2005年07月11日

特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会(4)05.7.3 千葉市民会館にて

1.中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐2

  救う会の活動なかりせば…

 やはりこれまでの北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会、所謂救う会であります。やはりこれまでこの救う会が、この問題に関しまして問題提起をしてこなかったのであれば、どういう状況になっていたのであろうかと、わたくし大変そら恐ろしくなるわけであります。救う会ももちろん、当初から本当に小さな所帯から始めていった運動でありました。

 やはり北朝鮮に拉致された日本人の方々が、おられるのではないか? その動きに対しましては、もちろん様々なプレッシャーがかけられていったわけでもあります。北朝鮮本国の意を受けた様々な勢力が、救う会を包囲しようとしていく…。様々な動きも多くありました。わたくしもそういった動きを目の当たりにするにあたりまして、やはりどれだけ北朝鮮、朝鮮総聯といったものが、救う会を初めと致しました北朝鮮に拉致された日本人の人権を取り戻そうという動きに対しまして、警戒をしていたのかなあと、わたくしもよく実感を致しました。

 しかしながらやはり、事実は一つでございます(断乎たる口調)。救う会がこれまでにも一つ、一つ解明をしてきた問題、そしてまた政府に対しまして働きかけをしてきた問題、歳月は長くかかりました。そしてまた労力も多く費やしてきたわけでもあります。

 が、ようやく平成の時代にはなりましたが、国会におきましてもそれこそ当時の梶山静六官房長官の答弁、そしてまたその後国会議員も、やはり我が国の国会議員として、果たすべき当然な役割といったものを、ようやく動きといたしまして、所謂政府に対しましての質問趣意書を初めといたしましても、予算委員会におきましての質疑、そしてそれに対しましての国家公安委員長、様々な政府機関が、拉致の認定といったもの、そしてまた北朝鮮による拉致といったものが、どれだけ恐ろしいものであるかということを、これまでわかっていた人たちも声を出し、はっきりとは言えなかった時代といったもの、長きに渡りまして続いていたわけでもあります。

  変わりゆく国の動き ― 60年周期説 ―

 しかしながらやはり、我が国も、国民の、自国の国民の人権を、また生命と安全を守るのは、政府にとりまして最優先な課題であります。よくいわれることでありますが、60年周期といった言葉があります。ちょうど戦争が終りまして60年経過をするわけでもありますが、その60年ごとに我が国におきましては、それこそ国の動きといったものが、大きく変わっていく周期というものがあるといわれております。

 これまで、確かに戦前の悪い部分といったものが、多くクローズアップされてまいりまして、戦前というものは、すべて悪かった、確かにそういう位置付けが多くありました。しかしながらその結果といたしまして、やはり国家としてあるべきこと、政府として果たすべきことといったものが、蔑ろにされてしまう。それはやはりおかしいのではないか? ということが、これまでやはり60年周期で、周期によるものではないと思いますが、やはり国家としてあるべき方向に進みつつあるのではないかと思います。

 しかしながらやはり、先だってのNHKの問題もありましたが、やはり北朝鮮拉致問題におきまして、あるべき政府の道筋といったものを、的確に示そうとする国会議員の安倍晋三幹事長代理であるとか、中川昭一経済産業大臣ですね、ああいった方々に対しては、それこそ我が国を貶めようとする勢力といったもの、闇の世界では見事に連携しております。

 そういった勢力が追い落としを図ろうとする、もちろんそれだけ焦っている証拠ではありますが、やはり今のこれだけ北朝鮮の拉致問題といったものが、はっきりと明らかになった今の世の中でさえも、さらに危機感を感じながら、この問題に対しまして足を引っ張ろうという勢力が、たくさんあるわけでもあります。

  国民世論の声で拉致事件の真相解明を

やはりこれ以上、北朝鮮の拉致問題といったものを、その事実が解明されてしまっては困る人たちが、我が国の内外にたくさんいるわけであります。やはりそういった方々に対しまして、国民世論の声といったものが、きちんと勝利していかなければいけないわけでもあります。これ以上、闇の中に葬られるわけにはまいりません。そのためにはやはり、私たちが声を大にしていくこと、とても大きな役割ではないかと思います。

 世論を形成していくために、やはり私たち自身が声を大にしていくこと、それは様々な、私たちにできることはいっぱいあります。例えば、お家に帰られてご家族で今日こういう集会があって、参加してきました、と。または、今日駅でこういうチラシをもらいました、と。千葉県からも、海上郡の海上町からも、北朝鮮に拉致された疑いのある加瀬テル子さんという方がいらっしゃるんだということを、この事実といったことを、私たちが知るということから、すべてが始まっていくわけでもあります。

 そうした中、わたくしも大変驚くわけでありますが、やはり大人といった方々、これまでそれこそあたかも他人事であるかのような大人が多くいるわけでもあります。しかしながら、若い方々、中学生、高校生の方々、本当に多くの方々、市原市内におきましてもそうであります。

 古川了子さん、昭和48年に千葉駅での連絡を最後に、行方がわからなくなってしまった。この事実といったことを、ご存じない方々の方がこれまでは多かったのかもしれません。しかしながら、市原市内を初めと致しまして本当に多くの方々が、同じ市原市におきまして、同じ千葉県におきまして、古川さんという北朝鮮に拉致された人がいるというその事実を知って、これは本当に許せない。そしてこんなことがあってはいけない。率直なお気持ちを皆さんお持ちになられました。

 そしてまた、それぞれの方々が、じゃあどうすれば古川さんの人権を一日も早く取り戻すことができるのか? 皆さん、お考えになることでもあります。そして署名活動、拉致された古川さんを特定失踪者ではなくて、拉致被害者として政府に認定をしてもらう。そして外交交渉の場におきまして、あるべき交渉の議題にしてもらう。その唯一の目的のために、署名活動展開させていったわけであります。

   14万8千人もの署名の重み

 これはもちろん、古川さんのご親族の皆様、そしてまた高校のお友だちの方々を初めといたしまして、本当に多くのお仲間の方々、そしてまたこんなことがあってはいけない、そしてまた古川さんと机を並べていた、または同じ電車に乗っていたいろんな皆様が、本当にお力を合わせて、この署名運動くり広げていたわけであります。

 14万8千人もの、本当に多くの方々が、やはりこんなことがあってはいけない。そしてまた北朝鮮に拉致された古川了子さんを、1日も早く取り戻していただくためにも政府に対しまして、私たちの声を届けていかなくてはいけない。その思いで皆さんが、一筆、一筆署名をしてくださったわけでもあります。

 その筆跡の中には、もちろんお父さん、お母さんが、小さい子供さんの名前を代筆をされている(選挙と違い、署名は未成年や外国籍でも有効)。もちろんご本人の諒解を得た上で、小さい子供の字ではなくてお父さん、お母さんが、代わりに子供さんの名を書いたんだと思いますが、小さなお子さんの名前と思われる名前もあります。そしてまた中学生くらいの子供さんでしょうか、本当にたどたどしいような字で、一筆、一筆お書きになっている方もおられます。

 内閣府に提出されましたこの署名、本当に政府に対しましてプレッシャーという言葉は、不適切かもしれませんが、政府に対しまして、自分(政府)たちの不作為に対しまして、私たち世論は許さないのだということを、はっきりと示すことができたのではないかと思います。

 そしてまた、どれだけ重大な問題であるかということを、改めて内閣府、内閣府というのは、まさに政府であります。首相官邸に直結している他の省庁の、いわば頂点にある政府直属の機関が内閣府でありますから、これは小泉首相に直接話をしたのと同じわけではありますが、どれだけ重要なことが起きているのか? そしてまた、政府としてなすべきことを為してこなかったということを、改めて知らしめる機会になったかと思います。

  千葉県における拉致工作活動の闇

 本日、加瀬テル子さんを救う千葉集会、やはり千葉県内、ほんとうにこの千葉県内におきまして、昭和40年代、今から40年近く前になります。どういった人たちが蠢いていること、そしてまた誰がどこで、誰の意を受けて工作活動を行っていたか?

 そしておそらくその当時から、きちんと警察機関、様々な治安機関がその動きを把握していたのかと思います。しかしながら、例えば目の前で犯罪行為が行われていても、現行犯で逮捕することができなかった。または仮に逮捕したとしても、その後の世論の反応といったものが、どうなるかといったことを、もちろん一線の警察官も危惧をするわけであります。

 私たちの世論の声といったもの、もちろん政府にとりましても、そして様々な治安機関にとりましても、やはり私たち県民世論、国民世論が常に応援をしているということ、それがとても大きな援護になっていくわけであります。

 もちろん、先日も特定失踪者問題調査会の方で発表もいたしましたが、市原市におきまして当時17歳の関谷俊子さん、北朝鮮に拉致された疑いが極めて高い方がいらっしゃるわけでございます。そしてまた様々なご事情によりまして、またはご家庭の中で様々なご事情もありまして、はっきりとは申し上げられない方々もいらっしゃいますが、この千葉県内におきまして、今千葉県には600万の県民がいます。

  まずは真実を知ることから

 しかしながら、当時、昭和40年代当時、千葉県は本当にのどかな県でありました。そののどかな県の山間部におきまして、または海辺におきまして何が起きていたのかということ、これを知ることからまずは初めていこうではありませんか。そしてまた、加瀬テル子さんを初めとした方々が、北朝鮮に拉致をされていたこの事実を、私たちは今日この場で真鍋理事のほうから、そしてまた仲條さんのほうからも克明にご説明があるかと思います。

 私たちが、今日この場で意識を共有できたこと、その思いといったものを、ぜひ今夜から、今すぐぜひお家の方に、皆さんにお話しいただく。そしてまたいろんなインターネットを活用して発信される。私たちにできることからどんどん始めていこうではありませんか。

 そしてまた、国民世論の声といったもので、政府を動かしていくこと。やはりまず政府を動かしていかなければいけない。そして私たちも、こういう重大な事実があるということを、知った以上は、これまでの政府のように不作為であってはいけないわけであります。

 私たちもその現実を認識をした以上は、私たちにできる形で情報発信を行っていこうではありませんか!またはアクションを起こしていこうではありませんか!(声に力がこもる)

  越えなければいけないハードル

 そのためにはやはり、まず第一の、まずはこれから越えなければいけないハードルがたくさんあります。もちろん北朝鮮に対しまして、拉致問題の解決、これは最大にして最終の越えなければいけないハードルであります。その前の段階におきまして、私たちがまずは越えなければいけないハードル、それは政府に対しまして特定失踪者の方々は拉致被害者であるという、この政府の認定をきちんと政府に対しまして求めていくこと。

 そしてまた政府が、これから北朝鮮と交渉を行っていくにあたりまして、加瀬テル子さん、古川了子さんを初めとした千葉県内を初めとした全国から北朝鮮に拉致された日本人の方々の人権を取り戻すことなしには、北朝鮮との援助といったもの、問題、そしてまた北朝鮮とのこれまで通りの様々な便宜の供与といったものもありえない。

 要は経済制裁を断乎行っていくという姿勢を政府に対して、私たち国民世論の声として発信をしていくことによりまして、私たちの意を受けた形で、政府が北朝鮮に対して毅然たる態度で接すること、そして北朝鮮に拉致された日本人の方々の一日も早い帰国の実現へ、すべてその帰結点、その帰結点に到るまでの道筋といったもの、これだけはっきりとしているわけであります。

 しかしながら、なぜそれができないのか? もちろん様々ないろんな話は聞きます。もちろん、我が国におきましても、この千葉県におきましても、北朝鮮や朝鮮総聯の思うがままに動かされている勢力がたくさんいるわけであります。

  はびこる北朝鮮のスポークスマン

 わたくしは船橋でありますが、船橋にもそういう方々たくさんいます(吐き捨てるような、怒りのこもった口調)。がんじがらめで、もう見事なまでに北朝鮮、または朝鮮総聯のスポークスマンとして、拉致被害者の方々の人権がこれだけ侵害されていても、平然としていられるような許しがたい人間たちが、この千葉市内にもいっぱいいます。しかしながら、そんな連中の意向といったもの、これからますます私たち国民世論の声で、打倒していかなければいけないわけであります。

 そしてまた北朝鮮の政府が、我が国を囲い込んでいく。外堀を埋めてきた。これまではいろんなやり方がありました。北朝鮮のエージェントのような国会議員、実力者もたくさんいました。そういった人たちが、これまでは我が国の自民党政府を初めとした、戦後政治を牛耳ってきたわけではありますが、そうではなくって、私たち国民世論の声といったものが、これからの我が国の政治を決めていくわけでもあります。

 そして北朝鮮に対しまして、交渉のテーブルに着くように、そして加瀬テル子さん、古川了子さんを初めとした拉致被害者の一日も早い帰国がなければ、交渉自体がありえないということを、はっきりと示していくために、そのための前段階と致しまして、政府に対しまして北朝鮮に対して毅然たる交渉を求めていく上でも、その議題の中に、加瀬テル子さん、古川了子さんの一日でも早い人権の回復を、きちんと明記をさせるために、そのためにまずは、政府に対しまして拉致被害者認定を求めていくことが、越えなければいけない第一のハードルであります。

  声を挙げよう! できることを行おう!

 そのために、私たちは声を挙げていこうではありませんか!
 私たちにできることはいっぱいあります。
 できることはすべて行っていこうではありませんか!

 えー、わたくしの持ち時間40分ではありますが、もう一言だけ、申し上げさせていただきます(汗まみれなので、背広を脱ぐ)。やはりこれまでは、北朝鮮の拉致問題、私たちはサイレント・マジョリティーだったわけであります。私たちの思いといったもの、あまり発言してこなかった。または行動に起こしてこなかった。それは即ち政府にとりましては、やはり国民世論の動向といったものは今どうなのか? ということを政府も、もちろん北朝鮮もウォッチをしているわけであります。

 だからこそ、私たち国民世論の意向といったものは、これはもちろん政府だって無視はできないわけであります。そしてまた政府の中におきましても、拉致被害者認定を行うにあたりまして、様々な障壁があります。だからこそ、その障壁を政府に乗り越えさせるためにも、私たちの声で、今後も引き続いて政府を動かして参りましょう!

 是非とも今日ご参加いただいた皆様にも、さらなるご活動をお願い申し上げまして、わたくし、中村の基調、まずは、え〜、失礼いたしました。本日まだこの後、時間が詰まっておりますので、あまり長引くわけにはいきませんが、私たちが気づいたことから、どうか始めていこうではありませんか。時間を若干超過いたしましたが、ご静聴いただきましてありがとうございました。(拍手)


・中村実船橋市議会議員のホームページ
『中村みのる「みのるCLUB」』
http://www5a.biglobe.ne.jp/~minoru-n/

・中村みのるを育てる会
〒273-0031船橋市西船3-8-28
tel:047-433-4047 fax:433-4024
E-mail:Minoruclub@aol.comi

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。
原氏のご好意により、当Blogに掲載させて頂いております。


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