2007年11月09日

靖国神社へ

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昨日所要で九段下まで出ましたので、少し早めに家を出て、待ち合わせの時間前に靖国神社へ参拝をしてきました。
過日の日記にも紹介したように、この度遊就館に特攻の大叔父の遺影を奉納する手続きが終了した事を報告するためです。

九段下の駅に着いたのが丁度3時半頃。
陽はすっかり西に傾き、境内は夕闇迫って薄暗くなり始めておりました。
人影もまばらな境内を進み、今日は時間の関係で拝殿前だけの参拝で、ごく簡単に特攻の大叔父の御霊に、写真奉納の件について報告を致しました。

最近は靖国に詣でても滅多に感情をかき乱されることも無かった私ですが、この日はあふれる涙を抑えるのに苦労しました。
写真を納める目処が立ち、靖国がある限り大叔父の遺影は未来永劫伝えられるのだと言う喜びと安堵感とで、私の心のあり方もいつもと少し違っていた模様。

戦後60年以上も経って、今更奉納もへったくれもないのかもしれません。
本当に遅ればせではあるのですが、これで長年心のどこかにつかえていたものが取れたというか、ホッとしたと言うか。
大叔父を直接に知る母の世代ももうすぐ70代に突入する歳となった今だからこそ、出来る供養をしておかねばあの世に逝った時叔父さんに会わせる顔が無い。
その意味でも、この度写真奉納の手続きが無事に済んだ事は本当に心安らぐ出来事であると思っております。

今度靖国をお尋ねの折、遊就館に行かれたら、是非特攻の大叔父の顔を探してやってくださいませんか?
名前は「石渡正義」享年21歳、海軍神雷部隊の一員として沖縄戦で桜花による特攻死・・・とおそらくそういった内容表示と共に小さな写真が掲示されることになるはずです。

特攻機・桜花の戦死者は55名。
そのうちの一人が私の特攻の大叔父・正義叔父さんその人です。
愛する祖国を家族を守るために、若い命を桜花によって散らした若者がいた事を、どうか一人でも多くの方の心に刻んでいただき、彼が「残しおきたし」と願った心をひとりでも多くの方に受け継いで頂けたらと考えております。


posted by ぴろん at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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