2005年05月03日

第7回国民大集会(22)05.4.24 日比谷公会堂にて

『未帰還者家族によるパネルディスカッション 6』

「斉藤文代さん(松木薫さん長姉)のお話」
「飯塚繁雄さん(田口八重子さん長兄)のお話」

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※司会 西岡力氏
北朝鮮は今、寺越さん以外の日本政府が認定してる被害者については、死んだと。
あるいは北朝鮮に入っていない、と言ってきたわけですけども。
おかしなことがたくさんあったわけですね。
横田さんについてのおかしなことはもうすでに皆さん知られていますけども。
実は横田さんの事だけじゃないんです。
遺骨が来たのは横田さんだけではなくて、松木薫さんの遺骨は2度も来たんです。(小さな笑い声 )
2002年の9月に遺骨が最初に来た時は喪服の準備もされたんですよね?
今それに付いてちょっとご説明いただけませんか?

☆斉藤文代さん(松木薫さんの長姉)

私のほうに政府の方からこうやって骨を持って帰りましたということを聞いたときには、「それは薫ではありません」と「受け取るわけには行きません」と言いましたけれども。
(東京医科歯科大学の)橋本先生が「ひとつだけ絶対にこれを証明できるものを持って帰ってきたから、なんとかそれを証明して見せますから、1ヶ月待ってください」と言うことで。

それが本当に薫のものであれば、私は本当に覚悟して「薫、お帰り」と言って、父の墓に入れてあげようとまで思ってたんですけども。
まぁ全然違う人の骨でしたので、もう2度目来た時には
「また同じやり方をしたのか?だまされないぞ」
と言う気持ちで、そんなことは全然びくともしませんでした。
最初はやっぱり本当にいろんな面で悩みました。

※司会 西岡力氏
それから交通事故の現場で作られた報告書って言うのも来てるんですよね?
(斉藤さんの声 「はい」)
それは今度は飯塚さんの方に。
松木さんの方も来てますけどふたつ来てるんですよね?
あの飯塚さん、それ見られましたけど、どんなものだったんですか?

☆飯塚繁雄さん(田口八重子さんの長兄)

普通、交通事故報告というのは、いつどこでどういう状態で、誰が加害者で誰が被害者か、誰が死んだ。
その人の名前がなければならないのに、肝心の誰が亡くなったという名前がないんですよね。
それで場所もですね。
いろいろ後で聞くと、こんな所で交通事故が起こる所ではない、というような。
原っぱのど真ん中。(笑い声)
そういうところで交通事故で亡くなったという報告書。
これは全く、じゃぁ、誰の報告書か分からないですよ。
こんなもの信用できるわけないですよね。

※司会 西岡力氏
だから交通事故があったかどうかも
写真も何もついてないんですよ。
紙だけなんです。
その交通事故があったかどうかも本当に、そこ被害者の名前、書いてないんです。
それで人が死んだと言うことを信じろと言う。
こんな馬鹿な話ないじゃないですか?

北朝鮮はこの2年間かけて、10人が8人死んで2人は実入国だと説明したかった、証明したかったんです。
しかし証明はできなかったんです。
ゼロなんです。
さっきも斉藤さんおっしゃいましたけど、家族の人たちホントに証拠がくれば、きちんと弔ってあげたいと、無理を言ってるわけじゃないんですよね。
しかし誰一人について、死亡の証拠が出てきていないんです。
10人についてゼロなんです。
ですからこれは生きてるということです。(拍手)

つまり先ほどの曽我さんのメッセージの通り、この瞬間も、ここの写真に出ている今いろんな思い出を語った私たちの家族が、同胞が、
「日本にいつ帰れるんだろうか?父さん母さん、兄弟姉妹に会いたい」
と指折り数えているんですよ。
くじけそうになると、きっと日本で楽しく暮らしていた時のことを思い出して、この次日本に帰って楽しく暮らすことが出来ると信じて、一日一日一生懸命生きてると。
曽我さんが自分がそうだったからそうだったと今言ってるんです。
この人たちのことを絶対に忘れてはならない、と思います。(拍手)

・・・続く・・・


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