2005年07月26日

第11回拉致被害者と家族の人権を考える市民集会(5)05.7.17 藤沢産業センターにて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話』

Img_0272.jpg

どうも皆さんこんにちは。
ただ今ご紹介いただきました、特定失踪者問題調査会専務理事の真鍋でございます。
小泉さんに倣って、クールビズで来ております。
どうも失礼いたします。(笑い声)
一番イヤな人の格好真似るのも(笑)、どうかと思いますけれども・・・

私の方から、特定失踪者問題調査会の調査の現状、それから神奈川県の現状。
そしてそれに付随する、拉致問題全体を解決するのに何が必要かというようなお話をさせていただきたいと思います。
時間がだいぶ余っているようですので、ちょっと少しお時間をいただくかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

最初に私ども特定失踪者問題調査会がですね、現在440名のご家族からご相談をいただいております。
私どもに届けられなくても、私たちに状況をご相談されるご家族が他にもたくさんいらっしゃいます。
本当に私ども、スタートして2年半になるんですけれども、実際これほど多くのですね。
失踪された方がいらっしゃる。
それで苦しんでいらっしゃるご家族がですね。
こんなにたくさんこの日本の、自由で、平和な、豊かな国にですね。
あるということにほんとに驚いております。

具体的な数を申しますと、日本で年間10万件失踪があるそうです。
これは警察に届けられた数ですから、警察に届けられないご家族もいらっしゃると思います。
年間10万件の失踪の内、99%くらいは5年間の内に何らかの結論が出るそうです。
拉致被害者の方もそうですし、特定失踪者のご家族がそうなんですが。
10年、20年、長い場合には40年、50年何の結論も出ないままにずっと時が流れていくご家族が年間に1000件、ということになります。

そうすると、拉致問題がいつから始まったのかというのは、まだはっきりとしていないんですけれども、仮に30年と致しましょう。
そうすると30掛ける1000ですから、3万人の失踪された方の内に北朝鮮による拉致被害者がいる事は間違いないと、思っております。

ですので、我々の所に届けられてるのは、その3万件の内の2%にも満たないくらいのご家族から、しか、実は届けられていないということですから。
我々でこうした後ろにもポスターがありますけれども。
公開された方々が220人くらいなんですけれども、我々の知らない所にですね。
必ず拉致被害者の方がいるだろうと思っております。

Img_0279.jpg

その証明として幾つか例をお話したいんですけども。
ちょっとホワイトボード(以下、白板と略す)をお借りしますけれども、440人の内にですね。
もう既にご存じだと思いますけれども。(白板に向かった時、マイクがハウリングを起こす)
あぁ、ごめんなさい。
デカイ声で言いますね。(マイクを外して地声で話す)
藤田進さんの写真が出てきましたね、川口にお住まいになってた方ですね。(藤田進さんの名前を板書)
それから加瀬テル子さん、千葉県の海上町(うなかみちょう、05年7月1日より隣の旭市に合併)という所ですね、銚子の近くですけれども。(加瀬テル子さんの名前を板書)
このお二人は写真が出てきたので、皆さんもよくご存知だと思います。

もう一方、先日発表しましたけれども国井えり子さん。(国井えり子さんの名前を板書)
この国井えり子さんは網走から失踪(1968年)です。
藤田進さんは当時19歳、加瀬テル子さんが17歳、国井えり子さんは16歳です。(年齢を板書。会場より「え〜」と言う声)
まあめぐみちゃんが13歳ですね。
この3人につきましては、ちょっと事情があって国井えり子さんはややセーブした言い方をしておりますけれども。
私どもとしては、拉致はもう間違いないと思っているんですけれども。
写真が出てきた事情がありまして、はっきりした言明は避けておりますけれども。
はっきりいって北朝鮮から写真が出てきた方は、はっきりと判っているのは今3人です。

それでですね。
藤田進さんは、実は安明進氏の証言がありまして、市川修一さんと同じ場所にいたということです。
市川修一さんの隣にいた男性で、とても親切な男性がいたのを記憶している、と。
それで藤田進さんの写真を見た安明進氏は、この親切な若い男性は、藤田進さんに間違いないと言っていました。

それから問題は、加瀬テル子さんと国井えり子さんなんですけれども、加瀬テル子さんの夫と言われている男性、覚えていらっしゃいますか? 
日本人(拉致被害者)の管理課長をしていた人物と、いうふうに言われています。
この男性が実は誰であるか?
これを私たち最重点課題といいますか、調査事項として進めているんですが。
現在のところ残念ながら判明しておりません。

問題は、国井えり子さんなんですけれども、その国井えり子さんの写真、今日お持ちしなかったのは申し訳ないんですけれども。
国井えり子さんと同じ場所にその男性(加瀬さんの夫と推定される人)が、写っているわけです。(会場より「ほほぅ」の声)
加瀬テル子さんの夫と言われている男性も、日本人で拉致されてきた方です。
それがまあ向こうに行って、洗脳されて、向こうに馴染んでしまって、仕事として日本人の管理課長をしているということでございます。

ということは、今(ご家族からの)お話がありました市川さん、増元さん、松木さん、こうした人たちを管理する部署にいたことは間違いないです。
ということは、当然帰国されてきた5人の方も知っているはずです。
知っているはずです!
当然、この男性(加瀬さんの夫)と一緒の場所にいた国井えり子さん、この方も拉致被害者であることは間違いないということになるわけですから。
ぜひですね、5人の帰国された方々は、知っているはずです。
それを是非ですね、公にしていただきたい。
そうすると、曖昧なままにいるこうした特定失踪者の方々も、政府認定という道に進む事は間違いないと思っております。

私どもとしてはですね。
私たちのデータにない拉致被害者の例として、加瀬テル子さんの夫であるし。
またですねご存知の方もいらっしゃると思いますけれども、金賢姫が証言しているのをご記憶ありますか?
田口八重子さんと一緒にいた場所に女の子がいました。
小さな女の子がいました、日本人でした。
その女の子が誰かということは、だ〜れも追っかけてません。
誰だかもわかっていません。
当然我々の持ってるデータと照合してるわけですけども。
該当する失踪の年とその時の年齢と、それから金賢姫の証言と重ね合わせると、お一人だけいらっしゃるんですけれども、当時9歳で失踪です。(会場より「はぁ」の声)
この9歳の女の子と、金賢姫の証言がマッチするかどうかまだわかりません。
まだわかりませんが。
もしマッチしたとしたら、13歳より遥かに小さい子も(拉致の)犠牲になった可能性があるということです。

ですからとかく、拉致問題というとですね。
どうしても拉致被害者の、政府認定の皆さんのですね。
行動や発言、それから報道といったものが優先されてしまいますけれども。
まだまだ多くの拉致被害者が存在すると、存在する可能性が大きいと、いうことを前提にですね。
ぜひこの拉致問題を皆さんと一緒に解決していきたいと思っています。
今日も特定失踪者のご家族も来られています。
後でご紹介あると思いますけれども、神奈川県にいらっしゃられない遠くから来てるご家族もいらっしゃいますけれども。
ぜひ一緒にですね。
この問題の解決のためにご努力いただきたいと思っています。

神奈川県の現状についてお話を進めたいと思います。
神奈川県で明白に拉致だということについてはですね。
事例としては、1982年3月22日に金沢文庫で失踪した河嶋功一さんという方がいらっしゃいます。
関東学院大学を卒業されて、地元の出身地である浜松に就職が決定していましてですね。
そして、ご両親と一緒に引越しの手はずを終わって、ご両親は車で荷物を持って帰る、と。
ご本人は電車で帰ると。
で、下宿の前でご両親と別れたまま失踪という事件が、神奈川県で最も怪しい事例となっております。

河嶋功一さんにつきましては、当初から私ども拉致の可能性が高いと思っていたんですけれども。
我々として拉致に間違いないと認定に到った経過といたしましてはですね。
河嶋さんが失踪する前、何時だかははっきりしないんですけれども、河嶋さんから中学校の同級生の所に突然電話があったそうです。
その電話が非常に不思議な電話であったと、同級生の方が記憶しておりまして、何がなんだかわからないけれども、とにかく河嶋功一さんが言った言葉が忘れられない。
これは「これから北朝鮮に行く」ということを言ったまま、後は意味不明で、かかってきた同級生の方も一体これはどういう電話なのか?と。 
ということが、不思議で仕方がなかったという電話なんですけれども。
そういう電話があったということをですね。
同級生の方から証言いただきまして。
当然その証言の裏を取る作業もしましてですね。
その証言は間違いないということから、私どもは拉致されたことには間違いないだろうと。

まあ、自らの意思で行ったんじゃないか、ということになるわけですけれども、自らの意思で行ったんだとすれば、自らの意思で帰ってこられなければいけませんよね?
帰りたくても帰れない状況に留め置かれるということは、これは拉致であると。
有本恵子さんもまた同じようになるわけですね。
そういったケースが神奈川県であるわけです。
当然、神奈川というのは、皆さんお地元ですからわかると思いますけれども、いろんな事件があってもおかしくない所ですね。
この種の。
しかし未だ拉致ということについては、まだまだ未解明のことが多いと思うんですが。
不思議なことがあるということだけは、今日お話ししておきたいと思います。

特定失踪者の方々の失踪の経過を調べますとですね。
幾つかの共通点があるんですけれども、神奈川県における共通点はですね。
横須賀周辺に多いということです。
それからどういうわけか知りませんけれども、横須賀周辺の自衛隊に入隊後、任期が来れば辞めるという任期制の自衛官になった後、なぜか日産(自動車)の季節工になる。
で、季節工が終わって、(郷里などに)さあ帰ろうかという時に、その人だけ帰らないでそのまま失踪すると、そういうケースが非常に多いということです。
不思議です。

自衛官の失踪というのも、あることはあるんですけれども、この横須賀に集中するというのが不思議です。
それから自動車メーカーの、これはちょっとマスコミの方もたくさんいらっしゃるんであれですけれども、自動車メーカーたくさんありますね。
トヨタとか三菱とか、なぜか日産に集中すると。
で、この神奈川の日産、すなわち座間工場ですとかですね。
それからあちらの・・・(会場から地名の発言あるも聞き取れず)、ああそうそう、そういった所に季節工として入った方が、そのまま行方不明になるということです。

ここまでお話しすると、だいたいもしかして?と思うのが、八尾恵さんの存在ですね。
彼女がどこまで拉致に関わったのかということは、彼女の証言の範疇でしか想像できないわけですけれども。
有本恵子さんについてはですね、告白されてるわけですけれども。(「謝罪します―私が有本恵子さんを拉致しました―」文芸春秋など)
彼女自身が関わらなくても、この横須賀周辺でこういう怪しい事件があるということ。

それから金沢文庫というのも、ある意味では横須賀にも非常に近いことから、この地域はですね。
米軍の基地も大きなのがあるわけですし、当然八尾恵さんは、自衛官を包摂するために、横須賀に店(スナック)を開いたわけですね。
そういうことから類推していけば、可能性として、こういう横須賀で自衛官になって、自衛官の任期を終わった後で、日産の工場は近いですから。
そういった所に勤めた後に、河嶋さんと同じような声がかかって「いい仕事があるんだよ」というような誘いがあったのかもしれない、と。
そりゃまだまだわからないんですけれども、そういうことも可能性としてあるんじゃないかなあ、と思っております。

え〜何分くらいまでにしましょうか? 30分くらいまで。
(司会:そうですかね)はい。
それで神奈川の現状は、たくさんお話したいことありますけど、とても10分や20分ではお話しできませんので、これくらいにさしていただきまして。
特定失踪者問題に固有の問題についてですね、お話をさせていただきたいと思います。

今、拉致被害者のご家族の方から、異口同音におっしゃられた失踪から、今日に到るまでの状況。
これは特定失踪者のご家族もまったく同じです。
まったく同じです。(強調のため繰り返す)
UFOにさらわれたんではないのか? 
自殺したんじゃないのか? 
どっかに逃げてったんじゃないのか? 
というようにほんとにご家族の苦しみというのは、まったく同じです。
そして、特定失踪者のご家族も高齢化してます。
もうほんとに再会果たせずにお亡くなりになった方々というのは、ほんとにたくさんいらっしゃいます。
加瀬テル子さんのお父さんも90歳を超えております。
テレビでも見ていただいたと思いますけれども、ほんとに頑固な親父でしてですね。
私も何度も行って、説得して公開に踏み切られたというような状況ですね。

いろいろな家庭の事情があったわけですけれども、一言「会いたいよ!」と「一目会いたい」ということだけ言われておられますが、もう90歳でほんとに高齢です。
国井えり子さんのご両親も、今北海道にお住まいですけれども、ほんとにもう足も動かないとかですね。
そういう状況です。
私どももご家族の面接に行きますと、ほんとにみんな同じ、皆さん同じような状況でですね。
何時になったら再会できるのか、というそういう思いだけで、頑張っておられるというご家族ばっかりですので、そういう状況を一日も早く変えていきたいな、と思っております。

そして特定失踪者のご家族が、まったく同じ状況というのは、政府の対応はまったく同じです。(薄笑いの声)
拉致被害者のご家族も先程いろいろお話一緒にしてたんですけど、政府認定っていうのは、ほんのこの2年、3年の間なんですね。
田中実さんに到っては、事件そのものは(実行犯が刑事告発されているほどの)明確な拉致なのに、この間やっと認定したと、いう状況ですから。
特定失踪者の場合は、認定どころか、認定に行く前のフォローといいますかね。
それはもう、ある意味拉致被害者のご家族よりも淋しい状況です!
一言でいうと、外務省はまったく相手にしません。
まったく相手にしません!(怒りのこもった口調)

辛うじて写真の出てきた藤田進さんや加瀬テル子さんについてはですね、名前を出しました。
日朝交渉のなかで。
名前を出しただけです。
「こんな人の写真が出てきてるんだけども、どうだね?」それで終わってます。
ほんとに。
で、向こうから「そんな記録ありません」って言われて「ああそうですか」で帰ってきて。
ポイントはご家族にそれを報告する意思がないということです。
ここがポイントです。
我々は、何度も、何度も頼んでですよ?
外務省に、内閣府に頼んで。
どんなことが話されたのか? 
日朝協議の場でどういう話があったのかを、家族に報告すべきだろう!と。
してください、してくださいっていうのも変ですよね?
するべきだと言ったんですけれども、「そんな義務はありません」「なぜですか!」「認定されていないからです」(は〜と会場ざわめく)その繰り返しです、ずっと。

もうしまいには、こっちも喧嘩ですからね。
「ふざけんじゃない!」というような状況が、繰り返されてるわけですけれども。
結局、政府の方としてはですね。
特定失踪者の問題を真剣に取り扱うという意思は、上から順番にない!
トップ(小泉首相)が殆どなくって、末端の警察官の皆さん、末端の公安調査庁の皆さん、末端の自衛官の皆さん、海上保安庁の皆さん、末端に行けば行くほど、「何とかせにゃならん」という意識を持って、頑張っていらっしゃる。
上に行けば行くほど、もうだんだん、だんだんどっかでフニャフニャフニャ〜となってですね。
意思が決定されて行かない。
というのが、実はこの特定失踪者の問題等を含めて、日本のこの構造であると思っています。

悪口ばかり言ってると、ほんとにいけませんで、たまにはほめなきゃいけないんですけれども。
神奈川県警とそれから静岡県警、これは凄いです。
あの〜、今日は警察の方いらっしゃられないんで。(笑い声)
他の県警の方に比べて、非常に真剣に調査、捜査をしていただいています。
特に河嶋功一さんの件は、我々がびっくりするくらい、ほんと真剣に捜査をしていただいています。
なのにですよ?
なのに、未だに河嶋功一さんについては、政府のトップは、な〜んにもしていないのは、どういうことなんだろうか?と。
末端のほんとに、真面目な警察官の人とか、調査官の人たちとか一生懸命やったのが、結局トップの判断で潰されている。
これはもう、拉致被害者のご家族が通ってきたプロセスとまったく一緒です。
残念ながら。

この状況を変えない限り、拉致問題というものは解決しない。
全容解明も無理だし。
ましてやその先にある救出っていうのになると、ほんとに申し訳ないけれども絶望的な状況が日本のこの国家の中にあるということを、ほんと正直にお話せざるを得ないと思います。
従って私たちはですね、救う会とはちょっと違う立場でやってます。
まあ私も救う会のメンバー、幹事ですけれども。
救う会からは違う立場から、この問題をどうするか?ということを考えています。

その一つの方法として、法廷闘争ということを考えてます。
古川了子さんというですね。
千葉で失踪して、安明進氏が平壌の病院で見たという女性について、政府を相手に認定訴訟を起こした理由というのは。
やっぱりこの日本という国のそういう法律・制度・官僚組織・発想の仕方、これがもう問題がグジャグジャあると。
そこを何とか超えるために、やっぱり裁判闘争でクリアしていきたい。
という思いから古川了子訴訟をしてるわけです。
ですから、古川了子さんのための訴訟ではなくって、他の特定失踪者のご家族のためにも、この訴訟というものを、何とか勝っていきたい、というふうに思っております。

そしてもう一つはですね。
これは我々調査会とか、家族会とか、救う会という問題を超えて、やはり皆さんにお訴えしたいのは。
ご家族の方が異口同音におっしゃるのは、この国、日本というこの国家をどうするのか、どういうふうにすれば、この拉致問題解決するのか? 
どういうふうにすれば、拉致被害者を奪還できるのか?救出できるのか?という、このことを真剣に考えなきゃいけない時期に来てるんじゃないでしょうか? 

多くの方法論あると思うんです。
ま、対話も一つの方法論だと思います。
それから経済制裁、これも有効な方法論の一つだとは思いますが。
もっと、もっとよく考えると、この国の法律・制度・官僚組織・国民の意識、そしてそれを総体として表わす日本国憲法といいますかね。
そういったところに、実は大きな問題があるんじゃないか?と、思わざるを得ません。

今日本の政府でですね、どこが拉致問題を担当するか?まずそれがはっきりしてません。
内閣府の支援室がいま、連絡調整室ということになってますけれども、な〜んの権限もありません。
やれることといったら、曽我ひとみさんが森昌子のコンサートに行きたいと言ったら、「さあ、どうぞ」って設定してあげる(会場失笑)。
そりゃきちっとやるんですよ。(さらに笑いが広がる)
遺漏無く。

しかし悪口ばっかり言ったらゴメン、(真鍋氏自身も吹き出す)すいませんね、どうしても悪口言いたくなるんですけど。
しかし、支援室、いや連絡調整室の人たちが20人くらいいるんですが、我々と一緒に「じゃあ調査行きましょう」
行きませんよ!
どっこも行きませんよ!(吐き捨てるような口調)
この問題があるんだけど、これ重要だから一緒に調査、研究しましょうか? 
しやせんですよ!

何故ですか? 
何の権限もないからです。
何の予算もないからです。
なーんの法律的根拠もないからです!
特定失踪者の問題なんて、どっこの法律にも書いてないから(対応が)できないわけです。
気持ちはあってもですよ?
気持ちはある人はたくさんいるけど、そういう法律制度になってるから、できませんということになってしまいます(会場からため息)。

警察。
この拉致問題解決するためにはですね。
この都道府県警の縦の垣根を取り外さなければ、絶対に無理です。
私が担当する場合なんかですね。
一人の失踪者のことを追っかけるためには、例えば山形県出身で、東京で育って、名古屋に転勤して、沖縄に行って失踪って方がいるんですよ。
だから私たちは、山形へ行って調査し、東京で調査し、名古屋で調査し、沖縄に行って調査せなきゃいかんわけです。
一人の調査にですね。

それで、一人の調査の記録をファイリングしてって、それで決め手として認定するという方法論取るわけですけれども。
警察もそれと同じことできるはずなんですけども、警視庁と神奈川県警めちゃ仲悪い。(笑い声)
警視庁と警察庁張り合って情報の交換ない?
そんなことばっかりでしょ?
で、警察庁は、全体をコントロールできるかというと、コントロールできないわけでしょう?
もう行政官庁ということで、捜査権を警察庁が握るってわけじゃないわけでしょう?
連絡調整するだけでしょう?
てなことばっかりやってるわけですね。

一人の拉致事件追っかけるのに、それだけの多くの県警の横の連絡がなきゃできないはずなのに、それができる体制にないわけです。
辛うじてなぜか知らないけど、神奈川県警と静岡県警は非常に関係がいいらしくってですね。
そういうケースもあって、そういう横の連携が上手くいくようなケースもあるらしいんですけれども。
総体で見れば、本当に縦割り、官僚構造そのままのことで、本当にいいのか?と。

それから公安調査庁ありますですよね。
公安調査庁の方々は、一生懸命やっていただいてます。
影ながら。(イヤミ口調でなく、特に「影ながら」を強調しての発言)
そういう人たちですから、影ながら一生懸命やっていただいてますけれども、決定的に限界があるのは、捜査権ないんです。
強制調査権ないんです。
逮捕権もないんです。
だからある意味ではもう工作員に面会して、「お願いしますから情報ください」ということを地道にやっていって、一生懸命集めた情報が、どこかでチョキンとされると。

そして公安調査庁と警察庁めっちゃくちゃ仲悪いでしょ?
おったがい(お互い:真鍋氏強調すると促音になる)の連絡はまったくない。
情報の交換まったくない。
言い出すときりないんですけど、もう一つだけ。
海上保安庁。
海上保安庁重要です、拉致問題において。
しかし、まったく情報の交換を警察と海上保安庁はないんですね。

だからある私たちが失踪事件を追っかけてて、これは船の事件かもしれないとなると警察はもう「あ、これは海上保安庁だから」っていうことになっちゃうわけです。
「そうですか、じゃあ」って言って、海上保安庁行きますでしょう?
そうすると「それは陸の事件だから」ってことになっちゃうわけです。
でもってチョン。
だから陸と海の情報重ね合わせれば、この失踪もしかしたらそうかもしれない、ていう話はたくさんあってもそこで途切れてしまう。

それからもう一つだけ、言い出すときりがないんですけど。
自衛隊の存在がまったくこの拉致問題の中では忘れられてるということです。
自衛隊の能力というのは、自衛隊の情報収集能力というのは、非常に優れたものがあるわけですが。
これが現在の自衛隊法の枠の中で非常に手足が縛られてる。
何よりも、これは仮定の話ですけれども。
北朝鮮に何か有事が発生した、要するにクーデターとかですね。
何かそんなことが発生した仮定しますでしょう。

北朝鮮の国内が、もうほんとに混乱した時に、誰が助けに行けれます? 
日本の(拉致被害者が)たくさんいるわけです、めぐみちゃんですとか、市川さんとか、増元さんとか、いるわけですよ。
国井さんとか、加瀬さんとか、藤田進さんとかいるわけですよ。
誰が助けにいけますぅ?(会場から「行かれない」)
ですねぇ?だあ〜れも行けませんよ!今。
もうそういう混乱の時には、飛行機があって船があって、何よりも訓練がされて自分たちで(現地の物資や人員に依存せず、自己完結で)行動ができる。
私なんかトイレだって大変だし、ご飯作れったって作れないわけでしょう、私が行くとしても。
やっぱりそれは、自衛隊できちっと訓練を受けた、特殊なそういう救出訓練をしている者しか行けないわけですよね?
それが、今の体制じゃまったく行けないですよ。

自衛隊ってのは、ご存じの通りミッシング・ソルジャー、要するに戦闘で行方不明になった人たちを救うっていう訓練やるわけですよ。
そりゃ、どこの軍隊もやるわけです。
それと同じ方法論なわけです。
ただそれが日本国内でなくて、海外であるということですから、方法論としてできるけれども、ホ〜リツ(法律)が、ない。
ケンポー(憲法)でそれができない(憤懣やるかたない口調)、ということです。
本当に私たちは、政府の官僚だとか何とかを、批判ばっかりしてますけれども、要請ばっかりしてますけども、彼らの本音ってのはそこにあるんじゃないでしょうか?皆さん。

この憲法で、この法律でどうしろというのですか!?
彼らはそりゃ言わないけれども、実際に私が、逆の立場になったらそう言いたくなりますよ! 
この法律はこれしかできないと書いてあるんだから、できません、と。
言ったらまた家族会から怒られるから、言わないだけで本音はそこにあるんだと思います。
だからそこの所を変えない限り、この拉致問題の全面解決は、わたくしたちは無いんじゃないかなあというふうに思っております。

ちょっと、過激な話になっちゃいますけれども、実際、今憲法改正論議があるわけですけれども。
この拉致問題をどう解決するんだということを考えたら、やはりその線上の中にこの国の法律。
この国の憲法っていうのをやっぱり考え直さなきゃいけないんじゃないのか?っていうのを、やっぱり真剣に考えていかなきゃいけないんじゃないんでしょうか?

ところが、ていうことで、アメリカでですね。
制定されました北朝鮮民主化法がありますね。
非常にアメリカとしてですね。
戦略をそこに盛り込んでます。
戦術を盛り込んでます。
武力を使わないで、北朝鮮をどうやって民主化させるかという、予算もふんだんに取ってます。
NPOにも何千億円も拠出するっていうのを、既に具体的に始めてます。

日本はどうでしょう? 
まあ議論がチロッて出ましたね。
民主党案ってのがチロッて出てる。
それに対抗して自民党案ってのが、チョロッて出てる。
その後どうなりましたか? 
消えてしまいました。
国民の皆さんも、それをどうしろ、ああしろっていう声もほとんどなかった。

今、辛うじて北朝鮮の問題に関係してるNPO、NGOの皆さんでちょろちょろっと集まって、どうしようかという、相談と議論は進めてますけれども。
残念ながらとても大きな声にはなってません。
もし憲法とか、何とか、そういうややこしい話がこれも何年かかるかわからないんだとすれば、やはり日本版の北朝鮮民主化法みたいのを、きちっと作った上で。
国家として戦略を決めた上で。
予算も、戦術も、人員も、組織も北朝鮮問題どう対峙するかっていうことを決めてからやらないと。
何時まで経っても、ご家族が全国を訴えて回る。
特定失踪者のご家族がその影でひっそりとその状況を見守っている。
この状況がまたあと10年、あと20年続いてしまうってことをほんとに許していいんでしょうか? 
そうなりますよ、今のままだと。
この集会も、あと10年くらい続けなきゃいけないかもしれませんよ。
もうそんな時間はないし、そんなバカなことはもうそろそろやめにしたい、と思っております。

あ、いささかちょっとすいません。
長くなってしまいましたけれども、要するに私が言いたいことは、この国、この国家のありようというものは、やはり根本から考え直さないと、この拉致問題というのは、全面的に解決しない。
拉致問題が事例になって、この他にもた〜くさんあるわけです、似たような問題は。
国家政策の中で排除されて、淋しい状況をしていらっしゃる他の例はたくさんあるわけです。
そういった諸々のことも解決できないような日本のままで行ってしまう。
それは許されないことではないか?と思っております。
その上で、何らかの国民としてのお一人、お一人のやはりちょっと覚悟というかですね、そういったものが重要になる問題だろうと思っております。

ウチの荒木は乱暴な人間ですから、来年の12月までに拉致問題解決しなかったら、国会議員は全員辞任しろと言っておりますよ。(苦笑しながら)
本人も責任取るとか言ってやってます。
彼自身は、やはりそういう覚悟を国会議員にも求めたし、自分自身にも課してるというふうに思っております。
私もその覚悟というものを、少し見習ってこれからも頑張って行きたいと思っております。
皆さんもどうか今後ともご支援のほど、心よりお願いを申し上げまして(拍手が始まり、聞き取りにくい)ごあいさつとさせていただきます。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

司会者
ありがとうございました。
踏み込んだ話になりまして、ありがとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは、原良一氏提供のテキストを元に当Blog管理人が再構成したものです。
原氏のご好意に感謝申し上げます。


posted by ぴろん at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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