2005年05月14日

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(3)05.5.12 豊島公会堂にて

『曽我ひとみさんのお話(3)』

※西岡氏
安明進さんに聞いたんですけども拉致については学校でですね。
拉致演習と言う授業があると。
袋にどう入れるかとかですね、そういうことを演習で実際にやってみるんですけども。
その時に同じ小船に乗せて連れて行っても、お互いに絶対に気配を感じさせないようにするというのが原則だと。
そういうやり方を習うんだと、言っていました。
だから曽我さんは気配は感じなかったけれどもしかし言葉が聞こえたということは、近くにお母さんがいて同じその木製の船だった可能性がありますけども、それに乗せられていたのか?
そうすると乗り移るときにですね、袋に入れられたまま乗り移ったんですか?

☆曽我ひとみさん
はい、そうです。
そのままです。

※西岡氏
すると周りは分からないですよね?

☆曽我ひとみさん
全然分かりません。

※西岡氏
小船の中に誰がいたのか分からないですよね?

☆曽我ひとみさん
分からないです。

※西岡氏
それでいつ袋から出たんですか?

☆曽我ひとみさん
小さい船に最初乗せられてしばらく行って。
まぁ、しばらくと言うのはどれくらいの時間なのか、私自身も良く分かりませんけど。
それで船よりももっと大きな船に移されて、中に小さい部屋ですけど戸も付いてて。

※西岡氏
何がついてた?戸ですか?

☆曽我ひとみさん
うん、でその部屋の中に入れられて、そこで袋出してもらった。

※西岡氏
どのくらいの大きさの部屋なんですか?
寝られるくらいですか?
寝られない?
座るくらい?

☆曽我ひとみさん
そうですね、ちょっと足を伸ばせるくらい。

※西岡氏
窓とかは付いてますか?

☆曽我ひとみさん
付いてないです。

※西岡氏
じゃあ真っ暗?
電気もついてない?

☆曽我ひとみさん
電気はついてなかったような気もしますけど・・・

※西岡氏
一人でそこに入れられた?

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
怖かったでしょう?

☆曽我ひとみさん
怖かったですね。
自分でも何が何か全然分からないっていうか、どうなってるんだろう?
ただただ怖い。
どこに行くんだろう?誰なんだろう?
そのことだけを必死に考えてました。

※西岡氏
戸は上についてるんですか?
前についてた。
そこに入れられて、そこではお母さんのことは全く分からないんですね?

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
そのあと清津に着いたのが次の日ですか?

☆曽我ひとみさん
次の日の夕方です。

※西岡氏
丸一日近くですね?

☆曽我ひとみさん
はい、そうなります。

※西岡氏
(拉致されたのが12日の午後)7時で、夕方5時くらいに着いたんですね?
その時計で見たんですね?

☆曽我ひとみさん
はい、見ました。

※西岡氏
ということは、22時間くらい乗ってたわけなんですね?

☆曽我ひとみさん
そうですね、はい。

※西岡氏
揺れました?

☆曽我ひとみさん
そんなには揺れませんでした。
天気も結構良かったので。
夏場ですからそんな海も荒れてなかったと思う。

※西岡氏
同じ日には市川修一さんと増元るみ子さんが拉致されているんですよね。
鹿児島からだから清津じゃなくて南浦に着いてるわけですけども。
船で24時間くらい連れていかれたのかなぁ?と思うわけですけども。
そのとき、じゃあ、なにかお母さんのこととか、あなたたち何なの?と聞いたでしょう?
袋から出された時?

☆曽我ひとみさん
聞きました。
勉強しに行くんだと。

※西岡氏
勉強しに・・・だって勉強しに行きたくないと言ったでしょう?

☆曽我ひとみさん
(少し笑いながら)言いましたよ、もちろん、はい。

※西岡氏
勉強しに行くんだと日本語で言われたんですか?

☆曽我ひとみさん
片言の。

※西岡氏
同じ女性?

☆曽我ひとみさん
はい同じ女性です。

※西岡氏
片言の、つまり日本に侵入したスパイが帰っていく可能性もありますよね。
勉強しに行く。
それでお母さんのことは、その人は何て言ったんですか?

☆曽我ひとみさん
お母さんは、まぁ日本に、日本にって言うか、佐渡にいると。

※西岡氏
袋から出された時に、お母さんは佐渡にいると。
食事は出されたんですか?
船の中で。

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
おにぎりか何かですか?

☆曽我ひとみさん
なんか、ご飯と漬物だったような気がします。

※西岡氏
船酔いしたでしょう?
何がなんだか分からなかったでしょう?
真っ暗で。

☆曽我ひとみさん
そうですね。
船酔いって言うか、私結構船は強い方なんですけど。
船酔いと言うよりはいったいそばで何が起こってるのか?
急に何かこんな暗い狭い部屋に入ってたりして。
さっきまで一緒に話していた母も見えないし。
なんかもう自分自身でも何が起きたのか全然分からない。
そんな感じです。

※西岡氏
扉を開けようとしてみても開かない?

☆曽我ひとみさん
開かないです。

※西岡氏
で、24時間。
それで港に下りて、そこでもお母さんの事を聞いたんですか?

☆曽我ひとみさん
聞きました。
同じ答えで。

※西岡氏
佐渡にいると。
そのあと清津から平壌に行って、めぐみさんに会われるわけですけど。
そのあたりのことで差し支えの無いことをお話くださいませんか?
そこでもお母さんの事を聞いたとか、他の日本人の事を聞いたとか。

☆曽我ひとみさん
清津に着いたのが夕方5時くらいでした。
私のこの時計で見たら。
ちょうど日付も付いてる時計だったんで、あぁもう1日が過ぎてるんだな、というのがそれは時計を見て自分自身で分かりました。

※西岡氏
8月13日の午後5時ですね?

☆曽我ひとみさん
そうです。
それでその晩は、今思えば招待所になるんだと思います。

※西岡氏
清津の招待所ですか?

☆曽我ひとみさん
そうです。
なんか肖像画が掛かってて、「この人知ってるか?」と言われたんで「いや、私はこんな人見たことありません」って。
北朝鮮っていう名前があることを私は知らなくて、「中国ですか?」と聞きました。
「いや、ここは中国じゃない」と。
「じゃぁどこですか?」
「北朝鮮だ」というので、「そんな国あったんですか?」と問いかけると向こうは半分怒りだしたような感じでしたから、その話はやめてと言う感じで。

※西岡氏
金日成の肖像画だったと言うことですね?

☆曽我ひとみさん
そうですね。

※西岡氏
その招待所に他の日本人、お母さんとかはいなかったんですか?

☆曽我ひとみさん
日本人はいなかったです。

※西岡氏
それは一階建てですか?
その招待所は?

☆曽我ひとみさん
その招待所は一階建てでした。

※西岡氏
そこに何泊したんですか?

☆曽我ひとみさん
2泊ですね。
その晩と次の晩。
次の晩の夕方にはもう平壌に。
次の日の朝方6時くらいに平壌に着いて。

※西岡氏
夜移動したということですか?

☆曽我ひとみさん
夕方ですね。

※西岡氏
車ですか?

☆曽我ひとみさん
電車です。

※西岡氏
電車で夜6時くらいに清津から列車に乗って、夜行列車ということですね?

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
他の人とは会わないように個室で移動したんですか?

☆曽我ひとみさん
個室だったような気がします。

※西岡氏
寝台車で寝てたんですか?座ってた?

☆曽我ひとみさん
いえ、寝てなかったような気がします。

※西岡氏
すると13日に着いて、14、15ですか?
平壌に着いたのは?

☆曽我ひとみさん
15日の朝です。
ちょうどお盆じゃないですか?
あぁ、お盆だなぁと。
それで平壌に着いたと。

※西岡氏
15の朝に着いたと。

☆曽我ひとみさん
向こうでもその日はまぁ、お祭りでもないですけど、まぁ色合いがあるんですよね。

※西岡氏
独立記念日ですよね?

☆曽我ひとみさん
そう、そうです。
まぁ朝方早かったんで、車の通りも無く静かなところだなと。
着いた時には平壌って言う場所がどういう場所か、私も全然知りませんでしたし。

※西岡氏
そこでまた招待所に入れられたんですか?

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
でめぐみさんと一緒になったんですか?

☆曽我ひとみさん
そこの場所ではありません。

※西岡氏
違う所に?

☆曽我ひとみさん
うん。
そこで、15日16日17日まで一人でいて、その後8月の18日です。

※西岡氏
その時その招待所にいてお母さんのことは何も聞かなかったの?

☆曽我ひとみさん
聞かなかったです。

※西岡氏
他の日本人のことも?

☆曽我ひとみさん
他の日本人がいるっていうことすら、その時は分からなかったですから。

※西岡氏
そしてめぐみさんと一緒になったんですね。

☆曽我ひとみさん
はい。

・・・続く・・・


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