2008年05月18日

08.5.14 質疑応答 調査会主催緊急集会より UIゼンセン会館にて

08.5.14 調査会主催緊急集会
UIゼンセン会館2階会議室にて

『質疑応答』

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★司会 真鍋貞樹 調査会専務理事

(荒木氏の基調講演を受けて)ありがとうございました。
先ほど申しましたように、司会者の特権として荒木にこれから厳しい質問をしたいと思っています。
そういえば皆さんも何となくお感じになっていると思います、もやもや感。
荒木一体どうするのよ?と、もっとハッキリ言えと、現状をもっと把握してよと、どうするんだ?と・・・いうふうに行きたいんですがまぁ、私が逆の立場だったらそんなの聞くなよという世界なんですけど、ただ事は緊急と言いますか重大なことですから、せっかくお集まりになって、私たちとしてはこれを機会にですね。
この拉致救出活動の根本から考え直して行こうという機会に、今日したいと思っていますので、あえて荒木に対して厳しい質問と言うか答えにくい質問をしてみたいと思います。

私が聞くのは、私がそういう考え方を持っているというふうに皆さん誤解しないでください。
誤解しないでくださいね。
より問題点を明確にするために、あえて荒木に質問をぶつけるというふうに理解をしていただきたいと思います。
私の質問で足りない事は後で皆さんご自由にご意見・ご質問等お願いしたいと思います。
宜しいですか?
一括がいいですか?それともひとつひとつがいいですか?(荒木氏「一つづつやりましょう」の声)

じゃあ、ひとつづつ。
今までのお話の中で5点という事で整理をしたいと思います。
いくつか用意したんですけど、またまとめました。
1点目ですけど、今回の荒木代表が問題提起をするきっかけになった富山県における政府主催の集会。
これから荒木代表を排除した理由、これについてはご自身はどのようにお考えでしょうか?

★荒木和博 調査会代表

はい。
まぁ、あの、言われていますのは、金正日体制に対する考え方が違うという理由で私は聞いております。
つまり我々は「体制崩壊も視野に入れて活動する」という事ですけども、「体制崩壊は視野には入れない」という事が理由と聞いておりますが、しかし政府主催、まぁもっと全国救う会との共催の集会であればですね。
その中で政府の批判をいつもしている私が喋るという事がよろしくないという事・・・なんだろうと・・・言うふうに思います。

★真鍋専務理事

もやもや感も残りますけども、また皆さんも後でご質問をしていただきたいと思います。
2点目ですが、この政府と一体化路線についてお伺いしたいと思います。
政府と一体となって運動を行う事は間違いというように先ほど代表はご指摘をしていましたが、逆にこうした重大問題を今後の運動で政府と一緒になって頑張ると。
一体と一緒って微妙ですけど、とにかく一緒に頑張る事というのは拉致問題について必要ではないか?というふうに考えるのはどうか?

そして皆さんもお感じになっていると思いますけども、拉致救出運動団体が事実上分裂するわけですね。
事実上。
この事実上分裂状態を最も喜ぶのは誰か?
それは北朝鮮と日本にいる北朝鮮融和派のメンバーであり、最も悲しむのは誰か?
それは拉致された被害者の皆さん、という事でありますから多少意見の違いや方法論の違いがあってもですね。
やはり一致団結して取り組む事が大切ではないか?と言う意見に対してはどのようにお考えでしょうか?

★荒木代表

はい。
これは実は私の意見に賛成してくださる方でも、やはりそういう懸念を表明される方は少なくないです。
それは私も非常にひしひしと感じておりますし、これは中々舵取りが難しい問題だというように思っております。
実は私も真鍋も前、全国協議会の幹事をやっておりました。
私は事務局長を降りた後、幹事と言う形になりまして参加していたんですが、あれはいつ辞めたんだっけ?(となりの真鍋氏に聞く)
二人で辞めたわけなんですけども、なんで辞めたか?と言うと、正直言って見ていられなかったと。
いうのが、正直なところでございます。

しかし我々別組織の代表のような形で入っておりますから、そこでですね。
全国協議会の運営に口を出すのは如何なものか?という思いがあり、そして、そしてしかし、その一方で全国協議会の幹事であれば、決まったことに対する責任を負わなければいけない。
非常にその板ばさみになりまして、その中で何とかするためにはどうしようか?
で、とりあえずやった事は、幹事を降りてそれによって自分でですね。
お互い干渉しないような形で出来る事をやっていこうという事でございました。

その状態でしばらく来たわけですけども、救う会の方ではいろいろな形で除名された方が出て、その方々の中には我々の役員になっている方もいますし、そしていろんな不満を持った声も聞こえてくると。
で、本当にこのままでいいんだろうか?と。
救う会がこの運動体の中心である事は間違いないと思うんですが、そういう状態で方向性が間違ってしまったならば、これはもう取り返しがつかないというふうに思います。
分裂しているというふうに見られるのと、そしてどうしなければいけないのか?という事を天秤にかけて、やはりこれは荒木がある程度ハッキリと物を言っていくしかないんではないだろうか?というふうに思った次第でございます。

★真鍋専務理事

じゃあ、続きます。
3点目ですけれども、これは私も非常に質問し難いんですけども、是非私として聞いてみたいことでございます。
私も現代コリアの愛読者とまでは行きませんですけども、20年くらい前から読んでおりました。
11年前にこの現代コリアのメンバー、佐藤所長をはじめとしてメンバーと一緒に(救出活動を)やり始めました。
その時の現代コリアのメンバーは非常に鉄の団結と言うか、あるいはファミリーと言うか。
非常に団結力があって、小さいながらも大きな影響力を果たしたメンバーが揃っておられました。
しかし、残念ながらかつての現代コリアのメンバーは散り散りバラバラになりました。
一体何故なんですか?・・・という事でございます。

★荒木代表

え〜、まぁ、これも、私も結果的にそういう事になったという事なんですね。
どうして?という事は、私も中々私自身も答えられない。
答えないというのは喋れないんじゃなくて、何と答えて良いか分からないということでございます。
ご存知もない方もおられると思いますが、私民社党本部にいたときから現代コリアの読者でありまして、途中から現代コリアの編集員という事にして頂いてました。
民社党が解党になった1974年から、現代コリアの方を直接お手伝いするようになっていったわけでございます。

現在私は大学の教員と言う肩書きを持つに至っておりますが、朝鮮半島研究の研究者と言うことになっておりますけども、私がそういうふうになる事が出来たのは、間違いなく現代コリア研究所があり、そして佐藤勝巳所長がいて、そして西岡編集長がいてということがあったからでございます。
これは、この先どんなことがあっても私は否定をするつもりはありませんし、いくら私が否定をしても現実はそれ以外の何物でもない、と言うふうに思います。
で、尚且つ私の家内は西岡さんの大学院の後輩でありますし、結婚式の仲人は佐藤会長ご夫妻ですから、そういう意味ではですね。
それに対してある意味反旗を翻すような事を言うというのは、非常に自分としては何ともやりきれない思いが致しております。

しかしやはりこの現代コリア自体がですね。
いろんな形で分裂をしていったというのは、まぁ、私も奥の奥は自分でも良く分からないんですね。
やっていて何となく、結局自分はよそ者なんじゃないか?と思った事が何回かありますし、本当のところは分かりませんがこれもある意味で言うと、権力に対する距離の問題なのかな?という感じが致します。
それによって分かれてしまったという事なのではないだろうか?と言う感じが致します。

★真鍋専務理事

はい。
後2点お伺いしたいと思います。
救う会の現状についてお伺いをしたいと思います。
有体に言って一言で言えば、救う会は内部はごたごた状態であるという事は、もう皆さんご承知のことでございますので、包み隠さず私も指摘し質問させて頂きたいと思います。
この救う会全国協議会の内部のごたごたの問題は、個人的な問題によるものなのか?それとも政治力学上の問題なのか?
そして現在の救う会の内部のごたごたと言うのは、どうすれば解決出来るものか?出来るか?とお考えでしょうか?

★荒木代表

これも非常に答えるのが難しいです。
表に向かって一度も言った事はないんですが、何人かの人にはお話をした事はありますが、今まで一度もお話していなかった特定失踪者問題調査会が出来るときの事がございます。
なんで調査会ができたのか?いう事なんですが、あの時、実は平成14年の12月の末にですね。
一番最後の記者会見のときに特定失踪者リストを出す予定になっていたんです。
そのときは特定失踪者という名称はなかったですが、その可能性のある失踪者のリストを、あの年の年末に発表することになっていました。

で、それが、私今でもどういう理由か良く分かりません、分かりませんが、ブレーキがかけられました。
佐藤会長から。
非常に強硬なブレーキのかけ方でした。
その時の話は、これは大変な話だから表に出せばですね。
かなりの大騒ぎになる。
だから救う会として方針を決めていなければ、それは出来ない、という事だったんですね。
だからその方針が決まるまで待てと、いう話でございました。

私は当時事務局長でですね。
失踪者の方のご家族の声を直接聞く立場にございまして、あの頃本当に、特に曽我さんの話が分ってからはですね。
次から次へと「うちの子供もそうじゃないか?」とか、そういうご家族からの声がありまして、それが基本的にはほとんど私が受けていた。
これは一刻も早くどうにかしなければいけないという思いもあり、救う会で出そうというふうに思っていたわけですが、それがですね。
12月の中旬までは特に何の異論もなかったんですけども、どういうわけだかそれを過ぎてから急にブレーキがかかりました。
で、ブレーキがかかった後で、まぁしかし三役会での決定ですので仕方が無いと。

しかし、こういう重大な問題があるという事は何とかして知らさなければいけないというふうに思いまして、内閣府、当時の支援室、現在新潟県の副知事をやっている小熊さんのところへですね。
そのリストを持ってまいりました。
で、リストを持っていったらば、あの、それがですね、NHKのニュースに出たんですね。
逆に担当した記者さんは気を利かしたつもりだったんでしょうが、内閣府の建物に入っていく私の絵がですね。
ニュースに出ちゃった。

実はそれはその時の絵じゃなくて、前の、何か別の時に撮ったのを出しちゃったらしいんですが、それを見た別のマスコミの方が佐藤会長に「どうも荒木が内閣府にそれを持っていったみたいだ」というふうに言ったことでですね。
会長が激怒しまして、「首だ」ということになったんです。
それが元々調査会が出来る発端でございます。
丁度年末で、年末年始、丁度休みに入るものですから、おそらくあの当時気付いた人は誰もいなかったと思います。
もう6年も経っていますので、時効だという事でお話をしていますが、そういう事でですね。
これはもう救う会の中にいる事は無理だというふうに考えまして、ともかくじゃあ、自分のやっていた失踪者の問題だけ切り離してやらしてもらいたいという事で、それは了解を得て、で立ち上げたのが特定失踪者問題調査会でございました。
最初の1月10日に発足、そして記者会見をやったときはまだ事務所も決まっていなかったときdございます。

その年末も大慌てでですね、その発表の作業をやっているときにメールが来たのが司会者(=真鍋氏)でございまして、丁度小平市の市会議員でしたが4ヶ月後に改選が迫っていまして、「もうこれで議員を辞めたい」というふうに言っていたんですね。
で、ずっとですね、「馬鹿な事をするなと、議員を続けろ」というふうに言っていたんですが、そしたら「何か手伝う事はないか?」というメールが来たものでですね。
「これは辞めさせた方が良い」と(笑い声)言うふうに思いまして、それじゃ一緒にやってくれないか?と。
それから5年間こういう事になりまして、まぁ、いう事でございます。
その、だから全く分らないです。
私の邪心かもしれませんが、その時点で何らかのものがあって んじゃないか?という感じがします。

同様の事を感じたのはそれ以外にも何回かあるんですが、もうひとつ非常に印象が強かったのは増元さんが参議院選挙に出たときです。
最初、自民党の比例区と言う話がちょっとありまして、そのときには何でもなかったんですが、その後で無所属で東京選挙区となったときのブレーキのかけ方はですね。
ちょっと異常だと思えるくらいのかけ方をされました。
それでも結果的にやり通したのは候補者の信念があったからだと私は思うんですが、そういう事もございまして、何かその時その時でですね。
全部説明しているわけにも行かないんですが、一体何でこんなに拘るんだろう?と言うときがいくつもございました。

それはさっきの現代コリアの話とも近いんですが、あるいは何らかの権力との距離感によるものではないだろうか?という感じが致しまして、現在もいろんな問題をですね。
私は結局そこから来ちゃっているんじゃないだろうか?と私は言う感じがしてなりません。
最初からそういう一定の距離感を持ってやっている運動であれば、そういう事にはならないんじゃないだろうか?と。
まぁ私は中にいて、渦中にいるわけではないですから、こうだと断言は出来ないんですけども、見ていて感じるものはそういうものだと、そういうと政治力学上の問題だというふうに言えることもあるのかもしれない。


★真鍋専務理事

はい、有難うございます。
皆さん、気をつけてください。
1本のメールが人生を大きく変えることもありますので(笑い声)気をつけましょう。

じゃあ、最後の質問ですが、今の拉致被害者救出の運動の一言で言うと、ごたごた状態を解決した、上手くできた。
いろんな意味でですね。
その後の運動の全体像をどのように今描いておられるのか?
具体的には行方不明の上の方に「新たな緩やかなネットワーク」という事を提言されているわけですが、もっと具体的にですね。
このネットワークの運動の進め方と言うもので、どんな戦略を描いておられるでしょうか?

★荒木代表

はい。
我々の活動も含めて全体で一番抜けているのは、社会運動で言うとやっぱり草の根の部分が抜けてしまっているのではないか?と。
特に9.17以降やはり目立つところに皆行くようになってしまったので、地道な活動が、もちろん皆さんがそれぞれやってくださっているんですけども、そこに対する視点が欠けて来ているのではないか?と言う気が、私は致しております。
だからまぁ、そういう意味で言うと集会も出来るだけ細かい集会をやって、今まで来たこともなかった人、あるいは関心がなかった人、場合によっては敵対的だった人に対してもですね。
少しでも説明が出来るような場を作る努力をしていく事が必要ではないか?と。

それから我々調査会という立場で、調査機関と言うことでは我々がもっと努力をしてもっと情報を出して、そして情報をマスコミの方を通じて知って頂くという事によってそれが関心を呼ぶことになる。
そういうものが相乗効果を起こすことだと思います。

それから政府の中と言う意味で言えば、政府のともかく総合的な方針を「変えさせる」と。
「変えてもらう」じゃなくて、「変えさせる」と。
これは私は絶対に必要なことであって、そこが出来ればですね。
おそらく全体が動いてくると思います。
この国の官僚機構はそんなにアホではありませんから、優秀な人はたくさんいるわけでそれが動けばですね。
非常に効果が上がる。

で、今政府がやっている広報活動・啓発活動、それはそれでいいけれども、しかしやはり優先順位から言えば、もっとやらなければいけない事が当然あるはずでございまして、そちらの一般的な啓発活動なんかはですね。
もっと、これは民間がやったって十分出来るわけでありまして、この間戦略情報研究所の講演会で話していただいた稲川さんが作れば十分、それで政府よりいいものが出来るわけでございますから、それで済むんじゃないか?と。

政府はやはり政府じゃなければ出来ない事をやってもらうべきである。
政府でなければ出来ないことと言うのは、一体何か?といえば、やはり国家主権の侵害と言うものに対してですね。
国家の機関が正当に立ち向かうという事でございまして、これは私は第一の視野に入るべきは自衛隊でございます。
拉致問題から第一段階から自衛隊・防衛省というのは、やはり本当に徹底して外されて来ています。
今、何人か入っていますけど、ほとんど脇役の役目しかしておりません。
普通だったら絶対にありえない話でございまして、それをさせるということが必要でございます。
で、私自身も予備役でございますので、そのときは召集をしてもらってですね、働かしてしてもらうと。
まぁこういうのは自作自演という奴でございますけども、やはりそういう事で政府は政府でしか出来ない事を、民間は民間でしか出来ない事を、そして出来るだけ細かい、地に足の着いた事をやっていくと。

それから我々自身がともすれば忘れがちでございますけども、社会運動と言うのは基本的にはですね。
皆がやるときにやるものじゃなくて、やらないときにやるものでございまして、皆がその気になって動く時であれば別に動かなくったっていいんですね。
皆が動かない時に動くものであって、ですからつまり全体から言えば、出来るだけ日の当たっていないところにですね。
日を当てるという努力をする事がやはり必要ではないだろうか?と。
ちょっと抽象的な言い方かもしれませんけども、結局そこに尽きるのではないだろうか?と言うふうに思います。


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