2007年07月07日

特定失踪者・古川了子さん失踪 あの日から34年目の七夕様

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今日7月7日は、今から34年前千葉県千葉市内で失踪した特定失踪者・古川了子さんの失踪日です。

千葉県在住の私にとって、古川さんは一番身近に感じる失踪者。
彼女の失踪地・千葉市の千葉駅周辺は、私にも土地勘のある場所。
それだけに、古川了子さんの事件は他人事とは思えず、私個人としても特に関心を持って追いかけて来ました。

ご存知のように古川さんのお母様とお姉さまは、了子さんの拉致認定を求めて国を相手に裁判を起こしました。
そのほとんどを追いかけて傍聴を続けた私が、今一番言いたい事は特定失踪者家族の置かれている余りにも苦しいその環境です。

拉致問題の解決と言った場合、例えばこの板に集う多くの心ある支援者は、特定失踪者を含めてまだ名前も分からない被害者を救い出すまで、と言い切る事は出来るでしょう。
しかし、拉致問題にそれ程関心の無い一般大衆はそこまで言い切るほどの知識なり覚悟なりを持っていると言えるかどうか?

今、拉致問題の存在を知らない日本人はまずいないでしょう。
めぐみさんをはじめ政府認定被害者の事はある程度周知されているかもしれません。
しかし、特定失踪者となると「なにそれ?」と言うレベルの人が残念ながらまだまだ多数派ではないでしょうか?

特定失踪者のご家族の多くは公の場で発言する機会がほとんどありません。
また、本当に拉致かどうかが曖昧なため、世論に対して強くものをいえないという弱みもあります。
勢い、特定失踪者の訴えはどうしても弱々しいものにならざるを得ない・・・
失踪した家族の救出を願う気持ちに違いは無いはずなのに、政府認定被害者と特定失踪者との間には、埋めきれないほどの大きな溝がある。
それが現実かと思います。

古川裁判を追いかける過程で、私は原告の古川さんのお姉さま・竹下珠路さんの苦悩を肌身に感じてきました。
妹の救出は待ったなしなのに、のらりくらりと裁判は一向に進まない。
国の態度も曖昧模糊として、誠意の欠片も見られない。
単なる支援者に過ぎない私でさえイライラと裁判の行方を見守ったのです。
当事者であるお姉さまの苦悩は如何ほどのものであったか?
お姉さまの心のうちの苦悩は端の者には計り知れない、と感じています。

先日裁判は、国側が拉致問題解決に向けての「表明書 ※1」を出すことで和解が成立、原告は提訴を取り下げる事態となりました。
しかし、その表明書なるものの内容は、拉致問題に取り組む人であれば余りにも当たり前に過ぎる内容です。
この当たり前の言葉を国から引き出すために費やした時間は2年間。
2年の月日をかけても、了子さんの拉致認定は認められませんでした。
お姉さまやお母様の心中は如何ばかりであった事か。

安明進さんの目撃証言と言う強い裏づけがあるにも関わらず認定を取る事が出来ず、苦渋の選択で和解を受諾したお姉さま。
裁判後の会見で苦悩の表情で言葉をつなぐお姉さまの表情をみて、私は慰めの言葉も励ましの言葉も見つかりませんでした。
そしてその時、これから何としてでもこの古川さんの件を含めて特定失踪者の厳しい状況を世論に知らせ、最後の一人を救い出すという確固たる国民意思を作り上げねばならぬ、と強い決心を致しました。

古川さんのお母様・浪子さんは、御歳90を越えているそうです。
ただひたすら娘・了子さんの救出を願い、失踪から43年目の今日この瞬間も必死の思いで命をつないでいらっしゃるはず。
古川家の皆さんが、七夕の笹飾りを囲んで空を見上げ楽しい団欒のひと時を過ごす。
そんな当たり前の日常を一刻も早く取り返すために、私たちは自分に出来る精一杯の支援をすべきかと思います。
最後の一人を救い出すまで、この問題を決して忘れてはいけない。
そういう強い国民世論を構築するために、私たちは身近な人へ拉致問題への正しい知識と関心を広める努力を致したいものだと思います。

※1 表明書の全文はこちらから→ http://piron326.seesaa.net/article/42242780.html
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※参考 拙Blog 話の花束より

第9回古川了子さんの拉致認定を求める行政訴訟報告会 テキスト一覧表
http://piron326.seesaa.net/article/42242460.html

※調査会HPより 

古川了子さんの情報
http://chosa-kai.jp/index.html

氏名 古川 了子 失踪年月日 昭和48(1973)年7月7日
ふりがな ふるかわ のりこ 生年月日 昭和30(1955)年1月1日
性別 女 当時の年齢 18
身長 157センチ位 体重
公開 第1次公開
当時の身分 三井造船社員
特徴 中学時代水泳部、高校では卓球部部長。書き初めで入選したことあり、簿記、珠算和文タイプ等資格持っている。文字を書くのは左右同じに使える。
失踪場所 千葉県
失踪状況 午前中に美容院へ行き、午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。朝早く家を出て、美容院に「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができた。母親にも浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。母親は美容院からの電話で、友達にでも会うことになったのだろうと気にしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。7月に初めて貰ったボーナスは手付かず、預金通帳も置いたまま。持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。元北朝鮮工作員安明進氏が、「'91年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。


posted by ぴろん at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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