2006年08月18日

閑話休題・・・靖国神社への総理参拝に対する私の所感

テキスト化のペースが間延びしています。
お待ちかねの皆さんには、お待たせばかりで申し訳ない・・・(^^ゞ
暑くて集中力が続かないとか、お盆期間中は雑用に追われて時間の確保が難しいとか、抱え込んでいるテキストネタの残りが後わずかなのでついついのんびりしてしまうとか、いろいろ理由はあるんですけどね。

ここ数日の靖国参拝に絡むマスコミのはしゃぎっぷりは酷かったです。
あそこに特攻の叔父の英霊がいる身としては、とても心穏やかに過ごす気にはなれないというのも正直な所で、それがまた根気のいるテキスト化作業に集中できず、余計な時間のかかる遠因となった感もあります。

国のために命を捧げた御霊に対し、国の責任者たる総理が参拝するのは当然のこと、というのが私の意見です。
なので、何をそんなにカッカカッカとマスコミ各局は加熱報道を展開するのか?
私には分かりません。

毎度の事ですが、8月15日のように混雑極まりないと分かっているときに、私は靖国参拝を致しません。
理由は、何しろ落ち着いて心静かに参拝する事が不可能だから。
私は15日は、一日中マスコミの過剰報道をあえて見ないようにしていました。
分かりきっている電波を浴びて、これ以上不愉快な気分になりたくは無かったので。
でもそうはいっても総理が会見でどういう発言をしたのか?とか、総理の参拝を追いかけてヘリで靖国上空を空撮する報道機関もあったとか、そういった情報は嫌でも耳に入ります。

しかしねぇ・・・たかが総理が参拝をするだけで、何でヘリまで飛ばしますかね?
それも官邸の出発から靖国までの道筋を延々中継した局もあるとか?
過激報道もここに極まれり・・・呆れて開いた口が塞がりません。

靖国についていろいろ意見があるのは良い。
ですが、あの九段の社には戦争で非業の死を遂げた幾多の御霊がお祀りされている神聖な場所なのです。
それを上空から空撮まで決行するとは・・・マスコミのはしゃぎっぷりはその神聖な場所を土足で踏み荒らすに等しい行為ではないのですか?
靖国に対して何か物を言うならせめて、英霊たちが祀られているあの社とは違う場所にして欲しい。
それが英霊たちに対する最低限の礼ではないのですか?

靖国の御霊は誰のために命を捧げたのか?
その犠牲の上に今の日本が成り立つことを思えば、例え思想信条の違いはあれども、まずは英霊に対する最低限の礼儀を示すのが人間としてのあるべき姿では無いのか?と私は思います。
議論をするなら、まずはその最低限の礼を尽くした後のこと、でしょう。
傍若無人な行為を振りかざし、遺族や関係者の神経を逆撫でしておいて、言論の自由も報道の自由もへったくれもないだろう、というのが15日の靖国関連報道に接して感じた私の思いです。


総理参拝を受けて、大はしゃぎする一部保守派の有り様にも違和感を感じました。
マスコミが繰り出す偏向報道や自虐史観に辟易している保守派から見れば、確かに今度の総理の参拝は快挙なのかもしれません。
でも一部の保守派のはしゃぎっぷりを見て、ちょっとそれは違うんじゃないの?と言う小さな違和感を感じたのも事実なのです。

確かに小泉参拝は、多くの日本人にとって靖国とは何か?を考えるきっかけになりました。
中韓両国の異常なまでの反日政策をあぶりだすきっかけにもなりました。
過去歴代の総理たちの行動が、如何に日本国としての尊厳もプライドも何も無い土下座外交であったか?も白日の元に晒される事になりました。
でも、それらも結局の所、今回の小泉参拝は日本が真っ当な国へと脱皮する為に「小泉さんがホンの少し先鞭をつけた」だけに過ぎないのではないでしょうか?
小泉参拝をもって、中韓両国の反日政策がぴたりと止まるわけでもなし。
はしゃぎたくなる気持ちも分かるけど、そこは冷静に事の次第を見極めるべきではないのか?と言うのが私の感じた率直な思いでもあります。

今回の小泉さんの参拝を受けて「今後は靖国を外交カードに使えなくなる」とか「国内の反日勢力の崩壊だ」と言った論調も見かけました。
でも、事はそんなに単純なものなんでしょうか?
確かにマスコミの欺瞞は多くの人の知る所であり、以前ほど簡単に世論の側も騙されなくはなりました。
でも、そもそもA級戦犯が何なのか?サッパリ分からないで、ここ暫くの靖国騒動を見ている人もいるわけです。
という事は、マスコミの洗脳報道がまだ幅を利かせる余地はあると言う事。
そこの所も、ちゃんと押さえて冷静に世論の動向を見ないといけないんじゃ無いでしょうか?


それと、ここからはご訪問の読者から誤解や反発を受ける事を覚悟の上で書きますが、そもそも靖国とは小泉総理の言うような「不戦の誓い」を立てる場所なんでしょうか?
平和も国防も憲法9条のような絵空事だけを唱えているだけでは、もはや担保されない事を多くの国民も意識し始めていることであろうと思います。
日本の国益や未来、安全保障、国民の生命と財産を守るために、私たち国民が『腹を括って覚悟するべきこと』とは何なのか?
そういう根本的な問題について、そろそろ日本人も現実を見据えて論じるべきじゃないのかな?
でも今度の小泉参拝を受けて、そこまで言及しているBlogやサイトは私の知る限り皆無に近かったんじゃないか?と思います。
サヨクはともかく、保守派の面々といえども、まだまだ『腹を括って覚悟する事』についての認識は浅いのか?
不戦の誓いの先にある、最悪の場合日本はいかにして国を守るのか?といった現実的な思考を深める段階には到達していないのかな?とも感じたのですが。

いくら日本が「不戦の誓い」を立てても、近隣諸国の国々に我が国のそれと同じ意思が無ければ紛争は必ず勃発します。
現に竹島は韓国に奪われ、北方領土はロシアに奪われ、ガス田は中国に奪われ、多くの日本人が拉致被害者として北朝鮮に奪われているのが、現在の日本の姿です。
ただ単にドンパチをやらない事が平和の真髄なのか?
取り合えず我が身が安泰であればですね。
多少国土が奪われようと、資源が奪われようと、同胞が奪われようと、我関せずを決め込んでいても良いものなのかどうか?

最近の日本人は少しずつ目覚めつつあるとは思います。
でもまだまだ幻想の海を漂う人も少なくは無い。
その現実もシビアに見つめた上で、それでも日本の国益や平和や安全保障を担保するために、痛みを伴う覚悟を我が身に引き受ける決断を自覚し、議論し、説得する時期が迫っているのではないのか?とも思う。

戦争なんかしないに越した事はありません。
でも後生大事に憲法9条を唱えていれば平和は担保されるのか?
ありとあらゆる手段を行使し、それでもどうしても止むを得ざる状況に追い込まれた場合は、国を家族を守るために、歯を食いしばって血を流しても戦う場面もあるのではないか?と思う。
それを踏まえたうえで、いざ国難となったその時に「私たちもあなた方の決意の後に続きます」と大勢の御霊に対し誓う場所が靖国である、とも私は思っています。

ま、こういう事をおおっぴらに書いたら、やれ軍国主義者だの好戦家だのと私は激しく揶揄されるんでしょうかね?(^^ゞ
でもですね。
我が身を切ってでも最悪の事態に備えるという痛みを伴う覚悟も無しに、A級戦犯分祀だの無宗教の追悼施設の建設だのといった議論はどこか浮ついているというか的が外れているようで、なにやら微妙に居心地が悪いのです。
私は決して戦争を賛美するものではありません。
がしかし、戦争その物を嫌悪する余りに、国を守るために最低限必要な準備や覚悟についてスルーしっぱなしだったのが、戦後61年の日本の姿ではなかったか?とも思う。
戦後61年間日本は平和だったというけれど、国防というある種の毒をアメリカの軍事力に依存し、自分の手は汚さないできれい事だけでやり過ごしてきた「かりそめの平和」に過ぎなかったのでは?とも思う。


小泉さんが参拝の理由として「不戦の誓い」を上げるのは、それがこの国の現在の世論レベルを反映しているから、とも言えるかと思います。
安倍さんが15日に参拝せず、また総裁選に向けて靖国に対する態度を保留していることについて、反発の意見表明をしているBlogも見かけましたが、この件について安倍さんばかりを責めるのもいかがな物かと思う。
確かに私も安倍さんには靖国に対するご自分の所信を明らかにして欲しいとは思うけど、それを言った所で世論の側がその真意を正しく認識できますかね?

例えば、「命をかけて国を守る事が必要な場合もある」などと主張すれば、イデオロギーの左右を問わず憤死しかねない人が、まだまだ多数派を占めているのが日本の現実ではないのか?
祈っているだけでは平和は実現しないことを多くの日本人は意識し始めてはいるが、では血を流しても国を守る覚悟はあるのか?と問われれば、そこまで腹を括って覚悟を決めている人はまだまだ少数であると思う。
それが現実の日本の世論では、小泉総理または総裁候補の安倍さんが靖国について語る言葉がなにやら曖昧模糊としてしまうのも、致し方ないと私は思う。

国民は結局自分達のレベルに相応しい程度の政治家しか持つ事が出来ないのです。
特に保守派の面々が自分達の描くような真っ当な国を作りたいと思うなら、まずは自分達が率先してきれい事の先にある痛みについて、己の覚悟を決める思考を深めるべきかと思う。
そういう世論が形成された時、私たちは私たちの望むような、真っ当な政治家の出現を見る事が出来るような気がしています。
その意味で、今回の小泉参拝にはしゃぐ一部保守派の認識はまだまだではないの?と感じる次第。
相変わらず左の色眼鏡でしか物を見られないマスコミは論外としても、保守派の面々も左寄りマスコミを揶揄できるほどのレベルに自分の覚悟は定まっているのか?と私は感じています。
posted by ぴろん at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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