2005年05月19日

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(14)05.5.12 豊島公会堂にて

『市川健一さんのお話』

こんばんは。
鹿児島からきました市川です。
曾我さんが1978年8月12日、私の弟も同じ日に、るみ子さんと一緒に吹上浜に行って、同じ日に同じ時刻かはわかりませんけど、夕方から夜にかけて拉致されております。
ほんとに船で連れて行かれた時の、曾我さんの心境を聞いて、『怖かったんだろうな、どんな思いだったんだろうな』と思うと、なんか・・・ねぇ・・・

ほんとに金正日の指令によって、残虐非道な拉致が行われて、被害者はほんとに青春をズタズタにされたんですよね。
本当に日本にいたならば、いろんな夢を追って、一生懸命、日々を過ごしていたとも思います。
それが一転して残虐非道な拉致にあって、未だに現在も、ならず国家に抑留され続けている訳なんです。

私達家族も、我が子、我々が兄弟と(引き)割かれて、ほんとに今でもずっと二十数年、苦しみ続けております。
昨年実務者協議が行われた時に、あの、北朝鮮というのはおざなりとしか言いようのない姿勢ですよね。
別人の遺骨を出されて、『対話と圧力』を盛んに言われているのが小泉総理です。
いつ圧力をかけるのか?
また対話にしても、北朝鮮に拒否され続けられていますよね。
ほんとに話の出来ない相手に、また誠意のない相手に対しては圧力を持って、制裁するしかないと思います。(拍手)

小泉総理がどうしても制裁せざるを得ないところまで持って行くには、皆様方の力が必要なんです。
どうか私達に力を貸してください。
よろしくお願いいたします。(拍手)

・・・・・・・・・・
このエントリーのテキスト化は金木犀様の手によるものです。


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