている人までいましてね。
いったい彼らの頭の中はどういう思考回路になっているんだろう?と、怒りや哀れみを通り越して、心配になってしまいましたよ。

これでも私はフルタイムの仕事を持つ身なのですよね。
ただ、仕事が時間の融通の利きやすい個人自営業なので、お勤めの人より集会などへの参加がしやすいと言うだけの事。
とはいえ、一回集会へ行けばたっぷり半日潰れますから、その分早朝や深夜・休日に仕事を割り振って時間のやり繰りをしているんです。
影でそういう努力をして私はテキスト化に取り組んでいるのに、それを「主婦の暇つぶし」とあっさり断言されてもねぇ・・・
別に私は誰かから褒めて欲しくてテキストに取り組んでいるわけではありませんが、貧弱で勝手な思い込みによる想像力だけで、人を悪し様に決め付ける発言はお控えいただきたいものです。
そういう一方的な思い込みで人を見下す事を『誹謗中傷』と言うのだと思いますが、彼らには自分の不用意な言葉が他人を傷つけているという自覚がかけらも無いのでしょうね。
本当にお気の毒です。

まぁ、下らない中傷は今後も放置・無視して、私は私の出来る事を積み上げます。
建設的に異論を戦わせる事と、単純に相手を誹謗中傷する事は、天地の違いがありますからね。
その根本的な違いも分からない人を相手にカリカリしても何の足しにもなりませんから。

今日はあの悪夢の小泉再訪朝の5.22です。
あれから早2年。
まだ一人の被害者も救えていない事が辛いですね。
ここに来て良い追い風が拉致問題の山に吹き始めました。
何とかそれを少しでも後押しできるよう、私はテキストを通じて世論の喚起に努めたいと思っています。
Posted by ぴろん at 2006年05月22日 17:24
ぴろんさん

私のつたないコメントに真摯に応じていただいてありがとうございました。

私もフルタイムの仕事を持っていまして、家庭もあるものですから、毎日、ネットは見られません。身を削って家族との時間を何とか作ろうとしているくらいでして、とてもとてもぴろんさんのようには出来ません。だから、せめてこうして時々やってきて、「私は有り難く読ませていただいています。ぴろんさんのことは信頼しています」と伝えるようにしますね。あとは、職場で何気なく拉致問題を話題にしたり、新聞だけは通勤電車の中で目を通したり。

もっともっとお伝えしたい内容も意見もあるのですが、細切れの時間しかないので、書ききれません。またの機会に致します。すみません。

私はコメントをあまり書かないかもしれないけれど、どうかご無理をされず、元気な心と体で活動をお続けくださいますよう。そして、めぐみさん達が早く帰って来られますように。
Posted by フィンランディア at 2006年05月22日 20:13
講演の中に・・・
先日、お話ししたと思いますが、6月中旬にICUの特別講演をしてほしいとのオファーをいただきました。
与えられた時間を如何に中味の濃いものにするか原稿の推敲をかさねています。

で、先方の事務局長さんと打ち合わせの時に、私の講演の中に「拉致問題」を取り込んでもよろしいかと伺ったら、快諾をいただくことができました。
そこでは、かつて横田さんご夫妻に講演をしていただいたことがあり、土壌としては聞き手の意識は高いはずとのことで安心しました。

講演の主たる内容は私の領域のことなので、拉致問題とはちょっと距離があるのすが、千載一遇のこの機会を逃すには忍びなく、先方の許可を得られたので「拉致」のことにも(話の流れを上手に持って行って)触れ、受講する方々の意識喚起を図ると共に、様々な方々がそれぞれのできる手段で救出に向けて活動をしているのだということも紹介します。
もちろん、「ミッション、パッション、アクション」も話の中に取り込みます♪

微力ながら、私のつたない講演でも、聞き手の水準が高いので、きっと私の思うところを汲み取っていただけると思います。
(後日、受講者全員のレポートがきますので、ちょっとドキドキしますが・・・今回は単位付与対象ではないのでそれは少し気持ちが楽なのですが(笑))
今回の講演も、筑波大学のときと同様に大学関係者のみが対象なので、知人友人に聞いてもらえないのが惜しいのですが・・

日々、家族会の皆様を支えながら、最前線で活動されておられる皆さんには及ぶべくもありませんが、「自分の領域でできることを一所懸命にする」という姿勢で多少なりともお役に立てればと思います。

ぴろんさんがおやりになっていることは、上記の書き込みされている しーおぶじゃぱんさんやフィンランディアさんたちのように、貴重な情報源として評価し、待っておられる方もいるし、今後とも大事な活動だと思います。

どこの馬の骨とも知れない者のつまらぬ雑言など無視して、今後ともお互い頑張りましょう。
Posted by 白馬 at 2006年05月22日 23:44
★フィンランディアさん

再びのコメントありがとうございます。
こちらへのコメントは、無理のない範囲でお時間のあるときで大丈夫ですよ。
黙って静かにROMをしてくださるだけでも、私には十分にありがたいことなのですから。

>あとは、職場で何気なく拉致問題を話題にしたり、新聞だけは通勤電車の中で目を通したり。

そういうささやかな事が、実は世論の裾野を広げ、被害者救出の機運を高める為にとても大事なことではないでしょうか?

家族の今一番望みは、一人でも多くの方が支援の輪に加わってくださり、共に戦ってくれる事。
家族の中にもうちのBlogを時々読みに来てくださっている人がいるそうですから、フィンランディアさんの拉致被害者を思う心も、きっとこのBlogを通じて家族の方々に直接届いているものと思います。
それは家族にとっても何よりの励ましでは無いでしょうか?
私はそんなふうに考えています。

これからも当Blogを資料の場としてお役立てください。
そして一日も早く被害者が帰国できるよう、お互いに支援の輪をつないでいきましょう。

★白馬さん

今回の騒動では、白馬さんにまでとんでもないとばっちりが行ってしまいましたね。
「白馬さんは素敵な紳士」とハッキリ説明しているのに、妄想逞しい人たちはちっとも信用しないんですから。
思い込みガチガチの御仁に何をどう説明すればいいのやら?しばし考え込んでしまいました。(笑)
思考回路のイカレタ人と言葉を交わすのは、本当に疲れることです。

私は人前でお話をする事は苦手ですので、白馬さんのように大勢の前でお話をして支援を広げるというのは私には難しいことです。
その代わり、テキスト化のように手間のかかる地道な作業をコツコツ積み上げる事は私にとっては得意の部類です。
それぞれがそれぞれに得意の事、出来る事を実践して、支援の裾野を広げる。
それでいいのでは無いでしょうか?
一人の人間に出来る事はごまめの歯軋りでしかなくても、数を集めればそれもやがては大きな力となるはずですから。

>もちろん、「ミッション、パッション、アクション」も話の中に取り込みます♪

この3つの言葉、支援活動のあり方を考えるのにとても良い言葉だと思ったんですが、中には一部こちらの話の趣旨が通じない人たちもいるようです。
なにやらハクション、ハクションとくしゃみばかりして、集団で風邪でもひいてしまったのか?と心配をしているのですが。

いずれにせよ、白馬さんの講演会無事の成功をお祈りしております。
一人でも多くの方に被害者救出への理解を広め行動を起こすきっかけになるといいですね。
今度お会いしました時に、その折の様子など是非お聞かせくださいませ。<(_ _)>
Posted by ぴろん at 2006年05月23日 21:00
「ミッション、パッション、アクション」は、20年ほどの歴史を持つ「高等教育問題研究会」(構成400人)の重要テーマであり、何らかの「目的集団」が行動するときに指針とする基本的考え方なのです。

全国の大学でも「FD」(ファカルティ・デヴェロップメント)あるいは「SD」(スタッフ・デヴェロップメント)を推進する中で採り入れている考え方であり、すでに多くの文献でも一般化されています。
※筑波大学大学教育センター長のY教授はこのフレーズを好んで使うお一人ですし、私立O大学大学院では、科目名称のサブタイトルとして明記しているくらいです。

過日、ぴろんさんを揶揄するような書き込みをした御仁は、ものを知らない、また論理構成の基本ができていないことを自ら露呈してしまったわけです。
ま、成績評価は「再履修不可のD(不合格)」ですね。(笑)

何らかの運動体、あるいは組織に参加する、あるいは動かそうとする立場の人はごく普通に採り入れている考え方ですので、どうぞ今後とも自信をもってこのフレーズをお使いください。
Posted by 白馬 at 2006年05月23日 22:33
>なにやらハクション、ハクションとくしゃみばかりして、集団で風邪でもひいてしまったのか?と心配をしているのですが。

ここを揶揄している例の板の人たち、特に女性二人はマトモな考察どころか最近は「恨み節」しか投稿していないようですね。元々確固とした思想、信条もなく、単に「居心地が良い」という理由だけで拉致問題とは全く関係のないことを書き込んでいるような、本当に詰まらない人たちなのです。

あのような連中のことを、わざわざ時間や文面を割いて言及すること自体、ぴろんさんには勿体ないと思いますよ。

そういえばyuriとかいう人は、ここで他の読者を散々貶しておきながら、未だ謝罪の一つもしていないんじゃないですか? そんな人物が他人をとやかく言うなんて笑止千万です。まあ、あの一件が余程悔しかったのでしょう。だから今、あれほどまで粘着質になっているのでしょうね(笑)。

既に「拉致掲示板」というよりは「便所の落書き」に成り下がりつつある板のことなど忘れた方がよろしいかと存じます。
Posted by 一読者 at 2006年05月23日 23:30
★白馬さん、一読者さん

コメントありがとうございます。
ストーカーに絡まれる気分と言うのは、おそらくこんな感じなのかな?と言うのを味わった数週間であったと思います。
余計な事に神経を使うのは疲れますね、本当に。

別のある方から、そんなふうに絡まれるのも、花束さんがそれだけ存在感を増した証拠なのだから有名税だと思って気にしないように、とアドバイスを頂きました。

そうなのでしょうかね?
私個人はBlogを始めた頃と何一つ変わってるつもりはないのですけれど。

全うな議論なら今後もいくらでもお相手を致します。
でも単なる誹謗中傷ややっかみであれば、相手をするだけ時間の無駄なので、放置・無視を今後の運営方針にしようと思っています。

今後とも当Blogをよろしくお願いいたします。
被害者が一人残らず帰るまで、家族の声を発信し続けていきたいと思っております。<(_ _)>
Posted by ぴろん at 2006年05月24日 13:36
ストーカーに絡まれる・・・
あなたがお感じになったその感触はかなり近いかも知れません。
ただ、ストーカーは、こちらがその気になれば「姿」が見えるので退治することは可能なのです。それに、こういう輩は例外なく「一人」なので。

私の「白馬」というHNは、かつてストーカーに付き纏われた女性(海外在住の友人の、東京一人住まいのお嬢さん)が下さった名前なのです。
その女性に対して半年以上に亘って電話、手紙、尾行を繰り返したその男を徹底的にマークしてどこの誰だかつきとめ、万全の準備の後に誘き出し、完膚なきまでに制裁を加えましたが、反撃も凄まじく(180cm90`の巨漢でした〜(汗))こちらも手傷を負ってしまいました。(私の左側頚部にあるあの大きな傷がその時のものです。)
で、相手には「謝罪文」と二度と100m以内に近づかないという「誓約書」を書かせて一件落着したのですが、その出来事の後、そのお嬢さんから「白馬」のHNをいただいたのでした。
なんかいい歳して照れくさいHNなんですけどね。(笑)

警察は「事件が発生した後に動き出す」役所なので、たとえ法律で「自力救済」が禁じられていても、強姦されてからでは遅い。だから自ら戦うしかないのです。
ストーカーを「病院送り」にした後に駆けつけた警察官に「過剰防衛」だと言われましたが、「じゃ、公的機関のあなた方が全ての国民の安全を完璧に守ってくれるのか?」と激しく質したら沈黙してしまいました。(でも、本当は警察の皆さんが頑張っているのは分かっているし、結構頼りにしているんですけどね。 仕事が遅いんですよね。)
「過剰防衛」のお話は他にもありますが、いずれ別の機会に・・

政府、外務省は「拉致事件」が発覚した後も有効な動きをしてくれていない。
彼らの尻をたたきながら、意思のある一般人が率先して行動をするべきだと益々強く思う今日この頃です。
Posted by 白馬 at 2006年05月26日 13:34
★白馬さん

本物のストーカーに付け狙われたら、こんな騒ぎでは納まらないでしょうね。
所詮はネット上の一種の戯れ、そんなに気に病んではおりませんし、これしきの事でいちいちへこんでいては、支援者を名乗る資格もないでしょう。
家族はもっともっと激しい嫌がらせや執拗なバッシングを受けて今日まで来ているのです。
私ごときレベルの人間がこれくらいの事で悲鳴を上げている場合ではない、と心を新たにしている所です。

それにしても振り返ればつまらないモメゴトでしたね。
なんと言いますか・・・子供のケンカとでも言うか、支援活動における自分のポジション確保の争いとでも言いますか。
私たちが何より優先しなければならない『ミッション=目的』が何かを忘れて、仲間の足を引っ張って溜飲を下げるなど、いったいどう言うつもりなのだろう?と。
そういう内輪もめを仕掛ける人たちは、本当に被害者を救いたいのでしょうか?
なんとしても被害者を救いたいという『パッション=熱意・情熱』はいかほどの物なのでしょうか?
彼らの支援者としての熱意の程を、私は疑いたくなってしまいましたよ。

ま、騒いでいるのはホンの一部の人たちだけで、多くのサイレントマジョリティーは良識ある判断をしていると信じていますけどね。

>政府、外務省は「拉致事件」が発覚した後も有効な動きをしてくれていない。
>彼らの尻をたたきながら、意思のある一般人が率先して行動をするべきだと益々強く思う今日この頃です。

本当にその通りです。
内輪もめしている間に、政府の尻を叩き、総連や親北派の連中がおかしな事を企まないよう牽制する事の方がはるかに優先度は先。
現に福田さんを担いで北や中国のご機嫌取りに勤しむゼネコンなどの財界関係者は、裏であの手この手の工作を政界に仕掛けています。
そういう工作に負けないよう、少しでも世論に訴えかけ理解を求めなければいけないこの時期に、なんでつまらぬ内輪もめなのか?
彼らはいったい何と言う愚かな真似をしてくれたのだ?と思うことしきりです。
Posted by ぴろん at 2006年05月26日 17:56
ぴろんさん、こんばんは。

ぴろんさん、個人的な感情を抑えて支援をしていくのは、思った以上に大変ですね。さっき、ちょっとショックなことがありました。感情剥き出しに、自分が気に入らない支援者を攻撃する人達の行動は言語同断でありますし、愚痴や恨み節しか書き込まないのは誠にみっともないことではありますが、少しだけ愚痴めいたことを言いたくなる時は、確かにありますね。(笑)どうしても尊敬できない支援者や、普段の生活ではお近づきになりたくない方とも協力しなければならないとぴろんさんが書いていらしたのを思い出して、我慢することにします。こうして、ちょっと我慢してしまえば、明日には忘れるのに、反射的に何でも書き込むから、とんでもない事態に発展するのではないでしょうか。掲示板は。
Posted by フィンランディア at 2006年05月26日 23:05
★フィンランディアさん

蒼板での投稿も読ませてもらいました。
支援の輪に加わる人が、フィンランディアさんのような人ばかりだったら、今度のような騒動も起きなかっただろうな、と溜息をついてしまいましたよ。(笑)

今回の一件は、支援者云々と言うよりもイデオロギー云々というよりも、一人の人間としての心構えのあり方が浮き彫りになったものではないか?と感じます。

例えば会社の中で反りの合わない上司がいたとか、あるいは取引先の社長がいけ好かないとか、そういう理由で個人の感情をむき出しにし、手当たりしだいに気に入らない相手を蹴散らしたりしますか?
しないですよね?
たいていの人は苛立ちや不満を心の中に秘めて「会社の利益というミッション」のために『大人の対応』をするはずではありませんか?

しかし、どういうわけかネットというツールを通すと匿名ゆえの恥のかき捨て気分が勃発するのか、やりたい放題・言いたい放題になる人が続発するようです。
情けない事です。
今回の騒動に踊った人たちは、いったい現実の日常ではいったいどんな社会生活をしているのか?
ちゃんと全うに人間関係を結べているのか?と、他人事ながら心配になってしまいました。

個人的に人の好き嫌いがあるのはどうしようもない事なのです。
でもこの運動は人の命を救うと言う大きな大義名分があるのですから。
まず第一に優先するべき物は何なのか?
その区別も付かないようで、どうしてこの問題解決をつけるというのでしょうか?
その一番大事な事を忘れて誹謗中傷・内部抗争に踊った人たちは、同じ支援者と呼ぶにしても、相当にレベルの低い人たち、被害者を救いたいというパッション=熱意・情熱が薄い人たちであると、断言しなければならないでしょうね。

一刻の猶予もならないという救出運動の非情な現実を思うとき、命を削って我が子との再会を待つ高齢の親御さんの気持ちを思うとき、彼らのやった事は『万死に値する』と断言しても過言では無いと、私は考えています。
Posted by ぴろん at 2006年05月27日 08:40
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