2006年11月27日

06.11.16 西岡力氏1 東京連続集会23(3)友愛会館にて

訪米団報告と北朝鮮の動き 東京連続集会23
06.11.16 友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長の講演 その1』

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確か前回のこの集会で申し上げたと思うんですが、拉致問題は新しい段階に入ったと。
今飯塚副代表が仰ったように、日本政府の中に拉致問題対策本部が設置されて、そして安倍総理が本部長になって、そしてすべての拉致被害者が生存している事を前提に救出するんだという事を明確に仰った。

今までは、2002年の9月までは、拉致を認めさせるという戦いだったんですね。
北朝鮮は拉致はでっちあげだと言っていた。
我々は拉致があると言っていた。
日本国内の世論は半々に分かれていた。
マスコミは拉致疑惑という言葉を使っていまして、産経新聞など一部の報道機関を除いては両論併記のような形で、あるかないか自分の立場として明らかにしないような編集方針が続いていたんですが、金正日が拉致を認めたのであるかないかと言う論争には決着がついたわけですね。

その後は、ここで何回も言いましたけども、新たに北朝鮮は二つの嘘をついたと。
拉致被害者が13人だけだと言う嘘と、そして8人は死んだという嘘だと。
その二つを打ち破ると言う戦いをして来たわけです。
日本政府は当初15人認定していまして、田中(実)さんが増えて16人になって、そして多分来週には17人目の松本京子さんが認定されると。
北朝鮮の言っている13人ではないと。
そこでももう4人違いがあるわけですし、それ以外にも今日寺越(昭男)さんが石川県から来てくださっていますけども寺越事件がありますし、そして特定失踪者と言われている人たちが450人くらい可能性が排除できない事案としてあり、警察には900人くらいが捜査を求めているわけですし。

そして後でちょっと触れたいと思いますけど、特定失踪者に入っていない被害者がかなりいるという事も事実です。
北朝鮮は二つのパターンで拉致をしているんですね。
海岸の近くから襲ってすぐ連れて行くというパターンと、人を認定してですね。
人定して調査して、この人が良いというふうに決めてから海岸などに騙して連れて行って拉致をすると。
後者の場合は基本的に家族のいない人を探すんです。
失踪しても届出の出ない人を探すんです。
いまだに失踪届けの出ていない被害者がかなりいるという事ですね。

原敕晁さんや久米(裕)さんのケースは、現場で犯人が捕まったり後から犯人が捕まったから分かった。
捕まってなければ、つまり今でも背乗りをしてですね。
日本人になりすまして活動している工作員がいる可能性が高いと思っています。
そうすると失踪の届けも出ていないわけです。
原さんは(犯人の辛光洙を)韓国が捕まえなければいまだに「原」さんはいたわけです。
「原」さんと言う名前の辛光洙が日本国内・海外を自由に出入りしていたわけです。
日本の警察は分からなかったわけです。
韓国が捕まえたから分かったんです。
じゃあ、韓国がそれを全部捕まえられているか?と言ったら、そんなことは無いです。
それは特定失踪者にも入っていない被害者がいるという事ですが、北朝鮮は13人で終わりだと言ったわけですね。

それで、そしてもう一つの嘘は8人は死んだという嘘ですね。
彼らは死んだと言って様々な証拠を出してきた。
8人分の死亡診断書が出てきたり、田口さんの場合は交通事故調査書でしたっけ?
交通事故調査書という北朝鮮の警察が作ってきたという書類が出てきたり、後、めぐみさんと松木(薫)さんについては遺骨が出て来たわけです。
しかしそれはすべて捏造だったわけです。

死亡診断書はめぐみさんについて言うと93年の3月に死んだと言って、お医者さんがサインしているわけですね。
主治医がサインしているわけです。
その主治医が斉木さんにも会っているわけです、北朝鮮で「私が主治医でした。私が目を話した隙に自殺しました」と言ってた人が93年の3月の日付でサインした死亡診断書が出て来たし、93年3月の日付の死亡者台帳が出て来たんですね。
ところが蓮池さんたちは94年の4月までめぐみさんと同じ地域で暮らしていた。
蓮池さんたちは政府にその話をして、政府はそれを決定的な時期に使おうと秘密にしていたら、毎日新聞が先に書いてしまったので、北朝鮮に伝わって北朝鮮が「死亡日を間違えていた」と94年の4月に変えて来たんですね。

斉木さんがまた行って北朝鮮でその主治医に2年ぶりに会ったわけです。
「あなたは前のときは93年の3月と言っていたじゃないですか?」
「いや、記憶違いでした」
「じゃあ死亡診断書はなんですか?あなたがサインしたのは93年と書いてあるじゃないですか?」
「慌てて作りました」

93年の日付の死亡診断書を2002年に慌てて作った。
これは捏造ですね。
それ以外の田口さんの死亡診断書も慌てて作った事を一緒に認めたんです。
生年月日とかが間違っていたり、いろいろおかしいところを指摘したら「8枚全部慌てて作った」と言った。
死亡診断書は無いんです、実は。

じゃあ死亡の証拠は何か?
そこで出してきたのは交通事故調査書ですけど、その交通事故調査書は名前も書いていない。
交通事故があったというのに写真もない。
ただ紙に交通事故があったと書いてあるだけで、被害者が田口さんであることも分からないただの紙なんです。
それで死んだという事がなぜ証明できるのか?
遺骨が出てこなくても遺体の写真でも付いていれば、それに特徴があればですね。
ある程度分かるかもしれませんが、何もないんです。
そして今度は遺骨が二人分出て来たわけですけども、帝京大学の鑑定で他人のDNAが出て来た。
従って8人死んだというけれど、8人の内のひとりについても死亡を北朝鮮は証明出来ていないんです。

2004年の5月に小泉総理が再訪朝したときに家族の人たちは小泉総理に対して、かなりきつい言葉で質問したりしたわけですね。
私もそこの席にいましたし、その前の記者会見では私も小泉総理を厳しく責めたわけです。
その理由は、小泉総理が金正日と会った後の記者会見で「蓮池さんたちの子供が帰ってくることになった。」
それは良い事ですけども、その後「日本の家族が納得していないので、再調査を求めたら北朝鮮が白紙に戻して再調査すると言った」と言ったんですね。
生きているか死んでいるかの問題についての再調査を北朝鮮に求めたんですが、その理由を小泉総理の口から出たのは「家族が納得していないので」と。
「日本政府として納得していないので」じゃなかったんです。

死亡の証拠が出て来ていないときには、生存を前提にして捜すのが当たり前ではないか?と。
それが主権を侵された国の指導者の義務ではないか?と。
小泉総理は胸にブルーリボンバッジをつけて行ったので、我々と同じ気持ちかなと思って。
早紀江さんたちはいつも言うんですが、自分の息子や娘が拉致されたと思って交渉してくださいと言うんですが、その立場に立てばですね。
死亡の証拠が出てこない限り、生きていると言う前提にして返しなさいと言うのが当たり前ですよね?
ところが小泉総理は「家族が納得しないので」と言ったもんですから、我々は怒ったんです。

そしてあの夜の記者会見のときに、松木薫さんの弟さんの信宏さんが総理に「総理は生きていると思っているんですか?」と質問したんですね。
したら「生きているか死んでいるか、私は分かりません」というふうに総理は答えた。
客観的に第3者のように答えた。
救出しようという姿勢が全然ないと。
「自分は生きているか死んでいるか分からないけど、家族が騒いでいるから再調査を求めたんだ」と。
そしてその後小泉総理は「自分の任期中に日朝国交正常化をする」と言ったんです。
盧武鉉大統領と済州島で会ってですね。

そして家族会に大変近い立場にいた元救う会の役員をやっていた人たちとか、拉致議連の元幹部とかそういう人たちとか、そういう人たちが「めぐみさんたちは死んでいる」と言い始めた。
そして政府の中で生存を前提に捜すべきだと言っていた中山参与が辞任すると。
そしてめぐみさんの遺骨と称するものが出て来たと。
あの時帝京大学で鑑定が出来なければ政府は、「家族が納得しないから再調査をしてもらったけども、遺骨も出て来たんだからそろそろ家族のわがままには付き合えなくて、国交正常化交渉を進めるべきだ」と、いう事になりかねないのが2004年の11月12月だったわけです。

ところが帝京大学で鑑定が出来た。
これはですね、後で分かるんですけども日本の警察の勝利だった。
帝京大学の技術を隠していたんです。
2002年に最初に松木さんの骨が出て来たんですね。
その時に帝京大学に出していないと言ったんです。
警察科学研究所だけに出したと言っていた。
そこではDNAが出なかったと発表したんです。

しかし上あごの骨があったので、そこから歯根、歯の根っこを測定して、そして40代の男性ではなくて60代の女性だと、法人類学の鑑定を出したんですけど、実はその時にすでに帝京大学に出していてDNA鑑定をしていたんです。
他人の物だと分かっていたんですが発表しなかった。
北朝鮮は1200度で焼けばDNAが出ないと思ったんです。
北朝鮮もプロですからめぐみさんの骨を最初に出してDANが出たら困りますから、日本の鑑定能力を試したんです。
ところが日本の警察も試してきたな、と言うのが分かっていたから上あごの骨だけの事を言ったんです。
で、多分小泉総理にも報告していなかった。(小さな笑い声)
多分、そこは分かりませんよ?
私の推測ですけど、今のこの以前に申し上げたのは全部事実です。

これ、産経新聞が書いたんです。
今年の9月17日だったかな?はっきりと書いてあります。
多分政治家の、まぁ、それは分かりませんけどね。
だから小泉総理も自信満々に証拠が出てくると思ってたんです。
当時は朝鮮総連の許宗万(キョ・ソンマン)さんと飯島秘書官のラインがあったわけです。
しかし帝京大学でめぐみさんの骨だと向こうが満を持して出してきたものが偽物だったと分かった。
私は当時良く覚えているんですけど、小泉再訪朝のときにこれでもうダメだという感じになったときにですね。
飯塚さんの耕一郎さんが言ったんですね。

それはね、あ、そうだ、朝鮮総連はですね。
将軍様のハットトリックだと言ったんですね。
ロスタイムになって2対0で負けていたのが将軍様が3点入れて勝ったんだと。
小泉訪朝で逆転したんだと言っていたんで、私はそうじゃなくて野球だと。
9回の表に、ピッチャー小泉が新聞の見出しを考えてですね。
ボール球を投げてしまって逆転スリーランを打たれたと。

そして、9回裏の攻撃が残っていると。
彼らは再調査すると言ったんだから、多分この2年間くらい日本の事を相当調査してきて、死んだという事を納得させるような何かを出してくるはずだと。
我々は一回チャンスがあると。
彼らは一回絶対に球を投げてくる。
そこで打ち返すことが出来ればもう一回逆転できるはずだと、いうふうに2004年の5月に言ったんですが、2004年の12月の帝京大学が打ち返したわけです。(会場より「ふ〜ん」と言う声)
それで日本政府は生存と言うふうになるわけです。

ところがその後安倍さんが官房長官になるまで生存といいながら何も動かなかった。
拉致問題対策本部の前に拉致問題専門幹事会と言うのが、これも安倍さんが官房副長官のときに作ったんですね。
ところが2004年の12月に偽の遺骨が分かった後ですね。
ほぼ一年間その専門幹事会が開かれなかったんです。
厳しい対応を取らざるを得ないと言いながら何もしないから、我々は座り込みをやったりしたわけですね。
その時に制裁をしない方がいいと、拉致被害者を救うために政府で必死に会議を開いてですね。
結論が出されているなら、それはそれで一つの見識だと思いますけども会議を開いてなかった。
専門幹事会、一回も開いてなかった。
2004年の12月以降、2005年の12月まで開いていない。

安倍さんが官房長官になって11月から急に一気に動き出した。
安倍さんが官房長官になった後は専門幹事会が月に一回か二回開かれる。
そして特命チームと名前を変えて、法執行と言う法律を厳しく適用する班と情報収集班が出来て、ポスターを作ったりですね。
英語のパンフレットを改定したり、スペイン語や中国語や韓国語(のパンフレット)を作ったりですね。
突然動き始めるんですね。

そして総理になってはっきりと全員生きていると、そして被害者はもっといるという事を言いましたので、二つの嘘との戦いも今年の9月10月で我々は勝ったんだと。
もう日本政府に対して何か圧力をかけたりするような時期は終ったと。
問題はいよいよ日本が一つとなって北朝鮮に圧力をかけるところに来たわけです。
そういう中で彼らはミサイル実験をして核実験をして国際社会を敵に回したわけです。

生存という事について政府の方針が固まった後の次の課題は安全の確保です。
前回言いましたけど、安全を確保してどうやって全員無事に帰って来てもらうか?という事ですが、それが対策本部が出来て最初の対策本部が開かれるのが10月16日なんですね。
全閣僚が参加した会議です。
そこで拉致問題における今後の対策方針と言うのが決められたんです。
そこで3つの方針が決められたんですが、その第一が先ほど飯塚さんが紹介した「北朝鮮側に対してすべての拉致被害者の安全を確保し、直ちに帰国させるよう強く求めていく」と。
また「拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡しについても引き続き強く求めていく」と。

第一に「北朝鮮に対し拉致被害者の安全を確保し」、と言う言葉が初めて入った。
それまでは「帰国させるように求める」ということは言っていたんですが日本政府も全員が生きていると言う前提に立てば、今生きている人たちが危害を加えられたらたまらないです。
政府の方針として安全を確保しという言葉が初めて出たんですね。
これは我々は陳情していないんですが、全く同じ気持ちだという事です。

中山恭子補佐官は、今言ったような北朝鮮の二つの嘘に対して政府の中で戦っていた人ですから良く分かっていまして、補佐官になった直後にお会いしたときに「安全という言葉を次入れたいんですけど、どうですか?」と向こうから言って来たんです。
私も「まさに私が考えているその通りだ」と、「政府の政策として安全確保してもらわないと困る」と、いう事を言ったわけです。
今日本が第一に取り組まなくちゃいけない事は、安全を確保してそして圧力をかけるという事です。

・・・その2に続く・・・


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