2007年03月07日

07.2.12 質疑応答 南越谷集会(8)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『質疑応答』

★質問者1

生まれて初めて、新年の金正日の新年のサンシャ(?文字表記不明)、社説って言うんですか?
共同社説って言うんですか?演説って言うんですか?
あれ良いなって、翻訳だけ読んでいて。
今月号の月刊現代で佐藤優さんと鈴木琢磨さんが対談の中に、彼のサンシャの金正日の言葉の中に「黎明」という言葉に非常に反応しておられたんですよ。
何か、朝鮮戦争のときにやっぱり同じような言葉が出て来たと、ひょっとしたら今年、北の攻撃あるのでは無いか?と。
ただ外務省はこの分析を全然していないという事を佐藤優さんが非常に憤慨しておられて、「何かコメントないですかね?」と言ったら鈴木琢磨さんが「ラスプーチンさんにお教えする事は無いですよ」と答えていたんですけども。
なにか、先生そういう事があるんですか?

★回答 萩原遼氏

いえ、金正日が何か武力挑発とかね。
いう事は全然ありません。
そんな力、全くありません。
あったら中国自身のシナリオのぶち壊しやから絶対にそんな事やらすわけがない。
また彼が単独で南を攻撃したりとか日本に何か撃ち込んでくる。
今までは一応公海にぶち込んでいるけど、仮に沖縄にぶち込んだ。
そんなことをしてみろと、そりゃあ、あの国消滅ですよね。
だからそんな事ありません。
力もありません。
だからそれは大丈夫です。

★質問者1

武力ではなくても今、ピンクじゃないですか?どちらかと言うと、お隣の国が。
もっと何か、日本を含めて総連を含めて日本に情報戦争をどういうふうに仕掛けてくるんでしょうか?

★萩原遼氏

いや、何の力もないです。
そんなの有り得ないです。
何かありますか?例えば。

★質問者1

いえ、ありませんけど先生の目からからごらんになって。

★回答 萩原遼氏

特殊部隊を送り込んでくるとか?そんな事有り得ないやん。
あったら良いじゃないですか。
我々日本、喜んで及ばずながらも何でも撃退しますよ。
そりゃあ、日本人舐めたらあかんぞという事で。

★質問者1

じゃあ、総連自体も力が無いんですか?

★回答 萩原遼氏

力が無い。
あんなもの、僕らのあれで叩き潰すところまで来たじゃないですか?
まさか、何にも出来るわけないじゃない、そんなもんね、大丈夫ですよ。
それはむしろね、怯えないことが大事なんですよ。
彼らに、来るなら来い!と。
こちらはもう静かにね、静かなるあれでね、断固たる姿勢でね。
そんなもう怯えて右往左往しているから向こうが付け上がるんでね。
我々は何一つ怯えることもなくて、持てる力でね。
持てる最大限の力でね。
抵抗すると言うのは、これはもう自衛権と言うのは国の権利ですから、大丈夫です。
僕が言うても何の力も無いわけですけど。

★質問者 野口孝行氏(北朝鮮難民救援基金)

すみません、あのですね。
「拉致問題の解決なくして国交正常化は無し」というのが日本の立場ですよね?
で、最近その以前はその通りだと思っていたんですけど、最近僕が思い出したのはもちろん拉致問題の解決は大前提なんですけど果たして拉致問題解決して、まぁおそらく金正日の政権が倒れない限りは拉致問題は解決しないと思うし。
例えばじゃあ首を挿げ替えて中国がプレッシャーを与えて、仮に拉致問題が解決したとするじゃないですか?
そうすると3兆円規模の賠償金が行くと。
これって果たしてあげちゃっていいのかな?と言う思いがあるんですね。
そういう戦争賠償金をあげて良いのか?

何でか?というと、確実にあの国の体制・体質が変わらないとまたその賠償金を使って核を開発するかもしれないし、何か日本に対して悪い事を考えているかもしれない。
そしてさらにそれがその後ろ盾に中国がいたときに、果たして日本はそんなお金を手放しであげちゃっていいのか?という心配みたいのがあるんですけど、その辺はどう思いますか?

★回答 萩原遼氏

核をせよって、そしてそれを枕に寝ないと安心できないって言うのは、まさに金正日なんですよ。
彼が、チャウシェスクがルーマニア革命で民衆に射殺されたあの悪夢をね。
ビデオで見て、それで人民が蜂起したら殺されると、それでずっと核に突っ走っていくわけなんですが、その特殊なね。
極めて臆病者の正日と、それを皆がそうだというふうな事をちょっとね。
距離を置いて考えていただきたいのは、元々金日成が核を開発したけれどもあれほどね。
金正日ほど怯えなかったんですよ、金日成はお父さんの方は。

ところが息子の正日って本当に臆病な奴でね。
だから核を必死で握っているんだけど、あの男を除去すればもう少しマイルドな、それでマイルドなと言うのは厳しい査察と各施設の完全廃棄ですよ?
廃棄した後でなければ、もちろん米朝も国交を結ばないし日朝だってね。
そんなものね、核のあるいは凍結と称してやね。
重油をやったのがクリントンの大きな誤りだったんですが、徹底的な寧辺の査察もして完全に廃棄した後、国際的に核はもう一つもありませんと、核なんか無いと言う状況になって初めてお金が渡るわけなんですよ。

それでなければ絶対に核も拉致も解決せずにお金だけ先に渡す。
とんでもないことで、それをね、野口さん。
野口さんだってまず真っ先に査察で行くじゃないですか?ね。
で、僕もば〜っと行きますよ。
どないにかプロが何百人も入りますから、そういう連中が日本からも数百人行くし外国からも数千人行くしね。
その連中が徹底的に北の人民と協力して、あそこに隠してるここに隠してる言うてね、人民も立ち上がりますから。
それをね、力を合わせればね、僕は残さず暴かれると思いますから、それをやった後の話なんですよ。

★質問者 野口孝行氏

そうじゃなきゃ駄目なんだと?

★回答 萩原遼氏

そう、そうなんです。
そうじゃなければね、そんなビタ一文やれない。
だからまず拉致のご家族がね。
先頭に立って収容所なり彼らの集結場所、まず真っ先に乗り込むのは皆様方ですのでね。
そういう日をね、是非気になさらずに野口さん、別に強制収容所に入らんように頑張ってください。(笑い声)
いや、そんなことで宜しゅうございますか?

★質問者2

先ほど萩原先生、お話の最後の方でですね。
向こうに帰国事業で帰った50万人の朝鮮人の方々をもう一度こちらに受け入れるんだという事を仰いましたよね?
確かにあの方々は騙されて向こうに連れて行かれたわけで、わかります。
それは筋だとは思うんですよ。
ただ、北朝鮮に行って何年くらいですか?40年くらいになりますよね?
こっちで定住して日本国民になってもらうためには、物凄い職業訓練とかコミュニケーションの取り方とか、色々やらなきゃ、三浦さん(=北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の事務局長・三浦小太郎氏)がよく帰国した人に脱北して来た人に「あんた、最低限日本語覚えなさいよ」って言ってるらしいですけども、いう事をやってあげなければならないと思うんですよね。
ただでも、それをやると50万人の人を受け入れて、日本が多国籍、多民族国家になる覚悟が必要になると思うんですよ。
今の日本人の多民族国家になる覚悟があると萩原先生はお思いになりますか?

★回答 萩原遼氏

そこがね、○○さんね。
これからの問題で難しいものが色々ありますがね。
皆さんもご存知のようにね、50年後には日本の人口が1億人を割る日が来るんですよ。
毎年100万人ずつ減りますから、ず〜っとこれからね。
そうしましたらね、50年後には9900万人くらいになる。
経済的な活力が当然落ちますよね?
そしたら小さな日本で行くか?あるいは今1億2千7百万の大きな日本で行くか?と言う選択をね。
今まさに迫られているんですよ。

そしたら仮にですよ。
女性が子供を産まないのは、これは世界の先進国の態勢ですから、そしたらね。
今例えばフィリッピンから看護師さんを入れるのを問題になっていますね?
日本が従来型のサービスって言うんですか?看護師さんや、それからケアの方や何とかやそういう人手が足らなくなる。
どうしても否応無しにどっかの国から持ってくると言ったら言葉悪いですが、来ていただく。
それはね、どうしても必要に、今なっているんですよ。
それをね、日本国民が要求するのか、そのように要求しないのか。
それを「老々介護で行きます」というふうに国民のコンセンサスが得られたら、今のままちょっとずつ人口減って1億人割っても「日本だけでやりましょう」と、それは日本国民が決めることなんです。
これがまず一つね、これが大前提。

やはり流れとしては外国人労働者を入れるね、方向に今動きつつあると。
と言う中で在日の人たちは最も近い外国人なんですよ。
在日朝鮮人の子供・孫・ひ孫、今もう4世になっていますからね。
この方々は日本に対する憧れが非常に強いんです。
皆物凄く日本に行きたい・帰りたい言うのね。
それはあの国が余りにも酷いから日本の物は何でもね。
こんな汚い例えで悪いんですがね。
「日本の物なら犬の糞でもありがたい」と言う言葉があるんです、北に。
それほど日本の物がありがたがられている。

という事は、彼らはね、最も良質の労働力となり得る。
そりゃあね、外国人を入れたらそれはもう言葉が通じない、イライラで喧嘩になる、すぐに何やかんやごたごたが起きる、それは当たり前で、どこの国でもヨーロッパでも何十年も前からそれでやってるわけでしょ?
日本もようやくそういう時代に、○○さんね、入りつつあるという事なんですよね。
それは国民の結局コンセンサスがね、どっちへ向かうのか?
僕は大勢として外国人を受け入れざるを得ない。
中でも在日の方が一番近い。

それでね、50万全部ここに連れて来いって言うんじゃない、一旦原状回復しなさいという事なんですよ。
一旦日本の土を踏ませて、3ヶ月か半年ね。
我々や在日にも親戚はいるし、それからベトナム難民のときに作った施設もまだ残ってるし、それからバブルのときの遊休のホテルやなんかが一杯、リゾートやなんやであるでしょう?
もう今、閑古鳥鳴いていますよね?
そこに10万やそこらは受け入れる施設はあるらしいんですよ。
ありとあらゆる施設を、そこで半年でもおって、そして選択は自由にしなさい。
やっぱり北が良いと、言うたら北に帰りなさいと。
その代わりまた舞い戻りたくなったら来なさいと。

往来の自由と言うのは、今世界どこでも同じじゃないですか?どの国でも自由に行けるわけでしょ?
だからそういうふうに○○さんね。
一旦、拉致された人を原状回復するというのが原則ですから、一旦ここに連れて来いと。
それで後はその人たちの自由意志によって、「やっぱり北朝鮮が良い」と言う人もおるんですよ、結構。
・・・(聞き取れず)来てるっていうでしょ。
「日本は冷たい、北に帰りたい」って言うてるんですよ。
「じゃあ、なんであんた来たんだ?」とここから出かかるけど、それを言ったらおしまいなんでね。
「向こうに帰りたい」って言う人いるんですね。

まぁ、いろいろです、人間。
せやから、まぁ○○さん。
ともかくね、これはね、拉致の方はね。
とにかく無条件に取り返すのと同じようにね。
北朝鮮と朝鮮総連に騙された人たちを一旦ここに戻せと、原状回復しなさいという事を申し上げたいわけなんです。

★質問者2

惰性で入れちゃ駄目ですよね?

★回答 萩原遼氏

それはそうですね。
その点では小太郎さんもそうだし、僕らもね。
力の無い我々がホンマに苦労し抜いてます。
まず言葉を教えないかんでしょう。
大変ですよ、言葉が分からんから。
それで言葉を覚えてもろうて、今度は就職先を探さなあかん。
若い人もおるからね。
おじいさんやおばあさんはいいんだけども、40代の人はね。
仕事は本当にこれ頭痛いんです。
だから僕は29日からまた大阪行って、その人の就職先を探すね、そんな仕事をね、私も細々皆でやってるわけでね。
まぁ、○○さん、色々援助してくださいよ。(笑い声)
まぁ、お願いします。
なんか、二次会があるらしいから、その時で。

★質問者3

萩原先生、今日はどうもありがとうございました。

★回答 萩原遼氏

いえいえ、どうも雑駁な話で。

★質問者3

それでですね、これから救う会とか一般の市民・国民とかがですね。
運動できる事は今までの他に何かあるのかな?と思いながらも聞いていたんですが、その点をお願いします。
その中にですね。
だってメディアと政府にもっと違った形で説得力のある正確な、市民・国民にしか出来ないような働きかけをしたいなと思うんですが、その辺をもしこういう事こういう事が出来ますよという事があったら、余興でお願いしたいんですが。

★回答 萩原遼氏

それは古藤さんが、日頃古藤さんや加藤さんやそれから金子さんがお考えのことですよね?
ですからむしろ、そういう日頃運動を担っておられる。

★司会 古藤勝次氏(埼玉県東部の会)

あの、最後まで言い続けるしかないんじゃないか?と。

★質問者3

そうですよね。
地道ですけど、署名活動なんていうのもいいですよね?
これ、いろんなところにお話頼み込んで数千万名くらい集めるくらいのね。
そうすれば効果ありますよね?

★回答 萩原遼氏

そうですよね。
そもそも署名から始まったんですものね。
横田さんご夫妻なんかがね。
その事を思えばね、今地道な、すぐには結果は出ませんけどね。
しかし、あれが基本じゃないでしょうかね?

★質問者3

先生のお話聞いて、だいぶ希望が見えて来たんです。

★回答 萩原遼氏

ありがとうございます。
それとね、さっき横断幕立派なのを作っていらっしゃるでしょう?
大平さん(=特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)なんかこうやって、ああいうのをね。
いろんな集会の度にね。
「私たちは拉致された者の家族です」という、こういう事をね。
行く先々やそれから街頭でもね。
ああいうのをおやりになったらね、そりゃあ物凄く効果があるんじゃないか?と私は思ったんですが。
本当に立派なね、川口の方は本当に立派なお仕事をなさっていると思っていますので、是非。

★質問者3

12月でしたっけ?
その・・・(聞き取れず)の駅で署名活動したんですよね、横断幕をもって。
結構関心のある人、多くいますよね。

★回答 萩原遼氏

本当に、田口八重子さんのね、国民的シンボルになっておられますのでね。
本当に不幸な形でとはいえ、そういう国民的に知られておりますので、是非ご家族の方はですね。
一つ力を発揮していただきましたら、僕らが励まされるわけですからね。
是非よろしくお願いいたします。

★質問者3

はい、ありがとうございます。(拍手)

・・・集会終了・・・
posted by ぴろん at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

07.2.12 萩原遼氏3 南越谷集会(7)南越谷サンシティにて

 第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『萩原遼氏(ジャーナリスト・北朝鮮研究家)の講演 その3』



それと、燃料供給地として、地下資源、豊富な地下資源を、中国が、ごっそり持っていく段階になっています。
もう一つは北朝鮮が使ってる日常生活用品の8割は全部、中国製。
僕は、『赤旗』という共産党の新聞の特派員をやっていたとき、焼き肉の炭、『炭ないかー』って言って。(炭のことをスッチーっていうんですよ。スッチー)『スッチーないか、スッチー』『いや、スッチーしらん』もう、言葉自体無くなっていたんですね。炭なんか、すぐできるわけなんだけど。それが作らせないんだから。つくっていない。

炭がないから焼き肉、石油コンロ焼くんですね。焼き肉、石油コンロでは、まずいですよ。
そんなわけで、みんな中国からのもので、なんでも。
風呂どうしてるってきいたら、中国から、なんて言ったかな、あれ、日本でも、一頃あったでしょう?こんなカーテンで四角なお風呂、簡易風呂。シャワーないから。簡単な風呂のない家が使う、昭和30年頃、日本にもあった。何て言うのかな、あれ。冬でも、夏は、たらいで行水できるけど、寒いから。みたいなの。北朝鮮の連中は使っているんですよ。

つまり、事ほど左様に中国の物がいろんな形で入ってきて、要するに商品の市場としても北朝鮮は中国のもうけ口。地下資源でも、べらぼうに儲けてる。物流基地としても非常に有効になっているということは、限りなく植民地に近い状況にあるということみなさんに理解してもらいたい。

僕が何故、これを言うかというと、この問題と、拉致の問題が、非常に北朝鮮の問題が、非常に重要な関係にあると言うことを言いたいんです。

何故か?
中国が北朝鮮に本格的に進出して、経済進出、それから、資源の供給地、それから物流基地となるには、何がいるのか。
鉄道がいります。道路がいります。港がいります。飛行場がいります。それから他に、インフラといわれる経済基盤。道路、それから電気、鉄道、港、飛行場。飛行場も今一つか二つだけやけど、あと10〜15どうしてもいりますよね。

そのお金を、一体、どこから取ってくるかというということで、中国は、自分のところで精一杯だから、北朝鮮にあるわけがない。日本からは3兆円から6兆円の経済協力資金が、国交正常化すれば、お金が向こうにいくわけです。一番欲しがっているのは、中国がほしがっている。ということは、日朝の国交正常化を早くやれと、そして、早く金を取れというふうな圧力になって、今その圧力が、すこしづつ、すこしづつ、すこしづつ、狭まっております。いずれ、中国が首をすげ替える時が必ず来る。何故か?日朝の、国交正常化の最大の難問は拉致です。【拉致解決成しに、国交正常化なし】、これはもう、安倍さんも言っている。自民党も、もし、これを言わなくなったら、その首相の首が飛びます、みなさんがいる限り。絶対そんなこと言わせません。


だから、日朝国交正常化の、最大の前提は、金正日を排除することでなければならない。何故ならば、拉致は、奴さんが、やったわけだから。だから僕は首をすげ替えろと。何のメリットもありません、中国にとって。中国がこの、正日を抱えている以上、自分たちの、北朝鮮の経済基盤整備をやることが出来ないんです。『これ、こいつ(正男)に、もう、変えろ』と。『変えたってあんた方の腹は何も痛まないじゃないか』ということを、僕が主張しておりますが、ごまめの歯ぎしりですから。英語版作ったから、こんどもう一回、中国語版を作って、中国語版持って、僕、北京に乗り込みます。これ、胡錦涛に読ませるんです。『胡錦涛さんにも渡してくれ』って。どうしても、実は中国語版翻訳やってるんですよ。

これはね、萩原遼の孤独な戦いやけどね、これ、結構世界を動かしてるなー。これ、韓国語版出ました。去年でまして。これ出たっていうか、向こうで勝手にやってね。『萩原先生、出来ましたーー。』って。『何が出来た?』『翻訳できました』ってね。もう一方的でね、いい加減な連中でね。韓国の連中ていうのは。ま、なんていうか、アホですわ。(会場笑い)ホンマ。アホですわ。僕が冗談ばっかり言ってるから。『おまえら、アホや』いうて。それが、『出来ましたー』ていうからエライ元気よくやってきたわけ。

それがね、『萩原先生講演に来てください』っていうから、『何日、大丈夫でしょう!』向こうで決めてるんですよ。しょうがない行かざるを得ないから、僕はもう、韓国語しゃべってないから・・それでも、『1時間しゃべれ』っていうから、1時間しゃべりましたよ。そうしたら、『萩原先生、10年前に先生の講演聞きましたけど、韓国語ヘタになりましたね。』(会場笑い)はっきり言うんじゃないよー って言ったんですけど。そんなわけで、これ出来まして、韓国でね、右翼が集まってるんですよ。戦争記念館、朝鮮戦争記念館、右翼がえらい、いっぱい集まってるんですよ。それは、たいしたもんでした。
だから僕、『こういうものは、小規模でやるもんだよ。』言ってやったんですよ。(会場笑い)

そんなこともあって、これ作ったでしょう。英語版も作ったでしょう?
お金ないのいね、300万円集める予定が、200万しか、集まらなくて・・・・お志が、ある人は、今からでも、一冊15ドル、1500円。
外国人に、欲しい人には奨めてください。まだ、3〜400冊残ってます。

今中国語版作っています。『首すげかえろ』と、『はやく』ということで、私なりの孤独な戦いをやって、今年中に中国語版作って、中国の北京に乗り込んで、みんな、説得して。もうええかげんせいと。

それでね、みなさん、本当にはらわた煮えくりかえると思うでしょうが、ひとつね、子供が、10ヶ月経たんと生まれんように、うちわで扇いでも、早く生まれるわけではないので、一定の時間が必要だから。タイムテーブルをちょっと申し上げます。さきほども、相当時間がかかるとおっしゃったけれども、こういう段取りなんです。あとで、討議でいっしょにね、また、みなさんね。

ちょっとねこういう風な状況なんですよ。
ブッシュ大統領もう何の力もありません。レームダック。既に、政権末期の無気力状態。次は、ヒラリーさんになるか、オバマさんになるかと言う状況で。今年の12月には、韓国の大統領選挙がありますが、さっき野口さんがおっしゃいましたが、『たいしてかわりばえないよ』と。韓国は、全く、おっしゃるとおりで、たいして力ありません。どっちがでても、Aさんがでても、Bさんがでても、にたりよったりで、代わり映えしません。何の力もない。

次は、ヒラリーさんがでるのが、2008の12月ですね。これまで、おあずけ。アメリカの大統領が、きまるまで、もう、ブッシュは何の力もない。ヒラリーさんが、次ぎに何をするかというと、おそらく、クリントン大統領が、2000年丁度にですね、あの方は北朝鮮と国交を結ぶ寸前まで行きましたが、時間切れで。米朝の共同コミュニュケと言うのを出したんですよ。国交正常化、やりますと。ところが、その一ヶ月後、ブッシュがとおって、もう、全部チャラになりました。だから、ご主人のビル・クリントンさんの残した仕事を、たぶんヒラリーさんは受け継ぐだろうと。

となると、2008年の12月の大統領選挙。翌年の2009年2月が就任式、いつも、あの国は、どういう訳か、えらい寒いとき、みぞれが降って、寒い寒い時期ですが、その2月にヒラリーさんが、かっこよく登場します。6ヶ月はお勉強です。何にも知らんから。お勉強します。2月から六ヶ月と言えば、8月のバカンスあけ、動きがあります。だから2009年にかなり大きな地殻変動的動きがあるというのが、私が見るタイムテーブルですので。

そのときまで、ぼくらはじっとしてただ拝んでいるしかないのか?、とんでもない話で。僕らがやらないかんことは、ものすごく、力持ってるということなんです。

さっき言いましたように、日朝国交正常化を真に望んでいるのは、実は中国なんですよ。
中国の方から、圧力かかります。日朝国交正常化をやろうと、本格的に動き出すのも、中国が、2008年8月のオリンピックが終わった後なんです。終わった後になったら、少し余裕が出てくるから、朝鮮半島の根本解決に向かいます。

だから、2008年の8月のオリンピックと、12月のヒラリーさんの当選と、その辺を超えた後に地殻変動的動きがある。それに備えるために、1日も早くそれを実現させるために、僕らはじっと遊んでいるわけにはいかない。こういう地道な集会を、至る所で開いて、やはり、みなさんの声を常に届けること。これですね。これを忘れずに、もう、へこたれずに、諦めずに、『あいつがやらんから、おれらも』とか、人のせいにするんじゃなくて、誰がやらないところから、ここまで盛りあげたじゃないですか?みなさんが。

政府はそっぽむく、警察はそっぽむく、誰も彼も聞いてくれない中で、だれがここまで持ってきたかと。
僕は、生まれて初めて、南越谷、きました。ド田舎ですね、ド田舎でこれだけ熱心に、せっかくのお休みの日に、こういう風に集まって、ご家族の方を先頭に、それを、みんなが、支えてる。特定失踪者からも難民救援基金からもいらして、本当にみなさんの温かいお気持ち、これが愛国心じゃないですか。人に教えられるんじゃなくて。(拍手)
人に教えられて、『あなたが教えてくれたから、愛国心とはこんなものですかー』、『けっこうなもんですなー』とかそんなもんじゃない。
みんな、こうやって、同胞を救おう、可哀想な人たち、家族が引き裂かれてどんなに辛いか、その気持ちを我が痛みに感じる人がこれだけたくさんいると言うことが、僕は素晴らしい事だと思いますから、みなさん希望を捨てずに、へこたれず、頑張りましょう。

僕はおととい70になりました。もう何にも怖くない。
暴力団がきたら、僕が先頭に立ちます。命怖くないんだから。
何にも怖くない、何時死んでも良いんだから。

幕末の林子平、皆さんご存じでしょう?幕末の大政治家、林子平。
あの人が、『七無斎』って言ったんですよ。
参考リンク
※「六無斎」の誤りか

なんで、「七無斎」かっていうと、

 〜親は無し(二親×2)、妻無し、子無し、版木無し(木版)、金もなければ、死にたくも無し〜

親は無し、二親いるでしょう。妻無し、子無しでしょう、版木無しは、江戸時代の本は、木版ですってたでしょう。
版木を幕府に取りあげられたんです。貴重な開国兵団という版木が失われたんですが、ところが、たまたま、そのあと出てきて。ある人が密かに持っていて、今日岩波文庫で読めるわけですからね。
この林子平の「七無斎」。
僕は、『親無し、妻無し、子無し、版木あり』なんですよ。
これがあります。金も無ければ、死にたくもなし、これは似ていますが。

僕は、六無斎」っていってるんですよ。六つの無い男。
ですから、命は全然惜しくないし、足引っ張られる孫もいなければ、子供も、嫁さんもいないから、好き勝手にやってますよ。
みなさん、僕にどんなことでも持ち込んでください。どんな問題も、持ちこんでいただいて、結構です。対応します。なんでも対応します。北朝鮮と命がけで闘うのなら、僕は何でも引き受けますから。みなさんも、是非お気持ちを発散させて、時間はかかりますけど、希望ありますから、ここまで盛りあげてきたんだから。

最後にひとことだけ。朝鮮半島に、いよいよ、根本的な地殻変動が起こります。何故か?朝鮮戦争というものが、もう戦争が終わって、今年で53年たつのに、まだ、休戦協定なんです。戦争を、ちょっと休んでいる状況なんです。朝鮮戦争が、終戦になっておりません。
終戦になっていない。ここに、38度線が常にごたごた、ごたごたする原因があって、金正日のような冒険主義者が、ちょっと核を振り回したら、また、その辺が右往左往する。政府レベルがが右往左往して、走り回っている。あんなものは、何の焼くにもたたんと僕は言っている。ただの時間稼ぎに過ぎない六カ国協議。こんなものは、単なる時間稼ぎ。

そこで、六カ国協議に拉致を取りあげてくれようが、くれまいが、そんなこと関係なく、日本人は、日本人として、徹底的経済制裁をやって、あいつら、きりきり舞いさせているのは、日本の世論なんですよ。マグロも禁止したでしょう。金正日の贅沢品、全部禁止したでしょう。女性のパンティもあかんと。下着も一切贅沢品入れてないでしょう。

あいつの神通力というのは、要するに贈り物戦術なんです。女性には、高級下着や香水ね。そいで、己は、築地のマグロや北海道のいくら、なんとかのウニね。地中海のオレンジ、オレンジを10個買うのに飛行機飛ばして、買いに行ったり。とにかく、それに対して、一番効いているのが、アメリカの金融制裁と日本の万景峰号なんですよ。もう徹底的に締め上げると。僕ら、やることたくさんありますから。何も、六カ国協議でやれ取りあげられなかったからどうのこうの、それは、外務省のバカどもが言っているだけの話で。我々はそんなこと、一喜一憂する必要はありません。徹底的にこういう小集会をやって、そして締め上げて、そして、関連の朝鮮総連の関連者を一人一人、しらみつぶしに洗い出して、そいつを、もう逮捕するというところまでいかんと、拉致は、ここでやられたんだから。日本が日本は、材料いっぱい持ってるんだから、だから、僕らの調査力と、特定失踪者(問題調査会)がやっているような、野口さんたちがやっているような事を徹底的にやることによって、僕らが・・・。

地殻変動的に動いたときには、休戦協定が、平和協定になる日が来ます。
そのときは、南北にまっぷたつに割れます。割られたら、ええんだと。おまえ等バカだから割られるんだと、僕は、韓国の連中に言ってるんです。北朝鮮は中国の属国になりつつあります。その属国の奴隷になろうとしているのが韓国ですから、二人そろって、仲よく中国の属国になれば良いじゃないかと。我々は独自の道をいくんだと。

そういうことで、アメリカと中国が朝鮮戦争終結しますね。終結した後は、アメリカが北朝鮮と国交を結びます。その前には、正男を連れてくるか、別な奴を連れてくるか、とにかく金正日は消えます。はずします。

そのときに、拉致は堂々と、部隊にのぼります。全部、500人全部取り戻すということを堂々と主張できますから。その代わり、国交(正常化)にはしかるべき必要な賠償金は、払って当たり前。
それは、拉致の見返りとか、身代金という意味では全然ないですよ。
それを解決しなければ、俺たちは、びた一文出さないんだという堂々たる態度で臨めば、その日が、必ずここに二〜三年でね、僕は、地殻変動あると思います。僕が、ヒラリーさんに一種の期待をかけてるのはそれでもあるんです。

その時に、500人かえってきます。10万人の在日朝鮮人も、全部連れてこいと。その子孫たちが、50万います。それも全部連れてこいと。その人達は、もとここから出て行った人たちなんだと。ここから騙されて出て行って、夢やぶれて、ひどい目にあった人たちを、全部僕らが受け容れられないわけがないんですよ。終戦直後の、あの苦しいときに、300万の外地の引き揚げ者を迎えた。200万景峰号の兵隊を迎えた。もう食うや食わずの日本がね、そう言うことをやった経験もあるんだから。ベトナム難民を1万人救ったことも、経験としてありますから。50万ぐらいの、在日の人たちをみんさんも、温かく迎えていただきたいと。それが、拉致をも解決する
道でもあると思いますので。みなさん、一緒に頑張りましょう。これで終わります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストはblue-jewelさんの手によるものです。
posted by ぴろん at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

07.2.12 萩原遼氏2 南越谷集会(6)南越谷サンシティにて

 第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『萩原遼氏(ジャーナリスト・北朝鮮研究家)の講演 その2』



こういうね、これ、宣伝ビラなんですよ。これね、見やすいから、こんな白い紙だけど、もとはこのビラなんですよ。ぺらぺらのビニール。ビニールに裏表びっしり。

   〜ビラの内容〜
   愛する北の同胞の皆さん、もう一度考えてみましょう。
   金日成は金正日に殺された。
   金正日国防委員長の女関係・・ (会場笑い)

なんとかかんとか・・いろんな小さい情報がね・・
ここに、山の中でこれが秘密のアジトでしてね。トンネルみたいに真っ暗なところが、ざーーっとあるんでね。『ここはなんですか』って聞いたら、『ここは農業をやってはいけないところなんですよ。』と。だけど、小屋を建てれば、そこの農地だけは、開墾して収穫することが出来るというんで、要するに農業を偽装して、何やってるかというと、これ、こればっかり作ってるんですよ。(くしゃくしゃに丸めたビラをみせて)これを、印刷したのをこんなに(くしゃくしゃに)やってるもんだから、『なんで、こんなくしゃくしゃにするんだ、読みづらいじゃないか』というと、『違う』と。『固めてやると、固めて落ちる。』と。

さっき言ったでしょう。ヘリウムガスでぶわーっとあげて、上空に行って30分後にぼーんと破裂するんだって。そいでバラバラと落ちる。ところが、それが重なってあると、重なって落ちて、そのままもっていかれちゃう。だから全部こうやって、みんな、ぐじゃぐじゃにして、そいで、四散するように。ぶぅーーっと飛ぶように。おばさんがみんな、四人ぐらいで、ぐわーーっとやってるんですよ。ぐわーーっと、ビビンパ練るみたいに、ぐわーーっとやって。それを詰めて、みんなでガスをぶーーっと入れて、それで、ばーーっと飛ばして、それを15回やりました。それでね、もう、『ちゃんと飛んでいけよー、ちゃんと届けよー』と。 僕も喜んで。そんなことをやって。

それを、特定失踪者問題調査会は今やろうとしているんです。

 (特定失踪者問題調査会が、韓国でテストして、韓国のセイガダイにおちたこと、韓国政府にはやめろと言われていること。どこから飛ばすかなど、杉野さんとの会話)

   萩原さん:大統領官営の真上に落ちたと、それはあかんな、(会場笑い)
   杉野さん:韓国政府からは止めろといわれているんです。

それでね、これをね、『紙の爆弾はサイルよりもっとすごいんだ』と、このイミンボクさんが言ってるんですよ。これが本当のその通りでね、何でかというと、彼は、こういうふうに言ったんですよ。

『闇が濃いければ、つまり、もう漆黒の闇、真っ暗闇のところは、マッチ一本でも明るく感じるでしょう?』と。『北は今、正にそれなんですよ。何にも情報がないから、マッチ一本の火が明るく感じるように、このチラシがですね、いかに大きな威力を発揮するか』というて。

これはね、一枚だけど、もう一つは、金日成の写真を入れてるんですよ。写真入れたら、向こうの法律で《丁重に奉らなければならない》という法律があるんですよ。だから、ばーっとやって破ることも出来ない。お尻に敷くことも出来ない。ポケットの入れることも出来ない。丁重に奉じなければならないから、恭しく持っていかなければならないんですよ。それで、関係機関に申告しなければならない。それでその間に読むじゃないですか?(会場笑い)

そこ、上手いことやってましてね。考えているんですよ。ま、あの手この手でね。それが何の意味があるのかというと・・要するに、私の考えでは、金正日と人民とを引き離すこと。引き離せというのが私の意見で。。

それで、引き離さないで・・先ほども、武力攻撃と言うお言葉も、出ていました。お気持ちはよくわかります。もうイライラ、みんな、いい加減腹立ってるから。一発噛ましてやろうと。それをやればやるほど、人民が、金正日のまわりに団結するんです。日本の野郎が我が国に武力攻撃をしようとしているとか、アメリカが今にもパトリオットだ、イージス艦だといって攻撃しようとしていると言うと、今まで金正日の悪口を言っていた国民までが、我が国を守らなければならないと団結してしまうんです。それは、もう逆なんです。そうじゃなくて、逆に切り離す。切り離すための何が良いのかというと、それが、正に、この紙の爆弾なんですね。金正日は父親を殺したんだなんてことが、みんなものすごく興味深く読むわけですね。だから、僕は、あの国に情報を入れる。徹底的に情報を入れる。

情報がないから、国民がうその報道、嘘の宣伝、嘘の口コミで、みんな惑わされて、金正日になんだかんだ言ってついて行ってる。
これを断ち切らなければならない。それで、僕も、腹に据えかねて、それで書いたのがですね、これ。文庫本になりましてね。私は一塊のジャーナリストで力がない。そやけど、ジャーナリストのやれる分野もまだたくさんあります。

この中心課題はね、《金正日は、父親金日成を殺した》 (?)クウェスチョン付けてますけど。それから、《200万、300万の人民を餓死と称して殺人行為を行った》 3つ目が、《金正日は、核危機を演出することによって、反政府に向かってくる、反米に持っていった。》 腹が減った、食料くれと言って国民が、おこりますね、それを、核危機を、わざと、上空に飛んでいる衛星通信のスパイ衛星で、写させて、核製造をわざと見せつけて、つまり反政府に向かうところを反米に持っていった。

この3つをですね、これ書いたんですよ。それで、これをどうしてもアメリカ人にわからせたくて、もう、お金のない私が英訳本作ったんですよ。一冊、欲しい方にあげますから。

アメリカ人に一目でわかるように
   
   金日成は、金正日によって殺された?
   金正日は、200万ないし300万人の人民は、飢餓を装って餓死殺人された。二番目ね
   三番目、核危機は、反政府に向かうのを、反米にすり替える術策であった。

この3つを、アメリカにね、ぱっと見て直ぐわかるように、持って、僕は、去年の7月いっぱい、アメリカで走り回っていました。
ライス国務長官、ご存じでしょう。よく漫画になる。黒人で、漫画にしたら面白い顔のおばさん。あの人にどうしても読んで欲しかったんですよ。その人に一番接触している、マイケル・グリーンという補佐官。ブッシュの補佐官、半年前までやっていた人にあったんですよ。この人、日本語ものすごく堪能でしてね、上手ですね、『何処で勉強したんですか』って言ったら、『静岡に二年いました。』なんて。『東京大学にも4年おりました。』って。それは上手いはずですよね、6年いれば。

彼に、萩原さん:『あんた、ライス長官と親しいだろう』
   マイケルグリーンさん:『非常に親しい』
   萩原さん:『絶対これ、ライス長官に渡してくれるか?』
   マイケルグリーン:『絶対渡します』

彼はね、彼が乗ってきたのは、『二番と三番は判っていたが、一番は、これは知らなかった。』というわけですよ。金日成は、息子に殺されたというのは。『なんでそうなったんですか』といきなりのってきたんですよ。

そこは、日本の知識人は、(知識人たくさんおるから、差し障りあるかな?どうかな)知ってて知らん顔をします。知って知らん顔します。アメリカ人は、非常に直接的、直裁というか、直ぐに乗ってくるんです。『これ知らなかった。どういう事ですか』と。二時頃だったんですが、『今日はこれで引き上げて、早くこれを読みたい。』と言い出して。

結局、そのマイケル・グリーンが40冊、これ引き受けてくれました。全部ただで配ったんです。あなた20冊、あなた20冊といって。300冊持っていって、それで、政府の要人、それからむこうの北朝鮮研究者、全部配ってね。

『とにかく、あなた方、こいつと、いつまでだらだら、だらだらつきあっているんだ』と。
『こいつをはずせ』と。『はずして、次ぎに変わる者を持ってこい』というのが、私の主張なんです。

これ、私、正日相手にする時代は去ったと、そういうこと、いろんなところで言い出したらですね、そうしたら、私の主張が、こんな形で世論になりつつあるんです。『首をすげ替えろ』と。『金正日の首を長男の正男にすげ替えろ』と。僕がとは言わんが、僕のあれが、効いたと思うんです。

今まで、『後継者が誰だ』、みなさん聞いたことがあるでしょう?高英起(コ・ヨンヒ)という二番目の奥さんとの間に、高ジョンチョルというね、割合背の高い、いい男がおるんです。24〜5で。その弟が、コウヨンウンという、これはずんぐりむっくりの、親父そっくりの体やけど。あの、長男はね、お母さん似の非常に細面の、これが本命だというて、日本のマスコミやら、専門家と言う人が、ジョンチョルだ、ヨンウンやというて。僕が、『そんなこととんでもない。後継者決めるのは中国だよ、中国にいる正男だよ』と言ったら、僕のあれ以来、ぴたりと止みました。そいで、こういう線で落ち着きつつある。

何故か、これも、今朝の新聞だけど、ばっちり写真が出てるんですよ。ご覧になった方もあると思いますが。
これ、正男ですね、北京の正男です。2001年に、成田に来ましたでしょう。女性同伴でね。
(会場から他の新聞にも載っていると言う声)日経にも、朝日にも、じゃぁ、今日一斉に載ったんだ。

正男はね、今、中国と、北朝鮮はどういう関係になっているかというと、一口で言えば、『属国』です。『属国』。
これは、興味のある方だけ。僕はね、初めてね、産経が出してる正論にね、『中国の属国化する北朝鮮』というのを書いたんです。そしたらね、えらいね、日本の専門家たち・・毎日テレビ出てて、勉強できるわけないんですよ。だから、同じ事、ばっかりいってるでしょう?だから、『萩原さん、一回ぐらい、テレビ、出てくださいよ』ていうんですけど、『いやー、僕は、御免被る』ってね。僕は、テレビでね、一回朝鮮総連批判やったら、テレビから総スカン食らって、『あいつはやばい奴だから、生で絶対出すな』と。『もう、いらん』と、こっちから断ってるんですよ。

《中国の属国化する北朝鮮》 と言ったら、どういうことかというと、みなさん、ちょっとね、この界隈でも、被害があったと思うけど、マンホールのふた、消えてますね、どぶの鉄のふた、消えてますね、それから、電線、そこいらの工事現場の。電線がごっそり盗まれている。頻々と起きている。何処に行ってると思います?

中国に行ってるんですよ。全部中国に行ってるんですよ。ということは、中国が窃盗団を組織して盗っていっているということを言っているのではないんですよ。中国の経済発展が、もう急激に進んでいるために、値段が高騰してね、みなさんの理解のために、ちょっとご披露しておきますが、これも、東京新聞、千葉でも側溝のふた、きれいに消えています。百何十枚。あっちもこっちも頻々として起きている原因は、銅がですね、これ、住友電工の社長の松本まさよしさんという人が言ってるんですが、『銅が約二年前までは、一トン30万円前後でしたが、今は、80〜100万です。』たった二年で三倍でしょう。そこに原因があるわけですよ。

朝鮮戦争の時には、年配の方は、わかるでしょうけど、特に高く売れたのは、真鍮、銅(あかがね)、もっていけば、それから鉄くず、持っていったら何処でも買ってくれた時代がありました。それを上回る事態になっていると言うことは、中国の経済発展が、ものすごく発達してきていて、よその国のどぶ板までもっていく。

それが、中朝関係にどういう影響を与えているかというと、中国は、川一つ隔てた北朝鮮が、実は、地下資源の宝庫であるということは、前からわかっていたんだけれど。ところが、中国が、そんなに経済発展が、ここ10年ぐらいで、経済発展が、高まるとは、おそらく、みなさんも知らなかったでしょう?今日10年ぐらいで、こんなになるとは思わなかったでしょう?それがこうなっている。もう、急激なんですよ。

そこで、目を付けたのが、実は北朝鮮だと。
北朝鮮の地下資源というのは、これは、日本が植民地にしていた頃から、膨大な地下資源があるのは、もうよう判っていたんです。調査もちゃんとあります。その地下資源がどれだけの量かというたら、 日本のお金にしてですよ。日本のお金にして、183兆円。タングステンは、世界一。タングステンと言ったら、劣化ウラン弾、装甲車や戦車をどーーんと貫く、すごい鋼(はがね)の弾ね。これに欠かせないのが、タングステン。これが、世界第一の埋蔵量ね。それから、世界四位の埋蔵量は、モリブデン。これも、兵器には欠かせない。モリブデン、これが世界四位の埋蔵量。そんなものが、川一つ隔てた目の前にあるとわかったから、もう急激な北朝鮮進出をやっているんです。

白頭山って聞いたことがあるでしょう?白頭山のそばに、茂山(モサン)というところがあります。埋蔵量15億トン、これも世界最大とは言わんが、東北アジア最大の鉄鉱石の鉱山。これをたった、9億ドルで買い取っているんです。50年独占。

それから、港はね、ラジン。帰国船が、着く港が、清津(チョンジン)の港と言う港。清津と言う港、ここが、満州を日本が持っていた頃の巨大な不凍港なんですよ。凍らない。だから、年がら年中、船が出入りしている、真冬でも船が出入りする。その上に、ラジンというもっと良い軍港があるんですが、ここを、50年、中国は買い取りました。買い取ったおかげで、旧満州の穀倉地帯で、大豆、小麦、よくとれます。それを、日本海に直に流すんだって。日本海に。

今までだったら、汽車でね、大連まで、延々1500キロ持っていって。そして大連から積み出して、上海とか、四川省のね、大消費地に向かうと。それが、なんと、こっちの、日本海にでて、釜山におろせばね、もう半分以下の運送費と日数が、短縮されると。ということはね、中国は、去年輸送の関係で、一千万トンの穀物を全部、腐らせているんですよ。一千万トンですよ。すごいでしょう。五億トンの中の一千万トンだから、中国は、たいした額じゃないと言うが、そう言うのを腐らせる事が無くなるんですよ。
だから、物流の基地に、そのラジンという港が、こんどは香港に変わるように、香港に匹敵する、大はぶ港になると言う状況が、今あります。

・・・その3へ続く・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストはblue-jewelさんの手によるものです。
posted by ぴろん at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

07.2.12 萩原遼氏1 南越谷集会(5)南越谷サンシティにて

 第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『萩原遼氏(ジャーナリスト・北朝鮮研究家)の講演 その1』

Img_2621.jpg



名刺も持たずに失礼いたしております。
私の所属団体は『北朝鮮帰国者の命と人権を守る会』と申しまして、60年代に沢山の方が、在日の方、日本人妻の方が『地上の楽園に戻ろう』という美しいことばで、北朝鮮に大挙、10万人近くが、帰国と称する−−まぁ、拉致だと私は言っているんですが−−(北朝鮮に)帰国をされました。

この方々が、もう、ひどいめにあって、銃殺されたり、強制収容所に送られたり、いろんなひどい目にあって、その消息が、密かに手紙やなにかで伝わって参りまして、ぼくらも、もう放っておけないということで、こういう団体を作りまして、今日まで12年間、始めは結成集会は、150人、「たくさん来てくれたな」と思ったら、50人が総連の暴力団。みんな殴られて、めちゃくちゃにされて、横断幕引きちぎられて、マイク引きちぎられてね、大変な中で、結成集会やりましてね、代表の小川晴久さんが、東大教授がですね、結成宣言読み上げるときに、みんなが、がーーっと押しかけてきたもんだから、ぼくらが、老兵がスクラム組んで、小川さん守って、小川さんは、天井向いて首しめられて、『結成宣言!』というのをやった。そんな中で、もう争乱のなかで暴力で、朝鮮総連の暴力とのなかでやった。あいつらは、暴力で、僕らをやっつけることはできないという、最初の先鞭をつけたんです。

だから、今みなさんが集会やっても、総連はこんでしょう?来たら、僕が、皆さんの前に立って、『おまえら、なんだ!』ってやりますから、こっちだって、適当に暴力ふるいますから。(会場笑い)
その団体の名誉代表やっておりますから、ちょっと名刺も持たずに、失礼しておりますが。

このぼくらの団体は、野口さんの団体と提携して、もうすでに、130人返したんですよ。日本に130人帰ってます。(拍手)

おととい、関西の事務所がありまして、山田文明代表のご自宅を二部屋、我々の事務所代わりに、こういう方々が来たら、いつでも、その晩から泊まれて、という、74のお母さん、41才の娘さん、2人脱出して無事関西につきまして、僕らの事務所で、その晩歓迎集会やって、そしてお風呂にちゃんと入ってもらって、『もう夢のようです、45年ぶりです。』といって、日本妻が帰ってまいりまして、それを僕は見届けて、それで、古藤さんのこの集会に、夕べ遅く駆け付けてという、こういう段取りです。

とれとれの帰国者が、今二人。
これは、野口さんのほうの難民救援基金のね。こういう連携なんです。
野口さんは、体をはって、中朝国境でやって、ご自身も捕まってひどい目にあって、日本に送ってくださる。その人達を僕らは受け取って、そして定着支援して、まず生活保護をとってあげること。それから、日本語ほとんど判りません。74のお母さんがたどたどしい、日本語がわかります。、、もう、ほとんど忘れてる。娘さん、41、可哀想に、電球を作っているフィラメントを何か、ガソリンを蒸発させて、その蒸発したガソリンが目に入って、片目がほとんど見えない。気の毒なんです。劣悪な北朝鮮の人権無視の工場の実態の、そういう方を、もう一人一人一本釣りで、僕らが日本に呼び寄せて、祖国で、とにかく幸せに、最後の晩年。。あるいは、子供さん達、孫、若い子もいます。ものすごい優秀な子供がいまして。

みなさん喜んでください。たった一年で、大検。三科目通ったんですよ。日本語一言も判らなかった子が、大検、去年の12月に。そいでその子に、今、24才の娘ですが、みんな、どうしても、東大に行かせたいというてね、みんなで一生懸命やってるんですよ。まぁ、東大じゃなくても良いけど、入って。そういう事こそが、僕は、真の国際貢献だと思いますので、(拍手)

藤田進さんの従兄弟の、大平さん、是非申し上げたいのはね、いろんな情報もってきていますから、必ず、拉致の人たちにも、良い影響をもたらします。

今、ひとことだけ。まだ、表に出してないから、みなさんに言うて、あとで僕がどっかから怒られるかもわからんから。
こういうことがあります。日本にいた固定スパイ、わかりますね。それは、拉致専門にずっと調査して、そしてそれを本体の北の工作員に知らせる。・・する。日本にいた固定スパイ。僕らに回り回って、こんな情報伝えてきてる。万景峰号の上には、家族訪問だとか、在日朝鮮人が乗って、船底には拉致した日本人がおって、拉致して連れて行って。「それを担当していた人から、自分は聞いた」って言ってるんです。だから、17人と政府は言っているけど、17人どころではないんですよ。ま、それでその人の話では、『私は、拉致は500人以上と思っていますよ』と。

ですから、そう言う状況の中で、それは、腹が立って煮えくりかえる思うでしょうが、これは、何というても、日本の政府は、見て見ぬふりをして、万景峰号を自由自在に入れていたんです。そこに、根本的問題があるわけでね、ようやく国民の厳しい目が、政府にも向かって、政府も好き勝手に出来なくなったと。そう言う状況にありますから。事態は少しずつですが、発展していますから、みんな、希望を持ちましょう。希望を持って、絶対に、諦めない。

今日も新聞見ておって本当にむかついたのはね、女たらしの、自民党の議員いるでしょう?福岡から出ている・・会場から『ヤマタク』・・ヤマタク。それが雑誌かなんかに書いてる。『日本は拉致ばかり言うとると、バスに乗り遅れるぞ』と。なんちゅうこというんやと。あの男、僕は、もうみなさん、はっきり言いますけど、女との絡みの写真を撮られてるんですよ。だから、あいつは、それを脅しにされてるから、北が来いというたら、もう、飛んでいかなならん状況にあるんです。そんな奴が、何をいうかと。みなさんのように、一生懸命、やってる人に、ご家族の神経をですね、逆なでするようなこというてね、それで北の代弁しとる、変わりに言うとる。そんな馬鹿な奴がおるから、私たちの運動に水をかけて水をかけて、やってるんですが、ようやく彼も、化けの皮、剥げますから。

それでね、みなさん北朝鮮に観光に行くというのは、絶対行かないでください。どういう事になるか?ホテル着きます。ドアあけます、真っ裸の女性が、ばっとでてきて、ばっちり写真とられています。それが切り崩しなんですから。絶対に北朝鮮に観光であってもいかんでください。今いかんでください。自由と民主主義が回復したときに、なんぼでも、僕が旗もって、せいじょう軍よろしく、僕行きますから、どんどん後付いてきてください。そう言う日が、必ず来ますから。今は、観光ぐらいいいやろ、というたら、必ず(そういうことになる)・・。ヤマタクは、下半身が緩い人ですからあれだけどね。みなさん堅固な人でも、やられるんだから、絶対、いかんでください。そう言うシステムつくってるんだから、絶対いかんでくださいね。

そこで、これを一冊売ったら、500円、お金がはいる。僕にじゃない。ぼくらの運動に入ってくる。これを売って僕らは活動資金作ってます。これ700円。これで500円儲かります。なんでそんなに安いんだ?原価200円。これね、ボクが韓国に行って、韓国で作ってるから。原価200円。500円は、飛行機代、滞在費、なんとか。こどもの教育費、どうしても、月三万いるんですよ。どうしても、日本語教育に。そんなお金にかけてますから、絶対買ってください。私の本は、買わんでも、これは、買ってください。

Img_2626.jpg

それで、ちょっとみなさんに、ご紹介しておきたいのがあるんですが、こういう新聞がでているのが、東京新聞、今日、これいいですよ。これほんとによく出ていますよ。今日ここに這ってあるかとおもったんです。(2月11日東京新聞朝刊:北朝鮮拉致の現状)良くできてます。東京新聞、関東六大紙だから、どこかで、もらって、壁に貼っておきましょう。広い壁がある人、貼っておきましょう。一目瞭然。あとでみてくださいね。
北朝鮮拉致の現状、何人、どこから、田口八重子さん、田中実さん、全部出ています。救う会独自認定の7人。
藤田進さんはでてないのかな。。。いずれにしましても。。
で、この中に、ばっちり書いてるのは、特定失踪者問題調査会の事務局長の荒木和博さん、ばっちり書いてますから。荒木さんが良いこと言ってるんですよ。

『現在日本は、対話と圧力との方針の下に、拉致問題の解決を目指している。しかし、今の政府には、拉致が安全保障上の問題であるという視点が決定的に欠如している。拉致被害者の中には、かつて曾我ひとみさんがそうであったように、政府も私たちも気づいていない人が、まだ多数いる。それらの人達も助け出すには、あの体制を変えてしまう以外方法はない。』そこまで言ってる。『拉致は、北朝鮮という異常な国家のみならず、それを知っていながら放置してきた日本という異常な国家のコラボレーションである』共同作業ね。『この問題の全貌が明らかになったとき、日本の戦後史は必ず書き換えを迫られる。』と。ここまでね、明確に荒木和博調査会代表はおっしゃった。素晴らしいメッセージであるし、これほど、力強いメッセージは、もうないと思うんですね。

一般の新聞が情報が少ないのは確かですが、良心的な記者もいっぱいいますから、そう言う方々も、社内で色々な制約の中で頑張っておられるということを、ひとつみなさんもご理解いただいて評価もしてやって欲しいと思います。

もうひとつ、これも、みなさんのご紹介したいと。
僕は、朝日も毎日もやめました。東京新聞だけ取ってます。これは、今朝駅で買いました。

〜PPMの歌の記事の紹介 萩原先生が、この対訳を朗読〜

SONG FOR MEGUMI

めぐみに捧ぐ歌(対訳)産経新聞2月12日記事より

  めぐみ何か話して。そしてもうすぐ私のそばにいるって言ってほしいわ。
 あなたのいない明日がずうーっと続くなんて思うと
 哀しみの涙があふれます。

  あなたは、まだ若い乙女なのに全ての夢を砕かれたのよね。
 そして別れの挨拶どころか何の言葉も無くいなくなったの。

  めぐみを私に返してください。
 荒ぶる大海の向こうより力の限り魂を叫びなさい。
 私の心なら必ずそれが聞こえるから
 そしたらあなたは家に帰るのよ。

  めぐみ、こっちに来て、あなたはどこに。
 風の中にあなたの声が聞こえます。

  めぐみを私に返してください。
 荒ぶる大海の向こうより力の限り魂を叫びなさい。
 私の心なら必ずそれが聞こえるから
 そしたらあなたは家に帰るのよ。
 私に返してください。私のめぐみを。

この歌が、近く、なんですか、この新聞によると、ポールさんは17日に来日して、18日には都内のライブハウスで横田夫妻に歌を披露すると、こうありますので、みなさんも何かご都合がついたら、行ってあげてください。

それじゃ、私の話に入りますが、昨日の産経新聞を読んでいたら、三面に『拉致解決へ風船作戦』、これは、杉野さんやってるんですね。
   〜〜(記事)
   特定失踪者問題調査会は、10日、韓国の民間団体の協力で、北朝鮮の国境近くの島から、

北に向けて、拉致被害者へのメッセージを大量に付けた風船を3月に飛ばす計画を検討している。〜〜

(杉野さんに)昨日発表になったんですか?
〜〜会場から、『昨日の講演会で、荒木さんのほうから、その話がありました』

キリスト教の北朝鮮人権協会ですか、韓国のキリスト教団体と提携していると言うことでね。

そして、調査会は、今しおかぜね、さっき話が出た、短波放送しおかぜ。これにね、僕らの脱北者も3人でてね、12月11日に朝鮮語と日本語でやったんです。日本に脱北者した人が、『私たちは日本で幸せに暮らしています。皆さんも是非、金正日のあれを打破して、どんな犠牲を払っても日本にたどり着け』と、『私たちが必ず迎えるから』と力強いメッセージをしおかぜでやらせていただきました。ありがとうございました。

それで、僕が申し上げたいのは、この連携プレーがじつに素晴らしいと言うことを、この連携プレーが実に素晴らしいと言うことをみなさんに申し上げたい。みなさんに、国際的連携について、申し上げたい。

これ、脱北者の青年なんですよ。雰囲気だけでもわかってください。朝鮮語の韓国で出ている新聞でね。
イ・ミンボクという農業専門家。この人は、農業の専門家で、ずっと北朝鮮で活動していたら、北朝鮮の農業の不振の原因は、集団農業にあるんだと言うことがわかって、それを金日成に進言した。つまり、個人農業にしないと、集団農業では誰も働かないし、誰もいい加減な仕事しかしないから、『これは元に戻すべきだ』と言ったら、『おまえは、韓国のスパイだ』と言われて、身辺に危険が迫ったので脱北した方で、今ね、何やってるかというと、風船飛ばしてる。僕も、『萩原さん一緒に見学するか?』っていうので、『僕も行く、行く』と言って、ソウルから車で三時間、地図は、ここに残念ながらないね。(朝鮮半島は)ウサギのような形しているでしょう。丁度38度線が真ん中でしょう。38度線の東側が江原道(こうげんどう)という道ですね、この江原道の山奥に、山がずーーとあってね、そこにね、ワゴン車にヘリウムのボンベを10本ぐらい積んで、山また山の山道を、ずっーーと三時間ずっと行って。それで、いよいよ、設営。『今日は風向きが良い』と。

風向きなんですよ。朝九時に電話かかってきたのは。そいで、ばーーっと行ったんですけどね。『今日は風向きが良いから、行くぞー!』と。ヘリウムでね、これぐらいのね、人間すっぽり入るぐらいのね、ようするに、八岐大蛇みたいな、15〜6メートルのぶぅーっとビニールの風船なんですよ。そこにヘリウムガスをブーーっと入れてね。それを僕らが持ってる訳なんですよ。それで僕も体が軽いから、ふーーっとつり上げられて、三メートルぐらい浮いて、『このまま、萩原さん、北朝鮮にいくつもりか』と言われたくらい。。(会場笑い)で、僕の足をみんなで押さえてくれたから。(会場笑い)ゆーーっとあがるんですよ。人間一人つり上げられる中に、何をいれとるのかというと、これを入れとるんですよ。

・・・その2に続く・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストは、blue-jewelさんの手によるものです。
posted by ぴろん at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月01日

07.2.12 特定失踪者家族 南越谷集会(4)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『特定失踪者家族の訴え』



★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)

こんにちは、はじめまして。
私「拉致問題を考える川口の会」の鈴木と申します。
現在拉致問題は大変困難な状況を迎え、解決にはかなりの難しい局面を迎えているんじゃないか?というふうに思います。
いかなる状況下にありましても、終始「北朝鮮に拉致された日本人を救出しよう」と、この言葉ほど私ども家族に取りまして、なんとしても心強く大きく胸を打ち、お力添え・ご支援をいただきます事は私どもの精神的な大きな支柱になっておりまして、本日はお休みの中をご来場いただきました会場の皆さん。
このような催しをご準備いただきました救う会東部の皆様方に、この席をお借りまして厚く御礼を申し上げます。

「川口の会」の立ち上げにつきまして若干お話させていただきたいと思います。
拉致被害者・田口八重子さんが17歳まで住んでいた地元町内会からの発信でございまして、田口八重子さんの家族と当初より支持・支援をいただきました行政とによりまして、「田口八重子さんを救う市民の会」として発足し、その後本籍・住居・勤務先等大変川口市に関わりの深い特定失踪者家族が加わりまして、家族・市民・行政と三位一体となった会の特徴から「拉致問題を考える川口の会」として、定期的な署名活動、ビラ・チラシの配布、会合、集会等においてのアピールと言う活動を継続しまして現在に至っておるわけでございます。

一方、私の弟も特定失踪者でございまして、先ほど来、杉野専務の方からお話をいただきました拉致事件の全貌の解明、失踪者の拉致の疑惑の有無、さらに拉致被害者の救出活動を支援されておる特定失踪者問題調査会に届出をしまして調査を依頼して参りました。
先ほどお話がございましたように特定失踪者と言いますと、公開・未公開者を含めまして460名。
それと埼玉県内でどれくらい特定失踪者がおるか?と言いますと15名。
15名のうちの6名が川口市に関係でございます。
これよりちょっと田口八重子さんのご家族、それと特定失踪者の私どもの家族もこちらにお邪魔していますので、ちょっと紹介をさせていただきたいと思います。
じゃ、すみません、ご家族の方こちらにお願いします。(会場脇に控えたご家族が登壇)

拉致被害者・田口八重子さんのお兄さんです。

Img_2611.jpg

★飯塚進さん(田口八重子さんの次兄)

(拍手)みなさんこんにちは。
私、田口八重子の2番目の兄の飯塚進と申します。
八重子が生まれ育った地元・川口に住んでおります。
八重子が拉致されましてから四半世紀もとうに過ぎて、まだ一向に話の進展が無く、いつになったら帰ってくるのやら本当にいつもいつも八重子の事を思って心配しております。
どうかこれからも皆さん、よろしくお願いします。
ご支援よろしくお願いします。(拍手)

★鈴木智さん

田口八重子さんの右側から6名が川口に何らかの関わりのある特定失踪者でございます。
井上克美さん、この方は46年の12月の29日に、お勤めが川口なんですね。
川口の会社の忘年会を終えた後、友人と別れた以降行方不明という事でございまして、年明けにお子さんが生まれる間際だったという事でございますので、自らの意思あるいは何らかの事情によって自分からね。
家出をするとかあるいは何らかの事とついては考え難い、いう事でございます。

次に鈴木賢でございます。
私の弟でございます。
47年の5月の28日になりますけども、その年に就職した会社の春のレクリェーションという事でもって、奥多摩に行くという事で当時の自宅でありました三芳町藤久保の家を朝6時に出てます。
今年で35年になると思うんですけど、この間、何らかの音沙汰と言いますか風の便りと言いますかね。
そういう事すらなく、全くの音信不通で現在を迎えております。

次に藤田進さんのお従兄弟さんの大平さんがお見えになっていますので、大平さんの方から。

★大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)

こんにちは。
私は藤田進の従兄弟の大平と申します。
後ほどお時間をいただけるそうなので、その時に藤田の事を少しお話させていただこうと思っております。

★鈴木賢さん

はい、すみません。
丁度真ん中にいる方が新木章さんですね。
新木章さんは昭和52年5月の21日の日に、川口市の自宅から「外出をするよ」と言って家を出たまま行方不明でございます。

佐々木悦子さんのお母さんが見えてますので。

★佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)

皆様こんにちは。
いつもお世話になっております。
私、特定失踪者問題調査会の方でお世話になっております、佐々木悦子の母です。
よろしくお願いします。
うちの娘は結婚5年目でしたんですけども、埼玉銀行に勤めておりまして平成3年4月22日月曜日、朝出たまま。
銀行の方には行っておりません。
パスポートや免許証も家に置いたまま、社内預金なんかも全然手付かずのままで、後で免許証の書き換えとか戸籍の移動なんかも一切無く、何の連絡も無いんです。
私も娘が日本の土を踏むまでは頑張って頑張り抜いていきたいと思います。
皆様これからもご支援をよろしくお願いします。(拍手)

★鈴木智さん

石井久宏さんです。
石井久宏さんは、49年の5月の1日に失踪でございまして、100万円以上の営業資金を持ったまま自家用車で行方不明、いうことでもって現在まで何の消息もございません。

川口関係は以上なんですけども、こちらにですね。
生島さんがお見えになっていますので、どうぞこちらにどうぞ。
どうぞ、一言お願いします。

★生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)

皆様こんにちは。
私の妹・生島孝子は東京でいなくなりましたので、こちらの会には申し訳ないんですが、同じ特定失踪者という事で皆様に知っていただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。(拍手)

★鈴木智さん

今、田口八重子さんの写真と特定失踪者の6名の横断幕と、それから生島さんの紹介をさせていただきましたけども、私思いますのに特定失踪者が全部が全部拉致されたとは思っておりません。
がしかし、数人か数十人か数百人か分かりませんけども、北朝鮮で拘束され肉親を思い祖国を思って救出を待ち続けている、特定失踪者と言われている人が必ずやいる事は間違いの無い所だろうというふうに思っております。
北朝鮮にはたびたび日本は私どもは、いつもいつも騙され・試され・脅かされて全くこの状況をですね。
私ども考えて見ますと何ともやり切れません。
空しさ・歯がゆさ・悔しさ、このような気持ちを一体どこにぶつけたら良いんでしょうか?

ひとつは、私どもはやはりこの救出活動の歩みを止めない。
あるいは救出活動の火を消さない。
救出活動の炎を赤々と燃やし続ける事が一つではないか?と思います。
もう一つはやはり先ほど杉野専務の方からもお話がございましたけど、我々の世代でこの拉致問題を解決できなかったとしたならば、これは何と言っても日本の国の最大の汚点であり、この拉致問題を先送りする事がございましたらば、日本の最大の汚点として末代に亘って未来永劫残されていくんじゃないか?と大変危惧しております。

その為にもなんとしても我々の世代で、今年中とか来年中とか言っていますけども、やはり私はこの解決についてはかなりの長い道のりを覚悟をせねばならないと言うふうに思っております。
皆さん方に更なるご支援をいただきまして、我々としましても今まで以上にこの救出活動を加速させていきたいというふうに考えております。
本日はありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月28日

07.2.12 杉野正治氏2 南越谷集会(3)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事の講演 その2』



実はこの奇妙な共通点と言いますか、これは我々調査会が出来た年ですか。
平成15年今から4年前、調査会が出来て半年くらいのときに実は発表した事があるんですけども、当時は中々特定失踪者と言うのが注目をされていませんで、中々マスコミの方も食いつきが良くなかったんですけども、今年になりましてこういったものを発表しましたところ、少しずつ取り上げて下さっておられる。
捜査機関の方も、警察の方もかなり注目をして来ています。
いうことでございます。

こうした事は我々のみならずですね。
今言いました捜査機関でも当然やられていなければ、もしかしたらやっているかもしれませんが、我々は良く分かっておりません、どこまでやっておられるか?は。
という事でございます。
ただしこれは国内だけ、我々が出来うることの範囲内でございまして、我々国内だけの調査だけでは今後拉致問題の全容解明というのは当然出来ないわけです。

当然これから救出という事をすでに考えなければいけない時期に入っていると思います。
そうした事を考えた場合にですね。
我々北朝鮮からの情報収集という事を考えなければいけません。
皆さんご存知の方も多いかと思いますけれども、私ども「しおかぜ」と言う短波放送をやっています。
これは一昨年の11月から始めまして1年数ヶ月になりました。
この短波放送、実は北朝鮮から一番いいのは拉致被害者から直接の連絡が我々のところにあるのが一番いいわけですけども、現在のところそれはありません。
しかしながら北朝鮮内部で声は聴こえる。
聴いている人がいる、と言うところまでは我々把握は出来ております。

北朝鮮向けのラジオと言うのは我々だけでは無くてアメリカもやっておりますし韓国もやっておりますし、いろんな所でやっております。
それを聴いてくれると非常にありがたいと思っておりまして我々は今やっているわけですけども、情報という事から言いますと我々は中々今まで北朝鮮からの情報と言うのは受け取ることができない。
あるとすれば向こうの何とか放送のいい加減な放送をせいぜい見るしかない。

いう事なんですけども、しかしこの情報と言うのを我々が把握して、そして拉致被害者を救出するとするとき、例えば北朝鮮内部で何か異変があったときに我々が手を突っ込んで乗り込んで、誰がどこにいるか?と言うのを把握して、そして救出をしなければいけないわけでございます。
そうした場合にやっぱり情報と言うのは重要になってくる。
我々この「しおかぜ」、短波放送のラジオなんですけどそれを中心としてですね。
一応「しおかぜ」プロジェクトと名付けましていろんな情報を収集して、そして出来れば最終的には北朝鮮のどこに拉致被害者がいて、そしてどうやって救い出すか?
いう事をすでに考えなければいけないという事で作業を始めております。

その中の一つでですね。
ひとつはこの「しおかぜ」の役割はこちらからも情報を入れる。
ベルリンの壁が崩れたときも、最大の大きかったのはやはり西側の情報がどんどん入ってきた。
これによって東欧内部が緩んできたという事がございます。
そういう事を我々もやっていかなければいけない。
出来ればですね、個人的なんですけどガセ情報の一つでも流しましてですね。
金正日をちょっとうろたえさせたいという思いもあるんですが、そういったことで情報の流入、それから情報をどうやって入れるのか?いう事を一つはやっていく。

もう一つは、先ほど野口さんの話にもありましたように脱北者がどんどんどんどん流出している。
そこからの情報も我々取って行きたい、と思っております。
韓国内にたくさんの脱北者がおられる。
あるいは報道にもありますけど、タイにもたくさんに脱北者が今おられる。
1000人くらいと言うお話で、やはりタイ国境にもたくさんの脱北者が押し寄せて来ている。
こういったところから情報を取れないだろうか?という事で今我々はアプローチをしております。
中には日本にも行きたいと仰っている方も数人おられるそうで、そういった方にもアプローチして行こうという事で今作業を進めておる所でございます。

かなり雑駁な話ではあるんですけど、我々が今やらなければなりたいこと、これはもう救出に向けてどうやっていくか?という事でございます。
先ほど6ヶ国協議という事がありましたけど、野口さんからも韓国はそういう情勢だと。
アメリカですけど、アメリカの状況はですね。
頼りにしたいところは無いではあるんですれけど、アメリカもブッシュ政権非常にぐらついておりまして、一つはイラクに非常に集中をしなければいけない。
この間、兵力の増派ということもありましたけど、それをやっている片方でアメリカが北朝鮮を例えば軍事的にオペレーションをかけるという事は中々期待は出来ない、という事だと思います。

しかもこの拉致問題という事に関して言えばですね。
我々日本がかなり主導的になってやって行かなければならない。
国際的に圧力をかけるという事は当然ございます。
この間国連の高等弁務官のアマルディさんと言う方とお話をいたしました。
「国連として何とか北朝鮮に手を突っ込んでもらえないものだろうか?」と言うような質問がその場であったわけなんですけども、やっぱり国連と言うのはですね。
安全保障理事会で制裁決議が出れば別なんですけど、それ以外ですね。
国連が手を突っ込んでやるという事は、北朝鮮と言うのも一つの国とみなされているわけですから、その国の中に手を突っ込んであれをしろこれをしろという事は出来ない、という事になるようです。

拉致問題という事で言えば、なおさら「そりゃ北朝鮮はいかん」と、非難決議はすると思うんですけどだから何かをやるという事は中々出来ない。
国際的な信用を失うだけなんですけど、北朝鮮と言うのは元々国際的な信用と言うのはございません。
「あんた信用できないよ」と言われたからと言って中々それに従うと言う国ではございません。
そういう事を考えるとやはりこの拉致問題と言うのは日本人が、特に日本人の拉致被害者を救出するためには日本人が何とか頑張って取り戻すという事を考えるべきであります。

拉致被害者は現在12ヶ国に亘っていると言われておりますけども、その中で一番力がありそして救出が出来る国というのはやはり日本を置いて他に無いという事です。
これは日本だけではなくて、そういった国々をリードする役割を我々は果たさなければならない、と言うふうに思います。
冒頭ご挨拶で日本の国家と言うお話がありましたけど、やはりわれわれ日本と言う国、それが出来る国なんであります、能力としては。
しかしながら長いこと我々は同胞を、同じ日本人を拉致されてきた。

「それは国の責任だ」という事は間違いないんですけど、その時に国と言うのはただ日本政府と言うだけではありません。
我々日本国民全員という事であります。
拉致をされたのは我々日本人全員の責任でございます。
であれば、これを取り戻すのも我々国民一人ひとりの力であると思います。
何とか今年早いうちにこの問題を解決する。
その解決の一つ、というか最大の部分はあの独裁政権、金正日の独裁政権を倒すことにあると私は思います。

そうでなければ、我々は民主主義国家であります。
我々一人ひとりの力を合わせれば、たった一人がすべてを決めてそしてすべてを命令して、そして自国民を殺してしまうようなそういう国に我々負けるわけにはいかないんです。
是非ともそういう事を心に刻んで、まだこれからも頑張っていきたいと思いますので、ご協力をよろしくお願いします。(拍手)
posted by ぴろん at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月27日

07.2.12 杉野正治氏1 南越谷集会(2)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事の講演 その1』

Img_2599.jpg



皆さん、こんにちは。
調査会の杉野でございます。
今日はお招きを頂きまして大変ありがたく思っております。

今、古藤さんからもお話がございましたように拉致問題。
この問題、いわゆる家族会が出来てから10年経つわけですけども、全くまだ問題は解決していない。
私ども調査会ができたのが今からちょうど4年前でございます。
4年もこの問題をやっているとは私も思わなかったわけですけども、やはりそれだけ根が深い問題である、という事であろうと思います。
今日は私ども調査会の活動についてご説明をしていただきたい、という事でございますので、現在我々がどういう事をしているか?という事を話しながら、この拉致問題についてお話をしていきたいなと言うふうに考えています。

冒頭、ちょっとお話にもありましたけれども丁度6カ国協議が行なわれて、今日で終るような事を発表したようですけども、基本的には核問題について話し合う。
日本国政府もその中に何とか拉致問題を議題として、議題と言いますかテーブルに持ち出したいということは仰っておりますけども、これは枠組みとしては中々難しい問題である事はこれ間違いがありません。
拉致問題と言うのは基本的にはやはり北朝鮮と日本の問題である、と言うのが他の4ヶ国の認識であります。
じゃあ、日本と北朝鮮で協議が出来るか?中々出来ない。
いろんな所でキャッチボールを6ヶ国でやっているわけですけども、日本が投げる球を北朝鮮はキャッチしないわけですね。
ですからこの場で何かが出来ると拉致問題について何かが出来ると、中々期待は出来ないわけであります。

しかしながら、拉致問題だけを考えるとそうなんでありますけども、北朝鮮を攻め込んで行くにはやはり国際的な、やはり皆で力を合わせて追い込んでいくしかない。
その時一番有効な手立ては人権の問題なんですね。
北朝鮮の人権問題、拉致問題は当然のことです。
こちらの自国民を虐待している。
あるいは日本からの帰国者は、これはかなり昔から差別をされ、そして中には収容所送りにされている。
その強制収容所の実態というのも重要な問題であるわけであります。
こういった問題で北朝鮮を追い込んでいく。

人権の問題というのは、ある意味では世界共通の問題でありますし、しかも6ヶ国協議の議長国である中国も野口さんからお話がありましたように、非常に面映いと言うかこれで突かれると中国としてもあまり大きい顔は出来ない、いう事なんです。
そういう事で我々もいろいろな民間機関、難民救援基金や守る会あるいはRENK、そういったところと力を合わせながら、この問題を解決していきたいと言うふうに思っています。

我々の活動という事なんですけど、現在一つは昨年の秋からですね。
私どもマッピングリストと言うものを逐次公表を致しております。
毎月一回ずつ、一つか二つずつなんですけど、このマッピングリストと言うのはですね。
マップと言って地図と言う意味なんですけど、実は私どものところに今特定失踪者と呼ばれるリスト、460名の方がいらっしゃる、失踪者がいらっしゃるんです。
今日もご家族の方見えられているんですけども、この人たち、我々出来た当初からですね。
データを作っていくわけですけれども、明らかに共通点と言うのが出てくる、出て来たわけなんです。

私どもがこれまで発表した項目を簡単に申し上げますと、まず第一番目は目撃証言があった人。
これはかなり最近になってからなんですけど、北朝鮮の中で目撃証言のあった方と言うのを並べています。
それから朝鮮半島での失踪者、これは韓国なんですけども見つかったわけです。
それから医療関係、特に女性の方で看護婦さんでいなくなっている方が、かなりたくさんおられるという事でございます。
これ医療関係全部あわせますと、これ20名近くの方が460人の中でいなくなっている。

それから電話関係者、これはいわゆる電電公社の社員だったりとか、あるいは今生島(特定失踪者・生島孝子さんの姉)さんおられますけど、電話交換手をされていた方。
そういった方々が非常にたくさんいなくなっている。
それからアベック、それからご夫婦での失踪者。
これはなぜか1970年代に前半と後半に固まってポンポンと非常に奇妙ないなくなり方をされている、いう事でございます。
後半と言われますと、今帰っていられる蓮池さん・地村さん、それから鹿児島の市川さん・増元さんといったような方々ですけども、特定失踪者の中にもこの時期に非常にたくさんの方がいなくなられている、いうことでございます。

それから印刷関係者、これは最近でもちょっと話題になりましたけども、1970年を中心とした前後に印刷工あるいは印刷技術あるいは印刷の原版を作るのに重要な技術を持っている方、これがいなくなっています。
地域とするとこれは東京の東部から千葉にかけて、という事でございます。
それからこれは一緒くたなんですけど、原子力発電・核兵器・ミサイル開発、これは当然北朝鮮をミサイルあるいは核という事を見越して、というふうにしていたわけですけども、こういう方がたくさんいなくなっている。

中にはですね。
かなりご年配の方ならご存知かもしれませんけど、かつてはココム規制品というのが、対共産国主義国に輸出してはいけない品物と言うのがございまして、こういうのを作っていた日本でもかなり最高の技術を持っていた方がいなくなっている。
テポドンが飛んできて日本列島を越えて太平洋に落っこちた、という事がございましたけど、あの時はその失踪者の同僚の方が、「あれはあいつの技術でミサイルが飛んで来たんだよ」と言うふうに友達が言っていた、同僚が言っていた、いう事でございます。
そのくらい高度な技術を持った方がいなくなっている、いうことです。

それから失踪前後に不審な電話があったというような方が、これも非常に頻繁に見られるいう事でございます。
これはどういう事か?我々も中々図りかねるわけですけども、ひょっとすると拉致をした方が家族がどういうふうに感じているのか?探るために電話をして来たと。
あるいは、無言電話と言うのがあるんですけど、攫われる前に本人が「最後に一回だけ電話してもいい」と言われた。
それで無言だけど電話をして来た、という事かもしれません。
これは色々考えられるわけですけども、失踪直後に不振な電話がある。
これは割りと年数が下ってからもですね。
電話が本人、あるいは本人を知っている者から電話がかかってきたとしか思えない、と言うような電話が頻繁にあるということでございます。

それから後は年代的にですね。
例えば1980年代中盤あるいは90年代の初めに若い女性がいなくなっている、いうことがございます。
今日お出でになっております佐々木さんのお母さんでいらっしゃいますけども、佐々木悦子さんもこれに該当する方でございます。
それから学歴なんですけどもこれが非常に奇妙で、同じ中学校と高校だけに限定しますと14件の方が同じ中学・高校の出身でございます。
ここは埼玉ですから申し上げますけども、田口八重子さんと川口のご自宅からいなくなった新木章さん、この方同じ高校を卒業されています。
在籍は別だったんですけど後で同じ高校になっちゃったと言うパターンなんですけど、実はこういう同じケースが全国でも14件ある。
これは中学・高校だけでも。

サンプル数で言うと実は460件全部がお届けされているわけではありませんので、分かっているだけ300件。
300数件なんですけども、この中で14件が同じ中学高校を卒業という事で、これ統計的に見ても非常におかしな話でございまして非常に注目をしている。
大学の話、これはちょっとマスコミにも出てますけど、関西のある有名な私立大学ですね。
ここからはなぜか在学中に失踪した方を含めて8名の方がいなくなっている、というような奇妙な事が起きています。

こういったマッピングリスト、実はまだ完成していませんで逐次発表しておりますけども、例えば今日お手元に資料がありますけども消えた川口の7人。
あるいはさっき佐々木さんの話、あるいは新木章さんの話も出ましたけど、この地域的な問題ですね。
埼玉県の川口市、たくさんの人がいなくなっている。
我々がいわゆる1000番台としている方のこの中には、藤田進さん・佐々木悦子さん・新木章さん。
非常にですね、怪しいケースがこの川口には集中している。

あるいは西の方に行きますと神戸ですとかね。
そういった非常にこれも偶然とは思えないような失踪が相次いでいるという事でございます。
これはこれからも徐々にまた増やしていきまして、現時点ではまだ載っていませんけど近くHP上でも公開いたしますので、是非これご覧になっていただきたい。

・・・その2に続く・・・
posted by ぴろん at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月25日

07.2.12 野口孝行氏 南越谷集会(1)南越谷サンシティにて

第二回埼玉県東部の会 講演会
〜今年中に拉致被害者全員を救出へ〜
07.2.12 南越谷サンシティ2F 視聴覚室にて

『野口孝行氏(北朝鮮難民救援基金)の講演』

Img_2597.jpg



こんにちは。
北朝鮮難民救援基金の野口と申します。
本日は、こういう席にお招きいただきましてどうもありがとうございます。

私たちの団体は、脱北者を支援している団体という事で、日本とですね。
韓国にももちろん私たちみたいに支援している人たちはたくさんいます。
私自身3年前の12月ですか。
北朝鮮から逃げてきた帰国者の人を助けているというですね。
作戦をしている間に中国で捕まって、8ヶ月拘束をされたんですが、韓国にもですね。
もちろんそういう方たちがいます。
で、実際そういう方が中国で捕まった場合、どういう仕打ちを受けるか?と言うのをですね。
そしてまた、韓国と言う国はどういう対応を取るのか?というのをちょっと私の場合と、完全に同じ条件では無いので多少状況は変わってくるんですが、違いみたいなものをちょっとお話したいと思っております。

皆さんですね。
記憶にある方もいらっしゃるかと思うんですが、今から4年前ですね。
ですから、2003年の1月に煙台ボートピープル事件というのがありました。
その時はですね。
漁船を2隻ですね。
これを使って日本と韓国に1隻ずつ脱北者を中国から脱出させるという作戦がありまして、それで1月の18日に決行させる。
船を出航させる予定だったんですが、その未明に一網打尽にされてしまって約80名くらいの脱北者の人が拘束されて、その計画に関わっていた現地の主に朝鮮族の人たちと、あと首謀者とされた韓国人が拘束されるという事件がありました。

でですね。
これ首謀者という方が崔永勲(チェ・ヨンフン)さんと言うんですが、裁判を受けまして5年と言う刑を言い渡されました。
その後ですね、3年11ヶ月の服役を経まして、去年の11月にですね。
中国から韓国に帰って来たと、そういう流れがありました。
それでですね。
私は実は彼が拘束される2週間前に中国の煙台で会っていまして、「こういう計画がある」という事を実は聞かされていまして、「日本に1隻のボートが行くから」と。
もしか行って、日本の領海に入って海上保安庁等々に連絡をして、「受け入れをお願いします」と言うような事を僕らの方に知らされていて、それで実際に煙台で僕が会って、捕まったと。

今回韓国に帰って来たときに私が韓国に会いに行ったんですね、今年の1月、2〜3週間くらい前です。
で、色々話を聞いていくうちにこれは私のケースと凄い桁違いだな、という事で凄く驚きまして、まずですね。
彼が捕まって、もちろん韓国の領事が来るわけですね、彼に会いに。
そのカンショウ(?)に来たときに、領事の方が言うには「あなたは中国の法律を破ってしまったんだからしょうがない」と。
「これから裁判に行ってどういう結果が出るか分からないが、ここでずっと仕事もしないで寝起き出来るんだから」と、「ゆっくり休みなさい」と、「私も代われるものなら代わりたい」と、「私も忙しくて休めるものなら休みたいよ」と、そんなような言い方をしたらしいですね。

方や、私が捕まったときもすぐに領事館から人間が来まして、その時はですね。
「野口さん、心配しないでいいから」と、「日本の政府も一生懸命中国の政府と掛け合って、なるべく早く釈放されるようにこちらも動くから、大変だと思いますけど何か欲しいものがあったら今伝えて欲しいし、何か不都合があったら今言ってください」
まぁ、こういう感じでした。

それですね。
それから3年11ヶ月の間、彼は拘束されるんですが、出所になる2ヶ月くらい前から約1ヶ月の間ですね。
囚人たちが6人か7人か8人、寄って集って殴る蹴るの拷問を加えたっていうんですね。
それだけではなく、彼はキリスト教徒だったのでちょっとお祈りをする部屋が欲しいという事で、それは言ったらそれは認められて小さな部屋をあてがわれたらしいんですが、そこでお祈りをしていると後ろ、背後からですね。
その囚人の人たちが何人か来て、彼を羽交い絞めにして殴る蹴るをすると。

場合によっては彼を羽交い絞めにしてある時は、注射を持った医務官みたいのが来て注射を何回かされたと、いうこともあったようです。
その注射をするとですね。
とにかく意識が朦朧として記憶が無くなる感じがあったそうなんですね。
実際それが何だったのか?と言うのは実は分からないんですけど、彼が言うには実際韓国に帰ってきて、頭の調子もおかしくなったし、そういう暴行があった2ヵ月後に釈放になったという事を考えると、もしかしたらですね。
中国の政府が帰国が決まっている彼に対して、もうこいつ廃人にしちゃおうと。

廃人にすればですね。
実際どういう事があったのか?とかですね、どんな酷い事が現場で起こったのか?とか、そういう事をもしかしたらですね。
口封じしちゃおうとそういうような可能性も、深読みすればですね、あったのかな?というふうにも思いました。
私の場合は、刑務所ではなくて未決囚が収容されている監守所だったので、拷問みたいなものもありませんでしたし、そういった注射みたいなものもされる事はありませんでした。

その後、彼はですね。
去年の11月に帰ってくるんですが、最初に私のケースで言えば成田空港に着いたときには取材の方たちが来て、その後記者会見みたいなことを成田空港でして、そのまま帰ってきました。
その後は外務省の邦人保護課の方に呼ばれて、その時の状況ですね。
「どういう拷問をされましたか?」とかですね。
いろんなその、「体は大丈夫ですか?」とか、そういった事を聞かれるわけですよ。

方やその崔さんの場合なんですが、彼は空港に降り立って税関と言うか出口ですね。
ゲートを出ると搭乗口の迎えの人たちがいるところに出る前に韓国の警察が待っていまして、いきなり3年11ヶ月もそれこそ脱北者の人を助けようと思って一生懸命やっていた人にも関わらずですね。
「あなたには詐欺の罪がある、詐欺の容疑がある」と言ってですね。
「現行犯で逮捕する」と言って手錠かけられて連れて行かれそうになったと言う事なんですね。

それはどういう事か?というと、彼は脱北者を助けながら中国で事業をしていて、それは建設機器の部品の商社みたいな事をやっていて、どうやらいくらかお金を借りていたらしいんですよ、その事業のために。
それが確か200万くらいだったと思うんですが、借りていてもちろんそれは返すはずだったんですが、3年11ヶ月の間返せるわけ無いですよね?捕まってしまったんですから。
それを盾にですね。
「あなたは返すはずだったお金をこの間返していない」という事でですね、「これは詐欺だ」ということで逮捕されそうになったと言うんですね。
実際その逮捕状を良く見てみると、罪状なんかも身に覚えの無い事が含まれていたり、生年月日なんかもいい加減だったりしたらしいです。

そうするとですね。
中国の方も拷問をかけてですね、彼を破壊しようとしたと。
もうひとつ自分の国である韓国に帰って来てですね。
あたかも彼が空港を出て記者に何か話そうとするのをですね。
阻止するような感じで口封じするような感じでですね。
降り立った瞬間に彼に手錠をかけてそのまま留置をしようとするという、そういうですね。
耳を疑ってしまうような事件が実際去年の11月ですか。
起こっているという事ですね。

彼は結局その後おそらくそのストレス、せっかく帰ってきて家族にも対面する前に手錠をかけられたと言うストレスだったと思うんですが、ちょっと頭がその当時おかしくなっちゃったような状況で。
たまたまその留置場に入れられる前にそこに迎えに来た国会議員の方がいて、「私が彼の身柄をちゃんと保証するから今日は返してあげなさい」と「国会議員として保障するから」と、帰る事が出来たんですが。
手錠を外されて家に帰ってもですね。
やっぱりPTSDというか凄く情緒が不安定になって、もちろん家族に会えるのは嬉しいんですけど、夜パッと起きて奥さんの顔を見るとそれが自分をリンチした囚人と同じに見えたり、時によっては奥さんとか子供が監守の人たちに見えるという事で、結構最初の1ヶ月くらいはですね。
家族に暴力を振るうという事があったらしいです。

実際に病院に行くとですね。
統合失調症なのではないか?と言う診断を下されまして、これで家族もですね。
これまで支援して来た人たちも、これで大変だなという事になったんですが、落ち着いてみてですね。
何軒かの精神科医をたずねて行ったところ、あれは急激なストレスが加えられたことによる一時的な錯乱状態だったという事で、統合失調症というのは誤診だったらしいんですね。
それで今、徐々にですね。
そういった状況から脱して精神的にも安定してきていると言う状況らしいです。

ただですね。
これだけ本当に韓国と日本の間でも、人道支援家と言う人の目を通してみてもこれだけ大きな差があると。
もちろん彼がやった事は僕がやったことよりも規模が大きいですが、それでもですね。
これだけの大きな差があって、逆に言えば彼のやったことと言うのは本当に自分の民族を助けると言う、韓国の人たちが常々言っていることをやったにも関わらず、そういったとんでもない仕打ちを受けるという事をですね。
今回、本当にまざまざと見た思いでした。

実際ですね。
本当に韓国の人たちは太陽政策とか私たちの民族とか色々言うんですが、そういった事は今に始まったことではなくてですね。
実際に私もまだ東南アジアとかで、動いていたときに脱北者の人をですね。
あれはカンボジアのプノンペンだったんですが、子供6人をですね。
プノンペンの韓国の大使館に「保護してください」と連れて行ったときにですね。
凄く嫌な顔をされまして、「今回今日は彼らを受け取りますが、次にまたそういう事をしたらですね。私たちはあなたたちをこの大使館に入れる事は出来ない」と韓国人の参事官が言ったりするんですね。
本当に不思議な国だなというふうに、その時に思ったんですが。

この後萩原先生の方からおそらく詳しい話があるかと思うんですが、1月に韓国に行って「実際今年の大統領選どうなるんでしょうか?」という事を何人かの人に聞きましたが、おそらく今のウリ党で野党でハンナラ党がありますけど、ハンナラ党が仮に政権を取っても状況はあまり変わらないでしょう、と言う意見が大半でした。
もちろん今の盧武鉉政権を批判するために、ハンナラ党としては今の太陽政策は間違っているとかですね。
そういった発言をする人たちも多いんですが、基本的には無関心だって言うんですね。
自国の拉致問題に対しても無関心だし、脱北者の問題に関しても無関心だと。
選挙に勝つための材料としてウリ党の今の政策を批判する事はあるけど、結局どちらが勝とうとも基本的には無関心だし、あまり大きな変化を期待してはいけないと言われました。
そうなるとですね。
やっぱり脱北者、人権・人道の問題にしろ拉致の問題にしろ、韓国に頼る事は無駄だというか、頼れないのかな?と言う思いを本当に強くしました。

最後なんですが、今の実はお話した話がですね。
おそらく2月の25日、もしくは次の週だと思うんですがこの崔永勲さんという韓国の人道活動家の方とですね。
話とかですね。
韓国の今の状況とか含めた話が報道特集で放送されると思いますので、宜しければご覧になっていただいて韓国の状況をご覧になっていただけたらと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

06.9.18 質疑応答 南越谷集会(11)南越谷サンシティにて

『質疑応答』

★司会 古藤勝次 埼玉救う会副代表

せっかく荒木代表がいらしたので質問を受けたいと思います。
質問のある方、いらっしゃるでしょうか?

★荒木和博 特定失踪者問題調査会代表

別に、反論でも結構ですから。(笑い声)

★質問者1

これは毎日新聞ニュースのネットで見たんですけども、北朝鮮経済制裁について。
その中で大量破壊兵器の関係が疑われる団体や個人に対する金融制裁を発動する事を政府が決めたんですけど、この団体と個人の氏名が、もし分かれば発表できれば。
(注:質問者の音声が悪く全文聞き取れず、発言要旨を意訳してテキスト化しました)

★荒木代表

すみません、その事に関して私全く情報が無いもんで、誰かあるいはどの団体かと言うのは、会社なのか総連の科協みたいなのか、ちょっと分かりませんので。
いい加減な事を発表するわけに行かないので、すみません。

★質問者2

ちょっと情報遅いんですけど、今頃青木(直人)先生の「拉致処分」と言うのを読んでいるんですが、青木先生だと中国をジャパンマネーで動かせと言うご指導だと思うんですけど、中国に対する荒木先生のお考えはどうでしょうか?

★荒木代表

あのですね。
今中国と北朝鮮の間というのは非常に微妙な関係にありまして、ともかくはっきり言える事は中国が世界で一番嫌いな国は北朝鮮ではないかと私は思うんですね。
本当にですね。
せっかく一番面倒を見てやっているのにこんなに酷い事ばっかりしやがってと、酷い事ばっかりをしやがってというのはですね。
別に中国がまともな国だと言う事ではなくて、自分たちに対して酷い事をしやがるという事ですね。

中国にとって北朝鮮と言うのは二つの意味がありまして、一つはプラスの方のカードという意味でですね。
一つは韓国との間のクッション、・・・(聞き取れず)となっていると言うのが一つあります。
それからもう一つは中国と北朝鮮の関係はですね。
今で言うと胡錦濤系金正日一家の親分子分の関係みたいな。
そうすると、親分がしっかりしていれば親分さえちゃんと抑えておけば子分はちゃんと抑えてくれるだろう、言うふうに思うわけですね。
ですから警察の所長も親分に対しては一目を置く。
だからみんな、6カ国協議でもですね。
中国に何とかちゃんと言ってくれという訳です。

ところが全く言う事を聞かなくなると、どうなるか?と言うとつまり、この子分の方が他の国に出入りをしてしまったり、堅気の人を危めるというような事をすると。
そうすると結局これは親分の方がやらせてるんじゃないか?という話になって、みんなまとめてガサ入れを食う。
これは困る。
まさにミサイルを撃っちまったというのはですね。
中国にとってはこういう意味があると思います。
だからこれは本当に何とかして止めさせたいというふうに思っているでしょうし、核実験も止めさせたいと思ってるでしょうが、今北朝鮮の中は国際的にどういうふうに誰が思っているか?などというのは関係なく動いてますから、やってしまうかもしれない。

やっちゃったら今度は中国はですね。
北がもし核を持ったら下手をすると自分たちにとって脅威になると思い出す可能性があります。
そしたら例えば軍隊を入れて今の体制を潰して、自分たちの傀儡政権みたいのを作ってしまうかもしれない。
いう事でですね。
これはいろんな要素があるから一つだけでは中々言えないんですけど、いずれにしても厄介だと思っているのは間違いないので、日本がどんどん圧力をかけるという事によって、中国からの圧力を増やすと言う事は十分可能だと思います。

金の問題はもちろんODAとかそういうものを含めてですね。
言う事を聞かせられないような国だったらもう知らないよとしてしまうと、言う事がひとつと後北朝鮮にとって金正日にとって一番困るのは、北朝鮮をダシにされて日本が軍事力を強める事が一番困るわけで、だから中国を相手にですね。
「これだけ北朝鮮が勝手なことをやっているんだったら、これはもう核武装でもするしかないな」というふうに言うとですね。
一番困るのは中国ですから。
とするとますます中国としては北朝鮮に圧力をかけざるを得なくなる。
様々な形でそういうふうにさせていくと言う事が当然必要だと思います。

最終的には中国だってですね。
あれだけ酷い人権侵害をやっているわけですから、そこもどうにかしないといけないんですが、取りあえずはまず一つの練習くらいのつもりでですね。
中国を押さえつけていく、と言う事は十分に出来ます。
今日本と中国の力関係でそんなに、日本人はどうしても中国は核も持っているし、面積でかいから影響力あるとと思いますが国際的に見たらそんな事ありませんから。
それを十分に使ってこそ、中国もコントロールできると私は思います。

★質問者3

万景峰号、来年の1月まで入港禁止と制裁発動になっていますが、それをまた実施して入港禁止と言うのは国会でやるんですか?

★荒木代表

いやその必要は無いです。
政府の方針だけです。
(「政府の話だけですか?」)それは今までもそうでしたし、これからもそうです。

あのちなみに「しおかぜ」でですね。
北朝鮮向けの放送で半ば脅迫みたいに言っているんですけど、この半年間の入港禁止という事について放送したときはですね。
日本政府は実は北朝鮮の政権は半年しか持たないだろうと思っているんだと(笑い声)、だから半年にしたんだよと。(拍手)

★質問者 大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤隆司さんの兄)

先生、突拍子も無い質問なんですけど、私は近々安倍政権が誕生するものと思っているんですけど、それで期待するんですけど、安倍政権になったら北朝鮮対策大臣だとか拉致問題大臣だとか、そういう庁というのは出来ないんでしょうか?

★荒木代表

いや、私も安倍政権に入るわけじゃありませんから(笑い声)、分かりませんが。
あの、そういう事はちょっと言われてはおりますけど、最終的にどうなるかは何とも言えないですね。

★大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤隆司さんの兄)

もし、そういうのが無かったら私たちの意見として、そういう大臣を作ってもらう事は出来るんでしょうか?

★荒木代表

え〜と、これはですね。
もちろんそういう声を上げる必要はあると思うんですが、最終的にはどういうふうになるかは分かりませんね。
例えば中途半端に国務大臣の誰かが兼務と言う形にしてしまうという事もあるでしょうし、後怖いのは逆にですね。
担当大臣を一応作ったという事で、ポーズだけ取っておいて実際は動かさないと言うことをやる可能性だってあると思うんです。
ただ、重視をするという意味ではそういう担当大臣を作ると言う事を、言い続けるという事は意味があると思います。

★大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤隆司さんの兄)

そうですね。
ぜひともそういうふうな庁をつくってもらって、一日も早く解決してもらいたいと思っています。

・・・質疑応答終了・・・

・・・この後、事務局より連絡事項等の説明があり集会は終了・・・
posted by ぴろん at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

06.9.18 荒木和博氏3 南越谷集会(10)南越谷サンシティにて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その3』



それから北朝鮮自体もですね。
今非常に大混乱を起こしています。
例えばこの間の金英男さんですね。
彼を表に出して家族に会わせました。
最初拉致を認めたとき、4年前に拉致を認めたときには北朝鮮はですね。
横田めぐみの(夫の)名はキム・チョルジュンという人物である。
これは秘密機関に関わっているので、一切表には出せないというふうに言っていたんですが、日本がさんざんっぱら言うもんで、一昨年、去年か、出して来てですね。
日本の外務省と警察の関係者に会わせると。

ただこの時も血液を採ったりとか写真を撮らせたりという事はしていなかったんですが、それが韓国の拉致被害者の家族会の崔成龍さんという代表が中国で入手して来た情報で、これはですね。
韓国で拉致をされた高校生ではないか?という事で、そのご家族から血液等の採取をして、そして日本政府に渡してですね。
日本政府がDNA鑑定に出して、結果これが金英男さんであることが分かった。
そうなるとどうしようもないんで北朝鮮は金英男さんを出して来て、家族と会わせると。
どんどんどんどん譲歩しているという事になります。

彼が言った事をいろいろですね。
横田めぐみは死んだとかそういう話をいろいろしていますけど、しかし日本でも韓国でもあの話を信じる人はほとんどいません。
まぁ言わされているんだろうな、というのはみんな分かっちゃうんですから、そういう意味では北朝鮮は非常にですね。
厳しい状況に置かれている。

それから先日のミサイルを発射した事、これによっても中国とも韓国とも関係が難しくなってしまっている。
今北朝鮮の中は金正日のリーダーシップなんか全く無い状態でございまして、これによって完全に孤立状態で尚且つ国内は大混乱を起こしています。
もう少し手を突っ込んでですね。
引っ掻き回せば私はこの体制は倒せると思っています。

これから先、わたしはともかく年内の解決が出来なければ自分なりの責任を取ると申し上げておりますけども、ともかくですね。
これからおそらく山が今年の秋やって来ると思います。
その山はおそらくピンチとチャンスとして両方一緒にやってきます。
それをどうするか?ということは、要は我々の姿勢と言うか要は気合の問題でございます。
ピンチとチャンスとはどういう事か。
自分でも何となくピンチとチャンスが一緒にやってくるんじゃないかな?と思ってたんですが、ハッキリとですね。
それが何なのかいまひとつ分からなかったんですが、最近ひょっとしたらその一つが安倍さんではないだろうかな?と思うようになりました。

今までですね。
拉致の事を一生懸命やってくれた安倍晋三さんが総理大臣になってくれる、言うことはこれは我々にとって非常にチャンスであります。
この機会を逃さない手は無い。
しかしその一方で安倍さんが挙党体制みたいな形でですね。
総理大臣になってしまう。
あそこにくっついて来る人間は山ほどとんでもない奴がくっついて来るわけでございます。
例えばですね、ここで中川秀直ですとか二階とか、ああいうのがくっついて来る。
そうすると物凄く重たい荷物を抱えた状態で動かなければいけない。

おそらくそういう人たちの中からは、「いやまぁあんまりきつい事を言わないで、向こうと話し合いのルートを持っていた方が良いですよ」というふうに言う人もたくさんいるでしょう。
そういう中でそれを安倍さんが振り切ってですね。
この問題の完全解決に突き進めるかどうか?というのは私はかえって非常に難しいと思います。
何だかんだ言ってもですね。
安倍さん自身も自民党の役職のときは経済制裁についてかなり厳しく言ってましたけども、官房長官になってからは経済制裁をやるという事についてはトーンダウンしてしまっている。

いわんや総理大臣になってからですね。
そう簡単にそれを言えるかどうか?というのはまだ未知数です。
言えないとも言えないですけども、絶対に安倍さんだったら大丈夫だということは、私は言えないと思います。
それはある意味で言えば、安倍さんがそういう事をしたがっていると言うのは事実でしょうから、そこをですね。
何とかしていくためには我々自身がこの拉致問題の原則は絶対に曲げられないと、これだけで行くんだという事でですね。
やっていくしか方法が無い。
もし、安倍内閣がそれと違う事をするんであれば倒閣運動をするんだというくらいの気持ちでですね。
やっていく事が実は安倍さんにとっておそらく一番の追い風となると思います。

そうしないと逆に安倍さんが盾に使われて、安倍さんにマイナスになってはいけないからといって、我々が言うことをブレーキを掛けてしまえば、そういう使い道があるんだというふうにですね。
敵対する勢力は必ずそう言って来ます。
だからそういう意味でピンチとチャンス、それ以外にもピンチとチャンスがおそらくあると思いますが、これからどんどんやってくる。
だから我々はですね。
それはもう絶対にチャンスの方を掴むんだと言う事の意思を統一しておかなければいけないと思います。

この拉致問題解決についてですね。
どういうふうにやっていくか?という事で、これから解決の仕組みと言うお話ですけども、今やっています警察。
これは国内の捜査、これは警察の仕事ですからしっかりやってですね。
さっき言いましたように誰一人として罪に問われていない。
拉致をやった奴を次から次へと捕まえてですね。
どんどん裁判に掛けるというところへ持って行って貰いたい。

それからこちらは結構最近やっていますけども、北朝鮮系の組織の不法行為を摘発する。
それからよど号グループですね。
最近ポツリポツリとかみさんたち帰って来てますが、こういうのも海外の拉致の捜査を進めていく。
それから私は今全然ですね。
ほとんど話がなかなか出て来ない自衛隊の問題があるんですが、本来は安全保障上の問題と言うのは当然軍が関わって当たり前の話でありまして、自衛隊が当然ですね。
その役割を担うべきだと思います。

その一つは北朝鮮内部の情報収集という事で、被害者の状況とかですね。
北朝鮮の内部情報を収集して集める。
そんな広い国では無いので、情報収集それほど手間はかからないはずです。
私らはもちろんささやかながらやっているんですが、これはやはり本当にそういうことのプロがやっていく必要があるはずだと思います。
それから体制崩壊に伴って邦人を保護する準備をしていかなければいけない。
体制崩壊したときに拉致被害者の身辺が非常に危なくなりますので、これを救出するという努力が当然必要であります。

これは今年の3月に参議院でですね。
委員会で埼玉選出の山根隆治参議院議員が質問をしてくださいまして、初めて防衛庁長官が拉致被害者救出のための、関する答弁をしております。
これが初めてですね。
拉致の議連も出来て9年経ってですね。
やっと防衛庁長官が初めて拉致被害者救出で答弁をしたという、非常に酷い話なんですが、ともかく初めての答弁をした。
ただその答弁はですね。
外務大臣からの要請があったときに安全が確保されてから行きますという話でございまして、安全が確保されるんだったら自衛隊が行く必要は全く無いわけでございます。
誰が行ったって構わないんですが、そういう事でですね。

同じく、実はほとんど同じ事を今度は翌月に自民党の稲田朋美議員から衆議院で聞いてもらったら、安全が確保されればと言う事は、例えば航空機が着陸しようとしたときに飛行場に穴が開いていたら着陸出来ないと、そういう意味ですという事を言ってたんで、いくらかは前に進んだのかな?と。
これからちょっとバンバンやろうと思っています。

それから後特殊部隊による救出作戦ということで、これはですね。
拉致被害者の直接の連絡が取れるようになり、本人が危険を犯しても脱出したいという意思を明確にした場合は、例えば東海岸に何とかして連れて来てですね。
そこから回収をするという事、これは可能です。
今の自衛隊の力で。
習志野にあります特殊作戦部という部隊をですね。
使って、後海上自衛隊の潜水艦とか使えばですね、出来ます。
可能であればそこへ持っていってしまいたいという思いが実は非常にあります。

後、外務省はもちろんですね。
北朝鮮との交渉、それから同盟国とか友好国との連携をする。
そして脱北して、韓国人の拉致被害者が今まで4人ほど脱北しておりますが、この人たちの被害者の保護をする。
日本人でも拉致被害者が出る可能性がある。
その場合はこの保護をする。
それから海外での情報収集、これは当たり前の話です。

それから後、公安調査庁、比較的目立たないお役所ですけども拉致問題に関しては非常に一生懸命やってくれておりまして、国内での調査それから北朝鮮情報の収集等やっています。
もちろん経済制裁についてはですね。
経済産業省とか、あるいは厚生労働省とか様々な省庁が関係をするわけでございます。
だからまぁ、考えてみればほとんどの省庁が関係をする。
宮内庁はさすがにしないでしょうけど、それ以外はほとんどすると思います。

しかしそれを全部統括するのは首相官邸の意向であります。
これはまさに政治主導でやるしかない。
お役所ではこれいくら一生懸命やる官僚がいてもですね。
出来る事には限りがあります。
首相官邸がやるしかない。
特に今自衛隊を動かしたりするのは、いろんなハレーションがあるわけで、その中でやらなければいけない言う事は、総理の決断という事になるわけで次に総理になる方はそれを期待するわけであります。

Img_4135.jpg

民間の立場で我々何をしていかなければいけないか?と言うことなんですが、これは一つはさっき言いましたように、お役所だけにやらせておくという事だけでは駄目なわけで、姿勢としては政府とかあるいは議会等のですね。
私は建設的緊張関係と言ってますが、単に馴れ合いでも駄目だし、それから「あいつらもう駄目だ」と言うだけでも駄目だ、いう事でですね。
もし、それが望ましいと言う事をやるというときは、我々も犠牲を払ったって協力するべきであろう。
そしてまた、やってる事が誤りだと思うなら一人になっても闘う姿勢が必要ではないか?言う事がございます。

その延長線上でもありますが、例えば経済制裁などをやった場合に、やってそして外務省が交渉する。
こういうときに「経済制裁をすると危険があるんじゃないですか?」とか言ってブレーキを掛けようとする人がいるわけですが、そこはやっぱり国民が支持していかなければならない。
「外務省頑張れ!」という事を言っていって上げなければならない、言う事が必要であろうと思うわけです。
そしてミサイルを撃ってくるぞと言ったときにですね。
撃って来るんだったらやってみろと、いう位の国民の姿勢が必要です。

北朝鮮のテレビに良く出てくる、説教しているようなおばさんがいますが、ああいうおばさんたちがですね。
日本帝国主義は直ちに100倍1000倍にして、攻めて来たらお返ししてやるとかですね。
そういう話は良くするんですけども、北朝鮮の新聞なんかにも毎日出ています。
だからこれは時候の挨拶、「おはようございます」とか「こんにちは」みたいなもの(笑い声)で、余り気にする必要は無いです、全然。
ああそうか、また言ってるな?位で良いのであって、逆に今度はですね。

私は冗談半分・本気半分で言ってるんですが、せっかくこれまでですね。
誰がどう見ても軍隊と思えるものを「自衛隊」と言って来たんですから、こういう時はですね。
北朝鮮の東海岸のあたりにイージス艦でも浮かばしてですね。
派手にミサイル発射する演習でもやると、で向こうが文句言って来たらですね。
「日本には軍隊は存在しておりません、憲法で軍隊を持ってはいけないことになっているんで、あれは自衛隊です、軍隊じゃありません」と言ながらですね。
ぼかすかミサイルをぶっ放すと、あるいはF15をすぐ近くまで飛ばすとかですね。
どうせもう迎撃してくるような飛行機の油ありませんから、まぁ出来ない。(笑い声)

陸上ではゲリラをこれ見よがしに殲滅するような訓練でも見せ付けると、いうようなことをやって圧力を掛けると。
こういうのが北朝鮮には一番良く分かるんです。
何かしてあげるとかいうのは駄目ですね。
いう事を聞かなかったらぶっ潰してやるぞというのが、一番言語として理解してくれるのでそういうふうにしていく。
そういう姿勢が必要が必要である。
(会場より「行動で示すという事ですね」の声)
そうですね、行動で示さないとね。

後、ぜひお願いしたいのはですね。
拉致問題とか北朝鮮の人権問題もそうなんです。
拉致問題は最近よく言いますけども、北朝鮮の人権問題は中々マスコミも取り扱わない。
ここら辺の問題について積極的に報道したテレビの番組ですとか、あるいは新聞の記事ですとか、そういうのがあったらですね。
可能であればぜひ、「良かったよ」という事を一声電話でも掛けてあげるとか、手紙とかハガキでも送ってあげるという事をして頂きたいと思います。
そういうふうにすればですね。
やる人たちですね。
これ、どんなマスコミでもどんな新聞でも、やっぱり何人か一生懸命やってくれる人がいるんですね。
我々もそういう人たちに助けられています。

そういう人たちにとってはですね。
読者あるいは視聴者からの声と言うのは非常にバックアップになる。
局の中でですね。
「これはもっとやった方が良いかな?」という雰囲気を起こしてもらう、言う事が必要ですので良い事があったら是非支援をして頂きたい。
だいたいですね、けしからんと言って文句言う人はたくさんいるんですが、褒める人はまずいませんのでちょっとは褒めてあげて頂きたいと。

後はまぁ、この集会もそうですが、集会とか署名とか街頭活動とか、あるいはもう一つ大事なのは何かあったときに「実は拉致問題はこういう事があるんだよ、ご家族のこの人がこういう事を言ってたよ」と、そういう話をして頂きたいと。
一人でも多くの方にそういうことを伝えていただくと、言う場があればそういう事が広がっていきます。
例えば私がここでこうやって1時間ほどお話をさせて頂いておりますが、私がここで話をしてですね。
出来る事なんか本当にごく一部しかない。
それよりも実は本当には意味があるのは、この集会こうやって開かれるために事務局をやられた皆さんが一生懸命準備をされて、そしていろんな所でビラを撒かれて、そしてそのビラを手に取って、こうやっていろんな自分のご家庭の事情とかあるいはお仕事とかある中をですね。
時間を割いて来て下さると、いう事に意義があるんで、やはりそういう意味で口コミとか非常に重要なんですね。
それがあったからやはり今日の拉致問題があるんで、その点をぜひご理解いただきたいというふうに思います。

先ほど言いましたように国際的な問題については、やはりこの拉致と言う被害を受けている日本こそ北朝鮮の人権問題の深刻さを分かっています、いうことをやっぱり言っていくと言う事ですね。
と言う中で、北朝鮮人権問題を含めた包括的な問題としてやっていくという事であろうと思います。
原爆の問題とちょっと重ねてみると分かりやすいと思うんですが、日本は唯一の被爆国ですね。
ですからやっぱり外国へ行ってですね。
人に話をするときに、やはり我々は世界唯一の被爆国であるという事というのは、そう言われると水戸黄門の印籠みたいな物で、誰もですね文句は言えない。
我々もやられましたよ、と言えるところが無いわけでありまして、それはやはり日本がそういう事をいう事によって核の問題と言うのは説得力が出てくるわけですね。
だから逆に言えば核兵器を持つ必要があるという事になった場合は、我々はやられた我々だからこそ持たなきゃいけないと言うことが分かるんだという言い方ももちろん出来るんですけど、いずれにしても核の問題であれば日本と言うのは非常に説得力がある。
ですから北朝鮮の人権問題もですね。
やはり拉致被害者をたくさんやられている日本が言うと言う事は、それなりに意味があることだろうと思います。

Img_4137.jpg

私どもは今こういうような調査会の活動を様々やっておりまして、最初にちょっと聴いて頂きました「しおかぜ」
短波放送での働きかけをやったり、あるいはRENKの皆さんともそうですけど守る会とか北朝鮮難民基金などとですね。
NGOとも連携を取ってやっている次第でございます。

Img_4138.jpg

これはちょっと話題に出たこれは今難民救援基金と一緒にやっていますプロジェクトで、韓国からビラをつけた風船をすっ飛ばすということで、これは韓国のNGOの方がすでに一昨年から100回くらい飛ばしております。
北朝鮮の当局が韓国に9回ほど止めさせろと言う抗議が来たということですから、かなり効果があることですね。
韓国政府の方から、これやっているNGOの方にもですね。
止めてくれませんか?と言うのがあったそうですけど、全く言う事を聞かないでやっています。
これ非常に簡単な作りでですね。
農業用のビニールを使ってですね。
その中にガスを入れて飛ばすんですね。

右の写真の先の方の山がありますが、山と言うか丘がありますけども、あの丘の先が海でしてその海をちょっと越えたところがもう北朝鮮です。
だから北への風が吹けばですね、もう北朝鮮へ飛んでいくと。
この時はちょっと実験みたいな、私たちが行ったもんでですね。
試しという事を兼ねてちょっとだけやってくれたんですが、普通はこの一つの風船に三つ袋に入れたチラシをですね。
一つの袋に1万二千枚くらいのチラシを入れておいて、これを三つ付けて飛ばすんだそうです。
きわめて簡単な時限装置でですね。
短距離・近距離・長距離というふうに分かれて風船が、というか袋が割れてですね。
ビラが飛び散るということで、長距離の物は平壌の先まで風さえ良ければ行くそうです。
だからかなりのところまで届いている可能性がある。

ちなみにこのときは風が悪くてですね。
余り上手くいかなかったんですけども、どういうわけだか上に上がった風船の一つがですね。
途中で袋が割れちゃいまして、そこで我々が見ている前で地上高度どれくらいか分かりませんが、数百メートルか数千メートルの所で、ビラがばっと散っちゃったのが分かったんですが、翌日ですね。
ソウルの大統領官邸まで届いたと、いう事でございまして、大統領官邸まで約40キロくらいありますから、それくらいですね。
飛び散った後のビラでもそれ位飛んで行く、いうことですね。
この話をある人にしたらば、「いや韓国の大統領官邸も北朝鮮みたいなものだから(笑い声)、効果があったんじゃないですか?」と言っていました。
このときはまだ韓国で作ったビラですけども、出来るだけ早い時期に日本の他のNGOと協力してですね。
ビラを作ってそれを飛ばしたいと、このNGOの方々と協力して一緒に飛ばしていくという形になるんですが、そういうふうにしていきたいと思っています。

Img_4139.jpg

もう時間が大体来ちゃいましたが、ともかくですね。
私自身がこの拉致と言う事をやっておりまして感じるのは、平和とか安全とか人権とかこういうものはタダじゃない。
自分たちの力でやっぱり闘って勝ち取るものであるという事でございます。
どうか、出来るだけ短期決戦で終らせようと思っていますので、ご協力をお願い致しまして私の話を終りたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月03日

06.9.18 荒木和博氏2 南越谷集会(9)南越谷サンシティにて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その2』



ちなみにこの久米さんの事件と言うのは昭和52年の三鷹ですけれども、藤田進さんの事件が昭和51年で小金井でございましてこの頃というは、小金井の大学に通っておられたわけですけど、この周辺でもですね。
三鷹とか調布ですとか小金井ですとか、そういう関係の場所でも非常に怪しい失踪ですとか、久米さんのように政府認定の拉致という事件が固まって起きているといいます。

で、この誰も罪に問われていないということはどういうことか?言う事になりますと、つまり今でもですね。
拉致にかかわった人間、これは朝鮮系の在日、あるいは民潭への偽装転向者、それから日本国籍を取った人、それから純粋な日本人で思想的に共鳴したかあるいは金に目がくらんでそして拉致を手伝った人間ですね。
これはおそらくやくざみたいなのがいるんじゃないか?と思うんですが、そういうのが多数今でも日本の国内にいるという事であります。

で、政府は一体どういうふうにしているのか?と。
この問題、先ほどもお話がちょっとありましたけども、この問題そもそも国がやる事じゃないのか?
そもそも個人とか民間団体がやる必要はあるのか?と言う声もございます。
我々もですね。
我々の事を慰労してくださる方は、元々国がやるべき事なのに、と言って下さる方があるわけですけども、しかしですね。
私はずっとこの事をやって参りまして思いました。

この問題はですね。
私たち自身の生命にかかわる問題であって、役所にだけ任せてはならない。
国がやるべき事であるのは間違いありません。
ただし国がやるべき事というその国と言う言葉の中には我々国民一人一人も入っています。
だからお役所だけに任せておいて、これはお役所の責任だからお役所がやれ、外務省がやらんのはけしからんとか、あるいは警察がだらしないとか言う事で終らせておいていいのか?というと、そんな事ではないということであるというふうに思うんですね。

で、政府認定の拉致事件というのは一体どういうふうに明らかになったのか?
昭和52年、久米裕さんの事件は最終的に久米さんを連れ出した、石川県の能登半島ですね。
宇出津海岸と言う所で北朝鮮の工作員に引き渡しているんですが、先ほど言った李が逮捕されました。
それで事件が分かった。
しかし、この件は不起訴になり、そして事件自体は極秘扱いをされています。

それから横田めぐみさんの事件は現代コリアと言う雑誌のですね。
平成8年の10月号に石高健二さんという大阪の朝日放送のプロデューサーが書いた論文で明らかになりました。
田口八重子さんの事件は金賢姫、大韓機爆破事件の犯人がですね。
リ・ウネという名前で呼ばれていた日本人の女性から日本語とか日本の風習を習った、いうふうに証言をしてそれによって明らかになったと。
田中実さん、この方は神戸のラーメン屋さんの店員ですけども、これはラーメン屋の店主が在日で北朝鮮からの指示に従って、自分のところに勤めていた田中さんを騙してオーストリアに連れて行って、そこから北朝鮮の工作員に引き渡すという事件ですが、この事件は文芸春秋にそのラーメン屋の主人と同じ北朝鮮の秘密組織にいた張龍雲と言う人が告白の手記を書いて明らかになった。

それからこの地村さん・浜本さん、蓮池さん・奥土さん、市川さん・増元さん。
この3件の記事は産経新聞の昭和55年1月のスクープによって明らかになりました。
それからヨーロッパ拉致の石岡さん、松木さん、有本さん。
この3人はその中のお一人、石岡さんが手紙を書いてそれをですね。
東ヨーロッパの人に渡して、「外国へ出てから投函をしてください」とお願いをしてですね。
そしてその手紙が札幌の石岡さんの実家に届いた事によって明らかになった。
手紙の中に松木さん、有本さんと一緒に暮らしてますと書いてあったわけです。
・・・(聞き取れず)によって明らかになった事件です。
原さんの事件はさっき言ったように辛光洙が証言をした事件。
そして、捕まっていない。
そして曽我ひとみさんとミヨシさんの事件は、曽我ミヨシさんは北朝鮮は認めていませんが、曽我ひとみさんについては警察の方から何も言う前に、これは我々が拉致していましたと言って出してきた事件でございます。

ちなみに、曽我さんの件を北朝鮮が出してくる9・17の前にですね。
佐渡で看護婦さんがいなくなっているという話は、私どもも聞いておりました。
実際にあの年の6月だったと思いますが、佐渡にですね。
当時私は救う会の事務局長でしたが、集会もあり、ついでにですね。
現地の調査に行って参りました。
その時当時の新潟の救う会の代表であった小島晴則さんがですね。
大澤さんの事があの当時は中心だったんですけど、ここでちょうど曽我さんが拉致されたあたりの所を通りまして、ここで曽我さんがいなくなっているんだと。
ただ新潟県警は、これは拉致ではないと認識しているというふうに言っておりました。
ですからあの当時は私どもはですね。
やはり佐渡でいなくなった方で一番可能性が高いのは大澤さんであろうと。
曽我さんはちょっとクレスチョンかな?と思っていたんですが、向こう側は逆の形で出して来たという事であります。

この16人を見ていただいてお分かりだと思いますが、警察や政府機関がですね。
誰も知らないうちからこれはもう拉致ですよというふうにいったケースはひとつも無い、という事でございまして、これはすなわちどういう事か?というと、これ以外の拉致が多数ある。
そしてその多数ある拉致を日本の政府は隠しているということでございます。
横田めぐみさんの拉致事件でも我々が聞いている範囲の情報では、いなくなって間もなく日本政府はあれは北朝鮮による拉致であるというふうに分かっていたという話がございます。
それをこの間、ずっと隠し続けて来た。
今から9年前までですね。
ということだと。

少なくとも9年前に西村慎吾衆議院議員の質問でですね。
明らかになる前に、少なくとも5年位前にはこの情報をですね。
これは安明進が元とした情報ですから、安明進が亡命したのは94年くらいだったかな?
亡命して、この事について話をしてからですね。
一度韓国の政府は日本政府に対してですね。
こういう情報がありますよと言う事は提供しています。
しかし一切調べていない。

日本海側で1970年代の後半に、バドミントンの帰りに中学校一年生の女の子が拉致をされたという、それだけの情報があればですね。
日本海側の県警に全部問い合わせをしていれば一発で分かっているはずです。
ひょっとしたらその時問い合わせをしてたのかも知れませんが、いずれにしてもそれを全く握り潰してしまったということでございます。
ですから今でも握り潰されている事件はたくさんあるはずです。

Img_4129.jpg

今拉致はですね。
どういうふうに問題解決をしようとしているか?言う事なんですが、こういうような左側の順番です。
まず警察が捜査をする。
そしてこれは拉致間違いない、証拠がありますねと言う事になったらば、内閣で認定をする。
拉致認定と言うのが16人いますが、認定をする。
そしてその後、外務省が交渉をする。
今はですね。
政府認定者以外でも1000番台リストの方を中心として、外務省が向こう側に名前を出してはいますけど。
それはあくまでも安否の確認です。
16人については生存を前提として帰国を求めるという交渉になっている。

そしてこれで北朝鮮が分かりましたと言う事になれば帰国をするという事になるわけですが、しかし実際はですね。
この間には山ほど壁があります。
まず警察の捜査と言うのは法と証拠の壁というのがあるんです。
証拠が無ければ警察は、これは拉致だとは言わない、と言う事であります。
例えば大澤さんの事件、今警察はそれなりに今一生懸命調べていますが、そうは言ってもですね。
昭和49年の2月の事件でございまして、この時に一体どうしたか?と。

この中におられる方でも、生まれてない方がたくさんおられると思います。
生まれておられて普通に仕事をしておられた方でも、昭和49年の2月の24日何をしておられましたか?と聞かれてですね。
私は朝ちょっと頭が痛くて起きて来るのが遅くなって、仕事へ行って帰りはあそこの店で一杯飲んで、二次会はあそこでカラオケを歌ったなんて話がですね。
出来るような人がいたらそれだけで十分飯を食っていける。
そんな方はいたらかえって気持ち悪いですね。
普通いません。

そうするとどうなるか?というと分かんないです、大抵。
分かんないと警察どうなるか?というと、証拠が無いと言っておしまいです。
つまり、例えば100件あったとしてね、仮に。
100件のうちで証拠が見つかってこれは拉致だと警察が言えるのはおそらく数件しかないだろう、という事になります。
そしてその数件を内閣に上げる。
上げたとしても今度は内閣がですね。
日朝国交正常化への未練があります。
それから拉致問題の方にしてもですね。
認定者が増えてしまえば北朝鮮が硬化するんじゃないか?いうふうに思うと。
そういうことで中々認定をしない。

今警察の方はもう一人、小住健三さんという方を拉致認定をするべく内閣に具申しています。
これは確か2年位前ですが、全く内閣の方は認定の方向を見せない。
田中実さんが拉致をされたのはですね。
1978年、昭和53年ですが、先ほど言いましたように事件が分かったのは平成9年でございまして、認定をされたのが去年の4月です。
北朝鮮が拉致を認めて、9・17の後でですね。
拉致を認めてからその次の認定が田中実さんですが、この間2年半かかっています。
こんな事をやっていたらいつまで経っても認定なんか出来ないです。

尚且つ、それでやっと認定したとしてもですね。
外務省の交渉に十分な力の裏づけが無い。
で、やっとですね、経済制裁をやりました。
安倍さんは経済制裁を発動した後に、これはミサイルの事だけではなくて拉致の事もあるというふうに言っていたんですが、しかし現実問題では拉致で経済制裁出来なかったんですね。
それが力の裏づけの欠如ということになって北朝鮮からすればどうなるか?というと、経済制裁をしないで済ましてくれているんだからありがたい、ということには絶対にならないんです、発想は。
経済制裁は向こうはしないんだなと、だから何をしても大丈夫だというふうになってしまうという事です。
結局北朝鮮からの帰国は出来ない。
大多数は見捨てる事になる、いう事になってしまいます。

いったいこの問題点はどう言うところにあるのか?
ひとつは常に後手後手に回ってきた。
大体拉致をされた、さっき言いましたように16人だってマスコミが明らかにしたとか、工作員が自白をしたとかそういう事でやっと認定をしたりするわけですね。
ですからそうじゃない人を認定するわけは無い。
後手後手に回ってきた。
北朝鮮がミサイルを撃ったから制裁をしましたが、ミサイルを撃ってきたからミサイル防衛をどうたらこうたらと言う話が出てくるという事で、非常に後手後手に回ってきたという事に問題がある。

それからこの問題を、拉致と言うのは戦争です。
北朝鮮が仕掛けている戦争であって、これは個別の犯罪ではありません。
そうすると安全保障という面から見る概念が必要なんですが、これがですね。
完全に抜けてしまっている。
あるいはあえて分かっているのに回避している、言う事でございます。

それからもう一つはアメリカや中国に対してですね。
無力感を非常に感じている人が多い。
どうせ日本が主導権を取れるわけが無い、いうふうに思ってですね。
だから何も出来ないんだと思い込んでいる人が多い。
現実にはこの間のミサイルの後はですね。
国連決議、安保理の決議でも、あれは日本が先頭に立ってやって実現した事でありまして、それくらいの事は日本にはやる力が十分にある。
それをですね、あえて見逃してしまっている所があります。

後は憲法が変わらなければ駄目だとか、総連が悪いとか外務省が駄目だ、警察がいい加減だ。
我々も確かにそれぞれの事については批判はします。
批判はしますけど、じゃあこれが逆に言うと全部上手く行くまで待っているのか?
こんな事をしたらみんな死んでしまいますので、そんな事では逆にそういう事を言っている人間の責任回避でしかないのではないか?と。
必要な事は今ですね。
攻撃は最大の防御という事でございます。
戦わなければ平和とか人権とかそんなものを守っていけない、という事でございます。

憲法を初めとする法制度的な問題、あるいは例えばマスコミの中に拉致問題に対して解決に批判的な人なんてまだわずかですけどいますし、あるいは・・・・・(聞き取れず)の人もいます。
それから国際的に言えば、韓国は足を引っ張る、中国は邪魔をする。
いうことはあるわけですけども、しかしこんな事は今後も続きます。
それがなくなるのを待っているわけには行かない。
逆に言えば今の日本の国力からすれば現状だって十分に対応は出来る、と言う事であります。

そして北朝鮮問題ですね。
これは拉致の問題、核の問題、ミサイル、そして北朝鮮の人権問題。
北朝鮮の人権問題といっても脱北者の問題もあれば強制収容所の問題もあり、一般への人権抑圧の問題もあり、それから日本から行った帰国者の問題ですとか、その日本人妻の問題、様々ありますがこういう問題の解決をするためには体制を変えてしまうという事がどうしても必要不可欠だということです。
その為には日本がですね。
やはり先頭に立たなければいけない。
自由とか民主主義とか人権とかですね。
そういう価値観で東アジアの秩序作りを我々が先頭に立ってしていくんだという事が必要でございます。

拉致問題を国際的に訴えるときに、「日本人の被害者助けてください」っていうふうに言ったってですね。
それはまじめにやってくれる人は余りいません。
だって我々が例えばですね。
アメリカ人がやって来てですね。
実はうちの息子がキューバに拉致されたんですと、日本は同盟国だから助けて下さいと言われてどういうふうに考えるか?と。
そりゃ確かに同盟国だから何かもし出来ることがあればやってあげましょうと、例えばキューバの大使館に一言言うとかそれ位の事は言ってあげられるかもしれない。
しかし、基本的にはあんたの所でやる話ですよねと、特に世界第一の経済大国であり軍事大国なんだからという事になります。

日本だってですね。
世界第二位の経済大国であり、軍事力だって小さいものではない。
回りの国からすればなんで日本人が言ってきて、他人の国に行って来て助けてくださいと言うのか?と言われてもおかしくない。
救う会なんかではそういうのもあってですね。
他の韓国とか他の国との連携と言うものを一生懸命やっているわけですが、やはり我々言わなければならないのは日本人こそがですね。
この北朝鮮の拉致問題を初めとする人権問題を解決、すべての問題を解決するんだという事をいう必要はあるだろうと。
それはどういう言い方か?というと、我々こそがこの北朝鮮の人権問題を一番身に沁みて分かっている。
国民を同胞を拉致され家族を拉致されて、そして苦しめられているんだと、だからその意味を我々良く分かっている。
もちろんその帰国していった人たちの問題もある。
だから一番良く分かっている我々が先頭に立って北朝鮮の体制を変えて、北朝鮮に住んでいる人が全てですね。
よりまともな生活が出来るようにしていくと、それはもちろん拉致被害者が日本に帰ってくる事でもあるんだと。
だから一緒に協力してくださいというふうに言うのがおそらく国際的には一番説得力があるんじゃないか?というように思います。

Img_4133.jpg

現在状況はですね。
我々にとって非常に有利に動いています。
これは一つは国内のですね。
官民における対応の強化、という事でありましてですね。
家族会・救う会が出来た9年前、あの時にですね。
同じ9年前に第一次の拉致議連が出来ているんですが、あの頃にですね。
日本の国会の中で、北朝鮮の人権問題で人権法を作りましょうというような話を言ったってですね。
ほとんど誰も相手にしてくれなかったはずです。

ところが今年の6月、北朝鮮人権法と言うのが大雑把な法律ではありますけども、ともかく自民党と民主党で話し合って法案を決めてですね。
延長もしなかった通常国会で通してしまった、いう事はこれはですね。
これはもう、大変な違いです。
先ほど佐藤さんの話の中でRENKの結成のときに、異常に激しい妨害があったというふうに言われていますけども、妨害は今ほとんど無いですね。
我々のところなんかにも、何かして来ないか?と思うんですけど妨害してくれません。
あんまり相手にしてくれないのかもしれませんが、あの、今妨害とかですね。
もし何かやっちゃったらマスコミがどれだけ書くか分からない。
朝鮮総連本当に潰されてしまうくらいの危機感を持っていますから、とてもそんな乱暴な事は出来ないと。
裏に回っての事はあるかもしれませんが、それは出来ないという事であろうと思います。

ちなみによく前はですね。
例えば核のミサイルの問題が出たら、朝鮮学校の女子生徒のですね。
チマチョゴリを切ったとかそういう話が出てきたのを覚えていると思いますが、あの話最近全然出てこないでしょう?
あれ何だったか分かります?
要はでっち上げ立ったんです、ほとんど。
全く100%でっち上げだったとは申しませんけど、あれをですね。
こういうふうに切れましたよなんて言って、こんなふうにやってですね。
何か記者会見とかやってたりしましたけど、あの切り口だってどう考えたっておかしい。
それからほとんど警察に申告、届けを出した例が無いですね。
で、しかも今こういうふうになって来るとですね。
全然出て来ない。

もしですね。
今の北朝鮮に対する怒りと、かつての北朝鮮に対する怒りと比べてみたらですね。
今の方がはるかに強いわけですから、もしですね。
本当に頭に来て、ああいう学校の女の子のスカートを切ったと言うんであれば、今なんかもっとやっていてもおかしくない。
ところが今全然出て来ないです。
どうしてか?と言うと、これは基本的にはでっち上げだったからです。
ああいう問題が起きるたびにそういう事を出して来て、そしてそれはですね。
後で北朝鮮に近いマスコミがこんな事があるんだから余り強い事を言っちゃいけない、いうふうになると。
そういうシナリオみたいな物があったかどうか分かりませんが、そういうふうになって来たという事でございます。

ちなみに在日朝鮮人のライターでキム・ムイさんと言う方がおられて、この方がこの事を実は昔10年以上くらい前ですか?
調べた事がありました。
宝島別冊にですね、書かれていたんですけども、その後しばらくしてですね。
キムさんは非常に不可解な死を自分のアパートで遂げるという事があったり致しました。
もちろんひょっとしたら例えばやった事件があったかもしれませんが、あったとしたってですね。
これが例えば在日とかその協力する人間がですね。
やったという事だって当然あり得るわけで、少なくとも今はこういう問題が出てこないという事の意味はですね。
そこにあると言って間違いは無いと思います。

それから何だかんだ言いながら制裁も実施をされたと。
それから国際世論も高まって来た。
これは拉致の事とか、あるいは北朝鮮の人権問題とかずいぶん国際的にもですね。
注目されるようになって来たという事ですね。

・・・その3に続く・・・
posted by ぴろん at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

06.9.18 荒木和博氏1 南越谷集会(8)南越谷サンシティにて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その1』

Img_4104.jpg



今日は天気のお悪い中、多数の皆さんにお集まり頂きましてありがとうございました。
私、特定失踪者問題調査会の代表をしております荒木でございます。
今日は本当はうちの専務理事の真鍋が来ることになっておりましたんですが、ちょっと変えられない用事が出来てしまいまして、私がピンチヒッターで参りました。
ちょっと期待をされていた方には申し訳ないんですが、お許しいただきたいというふうに思います。

今日、これから画面を使いましてお話させて頂きますが、その前に今佐藤さんのお話の中で極めて重要な意味がございます。
というのは、我々どうしてもこの拉致問題という事で見るときにですね。
日本人の拉致のことばかりどうしても目が行ってしまう、と言うことでございまして、そうするとこの方々を取り返すということだけに視点が集中するんですけど、実はこのことだけに視点を集中させることが逆にですね。
問題の解決にとって決してプラスばかりではない、ということもあるんですね。

この先ほど佐藤さん仰ったように拉致問題の一番の根源と、それから北朝鮮の人権問題の根源はどちらも全く同じでございます。
私の話の結論にもなりますが、この問題の解決というのは北朝鮮の体制を変えてしまう以外にですね。
いかなる解決の方法もありません。
途中でですね。
金正日がごめんなさいと言って拉致被害者を皆返してくるということは絶対に有り得ないことでございまして、我々はその点は覚悟していかなければいけない。

私自身も北朝鮮の人権問題というのは最初からやっていたわけでもございません。
拉致問題で横田めぐみさんのご両親と一緒に動くようになり、やがて家族会が出来て、そして一緒にですね。
家族会の方々と救う会の活動をやるようになり、そういう中で韓国の拉致被害者のご家族の皆さんと一緒にやることになってですね。
実は救う会の最初の署名用紙というのは「北朝鮮に拉致された日本人を救出しよう」と言うような事になっておりました。
これが韓国の被害者の方々と一緒にやるようになって、「北朝鮮に拉致された人々を救出しよう」ということになり、その署名用紙の中に、韓国人の拉致の事が書かれるようになりました。
私自身、それをやっていく中で今度はですね。
北朝鮮の人権問題というのを、やはりこの深刻さと言うものを考えるようになって参りました。

ここにおいでの皆さん、それぞれに拉致問題に関心があってお出でだと思いますが、機会がありましたら北朝鮮から脱北した方々、姜哲煥さんですとかそういう方々がですね。
一体北朝鮮でどういう酷い目に遭って来たか?ということを、ぜひ一度本をお読みいただければというふうに思います。
必ずそうするとですね。
こういう体制だから拉致が起きるんだということがお分かりになる、というふうに思います。
私もそういうことでやって参りまして、本当にやるにつけですね。
今年も9月になってしまいましたけども、毎年冬が近づきますとまたこの冬が過ぎる頃までにはですね。
子供たちが何人も死んでいくんだろうなという思いをせざるを得ないわけでございまして、そういうことも含めて全ての拉致の解決が必要であろうというふうに思う次第でございます。

これからちょっと画面の方を見ながらご説明をさせて頂きます。
この拉致問題を考える上で是非とも一番ご理解いただきたいと私が常々言っている事なんですけど、これはですね。
救出運動と言うのは被害者の方々とかそれからご家族の方ですね。
皆さんが可哀想だからやるんではない、と言うことでございます。
これはあくまで自分とかですね。
それから自分の家族を守る事につながるものなんだ、ということでございます。

これ、どういう意味か?
今拉致をされている方々を助ける事が出来なかったらば次はここにおられる、今日は特定失踪者のご家族・拉致被害者のご家族の皆さんがいらっしゃいますが、全くそうではないと思っている方でもその後家族が拉致をされる可能性がある、という事でございます。
もともと拉致被害者の方々と言うのは誰一人としてですね。
自分がまさか北朝鮮に拉致されるなんてことを思っていた方は一人もいないわけでございまして、そういう方々が拉致をされている。
ですからその対象になる可能性はどこにでもある、という事でございます。

それから拉致以外の別の主権侵害ということがですね。
これ北朝鮮以外の国によって行われるかもしれない。
ひとつの例としてはこの間のロシアの漁船に対する銃撃なんかがございましたが、日本が何もしないという事であればですね。
周りの国と言うのは当然、じゃあもっと踏み込んで何かしても良いだろうと、いうふうになってくると。
これは竹島の問題もそうですし、あるいは尖閣の問題もそうですし、みな同じです。
ほったらかしても何もしない国だと思われてしまえば、その次にまた別のことをされるということ、でございます。

被害者とか家族が可哀想だからという思いだけ、これは私自身もここから入ってますので、これ自体を否定するわけではないんですが、これだったらどうなるか?
すると、北朝鮮が例えば日本にミサイルを発射するぞと、同じことは今でもずっと言っていますが例えばこうやってですね。
何月何日にミサイルを発射するぞというふうに例えば言ったとした時に、こういうふうになるだろう。

被害者とか家族の人たちも可哀想だと。
可哀想だけども、しかしそれを助けようとしてもっと被害が出たら困るじゃないか?と。
そうするとどうなるか?
じゃあちょっと拉致のことを言うのは止めておこうと、もうちょっと控えておこうという話になる。
で、そうするとどうなるか?というと、恫喝すれば効果があるんだなと北朝鮮は学習するわけです。
そうするともっとですね。
じゃあミサイルを撃つのを止めさせようと思うんだったらばこれこれこういう事をしろと。
例えば今であれば経済制裁を解除しろとか、そういうふうに言ってくる。

経済制裁を早く解除すれば話し合いに乗ってやるぞというふうに言われた場合に、日本の中で当然ですね。
これ拉致問題の解決のためにも話し合いに乗っかった方が良いんじゃないか?と、その為には経済制裁一度止めても良いんじゃないか?という声が出てくる可能性があります。
そうなると北朝鮮はどうなるか?というと、日本が良い事をやってくれたと。
だからこっちも誠意を見せよう、ということには絶対になりません。
どうなるか?というと日本はミサイルを撃つと言ったらこれだけ譲歩したと、じゃあ次何かあったらもう一回言ってやろうと、もっときつい事を言おうと。
そうするともっと譲歩するに違いないというふうに思ってくるわけでございまして、結局問題は進行化していくと言う事なんですね。

これひとつ、拉致の中の例でございますけど、原敕晁さんの拉致事件というのがございました。
昭和58年の6月ですね。
ちょうど田口八重子さんと同じ頃になりますが、原さんは大阪市内の中華料理店の店員でした。
58年の6月に騙されて宮崎県の青島の海岸に連れて行かれまして、そしてその工作員、辛光洙と言う工作員が原さんに成り代わって、全く他人なんですが原敕晁としてスパイ活動を続けて参りました。
そして昭和63年にこの辛光洙は韓国に入国して逮捕されます。
で、原さんを拉致したという事を自供します。

平成14年ですね。
14年になって小泉訪朝で初めて北朝鮮は原さん拉致を認めると。
これまでは韓国であれだけ証言しているにもかかわらず、原さんの拉致と言うのは一切認めませんでした。
翌15年に中華料理店の店主らを原さんの拉致の実行犯として、大阪の吉田府議あるいは八尾の三宅市議がですね、告発をする。
そして18年、今年になってから中華料理店とか大阪朝鮮総連の関係施設を家宅捜索しました。
しかし、今もですね。
猶原さん拉致に関する犯人は一人も逮捕されていません。
それからもちろん、原さんは帰って来ていない。
北朝鮮は死んだと言っています。

実はこの原さんの事件だけではなくて、いまだにですね。
一人として拉致事件の加害者として罪を問われた、略取誘拐で何年間と言う罪を問われた人間というのは一人もいません。
政府認定16人いますけども、その誰についても事件は立件されていない。
つまり、拉致と言うのは過去の事件ではなくて現在と未来にかかわる事件であるという事です。
全く誰も捕まっていないという事は北朝鮮に対してどういうメッセージになるか?と。
ああ、日本という国は拉致をやっても誰も捕まらないんだと、安心して出来るんだというふうになるわけです。
安心して出来るという事になるとどうなるかと言うと、またやるという事に当然つながって参ります。

2週間くらい前だったと思いますけどフジテレビの報道でですね。
スイスで拉致じゃないか?というような動きのですね。
ちょうどたまたまテレビのスタッフが調べていたらば、スイスの大使館でパーティーやるんで来ないか?と言うふうに誘われたと。
自分たち行かなかったけれども、その後誘った相手を尾行して行ったらば、途中で田舎の駅でですね。
車に東洋系の女性、おそらく中国人だと思いますが、女性とですね。
そして西洋人の男性を乗せてそして北朝鮮の大使館に入って行ったと。
後でここでパーティーがあるんだと聞いたんだけどもと言ったら、誰も入って来ていないと。
そんな事は無いと、いうふうに答えられたという報道がございました。
ご覧になった方もおられるかもしれませんが、あれが拉致であるというふうに断言は出来ないんですけども、最初ですね。
このテレビのスタッフから電話を受けまして、実はこういうことがあったんですと、いうふうに向こうが聞いてきたときはですね。
どうも局の中で話をしたけれども、何か半信半疑だったそうであります。

私はですね。
話を聞いて、ああ連れて行かれなくて良かったですね、と言うふうに申し上げたんですが、どういう形か分かりませんがやはり人間を連れて行こうとしたんであろうと。
本人たちがあるいはひょっとしたら留学などとして行ったのかも知れませんが、いずれにしても少なくとも正しい方法ではなく人を連れて行こうとしたんではないだろうか?
あるいは連れて行こうとしたんではなくても、中で協力者を作ろうとしたんではないか?という事で、基本的にはやってる事は全く変わりません。
だからこれから先も拉致をやる可能性は十分にある。
そのときに今まで政府が認定している人の犯人を捕まえていないということ事態がですね。
北朝鮮に対して大変誤ったメッセージを与えるという事になる、ということであります。

Img_4114.jpg

Img_4115.jpg

この写真は富山県の黒部川の河口でですね。
発見された水中スクーター、今から6年前ほど前に発見されたものであります
平成11年から12年の間に埋められたものなんですが、全長160センチで重量78キロ。
写真の左上に取っ手みたいな物がありますが、ここに捕まって工作員が移動するために使うものです。
見つかった場所はこういう場所なんですが、もちろん夜は本当に人通りが無い所なんですけど、非常に開けた場所です。
左下のこの写真の砂地のあたりに埋めてあったものが、雨で砂がだんだん露出していって見つかったという事で、これは本当につい最近こういうことが行われていた、いうことになります。

Img_4116.jpg

Img_4118.jpg

それから今のはつい最近ですが、これはすでに40年以上前、能代事件と言う公安関係者の中では有名な事件がございます。
秋田県の能代の海岸に2回に亘って工作員の死体ですとか、あるいはこういうゴムボートとか装備が打ち上げられたという事件です。
その装備はこういうピストルですとか、あるいは上陸したときに一般の民間人を装う背広ですとか、様々なものが打ち上げられておりました。
これはたまたま失敗したからこういうふうになっているわけであって、大部分の侵入は成功しますから。
つまりこういうですね。
ピストルを持ってごく普通の民間人の格好をした人が日本国内を平気な顔をして歩いていると、これは「いた」ではありません。
歩いて「いる」と言う事であります。

Img_4120.jpg

日本の海岸と韓国の海岸ですね。
こうやって比べてみると分かるんですが、韓国の海岸と言うのはこうずっとですね。
鉄の柵が巡らされています。
下の写真の左のですね。
端の方にちょっと小屋のような物が見えますが、これは韓国軍の警備歩哨です。
夜になりますとここにですね。
実弾をこめた銃を持った兵隊が立って、そして警戒をすると。
海は船がパトロールをすると。
そういうところでも平気で北朝鮮の工作員と言うのは入ってくるわけです。
今は韓国の政府がめちゃくちゃですからこんな事をしなくても入って来られますが、おそらくそれでも入ってはいるだろうと思います。

で、これと日本の海岸とを比べてみれば、一目瞭然なんですが日本の海岸と言うのは全くですね。
警備をしていない。
鉄の柵も無ければ、自衛隊員が警備をしているわけでもありません。
ちなみに今、陸上自衛隊のですね。
隊員と言うのは約16万くらいですから、これを例えば張り付けて休みも何も関係なく守らせようとして、どれくらいの範囲を守れるか?と言うと、全部投入して青森県くらいが精一杯と言う事だそうです。
全く出来ないということであります。

先ほどお話をされました、大澤さんがいなくなった佐渡と言うのはですね。
形を思い出していただければ分かるように、面積の割りに非常に海岸線が長い。
しかも人口が少ない所でして、船の上陸とかですね。
進入と言うのはきわめて簡単な場所だというふうに思います。

Img_4121.jpg

これは皆様も本屋さんで手に入りますので、立ち読みでも結構ですから一度ご覧頂いたら良いと思うんですが、「我が朝鮮総連の罪と罰」と言う本がございまして、これ韓光熙(ハン・ガンヒ)、ハンは韓国の韓に光にヒは朴正熙の熙ですが、と言う元朝鮮総連の財政局の副局長ですね。
この人が一人で設定した進入ポイントです。
全国を回りまして海岸で、こういうところなら入りやすい、ここだったらば入っていく方が目印になる。
それから待っている方は見つかり難いという場所を探した場所が、鹿児島から北海道まで38ヶ所、載っかっております。

で、大澤さんのいなくなった佐渡も2ヶ所か3ヶ所確かあったと思いますが、これだけの場所を一人で設定したと言う事であります。
あくまで一人です、一人。
こんなことをやったのは一人だけではありません。
何十人もの人がやっているわけですから、何百ヶ所もですね。
おそらく太平洋側も含めて進入するポイントがあったのであろうと、あったというか、あるのであろうというふうに思います。
ここから自由に出入りして、そして時には人を連れ出しあるいは拉致して行き、または弾薬を持ち込んだり武器を持ち込んだりとかですね。
あるいは日本の機密情報を持ち出したりとか言う事をやっていたという事であります。

Img_4122.jpg

これはもうご覧になった方もおられると思いますが、今から5年前の九州南西沖の工作船事件で沈没した北朝鮮の工作船でございます。
この船はですね。
船の事に詳しい方は見て頂ければすぐにお分かりと思いますが、非常に切り立ったV字型の船首をしております。
これは漁船の形とは全然違うんでありまして、ともかく如何にスピードを出せるか?ということだけを考えて作った船です。
で、この船で40ノットくらいのスピードが出ます。
この船の後ろが開きまして、そこからこの右側の工作小船というふうに言いますが、ちょっと一見するとポンポン船のように見える小さな船が出てきます。
この船は何でもない船みたいに見えますが、実は50ノットくらいのスピードが出る非常に高性能の船でございまして、これで海岸近くまで行ってからこの下のゴムボートですとか、あるいは先ほどの水中スクーターで上陸をするというふうになっています。

今の船にはですね。
対空機関銃とかあるいは地対空ミサイルとか、そういうですね。
様々な武器が積んでございます。
あの時はこの船はですね。
元々海上保安庁の船か銃撃は受けてもちろん破損はしているんですが、それで沈んだわけではありません。
そのまま逃げられれば逃げられたかも知れませんし、あるいはもっと反撃出来たかもしれませんが、船底に穴を開けてですね。
そして沈んでいったという事でございます。
我々は日本という国は平和だと思っておりますが、この平和な日本に自分で死ぬ事を覚悟して、そして非常に重武装の武器を持ってですね。
入ってくる人間がいるんだという事だけは、我々は覚えておく必要があります。

で、今お話したのは海岸線のお話です。
しかし、埼玉は言うまでも無く海がございません。
海が無ければ大丈夫じゃないか?と言うふうに考える方もおられるかもしれませんが、そう思うとですね。
なんで川口であんなにたくさん人がいなくなっているんだ?ということが、理屈が分からなくなる訳でございます。
問題は海岸だけが危ない、と言うことではないという事なんですね。
イメージとしてはこの拉致と言うのは、海岸で待ち伏せされてそして袋に詰められて連れて行かれると言う事があります。
しかしこれは完全な思い込みです。
田口八重子さんだって全然海でやられているわけでも何でもない。

連れ出されている場所は皆さん当然海ですが、しかしそこに行くまでの実際の拉致というのは、誰を拉致するか?ということを時間を掛けて調べて、そして騙して連れて行くと言う事の方が多い、と思われます。
全く海岸で待ち伏せされてというのが無いとは言えないと思いますけども、実際にはそれほど多くは無い。
先ほどの原敕晁さんの事件だって連れて行かれたのは青島海岸ですが、実際の拉致の舞台は大阪市内ということになるんです。

内陸での拉致をするためには当然・・・(聞き取れず)スパイとか協力者が必ず必要になります。
しかし先ほど言いましたように、誰一人として罪に問われた人というのはいません。
これまで拉致の実行犯として逮捕された事があるのは、久米裕さんの拉致。
久米さんと言うのは東京三鷹市(役所)のガードマンですけども、この人の拉致における東京のサラ金業者の李という男ですが、これだけです。
しかしこの李と言うのは結局ですね。
起訴されませんでした。
警察はしたかったようですけども検察が言う事を聞かなくて、結局不起訴処分で終ってしまって今でもこの人物はですね。
東京の今は現西東京市で普通の市民として、一回も罪を問われたことなく暮らしております。

・・・その2に続く・・・
posted by ぴろん at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.9.18 佐藤悟志さん(RENK) 南越谷集会(7)南越谷サンシティにて

『佐藤悟志さん(RENK)の講演』

★司会 古藤勝次 埼玉救う会副代表

それではですね。
次にRENKの佐藤さんからお話を伺いたいと思います。
私どもはですね。
北朝鮮に拉致された日本人を救出するのが目的で、RENKとは目的が違います。

ただ、最近ですね。
私どもも北朝鮮のあの現体制が今のままで果たして拉致、あるいは特定失踪者の方を全員奪還出来るんだろうか?
やっぱり拉致問題を解決する為には、あの政権を何とかしないと何ともならないのではないか?と、そういう思いが非常に沸いて来てます。

そういう意味でですね。
北朝鮮の民主化と現政権の打倒ということを目的としているRENKの人のお話はですね。
ぜひ興味を持って伺いたいと、そういうふうに思っています。
佐藤さん、よろしくお願いします。

★佐藤悟志さん

(拍手)
どうもはじめまして、佐藤悟志です。
今日は古藤さんの紹介でRENKと言う事だったんですけども、RENKと言いましても要するに北朝鮮の民主化という一点で寄り集まっています団体でありまして、それ以上細かい意思統一があるわけじゃないので、中では左翼の人からネオコン的な私のような人物まで幅広く寄り集まっている団体で各人それぞれに活躍しているという形ですので、一応今日はRENKの会員と言うことで話をさせて頂きますけども、私がRENKの代表的な人物と言うわけではございませんが、RENKの会員の一例と言うことで話を聞いていただければ有難いと思います。

本日は東部の会結成と言うことで、これから頑張って頂きたい、ともに頑張っていきたいと思っていますけど。
ご存じない方もいると思うので一応RENKの簡単な紹介をしておきますと、テレビ等にも出演している李英和という関西大学の教授をしている人物が代表をやっておりまして、そのもとに私たちが集まっているわけですけども。
李英和が90年代の最初の頃に北朝鮮へ留学しまして、それで北朝鮮の現状を見るにつけて、これでは拙いのではないか?という事で、北朝鮮の民主化というようなことを掲げて。
それまでいろいろ政治活動をしていたんですけど、その仲間を集めてRENKを結成して大々的に北朝鮮の問題について活動をしたのが最初が93年だったんです。

今は拉致問題等で雰囲気は変わっているんですけども、当時は本当に今と全然違う感じでありまして、李英和が仲間を集めて北朝鮮の現状について告発したりと言う集会をやろうとしたんですけども、朝鮮総連の大部隊が襲って来ましてですね。
集会もデモも、完全に潰されてしまうっていうんですか?
要するにこういう集会をやっているところに団体がわぁっと入り込んでめちゃめちゃにして追い出すっていうんですか?
それで警察も一応来ているんですけど何も役に立たないっていうか、今でも多少そういう所があると思うんですけど、朝鮮総連というかそっちの方には手を出し難いというか、規制し難いという状況がありましてですね。
本当にやりたい放題のことをやってきまして、パレードも予定していたんですが、そういうものも全く出来なくなってしまって、参加者も老若男女が怪我を負わされてしまうということがあってですね。
と言う中でRENKの結成を行ったんですけども、そのころから比べると今の雰囲気と言うのは本当に変わって来たんですけど、初めはそういう感じだったと。

その後、小川晴久先生がやっている、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」が結成されて、それが94年に集会をやったんですけども、神田だったかな?
そこにも朝鮮総連の大部隊が襲ってきましてめちゃめちゃにされるということが当時ありまして、そういう中で、特にそれでも彼らがやられたのは一応在日という事で、内情についていろいろ詳しかったりしたので、そういうそういう奴にしゃべられるのは非常に厄介と言うか困るというか、生意気という事で潰されてしまったんですけど。

そのときにRENKが、やられたままではいかんということで刑事告発をして、それを受けて警察の方で初めてですね。
朝鮮総連の方にガサ入れが行われましてですね。
結局たいした処罰はされなかったんですけど、向こうの総連の幹部の方は。
ただそのときに総連本部の名簿がいろいろ警察の手に入ってきて、朝鮮総連がびびりましてそれ以降余りやって来ない、と言う状態になりましたけど。

そういう厳しい中で、当時万景峰号の入港等に関しても抗議船を出して抗議したりと、90年代の最初の頃ですけどね。
RENK的には挑戦的なことをやってきたのではないか。
こんな感じでやってきたんですけども、その中で結局組織的には、「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」と言うことになっていますけど、結果的には北朝鮮の民主化が必要なんではないか?と。
食料を送るという人道的なこともチラッとやったことはあったんですけど、結局それはほとんど意味がないというか、ほとんど北朝鮮に届かないで途中で全部抜かれてしまうということがありまして、結論的に北朝鮮現体制を解体しなければならないんじゃないか?という事で最近は、そういう主張と言うか宣伝活動を中心にやるようになって来ています。

で、そのような襲撃されているという経験を通じて僕なんかが感じたことですけど、やっぱり僕らまだ日本だから生きていられるんですね。
これがそれこそ北朝鮮だったりすれば全然生きていられないというか、例えば僕らが総連に襲撃されたりありましたけど、北朝鮮で朝鮮人の人たちが、あるいは日本から拉致された拉致被害者の人たちが、こうむっている暴力と言うのはそれの数千倍というか、数万倍と言うか、想像を絶するような酷い重圧と言うか暴力が北朝鮮の現体制によって加えられているということを、多少なりとも自分の体で想像する事が出来るようになったということで、襲撃されたことも結構いい経験になったのではないか?と、いうようなことも私的には考えています。

ただ北朝鮮を民主化するといった場合、どうしたらいいのか?ということ。
いろいろ意見もあるでしょうし選択肢等もあるでしょうけど、私の個人的な意見としては、まず圧力が必要であると。
北朝鮮問題の場合には、これは北朝鮮問題ではあるけども、実は中国問題でもあるわけですよね。
北朝鮮と言うのは実は北朝鮮だけで成立しているのではなくて、そもそも朝鮮戦争のときに中国がそれこそ何百万と言う軍隊を押し立ててきて韓国軍、米韓連合軍を押し返してですね。
北朝鮮をこしらえ上げたというか、北朝鮮の縄張りを守ることによって北朝鮮と言うのが成立したわけですし、それ以降も北朝鮮に対し中国は食料なりエネルギーなりを援助し、尚且つ中朝友好協力相互援助協約というのがありまして、要するに軍事同盟ですよね。
北朝鮮がアメリカなどに攻撃されたときは、中国軍が行って守るんだというような軍事同盟を中国と結んでいることによって、北朝鮮と言うのは結構ああいう無茶なことをしまくる、ということが実は可能になっているわけですね。

私としては北朝鮮の関係する問題ですけども、結局後ろで糸を引いている中国に対して、これときちんと対決していかなければいけないんじゃないか?
そのためには、それこそ憲法改正とかあるいは核武装とか、そんなことも考えなければいけないかな?というのはちょっと最近考えています。
そういう大問題的な問題を考えていく必要はあると思うんですけど、ただ、今特定失踪者の家族のお話を聞いていて思うんですけど、じゃあ何のために北朝鮮を民主化したり拉致問題を僕らは取り組むのか?
どうしたらいいのか?何が必要なのか?ということを考えたときに、やっぱり正義が必要だと思いますよね。

先ほどのご家族の話にもありましたけども、彼らは別にお金が無かったとか、仕事が無かったとか、って言うことでいなくなったと言う訳ではなくて、普通に暮らしていたわけですよね?
で、普通に暮らしている人間が何の罪も無く何の理由も無いのに、家族を奪い去られて攫われてしまう。
というような現実があるときに、私たちはじゃあ普通に生活していくために何が必要なのか?
やっぱり正義と言うかむやみに攫われない、むやみに勝手な暴力に晒されない、ということがまず第一にこの国においても確立されなければならないんじゃないか?
それは先ほど話に出てきた飲酒運転の話もそうですし、あるいは広島の木下あいりちゃんの事件がありましたよね?
あの事件なんかを見ても、そしたら拉致問題を鑑みるにつけても、僕らはまず正義と言うものを実現しなければならないんじゃないか?
その正義も当たり前に生活している普通の人々を守るための正義、と言うことが大事なんじゃないか?と。

RENKの立場からもう一点言っておくと、北朝鮮に住んでいる人々も私たちと同じように生活があり、家族があるわけです。
しかし彼らはまさに、正義の反対の不正義の存在によって普通の生活を奪われて、北朝鮮において普通というか、まともな人というか、優しい人、他人に対して思いやりのある人から先に死んでいくというか、順番に死んでいく。
と言う現実があります。

脱北者の人たちが90年代後半の飢餓の状況についてお話されていたんですけども、まず最初にお年寄りの方から死んでいったと。
彼らは食料が無くなった時に、自分よりも若い人たちを守って、例えば子供たちとかね。
そういう子たちを生存させていくために自ら食料を絶って年寄りたちが死んでいったんだと、そのように伺いました。
しかしそのような努力もむなしく北朝鮮では子供たちも次々死んでいく。
あるいは食糧不足から病気になり、あるいは寒さに耐え切れずに手足が腐っていって手足が無くなっていく中で死んでいくというような、厳しい状況におかれています。

これと拉致問題の元凶と言うのは実は全く同じなんですね。
北朝鮮に存在している不正義の塊と言うか、最悪の不正義であるところの金正日体制、これの存在によって彼らもそして私たちも苦しめられている。
従って結論的に言えると思うんですけども、拉致問題の取り組みも含めて北朝鮮の金正日体制との戦いは日本のためだけでなく、朝鮮とかひいてはアジアの解放のためにも正義の戦いであるということは言えると思います。
私が言えるのは今日、これくらいです。
どうも長々とありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・
06.11.12
佐藤氏ご本人の校正を経て、本文の一部の修正・加筆等を行いました。
posted by ぴろん at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

06.9.18 佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母) 南越谷集会(6)南越谷サンシティにて

『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』



皆様こんにちは。(「こんにちは」の声)
私は特定失踪者問題調査会にお世話になっております、佐々木悦子の母、佐々木アイ子と申します。
いつも皆様にはお世話になっております。

うちの娘は平成3年4月22日月曜日、浦和埼玉銀行に勤務、朝出たまま、パスポート・免許証・預金なども一切手付かず失踪です。
それで15年になります。
それから特定失踪者問題調査会にお願いしてから4年になります。
その間に脱北者の証言で悦子を目撃と言うことで、拉致濃厚と言うことで県警の方に告発してありますが、なかなかまだそれも何にも変わりは無く、国にも認定もされておりません。

とにかく今日は18日、主人の命日なんです。
娘がいなくなってから5年後、娘のことでどんなにか辛い思いをしてあっちこっち、警察、銀行関係、学校、本当にもういろんな関係者のところに足を運び一生懸命に探しましたが、その頃はまだ北朝鮮など娘がそんな所に、何にも考えておりませんでした。
本当に無念だったと思います。

今日18日は主人の命日で、「今日は越谷のサンシティへ集会に行って来ます」と挨拶して来ました。
どうか悦子が一日も早く日本の土を踏めますように、皆様これからもよろしくお願いします。(拍手)

氏名 佐々木 悦子
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
ふりがな ささき えつこ
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
性別 女 当時の年齢 27
身長 162センチ 体重 52キロ
公開 第1次公開
当時の身分 埼玉銀行パート
特徴 左目の下に泣きぼくろあり、両手共ふっくらとしているが指先が細い。
失踪場所 埼玉県浦和市
失踪状況 「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html


★引き続き、鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)による特定失踪者の紹介

続きまして新木章さん、年齢はその当時29歳でございました。
職業は銀行員です。
昭和52年5月21日に行方不明になりました。
川口市の自宅から外出したまま行方不明、いうことで、その後情報によりますと北朝鮮で見かけたと言うような情報も入っております。

氏名 新木 章
失踪年月日 昭和52(1977)年5月21日
ふりがな あらき あきら
生年月日 昭和22(1947)年10月16日
性別 男 当時の年齢 29
身長 体重
公開 第1次公開
当時の身分 銀行員(事務系、コンピュータを使う仕事)
特徴 中肉中背、眼鏡使用。
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 「買い物に行く。午後6時か7時には帰る」と川口市の自宅を出たまま失踪。家を出たときは財布しか持っていない。免許証、クレジットカードが入っていたが、更新がされていないし、カードは使っていない。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html


★引き続き鈴木智さん

続きまして、石井久宏さん
年齢は29歳です。
職業としましては化粧品店の経営。
49年5月1日の失踪でございます。
100万円以上の経営資金を持ったまま、自家用車ごと行方不明。
失踪後免許証の更新はされておりません。

氏名 石井 久宏
失踪年月日 昭和49(1974)年5月1日か2日
ふりがな いしい ひさひろ
生年月日 昭和19(1944)年9月29日
性別 男 当時の年齢 29
身長 体重
公開 第13次公開
当時の身分 化粧品、雑貨販売店経営
特徴
失踪場所 埼玉県川口市の店舗兼自宅から
失踪状況 化粧品店を経営しており、多額の借金を抱えてしまっていた。父親などが金を用意して経営を立て直す方向で話をすすめ、母親も店の経営を手伝っていた。本人の努力しだいで十分解決方法もある状態であったが、突然100万以上の経営資金を持ったまま自家用車ごと行方不明となった。当時、遊び方が派手になっており、マージャンやバーなどで、複数の朝鮮系?の方と一緒に居るところを従妹が目撃している(言葉からそう思ったとのこと)。店の隣もパチンコ屋だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html


★引き続き鈴木智さん

続きまして、長谷山洋さん。
年齢は24歳です。
平成6年、平成になってからですね。
8月ごろの失踪です。
戸田市内にある会社を1週間勤めて辞めた翌朝、友人が目撃したのを最後に行方不明。
静岡県伊東市に住民票を移していたが、その番地には該当したものはありません。

いうことでもって、田口八重子さんの義理のお姉さんのご紹介と、特定失踪者7名のうちのここに皆様にお訴えをさせて頂いた3名。
今日はどうしてもやむを得ず事情によりまして、こちらに来ることが出来ない失踪者3人をご紹介させて頂きました。
どうもありがとうございました。(拍手)

氏名 長谷山 洋
失踪年月日 平成6(1994)年8月頃
ふりがな はせやま ひろし
生年月日 昭和45(1970)年1月16日
性別 男 当時の年齢 24
身長 175センチ 体重 70キロ
公開 第10次公開
当時の身分 無職(退職直後)
特徴 胸にペンダント形の大きなヤケドの跡がある。
失踪場所 埼玉県川口市付近
失踪状況 失踪の約1週間前、戸田市の会社に就職。川口市のアパートを引き払い、会社が借り上げた寮に移ったが、その会社を1週間ほどで辞め、寮も引き払った。その夜川口市内の弟の家で食事をし、翌朝、友人が川口市内を歩く本人を目撃したのを最後に失踪。失踪後、静岡県伊東市に住民票を移していることが分かり、そこ場所へ行ってみたが、転出先の住所の番地は存在しなかった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

06.9.18 大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟) 南越谷集会(5)南越谷サンシティにて

『大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え』




こんにちは。(「こんにちは」の声)
私は藤田進の従兄弟の大平と申します。
藤田はですね。
昭和51年に失踪してしまいました。
今だから失踪と言えるんですけども、その当時は訳分からず行方不明者と多分扱われていたでしょう。

皆さん、ちょっと想像して頂きたいんです。
いつも家族が生活している。
そしてある時から、行って参りますってそれで別れてしまった場合、残された家族はどんな気持ちでどうしたら良いでしょう?という、非常につらい悲しい時期が始まるわけですね。
誰に聞いてもその場所が分からない。
どこへ行って探して良いかも分からない。
そしてそれが一日、一週間、十日と経っても何の手がかりも無い。
家族は、本当に生きているだろうか?どこに行ってしまったんだろうか?と考えるでしょう。

彼はこの年、失踪したときは19歳でした。
その年の6月に二十歳になるんです。
人生の節目の二十歳、やっと大人になれた成人になれた言う時期だった。
それから何と30年、今年彼は50歳になる。
もうなってしまいました。
それも北朝鮮でこの30年を過ごしたということに、私は非常に憤りを感じています。

日本にいて自分が20歳、20代のとき何をしたか?
仕事に夢を持ち、そしていい人と出会って結婚する。
当たり前のことです。
そして30代は家庭を持って子供を生み、子育てをする。
当たり前の生活が出来るはずだったんです。
20歳代、30歳代、40歳代の人生一番良い時に彼は北朝鮮で過ごしてしまっているんです。

彼が北朝鮮にいると分かったのは、私は2年前でした。
ある一枚の脱北者からの写真を見て、テレビ報道されて、私はテレビから初めてその事実を知らされたんです。
まさか、え?これが本当のことなの?
彼が生きているだろうと言うことに対しては非常に嬉しい思いはあったんですけれども、なぜ北朝鮮なんだよ?
そのような憤りは今でも失っていません。

昭和47年に戦争で、(旧日本兵の)横井庄一さんがグアム島から帰って来ました。
あの時には27年間グアムで過ごし、そして発見されて戻ってきた。
昭和49年には小野田寛郎さんが29年間、フィリッピンのルバング島にいて日本に帰ってくることが出来ました。
しかしまだ藤田は30年経ってもまだ日本の土を踏めていないんです。
これはもう戦争犠牲者、テロ犠牲者という言葉以外無いんではなかろうかと思っています。

私は小さいころ、川口の隣町の戸田と言うところに住んでいました
彼と私は子供の足でも歩いていける距離なので、20分とか25分で行けました。
そこでよく遊んでいたものです。
自分が結婚して三郷に移り、そして今越谷の隣の松伏町と言うところに住んでいます。
以前は川口・浦和・大宮と言う京浜線沿線で育った自分が、今草加・越谷・春日部と言う東武線に居を替えて、そしてこの場で皆様に藤田の話を出来ることが非常に不思議な気持ちでもあり、嬉しく思っています。

どうかここに今日お集まりの皆様、これからも私はこの沿線でせっかく今日、会を立ち上げて頂きましたので私の力の範囲で協力させて頂こうと思っています。
これからも皆さんのご支援をよろしくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)

氏名 藤田 進
失踪年月日 昭和51(1976)年2月7日
ふりがな ふじた すすむ
生年月日 昭和31(1946)年6月16日
性別 男 当時の年齢 19
身長 体重
公開 第5次公開
当時の身分 東京学芸大学教育学部1年生
特徴 家ではあまりしゃべらないタイプ、ギターがうまかった。
失踪場所 埼玉県川口市の自宅
失踪状況 失踪当日6:30〜7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。脱北者が北朝鮮から持ちだした写真が、鑑定の結果、藤田進さんである可能性が極めて高いことが判明。平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

06.9.18 鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄) 南越谷集会(4)南越谷サンシティにて

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』

Img_4095.jpg



Img_4100.jpg

それと3番目になりますが、この写真は私の弟、特定失踪者・鈴木賢でございます。
私の弟は昭和47年5月に大学を卒業し、就職した会社の春のレクリェーションで奥多摩に行くということでハイキングスタイルで、当時の自宅でございました三芳町藤久保の家を、母親と言葉を交わして朝6時に家を出ました。
何としても不可解なことが数多くあるんですけども、ハイキングに行くといって現地に行ってないわけですね。
会社の上司・同僚、どうも本人を見ていない、会っていない。
私も数日後に会社を訪ねましていろいろお聞きしたんですけど、全くと言って良い位本人が現地に行っていると言う姿は見えませんでした。

それともうひとつはハイキングスタイルですから、まさに白のシューズを履いているわけですね。
上着は紺地に白のカーディガン、それから免許証を持って出ているわけです。
この免許証も更新は一切されておりません。
その後も毎年免許証の更新についてはそれぞれの機関に行って調べておるんですけど、全く更新はされていない。
言うようなことで、今年でですね。
丸34年になります。

この間、今お話しましたように家族・友人・同僚その他、誰一人として本人の顔を見たとか、あるいは声を聞いたというような人は一人としておりません。
もちろん私どもは考えられる手立てを尽くしてやるだけの事はやりました。
調べるだけのことは調べました。
しかしながらそれ以降、生死にかかわる情報とか資料などは一切ございません。
今日は特定失踪者調査会の荒木代表がお見えになっておりますが、これからですね。
拉致問題の現状とか、あるいはこれからの展望について、グローバルな視点からいろいろお話を頂けると思いますが。

私、特定失踪者が全員拉致被害者だとは思っておりません。
しかしながら数人か数十人か数百人か分かりませんが、政府で認定された拉致被害者と同じように北朝鮮で拘束されて、国を思い肉親を思って救出を待ち続けている事は間違いないことだというふうに考えております。

現在北朝鮮はミサイルとか核の問題が大変大きく浮上しまして、そちらの方に眼が向いておりますけども、この拉致問題はですね。
国のトップが先送りをしているんじゃないか?と言うふうに考えております。
まさに拉致問題の全面解明、拉致被害者の救出については先送りをされてはたまりません。

私たちはこの拉致問題を次の世代に引き渡すことは出来ません。
なんとしても私たちの世代で解決せねばなりません。
今日お集まり頂きました市民の多くの皆さんのご支援を力にしまして、これからも継続的に拉致被害者救出に向けてのアピール活動を継続していきたいとこういうふうに思っています。
ありがとうございました。(拍手)

氏名 鈴木 賢
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
ふりがな すずき まさる
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
性別 男 当時の年齢 23
身長 170センチ 体重
公開 第3次公開
当時の身分 会社員
特徴 中肉。
失踪場所 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

06.9.18 飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉) 南越谷集会(3)南越谷サンシティにて

〜〜特定失踪者家族の訴え〜〜

★司会 古藤勝次 埼玉救う会副代表

それでは次にですね。
埼玉は多くの拉致被害者、特定失踪者の方を抱えています。
特に川口では8人もの方があります。
鈴木さんの方から説明して頂きたいと思います。

★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)

こんにちは。(「こんにちは」の声)
はじめまして。
私、「拉致問題を考える川口の会」の鈴木と申します。
拉致問題を考える川口の会の発足は平成16年で、皆さんご承知のように拉致被害者の田口八重子さんのご家族と、川口市に居住あるいは勤め先を持つ特定失踪者7名の家族とともに、更に拉致被害者田口八重子さんを救う会、それと拉致問題は何があっても許すことが出来ない。
拉致被害者を一刻も早く救出しようと言うことで、川口市を中心にした数多くの市民の皆様のご支援を頂いて、私どもは定例的に拉致問題の全面解決、拉致被害者の救出に向けてアピール活動を続けております。
それでは私の方からご紹介したいと思うんですけど、田口八重子さんの義理のお姉さんです。
飯塚綾子さんです。(拍手)

『飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉)の訴え』

Img_4099.jpg



こんにちは。
今日はたくさんお集まりくださいましてありがとうございます。
私は田口八重子の2番目の兄の妻の飯塚綾子と申します。
よろしくお願いします。

田口八重子は(昭和)53年6月に、池袋から2歳と1歳の子供を残したまま北朝鮮に拉致されました。
私は(昭和)51年に結婚しましたので、妹とは1年半くらいの付き合いと言うか、1年半くらい知っているんですけど、妹の性格は私が初めて会った時、私より8歳年下なんですけど、かなり親しげに話してくれる人懐っこい性格だったと思います。
会ったのは何回しか無かったんですけど、きれいにお化粧していてスタイルが良くて、若くてきれいなお母さんだなと思ったのを覚えています。
これからもどうぞ、ご支援よろしくお願いします。(拍手)

★鈴木智さん

『特定失踪者・井上克美さんの紹介』

Img_4100.jpg

続きましてこちらのパネルをご覧頂きたいんですけど、同じく川口市内から失踪いたしました井上克美さんです。
職業は電気工事士でございます。
昭和46年12月に川口市内でこの会社の忘年会がございまして、その忘年会の時にですね。
友人と別れて行方不明。
自宅には長男が誕生する数日前だったので、自分の意思でいなくなるというのは考え難いわけです。

氏名 井上 克美
失踪年月日 昭和46(1971)年12月29日
ふりがな いのうえ かつよし
生年月日 昭和25(1950)年6月8日
性別 男 当時の年齢 21
身長 体重
公開 第4次公開
当時の身分 電気工事店勤務
特徴
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 失踪当日会社の忘年会の後、川口市内の飲食店で飲み(午前0時〜1時)、すし屋で食事をした後友人と別れた。当時泥酔状態。夜帰宅しなかったので翌30日前実家にtelがあり両親も知った。妻の話では正月は家に行くと言っていたので実家に帰っているのではと思いtelしたとのこと。運転免許の更新もなし。連絡も一切なし。長男が生まれる直前だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

06.9.18 大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄) 南越谷集会(2)南越谷サンシティにて

『大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え』

Img_4092.jpg



ただ今ご紹介にあずかりました、私、特定失踪者・大澤孝司の兄で大澤茂樹と申します。
本日は、埼玉の東部第一回の集会に参加させていただきまして本当にありがとうございます。
私ども兄弟は3人で、一番上の兄は新潟市で家業の跡をとっており、私は次男で横浜市瀬谷区に在住している関係上、埼玉の救う会の皆様には日ごろから大変にお世話になっております。
そういう関係で本日は埼玉救う会の古藤さんに(声をかけていただき)、私の弟はまだ特定失踪者の身でありながらこのような貴重な時間を頂き、私まで訴える時間を割いて頂きまして埼玉の救う会には本当に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

私が、拉致されたのは一番下の弟で、新潟県の佐渡島で赴任中、曽我さんたちより約2年半前の事件になります。
私はこのようにして越谷市民の皆様方にお会いするのは初めてであり、おそらく私の弟の拉致の内容についてはご存知の方はお出でにならないと思いますので、ちょっと話がくどくなるかも分かりませんが、弟が失踪した時の状況よりお話をさせて頂き、ご支援を頂ければ幸いに存じます。

弟隆司は昭和49年、1974年の2月の24日、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん・ミヨシさん親子が拉致された真野町の現場から7〜8キロしか離れていない、トキの保護センターのある新穂村と言う所で北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。
失踪時27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する新潟県庁の職員でございました。

事件当日は日曜日で寄宿舎の仲間と卓球で遊び、午後から一人で隣の金井町と言う所に遊びに行き、その帰り寄宿舎に戻っても寄宿舎の食堂が休みとなってい事で、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも取った様でございますが、そこの店を7時半ごろ出るとき店の女将さんに、「ああ飲んだし、食べたし、これから寮に帰って寝るか」と、いつもと変わらぬ様子で挨拶を交わし、そこの店を出て帰宅途中知人宅に立ち寄り2〜3分話をした後帰ろうとした所、その知人宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の仲間かまたそこの店に入ろうとしていたお客さんか定かではありませんが、弟が出ると同時に店に入るのをやめ弟の後を追ったようで、それから間もなくして車が急発進するタイヤの軋む音を、そこの女将さんともう一人近所のおばさんが聞いたのが最後で、その後の足取りはつかめておりません。

翌日その車が急発進したと思われる周辺からハングル文字のマッチが一つ見つかっただけで、それ以外の証拠物は何一つ見つかっておりません。
またその知人宅から寄宿舎までの距離は200メートル足らずで、その間に海があるわけじゃなく流されるような大きな川もなく、周りはその当時田んぼと畑が多いような非常に長閑な所で、突然大の男がそこから消えると言う事は不自然であり、佐渡の両津警察さんの方から佐渡警察始まって以来の大掛かりな捜索と、新潟県の方と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり、くまなく佐渡中捜索するも弟を見つけ出す事も、失踪する理由さえ掴む事は出来ませんでした。

私ども家族は、こんなに大掛かりな捜索をして頂いたにも拘らず見つからないということは、神隠しにでも遭ったものと諦めもしておりましたが、その後の情報によりますと、曽我さんたちと同じような手口で北朝鮮に拉致されている疑いがあるという情報を頂き、私どもは新潟県警の方に再調査を要請。
それと同時に特定失踪者問題調査会、この後ご講演されて頂く荒木先生の元にお願いし調査して頂いた所、弟隆司は北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つないということで、平成15年の9月調査会の認定を頂き、また調査会の中の拉致の疑い濃厚な000番台リストにも載せて頂く事が出来ました。

一方日本政府は証拠不十分とし、今現在も新潟県警の方で再調査が継続されておりますが、同じく15年の10月に新潟県の定例記者会見の場におきまして、私の弟ともう一人山梨県甲府市で、図書館に行くと言って自宅を出たまま行方が分からず、4日後柏崎の荒浜海岸。
この荒浜海岸というところは蓮池ご夫妻が拉致されたすぐ隣の海岸でございます。
その荒浜海岸で4日後セカンドバッグが見つかった山本美保さんの二人は、拉致の疑い濃厚と言う新潟県警の異例中の異例の見解を頂くことが出来ました。

そして年が替わり平成16年の1月、その時点で調査会の中の拉致の疑い濃厚な16名が一斉に、法律家の会の先生方のご援助を頂き、拉致されたと思われる各都道府県の県警本部に被疑者不肖のまま、国外移送目的略取容疑で告発状を提出。
それと同時に日弁連の人権擁護委員会に、人権救済を申し出る手続きを取って頂く事が出来ました。

そして年が替わり平成17件の3月、人権擁護委員会の方で調査し、16名全て全員が拉致の疑いが高いという事で日本政府と警察庁の方に人権救済の要望書を提出していただく事が出来ましたが、いまだにこの16名の中で一人も日本政府の認定には至っておりません。

またすぐ隣の川口市で失踪した藤田進さん、そして千葉で失踪した加瀬テル子さんの顔写真が一昨年、脱北者の手によって北朝鮮から持ち出され、法医学の権威者であります橋本先生がその写真を鑑定した結果、本人に間違いないと言う鑑定を頂いているにも拘らず、日本政府はこの二人さえ拉致認定には至っておりません。
何なんでしょうか?
これ以上拉致害者が出たら困る事でもあるんでしょうか?
私は拉致は人権侵害であり、決して許すわけには行きません。

今ある日忽然と行方不明になり、拉致の疑いが排除できない470名のご家族が荒木先生の元に調査依頼が出され調査した結果約250名の、このポスターにも掲載されておりますが、約250名の方々が特定失踪者としてこのように公表されております。
私はこの中で実際に何人の方々が北朝鮮に拉致されているか想像も付きませんが、北朝鮮の研究者によりますと少なくとも100名から150名は拉致されていると言うことであり、まだまだこんなにたくさんの拉致被害者がいるという事を知って頂きたいと思います。

北朝鮮は国家として国として偽札を作ったり偽タバコを作ったり、また麻薬まで作っているような国でございます。
そんな国を相手に話し合いだけの拉致問題の解決が付くんでしょうか?
私は交渉するだけ無駄だと思っております。
今北朝鮮に拉致されている拉致被害者は、日本政府が認定している11件16名の他に、まだまだこんなにたくさんいるという事を知っていただき、私はですね。
この拉致問題を一刻も早く解決して頂くには、今世界中の国々がですね。
北朝鮮の大量核兵器の開発を断固阻止しようと包囲網を狭める中、今こそ日本政府は毅然とした態度でありとあらゆる手段を用い解決して貰わなければならないと思っております。

既に特定船舶入港禁止法で万景号の入港禁止措置が講じられ、また明日からでも一部の金融制裁の発動がなされるとニュースで聞いておりますが、経済封鎖の出来る物は全て経済封鎖をしていただき、金正日体制の崩壊をしなければ、私はこの拉致問題の完全解決は有り得ない物と思っております。

拉致被害者と拉致被害者家族は年々老いており、私のところも例外ではなく弟は今年の6月で還暦となりました。
また母親は既に(昭和)63年に他界しましたが、今現在96歳になる父親は今のところ健在でございます。
せめて父親が元気なうちに弟ともう一度再会を果たしてやりたく、それにはもう時間がございません。
もうこれ以上待てません。

近々、この26日にも安倍新政権が誕生するものと思いますが、私は安倍新政権に期待しております。
安倍さんならきっとこの拉致問題を全面解決してくれると思っております。
ですからこの拉致問題を解決するには更なる皆様方のお力で安倍新政権にバックアップをして頂き、一刻も早く解決して頂く為に更なる皆様方のご支援とご協力をお願いしまして、甚だお粗末ではございますが私の訴えとさせて頂きます。
今後とも宜しくお願い致します。(拍手)
posted by ぴろん at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

06.9.18 関口陽一救う会埼玉東部の会会長 南越谷集会(1)南越谷サンシティにて

『関口陽一 救う会埼玉東部の会会長の挨拶』

おはようございます。
今日は天候も悪かったんですけど、回復したようで多数の皆さんに参加して頂いていてありがとうございます。
今日はですね。
ちょっと話変わりますけども、九州の方では台風で被害が出ておりまして、本来遠くの方の被害に遭われた方々に対しても、我々は同じ日本人である限りはその方々に対しても同じように悲しみ同じようにですね。
・・・(聞き取れず)思いしなければならないと思うんですが、残念ながら最近の日本人は自分の身内が被害に遭わない限り、他人事として終わっている傾向があります。
これが今回の最近起きている飲酒運転もそうなんですけども、自分の家族が交通事故に遭わない限り、絶対飲酒運転は無くなりません。

それは、この拉致被害でもそうです。
これだけの1億数千万の国民がいるにも拘らず、いまひとつ国民の意識が薄い。
これが他の国であれば大変な暴動が起きて、もうすぐに解決するような問題です。
残念ながら我々が出来るのは運動は市民運動どまりで、これを解決するのは国です。
拉致被害と言うのはですね。
最近テロと言われておりますけど、テロと同時であるとどうじにですね。
これが日本の主権侵害です。
主権を侵害された以上、国は主権を前面に押し出し国力を使って全てを解決しなければならない。

我々国民は国に多額の税金を払い、そして貴重な一票を投じ、子供たちの未来を国に委ねています。
国は国民の生命財産を守る義務があり、我々国民はそれを国に要求する権利があります。
しかし国が動かない以上、我々国民が・・・(聞き取れず)にして圧力をかけなければならない。
ごくわずかな拉致被害者が解放されただけで、一部の世論では解決したように思われていますが、まだ何も解決していません。
国が動かない以上、我々国民が総力を挙げて国に圧力をかけて、拉致被害者早期全員奪還に向けて動かなければなりません。

そのために今回救う会埼玉の他に、この越谷を基点として近隣の草加、春日部といった近隣の方々の協力を仰ごうと思いまして、救う会埼玉東部の会と言うのを設立しました。
今日はその第一回目の講演会であります。
今後、我々救う会埼玉東部の会は総力を挙げて、拉致被害者早期全員奪還の為に死力を尽くして頑張りますので、是非皆さんの協力をお願いします。
これで挨拶に代えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月10日

06.1.21 三角裕明 救う会埼玉事務局次長 南越谷集会(11)南越谷サンシティにて

『三角裕明 救う会埼玉事務局次長 閉会の挨拶』

Img_1805.jpg

本日は私たち故郷・埼玉県の拉致被害者家族の方たちにお話しを頂きました。
私たちは、私もですけど被害者たちに届けたいです。
私たち埼玉県の仲間たちは決して被害者たちの事を忘れる事は無いと。
また助けたい、助けに行きたいという事を埼玉県の仲間たち、また日本の仲間たちと連帯してですね。
この活動を続けていきたいと考えております。
また二度とこれ以上ですね。
同じ事が今後の日本に起きないように、家族とか地域社会とかですね。
連携を取り合ってシッカリとした日本の社会を作りたいと考える今日この頃であります。

あと最後に一つご協力のお願いなんですけど、皆さんの手元にも入ってますが古川了子さん。
特定失踪者で千葉から拉致された方ですが、この方の裁判が今進んでおりまして1月26日にですね。
4人の証人採用を求める裁判が行われるということでして、26日にですね。
9時15分、ビラ配りを東京地裁の前で行うという事であります。
26日9時15分、ビラ配布を東京地裁の前で行うと、いう事であります。
もしご都合付く方があったらばご協力の方お願いいたします。
以上です。(拍手)

★司会
最後に申し上げます。
昨年ですね。
埼玉の救う会で講演会を浦和の方で講演会を、県民集会を行いました。
初めて横田拓也君を呼んだんですけども。
僕はお父さんとお母さんが一生懸命やっていて子供はどうしているんかなぁ?と昔から思っておったんですけども、毎日のように官邸にメールを送っていたという話を聞きまして、やっぱり家族みんなでね。
(姉のめぐみさんを)救うために頑張っているんだなと知ったときに、やはり今日の話を聞いてこれは家族だけの問題じゃないと。
日本人の問題なんだと、と言う話の中で皆様にも出来るだけ、出来る事から始めて貰いたい。

特に何か分からない事があればですね。
毎月第二日曜日、浦和の伊勢丹の前で署名活動をやっておりますので、是非ご協力いただければと思っております。
2時から4時まで2時間ですので、是非ご協力いただければと思っております。
今日は本当に長い時間を、遅い時間をありがとうございました。
以上で本日の会を終了させて頂きます。
ありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

※古川了子さんの裁判は、次回2月27日「進行協議期日」を設ける事になり、証人申請の判断は下されませんでした。
詳しくは下記のURLをご参照ください。

参考過去エントリー
★竹下珠路さんの声 古川了子さん第5回行政訴訟報告会より
http://piron326.seesaa.net/article/12311661.html
posted by ぴろん at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。