2007年03月01日

07.2.12 特定失踪者家族 南越谷集会(4)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『特定失踪者家族の訴え』



★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)

こんにちは、はじめまして。
私「拉致問題を考える川口の会」の鈴木と申します。
現在拉致問題は大変困難な状況を迎え、解決にはかなりの難しい局面を迎えているんじゃないか?というふうに思います。
いかなる状況下にありましても、終始「北朝鮮に拉致された日本人を救出しよう」と、この言葉ほど私ども家族に取りまして、なんとしても心強く大きく胸を打ち、お力添え・ご支援をいただきます事は私どもの精神的な大きな支柱になっておりまして、本日はお休みの中をご来場いただきました会場の皆さん。
このような催しをご準備いただきました救う会東部の皆様方に、この席をお借りまして厚く御礼を申し上げます。

「川口の会」の立ち上げにつきまして若干お話させていただきたいと思います。
拉致被害者・田口八重子さんが17歳まで住んでいた地元町内会からの発信でございまして、田口八重子さんの家族と当初より支持・支援をいただきました行政とによりまして、「田口八重子さんを救う市民の会」として発足し、その後本籍・住居・勤務先等大変川口市に関わりの深い特定失踪者家族が加わりまして、家族・市民・行政と三位一体となった会の特徴から「拉致問題を考える川口の会」として、定期的な署名活動、ビラ・チラシの配布、会合、集会等においてのアピールと言う活動を継続しまして現在に至っておるわけでございます。

一方、私の弟も特定失踪者でございまして、先ほど来、杉野専務の方からお話をいただきました拉致事件の全貌の解明、失踪者の拉致の疑惑の有無、さらに拉致被害者の救出活動を支援されておる特定失踪者問題調査会に届出をしまして調査を依頼して参りました。
先ほどお話がございましたように特定失踪者と言いますと、公開・未公開者を含めまして460名。
それと埼玉県内でどれくらい特定失踪者がおるか?と言いますと15名。
15名のうちの6名が川口市に関係でございます。
これよりちょっと田口八重子さんのご家族、それと特定失踪者の私どもの家族もこちらにお邪魔していますので、ちょっと紹介をさせていただきたいと思います。
じゃ、すみません、ご家族の方こちらにお願いします。(会場脇に控えたご家族が登壇)

拉致被害者・田口八重子さんのお兄さんです。

Img_2611.jpg

★飯塚進さん(田口八重子さんの次兄)

(拍手)みなさんこんにちは。
私、田口八重子の2番目の兄の飯塚進と申します。
八重子が生まれ育った地元・川口に住んでおります。
八重子が拉致されましてから四半世紀もとうに過ぎて、まだ一向に話の進展が無く、いつになったら帰ってくるのやら本当にいつもいつも八重子の事を思って心配しております。
どうかこれからも皆さん、よろしくお願いします。
ご支援よろしくお願いします。(拍手)

★鈴木智さん

田口八重子さんの右側から6名が川口に何らかの関わりのある特定失踪者でございます。
井上克美さん、この方は46年の12月の29日に、お勤めが川口なんですね。
川口の会社の忘年会を終えた後、友人と別れた以降行方不明という事でございまして、年明けにお子さんが生まれる間際だったという事でございますので、自らの意思あるいは何らかの事情によって自分からね。
家出をするとかあるいは何らかの事とついては考え難い、いう事でございます。

次に鈴木賢でございます。
私の弟でございます。
47年の5月の28日になりますけども、その年に就職した会社の春のレクリェーションという事でもって、奥多摩に行くという事で当時の自宅でありました三芳町藤久保の家を朝6時に出てます。
今年で35年になると思うんですけど、この間、何らかの音沙汰と言いますか風の便りと言いますかね。
そういう事すらなく、全くの音信不通で現在を迎えております。

次に藤田進さんのお従兄弟さんの大平さんがお見えになっていますので、大平さんの方から。

★大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)

こんにちは。
私は藤田進の従兄弟の大平と申します。
後ほどお時間をいただけるそうなので、その時に藤田の事を少しお話させていただこうと思っております。

★鈴木賢さん

はい、すみません。
丁度真ん中にいる方が新木章さんですね。
新木章さんは昭和52年5月の21日の日に、川口市の自宅から「外出をするよ」と言って家を出たまま行方不明でございます。

佐々木悦子さんのお母さんが見えてますので。

★佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)

皆様こんにちは。
いつもお世話になっております。
私、特定失踪者問題調査会の方でお世話になっております、佐々木悦子の母です。
よろしくお願いします。
うちの娘は結婚5年目でしたんですけども、埼玉銀行に勤めておりまして平成3年4月22日月曜日、朝出たまま。
銀行の方には行っておりません。
パスポートや免許証も家に置いたまま、社内預金なんかも全然手付かずのままで、後で免許証の書き換えとか戸籍の移動なんかも一切無く、何の連絡も無いんです。
私も娘が日本の土を踏むまでは頑張って頑張り抜いていきたいと思います。
皆様これからもご支援をよろしくお願いします。(拍手)

★鈴木智さん

石井久宏さんです。
石井久宏さんは、49年の5月の1日に失踪でございまして、100万円以上の営業資金を持ったまま自家用車で行方不明、いうことでもって現在まで何の消息もございません。

川口関係は以上なんですけども、こちらにですね。
生島さんがお見えになっていますので、どうぞこちらにどうぞ。
どうぞ、一言お願いします。

★生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)

皆様こんにちは。
私の妹・生島孝子は東京でいなくなりましたので、こちらの会には申し訳ないんですが、同じ特定失踪者という事で皆様に知っていただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。(拍手)

★鈴木智さん

今、田口八重子さんの写真と特定失踪者の6名の横断幕と、それから生島さんの紹介をさせていただきましたけども、私思いますのに特定失踪者が全部が全部拉致されたとは思っておりません。
がしかし、数人か数十人か数百人か分かりませんけども、北朝鮮で拘束され肉親を思い祖国を思って救出を待ち続けている、特定失踪者と言われている人が必ずやいる事は間違いの無い所だろうというふうに思っております。
北朝鮮にはたびたび日本は私どもは、いつもいつも騙され・試され・脅かされて全くこの状況をですね。
私ども考えて見ますと何ともやり切れません。
空しさ・歯がゆさ・悔しさ、このような気持ちを一体どこにぶつけたら良いんでしょうか?

ひとつは、私どもはやはりこの救出活動の歩みを止めない。
あるいは救出活動の火を消さない。
救出活動の炎を赤々と燃やし続ける事が一つではないか?と思います。
もう一つはやはり先ほど杉野専務の方からもお話がございましたけど、我々の世代でこの拉致問題を解決できなかったとしたならば、これは何と言っても日本の国の最大の汚点であり、この拉致問題を先送りする事がございましたらば、日本の最大の汚点として末代に亘って未来永劫残されていくんじゃないか?と大変危惧しております。

その為にもなんとしても我々の世代で、今年中とか来年中とか言っていますけども、やはり私はこの解決についてはかなりの長い道のりを覚悟をせねばならないと言うふうに思っております。
皆さん方に更なるご支援をいただきまして、我々としましても今まで以上にこの救出活動を加速させていきたいというふうに考えております。
本日はありがとうございました。(拍手)


posted by ぴろん at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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