2006年07月22日

06.7.8 大澤茂樹さん 第14回藤沢集会(9)藤沢産業センターにて

『大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え』

Img_1848.jpg

皆さんこんにちは。
ただ今紹介にあずかりました、私新潟県の佐渡島で拉致された疑いが濃厚な特定失踪者・大澤孝司の兄の大澤茂樹と申します。
宜しくお願い致します。
本日私のほかに、先ほど調査会の真鍋先生の方から簡単にご紹介がありましたが、ここで改めて私の他にですね。
あと二家族の特定失踪者の家族が本日来場いたしておりますので、簡単に御紹介させて頂きます。

まず昭和51年7月30日、東京都の神津島で失踪いたしました高野清文さんの妹さんの美幸さんがそちらに見えていますので、宜しくお願い致します。(拍手)
それとももうお一方、そちらにですね。
昭和54年の8月の10日でしたよね?
鎌倉市で花火大会があって、銀行の親睦会で花火大会に参加し、その後戸塚駅から自宅に帰る途中失踪いたしました、寺島佐津子さんのお父さんとお母さんがお見えになっています。
どうぞ宜しくお願いします。(拍手)

私は生まれは新潟県で、何でお前がこんな所にいるんだ?と疑問に思われる方がおられると思いますので。
私ども兄弟は3人兄弟でして一番上の兄は新潟県の、昨年の10月に合併して新潟市になったんですが、巻町というところにおります。
それで私は次男で今現在横浜市に在住している関係上、神奈川の救う会の皆様方の御支援を頂きまして、私このようにして救出活動に運動させて頂いている関係で本日もここに参っております。
どうか宜しくお願い致します。(拍手)

折角のチャンスですので前回1月の時も私お訴えをさせて頂きましたが、若干重複するかもしれませんが私の弟の失踪した時の状況を簡単に御紹介させて頂きたいと思っています。
私の弟は昭和49年の2月の24日に新潟県の佐渡島で、曽我ミヨシさん・ひとみさん親子が拉致された真野町という所から若干ちょっと離れているんですけれど、トキの保護センターのある新穂村というところで北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。

失踪時の身分は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する県庁の職員でございました。
曽我さんたちが拉致される約2年半前の事件であります。
その時は独身で寮生活をしておりました。
それから今年で33年経ちますが先月の21日に、弟も60歳の誕生日を迎え還暦となりました。
27歳から60歳まで消息が分からず人生の良い所はもう終わりましたが、残りの人生は何が何でもこの自由な平和な日本に連れ戻してですね。
生活をさせてやりたく、私もこういうふうにして皆様方にお訴えをさせて頂いております。

今まで日本政府の拉致の取り組み状態は硬直化し全然進展しておりませんが、ここに来てテポドン、あるいは先ほど増元先生からいろいろとご紹介がありましたが、ミサイルの問題で急変しております。
この急変が、安全保障問題が最優先となり拉致問題が置き去りになるんでは無いかと私は危惧いたしております。
どうか皆さん、置き去りにならないように。
それには更なる皆様方の御支援と御協力が必要でございますので、どうか拉致問題が完全に解決するまでどうか皆様方のご支援ご協力を宜しくお願い致します。

簡単ではございますが私の訴えとさせて頂きます。
ありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※文中に紹介のあった特定失踪者の個別情報は下記の通り

情報は全て特定失踪者問題調査会のHPより引用 
http://chosa-kai.jp/index.html

★氏名 高野 清文
失踪年月日 昭和51(1976)年7月30日
生年月日 昭和31(1956)年10月31日
当時年齢 19
当時身分 電気通信大学2年生
特徴 中肉、丸顔鼻低い、口は大きい、眉濃い。
失踪現場 東京都神津島村の民宿から
失踪状況 大学寮の仲間と神津島へ行き行方不明に。前日に山へ行くと言っていたため、神津島村の天上山を捜索するが発見できず。同月12日に隣の新島でも若い女性が行方不明になっている。

★氏名 寺島 佐津子
失踪年月日 昭和54(1979)年8月10日
生年月日 昭和35(1960)年7月26日
当時年齢 19
身長 体重
当時身分 銀行員
失踪現場 神奈川県横浜市戸塚区
失踪状況 失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。

★氏名 大沢 孝司
失踪年月日 昭和49(1974)年2月24日
生年月日 昭和21(1946)年6月21日
当時年齢 27歳
当時身分 新潟県佐渡農地事務所勤務
失踪現場 新潟県佐渡郡新穂村
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。当時事務所には50〜60人が勤務、うち15〜20人程度が本土から単身赴任で来ていた。失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我さんと違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。元同僚の話では「失踪の2〜3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。北朝鮮製と思われるマッチが漁の前あたりに落ちていたという。平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。


posted by ぴろん at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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