2005年07月11日

特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会(3)05.7.3 千葉市民会館にて

  入力に対する姿勢

 今回も入力に当たって、発言者の口調や集会の雰囲気をできるだけ忠実に再現するため、講演者の発言は、極力オリジナルのまま(いわゆる丸起こし)とし、補注が必要な部分は( )で補いました。

 また中村氏は、講演の原稿を用意していたようなので、その読み間違いと思われる言い直しは省いて再構成しました。さらに見出しの設定は、入力者の判断によるもので、中村氏が強調したい点と一致していない可能性があるのでご留意ください。

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 1.中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐1 

   「拉致認定の意義について」

 本日は、若干雨も降ってきましたところ、ご参加をいただきまして本当にありがとうございます。特定失踪者問題調査会の方で、理事という形で拝命をいたしております中村と申します。

 本日はこういう形でもありますので、ぜひ会場の皆様でご参加をいただくような形で、いろんな質疑応答を始めといたしましたやり取りといったこともあればいいのかな、ということを思いながら若干のお話をさせていただきだいと思います。

  政府の不作為を打破するためには

 現在の政府の動きといったものは、ご案内(集会レジュメ)の通りでありまして、これが未だ北朝鮮による拉致という犯罪が行われていながらも、さらにこれまでの自らの不作為であるとか、ただ自らのこれからの仕事が増えるのが困るのではないかと、そんなふうにさえ捉えたくなるような、これまでの政府の動きといったものが多々ございます。

 だからこそ、どこの国の政府なのだろう、と本当に思うことが皆さん多くあると思います。しかしながらやはり、今の現在におきましては、政府を上手く、一緒に私たちの方向性にと引っ張っていくということ、それがとても大事なことではないかと思います。

 やはり私どもが、例えば北朝鮮の方と直接に交渉できるとか、そういったことであれば、もちろん政府がどれだけ腰が引けていようが、後ろ向きであろうが、まったく度外視をすればかまわないのでありますが、残念ながら今の世の中、北朝鮮との交渉の窓口は、あくまでも政府でございます。

 内閣府、そして外務省、そして様々な諸官庁を、うまくこの問題に対処させまして、的確な動きをしていただく、そのためにやはり、私たち国民世論の声で政府を動かしていくという意気が大変重要であるかと思います。

  拉致は日本海側だけではない

 そのなかでやはり特定失踪者問題、所謂政府が認定しております拉致被害者の方々がおられます。そしてその一方で、現在では政府は拉致被害者認定をしてはいませんが、北朝鮮に拉致された恐れが多分に高い、ほぼ間違いない方々が、我が国の国内にそれこそ全国的にいらっしゃいます。そしてもちろん、この千葉県内にもいらっしゃるわけでございます。

 古川了子さんを初め、加瀬テル子さん、そして現在お名前を明かしても構わないよという仰ってくださるご家族の方々を含めましても、やはり千葉県内におきまして、これまでは拉致という問題、およそ日本海側の話であると、わたくし自身も思っておりました。やはり北朝鮮による拉致ということを考えますと、どうしても柏崎市、わたくしもその現場を見たことがありますが、柏崎のあの砂浜であるとか、新潟県の寄居の浜辺であるとか、どうしても日本海側の海辺を思い浮かべるわけであります。

 しかしながら、ちょうど先日の市原集会にもご参加くださった方もいらっしゃると伺っておりますが、やはりその際、真鍋専務理事よりお話しくださった大町ルートの問題もあります。やはりこの千葉県内におきまして、昭和40年代、そして50年代、60年代、さらには平成になってからも、何が起きていたのかということを、これはもちろん千葉県内におきまして、様々な所で歴史的な経緯があるわけでもあります。

 たとえば、こちらの市民会館、かつては駅があった(昭和38年に現在の千葉駅ができるまでは、市民会館のある場所が千葉駅だった)というふうにも聞いております。そしてまたこの周辺の土地のいろいろな歴史的経緯があります。戦争を挟んで、様々な歴史的な経緯を歩んできた千葉県でもあります。

 そしてまた海上郡海上町(「かいじょうぐんうなかみまち」と読む)、今度(市町村合併で)旭市になると伺っておりますが、その海上という、ほんとに太平洋岸の穏やかな遠浅の海の町でありますが、その町におきまして何が起きていたのかということを、昭和40年代に遡るということを、今昭和でいいますとちょうど80年でありますから、40年前を遡るということは、大変なことではあります。

  救出運動記事を見ていた蓮池薫氏

 しかしながら、やはりご家族の方々の苦悩といったものを、そしてまた苦しみといったことは、どんなに年月が経とうとも、まったく変わるものではありません。そしてまた、先程も仲條さんの方からお話がございましたが、以前、今現在は、ご家族揃って帰国を果たされましたが、蓮池薫さんがいらっしゃいます。奥土佑木子さんとのご夫妻でいらっしゃいますが、蓮池さんは北朝鮮におきまして、所謂工作員、そしてまた反日活動に対して、所謂我が国に対しましての工作活動に従事をさせられていた方でもあります。

 そういうポジションにおられた方だからとは思いますが、やはり我が国におきましての新聞の報道といったものを知る機会がおありだったわけでもあります。もちろんその蓮池さんも、お仕事をされている以上、あまり我が国におきましてどういう動きが起きているということは、もちろん北朝鮮当局も徹底した検閲をしていたわけではあります。

 しかしながら、杜撰というかそのあたりの注意が、彼らとしては怠っていたとは思いますが、やはり遠い北朝鮮、距離でいえば本当に近いですが、遠い異国の北朝鮮の地におきまして、本当に意に反しまして辛いお仕事を、強いられていたわけでもあります。その際に、日本での報道といったものをお知りになる機会があったわけであります。

 それが、たまたまその記事が削除をされていなかったのか、また係りの人間が、それはおそらく蓮池薫さんの目には触れさせてはいけないという、そういう記事の内容だったと思いますが、日本におきまして蓮池さんのお父さん、お母さん、そしてまたお仲間の方々が、蓮池さんが北朝鮮に拉致をされたのではないかと…。

 そしてまた、奥土さんのお母さんも大変年配の方でもいらっしゃいますが、やはりお歳を重ねていらっしゃる、そしてまたは若年の方を問わず、日本の国の中で蓮池薫さん、奥土佑木子さんを初めといたしました拉致被害者の方々を、一日でも早く日本に取り返さないといけない、そういう思いを抱いて動いている方々が、日本の国にいるということを、たまたまその記事をご覧になることによってお気づきになったのであります。

 やはりどれだけ失意の中で、それこそ夏休みの帰省中の夏の日に、柏崎の浜辺から拉致をされてしまって以降、北朝鮮でどれだけ絶望の日々に立たされていたのか、本当に想像を絶する世界にあると思います。およそ察することのできない世界でありますが、その絶望の淵におきまして日本でこういう運動が起きているんだということをお気づきになった時、蓮池薫さんがどんなお気持ちになられたのか? あまりご本人は、マスコミを通じて言葉をうかがう機会はあまりありませんが、やはりその記事を読まれた時に、周りには気づかれないようにどれだけ心の昂まりというものがあったのではないかと思います。

  救出を待ちわびる特定失踪者たち

 そしてまた同じように、古川了子さん、また加瀬テル子さんを初めとしました特定失踪者の方々も、北朝鮮におきましてそれぞれ歳月を経た形ではありますが、生活を営んでおられるのだと思います。どのようなお仕事に携わっておられるか? 私どもには知る由もありません。

 しかしながら、もしかしたら今日のこの集会のことも、そしてまたちょうど先々週でしたでしょうか、産経新聞の千葉版にこちらの集会の記事が、そしてまた加瀬テル子さんを救う会の活動を多くの方々が起こしておられるとの記事が載っていたわけでもあります。

 そしてまたもちろん、北朝鮮の情報機関もすべて我が国の動向を注視しているわけであります。そしてもちろん、7月の3日の7時から加瀬テル子さんを救う会の集会が、市民会館の小ホールであるということも(北朝鮮側は)把握しているわけであります。

 その中で、こちらの集会でどういう話が出たか? そしてまた参加者がどれくらいいたか? そしてまたどういう顔ぶれが来ていたか? 逐一おそらく今日の内には北朝鮮に伝わっているわけであります。その中で、もしかしたら今日この7月3日の7時に、加瀬テル子さんを救うために千葉の皆さんが集まって声を挙げていたということが、ご本人の耳に入るかどうか、これは定かではありません。

 しかしながら、どこかで、何らかの形でおそらく特定失踪者の方々同士が、それぞれの任務を遂行している中で、どっかですれ違ったり、お手洗いですれ違ったり、または病院で出くわしたり、様々な場面があると思います。その時、加瀬テル子さんも、片時たりとも海上郡海上町、そして故郷の千葉県を一度もお忘れになることがあるわけがありません。そしてまた肉親の方々、親族の方々の(テル子さんと)お会いしたいというお気持ちは、1日たりとも薄れることはありません。

  北朝鮮が終の棲家になってたまるか!

 だからこそ、日本におきまして自分たちは、これまで30年、40年とこのまま北朝鮮の地におきまして、北朝鮮が終(つい)の棲家となってしまうと悲痛な思いで、これまでお過ごしでいらっしゃったかもしれません。しかしながら、我が国におきまして政府の責任におきまして、拉致被害者の方々、特定失踪者の方々の人権の回復のために行動を起こされている方々がいらっしゃるということを、何らかの形で耳に止められるかと思います。その時のためにも、やはり私たちが声を挙げていくということ、とても大事ではないかと思います。

 またもちろん世の中の動きといったものにも、大きな世論の動きの変化といったものもあります。増元照明さん、増元るみ子さんの弟さんでいらっしゃいます。増元さん、当時はやはり北朝鮮による拉致という問題、なかなか世論の中におきまして認識の度合いといったものが、まだまだ薄かった時代でもあります。

 そしてまた当時は、今の政治状況とは違いまして、やはり北朝鮮または朝鮮総聯のロビイストでもありました日本社会党といったものが、大きな勢力を持っていたわけでもあります。それはもちろん国政におきましても、例えば警察本部を所管する都道府県におきましても、大きな力があったわけでもあります。その際に、やはりわかっている人は、皆わかっていたわけであります。

 しかしながら警察当局、そしてまた警備公安警察に到りましても、その実態を掴んでいながらも、警察当局として責任ある使命の履行が果たせなかった、忸怩たる思いであったと思います。そしてまたもちろん、政治状況から致しましても、金丸信であるとか、ああいったまさに我が国を貶める国会議員といった者が、実力者として我が国の政界に君臨をしていた時代でもあります。

 しかしながらその当時とはいえ、やはり増元さん、お姉さんが北朝鮮に拉致をされたのではないか、その恐れがまさにつのるわけでございます。しかしながら、当時声を挙げようと思っても、もちろん鹿児島という大変保守的な風土でもありましたが、やはり増元るみ子さんを北朝鮮に拉致をされてしまったのかもしれない。そう思いながらも、やはり声を大にして訴えていく機会というものは、およそ無かったと伺っております。

 そしてまたやはり当時といたしましては、北朝鮮に拉致をされた日本人の救出の運動といったことを、問題提起すること自体が、当時の世論の動向と致しますと少なかったのではないかと思います。そしてまた北朝鮮という、朝鮮総聯という勢力の動きといったものが、今とは大きく違っていた時代でもあります。なかなか声を大にして言えなかった時代なのかな、とわたくしなど思います。

 そしてまた歳月が経まして、そしてまたやはり事実といったものは一つでありますから、一つ一つ事実関係が明らかになり、そしてまた政府もまた認識を改めていったのでありました。そして北朝鮮との交渉の場面におきましては、やはり北朝鮮に拉致された日本人の救出を、すべてに勝る最優先課題であります。その議題に乗せてもらうために、なぜ私たちが声を挙げなければいけないのか?

  自国民を守らない認定政府

 本末転倒な話といえば、それまでであります。しかしながら今の政府の実態といったもの、今の政府が、例えばブッシュ政権であるとか、またはこれまでの北朝鮮に拉致された自国民の人権を取り戻すために全力で動いていったレバノンの政府であるとか、様々な国の政府とは残念ながら、やはり自国民の保護、そしてまた財産、生命、人権の保護に対する感覚が違うことは、紛れもない事実であります。

 だからこそ、その政府を動かしていかなければいけない。また、私たちとしましては、なぜそのようなことを私たち国民サイドからやらなければいけないのか? 本当に多くの皆様、お怒りになるのは当然であります。しかしながら拉致被害者認定を、政府にきちんとしていただくこと。

 そしてまた、北朝鮮との外交交渉の舞台におきまして、的確に、そしてまた迅速に提起をしてもらうことによりまして、一日でも早く、そしてまた本当に親御さん、ご親族の方々、40年、また中には50年も経ている方もおられます。やはりご本人ももちろん、人生におきます多感な時期といったものを、青春期といったものを、北朝鮮におきまして辛い生活を強いられているわけであります。

 そしてまた、ご家族の方々、ご親族にとりましては、本当に辛い、30年、40年を過ごしておられるわけでもあります。ご家族の方々の高齢化、本当に切実な問題であります。今現在、女性の方々の方が、平均寿命長いといわれております。しかしながら、もう待てない。100歳、120歳まで生きられる方はそうはいらっしゃいません。

 だからこそ、本当に時間がないと思います。政府に対しまして、国家として、政府としてあるべき動きをしてもらうために、私たちが声を挙げていく意義は大変大きいわけであります。そのために何をしなければならないのか? 世論の喚起、そしてまたこの問題自体をお一人でも多くの方に、認識をしていただく必要があるわけでもあります。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。
原氏のご好意により、当Blogに掲載させて頂いております。


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