2006年12月30日

06.11.19 横田滋さん 第4回埼玉県民の集い(10)埼玉会館小ホールにて

第4回 拉致問題を考える埼玉県民の集い
06.11.19 埼玉会館小ホールにて

『横田滋 家族会代表の訴え』

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埼玉の皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
私は昭和52年の11月15日、新潟市の寄居中学校を下校途中に自宅のすぐ近くで北朝鮮の工作員に拉致された、横田めぐみの父で横田滋と申します。
11月の15日でめぐみがいなくなってから29年が経過しました。
そして中学1年生で13歳だったのが、今年の10月5日でもう42歳になっております。
如何に長い間解決に手間取っているかという事がお分かりだと思います。

先ほどいろんな講師の方が、それから代議士の方がお話になっていますが、北朝鮮側は拉致問題は解決済みだと未だに言い続けております。
生きている人は家族を含めて全部返した。
それ以外の人は8人の人は全部死亡している。
それから曽我さんのお母さんと3人は入国の事実がなかったと言っております。
しかし第2回の小泉総理の再訪朝の際、総理は「そんなことでは日本人はとても納得しない、総理自身も納得できない」という事で再調査の約束を取り付けました。
しかし特に期限を設けなかったものですから何も北朝鮮はしなかったですけど、平成16年の8月に第1回実務者協議が行なわれて、その時に北朝鮮は調査委員会を作るという事を約束しました。
9月になってほんの少しだけ情報が提供されまして、それはめぐみが93年3月に死亡したと当初発表したんですが。

しかし蓮池さん・地村さんの子供さんが帰って来たことによって自由に話せるようになり、めぐみさんとは94年まで一緒だったというような発言をしてそれが新聞に載ったわけです。
それで北朝鮮はそれに合わせるようにして、93年3月は勘違いで94年4月が正当だということを言ってきました。
そして決定的なのは3回目の11月に開かれた実務者協議のときで、北朝鮮側はめぐみのものについてはいろいろな資料を提供してきまして、学校に入ったときの生徒証、入退院を繰り返したという事で非常に分厚いカルテのコピーとかそれから自筆のメモ、これは新潟市の住所・父親の勤務先それから家族の名前・年齢なんかが書いてあります。
早紀江の年齢だけが一つずれているという事は、2月になりますと早紀江が最初に誕生日を迎えますのでそこで一つ増えて、そして8月には弟が誕生日を迎えますので、私は増えてないので拉致されて半年くらいのうちに作られたものだと思います。
それからおそらくそのときのものだと思いますが、不安そうな顔をしためぐみの写真とそれから大人になったときのきちんとした身なりをしたベンツの横に立っているというような写真も出てきました。

しかし何といっても決定的なものは、白いテーブルクロスのようなものに包まれためぐみの遺骨と言うものが提供しました。
それはめぐみの夫であるキム・チョルジュンさんと言う人が、娘のキム・ヘギョンさん、今はウンギョンさんと言っていますがそのときはまだキム・ヘギョンさんを連れてきて、そして「これは自分が規則を破って病院の共同墓地から遺体を持ち帰って火葬した。その骨を自分の自宅に大事に保管して、特別それをみていたんだ」と言って骨を持って来たわけです。
そしてそれを外務省の方が受け取って持ってきてくださったんですけど、しかしそれが本物かどうか?と言うのは分かりませんので。
それと受け取ったときに警察庁の方も一緒に行きましたが、石ころが入っていたとか見つかっていますから、その辺のところだけは検分していると言うか確認して持って帰ったわけです。
それを新潟県警が、めぐみのことは新潟県警ですから裁判所の許可を取って証拠品として押収して、その鑑定をしました。

我々が心配しましたのは、もしこれが高温で焼かれて鑑定不能と出た場合に、
「これは夫が大事に保管したもので絶対に間違いがないんだ。しかし科学的には証明できないけど、めぐみのものに間違いは無いんだ。こんな不安そうな顔をしている子供をわが国で立派に育てて一人前の人にして、ベンツにも乗れるような身分になったけど、体が弱くて自殺をしたんだと、これで納得してくれ。」
と言われた場合に科学的に反論する材料がないわけです。
しかし帝京大学の非常に優れた技術によって別人のものと判明しました。
それが判明したのが11月の8日です。

それで私たちはこんな不誠実をする北朝鮮には経済制裁を、ということで政府に要請をしました。
そして翌12月9日に超党派の国会議員で作っています「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出する議員連盟」と言うのがありますが、そちらの席で外務省に説明して拉致議連も経済制裁をと決議したほかに、先ほど誰かさんが仰いましたように、これを救出するためには北朝鮮の政権を倒さなければ駄目だと、こういう事もその声明の中に入っております。
それから10日の自民党の拉致対策本部、それと衆参両院にあります拉致特別委員会でも制裁の決議をしておりますが、小泉総理は対話の窓口が途絶えるという事で制裁には踏み切っておりません。

そしてそれ以外の人のものも含めて12月24日に全体の向こうから提供された品物の精査が終りましたので、それを各家族に通知をしたうえで、当時の官房長官の細田さんが「北朝鮮が速やかに誠意ある対応をしなければ日本としては厳しい対応を取らざるを得ない」と、経済制裁の予告のような発言をなさっております。
しかし、北朝鮮側は「日本の鑑定は捏造だ、遺骨を返せ」とかと言うだけで全く進展もありません。

それでずっと1年以上何もなかったわけですけど、今年の2月には今度は日朝の平行協議と言うのが開かれました。
これまでは拉致の問題を北と協議しますと北朝鮮側は追及される一方なんですけど、しかしこのときは核とかミサイルの問題、それと戦争中の補償問題等も平行的に話し合う。
しかし一時的に補償問題が先に進んでも、拉致が解決しなければ妥協は無いと通知されていますし、日本はその政策を採っているという事も日本国民にも発表しています。
しかし北朝鮮側はそれに対して最後はこれは解決済みの問題だという事で具体的には全く何の動きもありません。
次回いつ開くという事も決まっておりません。

そしてこのときに代表の梅田参事官から会議の報告を頂いたんですが、しかしそのときは何の進展もなかったという報告のほかに、個人的な感じという事で3つのことを仰いました。
ひとつは日本の世論を非常に気にしているという事です。
その一例としてちょうどその時に新潟市でめぐみの写真展をやっていました。
そしてその写真展について新潟は一番被害者が多い県ですから、これは認定された人だけのことなんですけど、非常に関心の高い県なんです。
「そういうところでも写真展では2000名の人しか来なかったそうですね」という事を言ったので、梅田さんが「私もそこの展覧会には見に行ったけど超満員でしたよ。誰がそんないい加減な報告をしたのか知らないけど実際は2万5千人来たんだ」という事を説明して、その時貰ったリーフレットなんかを渡して来たんだそうですけど、そんな日本のデパートで開かれている写真展の入場者数までもちゃんとチェックしている。
そして上に報告を上げるときは、自分の一存で報告しているようですけど、そんなことまで気にしているという事ですか。

それからもう一つは国際化という事を恐れているという事で、昔は拉致と言うとレバノンの人はもう解決済みですけど、日本と韓国しか実質的にはいなかったんですけど、しかしジェンキンスさんがお書きになった本の中で、アメリカ人と結婚した例えばタイ人とかそれからマカオの人とかいろんな国の人、今では東南アジア・ヨーロッパ等を含めて12ヶ国の人が拉致されています。
ですからそうした非常に国際的な包囲網が強まってきて、国連でも北朝鮮に対して非常に厳しい提案が採決されることになりましたし、それからサミットの席でも拉致の問題が取り上げられる。
ASEANの会議でもやっぱり北朝鮮が非難されると、非常に国際的な圧力が高まってきている事を恐れていると。

それと3番目には、その当時はまだ日本も経済制裁をしてませんけど、アメリカの金融制裁が非常に効いてそれで資金が凍結されて経済的に行き詰っているという事を仰っていましたから、その制裁と言うのは強化されて来ておりますから、もっともっと困窮していると思います。

そしてですからこのまま何もしなければ自滅の道を歩く。
そうでなければやっぱり、核や拉致問題を解決してそして国際的に歩み寄ってきて、そして食糧援助を受けるとか金融の援助を受けるという、ならざるを得ないと思いますので。
最近は非常に政府もなんと言いますか、北朝鮮に対して厳しい政策を採りましてミサイルを発射したらその日のうちに、お昼ごろには船(=万景峰号)を止めるって言う事を決めました。
それから核の実験がされたときにも、やはり制裁を強化と言うことで非常に熱心にやってくださっていますので、その効果が必ず出て来るんだと思います。

ミサイルが出たときに、ちょうどその日に万景峰号が入港していたんですけど、それで新潟県の県議の方から埼玉県の先ほど言った県議会議員の全国協議会と言うのがありまして、その事務局は埼玉県が担当しています。
それで新潟から埼玉に連絡があって、埼玉県の議長さんがすぐ文案を作って、政府が発表する前に「国民の意思として制裁をしてほしい」と言う依頼を提出してくださると、地方議員の方も非常に一生懸命やってくださっております。

それと今年の5月の始めに、めぐみの夫がキム・チュルジュンという北朝鮮の人だと言われていましたんですが、しかし1977年78年に韓国の海岸から拉致された5人の高校生のうちの一人であるらしい、と言う情報が入ってそしてその5人の方のお母さんから血液とか口の粘膜を提供を受けて。
キム・ヘギョンさんのはすでにめぐみと親子関係を証明するためにDNA鑑定は終っていますので、それを調べた結果金英男さんのお母さんとキム・ヘギョンさんが肉親関係にあると高い確率で鑑定されたわけで、同じ鑑定をソウル大学でやったんですけど同じ結果が出ております。

そしてその事が分かるとお母さんとお姉さんが北朝鮮へ行って対面をしたわけです。
しかし予想されたように金英男さんは、「自分がキャンプに行っているときに船の中で寝ていたらそのボートが流されて北朝鮮に救助された。そして医療制度とか教育制度が非常に充実しているので自分の意思で残ったんだ」と言うような事を言っていて。
めぐみのこともはっきりと死んだとは言わないで、「死んだようだ」と言うような事を言っていました。
そして向こうに行ったお姉さんやお母さんが戻ってきて会見をしていますけど、やっぱりお姉さんも「弟の言う事を信じるしかない」と、「弟のいう事が正しい」とは言わなかったんですけど「信じる他は無い」っていう事ですけど。
北朝鮮にいる限りは本当の事は言えないわけですけど、少し悲しい情報が来ております。

そして韓国では拉致の問題が新聞の一面を飾る事は全然なかったそうですけど、それをきっかけに一面に大きく載るようになりまして、私たちが5月の中旬にお母さんに会いに行ったとき、こういった会場で面会したんですけどそのときは報道陣だけでも300人の方が来るほど関心が高まっております。
しかし政府はやっぱり離散家族を抱えていますので、拉致の事を追及して離散家族の再会なんかが出来なくなると困るという事で、余り熱心ではないわけです。
そしてその時感じたのは韓国と日本で一番大きな違いは、韓国は朝鮮戦争のときに拉致された人が1万4千人くらい。
この人たちは非常に高齢ですから中にはほとんど亡くなっているかもしれません。
日本と同じように拉致された人は480人くらいおられるわけです。
そしてその人たちは交渉で帰って来た人はひとりもいませんけど、一部脱北して逃げ帰った人はいます。

そしてですから家族会と言うのは非常に人数は多いんですけど、日本で言う救う会と言うのが一つもないんです。
ですから辛光洙がミレニアム恩赦で北朝鮮に帰るときに、抗議活動はしていますけどそれ以外ではほとんどこういった形で世間に訴えるという事が行われていないわけなんです。
家族会だけだったら日本でも同じような形だったと思いますし、しかし当時ひとつだけ支援団体が出来たわけなんです。
ちょうどめぐみの事が明らかになったときには新潟に支援団体が一つだけできて、それがその時の秋になって先ほど佐藤さんのお話にありましたように東京に支援団体が出来て、それがだんだん発展的に東京って言っていたのがそれが埼玉の会とか千葉の会・神奈川の会というふうに分かれて大きくなって今は全国に救う会が出来て、そしてそれがこういった集会を開いて国民世論を高めて、その結果が現在きているという事なんです。

ですから日本だと国民世論が盛り上がらないと言うと、例えば国会が昭和63年に取り上げられたときでも新聞が報じなかったわけですから、それからテレビの中継もありませんでした。
そんな事があるって事は知らない世間だったわけです。
ですから政府とか議会関係者は知っていても、一般世論が知らなければ救出運動は起きませんし、家族の人も黙っていたから、ほとんどの人が拉致があると知ったのはめぐみの事が取り上げられた平成9年2月のことなんです。
そしてその後変わって来たんですけど、如何に皆さんが関心を持ってくださるか?という事が解決のための大きな力となっているわけです。

そして政府の認定と言うのは今のところ16人で、明日松本京子さんと言う方が追加で認定されると言ういふうに、それは官房長官が仰っていますから、それは間違いなく認定されると思います。
私は鳥取に行ったときに松本さんのお母さんに会いましたけど、もう今は83歳とか言っていますけど、松本京子さんと言う方はお母さんの作った漬物があればご飯のあとのおかずが要らなかったという子供だったと、お母さんは仰られていました。
それで秋になったら漬物を作るんですけど、秋になったら浅漬けみたいのを作って、それから後のやつは干し方を少なくして塩を少なくしてと言うものですから、それは発酵してしまいますから夏まで持ちませんですし。
いろんなのを作っていつ返ってきてもおいしいたくあんが食べられるようにといって、やっぱり親の気持ちと言うのは同じことです。
子供を思う気持ちは同じです。

そして今日お見えになっている(特定失踪者の)皆さんも、今の段階では政府の認定という事は行われていませんけど、やはりそういったことも一日も早く認定される。
これ認定されるという事自体が目的では無いんですけど、やはり政府間の交渉では認定している人はどうしても相手方に強くいえますけど、そうでなければ松本京子さんの場合でも平成14年小泉総理が訪朝した直後の10月のクアラルンプールで開かれた会のときでも、「こういう人もいるはずだ」とか言いますけど、やはり認定されていませんと向こうは当然「そんな人は入っていない」と言うようなことで進展しないので、そういう点では解決のためには一日も早く認定が進めばいいと思っております。

ですから皆様方がこうやって関心を持ってくださるという事が政府を動かして進展して行きますので、現在死亡または入国していないという人以外にも埼玉県だけでも且つ名乗り上げた人だけでもこれだけいるんですから、全国的には相当大勢の方がいらっしゃいます。
そういった方々を救うためにもぜひ皆様方が拉致問題に関心を持って見守ってくださる事が、助けるための唯一の方法だと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)


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