2007年02月27日

07.2.12 杉野正治氏1 南越谷集会(2)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事の講演 その1』

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皆さん、こんにちは。
調査会の杉野でございます。
今日はお招きを頂きまして大変ありがたく思っております。

今、古藤さんからもお話がございましたように拉致問題。
この問題、いわゆる家族会が出来てから10年経つわけですけども、全くまだ問題は解決していない。
私ども調査会ができたのが今からちょうど4年前でございます。
4年もこの問題をやっているとは私も思わなかったわけですけども、やはりそれだけ根が深い問題である、という事であろうと思います。
今日は私ども調査会の活動についてご説明をしていただきたい、という事でございますので、現在我々がどういう事をしているか?という事を話しながら、この拉致問題についてお話をしていきたいなと言うふうに考えています。

冒頭、ちょっとお話にもありましたけれども丁度6カ国協議が行なわれて、今日で終るような事を発表したようですけども、基本的には核問題について話し合う。
日本国政府もその中に何とか拉致問題を議題として、議題と言いますかテーブルに持ち出したいということは仰っておりますけども、これは枠組みとしては中々難しい問題である事はこれ間違いがありません。
拉致問題と言うのは基本的にはやはり北朝鮮と日本の問題である、と言うのが他の4ヶ国の認識であります。
じゃあ、日本と北朝鮮で協議が出来るか?中々出来ない。
いろんな所でキャッチボールを6ヶ国でやっているわけですけども、日本が投げる球を北朝鮮はキャッチしないわけですね。
ですからこの場で何かが出来ると拉致問題について何かが出来ると、中々期待は出来ないわけであります。

しかしながら、拉致問題だけを考えるとそうなんでありますけども、北朝鮮を攻め込んで行くにはやはり国際的な、やはり皆で力を合わせて追い込んでいくしかない。
その時一番有効な手立ては人権の問題なんですね。
北朝鮮の人権問題、拉致問題は当然のことです。
こちらの自国民を虐待している。
あるいは日本からの帰国者は、これはかなり昔から差別をされ、そして中には収容所送りにされている。
その強制収容所の実態というのも重要な問題であるわけであります。
こういった問題で北朝鮮を追い込んでいく。

人権の問題というのは、ある意味では世界共通の問題でありますし、しかも6ヶ国協議の議長国である中国も野口さんからお話がありましたように、非常に面映いと言うかこれで突かれると中国としてもあまり大きい顔は出来ない、いう事なんです。
そういう事で我々もいろいろな民間機関、難民救援基金や守る会あるいはRENK、そういったところと力を合わせながら、この問題を解決していきたいと言うふうに思っています。

我々の活動という事なんですけど、現在一つは昨年の秋からですね。
私どもマッピングリストと言うものを逐次公表を致しております。
毎月一回ずつ、一つか二つずつなんですけど、このマッピングリストと言うのはですね。
マップと言って地図と言う意味なんですけど、実は私どものところに今特定失踪者と呼ばれるリスト、460名の方がいらっしゃる、失踪者がいらっしゃるんです。
今日もご家族の方見えられているんですけども、この人たち、我々出来た当初からですね。
データを作っていくわけですけれども、明らかに共通点と言うのが出てくる、出て来たわけなんです。

私どもがこれまで発表した項目を簡単に申し上げますと、まず第一番目は目撃証言があった人。
これはかなり最近になってからなんですけど、北朝鮮の中で目撃証言のあった方と言うのを並べています。
それから朝鮮半島での失踪者、これは韓国なんですけども見つかったわけです。
それから医療関係、特に女性の方で看護婦さんでいなくなっている方が、かなりたくさんおられるという事でございます。
これ医療関係全部あわせますと、これ20名近くの方が460人の中でいなくなっている。

それから電話関係者、これはいわゆる電電公社の社員だったりとか、あるいは今生島(特定失踪者・生島孝子さんの姉)さんおられますけど、電話交換手をされていた方。
そういった方々が非常にたくさんいなくなっている。
それからアベック、それからご夫婦での失踪者。
これはなぜか1970年代に前半と後半に固まってポンポンと非常に奇妙ないなくなり方をされている、いう事でございます。
後半と言われますと、今帰っていられる蓮池さん・地村さん、それから鹿児島の市川さん・増元さんといったような方々ですけども、特定失踪者の中にもこの時期に非常にたくさんの方がいなくなられている、いうことでございます。

それから印刷関係者、これは最近でもちょっと話題になりましたけども、1970年を中心とした前後に印刷工あるいは印刷技術あるいは印刷の原版を作るのに重要な技術を持っている方、これがいなくなっています。
地域とするとこれは東京の東部から千葉にかけて、という事でございます。
それからこれは一緒くたなんですけど、原子力発電・核兵器・ミサイル開発、これは当然北朝鮮をミサイルあるいは核という事を見越して、というふうにしていたわけですけども、こういう方がたくさんいなくなっている。

中にはですね。
かなりご年配の方ならご存知かもしれませんけど、かつてはココム規制品というのが、対共産国主義国に輸出してはいけない品物と言うのがございまして、こういうのを作っていた日本でもかなり最高の技術を持っていた方がいなくなっている。
テポドンが飛んできて日本列島を越えて太平洋に落っこちた、という事がございましたけど、あの時はその失踪者の同僚の方が、「あれはあいつの技術でミサイルが飛んで来たんだよ」と言うふうに友達が言っていた、同僚が言っていた、いう事でございます。
そのくらい高度な技術を持った方がいなくなっている、いうことです。

それから失踪前後に不審な電話があったというような方が、これも非常に頻繁に見られるいう事でございます。
これはどういう事か?我々も中々図りかねるわけですけども、ひょっとすると拉致をした方が家族がどういうふうに感じているのか?探るために電話をして来たと。
あるいは、無言電話と言うのがあるんですけど、攫われる前に本人が「最後に一回だけ電話してもいい」と言われた。
それで無言だけど電話をして来た、という事かもしれません。
これは色々考えられるわけですけども、失踪直後に不振な電話がある。
これは割りと年数が下ってからもですね。
電話が本人、あるいは本人を知っている者から電話がかかってきたとしか思えない、と言うような電話が頻繁にあるということでございます。

それから後は年代的にですね。
例えば1980年代中盤あるいは90年代の初めに若い女性がいなくなっている、いうことがございます。
今日お出でになっております佐々木さんのお母さんでいらっしゃいますけども、佐々木悦子さんもこれに該当する方でございます。
それから学歴なんですけどもこれが非常に奇妙で、同じ中学校と高校だけに限定しますと14件の方が同じ中学・高校の出身でございます。
ここは埼玉ですから申し上げますけども、田口八重子さんと川口のご自宅からいなくなった新木章さん、この方同じ高校を卒業されています。
在籍は別だったんですけど後で同じ高校になっちゃったと言うパターンなんですけど、実はこういう同じケースが全国でも14件ある。
これは中学・高校だけでも。

サンプル数で言うと実は460件全部がお届けされているわけではありませんので、分かっているだけ300件。
300数件なんですけども、この中で14件が同じ中学高校を卒業という事で、これ統計的に見ても非常におかしな話でございまして非常に注目をしている。
大学の話、これはちょっとマスコミにも出てますけど、関西のある有名な私立大学ですね。
ここからはなぜか在学中に失踪した方を含めて8名の方がいなくなっている、というような奇妙な事が起きています。

こういったマッピングリスト、実はまだ完成していませんで逐次発表しておりますけども、例えば今日お手元に資料がありますけども消えた川口の7人。
あるいはさっき佐々木さんの話、あるいは新木章さんの話も出ましたけど、この地域的な問題ですね。
埼玉県の川口市、たくさんの人がいなくなっている。
我々がいわゆる1000番台としている方のこの中には、藤田進さん・佐々木悦子さん・新木章さん。
非常にですね、怪しいケースがこの川口には集中している。

あるいは西の方に行きますと神戸ですとかね。
そういった非常にこれも偶然とは思えないような失踪が相次いでいるという事でございます。
これはこれからも徐々にまた増やしていきまして、現時点ではまだ載っていませんけど近くHP上でも公開いたしますので、是非これご覧になっていただきたい。

・・・その2に続く・・・


posted by ぴろん at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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