2006年11月20日

人間の本質

本日特定失踪者の松本京子さんが正式に政府に拉致認定をされました。
でも、だからどうした?と言うのが率直な感想です。
いくら認定をされたとて、被害者本人が帰国できたわけでなし。
確かに認定も一歩前進には違いありませんが、一喜一憂する気持ちは私の中には無い。

被害者の皆さんは今どういう状況にあるのか?
近頃私は考えるのです。
過酷な現実の前に精神に異常を来たした者、犯罪行為に加担させられた者。
あるいは女性であれば不当に慰めものにされた人だっているかもしれない。
生きるために日本人拉致に加担する事を強要された人もいるかもしれない。
同じく生きるために、同じ日本人拉致被害者を当局に密告した者だっているのかもしれない。
処刑の場面を見た者、あるいは処刑そのものに加担した人がいるのかもしれない。

パンドラの箱が空いたとき、どんな現実を私たちは直視しなければならないのでしょうか?
ボロボロの傷ついた被害者の人生、被害者の心・・・それらをすべて私たち日本人は許容できるのか?
包容出来るのか?
彼らを救い出したあと、彼らの心を癒し、本当の意味で平穏な日々を、被害者とその家族の人生に取り戻して差し上げることは出来るのか?

一刻も早い生存者の帰国を願う・・・それだけの思いで運動に参画した当初には感じなかった複雑な思いに近頃囚われます。
被害者たちの置かれているであろうその余りにも厳しい現実を、これから嫌でも直視しなければならない事に、正直いくばくかの不安も感じます。
自分を含めて私たち日本人は、その余りにも悲惨で厳しい現実を受け止め切れるのかどうか?
拉致被害者救出運動はただ単に被害者やその家族がかわいそうではすまない話である、とはよく言います。
拉致問題は人権問題であり、国家主権侵害問題であり、国の安全保障の問題でもある。
それはその通り。

だが肝心要の根本が、この問題の裏にはもう一つあると私は思う。
それは人間の本質とはいかに?と言う視点。
人間はそれほどきれいな生き物では無いと、私は思う。
誰の心にも闇があり腹黒さがあり、卑しさや醜さと言う名の鬼が住むとも思う。
他人の事より自分の事と言う利己主義・自己中心主義。
あるいは他人の不幸は蜜の味、というえげつないいやらしさがあるのも、ある意味人間の本質とも言えると思う。

この運動に関わると、本当にいろいろな経験を致します。
快く協力を申し出てくれる人がいる一方で、冷たくそっけなくあしらわれてしまうことも少なくない。
この運動に参加している人の多くが、少なからず嫌な思い・不愉快な思いをさせられる場面に遭遇しているのは間違いのないことでしょうから。
人の心と言うものは本当に一筋縄ではいかぬもの。
とはいえ、やはり一度乗りかかってしまった船を一人勝手に下船する気にもなれず。
困っている人たちを見逃しには出来ないという思いで、時に歯を食いしばって支援に駆けつけることも少なくは無いのですが。
救出のための支援活動は、ある意味人生勉強の場であり人間を鍛える場でもある。
心が強くないと本当にやっていけないと感じることもしばしばではあるのです。

人間の腹黒さ汚さと言うものを、そう遠くない未来に私たちはこれでもかという程に直視しなければならないのだろうと思っています。
けれども、そういう汚い現実を見る事を本能的に嫌って、この救出活動に顔を背ける人もおそらく少なからずいるのではないか?
その事を思うと、奈落の底に心が沈んでいくような、なんともいえない不快感と不安感を覚えます。
被害者を救い出したいとは思うけど、かわいそうだとは思うけど・・・でも一歩進んで行動を起こそうとはしない人たち。
その理由はいろいろあるでしょうが、面倒なことには関わりたくない・汚い現実などこれ以上見たくない。
だから拉致問題を他人事にしてしまおうと、心を塞ぐ人たちがまだまだ少なからずいるものと感じます。

けれども被害者を救い出そうと思えば思うほど、もう間もなく私たちは本当の意味での踏み絵を踏まされるのだと思うのです。
被害者の中には先に述べたように過酷な人生を背負わされた人もいるはず。
その人たちを、私たちは温かく受け入れることは出来るのか?
私たち日本人の人間としてのレベルが果たして何ぼのものか?試されるときはすぐそこまで来ていると思う。
そしてその覚悟は、準備は、私たちの側に果たして整っていると本当に言えるのでしょうか?

救出のためにしなければならない事は、本当に山積であると思います。
救い出した被害者たちを如何に受け入れるのか?という事をひとつとっても考えておかなければいけない問題はたくさんあるのですから。
今回松本さんの拉致認定が認められた事は確かに喜ばしいことではありますが、だからどうした?と言うのも私の正直な思い。
ほんの少し近づいたかと思えば、完全解決と言う名の山の頂上ははるか遠くに退いていく・・・今の自分の気持ちを例えて言えば、こんな感じでしょうか?
それでも私は自分に出来る何かをせずにはいられない。
同胞を見捨てたまま、自分だけがのうのうと平和なこの国で生きていけるほど、私は面の皮を厚くは出来ないと思うので・・・


posted by ぴろん at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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