2005年04月20日

寺越家を救うぞ!東京集会(8)05.4.14 友愛会館にて

『もう一度寺越昭男さんのお話』

最後にこれは私の叔父、神戸に昭二のすぐ下の叔父・クニオさんと言う人がいるんですけども。
クニオさんが私に言った言葉でちょっと印象に残ってる言葉なんですけども。
うちの父親は5人なんです。
男兄弟。
男5人女6人の全部で11人のきょうだいなんです。
5人しかいない男兄弟で、なんのゆかりも縁も無い北朝鮮で3人骨を埋めるのは、うちの親父も北朝鮮に骨を埋めたと仮定しての話なんですけども。

なんの縁もゆかりも無い北朝鮮で3人も兄弟が骨を埋めるのは情けない話だと。
というのはうちの親父、外雄さん、で最後に武志の父親(=太左衛門さん)。
3人が本当にに何のゆかりも無い北朝鮮で骨を埋めることになるのは情けない。
私も本当にどうかやぁ?と。
今現在生きとるのは神戸の叔父さんと北朝鮮にいる武志の父親だけなんです。
ちなみにこれは叔父さんがここにおったらこういう話をしてくれるやろうな、ということで最後に話をさせていただきました。
ありがとうございました。(拍手)

(会場より質問)外雄さんの死亡原因は間違いないんですか?向こうの発表は?

(昭男さん)
多分間違いはないんだと思いますが、私らには全然分かりません。

(同じ質問者)肺がんですか?

(昭男さん)
そういうふうになってますけど。
亡くなる前に親族って言うかな。
きょうだいのところへ電話をかけて来たらしいです。
で、ただ本当に残念なのは北朝鮮の言うように救助っていうんであれば、病気になった時点で友枝さんは知ってたわけですから。
友枝さんが日本政府に働きかけて日本で治療を出来るように、やっぱりそういうふうに働きかけをしてくれればよかったなぁとは思ってますけど、私らは全然知らなかったもんで、その時は。

その当時は全然病気であると言うことも知らなかったし、亡くなったということも本当に後から聞いて知ったわけなんですけど。
拉致って言うのは中々駄目だと思うんですけど、救助をされたって言うなら北朝鮮では治療出来んから、日本で治療したいからと日本政府が働きかけをしてくれてもいいがじゃないかな?と思うんですけど。
そういうことが出来なかったのは残念だなと思ってますけども。


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