2005年09月25日

拉致被害者は生きている!東京集会(7)05.9.18 友愛会館にて

『家族による質疑応答(本間勝氏)』

Img_0563.jpg

★Q 本間勝さん(田口八重子さん兄)

蓮池(薫)さんからの話でね。
八重子が敵工地、先ほど西岡先生から書いていただいた敵工地の組織に入れられていると。
八重子は金賢姫の事件の後に、要するに日本人を教官に使わなくなったと。
なぜなら金賢姫みたいな工作員がいて日本人が教官にいたことがばれると。
要するに亡命してくると日本人はいたんだよと、ばれてくるから、それで金賢姫の大韓航空機爆破事件以降は、蓮池さんも工作員教育から外されて、その翻訳業務に回されたと。
そういうような話をされたんですね。
今現在はそういう工作員教育には日本人を携わってないんじゃないかと思われます。
それとなんで八重子は敵工地と言う、労働党の組織じゃなくて軍の組織に回されたと思いますか?
それをちょっと教えてもらいたいです。

★A 安明進さん(通訳・西岡氏)

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(安氏、証言の途中で敵工地の略図を後ろのホワイトボードに書き記す。かなり長い証言になる)
えと、通訳をします。
まず最初の日本人教官を金賢姫事件のあと辞めさせられたという話ですが、そういうことは無いと思います。
なぜなら先ほど言ったハム教官が八重子さんは招待所は代わったけれど教育を続けていたと。
確認したと私たちに言ってるわけです。
ですから辞めていないと思います。
ただ、そこはちょっと私はちょっと記憶がはっきりしないんですが、確か学内で聞いたような気がするんですが、事件の後ですね。
分校で1対1の教育を長い時間していると、金賢姫が田口さんの事を沢山聞いて(韓国当局に)話してしまったような事が起きるから、同居教育はやめて本部に日本人教官の事務所を作って小型バスが出てたんですね。
分校の方に。
彼らはそれに乗って必要な時に分校へ行って教育をしていた。
そういうシステムに変えたんではないかというふうに思っています。

それからもうひとつ敵工地の問題ですが、敵工地と言う言葉は聞いた事はありませんが、敵工局(てきこうきょく)という部署は人民軍にあります。
これは心理戦を担当している部署で、そしてそれは政治軍事大学の近くに敵工局の地域がありました。
それが今ここで書いたのが、(ホワイトボードの略図を指し示しながら、以下同様に)ここが本校です。
そして分校です。
そして東北里、ここですね。
そして彼らが住んでいたという太陽里、この辺ですけれど、こちらまで太陽里が続いているわけです。
そしてここに敵工局地域がある。
その横に国家保衛部地域がある。 
ただし私の考えでは、党の工作期間にいた人間を軍に行かせるということは、もちろん私が全部のことを知っているわけではありません。
しかし組織上、大変ありえないことではないか?と、いうふうに思います。


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