2005年04月03日

横田めぐみさんを救うぞ!東京集会(4) 04.10.14(木)友愛会館にて

『馬場新潟救う会・会長による、めぐみさんへの手紙の朗読』

Img_7009.jpg

新潟から参りました、馬場と申します。
めぐみちゃんは40歳になりました。
13歳のときに姿が見えなくなって、今年で40歳です。

私はこの運動が始まりましてから、いつも10月5日、誕生日の日に横田さんの所へ花束をお届けしたり、自分で行きまして、めぐみさんの写真の前でめぐみさんに誕生日のお祝い、と言うと変なんですけども、言葉を伝えて参りました。
今年、めぐみさんのところにあげた手紙を読ませていただきとうございます。
お聞きいただきとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
めぐみさん。

今年もあなたの姿を見ることの出来ない、わびしい誕生日を迎えました。
40歳、とても私にとっては信じられない貴重な長い人生を、彼の国に過ごしてしまったのですね。
どのようにして今日の誕生の日を迎えておられるのですか?
どこであろうが、誰とでも、あなたにとっても、ご両親から人間として貴重な生を得た日であります。

お誕生日おめでとうございます。
心から慶賀を申しのべたいと思っております。

めぐみさん。

さる3学期になった初日に、私はひとりあなたが姿を消したあの新潟の海岸に立ちました。
この海と空の続いているあの北の国で、いったいどんな生を送っているのだろうか?という思いを胸にしまいました。
40年の人生の半分以上を、なぜあの異常な国で過ごさねばならぬのか?
悲哀・落胆が、悲憤と激怒に変わっていきました。
一国の首相が2度までも訪ねながら、何故?

私は帰宅してある書を読んでいる中で、次のような一節に出会いました。
ある精神医の調査によれば、ナチスドイツの強制収容所で最後まで頑張る事が出来たのは、体力のある人間ではなく、家族や恋人や友人や智慧などが、何か自分の愛する物を持っていた人間だそうである。
その場合の智慧とは、自分とは何か?
何故自分はこのような不条理に耐えければならないのか?などと考える精神のことである・・・云々と。

めぐみさん。

あなたにとって13年と言う本当に短い日本での人生でありましたが、ご両親と弟さん達から大きな温かい愛を一身に受け、愛を応えてきたあなた。
そして、人一倍賢明で智慧のある少女でした。
そのめぐみさんが拉致と言う不条理極まりない行為であり、現在もその環境の中で人生を送っているのですが、前述した医者の言う通りで、あなたは絶対に無様な死に方や生き方をしている訳がないものと信じています。

めぐみさん。

毎年あなたの誕生日にささやかでありますが、花束を持って祝賀の意を表して参りました。
今年は考えを変えて、あなたの写真のそばでいつもあなたを見守って、一刻も早く帰国する事を願って、小さな時計を持って参りました。
この時計の針は一年半から二年くらい、絶えることなく時を刻んでくれます。
この時計の針が止まるまでの間に、必ずこのご両親のおられる部屋へ帰って来てくださいよ。
待っております。
ご両親と弟さんはもちろんの事、私を始め全国の人たちが一刻も早くと、必死になってめぐみさんの帰国を待ち焦がれておりますから。

めぐみさんは生きている。
きっと帰ってくる。
この時計の針が止まる日までに。
信じています。
祈っています。

平成16年10月5日 馬場吉衛

40歳を迎えた横田めぐみ様

・・・続く・・・


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