2007年05月01日

07.4.22 有本嘉代子さん 国民大集会(20)日比谷公会堂にて

「拉致被害者全員の即時帰国を求める国民大集会」
07・4・22 日比谷公会堂にて

『家族会の訴え2 有本嘉代子さん』

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★有本嘉代子さん

皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声、拍手)
ご紹介いただきました有本恵子の母でございます。
本当にたくさんおいでくださいまして、ありがとうございます。

1988年に北海道の石岡さんのところへ北朝鮮から手紙が参りまして、私どもの娘と今ここにいらっしゃった斉藤さんの弟さんの松木薫さんとその石岡さんの弟が「故会って今北朝鮮で力を合わせて暮らしております」と言う内容でした。
その事によって1988年その時点から私たちはこの問題に取り組んでまいりました。
それで代議員にいろいろとコンタクトを取ったんですけども、どこもつながらなくて、今お見えになってました安倍総理のお父さんの安倍晋太郎さんの事務所だけがコンタクトが取れまして、「とにかくそれだったら手紙を持って一度来られますか?」という事でお伺いしたのがこの運動の始まりです。

その時に今もいらっしゃる飯塚さんと言う秘書の方が、警察庁・外務省と付いて回ってくださったんですけども、「国内のことなら何とかなるんですけれども外国のことですから」という事で警察は駄目でした。
外務省も「国交が無いですから」という一言で、その場は終りました。
その事によっていろいろ運動を始めたんですけども、その家族会が出来るまでの9年間と言うものは、どこも取り合って頂けませんでした。

だから本当に、私どもも政治家の方は存じ上げておりませんし、どうしたらいいか分からないまま無我夢中で一番最初に、皆様ご存知かと思いますけど、北朝鮮と非常に太いパイプを持っている社会党へ行けば良いよと石岡さんのお母さんが仰いましたので、即行ったのですけれども何の返事もなく終りました。
だからとにかくどうしたらいいか分からないまま9年間は、本当にいろんな所に参りました。
弁護士会にも行きました。
外務省も何度も訪ねました。
政治家の方も接触したんですけれども、中々私たちが思うような動きは取れませんでした。

そしてやっと横田めぐみさんの事が、今ここにいらっしゃる西村眞悟先生が国会の場で明らかにしてくださいまして、初めて横田さんが出て来られまして、そこへ皆家族が寄りまして家族会言うのが1997年の3月25日に発足いたしました。
これで運動はだいぶ盛り上がったんですけど、まだマスコミも政治家の方々も、もう一つしっかりとは対応はしてくださりませんでした。
でも外務省だけは、私どもがいくら個人で行きましてもね。
中々「ちょっとでも上の方にお目にかかりたいんですけど」と言いましても「私で辛抱してください」と課長止まりでした。
でも家族会が出来ました時に、局長さんが出て来られました。
それには驚きました。
やはり数の力ってたいしたもんだなとその時につくづく思いまして、それからず〜っと運動を続けてまいりましたけども、やはりマスコミも政治家の方々もこれに関してはなるべくなら、ほとんど報道の方もなさらないし、政治家の方もこれを避けて通るような感じでした。

それから1992年の9月に第一回の交渉に金丸さんと田辺さんが行かれましたけど、皆さんご存知の通りのあのような状態でした。
その時に私どもは金丸さんが行かれるという事を聞きましたので、私どもも地元から出ていらっしゃる石井一さんと言う方にお願いに上がりまして、「行かれるんであればこういう問題があるという事を北朝鮮にきちっと提出してください」とお願いしたんですけれども、返って来られたお返事を聞きますとどうもこれは話してないなという様子でした。
だからその時には主人が申しますのには、「本当に冷水を頭から浴びたような感じがした。これでは娘を救う事は出来ないなという事を思った」いう事を、今も言っております。

それでも2002年9月17日、(小泉)総理が行かれて初めて北朝鮮も拉致であることを認めましたので、国民の皆さんが知っていただく所になったんですけども、それでも先ほど西村先生が仰ったように国内に敵がたくさんいたんです。
国内の政治家の方々が、どういうわけかこの問題にはきちっと取り組んで下さらなかったんですね。

だから本当にこれはどうしたものか?と思いながら現在まで至りましたけども、やっと私たちの念願の安倍総理が誕生なさいました。
その時点で私どもは、手紙を持って上がりました時は今の安倍晋三先生にはお目にかかってないんですけども、その時点で秘書でいらしたいう事は後でお聞きしました。
その時から拉致の様子をずっと見てこられたと思うんですね。
だからその都度にいろんな方が交渉に入られた時に、どんな交渉をしているかなという事も多分ご存知だったんだろうと思います。
だから今総理になられてこの事を第一番に取り上げてくださったんだろうと思います。
その頃からこの拉致の問題はどうしたら良いんだろうな、という事をずっと考えてくださっていたんだろうと私は思っております。

でも皆様ご存知の通り、この間から渡辺秀子さんと言う方が拉致されて、拉致されたと言うよりその方は殺されたんじゃないか?と、後はお子さん二人は北朝鮮に連れて行かれているんじゃないか?という事を、新聞紙上に出ております。
これが本当に毎日のように1週間から10日ほどかけて、毎日新聞紙上に載りましたしテレビでも放映されました。
これは私たち家族会立ち上げまして間もなく、週刊誌には載ったんです、ちょろっと。
だけどそれは一回で終りました。
だから如何にその頃のやはり政治の圧力がかかって、こういう事は取り上げないという事になっていたんじゃないかな?と思います。

だから本当に長い間かかって、本当に長い事って、短い方でも20年やそこらあるんですね。
横田めぐみさんでも30年ですね。
私どもで24年です。
だから本当にもっと古い方も特定失踪者の方にはいると思うんですね。
だからそんなに載っている渡辺さんも、ご主人が北朝鮮の工作員であって、その組織が東京にあったそうですね。
そのひとつの会社が工作員のアジトみたいになっていたんですね。
そういう事ですから、その時点で30人くらい北朝鮮に連れて入っているという事を聞いておりましたのでね。
東京の方からも特定失踪者の方がかなりいらっしゃるんです。

本当に私どもも無我夢中で10年間を過ごしましたし、家族会を結成しましてからも本当に中々前に進みませんでした。
私いつも思うんですけどね。
これに関わってきた国会議員の方々はね。
自分がどういう事をして来たか?皆さんの前ではっきり言っていただきたいです。(大きな拍手)
本当に皆さんも良くお分かりになりますし、私たちは選挙権を持っております。
その時に投票するといってもマスコミの言っていることしか分からないんです。
そのことによってきちっとした政治家が表に出られなくて、本当にどうでもいいような方がかなり出ているところもあるんです。(拍手)

非常におかしな形になっておりますけども、私がいつも危惧しておりますのは、せっかく待望の総理が出て来られましたのに、どういうわけなのか?マスコミが足を引っ張るようなことばっかり言っているんですね。(大きな拍手)
どこに原因があるのか分かりません。
そこに手をを入れて足を引っ張るのか?私には見当もつきませんが、本当に週刊現代とか新潮とか、本当に最たるものです。(拍手)
週刊誌は売らんかなだろうと思いますけども、日本人なれば恥を知らなければなりませんよ。
この拉致問題は大変な問題なんですから。(拍手)
私本当にそう思います。

日本人が、私一番感激しましたのは、2002年9月以降初めて実施されました国民大集会を、有楽町の国際フォーラムでしましたときに、緞帳が上がりましたらね。
あそこ6000人ほど入るところに1万人がつめかけてくださったんです。(拍手)
その時に本当に胸が詰まって、あの時に挨拶してくださいと言われても私は出来なかったと思います。
涙がひとりでにこぼれてきました。
本当に日本人って素晴らしいと思いました。(拍手)

多くの若者たちが犠牲になって北朝鮮に連れて行かれておりますけども、この若者たちによって拉致されたことによって、日本の国民の皆様方が元来の日本人に戻ったよと言う気持ちがしております。(拍手)
私はいつも思っていますけど、日本人って素晴らしい民族だと思っています。
本当にこんな国は他にないと思っております。(拍手)
本当に皆さんが一つになって、これは横田めぐみさんとか有本恵子というような個人個人の問題じゃないんです。
日本の国に土足で上がってきて子供たちを連れて行ったんですから、本当に国として許されることではないと思っております。(大きな拍手)
私たちの気持ちは子供を助けてやりたいという気持ちもありますけど、日本がもっとしっかりしていただきたい。
日本が元来の日本に戻っていただきたいという、そういう気持ちが一杯です。(拍手)

総理が第一番に教育の問題を取り上げてくださいました。
この拉致問題も取り上げてくださいました。
だからこの教育を変えて憲法を変えて、日本の国として恥ずかしくない憲法を作って、教育もきちっとして、本当に元来の日本に戻って下さったら私は素晴らしいと思っています。(拍手)
私たちはこの長い間、運動を続けてまいりましたけど、この事によって本当に日本人の素晴らしさも分かりました。
だけど何しろ歳を取りますので体がいう事を聞きません。
足が弱くなったり本当に方々が悪くなるというのを身をもって感じるようになりましたけど、気持ちだけは負けないという気持ちを持っておりますので、何とか最後まで皆さんと、国民の皆さんと私たちと政府がひとつになって北朝鮮に勝っていかないとこの問題解決しないと思っております。

今、特定失踪者の方も来て来られておりますけども、本当に初めは何も分からなかったと思います。
国内から突然いなくなって、まさか北朝鮮に連れて行かれているなんて皆さん思いじゃなかったと思います。
でも2002年の9月17日に北朝鮮も認めたことによって、初めて私のところもそうじゃないかな?と言って出てこられたと思います。
だから思っていますその方と、私たち運動をした者とは同じ思いなんです。
全部が帰ってこないとこれは解決しません
だから今全国の方がたくさん来ています。
この人たちを含め全員が帰らないと拉致問題は解決しないとそのように思っていますので、どうか最後まで皆さんのお力をお貸しください。
よろしくお願いいたします。(拍手)
ありがとうございました。(大きな拍手)

★増元照明さん

ありがとうございました。
普段はこれほどまで激高される事はないんですが、明弘さんが乗り移ったメリハリのあるしゃべりで(笑い声)丁度良かったかなと思いますが。
両親世代で一番メインで活動されている最高齢が有本嘉代子さんです。
次は両親世代で一番最年少の早紀江さんにお話をしていただきたいと思いますので(笑い声)、よろしくお願いします。(拍手)

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※この集会の録音・写真撮影・ネット公開に関しては主催者の同意を頂いております。


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