2005年06月13日

テキスト化作業の途中ですが

某サイトにて、当Blogが座り込みに関して反対論を主張しておきながら、一転して最大限の支援云々とは理解できない、との御主張を目にいたしました。
またあるサイトでは、座り込みの支援を云々する前に己の持論の過ちを自己批判せよ、との御主張も目にしました。
どうも激しい誤解があるようですし、誤解の芽をそのままにしておくと、この先支援の輪にひびを入れかねない恐れ無きにしも非ずと感じましたので、テキスト化作業中ではありますが、急遽エントリーを上げることといたします。

日本は民主主義の国です。
ですから、議論の段階ではよりよい策を求めて、賛否両論多いに意見を戦わせたらよろしいのでは無いでしょうか?
そして一旦方針が決まったら、今度は一致団結して事に当たる。
それが“民主主義の基本”というものだと私は思っております。

確かに私は今度の座り込み策、疑問や不安がたくさんあると主張しました。
私は今でもこのタイミングの座り込みでは、苦労の割りに得るものが少ないと思っています。
でもご家族の方は、私のような慎重派・反対派の意見も十分理解した上で、それでも尚座り込みに打って出ると決断をしたのですね。
全てを承知の上でやるとご家族がいうならば、こちらも意見の違いを乗り越えて出来るだけの支援をしましょうと言うのが私の考えです。
ですから、当Blogとしましても、ご家族の決断が下された以降は反対・慎重の論陣を張るのはやめて、座り込みを支援する体制に切り替えたわけです。
ところが私のこの変わり身具合を、矛盾だと言い理解できないと仰る向きがいるんですね。

ご家族がひとたび決断をした以上、今度はその状況の中で奪還運動を一歩でも先に進めるにはどうするべきか?を、真剣に考えるのが支援者の本分でしょう。
家族が自分の望む通りの策を講じないからと言って、その度にいちいちへそを曲げて家族への支援を拒むような人がいるのだとしたら、それはただの愚か者です。
第一私が駄々をこねて、いつまでも座り込み反対!反対!とやっていたら、それこそ支援者の分裂を印象付けかねない。
ご家族の足を引っ張りかねない。
そんなつまらない意地悪をする暇があるなら、目先の個人的意見は一端横に置いてでもご家族を支援するのが“大人の分別”というものです。
これは民主主義だの何だのと難しい話を持ち出す以前の、人間としての常識ではないかと存じます。

家族会の人も、今回の座り込みに限らずあらゆる場面でそれなりの計算はしていると思います。
十二分に、それも私たちが思う以上に。
ただ、それが外からは中々見え難いだけのこと。
ご家族は確かに北朝鮮問題のエキスパートには違いない。
が、しかし彼らも神様ではないのですね。
迷える魂を持った一人の人間である以上、この決断をするまでに、余人には計り知れないほどの苦悩の日々を過ごしたことと思います。

確かに意見は対立しましたが、それもこれもより良い策を講じるために必要な通過点だったのではないでしょうか?
もちろんご家族は私たち支援者以上に計算に計算を重ね、苦渋の決断を下したのだと認識しています。
彼らが十分な計算の上で最終決断を下した以上は、私は一旦持論を引っ込めてでも、家族の決断を精一杯支援する。
難しいことなど何も無い、ただそれだけの単純なお話だと思っております。

けれども賛成派の一部には、まず初めに座り込みありきと思い込む余り、自分の意見のみが正論であると思い込む余りですね。
それ以外の主義主張には一切耳を貸そうとしない、強硬な意見を主張する人もいらっしゃいました。
ですがここで何度もいったように、議論の段階で賛否両論出るのは健全なことなのです。
なのにハナからそれを許さず、ご家族の意思にケチをつけるなど言語道断とばかりに、一方的な罵倒をした人たちがいます。
座り込みに懸念を示しただけで、私は「小泉マンセー」だの「反救う会」だのと一方的に決め付けられたり、「お前には支援者の資格が無い」と言わんばかりの物言いも受けたりしました。

その視野の狭さ・器量の狭さ加減は、罵倒を受けた側の私から見れば、やはり愚か者の所業ではないのか?と今でも認識しております。
そういう傲慢な態度は、今回の一件に限らず支援の輪を広げる障害であると私は考えております。
今後の支援のあり方を考える上で、進むべき道を誤る危険の芽が潜んでいるとも思います。
むろん彼らにも彼らなりに家族を支援する気持ちがあることは理解しておりますが。
だからといって「小泉マンセー」だの「反救う会」だのといった一方的なレッテル貼りをする行為だけはやめて欲しい物です。
その上でいま少し、異論にも耳を傾ける器量を持っていただくことをお願いしたいと存じます。

それと、ここの所間違ってもらっては困るのですが、私は座り込み賛成派全てをひとまとめに批判した覚えはありません。
私の書いた過去のエントリーをもう一度お読みいただきたいですね。
私が批判したのは、座り込みありきと思い込む余り異論を少しも許さぬ人々、です。
そして、それらの批判は今でも少しも間違ってはいないと思っています。

まぁいろいろありましたが、ともかくご家族の決断は出たのです。
結断が出てもまだ私がごちゃごちゃと訳の分からないことを主張し続けていて、それに対して「もういい加減にしろ!」と批判を受けるなら、まだ分かりますがね。
決断が出た以上は、今後は家族の意思を尊重して応援しようと気持ちを切り替えました。
すると今度は、あなたの態度は矛盾していて理解できないと批判が出る。
じゃあ、私はどうすれば良いのですか?
私が批判を加えた人に対して土下座して謝れとでも?
お前の論はハナから間違っているのだから、応援云々言う前に一言謝罪するのが筋だとでも言いたいのでしょうか?

そもそも座り込みに関する論争は、より良い策を求めての論争のはず。
ある意味ではどちらも正論であり、正解であると思っています。
どちらかひとつが正論でありそれ以外は全て誤論であるかのように思い込むこと事態が、すでに視野狭窄ではないのでしょうか?
ましてや家族の決断が出るや否や、賛成派の一部に見られる、まるで勝ち誇ったかのような、座り込み慎重・反対派の論を足蹴にしてやまない態度は少し問題があると思います。

今回の一件。
ご家族は今回、たまたま座り込み賛成派の望む通りの決断を下しましたが。
仮にご家族が慎重・反対派の意見を取り入れて、座り込み中止の決断をしたとしたら、座り込み強硬派の人は、それを素直に聞き入れてご家族の意思を尊重するのでしょうか?
家族の意思こそ錦の御旗と信じてやまない人々は、その場合は“己の意見の誤りを厳しく自己批判”なさるのでしょうか?
ぜひお聞きしたい物です。

まったくもう・・・一体全体どこまで視野を狭めれば気が済むというのでしょうね?
人の話に耳を貸さず、一方的に罵倒したことに対する自己批判の気持ちはないのでしょうか?
自分の意見だけが正しくて、それ以外は全て誤りであると決め付ける不遜な態度は問題であると、何度説明申し上げればご理解いただけるのでしょうか?


posted by ぴろん at 03:20| Comment(13) | TrackBack(3) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ぴろんさん、こんにちは。
テキスト起しお疲れ様です。私は当日は九州へ出張していたため参加できなかったので大変ありがたいです。また、6月5日のぴろんさんのエントリーに対するコメントへのご返事のエントリーも拝読させていただきました。どうもありがとうございます。わたしも一日も早く日本が堂々たる国家になってほしいと思います。少なくとも衆議院議長が他国の利益を代弁するような国であってほしくないと思いますし、主権に関わる問題には一歩も引かない矜持を持っていきたいとおもいます。

さて、
>日本は民主主義の国です。
>ですから、議論の段階ではよりよい策を求めて、
>賛否両論多いに意見を戦わせたらよろしいのでは
>無いでしょうか?
>そして一旦方針が決まったら、今度は一致団結し
>て事に当たる。
>それが“民主主義の基本”というものだと私は思
>っております。
このぴろんさんの主張はまったくその通りだと思います。そもそも議論の本質は、AとBの二つの異なる意見がある場合に、それぞれの当事者が共同で意見の違いを乗り越える作業だと思っています。つまり、意見の異なる両者は意見の相違を克服するための戦友みたいなものですね。そうであるからこそ、議論というのは冷静に行うことができるわけです。しかし、どうしても自分の意見に対する批判を自分自身の人格に対する攻撃と錯覚する人が多々いらっしゃいます。そういう方ですと本日のエントリーの冒頭にあったようなことを主張したくなるんでしょう。
彼らが冷静な判断力を持っていれば本日のエントリーを読めば納得できるとは思いますが、議論の方法は一朝一夕で身につくものではないのであまり多くは期待できない気もします。でも、ぴろんさんがここまで書かれているのですから、あとはあまり気になさらなくても良いのではないでしょうか?
それにしても、自己批判云々という主張には驚きです。まるでかつての共産主義者や連合赤軍の連中のような精神構造ですね。

追而
すみません、ずっと「びろんさん」だと思っていました。さきほど「ぴろんさん」が正しいということに遅ればせながら気がついた次第です。
大変失礼いたしました。
Posted by 小龍景光 at 2005年06月13日 10:54
こんにちは、ぴろんさん。テキスト化の途中にも
かかわらずエントリーせざるを得なかったお気持ち
お察しします。きっと某板や某サイトのことでしょうね。
「自己批判」などとは恐れ入ります。
私は、ブルーリボンシールを年賀状や暑中お見舞いに
貼るささやかな支援しかできないので、
こういう展開になると違和感が生じまくりです。
異論はあっても家族会の方々が決めたのですから、
全力で支援するのがごく普通の考え方では?
ぴろんさんの考え方が当たり前でしょう。
これからも集会のテキスト化に邁進してください。
そして、お体ご自愛ください。




Posted by しーおぶじゃぱん at 2005年06月13日 13:08
訂正です。
「異論はあっても」→「異論があるのを承知で」
でした。推敲が足りませんね・・
Posted by しーおぶじゃぱん at 2005年06月13日 14:04
小龍景光様 しーおぶじゃぱん様

心のこもったコメントをありがとうございます。
こういう瑣末な事をいちいち説明しないとならないのが悲しいですね。
腹が立つより、悲しい・・・それが率直な気持ちかな?

言ってる事が余りにも子供じみているし、こっちも忙しいので初めはスルーするつもりだったのです。
でも、ここまで名指しでハッキリ言われてしまいますとね。
このまま黙っていてあちらの言い分を認めたと誤解されては困りますし、一応こちらの言い分も言うだけは言っておこうかと。

それにしても座り込みに懸念を示しただけで即「反救う会」の罵倒ですからね。
あの一言で奪還運動はなにやら怖い物、と腰の引けてしまったROMの方が一体何人ぐらいいたのだろうか?
そう思うと、イケイケ派の暴論が招いた罪は限りなく重いと思うのですよ。
まぁ、ご当人たちは露ほどもそんな事気にしちゃいないんでしょうけどね。
支援の輪を広げるために座り込みに打って出ると言いながら、一方で支援の輪を狭めている矛盾に、自分では全く気付いていない愚かさ加減。
救いようが無いというのは、彼らの為にある言葉だとつくづく思います。
Posted by ぴろん at 2005年06月13日 17:37
馬鹿に付ける薬なし…とか書こうと思いましたが、「馬鹿と鋏は使いよう」という諺を思い出した。
馬鹿にまつわる諺と言えば、

・馬鹿の一つ覚え
・馬鹿も休み休み言え

などなど。

・あめいせいそう蛙鳴蝉噪


…コレが今の状況に対する私の感想です。


一年後でも価値あるテキストを残しているか否か、コレだけです。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


小泉総理を信用できない人に対応するためのFAQ
http://yasz.hp.infoseek.co.jp/log2/anti-kita-faq-01.htm#Q:

Q:なぜ、小泉は経済制裁をしようとしないのか
本来の目的は違うのですが、事実上の北朝鮮への経済制裁法案が成立し、来年3月の施行を待っている状態です。

一般船舶油濁賠償保障法
http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=view&bbsid=3842&mid=6307

・諦めて外貨を吐き出して船級の取得できる船を新造・購入しない限り、日本には入れない。
日本が経済制裁しなくても自動的に制裁発動。




西尾幹二のソース ロンダリング「空白の10分間」
http://www.wafu.ne.jp/~gori/diary3/200408191348.html
コメント
6298 : gori : August 19, 2004 04:20 PMだんだん気分が乗ってきたので、皆さんにレスをしてみたいとおもいます(だいたひかる風)

>>6293
まず西尾氏の日記にご立腹しているのは「西尾氏の考える北朝鮮政策はこうあるべき」という意見にご立腹しているわけでなく、いかにもサヨっぽい情報操作にgoriっぷく(←なぜか変換できない)してるわけですよ。

小泉総理の北朝鮮政策については5人の拉致被害者とその家族を取り戻した実績と蜜月の日米関係を主軸に据えた囲い込み策、関係各国の支持を取り付けた外交手腕を高く評価しています。また 一般船舶油濁賠償保障法の改正などでジワジワと経済制裁を行っているところなんかは策士だなと思います。

他の選択肢で今すぐ小泉総理に取って代われる人材が無い状況では、拉致問題解決を祈る国民として敵を見失わず北朝鮮に対峙していくべきと思っています。


小泉純一郎に騙されるな!
http://www.wafu.ne.jp/~gori/diary3/200412111222.html

一般船舶油濁賠償保障法が北朝鮮に対する経済制裁になる理由

テレビや新聞にはあたかも共和国に友好的で経済制裁などもってのほか!対話を進めて国交正常化を急ぐぞというポーズを見せながら、その実、コネズミは段階的経済制裁の第3段階まで一気に実施できるよう裏工作を着々行っているんですよ!



http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=119209&log=20050205
■2005/02/05 (土) 油濁損害賠償保障法は経済制裁の第一歩(2)

これ小泉流じわり北朝鮮外交でしょうか。
一国の総理だけに軽々しく行動ができない悩み。
世襲三代目の政治家でもあり、自民党の仲間の過去の北外遊(?)での
不手際・国内外の利権等で板ばさみになってその後始末=擁護もしなければ
ならない。
さらには関係国からの圧力もある。
その中でのこの裁断、一歩前進といっていいのかもしれません
Posted by 山下達郎@格言オヤジ at 2005年06月13日 21:47
こんばんわ、ぴろんさん。

一部の自称賛成派の方々は、至極まっとうな事を
おっしゃっているぴろんさんを叩く暇が有るなら、
その膨大なエネルギーを、座り込みを成功に導く
為にお使いいただきたいものです。

非生産的な議論への反論お疲れ様でした。



Posted by jam at 2005年06月14日 02:25
ぴろんさま、お疲れ様です。

前にも書き込みましたが、
そしてぴろんさまも懸念を表明されてましたが
成田闘争がイデオロギー活動家に
侵食されていった姿を連想しています。
活動方針、思想の違いに個人的怨嗟が絡み
互いに総括しあった連合赤軍を連想します。

直接ぴろん様に関係ありませんが
例えばクライン孝子氏の意見に異論がある場合
「クライン婆あ」」だの「あのドイツ婆あ」だの
という表現に、こういう傾向を感じていました。
こういう感覚は、日章旗に墨でバッテンを書き込む神経と酷似しています。
一般人は、次に吊るし上げられるのが怖いから
口をつぐみ、関わることを恐れるようになります。

今までも拉致被害者家族の周りには
得体の知れない街宣右翼もどきがいて
一般人を震えさせたこともありました。

部落開放同盟、日教組、朝鮮総連、反日中国人等と
何ら変わらぬメンタリティの持ち主が
たまたま顔を向けてる方向が右の方だったと
言うことだと私は思います。

思想というものが持つ、悪魔の部分です。

ぴろんさまなりの筋を通すことの、どこがいけないのか。
放っておいてもらいましょう。

いわゆる全共闘運動が自滅した如く
拉致を巡る運動も、混乱の中、落ち着くところに
落ち着くと思います。
一暴れしたいだけの「活動家」「意見の違う人間を攻撃することが
無常の喜び」という人間が
淘汰されんことを願っております。

Posted by じゅらい at 2005年06月14日 08:11
山下達郎@格言オヤジ 様

ごめんなさい。
あなた様が何を言いたいのかイマイチよく分かりません。
ご紹介のリンク先を見る限り、小泉信者に理解を求めるコメントなのでしょうか?
私に対して皮肉を言いたいのか、あちらに皮肉を言いたいのか?
分かり難くくて困っております。
己の文章力の欠如を棚に上げて言うのもなんですが、もうちょっと凡人の私にも分かるように書いてもらえると嬉しい・・・

jam様

自分の論は正しい。
だからその論に批判の声がつくなどと言う事はそもそもありえない、許せない。
よって批判する連中を徹底的に打ちのめす。
なんだかあちら様の論陣を読むと、そういう気配が無きにしも非ずって感じもするんですけどね。
ご自慢の自説に批判の声がついたのがよほど面白くないかったのかな?
なんだかムキになって反論してるのが可笑しいと言えば可笑しい。

ともかく、座り込みは賛成派の望むとおり決定したのだから、仰るとおり今はそれに向かって脇目もふらずにまい進すればいいのにと、私も思う。
こっちだって前向きに支援すると言ってるんだし、何をあんなにムキになって反論を展開しているのやら・・・?

それと増元さんのお気持ちもご家族が今おかれている状況も、今更ご丁寧に説明をいただかなくとも、全て私なりに理解はしているつもりです。
それらを全て承知の上で、それでも尚今このタイミングでの座り込み決行には懸念があると思うから、こちらとしても苦渋の思いで、あれこれとエントリーを上げて意見申し上げたわけですね。
それに対して反論するなら、向こうも座り込みの意義とか効果の程をこ〜んなに利点があるのだから決行したほうが良いんじゃない?と、論理的に説明するべきなんですよ。
だけど彼らが口にするのはひたすらご家族の意思のみ。
家族の意思こそ一番大事なのだから、支援者はおとなしく家族の意向に従え!余計な事は言うな!批判も反論もするな!文句は言うな!黙ってろ!ではそもそも議論になってない。

だいたい座り込みイケイケ派の人ってずるいです。
座り込みによってどれくらいの世論喚起が見込めるのか?座り込み以降の策はどうするのか?などの先の見通しだとか、一番考えておかなきゃいけないリスクの問題についてとか、そこらへん何の言及もなしなんですからね。
人によってはやってみなけりゃ分からない!と完全に行き当たりばったりのことしか言わないんだし。
無責任なのはいったいどっちなのよ?ってこちらは何度も言うんだけど、向こうの耳には入らない。
非生産的な議論にすらなっていない、というか議論とも呼べない代物の連続で疲れます、ハイ。

じゅらい様

意見の違いは色々あって良いと思うのです。
でも一部のイケイケ派はハナから異論を許さない。
それは成田闘争の過ちにも通じるし、連合赤軍の悲劇にも通じるものがあると思うのですね。
拉致問題をそれらの二の舞にしてはいけない。
私が一石投じる覚悟を決めたのは、そういう理由があってのことです。

それと、これは自戒を込めて思う事ですが、ネット上で反論を展開する時は言葉は選びぬかねばなりませんね。
私もクライン女史のご意見には?と思う事しきりですが、だからと言ってクライン婆だの何だのと悪口を並べ立てては、その口汚さに嫌悪を感じて拒否反応をする人も出る。
今回の「反救う会」だの「小泉マンセー」だのというレッテル貼りも同様です。
人の意見に耳を貸さずいきなりあのように罵倒する人を見て、一体何人の人が支援の輪からしり込みしたか?
その事ひとつ取っても、過激な思想や物言いには何の利も生まないと思います。

>一暴れしたいだけの「活動家」「意見の違う人間を攻撃することが
無常の喜び」という人間が
淘汰されんことを願っております。

本当に、それだけを私も心から願いたい。
イケイケ派の人も拉致問題に寄せる心そのものに嘘はないと思うのですが、しかし方法が間違っていると思うのですね。
それが支援の足を引っ張っている現実に、どうか少しでも早く気が付いて欲しい物と願っております。
Posted by ぴろん at 2005年06月14日 11:15
ぴろんさま

ごめんなさい
長すぎたので、かなり文章削りました。削りすぎて伝わらずごめん。前回を最後の書込みにしようと思っていたので、かなり引用が長くなったので自分の文を削りすぎました。

小泉信者に理解を求めたのではなく、一年も経たないうちに「一般船舶油濁賠償保障法」が、「事実上の経済制裁」ではないことがハッキリしました。色々な北朝鮮船が、今でも出入りしています。もちろん潜水艦ソナーをつけた特殊工作船・万景峰号も激しく入出港を繰り返しています。

元の文章は、あれよりもさらに長すぎたので削ったら分かりにくくなりました。加えて、余り他人を馬鹿にしたり罵倒するのもどうかと思ったので、そういう部分も完全に削りました。

リンクしたような主張が書かれて一年もしない内に、「事実上の経済制裁論」は崩壊したように見えます(入港できない船舶もある!だから効果は有った!などと反論されそうな気もします)

蛙鳴蝉噪と書いたのは、今回のような争いが、果たして1年後思い出されるほどの事態だろうか、現在は中々大変な状態ですが、一年後には、(座り込みが終わってしまえば)ほとんどの支援者にとって「何だったの、あの騒ぎは?」ということになるだろうと思いました。当事者ぴろんさんは忘れ難いでしょうけど。(彼ら自身を含めて)ほとんどの支援者にとっては忘却の彼方に追い遣られているだろうと思います。

現在の「論争」=蛙鳴蝉噪の意味です。馬鹿馬鹿しく喧しい、ただそれだけで季節が過ぎれば静かになる。蝉は秋には居なくなり蛙も冬には冬眠する。(蛙鳴蝉噪の元来の意味は喧しいが意味が無いというような意味だと思います)


とはいえ、そういう(ぴろんさんlogさん電脳補完録さん等へ)罵詈雑言を書いているサイトでも、ブルーリボンを掲げていながら帰国一年+約3週間を過ぎても一切触れずにバカニュースや面白ニュースや中韓ムカツクとか言う記事を延々と垂れ流している憂国系か愛国系か知らないけど、そういうブログと比べれば、遥かにマシだとは思いますが。

長くなりすぎたから削除したのに、また、長々と書いてしまいました。


>私に対して皮肉を言いたいのか

それは無い。

一年後でも価値あるテキストを残しているのはぴろんさんだ。



ぴろんさん、これからも頑張って下さい。

Posted by 山下達郎@お詫びモード at 2005年06月14日 16:27
ぴろんさま。

そうですね、議論と呼べるような物は
ありませんでしたね。失礼しました。



Posted by jam at 2005年06月14日 16:51
山下達郎@お詫びモード様

そんな、お詫びモードになどならなくても大丈夫です。
すみません、お手数をお掛けしまして。
今度は仰りたい事、よく呑み込めました。

私は決してイケイケ派の人たちを支援の輪から排除しようなどとは思っていません。
彼らの拉致問題に寄せる思いは本物だと思っていますし、それはむしろ私などよりはるかに熱心かもしれない。
ただし、熱心であれば何をしても許されるのか?といったらそれは話が別だと思うのですね。
くどくなるので私もこれ以上は書きませんが、もっと視野を広げて冷静に謙虚に、というのが支援者の基本的な心構えだと思うのです。
それを忘れて突っ走ると、支援するつもりが逆に支援の足を引っ張り本末転倒になる。
それはご家族のためにも救いを待つ被害者のためにもならない。
まして、支援活動を何がしかの自己満足の道具にするなど論外であるし、それはご家族の迷惑にもなる。
これは自戒もこめて・・・自分にも常に言い聞かせております。
ですから暴走気味の自称支援者のお姿をお見かけしたら、私は何度でも苦言は呈するつもりですよ?(笑)
そうじゃないと、肝心要の被害者奪還が遠のきかねない。
大事な事は被害者を救う事。
その為に必要であれば、いくらでも“サンドバッグ”になる覚悟はあるつもりです(笑)

油濁法の顛末に関しては私も思うところがあります。
いずれエントリーでも自分の考えを書こうと思っていますが。
ごく簡単に一言で言えば、日本人は同胞を奪還するために、毅然と戦う覚悟がいまだにキッパリと決めきれてはいない、の一語に尽きるのかな?と。
毅然たる態度を取るというのは口で言うほど易しいものではない。
こちらが強い態度に出れば相手から跳ね返ってくる物も、また強い物になる事が多いからです。
特定船舶法を行使するのはある意味キッパリとした毅然たる態度です。
しかし油濁法はその場しのぎのごまかし手段であり、敵にこちらの決意を見せ付けるという意味では全く効力がありません。
油濁法は制裁と同等の効力があるなんて、あんなのは詭弁に過ぎない。
なのに喜々としてそれを報じ、それに乗っかる識者は事の本質が分かっていないか、分かってるのにとぼけて誤魔化しているかのどちらかでしょう。
あの手合いの底の浅さ具合にはほとほと嫌気がさします。

>一年後でも価値あるテキストを残しているのはぴろんさんだ。

お褒めの言葉をありがとう。
でも私は拉致問題の専門家でもないし、単に素人のたわ言を少しばかりもったいぶって書いてるだけですよ。
ただし一人の人間として、決して見失ってはいけない正義とか人情とかといった価値観を、常に心に刻む事を意識しております。
そこさえ間違えなければ、事の真偽を見間違ったりも見失ったりする事は無いだろうと思っておりますので。

jam様
もうちょい日本人は、そもそも議論とは何であるかを学ぶ必要があると思うのです。
議論と言うと、ただただ声を大きくして相手をねじ伏せる事が議論である、と思い込んでる人も少なくないですし。
自分の意見に批判・反論を受けると、まるで自分の人格全部が否定されたかのように感じてしまって、必要以上に激高する人もありますし。
日本人は多くの場合、何事をするにも阿吽の呼吸で事を進めてきた側面がありますからね。
異論・反論と正々堂々と論を交えるという経験が少ない人、案外少なくないのじゃないでしょうか?
そんな事も今回の一件では感じました。
Posted by ぴろん at 2005年06月14日 20:31
ぴろんさま。

<もうちょい日本人は、そもそも議論とは何であるかを学ぶ必要があると思うのです。

そうなんですよね。議論と言う物を判っていない人が多すぎますよね。

私が学生時代のバイトでの話なんですが、とても仲の良い友人と議論をしていて、止められた事が多々ありました。
そして止めに入る人がほとんど全て「喧嘩せんとき」って言うんですね。
私も友人も「ポカーン・・・何ゆってんのこの人」ってな感じでした。

良いものを作ったりお互いの理解を深めるために、議論すると言う事が判ってない人が多すぎるんでしょう。

未熟な人が多いと言えば言い過ぎかも知れませんが、そう感ぜざるを得ない今回の一件でした。

そんな方々に丁寧にお付き合いされ、本当にお疲れ様でした。
Posted by jam at 2005年06月16日 03:16
喧嘩をしない事=仲が良い事
と勘違いをしている人はいますよね(笑)
必要以上に相手にべったり合わせる事が友情でもあるまいに・・・
最近の中国や韓国に対する日本のヘタレ振りの原因にもこういう精神があるような気もします。
国と国の関係でも、人と人の関係でも、違いは違いとして認識し、その上でお互いを尊重できればベストだと思うのですけど。
中々口で言うほど上手く行かないのが現実で。

節度とルールを守った上であれば、異論は遠慮なく言い合っても良いものなのだと思うのです。
そして結論を無理やりどちらかひとつに纏め上げる必要もない。
日本人は良い意味での“正しい喧嘩の仕方”を学ぶべきでしょうね。
言いたいことも言わずに我慢して我慢して行き着くところまで行った後に、ドカンと爆発されても相手方だって困ると思うのですけど。

Posted by ぴろん at 2005年06月16日 09:39
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