2006年08月26日

06.7.23 オリジナル曲「翼」の披露 川口市民の集い(15)川口総合文化センターにて

『オリジナル曲「翼」の披露 作詞・作曲者の挨拶と演奏』

★小林かずまさ氏(作詞担当)の挨拶

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皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
私以前からこの拉致問題に関して非常に関心を持っていたんですが、拉致と言う蛮行にですね。
遅々として進まぬ政府の対応に忸怩たる思いをしていたんですが。

今年の一月の初め、私たまたま浦和に在住しておりますが、所用で出かけて帰り掛け寒い日でした。
夕刻の薄暗い時にですね。
伊勢丹の前で何か集会をやっているのかな?と思ってよく見たら拉致の問題が出ていましたので、声をかけてすぐ署名をさせて頂きました。
その際に通りがかりの人をちょっと見ていましたら、やはり寒さと夕刻というせいもあったんでしょうが、署名という事に余り関心を持たない人が多いのかな?と言う感想を持ったんですよ。

それで、何か私に出来ることは無いだろうか?と。
それはやはり一にも二にも一人でも多くの人に関心を持って貰う。
世論の形成と言うのが一番大事じゃないかな?と思いまして、たまたま趣味で私作詞をしておるものですから。
その姿を見て、皆さんご家族の方もご高齢で、テレビで拝見する横田さんご夫妻もご高齢でですね。
そんなに時間を取れる状況じゃないんじゃないか?と。

昔からペンは剣より強しと言うのがありますが、このペンと言うのをいわゆる世論の形成。
音楽と言うのは非常に大きな文化だと思いますから、音楽文化の世論の形成はミサイルより非常に強いんだと。
草の根的にですね。
こういう歌を一人でも多くの人の口々に上って、北朝鮮に届くような形であれば、少しでも早い帰国実現が出来るんじゃないか?とこのような思いで作りました。

今これから演奏する私の長年の友人の藤井さんですが、昔NHKのレギュラーをはじめ、今も様々な音楽活動に携わっていますが、彼も共鳴してくれて彼のミニコンサートなんかでも今歌い出した所です。
そのような事ですから、どうぞ聴いていって下さい。(拍手)

★藤井秀亮氏(作曲担当)の挨拶

皆さん、こんにちは。
私自身も実は20年前に北朝鮮の方に、いわゆる24時間演奏と言う事で行きました。
向こうの金正日のお父さんの金日成が、その時はまだ拉致被害とそういう話が無かったんですけども、怖いと言うイメージを持ちながら行った事を覚えています。

そして帰ってきてここ数年、拉致と言う事が出てきまして。
僕自身が音楽と言う事で、何か協力出来ることは無いかという事で、小林さんが今この詞を作りまして僕が曲をつけまして、是非その歌でですね。
奪還しようと、そういう気持ちが強くなりました。

余談ですけども、向こうは何でも持って行っています。
僕が高麗ホテルにいたら、テレビは日立でした。
それからバスはTOTOです。
電話は沖電気でした。
最後に高麗ホテルで飲んだコーヒーはネスカフェでした。(笑い声)

そういう思いでですね。
物は取ってもいいけども、人は取っちゃいけません。
そういう思いでこれを歌わせて頂きたいと思います。
「翼」です。
聴いて下さい。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「翼」 

作詞・小林かずまさ 
作曲・藤井秀亮

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もしも・・・ もしも悲願(ねがい)が叶うなら
この腕を 翼に変えて
力の限り飛んでいきたい あの子のもとへ
幾年(いくとせ)も 季節は巡り
咲く花も 川の流れも変わらねど
父も母も 於いて小さくなりました
だけど 瞼に焼き付く幼いあなたは
あの日のままで 微笑んでいる
寂しかろう辛かろう 北の彼の地は
戻れ戻れこの胸に 母の胸に

もしも・・・ もしも思慕(おもい)が届くなら
この魂(こころ)カモメに託し
絆の意図を届けて欲しい あの子のもとへ
今日もまた 星空仰ぎ
いつの日か 会えるその日を祈りつつ
合わす両手 皺もいつしか増えました
けれど 健気に生きているあなたを思えば
どんな苦労も 厭いはしない
ひもじかろう寒かろう 北の彼の地は
帰れ帰れこの腕に 父の腕に

いつか 戻る日信じて耐え抜いてるあなたを
片時だって 忘れはしない
泣きたかろう切なかろう 北の彼の地は
帰れ帰れ故郷に 家族のもとに
帰れ帰れ故郷に 家族のもとに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「翼」の披露の後、救う会埼玉代表の挨拶
藤井氏のギター伴奏による参加者全員での「故郷」の合唱

・・・集会終了・・・
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2006年08月23日

06.7.23 西岡力氏3 川口市民の集い(14)川口総合文化センターにて

『西岡力 救う会副会長の講演 その3』

え〜〜っと、(笑い声、会場より「金融制裁まで」の声)金融制裁まででしたよね?
どうもすみません。
本当に困っているんです。
最近、北朝鮮内部の話で聞きましたのは、北ではゴムが採れない。
ゴムは輸入しなくちゃいけないんですが、輸入ができない。
それで靴底を豚の皮で作っている。
靴が作れない。
また、軍の将軍たちには金正日が贈り物とかをして歓心を買っているわけです。
その贈り物の質がどんどん悪くなっていると言う話も聞いています。

彼らからするとですね。
実は時間は彼らの味方だと思っていたんです。
ブッシュ大統領には任期がある。
後2年半、我慢すれば良いと思っていたはずです。
その間、にらみ合いを続けながら核兵器の数を増やしていけば良いんだと、6者協議に出て何だかんだと言って引き延ばせば良いと。
しかし、その引き延ばしが効かなくなったんです。

金融制裁をされているので、金融制裁をされている間は6者協議には出られないと彼らは言っている。
アメリカは6者協議と金融制裁は全く関係ない。
偽札を、他人の国の札を勝手に作っていてそれは話し合いの対象にならない。
アメリカが要求しているのは版を出せと。
何か15くらい版があるそうです。
どんどんどんどん改訂しているわけです、彼らは。
で、(版が)出て来たら本当にやっていたという証拠になるわけです。
版がある以上、これがある以上やめろと言ったって次を刷るだろう、出せと。

どうもですね。
北の造幣局が刷っているらしいです。(笑い声)
隠れて刷っているんじゃない、北の札を刷っている所でドルも刷っている。
それだけじゃなくてマルボロと言うタバコも偽造している。
どうもマイルドセブンも偽造している。
東南アジアなんかに流通している。
日本に持って来たら分かりますけど、東南アジアで流通させる。

そして麻薬をやっている。
日本に一時期流通していた覚せい剤の約半分が北朝鮮製だと。
昨日でしたか、日本の警察庁の漆間長官が、「北朝鮮が国家として覚せい剤を作って日本に入れている」とハッキリ言いました。
それだけでも、清国でもアヘン戦争というのをするんです。
青少年に対する侵略です。

しかしもう一つ実は効いているのがあるんです。
日本も去年の11月くらいから、安倍官房長官になった頃からかなり厳しい事をやっている。
名実的な経済制裁は今回のテポドン発射で始まったんですけど、法律を厳しく適用すると言う制裁を去年の秋から本格的に始めました。
先ほど飯塚さんが仰った拉致問題特命チームの下にですね。
二つのチームを作りました。

一つが法適用厳格化チーム。
今まで余りにも北朝鮮や朝鮮総連に対して法律をきちんと適用して来なかった。
固定資産税を払うべきなのに払わない。
公的な機関でも何でもないのに。
日本人でも不動産を持っていれば固定資産税を払うわけです。
それを免除して来た。

あるいは1976年に高沢寅雄という社会党の代議士が、朝鮮総連の幹部を連れて国税庁長官に面会して、その後高沢寅雄さんの衆議院の議員会館の部屋で、国税の幹部と朝鮮総連の幹部が談判している。
その事は事実です。
談判したというは国税も認めている。
そしてその結果として国税庁と朝鮮総連は秘密合意をしたと、いうふうに朝鮮総連は言いまくっているわけです。

彼らのパンフレットとかに書いて、そして朝鮮商工会という朝鮮総連系の商工会の代表の理事長は、こういうところで挨拶を言うんですね。
「我々は税金には違う方便がある。」
実際総連系のそういう所に加盟しているパチンコ屋さんだとかそういう人たちの税金の書類は、朝鮮商工会、総連の人間が代行して作ってそして税務署に持って行くと。
問題だと言われても机叩いて「(日韓併合の)36年、お前何をしたんだ」と言う。
そして物凄く不明朗な形でやってまして、それで安くなった分を北朝鮮に献金しろと言って北に送らせていたと。

その事を実際にやっていた人が張龍雲さんがですね。
兵庫に住んでいる人で、田中さんを拉致した洛東江と言う組織に入っているわけですね。
あの人が講談社文庫で「朝鮮総連工作員」と言う本を書いてますけども、その中にどうやって税金を負けさせたのか?というのを一杯書いてある。
私、彼の家まで行って「本当に負けるんですか?」(と聞いたら)「大丈夫だ」と言う。
で、今は反金正日活動というのをやっていて、朝鮮総連の兵庫の人間に「総連に行かなくても俺が負けさせてやるから、総連に献金するのを止めろ、と言っているんだ」と。(笑い声)
真面目な顔で言ったんですけど。(笑い声)
病気でもう亡くなったんですが。
そういう不明朗な事があると。

あるいは朝鮮総連の持っている信用組合、朝鮮信用組合と言うのがあるんです。
どんどん破綻していて公的資金(の投入)が1兆4千億円という。
預金者保護という事で破綻すると預金者を保護するという事に入るんです。
その預金者が善意の預金者なのか?
脱税をしてお金が余ると裏金として朝銀に預けるわけです。
朝銀は絶対に税務署から守ってくれるという事になっている。
民団系のパチンコ屋さんも、裏金だったら朝銀だと言っている。
そういう所を何で公的資金で守らなくちゃいけないのか?
そしてじゃあ何故破綻したのか?

朝銀は朝鮮総連系の個人にお金を貸し出していた。
担保や朝鮮総連の土地や建物。
そしてそれが焦げ付いた。
その人は破産して終わりなんです。
そこへ公的資金が入る。

借りた人のところへあるジャーナリストが行って見るとですね。
裸電球が灯っている6畳と4畳半くらいのアパートに住んでいる人が数億円借りている。
「返すつもりなんか無いです」とうそぶいている。
何故そういう人が借りられたか?というと、朝鮮総連の土地が担保なんです。
しかし朝鮮総連というのは任意団体ですから、法人格が無いわけです。
信用組合は信用組合として、学校は学校で、あるいは新聞社は新聞社で土地建物を持っている。
それは個人で善意の商取引の結果、焦げ付いたんじゃないんです。
最初から焦げ付かせようとして焦げ付かせてて、そのお金はどこへ行ったのか?という事です。

しかし、その1兆4千億円の内2千億円についてはRCCと言う政府機関が、債権回収機構が今取立てをやっているわけです。
その取立てをやっている所が600億円について、借金の名義は朝鮮総連じゃないんですけど、朝鮮総連が借りたとみなして去年損害賠償の訴訟を起こしています。
朝鮮総連に。
総連の今の財産は大きく見積もっても200億を超えないだろうと言われています。
それに対して600億を出す。
ということが始まったのが、安倍官房長官になって法律を厳しく適用すると言う事が始まってからです。

あるいは核ミサイルの技術についても日本から部品が行っている。
さっき言いましたけども、それも朝鮮総連の在日朝鮮科学技術協会と言う、いわゆる科協というところがあってですね。
日本の学校、大学院まで出た理科系の専門家の人たちがそこに加入していて、その人たちがいろんな部品や技術を北に出しているわけです。
それについても去年の12月以降厳しい取締りをしている。
事務所のコンピューターを全部持って行ってしまうというような取締りです。
持って行ってしまったならば、その中で自衛隊がミサイルの起動を計算するソフトが入っていた。
軍事機密のスパイみたいな事をやっていたのが明らかになってきた。
そういうことについて、今までが余りにも甘すぎたんですがそのようにやる事は一杯ある。
かなりの事が出来る。
それが始まっている。

金融制裁がかかったらば、実は日本に朝鮮総連があったら総連が健在だったら北朝鮮は信用組合とか、日本を使ってお金を動かすんです。
それが出来ない。
日本とアメリカがタッグを組んで金融制裁等法律を厳しく、真綿で首を絞めるようにやっている。
それでたまらなくなってミサイルを撃ったんです。
しかし逆に日米はぶれないで、日本はすぐ制裁をかけたと。

これもですね、ミサイルだけの制裁じゃないんです。
安倍官房長官は繰り返し言いますが、これまで北朝鮮が拉致問題で不誠実な対応をしてきて、そしてミサイルを撃ったと。
その二つの事で制裁をかけたと。
ですから万景峰号が6ヵ月後どうなるのか?という事は、その間北朝鮮が拉致問題で誠実な態度を見せるかどうか?と、ミサイルでどうするか?と二つにかかっているわけです。
北朝鮮は国連の非難決議のあと、また撃つと言ったんです。
それどころか制裁かかった後にまた撃っているんです。
夕方もう一発撃ちましたからね。(小さな笑い声)

困ってるんです。
困ってきて、つまり2002年の9月と同じ状況になって来たんです。
ですから北朝鮮を動かすには経済制裁が必要だと言ってきたのはこの事なんですが、一番問題は、北朝鮮を圧迫して困らせて向こうが困ってくると話し合いに出てくるわけです。
そういう状況になって来た。

しかし問題はですね。
必要条件は満たされた。
十分条件がまだ無いんです。
北朝鮮に圧力をかけなければ彼らは動かないんですが、全員安全に取り戻す為には、今じゃあ一体何人の拉致被害者がいるのか?
言う事を我々は分かっていないわけです。

特定失踪者に入っていない拉致被害者もいる可能性が高い。
家族のいない人を狙うわけです。
原(敕晁)さんや久米(裕)さんなど、彼らが日本国内で騙して連れて行くときは、そういう人を狙うわけです。
460人の特定失踪者、900人の警察に届けている人以外の、あるいはめぐみさんたちが今どこにいるのかも分からない。
それで嵐の中を目隠しをして突っ込んでいくような状態。

でも日本政府は特別チームの下に法律適用厳格化チームともう一つ、情報収集分析チームと言うプロジェクトチームを作りました。
自衛隊や内閣府や警察、それから公安調査庁が持っている情報を全部集めて、そこで分析をしていると聞いています。
帰ってきた5人の被害者も去年の12月くらいから、かなり協力してくれていると聞いています。

出来る限りの事はやってきた。
国際社会も世論も盛り上がっている。
もしかしたら来年の今頃は、本当に田口さんやめぐみさんに会えるかも知れない。
まだ完全に勝てるとは言えませんけども、もう一度正念場を迎えたと思っています。
何とか皆さん方と一緒にですね。
今年中にと言っていますけども、本当に実現出来て行ったら良いと思っています。
宜しくお願いします。(拍手)
posted by ぴろん at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

06.7.23 岡村幸四郎川口市長 川口市民の集い(13)川口総合文化センターにて

『岡村幸四郎・川口市長の挨拶』

Img_2016.jpg

皆さんこんにちは、川口市長の岡村です。
今日はお話の通り、スキップシティの閉会式・表彰式がありまして、その名札を付けたまま着てしまいました。
申し訳ございません。

今日は拉致問題を考える川口市民の集いと言う事で、席が満席、多くの皆さんがご出席いただいて、この会が盛大且つ有意義に開催されます事、心から私どもは表明したいと言うふうに思っています。
西岡先生の話の途中で本当に失礼かと思いますが、指名でありますのでご挨拶をさせて頂きたいと思いますが、冒頭、今日来られるかどうか分かりませんでしたのでメッセージを託したんですが、私どもは田口八重子さんをはじめですね。
8人の被害者を抱えている町であります。

平成15年当時、ですから今から3年前になるんでしょうか?
スキップシティでビラをまく、そして署名活動をするという話を頂いた時に、地元の自治体としてそして地元の市長として、これにどう対応しようか?と言う事で内部でいろいろと議論を致しました。
その時に「これはやはり外交問題だから、市長、国に任せた方が良い」と言う意見もありました。
そしてまた「市長がなまじ表に出て行くと、政治的なパフォーマンスに取られかねない」と、「やっぱり推移を見たほうが良い」、これがどうもやっぱり役人の考えなんですね。

しかし、何はともあれ8人ものですね。
大量の被害者を出している。
その自治体の長として、これは黙って見過ごすわけには行かないだろうと。
しかも言うまでも無く極めて悪質な人権蹂躙であります。
その人権蹂躙が国家権力によって行われたと、こんな酷い話は無いわけであります。
ですから何らかのやはり意思表示をし、何らかの発信をし、そしてこの問題を我々市民レベルとしては風化させてはいけないと。
常に何らかの発信をしながら政府へ常にですね。
問題提起をして解決を迫っていくと。

この事が私は何より大事な事では無いだろうかと、こんな結論に達しまして、平成16年にやるんだったら被害者の皆さんにも失礼にならないように徹底的にやろうと言う事で、川口市民の皆さん20万5千人の方々の署名を集めて時の政府に届けました。
官邸まで届けました。
当時は杉浦官房副長官が我々に会って頂きました。
しかし外務省にも行きました。
結果的に署名は23万を超えるというかなりの数になりました。

そして私どもは札幌市とか川崎市とか、川口を含めて9つの市や町、被害者の出ている市や町にその自治体の長に呼びかけて、我々自治体が共に活動しようということで、この9つの市や町の市長をはじめですね。
長町さんあるいは担当の方が集まってやはり官邸に出向き外務省にも行って参りました。

そして私どもは公民館をはじめあらゆる市の施設に拉致問題に関わるビラも置きました。
ポスターも貼りました。
そして毎日電光掲示板でも、この拉致問題を市民の皆さんに啓発をしております。
自治体としてやれる事はしっかりやっていこうと、この問題を何とか早期に解決をしてもらいたい。
もちろん、我々の思い以上に被害者のご家族の皆さんのそのお気持ちたるや何をか言わんやろうと、その様に思っています。

今上田知事さんからもお話がありましたように、まさに今が正念場、大事な時だろうというふうに思います。
やはり一致結束して我々の声を、もちろん被害者の家族の声を政府に届け、そして北朝鮮に届け、世界中に届けてこの問題を何はともあれ早く、一刻も早く解決をしてもらいたい。
このように思っている次第であります。
是非皆さんと一緒に共に行動していきたい、と言うふうに思います。
どうぞ宜しくお願いを致します。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.7.23 上田清司埼玉県知事 川口市民の集い(12)川口総合文化センターにて

『上田清司・埼玉県知事の挨拶』

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皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声、拍手)
西岡先生、一休みになったんでしょうか?(笑い声)
飯塚さんどうもご無沙汰しております。

本当に今、正念場と言うタイトルを見ておりますが、今回のミサイル発射に関わる日本政府の対応、珍しく良かったです。(クスクス笑い)
私は率直に思っています。
非常にスピーディーに自己主張をきちっとした上で、きちっとしたプロセスをやった。
こんなふうに思います。
毅然としながら6ヶ国協議の場に引っ張り出して、また毅然とびしびし絞めていくという、そういう2段階の作戦が一番大事ではないかと思っております。
本当に大変珍しく良かったなと、もっと前からやっていれば良かったのにと、(笑い声、拍手)そんなふうに思います。

でも一番大事なのは正しい世論だと思います。
正しく無い世論もあります。
正しい世論をしっかり盛り上げて、広げて、そしてご理解いただいて、やはり国を動かし世界を動かして拉致問題を解決する。
この事が一番大事だというふうに思っています。
私も限られた立場ですが、一生懸命に頑張りますので皆さん宜しくお願いします。(大きな拍手)
posted by ぴろん at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月20日

06.7.23 西岡力氏2 川口市民の集い(11)川口総合文化センターにて

『西岡力 救う会副会長の講演 その2』

アメリカは日本と韓国を巻き込んでまず経済制裁をするだろうと、金正日は思ったんです。
実際に1994年に今回と同じような国連安保理事会で、北朝鮮の核問題で非難決議の準備がされていたんです。
アメリカは案を出していたんです。
その時にカーターさんと言う人が訪朝して金日成と談判をして、核を止めると言ったので安保理事会での非難決議は流れたんです。

94年の非難決議には実は、ちょっと正確じゃない、94年の決議は非難決議じゃなくて制裁決議なんです。
経済制裁の内容が書いてある。
今回のより厳しいのが。
その根回しをしている最中にカーター元大統領が訪朝して、北朝鮮が核開発を凍結すると言ったからそれが流れたんです。
凍結すると言いながら作っていたわけです。
パキスタンから情報と技術を貰って。
その事がアメリカにばれてしまった。
だから94年以上の事をアメリカがやってくると考えるのは当たり前ですよね?

特に94年のときはクリントン大統領です。
話し合いを優先するクリントン大統領で、アメリカはテロとの戦争をやってなかったんです。
今はブッシュ大統領で、尚且つ戦時なんです。
それで自分がアメリカに攻撃されるかもしれないと思ったから、拉致を認めると言う博打に出てきたわけです。
アメリカから小泉さんを引き離すと。

だから金正日から見るとですね。
小泉さんの後ろにブッシュ大統領がこん棒を振り回しているのが見えるわけです。
小泉首相はこっちを見ているから自分の後ろが見えないんです。
田中(均)と言う人と上手く話し合いをしたから俺は平壌へ行けたんだな、と思ってるんです。
自分と金正日は仲が良いんだと。(小さな笑い声)

だからこの関係を切ってはならない。
独裁国家なんだから独裁者との関係を切ると今後の交渉にマイナスになる。
だから相手を刺激する事はやってはならない。
独裁国家の独裁者と会うと入ってしまう罠だと。
小泉総理もそこに引っかかったんじゃないか?
少なくとも、田中局長はそこに引っかかっていると。

5人が帰って来たときに一時帰国だと約束したからこれを守れないと、自分の相手に対する北朝鮮での立場が悪くなるから、だから返しましょうと言った。
ミスターXは金正日と繋がっている。
自分は金正日とのラインを持っている事は日本にとって良い事だと言っているわけです。
そうじゃなくてミスターXの為に、最終的には金正日の為に田中局長が動く事になっちゃうと。

ラインと言うのはあくまでも日本の主張を伝える為にあるのであって、ラインを維持する事を先に目的にしてしまうと向こう側に引きずり込まれちゃう。
それより、向こうが困れば向こうからラインを作ってくるんです。
小泉総理がなぜ訪朝できたのか?と言えば、それはテロとの戦争でブッシュ大統領が金正日をターゲットにしたからなんです。
ミスターXがいなくなったってすぐ別のラインが、向こうが必要なんです。
YでもZでもすぐに出てくるんです。

しかし、あの時にそういう関係で5人が帰ってきて、しかし北朝鮮は独裁国家ですから、金正日の責任に繋がる人間は出す事は出来ない。
だから生きている人を死んだと言ったわけです。
田口さんが一番分かりやすいケースですけど、田口さんが日本人化教育をしたテロリストの金賢姫は、115人を空中で爆破したテロリストは、「金正日の直筆の命令書があった」と言っている。
という事は、金正日は金賢姫が日本人化教育を受けていると言う事を知っていなければ、そんな命令書を出す事は出来ないんです。
「偽造された日本のパスポートを持って日本人に化けて、115人殺して来い」と命令したわけです。
拉致の事を知らなくてそんな命令を出せるはずが無いんです。

金賢姫が今韓国にいるわけですね。
で、田口さんが帰ってきて、二人が「20ヶ月こうだったわね」と抱き合って話をしたら、金賢姫の言っている事は全部正しいと。
115人を殺した命令者は金正日だとなるんです。
それは認められない。

金正日は「ブッシュ大統領は何をするか分からない、俺を守るために案を出せ」と言ったんです。
「拉致を認めて小泉を騙しましょう」とかって言ったんでしょうけども。
その時に金正日に関わる案は下の人間は絶対に出せないんです。
「大韓機爆破事件はどうするんだ?」という事になるんです。
「田口さんは日本政府が認定している、これはどうするんだ?」と。
「いや死んだことにしよう」と、奇想天外ですけど、死んだという事に案を作ったんです。

そして田口さんについてどう説明したか?というと、小泉さんの一回目の訪朝の時ですけど、何か知らないけど田口さんは宮崎の海岸にいたと。
そして上陸して日本人になりすまそうとする工作員とばったり海岸で会ったと。
「3日くらいだったら北朝鮮に観光旅行に行きたいわ」と彼女が言ったので、工作船に乗せて連れてきたと。
そこで原敕晁さんと結婚して幸せに暮らしていたと。
原さんは病気で死んで、田口さんは交通事故で死んだと。
丁寧に弔って墓は作ったけれども、洪水で流れて遺品は何も無いと。
これは北朝鮮政府が国家が、日本政府にした公式な説明です。

しかし地村富貴恵さんたちが言っているわけですけども、実は田口さんは連れて行かれた後、お腹の妊娠線とかを見せて自分には小さな子供がいるよと、帰してくれと、言ったと。
そして金賢姫の本の中にもありますけど、夜になると自分の子供は何歳か?と数えながら泣いていたと。
1歳と3歳の子供を置いた母親が3日間くらい観光旅行で北朝鮮に行きたいと言うか?と。
ハンドバッグ一つくらいしか持たないでね。
で、国家がこれ説明しているわけです。
親子関係に対する冒涜でもあると思います。
許せない、人間に対する冒涜だと私は思っているんですが。

しかしそういう説明をせざるを得ないんです。
拉致は認めるけど大韓機爆破事件は認められないんです。
死んだといって家族が納得してしまって、家族会が遺族会になってしまったら、彼らの勝ちだったんです。
9月17日から18日くらいは皆死んだと思って遺族という言葉が出て、蓮池さんが家族会の代表で横田さんが遺族会の代表になりそうになったんです。

しかしあの時彼らの誤算は今の安倍官房長官、当時の副官房長官が平壌まで行っていて、そして帰ってきた後次の日の朝に家族会が集まっているホテルまで来てくださいまして、説明してくれたんですね。
その時に北朝鮮で死亡を確認していないということが分かった。
9月17日には外務省の副大臣とか福田官房長官とかがそれぞれの家族を呼んで、「お亡くなりになりました」
断定的に言ったわけです。
その前に1時間半か2時間くらい待たせてですね。
「慎重に確認作業をしています」と言って、確認作業が終わってそれぞれを呼んで「お亡くなりになりました」と言ったらば信じますよね?

僕も実は死亡というのをその時信じたんですね。
あの時一緒に国会議員会館にいてくださったのが上田(埼玉県知事)さんで。
だから本当に危なかったんです。
死んだと信じてしまったら終わりだった。
あの時安倍官房副長官がいなくてですね。
福田さんと田中局長だけでやっていたらば、我々も死んだと思っていたんです。

ただ一人死んだと思ってなかった人がいたんです。
横田早紀江さんです。
横田早紀江さんはあの時記者会見でマイクを取って、「生きていると思っています。まだ戦い続けます」と言いましたよね?
僕ら横で見ていて、大丈夫なのかな?と思ったんですよ。
私たちなんかは運動を始めて、運動をした後に死亡日だったらどうしよう?と。
殺されたんだったらどうしてくれようかと、そこばっかり考えていたんですけれど。

結果として去年、一昨年の12月まで北朝鮮は8人の人を死亡だと言いたかったんですけども、8人について一人分でも死亡の証拠を出せなかったんです。
8分の0なんです。
8分の3は出していて5は無い、とかいうんじゃないんですね。
日本政府も全く信じられないと言っているわけです。
最近日本政府が日本語のパンフレットを出しましたけども、その中にも「全員生存を前提として北朝鮮と交渉する」と書いてあるんです。

しかし、最初に言った矛盾点はまだ残っているんです。
北朝鮮は核を作って、今回ミサイルを発射した。
アメリカはそれを止めさせようとしている。
アメリカはそれで去年の9月から、イラク情勢が落ち着いてきましたので、本格的に北朝鮮に対する対応を始めたわけなんです。
それは何か?というと金融制裁です。
金融制裁というのは、実は北朝鮮の銀行に対する制裁じゃないんです。
北朝鮮と取引をしている世界中の銀行に対する制裁なんです。

マカオに、バンコ・オブ・デルタという銀行があるんですね。
その銀行は金正日の秘密資金の出し入れなんかに使われている銀行なんですが、そこに偽札資金が入っていると言う事をアメリカ当局が察知して証拠を握って、去年の9月にそのマカオの銀行に制裁をかけたんです。
それを一方的にアメリカの国内法でかけるんです。
ですから、例えばですね。
日本でも足利銀行というのが朝鮮総連のメインバンクだったんですね。
一度破綻しましたけども、破綻しないで今もやっていたとすれば、アメリカから金融制裁をかけられたかもしれない。
一方的にかけるんです。
弁明の機会無しです。

かけられたらどうなるのか?というと、アメリカの金融機関が一斉に取引を停止するんです。
外国為替銀行でアメリカの金融機関と取引停止させられたら大変な事になります。
マカオでどうなったか?というと取り付け騒ぎになった。
あの銀行潰れると言う噂が出て預金者がわ〜っと銀行に押し寄せたんです。
で、マカオ行政府が管理するって言って助けて、そして20くらいあった北朝鮮の口座を全部凍結した。
そこに2000万ドル以上の北朝鮮のお金が入っているんですけど、下ろせない、今は。

それを見ていた世界中の銀行が、北と付き合うとああなる。
バンク・オブ・チャイナという中国の外国為替専門の銀行があるんですが、そこについても実は、金大中が5億ドルの賄賂を持って金正日に2000年会ったんですね。
そのうち2億円くらいはバンク・オブ・チャイナを使って送金しているんです。
その犯罪資金だとみなされれば、バンク・オブ・チャイナもアメリカと取引出来なくなる。
実際アメリカの財務省の人間が「あそこも対象だ」と口で言ってマスコミに出た。
それで水面下でもうやらないからと北朝鮮と取引をやらない。
世界中の銀行が北の口座を開設するのを嫌がり、今ある口座も凍結しようとする。
送金を受け付けない。

アメリカは今何をやっているか?というとスイスの銀行。
スイスの銀行に40億ドルとも50億ドルとも言われる金正日の個人資金がある。
CIAが口座番号をいくつか感知している。
それを凍結しようとしている。
金正日は尻に火が点いた。
で、1月に急遽中国に助けを求めた。
しかし中国は犯罪には加担できない。
核問題ならまだ(助ける余地が)あるけれど、犯罪には加担出来ないということで助けなかった。
それでどうするか?って困ったわけですね。

クリントンの時はミサイルを発射したら二国間交渉になりました。
多分軍隊がいてじゃあそれで行けと言って、今回もまたミサイルを発射したわけです。
ミサイルを発射すると緊張が高まる。
で、もう発射しないから話し合いをしてくれと言う。
もう発射しないということと金融制裁とをバーターする。
自分が悪い事をしていてですね。
悪い事をやめると言う事があたかも何か貢献のように思って何か貰おう、と言うのが彼らの今までの手法だったんですが、ブッシュ政権は悪い事には褒美は出さないんです。
今も基本方針なんです。
結果として国連の安保理事会で非難決議になったわけです。

・・・上田埼玉知事、岡村川口市長の挨拶の為一時中断、講演はその3へ続く・・・
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2006年08月19日

06.7.23 西岡力氏1 川口市民の集い(10)川口総合文化センターにて

『西岡力 救う会副会長の講演 その1』

Img_2002.jpg

〜〜正念場を迎えた拉致問題〜〜

西岡でございます。
川口市には、実は家内の妹が住んでいまして、何回か来た事があるんです。
埼玉県内では活動が盛んで今もいろいろな会があって、そして川口は人口は20万ぐらいですか?
20万くらい署名をされていて、二人に一人は署名されていると、大変・・・・・・・・・・・(聞き取れず)非常にありがたいと思っています。

4時までくらいの時間でということなので、途中・・・(会場より「マイクが入って無い」の声)
マイク入って無いですか?
持って喋った方が良いかな?
(司会者「先生、こちらのを使ってください」の声)大丈夫です、持って喋りますので。
途中で知事と市長がいらっしゃるというので、その時はすぐにぱっと代わりますので。(笑い声)
上田知事は元々拉致議連の副会長をして下さってまして、今年訪米したんですけど、その前に2001年に訪米したときは一緒に行って下さいまして・・・・・・・・・・(聞き取れず)人でいらっしゃいます。
今年、主題は「正念場を迎えた拉致問題」というのですが。

去年ですね。
表面上は余り動きがなかったんですね。
一昨年5人の家族が帰ってきて、その後ジェンキンスさんが帰ってきて、その後3回実務協議があって、めぐみさんの遺骨と称するものがあって、あるいは田口さんの交通事故調査書だとか、一昨年は少しそういう動きがあったわけですが。
しかしその全てが、遺骨と称する物もあるいは田口さんの交通事故調査書という物も全て信じるに足りないと。
と言うふうに、これは我々が言ったんではなくて日本政府が言ったんです。
全て信じるに足りないと。
北朝鮮は8人死亡としているけれども、8人死亡を裏付ける証拠は現時点では何も無いと。
いうふうに日本政府が結論付けたのが、一昨年の12月です。

そしてその事を踏まえて、北朝鮮が迅速で誠実な態度を取らなければ厳しい対応を取る。
当時の官房長官の細田さんが言ったのが12月の24日、だったようです。
ところがその後北朝鮮は、日本の方が遺骨の鑑定をでっち上げていると。
本物を出したのに偽物だと言っていると言ってですね。
拉致問題は全て解決済みと開き直ったんですね。
ですから誠実な対応をしていないわけですね。
じゃあ、迅速なのはいつまでなのか?と、いう問題があるわけです。
6ヶ月経っても日本政府が何もしなかったもんですから、去年の6月の24日、全部で3日間ですね。
国会前で座り込みをしました。

その頃、そしてその後もですね。
マスコミの報道やあるいはこういう所での質問などでですね。
拉致問題はこう着状態である、いう表現がたくさん出たんですね。
それに対して私は「こう着状態ではない」と、「嵐の前の静けさだ」と、言うふうに言ってきました。
必ず嵐が来るんです。
2002年の9月17日、10月15日に吹いたのよりももっと大きな嵐が来る。
言うふうに言っていました。

その根拠はですね。
端的に言うと米朝関係です。
アメリカのブッシュ政権と金正日政権の間で絶対に解消出来ない矛盾がある。
対決があるわけです。
アメリカのブッシュ政権は今テロとの戦争を戦っている。
戦時です。
そしてそのテロとの戦争を目標を二つ掲げているんです。

第一はテロリストを捕まえて正義の裁きを下し、そしてテロリストの基地を叩き潰すことです。
アフガニスタンで行われた戦争は、その第一の目標だったわけですね。
アルカイダも協力してたわけです。
それだけがテロとの戦争の目標ではない。
もう一つあるんです。
もう一つはテロ国家が大量破壊兵器を持ってアメリカやアメリカの同盟国を脅かしたり、その大量破壊兵器をテロリストに渡したりさせないという事です。
テロ国家が大量破壊兵器を持ってアメリカやアメリカの同盟国を脅かしたり、その大量破壊兵器をテロリストに渡したりさせないことです。
言う事をテロとの戦争の二つ目のゴールだと言うふうに、ブッシュ大統領は2002年の1月に演説しているわけです。
その演説の中でテロ国家の代表として、イラクとイランと合わせて北朝鮮を名指しで「悪の枢軸」と言ったんです。

つまり北朝鮮が核・ミサイルを持っている事を許さない。
北朝鮮から核・ミサイルを取り上げると言う事を戦争のもう一つの目標だと、ハッキリ言ったわけです。
しかしその後北朝鮮は何をしたか?と言うと、核開発・ミサイル開発を今も進めているわけです。
2002年の1月に比べて北朝鮮の持っている核兵器の数は少なくとも10発増えました。
2002年の1月の段階で1個持っていた事は、いろんな説があるんですが、私は5発くらいあったんじゃないか?と言う説。
日本の政府や韓国軍やアメリカの情報機関は少なく見積もっても1〜2発と言ってた、2002年の1月に。

その後ですね。
2003年になってアメリカが北朝鮮は濃縮ウラニウムの、つまり広島型の核開発をしていると。
止めろといったのに対して北朝鮮は「アメリカの言う事は言いがかりだ」と言って、それまで凍結していたプルトニウムを原料とする長崎型の核開発を2003年1月に再開したわけです。
そして今も続けています。
8000本の燃料棒が、94年に国際機関のIAEAに監視されていたんですが、そのIAEAを追い出して、8000本の使用済み燃料棒の中に入っているプルトニウムを取り出す作業を彼らはやって完成したと。
8000本の使用済み燃料棒からは少なくとも、まぁいろいろな計算の仕方があるんですが、5発分くらいの核爆弾の燃料になるということです。

そして2003年の1月に、その8000本というのは94年に取り出していて、94年から燃料を入れていなかった5000キロワットの原子炉に8000本の燃料を勝手に詰めたんです。
そして去年の5月にそれを動かして燃料棒を抜いたら、また新しく8000本の使用済み燃料棒が出来たわけです。
そこからも5発分のプルトニウムが出た。
多分去年中に再処理が終わって5発増えた。
そしてまた新しく8000本の燃料が去年の5月に入れられて、今も稼動する。

もう一方でパキスタンから濃縮ウラニウムを作る技術を秘密で入手して、濃縮ウラニウムを作っているか作ろうとしているかなんです。
濃縮ウラニウム工場が完成しているかどうか?と言う情報がありましたが、アメリカはまだ完成していないと言っているようですが、正確な事は分からない。
しかし作ろうとしている事だけは間違いが無い。
そちらの方が完成すれば年間2発か3発、広島型の爆弾が作れる。
それだけではなくて、5000キロワットの原子炉が今稼動しているんですが、その横に実は5万キロワットの原子炉を今建設中で、その工事を中断していたんですけどそれが再開されたんです。

それから、今の5000キロワットと5万キロワットのあるところからもう少し北方の泰川(テチョン)というところには20万キロワットの原子炉の建設が進んでいたんですが、それも凍結されていたのがまた再開されている。
その原子炉が出来れば単純な計算ですが、出来ないと思うんですが、5000キロワットで年間2.5発出来るとすると5万キロワットだったら年間25発出来ると、いう事になるわけです。
その核開発を大々的に今進めているわけです。

そして今回ミサイルを撃ったんですね。
核兵器と言うのは爆弾があって、その運搬手段がなければいけない。
ミサイルは運搬手段です。
じゃあ、問題はその爆弾がミサイルに積める様に小型化出来ているかどうか?
日本政府の公式見解は、まだ小型化できていないと。
しかしそれについても専門家の間では意見が分かれています。
というより、私は少数説なんですが、出来ていると言う危険性があると思う。

なぜならパキスタンはすでに小型化の技術を持っているんです。
北朝鮮は先ほど言いましたようにパキスタンから濃縮ウラニウムを作る技術を貰ったんです。
その見返りにノドンミサイルを出したんです。
パキスタンはミサイルを持ってません。
だからインドは安心していた。
パキスタンは爆弾は持っていてもミサイルはない。
それでインドは核実験を止めていた。

ところが1998年にパキスタンはミサイルの発射実験に成功してしまった。
それは実はノドンだと。
それでインドが慌てて核実験をしたんです。
そしてその次の次にパキスタンが核実験をしたんです。
そのノドンの部品は日本製のものがかなり多いという。

韓国に亡命しました黄長ヨプ(火へんに華)さんという人がいます。
あの人と一緒に亡命したキム・ドクホンさんという彼の秘書みたいな人がいるわけです。
その人が北京で、外貨儲けをするために貿易をやっていた。
そしたら軍の商社が日本から精密部品をたくさん買っている。
それをみて「お前何をしているんだ?」と聞いたら「これはパキスタンに持っていく」と。
おかしいと思って黄長ヨプに報告したと。

黄長ヨプがチョン・ビョンホと言う軍事産業担当の書記に「何をやっているんだ?」と聞いたと。
そしたら「ノドンをパキスタンに出すんだ」と、こう言ったと。
その見返りに濃縮ウラニウムを貰う。
と言うのがアエラと言う週刊誌と産経新聞に1998年に出たんです。
キム・ドクホンという人にインタビューして、聞いているわけです。
ですからノドンと濃縮ウラニウムはマークだと言う事をやってたわけです。

じゃあパキスタンが持っている核爆弾の小型化技術を北朝鮮に提供していないか?
分からないわけです。
少なくともパキスタンは北朝鮮から貰ったノドンに爆弾を載せているんです。
じゃあそのノドン(の見返り)が今度逆に北朝鮮に行って無いか?というと分からない。
分からなければ、私は疑って備えよと。
安全保障というのは命がかかっているわけですから、疑うしか無いだろう。
まぁこれ以上入ると安全保障問題の話になってしまうので、日本の核政策と安全保障問題についてもいろいろあるんですが、ここまでにしておきますけども。

つまり、アメリカのブッシュ政権は金正日から核・ミサイルを取り上げると言う事を戦争の目標にした。
ところが金正日政権は今も核・ミサイル開発を進めているんです。
その事をアメリカは良く知っているんです。
アメリカとパキスタンは今軍事同盟を結んでいる。
パキスタンの中に米軍基地があるんです。
テロとの戦争やアフガニスタンとの戦争のときに、パキスタンはアメリカとくっついたんです。
パキスタンの軍が自分達の持っている核技術を誰に出したのか?というのを全部アメリカに話しているわけです。

アメリカは北朝鮮の核開発の水準について知っているんです。
パキスタンにあるノドンミサイルを見る事が出来るんです。
そして北朝鮮は悪の枢軸だと言ったんです。
2002年の9月はそういう背景から起きたわけです。
金正日からすると、アメリカに完全にばれてしまったと。
核開発を止めているといって、アメリカから年間50万トンの重油をタダで貰っていたんです。
ブッシュ政権も2002年まで金正日にタダで重油を出していたんです。
それは核開発を止めると約束したから。

止めるといって援助を貰いながら実は裏で続けていた。
その決定的証拠をブッシュに握られたんです。
そのブッシュは戦争をやるんです。
何をするか分からないと金正日は思ったわけです。
それで小泉さんに泣きついたわけです。
東アジアにおけるアメリカの同盟国の日本と韓国をアメリカから引き離さなければ、自分の身が危ないと。

田中均という局長が裏交渉で小泉訪朝をアレンジしたと言っていますけども、田中さんはいつから北朝鮮と交渉を始めたか?
ミスターX との交渉をいつから始めたのか?
2001年の秋だと言っています。
丁度アフガニスタンの戦争でパキスタンとアメリカが同盟を結んだ時です。
そこが危ないという事です

それで、その時にですね。
家族会が出来て97年から2002年まで5年運動して、日本中で横田めぐみさんという名前を知らない人がいなくなったと。
北朝鮮と交渉するのであればその人の、当時日本政府が当時認定していた11人について、何らかの証拠を出さなければ世論が納得しないと言う雰囲気を作ることに成功している。
そこで水面下の交渉で、日本の世論を納得させる為に拉致問題について証拠を出せと。
そうすれば国交正常化に入って国交正常化を早期にして、多額のお金を出すと、言う話が進んでいたんです。

・・・その2に続く・・・
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2006年08月18日

06.7.23 飯塚繁雄副代表 川口市民の集い(9)川口総合文化センターにて

『飯塚繁雄 家族会副代表の講演』

Img_2001.jpg

皆さんこんにちは。
皆様方のこの問題に対する深いご理解とご支援を頂きまして本当にありがとうございます。

そういう国民の皆様の声が、言って見ればようやくこの問題を具体的にどう解決するのか?と言う所まで参りました。
振り返ってみれば5〜6年前はですね。
この問題に理解を示してくれなく、我々家族会もどうしたら良いのだろう?と言う悩みがあったんですが、地道に頑張り皆様のご支援があってようやくここまで来たと言う事はハッキリしているわけですけども。
問題なのは、これを解決しなければ何もならないという事になるわけですけども。
私たち長い間戦って参りまして、毎年ですね。
今年こそは今年こそはという合言葉の下にいろんな検討をし、政府の動きも期待し、それから皆様のご支援によっていろんな活動を進めながら解決を望んでまいりましたけども、中々それが思うままにならず今年も半年過ぎたわけですね。

しかしながら今までとちょっと違うのは今年の初めからですね。
多分、安倍さんの指示かと思うんですけども、拉致問題について徹底的な取り組みをするというハッキリとした約束をされまして、それがですね。
内閣の専門委員会というのを作りまして、これは各省庁全部入ります。
今は名前が違いましてですね。
拉致対策特別チームと言うのを作りまして、各省庁徹底的な動きをしております。
各省庁で何が出来るのか?言うような事をテーマに与えまして活動を始めてますけども、目立つのは一つは警察の動き。
これが組織されまして、この問題専門に調査、捜査、活動を始めまして、もちろん特定失踪者の方々の情報、もちろん我々認定されている家族の情報も全て管理をして今おりますが。

言ってみれば特定失踪者の方々と言うのは全国にたくさんいます。
北海道、埼玉が一番多いんですけども、そういう人たちの捜査と言うのは民間がやる話じゃないわけですよね?
あくまでも政府として警察が徹底的に調べ上げて、そして確かにそれは拉致だと確認をされながら認定なり、北へのあるいはアピールなりメッセージをしていくのが当然なんですけど。
残念ながらまだそこまでは行きません。
一本釣りで各失踪者の方々の裁判を行って、それによる認定訴訟というそういう段階を踏んでおりますけど、これはすごく時間がかかるわけですね。
そういう事からするとやはりここまで来た以上、もちろん私たちの家族も含め一気に解決すると言うような狙いを定めないと、これまた後何十年かかるか分からないという事になりかねないという事もあります。

今年の各特別チームの働き、特に外務省あたりのですね。
徹底的な北に対する、要するに北の嫌がることは何か?と言う、当然考えながら先ほど準備をして参りました。
我々は長い間、このままの交渉ではいつ終わるか分からない。
いつ解決するか分からないという懸念から、北に対する制裁をしてくださいという事を長い間訴えて参りました。
それが現実的には今現在、ようやく制裁と言う形が出来てそれが実行される段階になっているわけですけども。
そういう意味では非常に動きがハッキリ見えてきたと言うのが、昨今の状況でございます。

我々は政府にいろいろお願いする一方、世界、要するに国際社会へのアピールもかなりやってきたつもりです。
皆様もご存知の通り、ワシントンDCに行きましてブッシュ大統領と面会が出来たと。
これはアメリカと言う大きな国・大きな力を、この拉致問題解決のために是非支援をお願いしますと言う形で行ったわけですけども、それと同時にアメリカの下院の公式な席でこの日本人拉致問題をきちっと訴えて来たわけです。
アメリカと言う国はなんと言いますか、日本と違って人権に対する、あるいは家族とか友人とかそういう事に対する怒りが、まず物凄い感情で出てくるわけですね。
何の事件、あるいは時代に先駆けて、やはりこの人権の問題というのは最優先すべきだというような全体の雰囲気です。
もちろんブッシュさんもそうです。

ですから「お忙しい所申し訳ない」と言ったら「私は人権の問題を疎かにするほど忙しくない」そういう発言もしていますし、終わった後でも「今回の面会は久しぶりに感動した面会だった」という事を言っておられましたけど。
そういった感じで非常にアメリカのブッシュさんが、我々家族会のメンバーと会ったと言うその事実。
これは世界にも報道されていますし、アメリカとしては凄い関心があるんだと言う事を議会を通じてメッセージをくれたと言うふうに思います。

問題はそれからなんですけどね。
じゃあブッシュさんに会ったと。
あぁ良かった良かったと言う雰囲気だったんですけども、やはりそれを受けて日本政府なり、拉致を解決しようとする諸団体なり含めてですね。
どう動くか?というのが・・・・。(聞き取れず)
あくまでもこれは大きな活動のステップ、一部として大きな成果という事は確認されますけども、それはあくまでも一つの経過であって、結果ではないというふうに私たちは考えております。

更には北朝鮮に対する制裁をお願いしている中で、皆さんこれもご存知な韓国の民間の家族といわれる方の面会と言う話が盛り上がっていますけど、これは誰しも感じていますが、全て北朝鮮の政府のシナリオだと。
家族がいろいろ会話した内容なんかを見ますと、これは全くどう見ても言わされているという感じがします。
そういうことからすると、彼ら、金英男さんですか?
彼も被害者、拉致被害者なんですね。
だけど本当の事は言えないと言うような状況を作り出しておりますし。
こういった物を通じて、北は横田夫妻を北朝鮮に呼んでヘギョンちゃんに会わせて、まぁ抱き合って喜んで、「お母さんが死んだ」と言う事を言わせて聞かされてそれで終わりと、言う目論見だと思うんですね。
それをしてしまいますと、私たち日本人何百人の家族が拉致されているのに、簡単に中途半端な形で幕引きをされてしまうと言うのが非常に恐ろしいわけです。

ですから家族会としては横田代表について「絶対に行かないでくれ」と。
代表はもちろん人間ですから家族ですから、孫を抱きたいと言う心情は分かるんですけども、北に騙されていはいけないということで、踏みとどまって貰ったと言うのが事実です。
あくまでも私たちはこの拉致事件、拉致問題を正常の方法で解決していくんだという、いわゆる一枚岩で行きましょうと言う事は確認されておりますけどね。
ですから北は人間の弱いところを突いて何とか北の思い通りにさせようという、そういう目論見が全く見え見えであります。

当然マスコミさんのですね。
どうせ北の言う事は全部嘘だと、いう事は承知で取材はしておりますけども、どうしても記事的には単発的に「こういうことがありました」、「こう言ってました」と言う事が報道の一つのネタになるんでしょうけども。
中々その、報道に聞くとですね。
その裏にあるものは何か?ということも考えて頂きたいなと言う事も、常に思っております。

最近特に皆さんすでにどなたかも言っておられましたけども、北への制裁がハッキリして来たと。
これは北がミサイルを日本海にぶち込んだと、言うのが大きなきっかけにはなったんですね。
ですから今まで何にもしなかった政府がようやく決断されたという事なんですが、言ってみればミサイルを撃ち込んで貰って良かったと言う感じもするわけですよ。
これが無ければ何も動かないと。
単なるやわな交渉で結果が中々出てこないような、いつまで待たせるんだと、そんな繰り返しになったかと思うんですけど、そういう意味では今回の北の乱発ミサイル。
これが日本だけではなくて韓国あるいは中国・ロシア、近隣各国に対する影響もかなり出てきているという事もあります。

具体的にはハッキリ出ているのは、安保理で非難決議が全員一致で採択されたと。
確かに制裁とかという具体的な文句は外されましたけど、全理事国が一致して「北はけしからん」という、こういった決定的なメッセージを与えたという事は、相当な制裁に繋がっていくはずだと思います。
我が国もこれから船は一応止めるという話になりましたけども、万景峰号ですね。
日本に来る一切の船を止めようじゃないかとか、あるいは北のミサイルとかいわゆる兵器を作るとか、そういう悪さに繋がる日本の精密部品あるいは電気部品、そういう物を一切止めようと、いうような準備もしているようでございます。

そういう意味では今回日本の政府筋も、この事件を受けて安保理の対策も含めて相当力強く動いておりましたね。
これももちろん安倍さんが、絶対ぶれない強い態度で態度を表明しております。
その支持によって多分いろんな工作をし、ロシアあるいは中国、まあ韓国もそうでしょうけども、この決議については絶対に賛成して欲しいという動きが相当あったようでございます。
そういうことではやっと日本がですね。
日本政府はやっと動きを具体的に示してきたなというふうに、最近では私たちもある期待をしております。

そうは言ってもですね。
北はこの非難決議は全面拒否と言う形になっておりますし、全てに対する北は今までと同じように関係各国を相手に、異常な態度を示しておりますね。
私たちも一番怖いのは、こういう北朝鮮みたいな独裁国家がね。
何をやらかすか分からない。
いわゆるキチガイ国家ですから、我々が強く出れば出ただけ向こうもそれなりの態度を取ってくる。
極端に言えばどうなってもいいと。
自分の国民なんかどうなっても良いから、軍部にミサイルでもバンバン撃ってね。
世界にアピールしようという事ですとか、あるいは北朝鮮そのものが崩壊して混乱するという状態も考えられますし。

そういう所では私たち一番心配な点は、この大勢の日本人を混乱の状態からどうやって助け出すのか?
こういった心配がかなりあるんですね。
いまだに誰がどこにいるかも分からない。
助け出しようが無いわけですね。
ですからそういうことでは、なんていうんですかね。
例えば外交機密費ですかね。
そういう物を使ったりですね。
いわゆる、多少お金がかかっても良いから、水面下の・・・(聞き取れず)でも良いから、徹底的に日本人のいる場所を突き止めて何かの連絡をして、いざという時にはここに集まってみんなで一緒に帰るというような。

いろんなシュミレーションをですね。
考えていかないと、そろそろ慌てふためくという場面が相当有ると思うので、私たちは是非返してもらう。
一人残らずどうやって助け出すんだ?と言う。
目標は日本人を取り返すことですからね。
奪還するんですから。
ただ北朝鮮を懲らしめれば良いというだけでは無いですから。
そういった事も考えながら、いろんなシュミレーションの中でそれぞれの動きをして頂きたいと、いうふうに強く思うわけです。

私たち本当にこういった問題については素人ですよね。
でもいろんな情報が入りますけどそれを分析して、こうしろ、こうだ、ああだ、という専門家のように込み入ったコメントは出来ませんけども、要は私たちの家族を返して欲しいと、早く。
いってみればそれだけなんですね。
しかしながらこのところ非常に問題が複雑化になり国際化され、段々段々拉致という問題が薄くなりそうな気配もするんですけども。
それは先ほど言いました、安保理それからこの間のサミット、この辺に拉致については並行したテーマでやってくれという強い日本の姿勢もありましたし。
それを協議されておりますので、絶対にこの拉致の問題というのはあらゆる舞台であらゆる場面で、並行して協議されると、いうふうな事では非常に私たちは期待をしております。

北朝鮮外務省声明というのもあるんですけど、それを取り上げて言うのももう余り時間も無いので、北朝鮮の外務省はですね。
こういった決議を受けてこう言っているんですね。
「我々共和国は、米国の対朝鮮敵対視政策の産物である国連安全保障理事会の決議を強力に糾弾し全面対立し、これに拘束されないであろう」
こういう強がりを言っているわけです。
「我々共和国は米国の極端な敵対政策により最悪の情勢が守られている状況で、全ての手段と方法を尽くして自衛戦争、抑制力を様々な方法で強化していく」と。
こういうふうに言っているわけですね。
それを写して来ただけなんですけども。

ですから今後、こういう環境の中ではもしかすると日本にミサイルが飛んできても不思議ではないと、いう情勢にはあるわけですよね。
そうなったらどうなるか?というのは向こうも馬鹿じゃないですから、考えていると思いますけども。
我々は世界の協力を得ながら、具体的にこの拉致問題を解決する日を待ち焦がれていると言うのが今現状でございます。

横田さんもだいぶ疲れていますしね。
やっと動いているんですね。
全国飛び回って、この間は石垣島まで行って講演しましたけども、来週は今度青森行ってやるとか。
私も今日仙台から来たんですけども、そういう意味で家族たち、皆さんもそうですけどお年寄りの方もいますけど、非常に疲れていて長く待てないよという状況でございます。
まぁ、2代目もいますけどね。
そこまでかかってもしょうがない、と思いますから。

是非ここで一気に、正念場であるこの問題を皆さんと共にですね。
解決していきましょうというのが、私の最後のお願いでございます。
どうもありがとうございました。(拍手)
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2006年08月14日

06.7.23 佐々木アイ子さん 川口市民の集い(8)川口総合文化センターにて

『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』

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皆様こんにちは。
私は特定失踪者問題調査会にお世話になっております、佐々木悦子の母、佐々木アイ子と申します。
宜しくお願いします。

娘悦子は浦和埼玉銀行に勤めておりまして、平成3年4月22日月曜日、朝出たまま。
免許証、パスポート、社内預金、全然手付かずそのまま失踪。
今日まで15年間何ひとつ国内での情報はございません。
特定失踪者(問題調査会)の方にお願いしまして、いろんな報道関係の結果、15年には北朝鮮脱北者より「悦子を見た」と言う目撃情報がありまして、拉致濃厚となっております。

それで今日も見えております新木さんのご家族と一緒に、16年の1月には県警の方に一斉告発をしておりますが、まだ国の方からは認定されておりません。
母親として娘が日本の土を踏むまでは何としても頑張り続けたいと思います。
皆様、どうか拉致問題を忘れずにご協力・ご支援の程宜しくお願いします。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 佐々木 悦子
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
ふりがな ささき えつこ
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
性別 女 当時の年齢 27
身長 162センチ 体重 52キロ
公開 第1次公開
当時の身分 埼玉銀行パート
特徴 左目の下に泣きぼくろあり、両手共ふっくらとしているが指先が細い。
失踪場所 埼玉県浦和市
失踪状況 「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 新木博さん 川口市民の集い(7)川口総合文化センターにて

『新木博さん(特定失踪者・新木章さんの弟)の訴え』

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(写真左・姉の横山木三子さん、右・新木博さん)



皆様こんにちは。
本日はお休みの所、拉致問題に関心のある多くの方々にお集まり頂きまして誠にありがとうございます。
とても心強く思っております。
私は特定失踪者の新木章の弟の新木博と申します。
宜しくお願いします。
隣は姉の横山木三子と申します。
宜しくお願いします。

新木章は昭和52年5月の21日、仕事が休みであった土曜日、川口市栄町の自宅から「買い物に行く」といって自宅を出たきり、今日まで行方不明のままでございます。
この間、本人からの便りも一切ありませんし、自殺とか家出とかする状況でも全くありませんでした。
また事故等に巻き込まれたと言う情報も一切ありませんでした。
そして特定失踪者問題調査会というところを知りまして、相談をし調査をお願いしました所、どうやら川口市栄町に住んでおったとか、勤め先が三菱信託銀行・・・(聞き取れず)支店とか、年齢が29歳であったとか、そんな条件が重なったのでしょうか。
どうも北朝鮮に拉致された可能性が濃厚であるということが分かりました。

今、私が思いますのは、北朝鮮は今追い詰められている。
先日のミサイル発射によりまして、非難決議、これは当然であります。
是非北朝鮮も自分の国の非を認めて、無駄な抵抗は止めて、まともな国になって、どうかこの拉致問題の真相を明らかにすべきだと思います。
そして私たちも拉致された人を一日も早く取り戻す為に、また安否が確認出来ますよう活動してまいります。
どうかこれからもご協力の程、宜しくお願い致します。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 新木 章
失踪年月日 昭和52(1977)年5月21日
ふりがな あらき あきら
生年月日 昭和22(1947)年10月16日
性別 男 当時の年齢 29
身長 体重
公開 第1次公開
当時の身分 銀行員(事務系、コンピュータを使う仕事)
特徴 中肉中背、眼鏡使用。
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 「買い物に行く。午後6時か7時には帰る」と川口市の自宅を出たまま失踪。家を出たときは財布しか持っていない。免許証、クレジットカードが入っていたが、更新がされていないし、カードは使っていない。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 大平一男さん 川口市民の集い(6)川口総合文化センターにて

『大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え』

Img_1982.jpg



こんにちは。
私は藤田進の従兄弟の大平一男と申します。
本来であれば弟の藤田隆司がここに来て、皆様の前でご挨拶するべきところですが所用につき、私が代わりに挨拶させて頂きます。

藤田進が失踪したのは昭和51年です。
最初はいなくなったという原因、どこに行ったのだろう?すぐに帰ってくるのではないか?と思い、2日、1週間、10日、1ヶ月、そして3ヶ月、半年。
経ってみれば、もう何十年にもなってしまいました。

もう、どこかで生きているのか?それとも命を落としているのか?
それすら全く分からない状態で、丁度2年前北朝鮮にいるという報道がされました。
まさに寝耳に水、自分の体が一瞬寒くなった事を覚えています。
どうして北朝鮮にいるんだろう?
考えてみればその実情も分からないではない。
しかしながらその当時は全く北朝鮮なんて考えてもいませんでした。

横田めぐみさんが1977年に拉致されて、そして横田ご夫妻が作った家族会が活動されています。
しかし自分が、私どもが、まさかその内側に入ると言う事は考えてもいませんでした。
藤田進はそのめぐみさんより1年前に姿を消しています。
そう思うと家族会の皆様には本当に頭が下がる思いです。

藤田進は今年50歳になります。
私と一つ違いなんです。
本来であれば日本にいて、日本の成長の共に力になり、味わって来るべきはずでした。
それが何故?北朝鮮なんでしょうか?
日本にいてもっと楽しい事、それを味わうことが出来ました。

彼が今向こうにいてどんな生活をしているのか?
元気でいるのか?
ちゃんと食事が取れているのか?
考えると行った事の無い国だけに、非常に不安を覚えます。

北朝鮮がミサイルを発射しました。
これはある意味、自分の中では日本がこれから強い姿勢になるべく、チャンスと言うか契機だと思っています。
ここにお集まりの多くの力をですね。
是非全国規模にもっともっと高めて、ここは一気呵成にあの国を攻め立てて、そして日本人全員を連れ戻したいと考えています。
ですから、皆様もこれからも声高に北朝鮮に向かって一緒に叫び続けて頂きたいと思っています。
宜しくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 藤田 進
失踪年月日 昭和51(1976)年2月7日
ふりがな ふじた すすむ
生年月日 昭和31(1946)年6月16日
性別 男 当時の年齢 19
身長 体重
公開 第5次公開
当時の身分 東京学芸大学教育学部1年生
特徴 家ではあまりしゃべらないタイプ、ギターがうまかった。
失踪場所 埼玉県川口市の自宅
失踪状況 失踪当日6:30〜7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。脱北者が北朝鮮から持ちだした写真が、鑑定の結果、藤田進さんである可能性が極めて高いことが判明。平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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2006年08月13日

06.7.23 鈴木智さん 川口市民の集い(5)川口総合文化センターにて

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』

Img_1974.jpg



はじめまして。
私、特定失踪者・鈴木賢の兄でございます。
弟は1972年大学を卒業し、会社の春のレクリエーションと言う事で、当時の住まいでありました三芳町藤久保の自宅を朝6時に、母親と言葉を交わして家を出ました。
それ以来、今年で丸34年になります。
この間、誰一人として弟の顔を見た、あるいは声を聞いたと言う事は全くございません。
私たちも考えられる・出来得る捜索、あるいは調査、あるいはお願い、一通りの事はして来ましたが生死の区別も現在の段階でついておりません。

私現在、街頭におきまして皆様から大変温かいご支援を得て拉致問題のアピール活動を行っておるんですけど、その折ですね。
「特定失踪者って何?」あるいは「特定失踪者が何故拉致なの?」と良く聞かれます。
特定失踪者と言いますのは、全国から寄せられたあるいは公開・未公開に限らず、届出をした失踪者を調べて拉致の可能性のある人については、政府に調査・要請・提言をし、一方では拉致被害者の救出活動を支援しておる特定失踪者問題調査会という民間の機関が東京の飯田橋にございます。
この特定(失踪者問題)調査会の方に申し出をして調査をしておると言うことでございます。

私思いますのに、特定失踪者が全部が全部拉致だとは決して思っておりません。
しかしながら、特定失踪者の中にも北朝鮮に拉致された数人か、あるいは数十人か数百人か分かりませんが、必ずいる事と確信をしております。
政府の認定された拉致被害者は16名の内5名が帰還されて、いまだに11名の方は帰って来られません。
と同時にですね。
特定失踪者の中にも、この拉致問題について大変遠い日本の国を思い、家族を思い、待ち続けていることと思います。
卑劣極まりない北の金正日は国家戦略として、何の関わりも無い一市民を一方的に略奪して自分の命の存命、国の存亡の為に人質カードとして使って返そうとしません。

日本の国は被害国なんですけども、この拉致被害者を救出する為の策と言うのは無為無策。
国としての対応、余りにも情けなく怒りの気持ちを持ち続けてきましたが、このたびミサイルを発射されて目が覚めたのか、やっと国民の目に見える形で制裁が発動されました。
ここは一つ、北朝鮮の理不尽な言動に声を上げて、北朝鮮で拘束されている何名か何十名か何百人か知りませんが、邦人の身の安全と救出に大きな声を上げて日本政府を後押ししていきたいと思います。
今後も拉致問題の全面解決の為にアピール活動を続けていきたいと思います。
どうか皆様、今まで以上にご支援を頂きたくお願いをしまして、私の訴えとさせて頂きます。
本日はありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 鈴木 賢
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
ふりがな すずき まさる
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
性別 男 当時の年齢 23
身長 170センチ 体重
公開 第3次公開
当時の身分 会社員
特徴 中肉。
失踪場所 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 井上克美さんの兄 川口市民の集い(4)川口総合文化センターにて

『特定失踪者・井上克美さんの兄の訴え』

Img_1971.jpg

(写真は左より、井上克美さんの兄と母親のイトノさん)



私は井上克美の兄ですけど、その当時は私と弟で川口に住んでいました。
私は蕨で仕事が浦和の・・・・(聞き取れず)で二人で仕事をしたんですけども、それから私は別の仕事を選んで川口出まして東京に行ったんですけど。
その直後だったんですけど、拉致と言うのは。

今も母が言いますように12月29日の忘年会でね。
それから突然いなくなったと。
それから34年経って何のね、音沙汰も無いんですよ。
その間に私たちも、警察に行っていろいろ調べましたけど、その時の免許証のね。
(有効期限が)切れたから、もう私たち家族もこれは日本にいないと。
他の国にいるんだとそう思ってね。
必死に諦めたんですけども、ね。 

それから今こうやって皆さんの力を得て頑張っているわけですけども、私たちもね。
母ももう82歳ですよ。
ね、だから、元気なうちに弟に会いたいと思います。
これからも皆さんにお力添えを頂くようになると思いますけど、すみませんが宜しくお願いします。(拍手)
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2006年08月12日

06.7.23 井上イトノさん 川口市民の集い(3)川口総合文化センターにて

『井上イトノさん(特定失踪者・井上克美さんの母)の訴え』

Img_1965.jpg



皆さん、こんにちは。
私は前橋の者なんですけども、息子が、井上克美の母です。
皆さんいろいろお世話さまになります。
今日はこんなに大勢の方お集まっていただいて、本当にありがとうございます。

うちの息子は(昭和)46年12月29日、忘年会が終わったその足でいなくなってしまったんです。
で、29日の夜だったです。
31日に前橋の井上家の方に、あの、結婚してました。
で、お嫁さんから「克美さんは行ってますか?」と電話があったんです。
で特に来ていないもので「来ないよ」と言ったら、「まだ29日に出たっきりうちに戻って無いんですよ」と嫁から(連絡が)ありました。

で、早速、31日の夜でしたから、あくる日は元旦でしたね。
その時主人と二人で早速川口へ行って捜しましたけども、とにかくお正月のことですから交番も何もあの当時、もう34年も前の話ですから閉まっててね。
どこの誰にも会わずに捜し求めて帰ったようなわけなんです。

それから始まってお正月が終わって私はね。
いろんな所に、何て言うんでしょうね。
あの当時は占い師って言うのが流行ってたもんで、皆さんに聞いては占い師の所へ行って占って貰いました。
それが何べんと無く、1週間くらい置いて次は何を言ってくれるかな?と思って行って。
結局その占い師さんも行った先をそれ以上行かないように足止めをしてくれる、そういうあれがあったんですよね。
足止めをしてもらいました。
そういう所にも散々行きました。
でも結果は全然帰って来ないし、一度も便りは無いし、本当に今の今まで音信不通なんです。

その時息子は、親の反対を実は押し切って若いのに結婚してましたので、お嫁さんは大きなお腹をして、12月にいなくなって1月の10日に出産しました。
その子供がもう34歳になりました。
息子の親も知らずにあれしてますけども、あの、皆さん。
川口の皆さんには本当にお世話になっています。
私は前橋ですから中々出て来られません。
皆さんに署名運動や何かでみんなお世話になっていますけども、皆さんどうぞこれからも宜しくお願い致します。(拍手)

・・・・・・・・・・・
氏名 井上 克美
失踪年月日 昭和46(1971)年12月29日
ふりがな いのうえ かつよし
生年月日 昭和25(1950)年6月8日
性別 男 当時の年齢 21
身長 体重
公開 第4次公開
当時の身分 電気工事店勤務
特徴
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 失踪当日会社の忘年会の後、川口市内の飲食店で飲み(午前0時〜1時)、すし屋で食事をした後友人と別れた。当時泥酔状態。夜帰宅しなかったので翌30日前実家にtelがあり両親も知った。妻の話では正月は家に行くと言っていたので実家に帰っているのではと思いtelしたとのこと。運転免許の更新もなし。連絡も一切なし。長男が生まれる直前だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 飯塚耕一郎さん 川口市民の集い(2)川口総合文化センターにて

『飯塚耕一郎さん(田口八重子さん長男)の訴え』

Img_1962.jpg

川口の皆様、はじめましてと言うか本日はお呼び頂きまして誠にありがとうございます。
田口八重子の長男で飯塚耕一郎と言います。
大変すみません。
本日は遅れてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。
また、お忙しい中お集まり頂きまして誠にありがとうございます。

昨今の今の現状を推察するに、北朝鮮は苦しんでいると言うのが私の所感でございます。
どういう因果か分かりませんけども、北朝鮮がミサイル発射を引き起こして、国連並びに中国及びロシアからもだいぶ敬遠されている状態です。
やはり北朝鮮として外交のカードが無くなって来ている状況だと思います。
ミサイルと言う脅迫を使って、北朝鮮は外交上何とか生き残ろうと考えているのだと私は推察いたします。
で、その最中、対南工作の一環だとは思うんですけども韓国と言う国を取り込んで、世界的に認められる存在にまた戻そうと言う動きが出ているのではないか?と思っています。

今回ミサイルと言うのはその発端で、大分北朝鮮が我々家族会が本来求める姿、要するに追い込むと言う姿になりつつは有るんですけども、これはあくまでも今現状ミサイルと言う北東アジアの安保の状態から突きつけられており、拉致問題という観点では中々クローズアップされていないんじゃないか?と思っています。
実際G8なり国連の決議なりで拉致問題という部分は取り込まれておりますけども、やはり安保と言う部分が第一優先であって、拉致と言う国家犯罪の部分は中々クローズアップされていないのが現状ではないのか?と私は考えています。

ですので、北朝鮮が今後どういう行動に出てくるのか分かりません。
正直言いまして、またミサイルを作って北朝鮮としてミサイルと言う外交の武器を持っているんだというスタンスで、また6カ国協議なりに臨むというスタンスを考え得るかも知れません。
ただ、我々は、我々日本国としてはその安保と言う部分も大事なんですけど、拉致問題と言う部分でこれだけ酷い事をして来ているんだという部分をアピールをする事も、今から更に重要になってくるのではないか?と思っています。

日本として被害者の国であるということで、北朝鮮の方が解決済みだと申し上げても、我々は納得する形では解決はできていない。
解決できていないに決まっているだろうと、そういう強いスタンスで強い意思を持って北朝鮮に対してアピールしていきたいと思っています。
そのアピールの中で皆さんの更なるご協力を頂ければ誠に幸いかと思います。
短いですけど、ご挨拶と代えさせて頂きます。
どうもありがとうございました。(拍手)
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06.7.23 本間勝さん 川口市民の集い(1)川口総合文化センターにて

拉致問題を考える川口市民の集いより 
06.7.23 川口総合文化センターにて

『本間勝さん(田口八重子さんの兄)の訴え』

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どうも皆さんこんにちは。(こんにちはの声)
田口八重子の3番目の兄であります、本間勝と申します。
今日は耕一郎が今遅れていますので、そのつなぎとしてすみませんが宜しく。
気持ちを述べさせて訴えさせて頂きます。

八重子は22歳でもって東京の豊島の池袋から拉致をされたんですね。
その時は耕一郎が1歳で、その上にお姉さんがいまして3歳ですね。
その3歳と1歳を残して北朝鮮に拉致をされたんですが、どこから拉致をされたって言うのは、まだ今ひとつハッキリしないんですね。
北朝鮮の言っている港とは違う、・・・(聞き取れず)と言う港に上陸したと言っている。
ちょっとどういうルートで渡ったのか?というのは結局分かりません。

その当時ですね。
うちの八重子が拉致される前に、ちょっと今日お見えになっていませんが藤田進さんが拉致をされているんですね。
川口と言うのは、皆さん、我々運動している中で分かると思うんですけどこの8人。
8人の人が濃厚となっております。
皆さん家族は本当に沈痛な思いでですね。
横田めぐみさんのご家族の皆さんのいろんな行動の話を聞いていると思いますけど、家族の気持ちは同じなんですね。
そういう悲惨な気持ちで、もう一日も早く八重子も戻ってくるように、またこの家族の方々がきょうだいが戻ってくる事を、是非子供が戻ってくる事を切に願って運動を続けております。
先ほど川口の救出運動を皆様に紹介して頂きましたけど、そのなか川口の署名運動を手広くやっていただきまして、安倍官房長官に相当の署名をお届けしております。

川口と言うのは皆さんご承知の通り鋳物の町なんですね、昔。
今でもまだ鋳物の工場が残っていると思うんですけど、当時そういった鋳物工場に朝鮮半島から連れて来られた朝鮮の人々が多数住んでいたんですね。
僕も川口に一時いたんですけども、そのころ・・・(聞き取れず)にもいましたよね。
それで北朝鮮への帰還運動と言う事で昭和35年ですか。
始まりまして、以来15何回か8回くらい帰還船が出ているんですね。
それで約10万名近い人々が北朝鮮に帰還されているんですね。

そういった中には、日本人、日本人妻って言われる人々が家族として北朝鮮に帰っているんですね。
そういった人々が、北朝鮮の・・・(聞き取れず)っていうのは、そういった日本にいた在日の人々・家族、そういった人々は元々北朝鮮にずっといたわけでは無いですから、処遇と言うのは酷い処遇を受けているということですね。
北朝鮮に戻った人でも朝鮮の労働党の幹部なんかになっている人は平壌に住んで優遇されているのに、あまたの日本人関係者は北朝鮮の中でも差別をされているという実態が有るそうです。
それは我々の拉致問題の下の方ですね。
そういった日本人妻問題、そういう人たちがいまだに自由往来できないでいると言う問題が続いているわけですね。
だから 北の問題は我々家族が生きて帰ってきて、そして特定失踪者と言われる方々が全部日本に戻ってきて、生きて帰って拉致問題の解決と言うのが着いて、初めてそういった日本人妻の人々は自由往来できるようになるんだと思うんですね。

北朝鮮の金正日の、首領様と言われてますけども、そういったその人の許可が無ければ一切そういう行動は出来ないと言われております。
だから今の北朝鮮の現状は体制を変えない限りは、金正日首領様をね。
あえて「様」と言いますけども、先軍政治という軍を中心として先頭にして、国民を蔑ろにした軍事力でもって国家体制を維持しているんですね。
そういった話は専門じゃないんですけども、そういった国家体制の酷さ。
そこに住まわされている我々の家族が今どうなっているのか?と言うのは、本当に悲惨な思いをしているんじゃないかと思われる。
決して優遇されているとは思いません。

そういった一日も早く日本に連れ戻す為には皆様の温かいご支援でもってですね。
一日も早く取り戻すよう、皆さんご協力をお願いしたいと思います。
宜しくお願い致します(拍手)
posted by ぴろん at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする