2006年10月17日

06.10.7 宋允復氏 第15回藤沢集会(3)藤沢産業センターにて

『宋允復 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局次長の講演』

Img_2160.jpg

どうも、何回かこちらにはお邪魔させて頂いたんですけど。
今日本当にさわやかな秋の日で、モンゴルに関してお話ししようと思ったとき最初に思いつきましたのは、もちろん8月7日でしたから日差しが強くて夏日でしたが、風のさわやかさが印象的で今の藤沢の気候のような感じだったんですけど。
東京を出発するときは東京はジメッとしたうっとおしい季節だったんですけど、モンゴルに着いたらカラッとさわやかに過ごして、それだけで行って良かった。

と申しますのも、ちょうどモンゴルは今年建国800年なんですね。
チンギス・ハーンから800年。
夏と言うのは向こうは一番の観光シーズンで航空チケットが高いものですから、そんなに4日間も・・・(聞き取れず)とぐずぐず言ってましたら、今ここにいらっしゃる山田代表に叱られてしまいまして、何を言っているんだと。
私どもの代表が山田なんですけど、せっかく日本の先生方もご苦労してモンゴルと言う国で開催にこぎつけた物ですから必ず行ってくださいということで行きました。

で、この国際議員連盟の総会ですけど、今年で3回目ですね。
最初にソウルでやって前回が昨年東京でやりまして、今年モンゴルと。
もちろん拉致問題で盛り上がれますし、韓国でも北朝鮮にさらわれていった人々が数百人がいますし、それ以上に朝鮮戦争時そのまま抑留されたままの人が万単位でいるわけですから、分かるんですけど。

モンゴルと言う地でやりますのはかなりやり難いと言いますか、やはり隣国の問題がありますから。
ご存知のようにモンゴルと言うのは地政学的に中国やソ連に挟まれて、特に中国に最近は経済的にも依存している歩合が非常に大きいんです。
現地行きましても食料品や野菜やら果物がほとんど中国からの輸入で賄っている状況で、膨張している中国の動きと言うのはいつも気にならざるを得ない様な状況です。
当初、非常に難色を示していたようなんですね。

なんですが、昨年末にブッシュ大統領がモンゴルを訪問して、そのときにどうも、大統領からは言及は無かったんですが、実務者レベルで話をしている中で北朝鮮からの難民と言いますか逃亡者ですね。
それに対する配慮をお願いしたいと言う言及があったようですし、その後も民間、議員外交レベルであってもそのような働きかけがあって、モンゴルの方も重い腰を上げて開催にこぎつけたという所です。

簡単に、私の話は5分なんですよね、余り長い話になっても。(笑い声)
参加したのは主に40名ほどだったんですけども、議員とNGOのメンバーで、もっぱら日本からと韓国から。
特に日本からのNGOのメンバーの参加が多かったです。
それ以外の国で見ますと、イギリスから一人。
あとアフリカから3人か4人。
来てくださった方に聞きますと、アンゴラとかあと2カ国なんですけどね。

「いや、私たちも良く知らないんですよね」と北朝鮮の事を余りご存じないような方が多い。 
どういうきっかけ出来てくださったのか分からない。
きっといろいろ熱心な説得で来て頂いたのでしょう。
主力はもっぱら韓国とモンゴルの方ですよね。

一番やっぱり感じましたのはモンゴルと言うのは元々社会主義圏ですよね?
1940年代にソ連の進駐によって社会主義国として建国されたと言いますか近代化が始まって、ソ連の崩壊に伴って1990年代くらいに自由化して、今は一生懸命経済建設に励んでいる状態です。
だからそういう国ですから、もちろん強制収容所とか密告社会とか言論の自由が無いとか、良くご存知。
議員さんたちに言わせると、北朝鮮については私たちの過去であるし韓国というのは自分たちの未来だと。
今、モンゴルでは韓国の経済的進出が非常に多くて、モンゴルも何とか手近な手本として韓国の力を借りて経済をもっと発展させたいと願っておりますが、そんなお世辞も言ったりしてですね。
韓国から来た議員も喜んでいたんですけど。

それにしてもどうも話を伺っていると、北朝鮮の人権状況についてディティールについてご存知ではないんですね。
マスコミ等での報道についてもお伺いしても、北朝鮮について報じられると言う事はまずほとんど無い。
自分たちの過去であると言いつつ全然関心もないし、モンゴルの議員さんたちが仰る事はこういう事なんです。
もちろん日本が主権を侵害されて自国民がさらわれていると。
だから一生懸命北朝鮮に対して圧力を加えて一生懸命叩くと言うのは分かるけども、犯罪者を叩く場合、犯罪者を徹底的に処罰すると言う方法もあるし、一生懸命矯正していく教育していくと言う方法もあるんだと。
私たちモンゴルとしては、犯罪者に一生懸命いろんなチャンスを与えて教育して更生させたいと、こういう事を言っております。

それを聞いて分かってないなと思いますね。
全然分かってない。
過去何十年日本は基本的に北朝鮮に柔らかくて、言ってみれば北朝鮮に非常に甘くて甘やかしすぎて、今ちょっと厳しく叱らないとどうしようもならないと言う段階に来ていて。
しかも何十年と言う流れを全然ご存じなくて、今一生懸命圧力を加えようとしているその断面だけを見てそう仰っているんですね。
その場にいらした日本の議員の先生方韓国の先生方、特に反論とか仰りにはならないです。

会議でいろいろやり取りがあった中で、モンゴルとして特徴的だと思ったのは今モンゴルでは労働者が足りないと言えば足りないと。
だから脱北者ですね。
北朝鮮から逃れて来た人たちを一定数労働力として受け入れていく事は可能である。

元々日本や韓国がモンゴルで会議をやろうとした動機と言うのも、モンゴルと言うのは北朝鮮から逃れてくるところの一つのルートになっていますので、なんとかシェルターですね。
避難所をモンゴルに作って安定的に脱北者の確保をしたいと言う事だったんですけど、それについても内々には、個人とかいろいろあるんですけどこういう人たちを活用する事を考えてはどうか?と。
モンゴル側から提案もあったです。

実は私今回の8月の会議の前に、今年の1月の段階ですけども、モンゴルに韓国の関係者と行っております。
行った目的と言うのは今申し上げた避難所、シェルターの確保なんですね。
そのために向こうの現役の大臣とも会いまして、モンゴル政府内で北朝鮮政策といいますか、各政策に携わっている実務者たちとも話し合いました。

これちょっと5分しかないのにこぼれ話です。
今モンゴル政府で中枢に携わっている人の多くの人たちが、実は北朝鮮に留学経験のある人たちなんですね。
モンゴルと北朝鮮はかつて友好国でありまして、金日成が生きていた時代、1980年代の半ばですけども首脳会談をやった。
モンゴルと金日成が首脳会談をやりまして、そのときにモンゴルの方で北朝鮮におねだりをしたようです。
そのおねだりの内容と言うのは北朝鮮に化学繊維を作る工場があるんですね。
石炭から繊維を作る、ビナロンというんですが、工場がありまして。

モンゴルも燃料はもっぱら石炭ですから、石炭を活用して繊維が作れるならそういう工場を持ちたいと金日成に持ちかけて、金日成が「よし、じゃあ工場を作ってやる」と。
作った後、それをオペレーションする人材が必要だろうと。
それを私たちが北朝鮮で育ててあげるからモンゴルから人を送って来なさいと。
いうことでモンゴルでそこそこのエリートたちが選抜されまして、その人たちが人数は10人くらいだったらしいですけど北朝鮮に派遣されて・・・(聞き取れず)と言う工場です。
そこで7年くらい教育を受けまして戻ってきた。

実はその人たちが北朝鮮関係で行政の中枢にいて、携わっているんです。
その人たちと話した事なんですが、彼らは北朝鮮の国家でどれだけ酷い事が行われているかと言う事はよく承知をしていると。
北朝鮮から生き延びるためにモンゴルを目指している人たちが大勢いることも承知っていると。
私たちは北朝鮮に留学しているときに大変お世話になったと。
当時80年代後半から90年代前半ですけど、すでに北朝鮮は食糧事情が厳しくて一般の人たちは肉なんて食べることが出来なかった。
だが、私たち肉食の国から来た留学生という事で、毎日のように肉魚が振舞われて、それがしばらく経って北朝鮮の一般の人たちにはとても考えられない待遇だと言う事を知ったと。
もちろんモンゴルの水準からしてもそれほど恵まれているものではなかったけれども、北朝鮮の当時の生活水準からすればはるかに恵まれた待遇をしてもらった事は感謝していると。
北朝鮮の人たちがどれほど素朴で懸命に生きているかが良く分かった。

そういう人たちが生き延びるために今一生懸命逃げて来ている。
それは私たちも彼らを守ってあげたいと思うし、それはモンゴルの国益にもなるだろう。
将来あの体制が何らかの形で変化を迎えたとき倒れたときに、そうして私たちが守って逃してあげた人たちが、こうやってモンゴルにお世話になったんだと言う事を思い起こして、私たちの国のためになる事をやってくれるだろうから、私たちは彼らを守りたいと思いますと。
ただ、困るのはそれが余り表に出る事は大変困るんだと。
中国を刺激するのは今モンゴルの国力からして、なるべくなら避けたい。
だからこのような避難所を提供すると言う動きについても、マスコミには一切漏らさないで欲しいし、なるべく外部には流さないで内部で内々に静かな形で出来るようにして欲しい。
それが向こうの要望だったですね。

ところが8月に議員が以降の成果で国際会議をやるとなりますと、そういうのも全部外に出てしまいまして、やっぱり議員さんも対外的にアピールすると言うのも仕事の一つですので、表に出てしまう。
私もこうやって今気にせずしゃべっているわけですけど。
ここにいる市川さんとご一緒させていただきましたし、ノルウェーでは斉藤さんとご一緒させていただいたんですけども、やっぱりまだ知られていないと言う事なんですね。
知られていない。
議員になってああいう場に出てくるような人であればある程度の概念的な知識は持っていたとしても、日本のこういう一定の関心を持っている皆さんが平均的に持っているような知識までは持っていないです。
まだまだ国際的規模ということでは仕事をたくさんしなければいけないなぁと言う事を、感じて帰って来ました。

そういう事でやれる仕事は結構多いと思うんです。
インターネットもありますし、モンゴルから留学に来ている学生も多いですしね。
そういう小さな国だからと言って意外と力が無いわけではなくて、意外とそういう人たちがちょこちょこやってくれているような事が後々効いて来ると言う事はたくさんあると思うので、皆様も手近なところできっかけ捕らえてですね。
こういう事をちょこちょこしていただいてきっかけを作っていただいて。
小さな働きかけと思うかもしれないけれど、後々、日本に留学に来るような人たちへでも良いです。
政府中枢の仕事をする人たちも一杯いるわけですから、そういうことで皆さんのご活躍を祈念しております。
よろしくお願いします。(拍手)


※休憩時間前に宋允復氏より、訂正の話

すみません、肝心な話が漏れてしまいまして、貴重な時間をちょっと頂きたいんですけど。
今杉野さんの話にもありましたけども、モンゴルの会議でも感じましたのは、日本の議員の先生方の意外な力強さと言いますか、人権外交というのを正面切ってですね。
押していくと言う力強い姿勢を感じたんですね。

これまでの日本と言うのは国際社会でのイメージと言いますと、おしとやかと言いますか、あんまり仰々しく表立ってこうだとかいうことは、ことさら事明けはせずに後ろでいろいろ調整役をやったりですね。
お金を回したりですね。
何とか上手くまわしていくと言うような、気配りというか心配りでやってきたと思うんですけど。

この国際会議では拉致問題ももとよりですけど、人民をあれだけ虐待している政権はもう許されないんだということで、特に民主党からご参加だった松原仁先生。
テレビ等で皆さんご存知だと思うんですけど、あの方が早く金正日体制打倒についてどう調整を取るか?と言う事をペーパーにもお書きになりましたし会議でも発言されましたし、そういうご発言も結構ありました。

それに関して結構ですね。
与党自民党からご参加された、例えば葉梨康弘と言う議員がいます。
若手の方で、これまで拉致問題で自民党の事務方を結構なさって実務をなさっている方なんですけど、その方はもうちょっと実務的に北朝鮮にどういうことがやれるか詰めていくべきだと。

韓国の議員さんは野党であると言うこともあって、金正日を国際裁判所に引き出そう!とか言って、スローガン的なエィエィオゥで盛んに意気を上げておられたんですけども、それに対してかえって自民党の葉梨議員は距離を取られる様な感じで、あとで何でですか?と聞きましたら、「ここで一緒になってエィエィオゥやったら、韓国の議員が後で帰ってね。日本の議員とつるんで紳士的にそういう事をやったとつるし上げられて、立場がますます悪くなるかもしれないから、ここでは距離を取って見せたんですよ」なんて仰るわけですよね。(笑い声)
さすがに違うな、と思って(笑い声)感心していたんです。

そういうことでここの議員、必ずしもああいう場で国際会議と言ったところで別に報じられる事もないし、有権者に知られることも無いわけですから、彼らにすればそれほど票になる事でもないんですよね。
それでもそういう見えない所で結構汗をかいていらっしゃる議員がいるので、皆さんもよく承知を頂いて応援していただければと思います。

この国際議連もそもそもは民主党の中川正春議員ですか?
あと渡辺周さんなどが中心となって何とか立ち上げて、3回目になってようやく与党の自民党からも正式に参加していただけるようになって、結構長い間汗をかいて頂きました。
そういう意味で皆さんの応援もよろしくお願いしたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)


posted by ぴろん at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。