2006年08月07日

06.8.5 鄭成山さん 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会・証言集会より

ミュージカル「耀徳(ヨドック・)ストーリー」日本公演実現に向けて
「ヨドック・ストーリー」原作者・鄭成山(チョン・ソンサン)氏 証言集会より
06.8.5 食料会館にて

鄭成山(チョン・ソンサン)氏のお話

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みなさん私は背が低いのでマイクをあげて話します。
私が日本に来て一番苦しいのは食べ物です。
その理由は、生もの、刺身を食べるとすぐにお腹を壊してしまうからです。
韓国では私の食を、非常に田舎臭いと。
昨日の夜は刺身を食べたのですが、昨日夢で鮫になって泳ぐ夢を見てしまいました。(笑)

しかしこれからは日本に数多く来て、日本の料理になれるようにします。

まず本題に入る前に、拉致された日本人、何の理由もなく、拉致される根拠もない日本人を北朝鮮に連れて行った金正日にかわって、同じ北朝鮮の人間である私が皆様にお詫び申し上げます。

スパイを育てる、又対南工作を行うために、何も知らない純粋な、優秀な女学生を拉致し、そうした被害を及ぼした金正日は人間ではなく、人間の面をかぶっている悪魔ではないでしょうか?

また、金日成・金正日の悪口を言った、お酒に酔っぱらって、ちょっと悪口を言ったり、当事者ではないおじいさんお父さんの経歴によって−−たとえば韓国に親戚がいたり、朝鮮戦争の時に韓国のために仕事をしたとかの−−過去の経歴のために政治犯収容所に送られたり、殺されたりする、そういう北朝鮮というのは、本当に神から見放された国ではないでしょうか?

そのような彼(金正日)のことを、これから≪悪魔≫と表現します。まれに見る悪魔に、又その悪魔に従って忠誠を尽くしている北朝鮮の偽善者たちの前に私は敢えて挑戦状を突きつけました。その挑戦状が「耀徳(ヨドック)ストーリー」です。

私の「耀徳(ヨドック)ストーリー」の話をする前に、北朝鮮の人権問題に真剣に取り組んでいるみなさん、又拉致の問題に真剣に尽力なさっている、ここにいらっしゃる小川(晴久)先生、山田(文明)先生、三浦小太郎さんにもう一度感謝を申し上げます。

又私達を招待していただいた北朝鮮の帰国者の人権を守る会に感謝いたします。

「耀徳(ヨドック)ストーリー」を一番最初に制作しようと気持ちを固めたのは2000年の2月頃でした。

その前は私はお金を稼ぎ、もしまとまったお金があれば、北朝鮮に残っている両親を韓国に連れてくるために中国の公安関係者をお金で買収をしようとしていました。

その前の1994年、私は韓国の放送を聞いたと言う罪を問われたので、私は脱北し、うちの両親は(ヤンガンドク?=収容所の場所)に収容されていました。

そして私は両親をお金を使って(カンウォン?)というところまで連れ出しました。

その最中、2002年のとても衝撃的な知らせに接しました。その知らせというのは、私の父親が北朝鮮の22号収容所(ヘヨン?収容所)というところで公開処刑されたというニュースでした。

よほど、殴られて、殴られて殺されたと聞いています。

その理由と言いますのは、私が韓国に来まして、韓国で作られる北朝鮮に関わる映画−−みなさんもご存じだと思いますが、「JSA」や「シュリ」、KBSのドラマで「ツツジの花が咲くまで」というドラマがあるんですが、そのドラマの内容に金正日の一番知られたくない私生活の部分が描かれているものですが、それに協力したからです。

その知らせを聞いたとき私は一瞬でありますが韓国で生きていく意味を失いました。
自殺を図り、自分の体を切ったり、水に飛び込もうとしたり数十回も考えましたが、結局は死ねませんでした。その時私は、感じました。『このままでは絶対に死ねない。』と。

その時に何かをしようと決心しそして、作ったのが『太陽の呪い』という北朝鮮の映画のシナリオを書きました。しかしそのシナリオを持って韓国のいろんな制作会社を訪問しましたが、どこも相手にしてくれないし、又、変人扱いされました。

その時ちょうど、金大中政権が執っていた『太陽政策』の中で(私のシナリオは)本当に南北平和を壊す、時代を歪曲するような内容だと言われました。

そして、テーマを私はミュージカルに変えました。タイトルも「耀徳(ヨドック)ストーリー」に変え、人を恨み、憎み、復讐を誓うそういうストーリーから、赦す、愛する、そのような人間のヒューマニズムに近いストーリーに変え、又、イデオロギーや思想は 何より人権の問題にはかなわない、人権の問題より先にしてはいけないという、そういうテーマに変えたわけです。

そして去年からミュージカル制作に取り組んできたわけですが、しかしその時まで、韓国に数多く存在していた、保守陣営、右翼、その時まで、金正日を打倒し、金正日政権の崩壊を声を高く訴えていたそう言う団体が、いざ尋ねていくと私を無視し、相手にしてくれないそう言う現実に遭遇しました。

ソウルにある、ある・・団体に何日もかよってやっと200万ウォン=20万円ぐらいの金銭的支援をもらったこともあります。その時私はとても辛く、はたして私が進もうとしている道は正当なのかと、本当にこの方向でやっていって良いのか悩みました。

その時に、私に本当に力を貸してくれた人たちというのは、私と同じように北朝鮮から脱北してきた、韓国にいる脱北者たちでした。

そう言う悩んでいるときに、この場に来日している金英順(キム・ヨンスン)さん、みなさんご存じの姜哲煥(カンチョルファン)さんアンミュンチョル氏・・・など脱北支援団体の方が、私に不足しているお金、10万20万渡してくれて、又、稽古をする練習場に尋ねてくれ、『韓国の状況は悪いけれど、勇気を失わずに頑張ってくれ』と間食を差し入れてくれたりした、そのような行為が私に『これは進むべきだ、これからやるべきだ』という決心をさせてくれることになりました。

誰も、この「耀徳(ヨドック)ストーリー」が公演されるとは予想している人はひとりもいなかったんです。

私自身も、「耀徳(ヨドック)ストーリー」のミュージカルの幕が上がるのかと心配になったこともあります。また、この「耀徳(ヨドック)ストーリー」のミュージカルに対していろんなところから脅迫の電話、脅迫のメッセージがあったり、時々変な人が練習場に尋ねてきては、おかしな事をする、そのような、おかしな状況で、本当に自分自身が死と背中合わせでやっていく、そう言う日々でした。
助監督を務める人に、『私が万が一何かがあっても、必ずこの舞台の幕をあけろ』というそういう命令したこともあります。

そして韓国の国家権力は、情報関係者を私のところによこして、シナリオに問題点を提起し、『シナリオの内容は、韓国国家保安法にひっかかるよ』と。なんとなくシナリオの盛り上がりに水を差すような、そういう脅迫も私にありました。

その一連の流れで、一番決定的なダメージを私達に与えたのは、去年の11月、公演を予定していた劇場(これはソウル市内にある劇場であったのですが、そこが韓国政府の圧力によって、我々の公演を辞退してしまった。『協力なんかできない』と言う連絡が来たことが、一番ショッキングな事でした。

それに連ねて、政府がこのような圧力をかけると知ってしまった投資家、制作に金銭的に協力してくれる制作担当者が、投資を、金銭的協力を止めるという連絡をしてきました。

私の人生であの期間ほど、涙を流した時はなかったでしょう。

しかし、何とか公演できる劇場を確保しなければいけないので、私は自分の心臓を担保に2000万ウォン(日本円で200万円)を借りました。

本当に辛いそういう環境の中で、本当に諦めずにやらなければいけないという、その気持ちの支えになったのは収容所で亡くなった私のお父さん、又、収容所を経験している金英順(キム・ヨンスン)お母さん、その他の脱北者たちの恨みをはらさなければいけない(という気持ちです。)そして私の心臓を担保に、自分の体を売ってもなんとかこの作品を上演させるという決心が深まりました。

そしてその後、そのような一連の動きが韓国の新聞に報道され、何となく社会的雰囲気が追い風になったときに私は、「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演は神様が支えてくれていると思いました。
その新聞報道が出た後に、1日2000万ウォンの募金が入るようになりました。

また、約1000人ほどの後援者が、韓国のお金で一億1000万ウォン(日本円で1100万円)を集めてくれました。そのために、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」のコピー、宣伝文句は『「耀徳(ヨドック)ストーリー」・大韓民国の国民のみなさんが作ってくれました』というコピーに決めました。

確かに舞台の幕が上がった最初は低迷していたんですが、韓国の表現で、大当たりと言いますか、3月26日公演以降は毎日毎回満員御礼が続く大当たりになりました。

この場にいらっしゃるみなさん方にも、その時韓国に来て、ミュージカルをご覧になった方もいると思いますが、3月の公演には、本当に日本からたくさんの団体ツアーを組んで見に来てくださいました。本当にたくさんの日本人が私を応援してくれました。

ミュージカル「耀徳(ヨドック)ストーリー」は韓国のミュージカルの歴史を少しずつ変えていきます。
まず韓国のミュージカル業界では5つの悪害=これがそろえば公演は成功しないという素材が5つあるそうです。

その一つめが、原作が輸入物ではなく創作ものであること
  二つめは、私のような全くの新人監督
  三つ目は、新人俳優
  四つ目は、どろどろしたストーリー、内容
  それから、非常に環境の悪い劇場

ソウルで公演したとき、この5つの素材は全部私達に当てはまりました。
この5つの悪材を全部ひっくり返したのは、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」が初めてです。

ソウル公演を終え地方公演まで、7月末までやりましたが、のべ7万5000人の観客を私達のミュージカルを見たことになっております。

一番最初に、この作品をやろうとしたときに、スタッフのみなさんが私に言った言葉があります。
「監督さん、この作品は本当に政治的であり、内容もどろどろしたものなので、これは本当に上手くやらないと、みんな夜逃げするようなことになりますよ」と言われました。

しかし敢えてその問いかけにこういう言葉をかけました。
『ミュージカル「耀徳(ヨドック)ストーリー」は核爆弾になるよ』と。

私にいろんな人が、『何故、鄭成山さんは、「耀徳(ヨドック)ストーリー」をそんなに熱意を持っているんですか』と聞かれます。そこで私は、敢えて俗な言い方をします。

  金正日と一本勝負を望んでいます。

金正日はどの文化を、どのように利用し、使えば、上手く政治的に利用できるかを本当によく知っている人間であります。私は、北朝鮮で文化を学んでいたので、敢えてその(文化を政治利用する)金正日と、文化で一本勝負を挑んでいるのであります。

私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」を韓国国内で7万以上の人が見たと言うこと、その裏付けは、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」に力があり、実力があると私は思っています。

それは収容所で亡くなった私の父親、又そこを経験して韓国に逃げてきた金英順(キム・ヨンスン)さん及び脱北者たちが、『私達を忘れないで欲しい』と訴え、また北に残っている(収容所に収監されている)人たちも『私達を助けて欲しい』と願っている、その魂が未だに私に訴えているからです。

北朝鮮の収容所に収監されている人の中にはみなさんの隣に住んでいた人がいるかもしれないし、横田めぐみさんのような拉致被害者もいると思います。

私は韓国に来て韓国の人たちに言ったことがあります。『あなた達は60年間何をやってきたんですか?』
(あーー と深いため息)
7年か8年前までは、北朝鮮の全人口は2300万から2400万人の人口でした。
今現在は、もちろんこれは非公式な数字ですが、1700万から1800万と言われています。

  300万人の尊い命を10年足らずに殺した人はこの世に誰もいません。

亡くなった300万人の中には、帰国船に乗って帰った在日韓国、朝鮮人、もしくは日本人も数多く含まれていると思っわれます。

彼等が何故罪もなく死んでいき、私達は何故その人々を見殺しにせざるを得ない状況を作った人を認めることができるでしょうか?(大意)

そう言う人が金正日なんですが、そう言う人はもうこの世にいなくなるべきです。
そのような悪魔である金正日を1日も早くこの地球上からなくし、また北朝鮮の残酷な実情、人権問題を早く解決するためには、先ほど申し上げた文化の力で闘わなくてはいけません。

その文化を先頭に立って引っ張っていくのが私としてはこの「耀徳(ヨドック)ストーリー」だと考えています。

その方法として、私は今年の9月アメリカ公演を行うことにしました。
このアメリカ公演は、アメリカから招待された、招待公演ではありません。
私達が、私の団体がお金を作って行く、企画公演です。
およそ150万ドルの費用がかかりますが、私は強行突破をはかっています。

それは何故ならば、この私が進もうとする道=行動が正義の行動であり、その意志は天にあると思っておりますので、私はその課程の中でたくさんの後援者ができると信じておりますし、必ず、その後援者を共に「耀徳(ヨドック)ストーリー」のアメリカ公演が実現できるだろうと考えております。

既にアメリカでは、(団体名)のスザンヌ・ショルティさん及び、アメリカ上院議員のサム・ブラウンバックさん、そして名前を挙げるとみなさんご存じの・・・北朝鮮の人権団体の方が後援会組織を作って既に活動なさっています。

北朝鮮の人権問題に非常に高い関心を持っていただいているアメリカの人たち、又、脱北者のみなさんと力を合わせて、金正日の実体を暴く「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演が成功すれば、非常に大きなきっかけになるだろうし、そしてブッシュ現大統領、クリントン前大統領、及びアメリカ政府の色々な人たちに招待状を送るつもりです。

このように、全世界の打倒金正日の雰囲気を盛りあげていけば必ず、金正日を倒すことができる。

そしてそのエネルギーを私は、日本で爆発させたいです。

ここにいらっしゃるみなさんが日本の拉致被害者、及び北朝鮮からの帰国者、脱北者のために献身的に努力を惜しまず行っている行動について、北朝鮮の人々は、決してそのことを無視することはしないでしょう。

これは私の個人的考えですが、本当の意味で北朝鮮を崩壊させ解放できるのは、アメリカ・日本しかないと思っています。

それはなぜならば、この作品を通じて、北朝鮮の人権を切実に訴えたいです。いろんな思想、それぞれの哲学、色々な立場よりも人間の尊厳について、人権及び正義、命に対する尊さをアメリカと日本が力を合わせて、北朝鮮を糾弾しなければならないと思います。

その始まりが、この「耀徳(ヨドック)ストーリー」であり、また日本公演を実現することによって北朝鮮、金正日の首をもっと絞めることになるでしょう。

私の計画としては、2007年、来年にはポーランドのアウシュビッツの跡地でこの「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演を目指しています。

そういった一連の行動が、この計画が、ひいては、北朝鮮の人権問題の解決につながるし、金正日政権を潰すことになると思います。
みなさまにみなさん全員が、力を合わせて、NGO団体が力を合わせて、国際的雰囲気を盛りあげていって欲しいです。

 私は日本公演をどんな手を尽くしてでも必ず実現させます。

私はみなさまの高い関心、そして温かい励まし、自らの参加がですね、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」の日本公演を実現するキーポイントになると思っております。

私は最後に皆様に訴えたいことがあります。この話をはじめる最初に言ったことですが、何の理由もなく、拉致され連れ去られていった、辛い出来事のきっかけをつくる金正日政権。そして、今でも、北朝鮮では何の理由もなく殺されるという殺人が日常茶飯事に起きています。(北朝鮮には)そう言う人たちを殺すことに何の罪の意識もなく疑問を持たないまま行動を起こすような人間がたくさんいます。

私は、1日も早く金正日政権がこの地球からなくならないと行けないと思っています。

本当に時間がない、一時でも早く解決しなければならないと言うことを、みなさんに最後に訴えたいし、最後にこのような北朝鮮の人権問題に真剣に取り組んでいるみなさまにもう一度感謝の気持ちを申し述べさせていただきます。

今日はありがとうございました。

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このエントリーのテキストはblue-jewelさんの手によるものです。
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06.8.5 金英順さん 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会・証言集会より

ミュージカル「耀徳(ヨドック・)ストーリー」日本公演実現に向けて
「ヨドック・ストーリー」原作者・鄭成山(チョン・ソンサン)氏 証言集会より
06.8.5 食料会館にて

金英順さん(舞踏指導)のお話

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みなさん今日はこちらに足を運んでいただいてありがとうございます。
今日ここで話を聴いていただく方々に感謝を申し上げます。
私は1937年生まれで今年で70才になります。
私は1970年に平壌の 平壌総合芸術大学舞踊学部 を卒業しまして有名な 崔承喜( チェ・ソンヒ?)先生からクラシックバレエを教えていただきました。

平壌でずっと良い暮らしをしていていたのに、ある日突然これまで聞いたことのない耀徳(ヨドック)収容所というところに行かされる運命となりまして、あんなに悲惨な暮らしが始まるなんて、夢にも思わなかったんです。

「耀徳(ヨドック)収容所の悲惨な状況を話そうとしたら何日間話してもきりがないです。
今日は短く何点か話させていただきます。

私は1970年八月に耀徳(ヨドック)収容所に収容されました。1978年11月に出所をいたしました。耀徳(ヨドック)収容所には日本人も何人かいらっしゃいました。有名な俳優・・・と言う方がいるんですけれども、彼の奥さんも日本人でした。その中(耀徳収容所)では日本人だけで構成された作業班があったんですけれども、第十作業班と言いました。

私の旦那さん(主人)は辛光洙に告発されて耀徳(ヨドック)収容所に入りました。
私が何故耀徳(ヨドック)収容所に収容されたかというと、私は金正日の奥さんであるソン・ヘリンと同級生であります。一家の内幕を良く知っていることが、罪となって耀徳(ヨドック)収容所に監禁されたのです。

その期間は8年間に及びました。その8年間の間に父母は栄養失調で亡くなり、一人しかいなかった息子は9才の時に学校から帰るときに川で溺れて死んでしまったんです。

耀徳(ヨドック)収容所の8年間の話は、「耀徳(ヨドック)ストーリー」の2時間では表現しきれない悲しい8年間だったんです。

それを鄭成山(チョン・ソンサン)監督さんが、私達の証言をもとに、また、監督さんのお父様が北朝鮮で亡くなった事への怒りを込めて本当に良い作品に仕上げたと思っております。
また、私も証言者として監督さんや俳優のみなさんに自分の知っている限りの証言をしてきました。

(私は)北朝鮮にいたときに舞踊家=ダンサーをしていたということで、今回の舞台の北朝鮮側の振り付けを担当しております。

これから、この作品(「耀徳(ヨドック)ストーリー」)を皆様が見てくださって、世界平和を願う皆様が、この作品を見て人類の幸せのために、北朝鮮の(収容所に収容されている)二十万の政治犯を助けるために、是非力を貸していただきたいのです。

その中で悲惨な暮らしをしている政治犯の人々、9才で入って19才で出た人もいます。私は34才で入って、8年過ぎて、42才で出ました。その8年間の話をしようとすると、涙が出て話が続けられないくらいです。

収容所を出るときは、この10本の指で指紋を押さされて出ました。二度と収容所の中には入らないことを誓いながら指紋を押さされたので、北朝鮮にいる間は何も話したいことを話せない状況でした。

私が8年間収容所にいたときに、お父さんとお母さんの死体は、棺桶も無しにただ風呂敷に包まれて、子供の死体も棺桶もないところにただ捨てられたというような感じでした。

それを思い出すたびに怒りがこみ上げて何を言えばいいかわからないくらいです。
そのような気持ちを「耀徳(ヨドック)ストーリー」という作品が代弁してくれまして、本当に感謝しております。

まだ若い鄭成山(チョン・ソンサン)監督さんが、この作品、「耀徳(ヨドック)ストーリー」を仕上げてくださって、金正日の罪を世界に知らせる、その発端の作品になるように願っております。

見てくださる人々も、早くこの金正日体制が倒れるように、みんなが力を合わせて、世界平和のために、苦しんでいる人々を助けてくださるように期待を込めております。

世界には貧しくてご飯を食べられない国がいっぱいありますが、それのほとんどは自然災害、地震とか言う理由ですが、唯一この北朝鮮だけは、独裁政治によって、国民が思うように食べられない国であります。

この国の体制は必ず絶滅させなければなりません。北朝鮮の国民を早く助けたいです。

(「耀徳(ヨドック)ストーリー」が)私達の講演とか政治的な確執より、芸術作品を通じて、金正日政権を狙う決定的な銃弾になって欲しいんです。

31年間国家保衛部から監督される長い生活だったんですけれども、2時間の「耀徳(ヨドック)ストーリー」をみながら、それでももっと・・前向きな気持ちで生きていこうと思っております。

北朝鮮では未だに罪ではない罪で、無法に死んでいく人がたくさんいます。日本の皆様、そしてアメリカ、ヨーロッパの中でも、北朝鮮の人権侵害に関心を持つ人々が力を合わせて早く金正日政権を倒して、北朝鮮の人々を助けてくださるように願っております。

話したいことは山のようにありますが、時間の都合で今日はこれくらいで終わろうと思います。しかし、、こんど東京にきて公演するときに、是非皆様にお会いして、その時にもっと色々なことをお話ししようと思っております。

「耀徳(ヨドック)ストーリー」はただのフィクションではなく、耀徳(ヨドック)収容所で悲惨な暮らしをしていた証言者の真実、事実に基づいて仕上げた素晴らしい作品です。

みなさまの心に響く作品になっていると思います。

最後にもう一度、素晴らしい作品に仕上げてくださった鄭成山(チョン・ソンサン)監督と、韓国で主演してくださる素晴らしい女優さん達に感謝の気持ちを述べます。みなさん、ありがとうございます。

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このエントリーのテキストはblue-jewelさんの手によるものです。
posted by ぴろん at 00:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 集会テキスト(守る会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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