2006年06月17日

06.5.27 佐藤勝巳救う会会長 日韓連帯東京集会(14)星陵会館にて

『佐藤勝巳 救う会会長 挨拶』

★司会 西岡力氏

本当はですね。
他の家族の人たちにもまた会場からも質問を頂きたいと思っていたんですが、35分過ぎております。
最後に救う会の佐藤会長に挨拶をして頂きまして、今日の集会は終わりたいと思います。
短い時間でお願いします。(小さな笑い声)

★佐藤勝巳 救う会会長

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雨の中お集まりいただきまして、ありがとうございました。
特に韓国からはたくさんの方が来て頂きまして、ありがとうございました。

喋りたい事はたくさんあるんですけども、1分間くらいと言うような形で(笑い声)我慢をして終わりますが、崔祐英さんが韓国には救う会が出来ない、何故か?
それを知りたい、と言う趣旨のお話がありまして、私が救う会をやるようになったのは、実は直接的なきっかけは今この会場に来ていらっしゃる、ホン・ヒョウンさん。
当時韓国大使館におった方ですが、その人から「これだけたくさんの日本人が拉致されているのに、何故日本人は救出の運動をやらんのか?」という指摘をしばしば受けておったんです。

でまぁ、そうだやらなきゃ駄目だなぁと思いましてまぁ始めたわけなんで、これ以上の事を言うともう1分を過ぎてしまうので、(笑い声)後で崔祐英さん、韓国の皆さんとでも良いんですけど、少し時間をかけて日本の運動の現状がどうなっているのか?
あるいは何故日本が韓国に比べて運動が大きくなっているのか?
何故韓国があれだけたくさんの人がおるのに運動の広がりを見せないのか?と言う両国間の文化や歴史、金正日政権に対する評価の問題、などを含めて少しこの後で何かあるんでしょ?
そこで時間をかけて議論をしてみたいと思っております。(拍手)

私は2000年の6月15日、金正日と金大中が抱き合ったときにですね。
悪魔と詐欺師の抱擁だと(笑い声、拍手)いうふうに自分の本の見出しに使いましたけども、それは間違いではなかったし、絶対に悪魔を倒さない限り、趙甲済さんが言う東アジアにおける平和と安定、あるいは人権と民主主義と言うものが確立していかない、言うふうに確信をいたしております。
これから韓国の心ある人たちと手を握り合って、頑張っていきたいと思います。
今日はありがとうございました。(拍手)

★西岡力氏

韓国のお客様、金聖ミンさん一言も言えなかったんですけども、皆さんのところにですね。
自由北朝鮮放送の支援委員会のチラシが入っています。
是非、自由北朝鮮放送を支える気持ちのある人はですね。
悪魔と戦う為の、一番最前線で闘っていますので、そのための軍資金をよろしくお願いします。(拍手)
今日はありがとうございました。(拍手)
これで終わりにしたいと思います。(拍手)

・・・集会終了・・・

06.5.27 増元照明家族会事務局長 日韓連帯東京集会(13)星陵会館にて

『増元照明 家族会事務局長のお話』

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皆さん、長時間に亘りありがとうございます。
また、韓国からお出で頂き、いろいろと教えて頂いて感謝致します。

皆さんもお分かりのように今の盧武鉉政権、非常にアホな政権ですから。(笑い声)
ああいうアホな政権だったら、簡単に私たちは言い負かせるんですね。
感情的になじっている人たちは言い負かせるんです。
でも、ハンナラ党論客が多いですから、ハンナラ党が(政権を)取ったら日韓間にある問題、非常に手ごわい相手になると思いますが。(小さな笑い声)
ただ、趙甲済さんが仰ったように自由と人権を基本に考える両国であれば、必ずやお互いの問題は解決できると私は信じています。

今日は拉致の問題でひとつ韓国の人たちに言っておかなければならない事があります。
今、北朝鮮は6人の拉致被害者を生存と言うふうに言っています。
そのうち取り戻したのは日本サイドが5人だけです。
その一人が寺越武志さんです。
何故、寺越武志さんが日本に帰って来られないのか?
取り戻せないのか?
それが私たちには、韓国サイドに教えておかなければならない事では無いか?と思っております。

昭和43年に石川県沖で拉致された寺越さんが、昭和60年に北朝鮮から来た手紙により生存が確認されました。
北朝鮮は日本海で遭難した武志さんを救助したと言っておりました。
それで寺越武志さんのお母さんは、長く会っていない息子に会いたいと言う気持ちだけで、日本の政治家の甘言に乗って北朝鮮に会いに行ってしまった。
そして北朝鮮の地で武志さんに、武志さんの言葉として「私は偉大なる将軍様の自愛の下に楽しく生きている、私は北朝鮮公民である」と言う事を世界中に言ってしまったという事で、日本政府はそれ以上寺越さんを救出する動きを封じ込められてしまったと言う事です。

今でもお母さんは多額の金を使って、何回も北朝鮮詣でをさせられているという事から考えますと、今韓国にたくさんいらっしゃる拉致被害者家族に、安易に北朝鮮に会いに行くと言う事は、もうその人たちを取り戻せなくなると言うことだけは知っておいて頂きたい。
おそらく北朝鮮は同じ手を使って、金英男さんを出してくる可能性があります。
そこで安易に会いに行くと、もう彼らを取り戻すことは二度と出来なくなるという事を、韓国の国会議員の皆さんにも知っておいて頂きたいと思います。

武志さんの事をお聞きになりたければ、ここに従兄弟の寺越昭男さんもいらっしゃいますので、後ほどゆっくりご質問ください。
本当に今日はありがとうございました。(拍手)

06.5.27 飯塚繁雄家族会副代表 日韓連帯東京集会(12)星陵会館にて

『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』

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本日は韓国側の現状といろいろな悩み、あるいは今後の見方をいろいろお聞きしましたけども、その中で日本のこういった拉致問題に関する日本国民、あるいは我々の動き・活動が非常に活発で羨ましいと言う話もありましたけども。
家族会いろいろ活動をやってますけども、やはり活動上の成果と言う事では相当盛り上がって進んでおりましたけども、いろいろお話を聞きますとやはり私たちは直接北朝鮮、悪の枢軸、犯罪国家である北朝鮮、しかも金正日に交渉するわけに行きません。

あくまでも政府が責任を持ってやるという事につきましては、これは韓国も同じですし日本ももちろんそうです。
この両国がいかに協力してですね。
この問題を片付けるべく早く強力に確実に進めていく事を私たちは願っています。
またいろいろお話を聞きますと、長くかかりそうだなぁと言う気もするんですが、これは絶対に諦めずに皆さんと共に頑張っていきたいと思いますので、これからのご支援もよろしくお願いします。(拍手)

06.5.27 横田早紀江さん 日韓連帯東京集会(11)星陵会館にて

『横田早紀江さんのお話』

★司会 西岡力氏

もう時間が20分過ぎておりますが、日本の家族会の方々に予定では。
前に座っていらっしゃる滋さんに話をして頂きましたので、横田早紀江さんと飯塚さんと増元さんに一言だけお話をして頂いて、閉めたいと思いますのでよろしくお願いします。

★横田早紀江さん

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皆様こんにちは。(「こんにちは」の声)
今日は雨の中をこんなにたくさんお集まり頂きまして、ありがとうございます。
また、韓国からは議員の先生方、本当にたくさんの方が、こうして私たちと同じように本当の平和を求める為に団結しようと言う気持ちで集まって、わざわざいらして下さいまして本当にありがとうございます。

私たちのめぐみの事が浮上しましてから、思いがけない事ばかりで今日まで参りましたけども、今日も見えていらっしゃいます安明進さん。
元工作員の方の本当に勇気ある証言の中で、めぐみの事がはっきりと、全く闇の中から浮かび上がってきたわけです。

本当に信じられないような現実が明らかになって、そしていろんな事が次々と今日まで、考えられないような事が起きてきましたけども、本当にたくさんの日本の皆様の温かいご支援の中で、とうとうアメリカのブッシュ大統領にお目にかかれて、直接に思いのたけを話させて頂く事が出来る所まで来た事は、本当に不思議なことです。
ブッシュ大統領の仰った最初の言葉が、本当に先ほども西岡先生が仰いましたように、「自由と人権、そして自由と人の大切な命の問題、この事を話す時間が無いほど私は忙しくありませんよ」という最初の言葉が本当に、あぁ小泉さんも一言、半分でもいいから(笑い声、拍手)聞かせて頂けたらと思います。

本当の悪と言うものがあって、それはどうにもならないほどの悪であって、その事に対して戦うという事は本当に大変で、苦しくて忍耐が必要ですし、たまらない悲しさの中でありますけども。
私たちは今日までたくさんの人たちが自由になれるように、子供たちが無事に帰って来られるように今日まで頑張ってきました時に、ブッシュ大統領はめぐみのあの白いブラウスの写真を息子が、「これが北朝鮮の出して来た物です」とこうやって掲げて見せました時に、ブッシュさんは本当に悲しそうな顔を一瞬なさって、写真を更に受け取ってくださって。
「この子はここに体は無いけれど、この子の心を私たちと一緒にここに飾りましょう」と「一緒に写しましょう」と言って、ハンミちゃんのご一家の悲しい門の時の写真と一緒にその2枚をテーブルの上に置いて、マスコミの方にも見せて映してもらう事が出来ました。
本当に温かさと言う物をその瞬間に感じました。

本当にこの問題は非常に難しく、先ほども先生方のお話を聞きますと、本当にもう、どこまでどうしていいのか分からないような難しい問題ですけども。
本当に一人一人の心の中にある、大事な物が大切な事に向かってしっかりとひとつになったときに、必ず良い方に向かっていくんだと言う事を、今までの状況を見ても私たちは実感しておりますし。
絶対に希望を捨てないで勇気を失わないで、健康に気をつけてこれからも頑張っていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。(拍手)

06.5.27 趙甲済氏その3 日韓連帯東京集会(10)星陵会館にて

『趙甲済 前「月刊朝鮮」編集長 講演その3(通訳:西岡力氏)』



興味深い統計があるんですが、韓国において世論に影響を与えるのは、すでにテレビではなくてインターネットになっている。
そのインターネットを学んでですね。
インターネットの中で、韓国の現代史を教えられえていない左派的な考えに取り込まれている若者たちと、インターネット上で論争して戦っているのが実は老人世代なのです。(笑い声、拍手)

昨年、仁川にありますマッカーサー将軍の銅像を左翼が壊そうとしました。
マッカーサー将軍が指揮した国連軍が仁川に上陸をして、北朝鮮軍を打ち破ったと。
その事について恨みを持っている左派がマッカーサー将軍の銅像を壊そうとしたのです。
もちろんその運動をしようとしていたのは20代30代の若い人間が、角材を持って集まって来たのです。
それに対して、そのような若者たちの活動に激怒した朝鮮戦争に参戦した60代70代の老人たちが、卵を持って集まって来た。(笑い声)
そこで老人たちが卵を投げ、若者が角材を振り回すと言う記事が出ました。

それに対して韓国のマスコミはどのような見出しをつけたのか?
「進歩と保守の対決」と付けました。(小さな笑い声)
進歩を偽装した国家を裏切る反逆勢力対保守・愛国勢力の戦いだったにも拘らず、「進歩と保守の戦い」と見出しを付けたのであります。
その様な意味で韓国のマスコミは真昼間の暗黒を演出しています。

5月31日以降の韓国の状況は大変流動的になるだろうと見ています。
金大中・盧武鉉・金正日勢力に対する国民の支持が、顕著に弱体化したと言う事が明らかになるからです。
そうなった場合に南北の左派勢力、金大中・盧武鉉・金正日勢力が何をしてくるだろう?
二つの可能性があります。

2007年の12月の大統領選挙で3回目の左派政権を作るために協力する。
そのために金大中さんが橋渡しをして盧武鉉・金正日の会談、そこで統一問題の具体的な議論と言ういろんな話が出てくるのではないか。
今の世論調査では、正常な選挙が行われれば2007年12月の大統領選挙で左派が勝つ可能性は大変低いという事です。
従って左派政権を作ろうという勢力は、御用言論とそれから政府の周辺にある左派系の団体を動員して、非正常な状況・非正常な事件を作り出してくるんじゃないか?という可能性がある。

反対の可能性もあります。
盧武鉉政権が、いまや金正日・金大中路線と自分が離れなければ、自分が辞めた後危ないんじゃないか?と考えると言う可能性です。
後者の方に行くならば、すなわち盧武鉉政権が正常な方向に戻ってくるならば、韓国は安全でしょう。

しかしそうではなくて、第一の可能性、非正常な状況に左派勢力が韓国を持っていこうとするならば、韓国は内戦的な状況になると思われます。
2007年12月の大統領選挙の間に今回朴槿恵(ハンナラ党)代表がテロに遭ったように、候補者の一人が北朝鮮にそそのかされた人間にテロに遭うというような事が起きてしまえば、韓国社会は統制不可能な状況に陥るでしょう。

この二つの流れ、政権による韓国の左傾化と国民の大覚醒と言う二つの流れが、2007年12月までの間、お互いに併走して競争して、どちらが先にゴールインするか?出来るのか?という事によって拉致問題の解決、日本人を含む拉致問題の解決も左右されると思います。

日本人拉致問題、そして韓国の戦争中拉致問題、戦後の拉致問題、あるいは北朝鮮の人権問題、政治犯収容所の問題全ては、金正日政権の存在によって起きている。
そしてまたその金正日政権を支えている韓国の盧武鉉政権によって起きている。
また、金正日政権の後見人である中国によって起きていると言える。
従って2007年12月の選挙で韓国の政権に正常な政権が樹立されるならば、北朝鮮の人権問題・日本人の拉致問題についても大きな良い影響を与えると思います。

私は北朝鮮の人権問題に取り組む韓国・日本・アメリカの運動の核心は、自由と人権を大切にする人たちであるという事だと。
領土問題や歴史問題においては国籍が違えば意見が違うでしょうが、人権と自由の問題については国籍を超えて同じ考えになる事が出来る。
今ここに集まっている皆さん方が心配しているその問題の解決は、金正日政権の交代、そして韓国の左派政権の交代、中国の民主化によって実現するでしょう。

ですから我々のこの運動はですね。
東アジアにおける自由民主主義を広める運動であり、そして国境を越えて東アジアにおける平和と繁栄を築くための基礎を作るその様な運動であり、より広い国境を越えた連帯をしていかなければならないと思っております。
北朝鮮の人権問題、北の人たちを助けるに当たって一番責任があり、先頭に立たなければいけない韓国国内において今国民の大覚醒が起きており、従って2007年12月の大統領選挙では韓国が正常化する可能性が高まっていると言う点で、我々は今勝ちつつあるということを申し上げて、私の話を終わります。(拍手) 

06.5.27 趙甲済氏その2 日韓連帯東京集会(9)星陵会館にて

『趙甲済 前「月刊朝鮮」編集長 講演その2(通訳:西岡力氏)』



問題はですね。
1998年以降2代の政権に亘って、その様な人たちが大韓民国のリーダーになった時代を迎えているということです。
日本の皆さん方は不思議に思われる。
何故、韓国政府のレベルで北朝鮮の人権問題が取り上げられないのか?と言う事についての答えは、このような根本的な政治構造の理念の問題から起きていると言うことです。

すなわち、反大韓民国・親北朝鮮的な信念と価値観を持っている者たちが権力を握り、公権力を行使し、法を執行しているからであります。
この勢力は今までは自分たちを左派だとは言わないで、進歩勢力・民主化勢力・改革勢力と偽装してきました。
それに対してその正体を公開せよと要求すると彼らは、マッカーシズムだ・反共だといって反撃をして来たものでした。

そうしますとですね。
我々右派、韓国の右派が作り、その右派の自由民主主義の中で大きな業績をあげてきた大韓民国の国民が、何故その様な反憲法的で反大韓民国的な勢力を権力の座に上げたのか?と言う疑問が生まれると思います。
その答えは簡単です。
有権者が騙されたのです。
左派を民主闘士として信じたのです。
左派たちは、世界の共産主義者は皆そうですけども、大変な言語活用能力を持っていて国民を騙すのです。

問題はですね。
その様な騙しの手法で権力を握った左派たちが、実は今マスコミまでも握っているという事であります。
いろいろな事例を見てもですね。
政権とそしてその言論が展開する御用言論の結果ですね。
明白な嘘でもその御用言論が宣伝するならば、国民の半分以上が騙されてしまうと言う事例がたくさんあります。

国民を騙す事が出来る力を持った左派たちは、今の韓国の核心的な部署である国会、そして大統領府、そして裁判所の中に多く布陣して来ました。
その様な反逆の時代を開いたのが6.15宣言だったと言う事です。
そのような金大中氏が再びこの6月に北朝鮮を訪問して、彼はもう体が病人であるにも拘らず金正日に会って「統一問題を話し合う」と公言しています。
北朝鮮と統一問題を話すと言う事は、小学生の学生が中学・高校に入らないで大学に行くと言っているのと同じ事です。

なぜなら今南北は休戦状態です。
まだ戦争状態です。
北の核問題は解決していません。
平和協定も結ばれていません。
韓国人拉致被害者・約20万人も帰って来ていません。
戦後拉致被害者・約500人も帰って来ていません。
不法に抑留されている韓国軍捕虜・2万5千人も、生死確認と送還も実現していません。
ですから南北の間は今戦争中だけど、ただ、今ハーフタイムを迎えているというだけです。
このような状態の中で金大中前大統領が金正日と会って統一を議論すると言う事は、いかにデタラメで危ない事なのか、理解して頂けると思います。

ミステリーは、何故80を過ぎた老政治家がこのような無理をするのか?と言う事です。
それはある意味ではですね。
金大中・盧武鉉・金正日と言うこの3人の左派勢力、朝鮮半島における左派勢力が、大変な危機感を感じているという事を意味すると思います。

韓国では今、政権による国家に対する裏切り、そして社会の左傾化が進んでいる結果ですね。
その反作用として、国民の大覚醒が進んでいます。
言論を通じて、あるいは韓国政府の政策だけを見て韓国を観察しているとですね。
その国民の大覚醒を見逃しやすいと思います。

簡単に言いますとですね。
韓国のテレビ局、KBS(韓国放送公社)・MBC(韓国文化放送)の報道が正しいのであれば、5月31日の統一地方選挙で与党が大勝利をしなければなりません。
しかし状況は反対になっているわけです。
鄭東泳(チョン・ドンヨン)ヨルリン・ウリ党の幹部が数日前に国民に対する声明を出したんですが、「ハンナラ党の一人勝ちをさせないでください」と言う内容でした。(笑い声、拍手)

実はですね。
日本の都道府県に当たるのが道、そして直轄地や特別地という市がありまして、16が統一地方選挙で全国の知事と市長の選挙になるわけですが、そのうちハンナラ党がリードしているのが12。
もしかしたら14ハンナラ党が取る可能性がある。(拍手)
そしてですね。
日本と同じように今度は市町村レベルの選挙も同時に行われているんですが、そこでは200人余りの市長と郡長を選ぶんですが、そこの中でヨルリン・ウリ党が当選する可能性は10%〜20%と言われています。
5月31日の統一地方選挙の結果を予想するならば、韓国の政治史上最悪の与党惨敗になる可能性がある。(拍手)

しかしこの勝利は、ハンナラ党が良く戦って北朝鮮の人権問題などをきちんと主張した結果、得られた勝利ではありません。
先ほど申し上げました6.15詐欺国家反逆文書についてですね。
ハンナラ党は今まで一度も廃棄や無効を宣言した事はありません。
それにも拘らず、反ヨルリン・ウリ党あるいは反盧武鉉的な世論が拡散したのは何故なのか?と考えると興味深いです。

それは我が大韓民国の国民が戦ったからです。(拍手)
多くの愛国心団体があります。
大集会をやれば10万人以上が集まります。
殆ど毎日のようにですね。
その人たちはゲリラ的に金大中(元)大統領の家の前でデモをやったり、親北御用学者の前でデモをやったりして、その人たちを告発したり、そして逆に告発されたりしています。(小さな笑い声)

特にですね。
偉大な韓国の現代史をリードした世代・成し遂げた世代が、すなわち60代・70代・80代の老人世代が、この闘争の先頭に立っているのです。(拍手)
その世代がもう一度また大韓民国を助け、救出しているというのです。

・・・その3へ続く・・・

2006年06月14日

06.5.27 趙甲済氏その1 日韓連帯東京集会(8)星陵会館にて

『趙甲済 前「月刊朝鮮」編集長 講演その1(通訳:西岡力氏)』

★司会 西岡力氏

すみません、次にですね。
今日のメイン講師である、前「月刊朝鮮」の編集長で、韓国を代表する韓国の民主主義の知識人であり、私たちがみんな教わってるんですけど、趙甲済さんにお忙しい所無理を言って来て頂きました。
「韓国情勢と拉致問題」と題して講演をして頂きます。(拍手)

★趙甲済 前「月刊朝鮮」編集長(通訳:西岡力氏)

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志を同じくする人たちを前にして、韓国情勢について話を出来る事を大変嬉しく思っております。
実は10年前まででもですね。
今西岡さんたちが話しているような事を、私が日本人に話をしていたのです。
1991年に実は私どもの月刊朝鮮の記者を日本に送って、辛光洙の拉致事件について取材をした事があるんですが、それをしながらですね。
日本の警察は何故全て知っているのに、これを積極的に取り組まないのか?と。
日本のマスコミは何故報道しないのか?と。
日本の国民は何故関心を持たないのか?と、日本人拉致問題について私たちは感じたわけです。

98年の金大中政権が発足する前はですね。
拉致問題そして脱北者の問題、あるいは北朝鮮の政治犯収容所の問題など、人権問題も韓国からその情報が発信されることが多かったのです。
ところが、これまで北朝鮮の人権問題の輸出国だった韓国が、2000年を契機に輸入国に逆転してしまって日本の皆さんから学ぶようになってしまったのです。

いろんな理由がありますけど、一番大きな物は2000年の6月にありました、いわゆる南北首脳会談であります。
6.15宣言と言う物が発表されまして、その後韓国の状況、何よりも金大中大統領が変わってしまいました。
それまでの金大中氏は民主化の闘志と言うイメージが強かったのです。
もちろん嘘を大胆につくとかですね。
政治的な謀略をするとかと言う面についての評判もありましたけれども、民主化運動家と言うイメージが強かったのです。

しかし6・15宣言を出し、そして韓国の対北政策を転換させ、韓国社会の北朝鮮に対する姿勢を変える中で、金大中氏も大きく変りました。
現在の韓国社会を理解するのに一番重要な文書は6.15共同宣言です。
6.15共同宣言と言うのは最初の文章から最後の文章まで、一言で言えば、金正日の対南工作文書であると言うことです。

実は現在ですね。
南北の左翼の連合が出来て、アメリカに反対し、そして大韓民国に反対すると言う事をやっている彼らが掲げるスローガンが、「我々民族同士」と言うスローガンですが、そのスローガンもこの文書から出ているのです。
誤解を避けるために正確にその意味を申し上げますならば、「我々民族同士」という彼らの掲げるスローガンの意味は、「我々民族“背信者”同志」と言う意味であります。(小さな笑い声)

その共同宣言の中でも確信的な条項はですね。
南側の連合制による統一法案と、北側の低い段階での連邦制による統一法案が共通点が多いので、その方向で統一を進めると言う条項であります。
6.15共同宣言が出る前、韓国の検察と警察は、北朝鮮の連邦制を主張する人は国家保安法違反で逮捕して処罰しました。
ですから金大中大統領が、まさに国家保安法で処罰を受けなければならない法律違反を犯したと言う事です。

連合制であれ連邦制であれ、彼らの言うその統一法案と言うのは一言で言って詐欺です。
その理由は簡単です。
現在の朝鮮半島における分断は民族が違っている為に分断されているのではなくて、理念・イデオロギーと制度が違っている為の分断です。
従って朝鮮半島の統一とは、イデオロギーと制度をひとつにするという事です。
しかし連合制や連邦制の主張はですね。
今のように南では自由民主主義体制、北では社会主義独裁体制のイデオロギーと制度をそのまま維持しておいて、それで統一出来たというふうに主張してしまおうと言う提案です。

従ってその統一法案と言うのは詐欺である事は明らかなのでありますが、その意図は何なのか?と言うと、南を共産化しようとする中間段階であるということです。
従って連邦制統一の為の前提条件として、在韓米軍の撤退と国家保安法の撤廃を要求しているわけです。
従いまして、金大中大統領が金正日の連合制・連邦制統一法案に同意したと言う事は、金正日による対南赤化戦略に同意をしたと言う意味があるのです。

従って、私は6.15詐欺文書と言うんですが、その6.15文書の結果ですね。
その後、韓国の中で親北・反米勢力が自由に活動する免許状を与える事になってしまった。
活動免許状を与える事になってしまった。
その様な活動を制御する為に作られたのが、国家保安法です。
韓国の赤化を防ぐ物は韓国軍と、それと韓米同盟と、そして国家保安法でした。

金大中氏は朝鮮戦争当時左翼活動家でいましたが、その後自分の正体をずっ〜と隠していて、6.15宣言の後にその正体を出して、韓国の中での左翼活動を取り締まる国家保安法を事実上停止状態にしてしまったわけです。
それに従って韓国社会は急激な左傾化が起きてきました。
金大中氏とその運命を共にしている盧武鉉現大統領は、最近「我々は左派だ」と言う発言を公然と行いました。

日本における左派と言う言葉の意味と、韓国における左派と言う言葉の意味は大きな違いがあります。
韓国においては今の大韓民国憲法が社会主義階級制度を認めていません。
韓国における左派と言う人たちはいくつかの特徴を持っています。
第一に大韓民国の国家の正当性と、大韓民国の偉大な業績を認めません。
そして反対に大部分の左派あるいはその追従者たちは、むしろ金日成・金正日政権の方が正当性があり偉大だと認識しています。
ですからその様な信念を持った左派活動家たちは、必ず反米・反大韓民国的な活動をするようになるのです。
そして金日成・金正日に対する怒りは彼らは持たず、北の住民たちに対する同情がなくて、冷笑と無視が彼らの特徴です。

・・・その2に続く・・・

2006年06月13日

06.5.27 中川正春民主党・衆議院議員 日韓連帯東京集会(7)星陵会館にて

『中川正春 民主党・衆議院議員 挨拶』

★司会 西岡力氏

ありがとうございました。
韓国からは後二人、金聖ミン自由北朝鮮放送代表に来て頂きました。
そして安明進さんにも来て頂いておりますが、二人の話は何回かゆっくり聞いて頂いてますので、(笑い声)紹介の拍手だけで。(拍手)

黄先生の親友の中川(正春)先生が駆けつけて下さいましたので、中川先生に一言頂いて、それから今日のメイン講師である趙甲済さんに講演をして頂きたいと思います。

★中川正春 民主党・衆議院議員

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どうも、ご配慮いただいてありがとうございます。
私も本当にお二人のハンナラ党の、それこそ人権問題を先頭に立って命かけてやってるお二人が来て頂いて本当に良かったなというふうに、つくづく今日は思いました。

31日が、投票日なんですね、それこそ統一地方選挙の大統領選の前哨戦。
気になって仕方が無いと二人が言うもんですから、大丈夫、私が・・・・・(聞き取れず)日本から電話をかけてもらうから、応援するからと言ってですね。
お話をした所です。(拍手)

私の思いも、何とか拉致問題を6者協議のテーブルに入れ込むという事。
二国間でですね。
大きな壁が立ちはだかっているのを何とか皆さんのお力で、押して押してここまで来たという事でありますから、それを多国間協議、特に韓国・アメリカの連携との中で何とか押し込んでいくと言う事。
これが私の使命と言う思いでひとつは取り組んできました。

それには私は黄祐呂先生にそれこそ学んだわけですが、この拉致と言う問題をそうした多国間のテーブル、あるいは国連の場に押し上げていくには、我々の気持ちの中で人権と言うユニバーサルな価値観の中にしっかりおいてですね。
連帯と言う物を作っていく事。
ここだったんです。

具体的に、もちろん野党ですから民主党でございますから、議員外交あるいは野党外交としてハンナラ党と連携しながら出来るという事がある。
そのひとつが、この黄先生や宋先生と国際議員連盟と言うのを立ち上げまして、一回目はソウルで開き二回目は、実は去年8月に東京でやりました。
実は黄先生の事務所を中心に30カ国以上、最終目標は40カ国と彼は言ってるんですが、の議員ですね。
国会議員の連携を作っていこうと言う目標を持っています。

次は、我々いわゆる立法機関ですから、先にお話が出ましたように北朝鮮に関する人権法、これを連携をして作ろうと言うことでありまして、実はトップを切って作ったのは日本なんです。
経済制裁法、私が提出議員の一人として名を連ねて頑張って来たんですけども、経済制裁とそれから船ですね。
万景峰号を止めると言う、その法案を2本作りました。

それと連携をしてですね。
実はアメリカが人権法を成立をさせたと言う事になりまして、これは拉致をこの中に入れて、脱北者あるいは行方不明という全体の枠組みの中で北朝鮮に人権の改善、特に強制収容所の問題も含めてですね。
迫っていくという、ひとつのモデルのような物を作ってくれましたので、後は日本とそれから韓国でそれを連携させていって、包囲網を作っていこうと思っております。

民主党が提出した人権法に対して自民党もそれに応えて来てくれましたので、その中に私の思いとしては汎用性、脱北と言う問題もそれから行方不明者の救済と言う問題も含めて、汎用性のある法律にしていこうということ。
この事を主張しています。
実はこの火曜日からですね。
自民党の逢沢(一郎)さんと私と話し合いをしまして、なんとかこの国会中にこれをやっていきます。
通していきます。
完成していきますので、どうぞ応援を頂きたいと思います。(拍手)

後は韓国で頑張って頂きたいと思います。(拍手)
皆様、この二人の先生に心から感謝を申し上げますし、まだこれから本当の戦いが続いていくと言うこと。
この事を確認をさせて頂き、本当に感謝の気持ちを込めて御挨拶をさせて頂きました。
どうもありがとうございました。(拍手)

2006年06月12日

06.5.27 宋永仙ハンナラ党国会議員 日韓連帯東京集会(6)星陵会館にて

『宋永仙 ハンナラ党国会議員 講演(通訳:西岡力氏)』

★司会 西岡氏

続きまして、やはりもう一人ハンナラ党から来て頂きました、宋永仙先生お願い致します。(拍手)

★宋永仙 ハンナラ党国会議員(通訳:西岡力氏)

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(日本語で)
皆様、はじめまして、こんにちは。(「こんにちは」の声)
私は晴れ男じゃないですから、ソウルから東京まで雨を連れてますけども(笑い声)、全部ここで笑顔で集まれて嬉しいです。
私の日本語は余り上手じゃないんです。
その上で、私は韓国の国会議員なので、今から説明は韓国語でします。
失礼します。(拍手)

(ここより韓国語で)
皆さん、本当にお会い出来て嬉しいです。
そしてまた日本が拉致問題について大変強い関心を持っている事を羨ましいです。
そして政治家の一人として何も出来ていない事について恥ずかしいです。

1995年、沖縄で米兵による少女暴行事件が起きたときですね。
日本では沖縄と東京までの距離は、東京とワシントンまでの距離よりも遠いと言うような話がありました。
北朝鮮の人権問題あるいは拉致問題を考えますならば、日本と韓国と言うのはその時の東京とワシントンのような距離であり、ハンナラ党と今の韓国政府は当時の沖縄と東京のような遠い距離になると思います。
(日本語で)ありがとうございます。
どのような意味かと申し上げますとハンナラ党が拉致問題についての考えと、現政府の考えとは大変距離があるということです。

3つだけ申し上げます。
まず韓国、特に具体的には盧武鉉政権と日本の違いについて申し上げます。
日本における拉致問題は人権問題であると同時に国家の自尊心の問題です。
政党に関係なくですね。
北朝鮮が日本人を拉致したという事については、憤慨しなければならない共通認識を持っています。
ですから別の言い方をするならば拉致問題が国内政治に利用されていないという事です。

しかし韓国においてはですね。
今から2007年の12月に予定されている次期大統領選挙までの間、盧武鉉政権が拉致問題を国内政治上の大きなカードに利用するだろうという事です。
国内世論を分裂させるのに、この拉致問題を通じて在韓米軍問題そしてFTA問題くらい良い問題はありません。
そして拉致問題は反日感情を刺激するのに大変効果的です。

日本の拉致問題にハンナラ党が協力する事について、政府はこのように言っています。
親日だと。
靖国神社の参拝を続け、歴史問題についての真の解決をしない日本と一緒に進んでいるハンナラ党は、日本よりももっと憎いと。(小さな笑い声)
ですから拉致問題を国境を越えて取り組むのは本当の親日だと。
この盧武鉉政権のもっとも嫌っているのは親日です。
そしてもうひとつは反米感情です。
北朝鮮の人権問題に深く関与している人間は全て親米だと、あるいは反民族だと言うふうに見ているわけです。
従って拉致問題を見る視角は韓国においては大きな差があるという事です。

2番目の問題です。
盧武鉉政権は拉北者、北朝鮮による拉致と言うんですが、「拉北者」と言う単語を絶対に使いません。
その代わりにですね。
「戦争の後、消息が分からなくなった人々」と言う単語を使っています。
これは金正日が強く要求してそれに従っているのです。
「拉北者」と言う単語を認めてしまえばですね。
同じ民族同志で拉致をしたと言う事実を認めなければならなくなるので、それを認めたくないのです。

2004年9月から2005年10月にかけてですね。
北朝鮮の住民支援あるいは脱北者支援、拉致被害者支援など、3つの法案を国会に提出しました。
ところが国会の外交通商統一委員会はその法案の審議さえしていません。
もちろん法案は全部ハンナラ党が作りました。
与党、ヨルリン・ウリ党は意図的にこの法案の審議を回避しています。
なぜならばその法律を通すと言う事は、北朝鮮が拉致をしたと言う事を認めるという事につながってしまうからです。

それだけではなくてですね。
朝鮮日報・東亜日報・中央日報といういくつかの保守的言論を除いては、いくらこのような拉致被害者救出集会をやっても、北朝鮮人権国際会議を開いても報道をしないのです。
無関心ではなくてですね。
もっと大きな部分では意図的に避けているんです。
政府が望まないからです。

統一部にはケソン公団の関連の実務者が36人います。
南北経済関連の実務者が38人います。
しかし拉致被害者に関連するデーターベースを作るための実務者は1人です。
関心を持とうとしない、神経を使おうとしないわけです。

最後に整理をしておきたいと思います。
私は実は韓国においてですね。
長い間、国防問題の専門家、あるいは武器の専門家として知られている者でございます。
個人的に昨年実は、西岡先生に会い、また崔祐英会長に会い、尊敬する金文洙議員に会ってですね。
私に大きな心境の変化が生まれました。
政治家はですね。
国民の涙を拭き、痛みを和らげるのだと何回も繰り返して言います。

平和をも守るために国防は絶対大切です。
国家の平和を守るためです。
しかし国家は人間で構成されています。
人間の平和は人権から生まれなければなりません。
人間の平和を守る事をせずに、頑丈な国防を築く事は出来ないと思っています。
そこで共に戦おうとしたのです。
ですから国防の専門家としてそれと兼ねて、北朝鮮人権専門家になろうと決心したのです。(拍手)

そこでベルギーのブリュッセルで開かれました、第3回北朝鮮人権国際会議に参加した事を契機として、様々な人権問題の公聴会を開いたり参加したりして来ました。
ヨルリン・ウリ党の協力が得られないために通過させる事が出来ていない北朝鮮人権法や、拉致被害者家族支援法を通過させるために、私のHPに国民1000万署名運動を開設しました。
国会議員より力があるのが国民です。
なぜなら国民が国会議員を選ぶからです。
北朝鮮の人権問題そして拉致問題解決を願う国民、そのような同志たちの力でこの問題解決をしなければならないと思います。
長く険しい道になるかもしれませんが、私は最善の努力をしたいと思います。
一緒に頑張りましょう。(拍手)

2006年06月10日

06.5.27 黄祐呂ハンナラ党国会議員 日韓連帯東京集会(5)星陵会館にて

『黄祐呂 ハンナラ党国会議員 講演(通訳:西岡力氏)』

★西岡氏

ありがとうございました。
今、崔祐英会長がご紹介くださいましたように、ハンナラ党から二人の先生が来てくださいました。
黄祐呂先生はハンナラ党の中にあります、拉致・脱北委員会委員長で、これまでも何回か日本に来てくださって、拉致問題についても関心を持って下さっていますけども、今日は大変忙しい中、来てくださいました。(拍手)

★黄祐呂 ハンナラ党国会議員(通訳:西岡力氏)

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韓国は問題も多いし、事件も多い国です。
朝にはこの問題を解決しなければならないと考えていたのに、夕方には別の問題が起きてきます。
実はですね、昨日の夜までは、統一地方選挙で何とか勝たなくてはいけないと思って遊説していたんですけど、朝起きて早く日本に行かなきゃならないと思ってやって参りました。
私がここに来ているとですね。
国会の副議長から、「黄議長はどこに行ったのか?」と電話がかかって来て大変です。

しかし私はここに来た事をですね。
韓日の友好のために、また拉致問題の解決のために、特に愛する韓国の拉致家族のために私は良い事をしたと思っています。(拍手)

韓国と日本の間には一緒に解決しなくてはならない問題がたくさんございます。
しかし一番大切な事は、人間が人間らしく暮らす事が出来るように二つの国をしていく事では無いかと思います。
先に二人の方が話されたように、この拉致問題と言うのは韓国において大変古くからの問題であり、また今の問題でもあります。
この問題を解決する為には実は韓国の歴史、過去と未来、我々の意識構造までもが全て含まれている、大変包括的な問題であります。

幸いな事に我が国の国民・言論、そして政治家たちも遅くではありますが、再びこの問題について関心を持つようになりました。
そのひとつの契機は尊敬いたします日本の皆様方、日本の国民が、この問題について断固たる態度を取っていらっしゃって来たと言う事がひとつの大きな契機になったと思っております。
私自身は実は7〜8年前から脱北者問題について一生懸命取り組んで来たものですが、2〜3年前から拉致問題も大変重要な問題だというふうに考えて参りました。

そこで党内にですね。
特別対策委員会を作りました。
そして拉致被害者とその家族を政府が助けなければならないと言う義務を明記して、そしていろいろな措置を取る事を書いた法律をですね。
法案を作って国会に提出をしております。
何故その法案が早急に処理されないのか?と言う事については後で説明いたします。

それから2番目はですね。
拉致問題に関するいろいろな資料・記録が散逸しており、はっきり分からない物が多いのでそれらの物を集めて公開すべきだと。
それが出来ないならば、国政調査権を発動してでもその事をしたいと考えています。
そしてこの問題について北朝鮮との間に、日本・韓国・アメリカ単独で行動するんではなくて、連帯して取り組めるようにすべきだと思っています。

そこに問題があるのです。
韓国現政権の政策は、北朝鮮との間では和解と協力をしなければならないと、太陽政策であると言う立場を取っている事です。
長い間交渉のテーブルにさえつかなかった北朝鮮をテーブルにつかせて、いろいろな話し合いをして協力をしていくためには北朝鮮を刺激してはならないと、彼らが嫌がる事を言ってはならないというのが我が国の現政権の姿勢です。
無条件で北朝鮮を支援すればいつか北朝鮮も心を変えてくるのではないか?と言うのがわが国政府の今の方針です。
しかし、その様な政策が多くの国民を我々野党の立場からすると、賢くて効果のある政策なのかどうか?疑問が多いのです。

問題が複雑な時は原則に帰るべきだと信じます。
国家が存在する理由は我々人間の人権を尊重し守るために存在理由があるのです。
では、人権をどの程度保障するのか?守るのか?と言うことを決める権限は、国家や政府にありません。
ですから、和解と協力を進めるに当たってですね。
もしもその和解と協力の政策が人権侵害に当たるとすれば、今まで結んできた様々な協定や約束は無効である、と言うふうにいえるんだと思います。

ですから和解と協力のために何か約束をしたとすればそれはですね。
それによって人権が大切にされ、人間らしい生活が出来るようになる為の目的でなければならないと言う事です。
ですからどのような関係の中にあったとしても、拉致問題は最優先で先に解決してそして次に取り組むと言う姿勢でなければならないと言う事です。
そうしないとですね。
問題が複雑になり、そして最終的に解決できないようになってしまうかもしれないという事です。

ここにいらっしゃいます、日本の友人の皆さん。
そして心が痛い、拉致被害者家族の皆さん。
これからは日本と韓国、韓国と日本がこの問題についてひとつの心になって解決して行こうではありませんか。

私の古い友人である中川(正春 民主党・衆議院議員)先生は、この問題について私と全く同じ立場でいらっしゃいます。
昨日の夜、私は韓国から「これから日本に行かなければなりませんか?」と中川先生に聞いたところ、中川先生は「来なきゃならない」と仰ったので来ました。(笑い声、拍手)
そして、私は中川先生にが来てくださいといえば、中川先生、いくら忙しくても来てくださるんです。
ですから兄弟のようになっています。

我々がひとつの心になれるのは人権問題を考える時になれるのです。
日本と韓国、韓国と日本の間には解決するべき多くの問題がありますけども、私たちのようなひとつの心になれば多くの問題が解決できると、私は信じます。

そしてもうひとつ私が言いたいことは中国を動かさなければならないという事です。
私たちがいくら圧力を加えても後ろの門が開いていては何もならない訳です。
2008年に北京でオリンピックをするときですね。
この問題について中国が我々と同じ考えを持たないならば、我々も別の行動をするかもしれないという事を明確に中国に伝える必要があると思うんです。(拍手)

なぜならば、オリンピック精神と言うのは一人の人間として自由に走り飛ぶというものであります。
ところがこの拉致問題を無視して、中国で人間らしく人間がスポーツをする事が出来るのか?その精神が守られるのか?と言う事です。
中国がオリンピックをするに当たって、オリンピック精神に基づいて、我々にくれなければならないプレゼントを準備しておくべきだと考えます。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

2006年06月09日

06.5.27 崔祐英さん 日韓連帯東京集会(4)星陵会館にて

『崔祐英 韓国・拉致被害者家族協議会会長 講演』

★司会 西岡力氏

続いて日本でもおなじみの崔祐英会長にお願いします。

★崔祐英 韓国・拉致被害者家族協議会会長 

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皆様こんにちは。(「こんにちは」の声、拍手)
今日は東京の天気が雨が降って大変なんですけど、こんなに多くの方々がいらっしゃって本当にありがとうございます。
私は韓国語でも良いんですけど、皆様にもっと韓国の状況を話したいと思って、今から下手な日本語なんですけど、よろしくお願いします。(拍手)

私は初めて韓国で家族会を作った理由はひとつ、愛しているお父さん拉致されたお父さんが生存を信じて待っていたのに、結局お父さんは北朝鮮の酷い所、政治犯収容所にいる事が分かりました。
それに対して政府を訪問したり、いろいろな人権団体に訪問して訴えたんですけど、力が全然無かったでした。
それで本当に傷ついてガッカリした途中で、私は日本の被害者(の集まりの)事を知って、日本の東京の大集会に初めて参加して、それで家族会が被害者じゃなくて救う会のいろいろの方が力を会わせて訴える所を見て、希望を持って韓国に戻って家族会を作りました。

その時は私は短い時間に、私が訴えたら日本のように救う会の方々の(ような支援者の)人が、韓国にも必ず出てくると信じました。
しかし今6年過ぎても韓国には拉致問題の専門的な支援団体ひとつ無い、と言う事です。
信じられない事ですし、想像できないことなんですけど、韓国には専門支援団体が余り無いんです。

しかし拉致被害者の問題じゃなくて、脱北者・北朝鮮の人権団体の問題は15以上あります。
韓国には拉致被害者の問題は北朝鮮の人権問題よりももっと(関心が)薄いの意味があります。
なぜ?なぜどうして?韓国の拉致被害者なのに。
私たちはお父さんが息子が拉致されて、でも私たちはみんな税金を払って、それから韓国人は男は軍隊に入ります。
入って国民としての義務を全部尽くしたのに、どうして?どうして韓国には拉致じゃなくて、北朝鮮の人権問題に対してだけ関心が深いのか?
それが分からないんです。
今でも分からないんです。

ずっと私は韓国の被害者、特に北朝鮮に被害者。
例えば・・・・・・・・(聞き取れず)の被害者もあるし、それから・・・(聞き取れず)の朝鮮の死んだ人軍隊もあるし、いろいろ北朝鮮から人権問題に対して傷ついた国民がいるんですけど、これは全部今はなくなったんです。
彼らは全部韓国に住んでいますけど、どんな声にも訴えないんです。
北朝鮮からの被害者方はみんな黙っています。
なぜか?と。
どんなに、どうしてもどうしても訴えても、それがしょうがない。
帰らないと思っています。
私及び家族会の方々が訴えたのに、他の人からそういいます。
頑張ってください、けどそれが出来ない事かもしれない。
そういう冷たい支持を送られました。

2000年の時、今傍にいらっしゃる方なんですけど、本当に拉致被害者の問題に対して大事な方です。
趙甲済先生は2000年度に北朝鮮から脱出した李在根さんが中国で国家に助けてくださいと言ったんですけど、国家が無視して、李在根さんに韓国に税金を送った事がありますか?とか、どうして国家にこんな事を助けてくれるか?と言う冷たい質問を受けました。
その時月刊朝鮮の対応なんですけど、その時記者とそれからお金を出して彼を助けてくれました。

それで韓国の戦争以後の拉致問題は、ほとんど海上で拉致された方々が90%以上です。
彼らはみんな海で拉致されたので、マスコミに余り出ていないんです。
その時から月刊朝鮮はそんな事に対して取材をしました。
その時にはもちろん政府はその拉致問題に対して情報を持っていますけど、今まで55人が情報を公開してないんです。
韓国の拉致問題は55人がこんなに悪くなる事は言えません。

前にお話した李美一会長のお話したとおり、戦争以後の拉致被害者も政府から何か危害を受けられるし、それから拉致された人は北朝鮮から人権を侵害されました。
しかし93年までは拉致被害者の問題は国民の間には余り知らないことなんですけど、政府は南北長官会談があるときに、必ず拉致問題に対して一言しました。
しかし、北朝鮮は非転向長期囚の問題を必ず最優先の話題に持ってきますから、いつも対立してその問題が解決しなかったんです。
しかし韓国は本当に積極的に拉致問題に対して北朝鮮に訴えるより、北朝鮮から非転向長期囚の問題を出すから、それに対して対応的な面として韓国の拉致被害者の問題が話題になりました。

2000年度になって、金大中大統領は韓国じゃなくて北朝鮮にも太陽政策をしようという政策を発表して、韓国には統一の話題の雰囲気が盛り上がりました。
その時私たちは大統領として非転向長期囚の人権問題を言及する方ですから、私家族のみんな期待したんですけど、結局は一言も北朝鮮に行って結局一言も言わなかったでした。
6年、太陽政策が出来て6年過ぎましたけど、私たちは生死確認さえ家族会一人も、国家として取り戻すことが出来なかったんです。

私はこの社会を信じてはお父さんは死ぬまで、生きている間には取り戻すことが出来ないと思っていました。
それで昨年10月26日、お父さんの60回目のお誕生日を迎えて、金正日主席に手紙を公開して報告しました。
その内容は金正日主席は金日成お父さんのために、いろいろな記念日を作られたり、それから数年の間にいろいろ記念の事業を行われているなんです。
それで息子の立場で、それから金正日主席の息子がいる事があるし、娘のいる家長として韓国の拉致被害者を考えてください。
一番良いのはお父さんを送還する事が良いなんですけども、それが出来ないならば必ずお誕生日の日に美味しい食べ物を作られてくださいと、手紙をお送りしました。
それを読んで韓国にはいろいろな方々から応援されて、それから韓国の拉致問題に対して関心が深くなりました。

それでお父さんがまさか、来るかもしれないと言う強い期待を持つようになりました。
それが夢だったんですけど、結局は夢だったんですけど、昨年はそう感じられました。
それで3・6線(38度の軍事境界線の事か?)の近くに、木の傍にイエローハンカチをかけました。
お父さんが送還される、帰るときに、私の家族が愛して忘れないで待っている事を知らせる為に、イエローハンカチをかけました。
それが韓国のイエローリボンの運動の、韓国の由来でした。
もちろんそのイエローリボンは、日本のイラク戦争に軍隊の無事帰還のためにイエローリボン運動がある事を分かりました。
それでアメリカの小説にもそんなイエローハンカチの内容があるし、イエローリボンと言う・・・(聞き取れず)もあるそうです。

しかし韓国には拉致問題が被害者中心としてこれをするから、それが力が弱いです。
6年間、日本の救う会が(全国に)37個が出来たのに、何故?韓国には専門救う会が一つも出てこないか?
それで2番目は、最近は韓国でいろいろな方が私に、拉致問題に対して聞きにいらっしゃいます。
私に、どうして拉致問題を解決しますか?
解決法はなんですか?
私は被害者なんですけど、皆さん、いろいろな方は解決のために私に相談しに来ます。

実はその方は私を見て私の話を聞いて、今までは大丈夫、私たちが知っているから、私たちが助けてあげます、頑張りましょう、と言う言葉を聞きたいんです。
今の韓国の状況はわたしとそれから李美一会長が、拉致問題に対して説明する状況です。

惜しい事は、日本の拉致問題は本当に活発だし、それから今・・・(聞き取れず)も今日いらっしゃる事が見えます。
全国いろいろな方がいらっしゃって、日本の拉致問題じゃなくて韓国の拉致問題に対して、韓国人よりもっと関心を持っていらっしゃって本当に感動して頂きます。
それで日本の活動に対して韓国語であんまり翻訳した事が無いんです。
韓国の方々に日本の運動の状況に対して、何か教える事が必要だと思います。

しかし今日は本当に良い日でした。
意味がある日でした。
今日は被害者でなくて、韓国からハンナラ党の脱北者人権特別委員会の委員長・黄祐呂議員と、それから宋永仙幹事長が一緒にいらっしゃって本当に心が良いです。
それでこの日まで家族会の方々、救う会の方々、日本のマスコミの方々がいらっしゃるから今日があると思います。
本当にありがとうございます。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考過去エントリー

★韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(4)05.10.20 日本青年館にて
『崔祐英(チェ・ウヨン) 拉北者協議会会長のお話(通訳・西岡力氏)』
http://piron326.seesaa.net/article/8846528.html

2006年06月08日

06.5.27 李美一さん 日韓連帯東京集会(3)星陵会館にて

『李美一 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会代表 講演』

★司会 西岡力氏

それでは集会の本題に入りまして、まず韓国のご家族から訴えをして頂きたいと思います。
韓国の拉致は、何度も言いますように朝鮮戦争中の拉致と戦後の拉致があります。
朝鮮戦争中の拉致についてはそこに数字が出ておりますけれども、82959と。
これは韓国政府の調査の結果です。
その事について実はアメリカの議会は、今お話をしていただく李美一さんを横田早紀江さんと一緒に呼んで、証言を聞いています。
まず、朝鮮戦争のときの家族会の代表の李美一理事長にお話をお伺いしたいと思います。

★李美一 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会代表(通訳:西岡力氏)

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皆さんお会い出来て嬉しいです。
特にこの席には、日本の一般の国民の方というよりも、積極的に拉致問題解決運動に取り組んでいらっしゃる方々がいると聞いております。
韓国の拉致問題は、まだ積極的な世論が展開されるまでに至っていない背景について説明します。

まず過去の問題から話したいと思います。
私たち朝鮮戦争中の拉致の被害者は主として1950年の6月25日の戦争勃発から同じ年の9月28日、ソウルが再び国連軍によって奪還されるまでの間に、拉致された被害者が大部分です。
1952年に韓国政府がその期間に拉致された人たちの調査をしまして、そこにある82959人と言う名簿を作りました。
その名簿を今日いらっしゃった趙甲済社長の月刊朝鮮から本として出版しました。

何故このような多くの拉致被害者が出たか?と言う事ですが、まず終戦になった後、北では社会主義体制がそして南では自由民主主義体制が出来たわけです。
そして北では私有財産を没収すると言う事が起きました。
地主や企業家、あるいは言論人・宗教人に対する粛清が始まり、その結果300万人と言う人たちが難民となって南に逃げてきました。

1946年に金日成は自分の名前を付けた金日成大学と言う大学を作りましたが、学者が足りないといって南から学者を連れて来いという指示を1946年7月30日付で出しております。
ですから戦争前に彼らは連れてくるべき有名人士の名簿を作っていたわけです。

戦争が勃発した後最初にした事が、政治家それから有名人の拉致でした。
そしてその後は戦争の後の国土開発に使う労働力、あるいは北朝鮮兵として前線に送るための所謂義勇兵の募集という形で青年たちに対する拉致が行われました。

今のような家族会は実は1954年の9月に、ソウルが再び修復された後に集まり始めて、57年に正式に発足しました。
そして家族会はまず、名簿作成から作業を始めたわけです。
そしてその名簿を国会議長に送ったり、あるいは在韓米大使に送ったり、国連に送ったりしました。
休戦会談の中で南側が拉致被害者を送還せよと何回も要求したにも拘らず、北側は拉致などしていないと拒否したのです。

その時の韓国の家族会は実は母親が中心だったんです。
私の母親の世代で、夫を取られた人・息子を取られた母親が立ち上がって53年7月に休戦協定が成立した後ですね。
数千人規模のデモを二回行っています。
韓国の国会にも請願書を出したりですね。
あるいは国連の代表が韓国を訪れた時に、その人たちに食事の接待をしてそこで家族の気持ちを聞いて頂いたりなどの活動をしたということです。

その後新しい局面が生まれます。
それは北朝鮮が若者・青年たちを拉致していった、その青年たちをスパイ教育をして南に再び送って来たという事です。
50年年代の末からそういうことが起きます。
そうしましたらば、韓国政府は我々を助けてくれるどころか、我々がスパイの関係者だと言う事で家族連座制を適用して監視と差別を受けるようになりました。

ですから私たちは、北朝鮮から拉致されそしてスパイにされるという二重の被害を受け、そして南からは監視されるという三重の被害を受けたということです。
これが朝鮮半島で起きた冷戦時代の状況でした。
私たちはその様な特殊状況を受け入れるしかなかったのです。

1964年、赤十字社とそして朝鮮日報が、拉致被害者救出のための国民署名運動を行って、その署名を国連に送りました。
その時でも、実は大統領から始まって各界の代表的な方々がみんな署名をしてくれました。

私たちのその様な問題が、しかし表面から出なくなってしまった理由は、第一に冷戦時代の構造があったということです。
そして二つ目の理由は北朝鮮が休戦後も新しい拉致を始めたということです。
当然政府としては現在進行形で起きている拉致についてまず対処せざるを得なくなって、戦中の拉致の問題は忘れ去られていったのです。

当時の家族会の運動の記録が政府の資料館から出てきたんですが、それを見ますと当時の家族会は在日朝鮮人の北送反対運動にも参加していますし、拉致被害者が何人か帰って来たときの歓迎大会にも参加しています。
そして80年代の中盤に(家族)連座制が解除されるまで、私たちはその様な状況に置かれていたわけです。
私たちはまた冷戦の中でそのような状況をある程度理解する事が出来たんです。
それは戦争を経験した世代として、共産主義がいかに恐ろしい物であるか?と言う事を体で体験した世代だったからです。

当時はそして南北で対話が無かったわけですが、2000年代になって金大中政権で南北首脳会談が開かれたと。
ここで話題になるんじゃないか?と私たちは大変期待をしたわけです。
なぜなら金大中大統領は戦争も体験した方だし、自分自身も拉致を体験した方なので、拉致された者とその家族の苦しみがどのようなものなのかと言う事を、よく理解してくださっているだろうと期待したからです。

しかし大統領は戦中の拉致被害者については一言も、言及さえもしなかったのです。
480何人の戦後の拉致被害者だけ言及されたという事です。
我々が訴えたところですね。
あなた方の問題は南北の和解が進んで対話が進み、一番最後に取り上げるという回答が来ただけでした。

韓国の拉致問題が何故このように支離滅裂で成果が上げられないのか?と。
それは現時点の政権に問題があると思っています。
もちろん日本の拉致救出運動のように、このような組織的な運動が無いということもひとつの理由でしょう。
そしてここにいらっしゃる皆さんのように、他人の人権についても本当に大切だと思ってくださる方たちが、韓国にはまだ少ないと言う事です。

しかし幸いな事に、戦後の拉致被害者家族と日本の家族会との連帯・交流が韓国のマスコミに報道される事によって、韓国国民の関心が高まって来ています。
一番大切なのは国民の声です。
国民の心・国民の願いがどこにあるか?ですが、実は戦争中の拉致被害者については言論の報道が無いのです。
言論はいつも問題を探し、そして特ダネを追います。
戦争中の拉致被害者は自力で脱出した人はまだ一人もいません。

私たちは重要な資料をこの4年間、多く発掘いたしました。
資料を発掘しましてマスコミに公開しますと、その資料の価値その物よりも、これは特ダネなのか?そうではないのか?と言うところにばかり関心を持ちます。
まだ韓国では資料の大切さ・重要さを分かっていないのです。

私の以上の説明で韓国で、何故?拉致救出運動が盛り上がらないか?という事の背景がご理解頂けたのではないかと思います。
私は今後も韓国で多くのNGOと協力をし団結をしながら、ひとつの組織の責任者として努力を続けていくことを約束致します。
皆さんの関心に大変感謝いたします。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考過去エントリー

救出のために日米韓連帯を!東京集会より
05.11.23 友愛会館にて

★『李美一(リ・ミイル)朝鮮戦争拉北人士家族協議会理事長による、ご自身の家族のお話(通訳・西岡氏)』
http://piron326.seesaa.net/article/10683736.html

★『李美一 朝鮮戦争拉北者人士家族協議会理事長のお話(通訳・西岡氏)』
http://piron326.seesaa.net/article/10719896.html

2006年06月07日

06.5.27 横田滋家族会代表 日韓連帯東京集会(2)星陵会館にて

『横田滋 家族会代表 挨拶』

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皆様、こんにちは。(「こんにちは」の声、拍手)
本日の日韓の連帯の集会、そして明日開かれます国民大集会に韓国からの方をお招き致しました。
それで西岡副会長の挨拶に尽きるわけですが、やはり日本の場合は国会議員の方、それから家族の方、韓国からお見えになった方が多い物ですから。
お一人の方からお話を伺えるというのは4〜5分と言うか、それくらいしかありませんので、それだけでは折角お出で頂いたのに意味が少ないということで、前日に会を開いて韓国の実情を、何故被害者が多いにも拘らず、政府が余り熱心でなかったのか?と言うことについて、我々も一緒に学んでいきたいと思っています。

それで、韓国は関心が薄いといいますが、今月の15日〜17日までソウルに行ってまいりましたが、やはりマスコミの方の取材と言うのは非常に多くて、関心が高いということ。
それからめぐみの夫であるキム・チョルジュンさんが、韓国から拉致された高校生である金英男さんであると言う事が、日本では4月の11日に発表されたわけですが。
それと同じ事を韓国でも最高検察庁みたいなところとそれからソウル大学で(DNA)鑑定をした結果、日本と同じような結果が出ました。
それでまた、そういう事になりますと、韓国の世論もまた高くなると思いますし、それらに乗って政府もいろいろ動いてくるんじゃないかと期待をしております。

これから韓国の実情を皆様と一緒にお聞きして、これからどうすれば連帯で拉致が解決できるか?と言う事についてご教示を頂きたいと思っております。

06.5.27 西岡力救う会副会長 日韓連帯東京集会(1)星陵会館にて

『西岡力 救う会副会長 挨拶』

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皆さん、こんにちは。
予定の時間を少し過ぎましたので、「日韓連帯で全ての拉致被害者を救出するぞ!東京集会」を始めたいと思います。
今日は、私が司会兼通訳をさせて頂きます。
救う会の常任副会長であります、西岡でございます。
よろしくお願い致します。(拍手)

実は私たちは、日韓連帯拉致被害者救出集会を開くのは3回目です。
昨年の10月(※1)と11月(※2)にやはり東京で集会を開いてきました。
10月には朝鮮戦争後の約500人以上と言われる拉致被害者の問題を取り上げ、その家族会に来て頂きましたし、11月には朝鮮戦争中の民間人拉致の被害者の家族会にも来ていただきまして、集会を致しました。

そして金英男さんが横田めぐみさんと結婚生活をして娘さんを持たれたという事が判明致しまして、日本社会で韓国人拉致についての関心が今大変高まっている中で、今日の3回目の集会を持つことになりました。

残念ながら、この席には金英男さんの家族はお招きする事は出来ませんでしたけども、今日の集会では金英男さんと横田さん御家族の出会いという問題ではなくて、今日本で大きく感じている疑問について考えたいと思っています。

その疑問とは、韓国には日本と比べられないくらい多くの拉致被害者がいるのに、何故今韓国政府は拉致問題に積極的に取り組んでいないのか?
いないように見えるのか?
韓国のマスコミは日本に比べて拉致問題の報道が小さいのか?
韓国の国民は被害者の家族を助けようという姿勢が日本と比べて小さいのか?
と言う疑問です。

そこで今日は、特に韓国から国会議員の先生も二人来てくださいました。
実は韓国は今、大統領選の前哨戦として一番大切な統一地方選挙の真っ只中で、3日後に投票日で。
尚且つハンナラ党は党首がテロに遭って、選挙戦を戦えないという非常事態の中で。
しかしハンナラ党は前回私どもがソウルに行ったときに、ハンナラ党として拉致問題を最優先課題にすると言ってくださって、忙しい中二人の先生が来てくださいました。

そこで、今日はですね。
特に声をかけたのが全国の救う会の仲間たち、あるいは政治家の秘書の方たちや、これまでも何回も集会に来てくださっている人たちで、拉致が大変な事なんだという事はすでにもう分かっていて、どうしたら解決できるか?と、いう事に関心を持っている人たちに集まって頂きまして、韓国と連帯するためには今韓国の拉致はどうなっているのか?と。
韓国の拉致問題を分かるためには、韓国の社会そのもの、韓国政治を分からなくちゃいけない。
私たちは勉強をしようと思ってこの席を作りました。
ですから韓国から来た方々にゆっくりとお話をして頂いて、それを聞いて日本の家族の人たちから質問をしていただいたり、皆さんから質問をしていただくというふうにしたいと思います。

その様な趣旨で集会を持たせていただきますが、まず主催者を代表致しまして、横田滋家族会代表から挨拶をいただきます。

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★筆者注

※1=韓国人拉致被害者も救うぞ!東京連続集会12 (05.10.20 日本青年館にて)
※2=救出のために日米韓連帯を!東京連続集会13 (05.11.23 友愛会館にて)
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