2005年11月16日

父親の責任・・・増元正一さん最期の言葉「結婚を許す」

04・12・9 「増元るみ子さんを救うぞ!東京集会」より

平野フミ子さんの声(増元るみ子さん姉)



テキスト全文はこちらから
http://piron326.seesaa.net/article/2974880.html

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10月の11日に延命措置受けましたから、その午前中に、私に言うんです。
血圧が低下して「延命措置するなら今しかないですよ」って、病院の先生に言われてましたので、私たちきょうだい、決断をする場面があったんですけども。
うちの父が最後に力を振り絞って、あのがらがらの喉の状態の中でですね。
「おれは、るみ子と市川君との結婚を許す」って言いました。

もう本当に私はね、今までクローズアップされてから、修一君とるみ子が付き合っていると言うのを、父親は知らなかったんですよ、それまでは。
で、いなくなってから、いなくなってから初めて、付き合ってると言うのを父は知ったんです。
というのも、厳格な父でしたので男女交際には凄く厳しかったんです。
もし結婚を前提にしてないふたりがね、二人は結婚を前提にしてると思ってたんですけど、まだそう煮詰まった話じゃなかったから、言ってなかった。
私と母は知ってましたけど。

テレビに婚約間近とか婚約したとかいう話が先にたって、いかにも婚約中ということで話が出てましたので、そのときでも「おれは許しとらん」て言ってました。
そして9月17日以降もですね、テレビの中で妹たちを紹介するのに、婚約間近とか解説がついてたんです。
その時でも、病室のベッドの上で「まだおれは許しとらん」って言うんですね。
父親というのはすごいなぁと思いました。
自分が知らないところでそういう話がいってると言うのが、とても許せなかったんでしょうね。

10月の11日、延命措置を受ける午前中にですね、父親は「結婚を許す」って言ってくれました。
もうその時は自分でも死期が分かってたから、これだけは言って旅立ちたいと思ったんでしょうね、
父親の責任として。
なんでそんな気になったのか?
(このあたりから会場内あちこちから、すすり泣く声。以後最後まですすり泣き止まらず)
声が小さいから、耳元に私こうして(顔を寄せるしぐさ)近づけて聞いたんですけども。
「修一君とるみ子、二人は愛し合ってる」って。
「なんで愛し合ってると分かるの?」って聞いたら、何か、悪者がですね、市川君を刀で切りつけて2〜3刃、刃を受けたそうです。
軽症になったそうですね。
それをるみ子がかばったんですって。

だから「二人は愛し合ってるんだ」って、言う。
傷を負ったんだけども、二人のかばい合うその姿にですね・・・父の夢なんでしょうけど・・・父は「二人を許す」それしかないんだと思ったんでしょうね。
ですから自分がこの世を去るけれども、妹にはそれを伝えて欲しい。
私も本当「とうちゃん良かったね。やっと許す気になったね」って。
「るみ子が帰ってきたらちゃんとそれ言うからね。市川さんにもそれ報告するからね」って言いました。


posted by ぴろん at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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