2007年02月25日

07.2.12 野口孝行氏 南越谷集会(1)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『野口孝行氏(北朝鮮難民救援基金)の講演』

Img_2597.jpg



こんにちは。
北朝鮮難民救援基金の野口と申します。
本日は、こういう席にお招きいただきましてどうもありがとうございます。

私たちの団体は、脱北者を支援している団体という事で、日本とですね。
韓国にももちろん私たちみたいに支援している人たちはたくさんいます。
私自身3年前の12月ですか。
北朝鮮から逃げてきた帰国者の人を助けているというですね。
作戦をしている間に中国で捕まって、8ヶ月拘束をされたんですが、韓国にもですね。
もちろんそういう方たちがいます。
で、実際そういう方が中国で捕まった場合、どういう仕打ちを受けるか?と言うのをですね。
そしてまた、韓国と言う国はどういう対応を取るのか?というのをちょっと私の場合と、完全に同じ条件では無いので多少状況は変わってくるんですが、違いみたいなものをちょっとお話したいと思っております。

皆さんですね。
記憶にある方もいらっしゃるかと思うんですが、今から4年前ですね。
ですから、2003年の1月に煙台ボートピープル事件というのがありました。
その時はですね。
漁船を2隻ですね。
これを使って日本と韓国に1隻ずつ脱北者を中国から脱出させるという作戦がありまして、それで1月の18日に決行させる。
船を出航させる予定だったんですが、その未明に一網打尽にされてしまって約80名くらいの脱北者の人が拘束されて、その計画に関わっていた現地の主に朝鮮族の人たちと、あと首謀者とされた韓国人が拘束されるという事件がありました。

でですね。
これ首謀者という方が崔永勲(チェ・ヨンフン)さんと言うんですが、裁判を受けまして5年と言う刑を言い渡されました。
その後ですね、3年11ヶ月の服役を経まして、去年の11月にですね。
中国から韓国に帰って来たと、そういう流れがありました。
それでですね。
私は実は彼が拘束される2週間前に中国の煙台で会っていまして、「こういう計画がある」という事を実は聞かされていまして、「日本に1隻のボートが行くから」と。
もしか行って、日本の領海に入って海上保安庁等々に連絡をして、「受け入れをお願いします」と言うような事を僕らの方に知らされていて、それで実際に煙台で僕が会って、捕まったと。

今回韓国に帰って来たときに私が韓国に会いに行ったんですね、今年の1月、2〜3週間くらい前です。
で、色々話を聞いていくうちにこれは私のケースと凄い桁違いだな、という事で凄く驚きまして、まずですね。
彼が捕まって、もちろん韓国の領事が来るわけですね、彼に会いに。
そのカンショウ(?)に来たときに、領事の方が言うには「あなたは中国の法律を破ってしまったんだからしょうがない」と。
「これから裁判に行ってどういう結果が出るか分からないが、ここでずっと仕事もしないで寝起き出来るんだから」と、「ゆっくり休みなさい」と、「私も代われるものなら代わりたい」と、「私も忙しくて休めるものなら休みたいよ」と、そんなような言い方をしたらしいですね。

方や、私が捕まったときもすぐに領事館から人間が来まして、その時はですね。
「野口さん、心配しないでいいから」と、「日本の政府も一生懸命中国の政府と掛け合って、なるべく早く釈放されるようにこちらも動くから、大変だと思いますけど何か欲しいものがあったら今伝えて欲しいし、何か不都合があったら今言ってください」
まぁ、こういう感じでした。

それですね。
それから3年11ヶ月の間、彼は拘束されるんですが、出所になる2ヶ月くらい前から約1ヶ月の間ですね。
囚人たちが6人か7人か8人、寄って集って殴る蹴るの拷問を加えたっていうんですね。
それだけではなく、彼はキリスト教徒だったのでちょっとお祈りをする部屋が欲しいという事で、それは言ったらそれは認められて小さな部屋をあてがわれたらしいんですが、そこでお祈りをしていると後ろ、背後からですね。
その囚人の人たちが何人か来て、彼を羽交い絞めにして殴る蹴るをすると。

場合によっては彼を羽交い絞めにしてある時は、注射を持った医務官みたいのが来て注射を何回かされたと、いうこともあったようです。
その注射をするとですね。
とにかく意識が朦朧として記憶が無くなる感じがあったそうなんですね。
実際それが何だったのか?と言うのは実は分からないんですけど、彼が言うには実際韓国に帰ってきて、頭の調子もおかしくなったし、そういう暴行があった2ヵ月後に釈放になったという事を考えると、もしかしたらですね。
中国の政府が帰国が決まっている彼に対して、もうこいつ廃人にしちゃおうと。

廃人にすればですね。
実際どういう事があったのか?とかですね、どんな酷い事が現場で起こったのか?とか、そういう事をもしかしたらですね。
口封じしちゃおうとそういうような可能性も、深読みすればですね、あったのかな?というふうにも思いました。
私の場合は、刑務所ではなくて未決囚が収容されている監守所だったので、拷問みたいなものもありませんでしたし、そういった注射みたいなものもされる事はありませんでした。

その後、彼はですね。
去年の11月に帰ってくるんですが、最初に私のケースで言えば成田空港に着いたときには取材の方たちが来て、その後記者会見みたいなことを成田空港でして、そのまま帰ってきました。
その後は外務省の邦人保護課の方に呼ばれて、その時の状況ですね。
「どういう拷問をされましたか?」とかですね。
いろんなその、「体は大丈夫ですか?」とか、そういった事を聞かれるわけですよ。

方やその崔さんの場合なんですが、彼は空港に降り立って税関と言うか出口ですね。
ゲートを出ると搭乗口の迎えの人たちがいるところに出る前に韓国の警察が待っていまして、いきなり3年11ヶ月もそれこそ脱北者の人を助けようと思って一生懸命やっていた人にも関わらずですね。
「あなたには詐欺の罪がある、詐欺の容疑がある」と言ってですね。
「現行犯で逮捕する」と言って手錠かけられて連れて行かれそうになったと言う事なんですね。

それはどういう事か?というと、彼は脱北者を助けながら中国で事業をしていて、それは建設機器の部品の商社みたいな事をやっていて、どうやらいくらかお金を借りていたらしいんですよ、その事業のために。
それが確か200万くらいだったと思うんですが、借りていてもちろんそれは返すはずだったんですが、3年11ヶ月の間返せるわけ無いですよね?捕まってしまったんですから。
それを盾にですね。
「あなたは返すはずだったお金をこの間返していない」という事でですね、「これは詐欺だ」ということで逮捕されそうになったと言うんですね。
実際その逮捕状を良く見てみると、罪状なんかも身に覚えの無い事が含まれていたり、生年月日なんかもいい加減だったりしたらしいです。

そうするとですね。
中国の方も拷問をかけてですね、彼を破壊しようとしたと。
もうひとつ自分の国である韓国に帰って来てですね。
あたかも彼が空港を出て記者に何か話そうとするのをですね。
阻止するような感じで口封じするような感じでですね。
降り立った瞬間に彼に手錠をかけてそのまま留置をしようとするという、そういうですね。
耳を疑ってしまうような事件が実際去年の11月ですか。
起こっているという事ですね。

彼は結局その後おそらくそのストレス、せっかく帰ってきて家族にも対面する前に手錠をかけられたと言うストレスだったと思うんですが、ちょっと頭がその当時おかしくなっちゃったような状況で。
たまたまその留置場に入れられる前にそこに迎えに来た国会議員の方がいて、「私が彼の身柄をちゃんと保証するから今日は返してあげなさい」と「国会議員として保障するから」と、帰る事が出来たんですが。
手錠を外されて家に帰ってもですね。
やっぱりPTSDというか凄く情緒が不安定になって、もちろん家族に会えるのは嬉しいんですけど、夜パッと起きて奥さんの顔を見るとそれが自分をリンチした囚人と同じに見えたり、時によっては奥さんとか子供が監守の人たちに見えるという事で、結構最初の1ヶ月くらいはですね。
家族に暴力を振るうという事があったらしいです。

実際に病院に行くとですね。
統合失調症なのではないか?と言う診断を下されまして、これで家族もですね。
これまで支援して来た人たちも、これで大変だなという事になったんですが、落ち着いてみてですね。
何軒かの精神科医をたずねて行ったところ、あれは急激なストレスが加えられたことによる一時的な錯乱状態だったという事で、統合失調症というのは誤診だったらしいんですね。
それで今、徐々にですね。
そういった状況から脱して精神的にも安定してきていると言う状況らしいです。

ただですね。
これだけ本当に韓国と日本の間でも、人道支援家と言う人の目を通してみてもこれだけ大きな差があると。
もちろん彼がやった事は僕がやったことよりも規模が大きいですが、それでもですね。
これだけの大きな差があって、逆に言えば彼のやったことと言うのは本当に自分の民族を助けると言う、韓国の人たちが常々言っていることをやったにも関わらず、そういったとんでもない仕打ちを受けるという事をですね。
今回、本当にまざまざと見た思いでした。

実際ですね。
本当に韓国の人たちは太陽政策とか私たちの民族とか色々言うんですが、そういった事は今に始まったことではなくてですね。
実際に私もまだ東南アジアとかで、動いていたときに脱北者の人をですね。
あれはカンボジアのプノンペンだったんですが、子供6人をですね。
プノンペンの韓国の大使館に「保護してください」と連れて行ったときにですね。
凄く嫌な顔をされまして、「今回今日は彼らを受け取りますが、次にまたそういう事をしたらですね。私たちはあなたたちをこの大使館に入れる事は出来ない」と韓国人の参事官が言ったりするんですね。
本当に不思議な国だなというふうに、その時に思ったんですが。

この後萩原先生の方からおそらく詳しい話があるかと思うんですが、1月に韓国に行って「実際今年の大統領選どうなるんでしょうか?」という事を何人かの人に聞きましたが、おそらく今のウリ党で野党でハンナラ党がありますけど、ハンナラ党が仮に政権を取っても状況はあまり変わらないでしょう、と言う意見が大半でした。
もちろん今の盧武鉉政権を批判するために、ハンナラ党としては今の太陽政策は間違っているとかですね。
そういった発言をする人たちも多いんですが、基本的には無関心だって言うんですね。
自国の拉致問題に対しても無関心だし、脱北者の問題に関しても無関心だと。
選挙に勝つための材料としてウリ党の今の政策を批判する事はあるけど、結局どちらが勝とうとも基本的には無関心だし、あまり大きな変化を期待してはいけないと言われました。
そうなるとですね。
やっぱり脱北者、人権・人道の問題にしろ拉致の問題にしろ、韓国に頼る事は無駄だというか、頼れないのかな?と言う思いを本当に強くしました。

最後なんですが、今の実はお話した話がですね。
おそらく2月の25日、もしくは次の週だと思うんですがこの崔永勲さんという韓国の人道活動家の方とですね。
話とかですね。
韓国の今の状況とか含めた話が報道特集で放送されると思いますので、宜しければご覧になっていただいて韓国の状況をご覧になっていただけたらと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)


posted by ぴろん at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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