2006年09月22日

06.9.10 決議文朗読とシュプレヒコール 大阪集会(15)エルおおさかにて

『決議文朗読とシュプレヒコール(決議文朗読&シュプレヒコールのリード:ウツミヒロミさん)』

北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める大阪集会アピール

北朝鮮金正日政権が、長年にわたり、日本人拉致という国家犯罪を繰り返し行ってきたことは、北朝鮮からの脱北者などの目撃や証言により既に明らかになっているにかかわらず、国際的な世論に背を向けて拉致の実態、全体像を依然として明らかにしていない。拉致被害者、そのご家族はもとより、日本と日本人を愚弄し続ける北朝鮮に対し、また日本政府、国の内外に対し、私たちは以下の3点について訴える。
1 北朝鮮による日本人拉致は、日本の平和と安全を脅かす国家犯罪であり、日本の主権を犯し、日本人の人権を著しく蹂躙するものである。北朝鮮は日本政府が認定する拉致被害者は勿論、特定失踪者を含む全ての日本人拉致被害者の無条件で一日も早くかつ安全な帰国を実現させ、家族の元へ返すことを要求する。また 460人にのぼる特定失踪者についても、ただちに調査を行いその正確な情報を明らかにすべきである。
2 しかし、北朝鮮から誠意ある回答が望むべくもない今となっては、拉致被害者を一国も早く取り返すため、日本政府は躊躇なく北朝鮮の船舶すべての入港禁止や、改正外為法の完全実施をはじめとする経済制裁の完全実施に踏み切るべきである。日本政府は「拉致問題の解決なくして、日朝国交正常化はあり得ない」という原則を絶対に崩すようなことがあってはならない。拉致問題の解決とは、北朝鮮に残された日本人拉致被害者全員の帰国と拉致実行犯の引渡しである。
3 北朝鮮による拉致問題は、全ての日本人が日本の平和と安全を守るために取組むべき最も重要な課題であり、私たち一人ひとりが日本国民であるという誇りを再認識し、拉致問題の早期解決に努力することをここに誓う。

        平成18年9月10日
北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める
大阪集会参加者一同

(大きな拍手)

(引き続きシュプレヒコールへ)

それでは私の方から「北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!」と申し上げますのでその後に続きまして、「直ちに返せ!」の部分だけご唱和願います。
宜しくお願いします。
それでは申し上げます。

北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!(返せ!)
北朝鮮は有本恵子さんを直ちに返せ!(返せ!)

次は「明らかにせよ!」です。
北朝鮮は特定失踪者を明らかにせよ!(明らかにせよ!)

次は「放棄しろ!」です。
北朝鮮は核開発とミサイルを直ちに放棄しろ!(放棄しろ!)

次は「実施せよ!」です。
日本政府は更に強い経済制裁を実施せよ!(実施せよ!)

次は「取り戻すぞ!」が続きます。
必ず全員を取り戻すぞ!(取り戻すぞ!)
一日も早くとり戻すぞ!(取り戻すぞ!)

どうもありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・
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2006年09月21日

06.9.10 増元照明さん 大阪集会(14)エルおおさかにて

『増元照明 家族会事務局長のお話』

こんにちは、家族会事務局長の増元です。
暑い中、皆様本当にご苦労様です。
今日、有本さんが歩かれると言うので、ちょっとそれはやばいかな?と。
私たちがもし代わりに歩けるものならと思いました。

今年、先週ですか。
家族会が開かれまして、家族会総会の中で横田夫妻の活動軽減という事が言われております。
横田ご夫妻8月12日にすでに青森県で講演をされまして、日本全国行脚が終わりました。
その回数が1000回です。
1000回の内、殆ど3分の2が2002年9月17日以降です。
4年の間に1000回の3分の2をこなされて、今本当に疲れている状況でした。
横田拓也君、事務局次長からも・・・(聞き取れず)があり、今控えて頂くようにしています。

それ以上に有本ご夫妻はご高齢なんです。
ですからだいぶ、昨年くらいからお母さんが足腰が弱くなられたのを私見ておりまして、炎天下で歩かれたら困るなと思ってます。
けれどもおそらく「私大丈夫よ」と言って歩かれると思いますが、なるべく歩いて頂かないようにして欲しいと思います。
その家族会の中で今年の方針を決定しておりますが、従来と同じようなことなんでしょうけども。

ただ今年の2月に日朝交渉が開かれました。
実務者会議です。
その中で北朝鮮が一番気にしていること、それは(日本の)国内世論です。
国内世論の沈静化、それを非常に気にしていると梅田参事官、西村先生の大学の後輩ですが、関西弁を喋られるキッチリとした意見を持っている方です。
その方が担当官でやってらっしゃって、その方が仰っておりました。

もうひとつ国際社会に我々家族会が訴えている、救う会が訴えていること、これを非常に快く思っていない。
この二点を梅田参事官から聞きまして、相手に嫌がる事をやるのが外交ですから(拍手)、私たちはこれからも相手に嫌がる事を推進していかなければなりません。
ですから今年アメリカに行ったり、そして先日は中国まで行って来ましたけど、余り中国は相手にしない方が良いのかな?と少しは思ってしまいました。(拍手)
こういう事を言うから強硬派と言われるんですけども。(笑い声)

私たち、そうです。
今年この二つの点を強調しながら更にやっていかなければならないんですが、私たちはこの秋ぐらいまでにはもう少し進展するだろうと思っていたんです。
進展したいと思っていました。
この度、親王殿下がご誕生になられました。
非常におめでたい事だと思っております。
昨年、紀子様がご懐妊されたときから、既に9月のご誕生はある程度予測されておりましたが、それまでには私たちの家族を日本に取り戻して、日本国民として私たちと一緒にこの慶事を祝いたいというふうに思っておりました。

更に10月5日には横田めぐみさんの42回目の誕生日です。
ですからそこまでにはどうにか目処をつけたいと思って、この春からずっと一生懸命やって参りましたけど、結局今こういう状況です。
ただ、水面下ではいろいろと動いています。
先ほど、前上さんのお母さんでしたか、今分からないと仰って、余り表面化していないので分からないと仰っていましたが、昨年の秋からのアメリカの金融制裁、更にアメリカの・・・(聞き取れず)が行っている国内での北朝鮮関連施設の適正な法適用。
これによって北朝鮮が非常に困ってきているのは耳に入って来ております。
金正日が何故中国訪問をしなければならないのか?
嫌いな中国に訪問してまで金融制裁を解いてもらいたいから、でもアメリカは一歩として動きません。

ただ、残念なのは私たちはアメリカ主導で、この拉致問題がどんどんどんどん解決の方向に向かっていると言うことです。
日本が主体的に自分の国の国民を助けようとするその姿勢が、私たち国民に対して見えないということが非常に残念でなりません。
それを訴えてはおります。
安倍官房長官は「国民の一人たりとも」と仰ってくださって、「全ての拉致被害者を救出するまでこの拉致問題を追及していく」と仰っております。

今、確かに特定失踪者のご家族は不安の気持ちは分かります。
ただ、今年本当にもう一歩の所まで来ています。
それは金正日の政権が揺らぎ始めていると言うことです。
今年、彼らを全て取り戻す為には、やはり私たちが一番感じているのは金正日政権があの国にあってはならないという事です。(拍手)
あの国にあっては全ての拉致被害者を取り戻すことは出来ません。
日本人が日本の国が日本人が何人やられているか分からない状態で、金正日一人のせいにしてでも良いから、とにかく金正日を排除する形で、あの北朝鮮と言う国をもう一回再興させなければならないという。
今金正日を支えている幹部たちに分からせなければなりません。
ですから経済制裁の圧力で、もう金正日ではこの国は成り立たないんだと言う事を幹部が分かりさえすれば、それだけで大きく動くというふうに考えています。

今金正日はアメリカの金融制裁で大きく揺らぎ始めています。
で、その時に何が大切か?ということ。
日本政府として北朝鮮に、今(調査会では)しおかぜをやっています。
NHKも短波放送を持っていますから、韓国から自由北韓放送をやっています。
日本人を傷つけるなというメッセージを強く北朝鮮の方に向けて発信して貰いたいんです。
今いる拉致被害者を管理している人間に対し、必ず日本人を傷つけるな、保護しろと言う、さもなければ我々は一切の経済協力をしないというメッセージを北朝鮮に強く送っていかなければなりません。

そのためには国民の皆さんのご理解が必要です。
皆さんが一緒になって日本人を傷つけたその国に対しては、日本は一切の経済協力をしないんだという強いメッセージとして発信していって頂かなければなりません。
是非皆さんにご協力をお願いしたいと思います。

更にもう一つ、今ブルーリボンバッジをつけていらっしゃる方が大勢いらっしゃいます。
これが普段、常に、日本の国民の8割の方がどこかにブルーリボンバッジ、服でも良いですしバッグの所でも良いです。
付けていただければ金正日に対して大きな強い圧力になります。
日本人の8割が拉致問題を忘れていない。
被害者が帰ってくるまで絶対にこの拉致問題を忘れないと言う強いメッセージになります。
更に皆さんの地元で選出されている国会議員に対しても、拉致問題は有権者の間では非常に大きな問題であるという事を認識させる強い圧力になります。
拉致問題を解決させなければ、私はもう投票しませんよと言う強い圧力になります。
是非皆さんに、このブルーリボン運動、この2〜3ヶ月の間に日本の8割の方がして頂けるように一緒になって声を上げてください。
ありがとうございました。(拍手)
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06.9.10 有本嘉代子さん 大阪集会(13)エルおおさかにて

『有本嘉代子さんのお話』

皆さんこんにちは。
本当に家族会が出来ていろいろあって、本当にここまで来れたということをしみじみと感じています。
だから私たちにとっては一番良い状態だと思っております。
安倍先生が総理になられて、私たちの事はきっと感じてしてくださると信じております。
その一番最初に主人が申し上げたように、1988年に子供から手紙が来たことによって運動が始まりました。
それで9年間は一応私たち二人、殆ど主人が動きましたけど、どっこも相手にしてくれませんでした。

だけど先ほど西村先生が仰ったように、国会の場で横田めぐみさんの事を明らかにしてくださって、家族会を立ち上げる事が出来ました。
それまでもマスコミの方で朝日放送の方お一人、この拉致問題をどっこも手掛けてない時にお一人でコツコツとしてらした方があるんです。
それで私の事を分かった時点で連絡してくださったんですね。
「あなたとこ一軒じゃないんですよ、この拉致と言うのは他にもあるんです」って、今皆さんと一緒に運動しました。
福井の二人と柏崎の二人と、それから今来ていらっしゃいます増元さんのお二人と、一軒ずつ名前と電話番号を言ってくださったんです。

その時点で私が関係のお宅に全部電話を入れました。
「こういう事で私は動いておるんですけれども、皆さんもご一緒に動いて頂けませんか?」と「皆でしたら力が付きますから」ということを申し上げたんですけども「お宅は手紙が来ているから証拠があります。でも私どもはただそうじゃないかな?ということであって警察もどこも取り上げてくれない。これでは動けないので多分駄目だと思いますよ」と皆さん仰いました。

でも西村先生が国会などで言ってくださってめぐみさんの事が表に出ました。
その時に奥さんが初めて会った時に仰いました。
早紀江さんがその時に本当に私もね。
18年か確か19年になってたと思うんですけど、「めぐみさんがいなくなってこの厳しい北朝鮮でめぐみが元気に生きておったならば、私が表に出る事でもしもめぐみに何かあったならばどうしようかと思ったんよ。でも主人がね。表に出ないと解決しないと言ったもんだから、出て来たのよ」と言う事を仰いました。
私もはっきり覚えております。
それで初めて家族会が結成できたんです。

そうしましたらね。
皆さんが会ってくださいます。
今までは全然会ってくださらなかった方が、会って話を聞いてくださいます。
それで2002年に9月にああいう事があって、大勢の方が帰って来られました。
それで5月に全国大会が、今西村先生が仰った有楽町フォーラムでありました。
その時に本当に5000人それしか入らないところに、たくさんの方が来て下さったんですね。
表にまだまだたくさんいらっしゃるんですよ、と言う事をお聞きしました。

それで私どもはここに今のようにずっと並んでおりました。
緞帳がばっと上がったんですね。
そのときにばっと見ましたらね。
ぎっしりだったんです。
それを見ましてね。
感激で涙が一杯に胸が一杯になりました。
本当にやはり日本人は素晴らしい、これだけの方がここに来てくださったと言う事でやはり日本人は素晴らしいとその時つくづく思いました。
私はいつも子供の時分からそういう教育を受けておりますから、日本人に生まれて良かった日本人に生まれて良かったと思って暮らして来ております(拍手)
この事によって本当に日本の皆様が目を覚ましてくださったと、その時思いました。
それで今現在に至っております。

それでいろいろと、特定失踪者の方も来られましたけれどもね。
私も1988年に分かりまして、それから家族会を結成したのが1997年です。
その時にね。
私どもも一緒に運動しましたけれどもね。
全然私とこは家族会に入っておりましたけども、国が認定をしておりませんでした。
初めて認定されましたのは2002年の3月12日に八尾(恵)さんが、皆さんご存知と思いますけども、よど号ハイジャック犯の奥さんがヨーロッパへ出て何人かの人を連れて入ってるんですね。
よど号の人は20人連れて入ったと言っておりますけども、今のところ分かっているのは3人ですけども、その時に、とにかく3月12日に八尾さんが証言する言われてその前日です。
初めて国が拉致被害者であると認定してくださったんです。
だから拉致家族の認定はどこからくるのか、私には分からないんです。

手紙が参りましたときにですね。
最初に外務省に行きました時にですね。
「これは北朝鮮から来ていませんから」言われましたですね。
ポーランドの消印だったんです。
北朝鮮から手紙は出せないんです。
だからそういう事で、結局はっきり言うたら相手にしてくださらなかったんですね。

そういうような状態ですからきっと近い将来に、特定失踪者の方もきっと国は認めると思います。
何が基準かいまだに分かりませんけれども、そういうような状態でしたけども、国が認めなくても私は手紙が来ているし、その手紙と言うものは小さく折って切手くらいに折ってあったらしいです。
それを多分身に付けていたんだろうと思いますね。
それをある機会にポーランドの人に渡したのかな?と思ってるんですけども、私がその手紙が来ました時に主人と二人はそう思ったんです。
助けてくださいと言う手紙が、ここにおる事は絶対に知らせなあかんと、もしもの事があったら、こんな所で死んでしまったらどこで死んだか分からないから、とりあえずここにいると言うことだけは知らせなあかんと言う事と、やはり助けられたら助けてくださいと言う事でやったと思います。
その思いで、私たちは動いてきました。

だからこの20日には総理が決まると聞いております。
一番待望の安倍先生が総理になってくださると、私たちは期待しております。(拍手)
その事によって私たちはきっと解決すると望みを持っております。
だから特定失踪者の方も皆含めて全員の方を返しなさいと言う事はきっと・・・(聞き取れず)と思います。(拍手)
皆様方が支援してくださらないと、私たち今まで来れなかったんです。
今本当に並んでいらっしゃる先生方、それから救う会の方々が支援してくださったことによって、私たちも元気で今まで動いてこられたんです。
皆様のお陰でこういう状態になったんですから、どうか皆様、最後まで私たちを支援してください。
宜しくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)
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06.9.10 有本明弘さん 大阪集会(12)エルおおさかにて

『有本明弘さんのお話』

拉致家族の有本明弘です。
宜しくお願いします。

私がこの問題に関わってきたのは、子供が親元へ手紙を北朝鮮から出してきました。
それを元に政府の方にお願いをしました。
それが1988年9月と言いますと、丸々18年になるんです。
この18年の間にいろいろ動いて来ました。
それを国民の目の前に大きく喋りたい。
喋ったら政治生命を失う人がたくさん出てくる。
そういうような問題を抱えてこの18年間やってきました。

今西村先生が仰ったように、めぐみさんの件が出ました。
それから10年、やっと私が長い(間)心に思っていた、そういう状況が目の前に現れて来ました。
誰かと言いますと、その手紙を持っていったところが当時の自民党幹事長であった安倍晋太郎さん。
その時は今の晋三さんは秘書をしとったらしいです。
手紙を持っていったときは私は晋三さんとはお会いしていませんが、それが元で今次期総理は安倍さんだと言う話が現実の物となっております。

そしたら安倍さんが総理になったら放送したいと言うので、当時の安倍事務所に手紙を置いていった。
それに関しての取材をしたいと言うメディアがパラパラ出てきた。
もう既に映像を持って帰ったところも数社あります。
そして活字にも・・・(聞き取れず)ですか?
・・・(聞き取れず)2社ほど話を聞きたいというふうに言って来ております。

私はその間ずっと言ってるんです。
この1990年に始まった自社訪朝団。
田辺さん、金丸さんこの人たち、これ、さん付けするほどの人ではないです。(拍手)
・・・(聞き取れず)たら、どんな事に突かれるか分からない。(笑い声)
さん付け出来ません。(笑い声)

田辺さん、金丸さん、この朝鮮外交を明らかにせよと私ずっと言い続けているんです。
なぜかと言いますと、この朝鮮外交をやった金丸さんと言う人は脱税をかけてきた。
脱税で逮捕されたんです。
分かりやすく言うと別件で警察は逮捕してきた。
ここの闇の世界を明らかにすべきだと私はずっと言ってるんです。

これのお陰で自民党は割れて細川政権が出来て、現在では民主党の小沢さん、マスコミが小沢さん担いで次の参議院選がどうのこうのと、マスコミ言うのはそういう業界なんです。
だから私はこれを明らかにしたら当時の朝鮮外交をやったその時の総理は、手紙を持って行ったときは竹下さんだったけれども朝鮮外交をやった。
2年後に、手紙を持っていってから2年後に朝鮮外交をやった。
その時の総理は海部さんなんです。
海部俊樹さん。
総理になる前はようしゃべりおったでしょう。
その時の会長が小沢さんなんです。

だからこの経緯はどちらも政権のトップにおった限りは知らんとは言わさん。
でも彼らはこれだけ拉致の問題で国内が関心を持ってきている。
また、我々も一生懸命運動している。
そういう中において、この運動始めてから10年経ちますが、何一つ喋らんでしょ?
こんな不思議な事があるんです。
これが日本の国の政治の状況なんです。

やっと、私がこういう話をしたらすぐにお時間ですよといつも言われてきて(笑い声)、それで止めるんですけども、今日は15分という時間を頂いております。
でも、私の持ち時間はせいぜい10分。
現在は今はそういう状況になっているんです。

・・・(聞き取れず)この問題が出てきた夏ごろには国民大集会があって、私言いました。
憲法改革、憲法変えろというこの問題に関しては、・・・(聞き取れず)のおじさんの任期のある間に教育法案と憲法法案は強行採決してでも成立させる事べきだと。
・・・(聞き取れず)なれば、小泉さんは解散の時期を早めるだけだと、それは言い切れなかった。
でも強行採決してでも法案を達成すべきだと。
何故小泉さんはそれをやらなかったか?
全部安倍さんが引き受けてやらなければならない。
そういう状況が今の日本の状況なんです。

だから私が思うのは憲法改正すると、草案を書くと・・・(聞き取れず)で草案を書くと、そこまで言うという事はこの戦後の60年の歴史を逆転させる、そういうような状況になるんです。
国民がそれを自覚しなければならない。
これはメディアが国民に詳しく、国民にひとりひとりに行き届くように説明しなければならない。
これは私は政治の一つの仕事ではあるけれど、これは日本の国で営業をしているマスコミの仕事だろうと思っておるんです。(拍手)
・・・・・(聞き取れず)というのは議連が出来た当初から私は、教育改革よりもマスコミ改革の方が先だと言う事も、それに関する証拠・資料を提出して言うております。
内容がどうかと聞いておりませんが、マスコミはもう、私とこ取材に来た人はみんな言われて帰ってるんです。
これが今の日本の現状なんです。

だから安倍さんが総理になるという事は私は心強い。
これからが勝負だなと、そういうふうに思っております。
だから日本の国民の意識が変わる。
憲法改革という事は、この60年間平和だ!平和だ!戦争はいけない!戦争はいけない!
これが変わるんです。
この話は長い事しとったら時間が2時間くらいはかかるので、家内に代わります。

でも私たちはやっとこの20年前は、竹下総理の時に手紙を持っていったんです。
この20年経ってやっと期待できる総理がやっと生まれてくる。
そういう吉を迎えました。
後は、家内と代わらせていただきます。
ありがとうございます。(拍手)
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2006年09月20日

06.9.10 飯塚繁雄さん 大阪集会(11)エルおおさかにて

『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』

皆様こんにちは。
今日は埼玉県から大阪までやって来まして、皆様に更にお訴えをしたいと言う事で急遽飛び込みで参りまして失礼しました。
日頃から、この拉致問題に関しまして非常なご理解とご支援を皆様には頂いております。
そう言う意味でお陰を持ちまして、前から比べれば相当な世論が高まりまして、それに影響される・・・(聞き取れず)活動、あるいは政府の動きもも含めましてようやく動き出したという時点でございます。

更にですね。
いろいろ問題がありましたけども、前回の北朝鮮と韓国の家族がいわゆる面会しましてその話題が持ちきりになりましたけど、あれは横田家を諦めさせてこの問題を全て終わりにしたいと言う思いでありまして、それは失敗に終わったと。
これはあくまでも皆様のバックアップがあって、我々家族会としても救う会としてもその他の団体としても、これが正しいと言うご意見をかなり頂きまして、確か横田滋さんは肉親ですから孫を抱きたいと言う思いは分かるんですけど、これを行ってしまってはこの問題は全て幕引きで終わりになってしまうと言う重大な決断を要するときだったんですね。

そういうことでは今改めてこの問題の重大さを認識しながら、更なる努力を続けていかなければなりませんけども、考えてみますれば例えば私の家の例ですけど、妹が22歳の時、1歳と2歳の子供を置いて東京の真ん中の池袋から拉致されてしまったと言う、1978年。
あれからもう28年ですね。
男の子の耕一郎、1歳の耕一郎が今29歳で、いまだにお母さんと呼べなくて「田口八重子さん」というような表現をしている、こういう事をみますと、非常に私たち悲しく思うわけですけども。
それぞれの家庭、被害者の家庭ではずっといろんな苦しい状況を抱えながら何とか家族を救いたいという願いで、長年戦って参りました。

私たち先ほど先生方の仰ったように、被害者なんですね、完全な。
他国の犯罪による被害者の家族が頑張っておるわけですけども、もちろんこれは当時の日本政府が的確なる対応をしなかった為に、私たちは国民の皆さんに訴えてそして世論を盛り上げ、政府が動かざるを得なくなったと言う状態まで来ておりますけども。
更にそれに輪をかけて、先日安倍官房長官が就任されて以来、突然日本政府の対応の動きが見えて来たと。
どの部署を見てもそういうふうな状況が判断されるような状況になって来ました。
そういうことでは今年こそはと言う気持ちが高まるわけですけども、何せいろんな複雑な問題を抱えている北朝鮮問題の中で、どうしたらこの拉致問題を表沙汰にして最優先な課題として解決する対応が出来るかどうか?
それをいつも私たち考えております。

先ほど荒木先生の方からも具体的な説明がありました。
それから西村先生からもありましたけども、いまだに日本人が拉致されてどこにいるのかも分からない。
こういう状態でどうやって助け出すんだ?と言う論議が非常に高まっております。
確かに、そうですね。
どういう形で解決の方向に向かうのか分かりませんけども、例えば北朝鮮が崩壊寸前混乱した状態の中で、日本人をどうやって助けるんだ?という具体的な話になると何も手が、今のところ何も打てていないと言う状況ですけども。

それに関しては私たち家族会が、私もそうですけども、今回の総裁選、安倍総理誕生の暁にはですね。
拉致を専門に考える大臣を置いてくださいというふうに要望をしていこうと思うんですけども、今まではどっちかと言うとどこかに入ってて片手間という形でありましたけども。
今現在拉致問題を担当する特命チームと言うのを各省庁から代表を上げてやっていますけども、あれをしっかりとした具体的な対応の出来る組織にしていく為に、やはり24時間拉致問題を考えている部署を置いて欲しいと。
これが今後この問題を解決する為の大きな方法ではないか?と私は考えております。

北朝鮮の今までのいろんな報告については、全ての人が全く嘘だと、何を取っても嘘。
これが国民の皆様も私たちもあるいは政府も、はっきりと認識して北に対する対応をしているわけですけども。
やはりそれには経済制裁、経済制裁と言う言葉を使って参りましたけど、それが少しずつ具体化されて来ています。
しかしこれだけではとてもじゃないけど不足であって、北朝鮮が手を上げるわけが無い。
更なる制裁をということで私たちはこれからも訴えていきますし、昨日の安倍候補の話の中でもやはり圧力と対話と言う言葉の中で、更なる制裁も考えていかねばならないでしょうねと言う話もあったようです。
そういう意味では非常に次期内閣の組織あるいは対応の仕方、これには相当私たちも期待をしております。

もちろん、この拉致被害者と言うのは今お話のあったように、私たちだけ、認定されている被害者だけではなくて、物凄い数のいわゆる特定失踪者と言う名前で訴えられている方がおります。
北に対しては交渉時に「拉致を認めた人以外には承知をしておりません」という答えしか出て来ていないんですね。
ですから北に対する大きなメッセージと言うのは、我々後11人ではなくてまだまだ北に拉致された疑惑の濃い被害者がこれだけいるぞということを、どんどんアピールしていかないといけないと思うんです。
認定とか認定じゃないとか言う話がいろいろ持ち上がっていますけど、これひとりひとり証拠を固めて認定するまであと何年掛かるか分かりません。
従って先ほど言いましたように、専門委員会あるいは担当大臣がですね。
予算をきちっと取って、今一生懸命民間で荒木先生がやっている調査も含めて、きちっとやって貰いたいと言うふうに私も思います。

あちこちからの情報の中では、拉致された日本人はまだまだたくさんいるという事も出て来ておりますけども。
ですから日本人、先ほど言ったように特定失踪者の方々も一緒にこの問題の解決のテーブルに乗せて、北に連れて行かれた疑いのある人はこんなにいるぞと、返せと言うような。
認定はしなくてもそれと同等の扱いで交渉をすると、あるいは国の中でも対応調査もすると言うふうにしていかなかったらば、早期の解決にはならない。
まだまだ5年も6年も7年も掛かるという状況になってしまうわけですね。

私たち家族会のですね。
いろいろ論議の中で今年後4ヶ月ありますけども、そういう中で更に国民の皆様に訴えて世論を高めるという事に全力を尽くして行きますし、それから政府に対しても先ほど言ったようなお願いもしていきますし、それから更に言えば国際社会への訴えも考えております。
アメリカへ行く予定も一応今のところあるんですけども、そういったアメリカを中心とした国際社会がこの拉致問題を非常に関心を持ち、支援をして頂けるような雰囲気が非常に強くなっています。
従ってそう言う搦め手からもこの問題の解決に頑張っていくつもりですけども、先ほど荒木先生が仰ったように当事国の日本政府がはっきりとした毅然とした態度が不可欠だと。
これは今までの苦い経験も含めて今強く感じる所でございます。

そういう中で横田夫妻もですね。
有本さんもおられますけども、非常に歳をとって歩くのも苦しいくらいな、体を引きずりながら全国を回っております。
これは何とかして、自分が犠牲になっても良いからめぐみちゃんを助けたい。
そういう気持ちが今あるから何とか頑張っておりますけども、また1年経ち2年経ち、もうそんなに待てないんですね。
従いまして今回大きなチャンスが来ているわけですから、これが後ずさりしないように日本国民全部が、あるいは政府、あるいは国会議員・地方議会にしろ、全てこの問題に関してご理解の有る人は全員一致でですね。
この問題を片付けるべく色んな形でご支援をお願いし、また皆さんと共に戦えるところは戦い、政府にお願いする所はお願いしながら、今後とも老体に鞭打ってですね。
私も68になったんですけども、頑張っていきたいと思いますので、絶対に世論を下げない盛り上げると言う事を大きな狙いとして頑張って参ります。

北朝鮮は日本の国民の世論が一番怖いらしいですね。
で、日本の国民の世論がこれだけ盛り上がったという誤算があったと。
今まで何となくちょろまかして来たと言う経験がありますから、ここで国民の怒りがこれだけ出ているということは誤算だったというふうに言ってます。
そういうことからしてですね。
相当な強い圧力と言うか強いメッセージと言うか、解決の大きな力として、これからも凄い効果が上がってくるんじゃないかと思いますので、私たちは全国を歩きますが大阪の皆さんも今までと変わりなく、更にこれ以上お力添えを頂きたく、今日お願いに参りました。
どうぞ一つ宜しくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)
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2006年09月17日

06.9.10 三宅博 地方議員の会副会長 大阪集会(10)エルおおさかにて

『三宅博 八尾市議会議員・地方議員の会副会長のお話』

今の前上さんもそうなんですが、病身を押してお訴えになる為にここまでお出かけになって来られました。

昨年6月は国会議事堂、首相官邸のすぐ横でですね。
家族会の方々、これは認定被害者も特定失踪者失踪者のご家族も同じなんですけど、毎日34度35度の炎天下で、特に有本さんなんかは点滴を打ちながら3日間も座り込みをされたんです。
何故こうしてそこまで被害者家族がしなければならないのか?
しかも政府の政策は後手後手に回っておるという事でございます。
もっと積極的にやって頂きたい。

特にこの特定失踪者の方々はですね。
政府から拉致被害者であるという認定さえもいまだに実現されていないわけでございましてね。
本来ですと、認定されて然るべきような状態の方でも未認定であると。
政府はこれを非常に大きく問題をしたくないと言う事が有り有りでございます。

やっぱりこの拉致問題のですね。
全容解明という物を一刻も早くしなければならないと言う。
この日本国内から数百名の方がおそらく北朝鮮に拉致された。
してみるとこれをサポートする、あるいは実行する相当大掛かりな組織が日本国内にあると。
こういう連中を暴き出してですね。
犯した罪に相応しい罰を与えなければならないと思います。(拍手)

既に帰国された5名の方々なんですけど、この方々もですね。
まだ殆ど真相を語っていらっしゃらないんですね。
ひょっとしましたらまだ脅迫下に置かれているかも分からない。
その様な事でございます。

で、金正日体制ですね。
北朝鮮の状況が非常に深刻な状況になってきたと。
いつ体制崩壊があってもおかしくない。
この時にですね。
じゃあ、拉致被害者を救出する為に日本政府として具体的なシュミレーション、救出策、これを策定しておかなあきませんけども、この部分は全く手付かずです。
報道の方も多く来られていますので、その辺の所も強く訴えて頂けたらと思います。

皆さん、どうかこういうご家族の方々にこれからもお力を貸して頂きたいと思います。
以上です。
ありがとうございます。(拍手)
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2006年09月16日

06.9.10 前上なみゑさん(特定失踪者・前上昌輝さんの母) 大阪集会(9)エルおおさかにて

『前上なみゑさん(特定失踪者・前上昌輝さんの母)の訴え』

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前上昌輝の母です。ありがとうございます。
ちょっとひとこと言わせていただきます。今日は大勢のみなさんにご支援を頂き、ありがとうございます。
家族会及び、特定失踪者の会のみなさまには、いつもいつもお世話になっています。ありがとうございます。
(関係者のほうに向かって頭をさげながら)

さきほど娘が説明させていただきましたとおり、息子は(失踪から)もはや29年の月日がたってしまいした。私は、二年前から、体調を崩しまして、入退院を繰り返して、皆様と共に活動をすることもままならず、心苦しい日々を送っております。

皆様方のご厚情にすがりまして、ひたすら1日も早く解決の日が来てくれますことを、ただ祈るばかりでございます。

こうして大勢の皆様のお力を借りなかったら、なんにも解決しないと思います。
どーーぞ、これからも、みなさん、どーーぞ、応援して、救ってやってください。
お願い申し上げます。

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06.9.10 前上典子さん(特定失踪者・前上昌輝さんの姉) 大阪集会(8)エルおおさかにて

『前上典子さん(特定失踪者・前上昌輝さんの姉)の訴え』

★三宅さん
賀上大助さんさんと秋田さんは今日、朝早く、徳島のほうからこちらのほうにおこしになりました。
では、次の前上さんは、京都からさきほど、おこしになりました。
病身を押してお母さんと、おねいさんの前上 典子さんお二人が話をされます。

★前上 昌輝さんのお姉様 前上 典子さん

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(写真左がお姉さまの前上典子さん、右がお母様のなみゑさん)



私の弟昌輝は1977年 北海道富良野市、当時牧場で3ヶ月ほどアルバイトをしておりました。そのあと、一年受験を失敗して浪人していたんですけれど、もう一度受験をするということで、「京都に帰る」と連絡をして、北海道の旭川に荷物を預けて、三日間ほど荷物を預けて、旅行したいということで、当時の手荷物預かり所に荷物を預けて、その中に現金11万円、それからほとんどの荷物、カメラとか・・。だから小さいバックに身の回りのものだけを持って、そのあたりを、たぶん小さな旅行でもするつもりで、手荷物預かり所に預けたんだと思います。

「三日間」という言葉をその預かり所の方に言い残して、そのまま行方がわからなくなりました。

一ヶ月後、手荷物預かり所の人から連絡を受けて、北海道にすぐ飛んだのですけれど、その時点で一ヶ月たっていて、警察とか、いろいろお願いはして探し回ったのですが、やはり私たちの場合も、<単なる行方不明>、<失踪>ということで何の調査もしていただけなくて現在に至っている状態です。

あの、上手く話せませんので、少し用意したものを読ませていただきます。

弟が不明になり、29年、とても長い年月でした。でも、小泉総理の訪朝以後の4年間は、その中でも最も長く感じられます。解決への扉が開かれたかと思われたのもたのもつかの間。長い膠着が続いています。

認定された方の救出もままならず、≪特定失踪者≫と呼ばれる私たちの家族は、交渉の場にすら(名前が)のぼらないような現状です。

私たちは、小泉首相の訪朝以後、弟の拉致を信じる同窓生達のお力を仮り、認定を求めて、何万人もの方の署名を頂き、当時の安陪官房副長官にお渡ししたこともあります。

でも認定は絶対的な証拠を重ねた上でなされるもので、とても困難なものだと知りました。
二年前には、調査会の方達のお力添えで、≪刑事告発≫というかたちで、京都府警の再捜査も受けております。

しかし長い年月のたった今、期待された証拠もなく成果もなく今に至っております。

特定失踪者と認定された方々との間には、とても大きな壁があるとさえ思えます。
でも、実際、みなさまもご存じのように、拉致は認定された方々だけの問題ではありません。認定された方の何倍もの人間が、事実、拉致されていると聞かされています。

私たち特定失踪者を持つ家族は、確かな証拠がない故に、より強い不安の中におかれているのです。拉致された最後のひとりまで帰国して初めて、私たちに真実がわかるのです。

みなさまに、この思いをご理解いただき、温かいご支援をお願いしたいと思います。
本日はほんとうにありがとうございました。

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1000番台リスト

氏   名: 前上 昌輝
失踪年月日: 昭和52(1977)年10月22日
ふりがな :まえがみ まさてる
生年月日 :昭和32(1957)年7月16日
性   別: 男 当時の年齢 20
身   長: 173センチ 体重
公   開: 第1次公開

当時の身分: 無職 直前まで北海道富良野の牧場で働く。

特   徴: 筋肉質の体格。大けがのため左目がやや小さい。
失踪 場所: 北海道旭川駅

失踪 状況: 北海道富良野の牧場を退職し、京都の実家に「お世話になった人たちに会って、京都に帰る」と連絡していたが、以来消息を絶つ。後に旭川駅の荷物一時預かりにザックを預けていたことが分かる。同年11月初旬、実家に男性の低い声で「前上昌輝の家の者か」と電話がある。電話に出た母親が「昌輝のことを知っているお方ですか」と数回叫んだが、それには答えず「また電話する」と言って電話を切った。以来手がかりは全くない。平成16年9月28日、京都府警に告発状提出。

※特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html

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06.9.10 賀上文代さん(特定失踪者・賀上大介さんの母) 大阪集会(7)エルおおさかにて

『賀上文代さん(特定失踪者・賀上大介さんの母)の訴え』

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こんにちは。この大阪から23才の時に失踪いたしました、賀上大助の母親でございます(声が震えている)
息子大助は2001年、平成13年ですけれども、12月22日、大阪にある松下電器産業の社員寮の部屋を夜の10時18分に出たのを最後に、行方がわからなくなっています。肩掛け鞄に携帯電話と財布だけを持って外出で その日に帰ってくるつもりで出たものと思われます。その後の足取りは全くなく、携帯電話も、預金も使われてはおりません。

本人は人と争うような子ではなく、穏やかーな性格の子です。家族思いで、お盆や正月の集まりには必ず参加しておりました。そして、その年の暮れには、帰省することを電話で伝えてきておりました。

そんな息子がいなくなると言うことは、どーうしても考えられず、事故、事件に巻き込まれたのではとの思いで、十三(じゅうそう=地名)で、ビラ配りをしたり、テレビに出て呼びかけたりと、情報収集に努めて参りましたけれども、本人につながる情報は得られませんでした。

息子はお酒も飲みませんしたばこも吸いません、すごく用心深い子でしたので、夜にひとりで出歩く子ではありませんでした。その子がカードキーの記録からで夜の10時18分に出かけたと言うのがわかったとき、誰か顔見知りの人に呼び出されたのではと思い、警察の方に事件として扱ってもらえるようにお願いにあがりました。
でも、息子のように、急にいなくなったというだけでは、事件としては扱ってもらえませんでした。何か自分たちで、証拠となるものを見つけなければ、事件としては扱ってもらえませんでした。

今警察の初動捜査がすごく問題視されていますが、その時に、警察が本腰を入れて捜査をしてくださっていたら、ひょっとして、息子につながる糸口が見つかったのではないかと悔やまれて仕方がありません。

息子のいなくなったその日というのは、北朝鮮の工作船が撃沈されたその日であります。
私の頭の中では、拉致というのは随分昔のことのように思っておりましたが、こうして工作船が行き来している現在、今あっても不思議ではないと思います。

息子が北朝鮮にいるかどうか私にはわかりません。
調べたくても、国交のない国ですので、どうすることもできないんです。

現在、民間団体である特定失踪者問題調査会のほうで調査していただいています。調査会の方では、調査だけでなく、政府へのに働きかけ、それからラジオの短波放送を使った北朝鮮方面への呼びかけなど、いろんな面で、あらゆる方法で働きかけをしてくださっています。

みなさまお仕事を持ちながらのボランティアですほんとうに有り難く、頭が下がる思いで一杯です。

本来なら、こういうことは政府の機関がすべき事だと思うのですが、今少し、動きが感じられません。すごく残念です。

こうして支援してくださる方がおいでで、今日こうして息子のことを話せる機会を与えてくださて、ありがとうございます。息子のことを話すことでひとりでも多くに息子のことを知ってもらい情報を得ること。そして、息子を一生懸命捜しているというメッセージを送ること、それが私にできる精一杯のことです。

今北朝鮮の情勢はすごく深刻な状況です。そんな中、拉致された人たちは、救出されることを信じて必死で頑張って生きていると思います。

ひとりの人間の力というのは、すごく弱いものです。でも力をあわせれば、政府をも、世界をも、動かせる大きな力になると思います。
どうかみなさま、拉致された人々がこの日本の地を踏むことができきますよう、力をあわせて共に闘っていただきたいと思います。

どうか一緒にメッセージを送ってください。
宜しくお願いいたします。

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名前  賀上 大助
失踪年月日: 平成13(2001)年12月22日
ふり がな: かがみ だいすけ

生年 月日: 昭和53(1978)年8月17日
性   別: 男 当時の年齢 23
身   長: 169センチ 体重 64キロ
公   開: 第3次公開
当時の身分: 会社員
特   徴: 左目下に小さいほくろ、近眼、本来は左利き、筆記と箸は右。虫垂炎の手術跡、音楽好きでピアノが弾ける。

失踪場所:大阪府大阪市の会社の寮

失踪状況: 22日午後2時頃帰寮したのを防犯カメラで確認。
午後9時に電子メールを出している。
午後10時18分、部屋のドアを施錠したあと、足取り不明。夜出歩くタイプではない。眼鏡、携帯充電器が残されている。財布、携帯電話くらいしか持って出ていない。預金も手つかず、携帯からの発信は22日午前零時以降なし。友人との約束、上司との会話から年末は徳島県の実家に帰るつもりでいたことが窺える。帰省に備え預金5万円を別の銀行に移している

※情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html

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06.9.10 福山晴海さん(特定失踪者・福山ちあきさんの母) 大阪集会(6)エルおおさかにて

『福山晴海さん(特定失踪者・福山ちあきさんの母)の訴え』

★三宅さん
続きまして、お嬢さんの福山ちあきさんが失踪されています、母親の福山晴海さんから訴えをしていただきたいと思います。

★福山ちあきさんのお母様 晴海さん

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ただ今ご紹介いただきました福山ちあきの母で、福山はるみと申します。うちの娘が失踪してもう15年になります。当時子供向けアトラクションショーのアルバイトをしていまして、その前日には代役でしたが、主役の座を射止めたと言うことで、とっても喜んで、「お母さん、ビデオとってみんなで見ようね」そう言って「言ってきます」と出かけた子が、その後地下鉄動物園前の駅で、友達と「また明日ね」と、にこにこ笑って手を振って、そのまま姿を消しました。
絶対家出する状況でもない、・・・でもない。それをいくら訴えても、わかっていただけない。必死に、日本全国走り回りました。
テレビに出させていただくたびに、似てる子がいると言えば、北海道から、沖縄まで、恥ずかしい話、借金をしてまでも娘を捜しに全国を走り回りました。でもいまだ娘は帰ってきていません。

娘の無事を思うならば、今としては矛盾しているかもしれませんが、「拉致であって欲しい」、「拉致ならば命があるだろう。」「しかし、国内だったらもう、悲しい姿になっているんじゃないか。」

テレビ等で、悲しい事件がでるたびに、性別、年齢、血液が違うたびにほっと胸をなで下ろす。そんな自分に自己嫌悪を感じながらも。「人の子なら良いのか?自分の子だけ助かったらいいのか?」と、そういう自分に恥ずかしさを覚えながらも。

ほんとうに1日として子供のことを忘れることなく、必死で頑張っております。諸先生方のお力をお借りて、ひとりではできません。こうして集まってくださった皆様方の温かい気持ち、お心と、協力の下で今後とも頑張っていきたいと思います。今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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氏   名 福山 ちあき
失踪年月日: 平成3(1991)年11月3日
ふり がな: ふくやま ちあき
生年 月日: 昭和48(1973)年9月16日
性   別: 女 当時の年齢 18
身   長: 156センチ 体重 45〜6キロ
公   開: 第1次公開
当時の身分: 高校3年生

特   徴:右の目の上のまぶたの上に子供の時ベッドから落ちたときの傷がかすかにある。前歯は2本少し大きい。
失踪場所 大阪市

失踪状況 アルバイト先から帰宅途中、大阪市営地下鉄動物園前駅で友人と別れ、それ以後行方不明。就職も決まっていた。生活道具は一切そのまま 。

参照 特定失踪者問題調査会HP
http://chosa-kai.jp/index.html

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06.9.10 秋田正一郎さん(特定失踪者・秋田美輪さんの父) 大阪集会(5)エルおおさかにて 

『秋田正一郎さん(特定失踪者・秋田美輪さんの父)の訴え』

★司会
続きまして本日の集会のテーマでもあります、関西の拉致被害の現状について、長年関西で活躍されてきました、三宅博先生に報告をしていただきたいと思います。先生は特定失踪者問題調査会の理事として関西のご家族のみなさんの相談相手になってきました。それでは、三宅先生お願いいたします。(拍手)

★三宅さん
ご紹介を頂きました特定失踪者問題調査会の理事の三宅でございます。
プログラムと順番を変えまして、まず壇上にいらっしゃいます特定失踪者のご家族ほうからお話をしていただきたいと思います。そえぞれ、だいたい5分程度で自己紹介 失踪者との関係 失踪時の状況、現在のお気持ち、家族としての訴え、こういったものをお話しいただきます。

まずはですね、お嬢さんの秋田美輪さんが失踪している、お父様の秋田正一郎さんからお話をしていただきたいと思います。 (拍手)

★秋田美輪さんのお父様、正一郎さん

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みなさんこんにちは、私、徳島からやってまいりました。私の娘秋田美輪は、その当時兵庫県にいたんですが、神戸松蔭女子大学4回生、その当時、1985年昭和60年12月4日に、その校門付近、(これ六甲にあるんですがね)校門付近から忽然と姿を消しました。翌る日ハンドバックと靴が、兵庫県の城之崎のまだ向こうにある、竹野町、弁天浜海岸から発見された。

その中から出てきた急行券、私はこれから、決して娘は死亡してるんじゃない、自殺でないという理由を三つだけあげて申し上げておきたいと思います。

その中から発見された急行券が、12月4日、大阪駅発行の150キロまで通用する急行券だったんです。
それは、だいたい福知山の先ぐらいまでしかいけない 城之崎にも行けない、竹野町までもいけないような切符なんです。その急行券には、又(当時国鉄の経営だったんですが)はさみが全然入っていない。改札口で入れるはさみもなければ、検札で入れる丸いはさみもない、そう言う急行券でした。

それからそのこと、色々捜索したんですがみつからない。それで各駅その他目撃者を捜して、警察の方も、消防の方も写真を片手に、一週間探してくれたんですが、目撃者が全然出てこない。いくら夜とは言ってもですね、そんな馬鹿なことはちょっと考えられない。

それともう一つは、それからに二〜三日後に、学校で、大学で発表するつもりで本人が書いていたレポート、それが大学の自分のロッカーから見つかった。

しかも(それでもの意)、新聞その他、警察でも自殺未遂ではないかという、そう言う疑惑で、単なる行方不明と言うことで片付けられました。

そういう今の三つの理由から、私は、単なる行方不明とは思えないと。犯罪性があるんじゃないかということで、警察にも再捜査を頼んだほどですが、今のところ、まだそう言う状況で、現在に至っている。再調査を頼んで、受け容れてくれたのは3年前です。そう言う状況でございます。

ですから、私は特定失踪者、その中で1000番リストに入れられております。調査会のおかげでやっておりますが、必ずこれはもう、拉致疑惑者として260人(460人)のみなさんと同じように認定されて、しかも、「今年中に」と、荒木さんが言われたように、帰ってきて欲しいです。荒木さんは、先ほど≪責任をとる≫とまでおっしゃった。その熱意に答えてわたしらも、必死になって闘わなきゃいかんと思っています。宜しくお願いします。

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1000番台リスト

氏   名: 秋田 美輪
失踪年月日: 昭和60(1985)年12月4日
ふり がな : あきた みわ

生年 月日 : 昭和39(1964)年1月29日
性   別 : 女 当時の年齢 21
身 長: 155センチ 体重 43キロ
公 開: 第1次公開

当時の身分: 神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
特 徴: 両眼とも眼鏡をかけて1.2
失踪 場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)

失踪 状況:大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。

参照 特定失踪者問題調査会HP
http://chosa-kai.jp/index.html

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06.9.10 西村眞悟氏 大阪集会(4)エルおおさかにて

『西村眞悟 衆議院議員の講演』



皆様、暑い中、誠にご苦労様でございます。
この大阪の地、我々の大阪の地で拉致被害者救出のための集会を開けると言う事は、我々にとって非常に心強い事であります。

今、荒木和博さんが皆様にご報告されたとおりです。
客観的な情勢は極めて我が方に有利に展開しつつあるんです。
その中で奇妙な事が起こっている。
その中で政界の関心は急速に拉致問題から、去っていっております。
8月から9月にかけて自民党総裁選挙が行われる。
総理大臣はどこにおるのか?と思えば日本にいない。
現在、まさに政治の空白が我が国に存在すると言う事でございます。
その中で、この空白の中で我々は何をすべきか?という事。
これがこの集会を開催し、そして皆さんと共に考える本日の課題であります。

さて、本日は拉致被害者家族会の皆様と共に特定失踪者のご家族の方もこの場におられます。
この姿が我々の政治に向かう時にどうしても忘れてはならない問題点なんです。
すなわち、1年以上前、JRの車両が脱線転覆致しました。
あの時に被害者数が初め分からなかった。
時間の経過と共にどんどん被害者の数が増えていった。
しかし、我が国の行政機関、警察・消防は救助に向かった。
救助に向かう時に第一に確認しなければならないのは、今何人その中に閉じ込められておるのかでございましょう?

拉致被害者救出も同じなんです。
我が国の行政機関が救助に向かわねばならない。
その時に何人被害者がいるのか?を確認しなければならない。
しかし、その事を今やっていないという事なのであります。

4年前、極論を言うならば4年前金正日が拉致を認めた。
犯人が白状をした。
犯人が白状をしたその白状の内容は、5名は平壌に集めておるので会っていってくれ。
彼らはこの平壌を素晴らしい場所だと、お父さん・お母さんこっちに来てくれというメッセージを送って来た。
そして8名は死亡したと、白状した者が言ったと。
白状した者が言った事をそのまま鵜呑みにして、それで問題を拡大しようとはしない。
何人が車両の中に閉じ込められておるのか?
何人が北朝鮮と言うあの収容所列島の中に閉じ込められているのか?と言う事も、我々の政府が全力を挙げて調べようとしていないわけであります。

そこで拉致被害者救出の議員連盟でございますが、この議員連盟は4年前の小泉さんの訪朝前に結成されました。
それ以前の議員連盟はハッキリ言って潰しました。
なぜなら、会長が北朝鮮から亡命して横田めぐみさんの情報をくれた元工作員に対して、「亡命者の証言は信頼できない」というふうに発言するに至ったからであります。
この現在ある拉致議連の歴代拉致議連の会長は閣僚にピックアップされております。
私は拉致議連の会長が、閣僚・内閣の一員になった以上問題が進展しなければならないと、そして二人が閣僚になった。
三人目が出たらば、それは総理大臣がやらなければならないんだと、総理大臣にならねばならないんだと公言しておりました。

拉致議連の会長が、総理大臣になりそうだという事ではございません。
拉致議連の役員、私と同じ第一次拉致議連で事務局長代理をしておりました安倍晋三さんが、総理大臣になりそうだと。
しからば私の予言、拉致議連の会長という予言でしたけれども、拉致議連の役員が今度はいよいよ総理大臣になる、いう事になってきた。
客観的には大きな大きな一つのチャンスであります。
先ほどそのチャンスの中で関心が薄れて行くと言う事を申し上げた。
従って我々は頑張らねばならないと思うわけであります。

現状を象徴する一つの現象として万景峰号の入港禁止という事を申し上げましょう。
あの時に入港禁止を決定した、これは高く評価します。
高く評価したけども、接岸させたんです。
そして在日の子弟が修学旅行か何かで数百人、北朝鮮に見物に行っておった彼らを岸壁に着いた万景峰号から日本の陸地に上げた。
これは今、政府が制裁と言うものは何たるものか?ということを認識していない一つの証拠なんです。

万景峰号を接岸させない。
日本に入港させないと日本国政府が決めた以上、断じて接岸させてはならんのです。
彼らは一旦平壌に引き上げてもらわねばならない。
そして平壌から在日の彼らの子供たちが北朝鮮から日本にいる両親に対し、
「平壌は北朝鮮は素晴らしい地上の楽園です。お父さん・お母さん、日本のようなけったいな国にいるよりは、我が祖国に共に帰って来て下さい。」
このようにコメントさせたら良かったんです。(拍手)
これが出来ないということは制裁の何たるかを日本政府が分かっていないという事であります。

ただ万景峰号接岸禁止の、接岸させて子供たちだけを帰した訳でありますが、物資を揚げなかった効果はてきめんに現れておる。
覚せい剤の価格が暴騰しています。
皆さん、こういう事なんです。
やってみれば分かるんです。
警察の方はご存知だと思いますが、覚せい剤の値段が上がっておると言う事は何を意味しておるのか?

我々が小さい時、記憶が生まれるか生まれないかの境目の時、ヒロポン中毒の患者の犯行が、奇妙奇天烈な犯行が相次ぎました。
もうじき日本そういうことが大阪でも起こるかも分かりません。
覚せい剤中毒の者が覚せい剤が切れた中で精神的な錯乱状態になって、突拍子も無い犯罪を起すということです。
万景峰号が接岸してなかった、ということがこれほどの効果があるという事を、我々はもうじき知ることになるでしょう。
経済制裁をやれば効果があるんです。

さて現状のご報告を一応概観したことで、拉致問題の本質という物を改めて述べてみたいと存じます。
荒木和博さんが言ったように拉致問題は戦争である。
これは戦争状態です。
戦争といえば国家が宣戦布告して正規軍が動いてくるというふうに我々は思い込んでおります。
これは19世紀から20世紀全般までの戦争形態である。

現在、戦争で無いと思えば戦争である。
戦争であると思えば戦争では無い。
適切な日本語後がございません。
other than war、 other than war、これが現在の戦争なんだと。
従って、明らかに拉致問題は現在の戦争であります。
従って拉致問題の最終目的は金正日の降伏、これしかない。
戦争なんです。

それを前提にして外務省に「北朝鮮の地図は外務省にあるのか?」と質問しました。
外務省答えて曰く、「北朝鮮の地図を外務省は持っておりません」
これでどうして救出できるのか?と。
自衛隊が持っている、持っていないと言う事は私には答えませんでした。
ただ、我が日本で国会議員にもその訓練内容を見せない部隊が存在致します。

その部隊長に聞きました。
実は訓練内容を見ました。
そして質問をしました。
「北朝鮮のあのポイント、あのポイント、あのポイントにいる日本人を、命令があれば救出できるか?」
隊長は答えて曰く、
「我々にはその命令を実行する能力がございます。ただ、政治がその命令を我々に出すかどうか?これが問題です。その命令があればやります。」
これが我が国の自衛隊の一つの部隊の答えでありました。

さて、物の本質が戦争であるとするならば、我々のやるべき事はなんでしょうか?
現在の政治は空白状態であります。
我々の歴史を振り返るのではありません。
平成8年の暮れ、荒木和博さんたちが発行している現代コリア、横田めぐみさんの被害の状況らしき記事が出ている。
平成9年明けてすぐ荒木和博さんが、我々は同じ民社党の出身なんです。
で、「実は13歳の女の子らしい。拉致されたままだ。なんだ?」という事になる。
この質問を始めた。

国会の日程など二日前じゃないと分からないんです。
いつ質問が出来るか分からない。
従って議員が持っている権限、内閣に対して質問趣意書を提出するという事で、直ちにそれを内閣に質さねばならないと言うふうに動きました。
その時の状況は多くの人たちが、今拉致議連に参加している党派を含む全党派が心にはともかく、全く無関心を装ったのであります。
そういう中で有本さん、また家族の皆さん。
「娘を返せ、息子を返せ」という運動を続けておられたのであります。

その時にコメ50万トンを出す。
また25万トンを出す。
10万トンを出す。
政府の動きを止める為に、「コメを出すなとは言わない。しかし私の娘は返って来ていない。息子は返って来ていないんだ。」と。
自民党の前で、外務省の前で、寒い中座り込むこの拉致被害者の決して若いとはいえないご家族・ご両親を前にして、「国内で吼えておっても、拉致被害者は返らないんだ」と言うふうに言い放ってコメを出した与党幹部、これが存在した。
皆さん、国内で吼えておってもという吼えておると言う言葉は人間に使う言葉ではないんです。
しかしそれをまさに使った、これがその時の状況です。
しかしその人間に使う言葉を投げ掛けられる事無く、命の使う言葉を投げ掛けられている中で、拉致被害者家族と心ある運動が続いていく。

平壌、9月17日、総理大臣訪朝。
それに対して金正日は「拉致問題に触れなければ日本からは金を出せない」という判断に至ったと。
これはまさに、政治が無関心な中で国民が重大な関心と救出の熱意を示した賜物であります。
我々が今やるべき事はその事を思い返す事。
そしてその地点に立ってまた運動を組み立てる事でありましょう。

拉致問題がこの国民運動として盛り上がる前、今から思えばそのきっかけになったのではないのだろうか?と思う、東京フォーラムでの集会がございました。
5000人が座れる東京フォーラムでやろうという事になった時、西岡さんが私に言いました。
「今まで1000名を越える集会を経験したことが無い。5000名、出来るだろうか?来てくれるだろうか?」
その時に我々は言いました。
「50名来てくれたら良いじゃない。5000名の中に50名来てくれても良い。しかしこれは国民の運動なんだ。5000名座れる所でやろう。」
と言うふうに、我々は顔を見合わせながら決断していきました。
結果は2万5千が集まって頂きました。

さて、我々は既に拉致被害者救出運動を続けてきて、そして金正日を白状させたという実績を持っているわけであります。
この実績を元にこれから進まねばなりません。

最後に、平壌共同宣言とは何か? 
この平壌共同宣言をこのまま置いておいて良いのか?という問題意識だけは持っておきましょう。
なぜなら、無名の運動のときと違い、今や内閣総理大臣と金正日の取り交わした約束文書が存在するからであります。
この約束文書こそ、欺瞞の文書であります。
平壌共同宣言を遵守するという小泉総理のこの発言は、61年前の8月8日に日ソ不可侵条約が有効である事を前提にして、ソビエトの仲介によって日本とアメリカが和平を結べるのではないか?と錯覚しておったと。
この茶番劇のような事態と全く同じ事態であります。

平壌共同宣言は4つの約束からなっております。
第一の約束は万難を排して日朝は国交を回復すべきである。
正常化すべきである。
そのために来月から、十数日後の来月から日朝国交正常化交渉を始めよう。
これが第一の約束。

第二の約束は、我が国が悪い事をして申し訳ないです。
従って国交が正常化したときに、我が国は莫大なお金を金正日さんにお渡し致します。
これが第二の約束。

第三の約束は、日本国民の安全に関わる事態に関しては、日朝は国交が無いと言う不正常な時代に起こった事である。
従って二度と再びこのような事態を起こしてはならない。
これは何を意味しておるんですか?
これは拉致問題というものが、日朝の国交の無いという異常な事態で起こったものでありますと。
今後は、将来は拉致は起こりません、と言う約束に過ぎない。

第四は、核の開発は致しません。
ミサイルは飛ばしませんという約束です。
この第四の約束は全て反故にされております。

第三の約束、日本国民の安全に関する約束は守られておるんですか?
この約束はそもそも何の約束ですか?
この約束は拉致問題、金正日が白状した拉致問題というものは既に過去のものとして終わったと。
金正日さんは将来は拉致をしませんよと約束したに過ぎないんです。

そして先ほど言いましたように、5名が平壌に集まっている。
それに会っていってくれといって会った。
8名は死亡だといわれて、愕然としながらもその上で署名した文書です。
この約束こそは、拉致問題は終わったという金正日の言っている事を受け入れた条項なんです。
金正日が約束した事は全て破っている。
我々だけが、総理大臣だけが約束した事を守らねばならないと言っている。

つまり日本人を拉致して、数百名拉致して返さない。
抹殺しようとしている。
北朝鮮の土に返そうとしているこの独裁者に対して、我々の税金が1兆円以上支払われなければならないという約束が、新しい政権に引き継がれてはならない。(拍手)
そのように申し上げて、私の報告を終わらせて頂きたいと思います。
暑い中来てくださった皆さん、これから頑張りましょう。(拍手)
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2006年09月15日

06.9.10 荒木和博氏 大阪集会(3)エルおおさかにて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演』

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ご紹介いただきました荒木でございます。
今日はまだ暑い中皆様多数のご参加を頂きまして本当にありがとうございます。
先ほどの吉田議員の仰った言葉にもありましたけども、まさにこの拉致問題が動いて参りましたのはこの会場にお出でになった皆さん、そしてこの集会を催すに当たって炎天下の中街頭でビラを撒き、また多くの方に働きかけてくださった皆さんのお気持ちの賜物でございます。
それがなければ拉致問題が動くことはございません。

これから若干のお時間を頂いてお話を致しますけども、私がお話が出来る事で拉致問題に貢献できる事はごくわずかでございまして、しかしこの集会を開く為に皆さんが一生懸命努力をされた。
そして暑い中、ご自分の仕事があったかもしれない。
あるいはご家庭の用事があったかもしれない。
遊びに行きたかったかもしれない。
そういう思いを持ちながら、ここにお運びいただいた皆様の気持ちこそが、まさに拉致問題を解決する原動力である、と言う事を確信する次第でございます。

で、これから私がお話いたしますのはやはり拉致問題の本質ということと、一体どういう事をこれからしていかなければならないか?という事でございます。
壇上に画面が出ておりますので、画面を指しながらお話をしていきたいと思います。
何度もこのブルーリボンの会の集会でも私申し上げておりますが、拉致問題というのは今日ここに家族会の皆さんそして特定失踪者の家族の皆さんがお見えでございますが、拉致被害者があるいは家族が可哀想だからやる問題ではない、と言う事でございます。
あくまで私たち、そして自分達の家族を守る為に行うのだと言う事なわけであります。

もし今拉致をされている人たちを助ける事が出来なければ、次に拉致をされるのはここにお出での皆さんのご家族かもしれません。
お友達かもしれない。
また拉致被害と別の主権侵害が北朝鮮以外の国によって行われるかもしれません。
日本と言う国は国民を攫って行っても何もしない国だ、安心して何でも出来るんだというふうに思えば何をされるか分からないわけでありまして、そういうことは絶対に許さない。
一人の国民でも絶対に助け出すんだという、断固とした意思があってこそ我々は国民全部を守る事が出来るのだ、と言う事でございます。

そしてもし被害者の家族が可哀想だからという思いだけでやっていた運動であればどうなるか?
北朝鮮がもし例えば日本にミサイルを発射するぞというふうに恫喝したと。
今まででも同じような事をやってますがその時にですね。
しかしそれを助ける為にもっと被害が出ちゃ困る。
止めておこうというふうになるわけでございます。
しかし実際はそうではない。
もしそういうふうに恫喝をして日本が言うことを聞いたらば、もう拉致問題止めにしましょうとなったらば、北朝鮮はまた別の恫喝をして参ります。
金を出せとか物を寄こせとか、そういう事をどんどん言ってくる。
つまり問題はどんどん深刻化して更に次の被害者が出るということであります。
だからこの問題はご家族とか今の拉致被害者だけの問題ではなくて、私たちの問題だとして考えなければいけない、いう事であるわけでございます。

この大阪を舞台にしました政府認定の拉致被害者の方で、原敕晁さんという方がおられます。
ここにお出での多くの方がご存知だと思いますけども、昭和58年の6月に、元々大阪のラーメン屋さんの店員でしたけども、騙されて宮崎県の青島海岸から拉致された方であります。
その後、辛光洙と言う工作員が原さんに成り代わりまして、そしてスパイ活動を続けて参りました。
この工作員・辛光洙は韓国に5年後に入国して逮捕される。
その時点で原さんの拉致を自供しております。

これに対して平成14年、小泉さんの訪朝で北朝鮮は原さんの拉致を認めます。
翌年15年には、今ご挨拶をされました吉田(利幸大阪)市議、そして壇上におられます三宅(博)八尾市議が、この犯人を告発をする。
そして・・・(聞き取れず)には大阪府警が中華料理店とか関係者を家宅捜索し、事情聴取を行うわけであります。
しかし今でも原さん拉致に関わる犯人は逮捕されておりません。
もちろん、原さんも帰って来ていない。
そして原さんに限らず、いまだに一人として拉致事件の加害者として逮捕された人間はおりません。
ですから事件と言うのは、今政府認定になっている事件も含めて過去の事件ではなくて、現在そして未来に関わる事件である、という事であります。

この国は自由に外国から出入りの出来る国です。
この映像で見て頂いているのは今から6年ほど前に富山県の黒部川河口で発見された、北朝鮮製の侵入用の水中スクーターです。
この海岸の河口に埋められてありました。
雨などで被せてあった土が露出して明らかになった事件でございますが、わずか6〜7年前に埋めた物でございまして、これと同じ物は奄美沖で沈んだあの工作船、あるいは福井県の美浜それぞれで見つかっておりまして、これを使って上陸をして来た工作員と言うのが相当の数いるはずである。
そしておそらくは今でもいるであろう、いうふうに思われます。

そしてこれはつい最近起きた事件ではございません。
これは公安関係者では有名な事件でございますが能代事件と言う、秋田県の能代海岸に2回に渡って工作員の死体とか遺留品などが流れ着いた事件がございました。
昭和38年ですから今から41年前(43年の言い間違い?)の事件です。
この昭和38年には石川県であの寺越事件と言うのが起きまして、寺越武志さんを含める3人が拉致をされています。
この遺留品の中にありましたのはこういうピストルですとか、様々な道具がございました。
たまたまこの事件は失敗したからこれが見つかっているわけでございますけど、実際には大部分の侵入が失敗をしていない。

つまりひょっとしたらここの席のどこかに居るかもしれませんが、北朝鮮の工作員がピストルですとか武器を持って日本に上陸して、そしてごく普通の市民を装って行動している。
おそらく今でも同様の状況が続いているだろうというふうに思います。
日本の海岸と韓国の海岸をこうやって比べて頂ければ分かりますが、韓国の海岸はこのようにですね。
ずっと鉄の柵、かなり頑丈な鉄の柵が巡らしてあります。
日本の海岸と言うのは、こうやってどこからでも入って来て下さいというような海岸でございます。
韓国の海岸は、ここでもちょっと左の方に見えますが韓国軍の警備歩哨がありまして、ここで特に夜は実弾を込めた銃を持った兵隊が警備している。
で、海は船がパトロールしている。

それでも韓国にはどんどん入って来るわけでございまして、いわんや日本の海岸などはですね。
本当に安明進さんをはじめとする元工作員が言っておりますけども、飯を食ってトイレに行くのと同じくらい簡単だという事であります。
我々はそういう中で、どんどん出入りが来るような状況の国の中で生きているんだ、と言う事を考えて頂かなければいけません。

この地図は韓光熙(ハン・グァンヒ)という元朝鮮総連の財政局の副局長だった人が一人で見つけた侵入ポイント。
全国歩き回りまして、ここならば侵入しやすそうだと、人に見つからずにそして海から入って来るときも目印がある。
こういうポイントでございます。
彼が出した本(=「我が朝鮮総連の罪と罰」)の中に出ておりますが、一人で38ヶ所の侵入ポイントを設定しております。
韓光熙一人でこういう事をやる事はございません。
何十人もの人間がこういう事をやるわけでありまして、日本国内おそらくは太平洋側も含めまして数百ヶ所のポイントが日本国内にある事は間違いが無いだろうというふうに推測がされるわけであります。

そして日本に入って来るのはこのような工作船を使って入って参ります。
これは平成13年に奄美沖で沈んだ工作船ですが、この左側の工作母船からその隣の小さな工作小船と言う船が後ろから出て参りまして、それで沖合いから海岸近くまで行ってゴムボートですとか、先ほどの水中スクーターで上陸をする、言うパターンでございます。
船に詳しい方であればお分かりだと思いますが、この工作船の先頭の形状は普通の漁船とは全く違います。
普通の漁船はもっと丸っこくなっています。
いかにスピードを出すか?の為に作られた。
つまり、漁船を改造したとかそういうのではなくて、日本とか外国に侵入する為に北朝鮮はこういう船を作り、そしてそれを使って侵入をしているということです。
単に思いつきやその時の必要性だけで作ったのではない。
これをやる事が北朝鮮にとって当たり前の事だと思っているから、やっているんだという事であります。

拉致もその通りです。
たまたまちょっとした目的でやっているんでは無いんだ、という事はご理解を頂けると思います。
ちなみにこの大きな工作母船は約40ノット(1ノットは1.852キロメートル毎時、40ノット=時速約74キロメートル)、そして右側のポンポン船のようにみえるそれより小さな船は50ノット(=時速約79キロメートル)のスピードが出る、非常に高性能の船でございます。
そしてこういう船で日本海側にどんどん入って来るわけですが、しかし海岸だけが危ないわけではありません。

原さんの拉致もそうですけども、舞台となっているの基本的には殆ど内陸です。
原さんの事件は連れて行かれたところは確かに青島の海岸ですが、実際に拉致の舞台になっているのはこの大阪市内であるという事であります。
ちなみに蓮池さんたち地村さんたちも、海岸で歩いていたらあるいはデートをしていたらたまたまやられていた、と言っていますが私はこれは嘘だと思っております。
彼らをやった人間は絶対に彼らの事を知っている人間であります。
彼ら自身があるいは直接知っている人かもしれない。
そういう人がやったから、今もしここで喋ってしまえば彼ら自身、あるいはご家族の身辺が危なくなる。
あるいは何かを喋れ・・・(はっきり聞き取れず)てしまう、という理由で話さないんであろうというふうに思っております。

内陸での拉致の為にはですね。
当然固定スパイ、あるいは協力者という者が必要です。
しかし今までですね。
この捕まった人間というのは久米(裕)さん拉致におけるサラ金業者一人だけで、そしてそれ以外には一切捕まった人間もいない。
拉致に関わった人間の多く、これはですね。
通常考えられるのは朝鮮総連系の在日ですが、中には民団への偽装転向者もいるでしょう。
あるいは日本国籍を取った、また思想的に共鳴した、あるいは金目当てに北朝鮮の拉致を手伝った日本人も多数いるはずです。
そういう人間はおそらく今でも普通の市民として平然と暮らしているだろうというふうに思います。

政府はじゃあいったいどうしているんだろう?となるわけですが、これ当然我々もよく言われるんです。
拉致問題とはそもそも国がやるべき事では無いか?個人や民間の団体がやるべき必要があるのか?というふうに言われたりする事がございます。
しかしこの事は政府に任せただけで出来ることではありません。
私たちの全体の生命に関わる問題であります。
民間でも一人一人の国民としても、一人一人の住民としても、これに何らかの努力をしていかなければいけないだろう、いうふうに思います。

個別にお話ししている時間はありませんが、ここに出ておりますのは田口八重子さんや有本恵子さんを含めまして、16人の政府認定の拉致被害者でございます。
どうやって明らかになったのか?
右側を見て頂ければお分かりだと思いますが、日本政府が誰も知らなかったときに自ら明らかにしたケースは一つもありません。
これはどういうことか?
つまりこれ以外に多数の拉致があって、それを明らかにしていないということの証拠でございます。



現在日本の拉致問題を解決するには今どういうふうに行われているか?
まず警察が捜査をする。
そして内閣が拉致認定をする。
で、その人について外務省が交渉して北朝鮮から帰国をさせる、と言う事でございます。
ところが警察と言うのは、これは当たり前の話ですが法と証拠と言うのが必要になります。
つまり証拠がなければ立件が出来ない。
これは当たり前で、我々も証拠も無いのに捕まってしまったら困りますが、やはりその壁がある為に多くの方々は5年10年、あるいは長い方では50年と言う月日の経った方々、これを調べても証拠が出てくるケースと言うのは極めてわずかになってしまいます。

そしてまた証拠が何とかある、という事で警察が「この人は拉致ですよ」と内閣に具申したとしても、今度は内閣の方では日朝交渉面倒臭くしたくないということで中々認定をしない。
認定をしても外務省が交渉をするときに経済制裁と言う力の裏づけを持たない。
やっと今(制裁が)始まったばっかりですが、そういうことでは大部分の拉致被害者を見捨てることになってしまうのが、残念ながら今の現状でございます。

そして今こういう状況の中で仕組みの問題以外に何が問題点だったのか?言う事がございます。
常にそれはひとつは北朝鮮政策が何かをされたら、あの16人を見て頂けば分かりますが、先に仕掛けて政府が出すんじゃないんです。
マスコミが明らかにしたあるいは工作員が捕まって自白をした、言う事で拉致問題が動き始めると、いう事になっております。
こういう後手後手に回って来た対北朝鮮政策というのが非常にひとつ拉致問題の大きな問題でございます。

もうひとつ、この問題が安全保障上の問題だという観念が欠如している。
あるいは政府があえて回避して来た、と言う問題でございます。
これは個別の事件ではありません。
これはある意味で北朝鮮が日本に対して仕掛けている戦争です。
そういう観念が回避をしている。

それから今回国連安保理での決議に関して日本は先頭に立って動かして、そしてこの決議を実現させ中国やロシアまで賛成を出しました。
日本にはそれだけの力があるんです。
今までしかし、それをして来なかった。
そういう世界の枠組みみたいなものはアメリカとか中国とかそういう国が動かすもので、日本には出来ないんだと言う思い込みがあった。

そしてこの国の中で、この憲法を直さなきゃ駄目だと、マスコミが悪い、外務省が駄目だというような責任回避の思いが我々自身にもあったのではないか?
そんな物が全部変わるのを待っていたら、その間に拉致被害者はみんな死んでしまいます。
そういうことではいけなかった、という事であります。
これからもその法律、あるいは世論、あるいは国際的な問題とか取り組みはずっと続きます。
ただそれが全部良くなるのを待っていたらいけない。
逆に言えば現状でも対応は十分に可能である、と言う事であります。

そしてもう一つはこの北朝鮮の問題、拉致とか核とかミサイルとか人権、こういう問題の解決には体制の転換が絶対に必要だという事も忘れてはならない。
拉致問題、特に日本人拉致問題だけでの解決というのは絶対にございません。
拉致問題は日本人、あるいは在日朝鮮人・韓国人の拉致、それ以外に韓国の本国の人たちの拉致があり、そして更に他の外国人の拉致もあるわけです。
それだけではなくて北朝鮮の強制収容所とかあるいは脱北者の問題、様々な問題があります。

この問題は一括して解決するしか方法がありません。
その方法と言うのは体制の変換です。
そこへ持って行かなければいけない、ということです。
それはある意味、人に任せておくことでは無い。
そんな事はアメリカにやらせたって出来ません。
絶対に我々がやるしか無い、日本がやるしかありません。
日本が自由とか民主主義とか人権、そういういう価値観によって東アジアの秩序作りをリードしていく。
これが絶対に必要である、言うふうに思うわけであります。

そしてこの事態というのは私たちに優位に進んでいます。
今の時点では、国内の官民における対応の強化、これは例えば北朝鮮人権法と言うのが今年の6月に出来ました。
今これからお話をされます西村眞悟衆議院議員が、この拉致問題、横田めぐみさんの事件を初めて取り上げて国会で質問をされたわけでありますけども、あれ以降第一次の拉致議連が出来ました。
しかしその時点で北朝鮮人権法を作ろうなんて話が出ていたとしても、おそらく国会の中で誰も相手にしなかっただろうと思います。
今は自民党・民主党そして公明党が一緒になってこの人権法を作って、そして6月の通常国会で通過させる・成立させるという事が出来たと。
随分、そういう意味で言うと大きく世の中変って来ているという事であります。

そして国際世論も、これはもちろん日本人拉致と言うことだけではなくて、様々な北朝鮮の人権問題について高まっている。
また北朝鮮は最初は隠していた金英男さんを出してきて、そして家族に会わせたり、あるいはミサイルを発射してわざわざ国際的な孤立を招いたり、また中国や韓国と関係を悪化させたりと言う事で、非常にですね。
状況は変化をしている。
もちろん、これからチャンスだけではありません。
ピンチも一緒にやってくると思いますけども、それを物に出来るかどうかと言うのはまさに私たち、ここにいらっしゃる皆さんも含めて私たちの姿勢次第であると言うふうに思う次第でございます。

そしてこのあるべき拉致問題の解決の仕組みと言うのは、中々これ全部ちょっと説明している時間がございませんけど、やはりこれが安全保障上の問題だと言う意味では、やはり軍が動くしかないわけでございまして、自衛隊がそれなりの役割を果たしていく。
最終的には邦人の救援、と言う事もしていかなければいけないのである。
もちろん、外務省・警察も今までやって来てるわけですけど、更に強化していく。
公安調査庁も、これ同様でございます。
それら全ての省庁、そして国民全体が動いていく。
最終的には首相官邸がこれを統括して実現をしていくという方向に持っていかなければならない、いうふうに思います。

ここにおられる皆様方にはどういう事を特にお願いしておきたいか?という事でございますけど、一つは政府・議会とのですね。
建設的な緊張関係。
どういう事か?
我々も政府に対して批判を申します。
外務省のこういう所がいけない、警察のここは直さなければいけない。
あるいは元々警察が出る幕ではなくて、ここは自衛隊がやるべきだとか、そういうことは言っておりますが、しかしそれが単に批判をする事だけで終わってはいけない。
協力をしなければいけない所は全力を挙げて協力をしていかなければいけない、と言う事でございます。

逆に言えば先ほどの吉田議員のお話で安倍政権という事になってくるわけでありますけど、しかし同時にその安倍政権にはいろんな有相無相がくっついて政権の中に入って来てしまいます。
その中にはこれまで拉致問題に批判的だった人もいます。
ですからそれを単にですね。
ある意味で言いますと、我々が政権べったりになってしまったらば、逆に安倍さんが総理になったとしてもその手足を縛ることになる。
我々が是々非々の態度で、こういう事は良いけれどこういう事は絶対に許せないと、言う姿勢をしっかりと持っていくことが必要であろうと言うふうに思います。

それから経済制裁などへの圧力が掛かった時に、それを頑張れという国民の支持が必要であろう。
あるいは北朝鮮がさっき言ったように、恫喝をしてくるかもしれない。
そういう物に屈しない我々自身の姿勢が必要です。
そういう事をやるならやってみろと、我々タダではおかないという姿勢があったときに、初めて北朝鮮は交渉に乗ってきますし、そしてまた自分達が譲歩をするという事になるわけであります。

ここにはいつものマスコミの方がお見えでございますけど、やはりこの北朝鮮の人権問題に積極的な報道等があれば、それに対しても声援をして頑張ってくれと、もっと報道してくれというような事を言って頂く事も必要でございます。
そして言うまでも無く、これまで皆さんが活動を続けて来て下さいました署名とか街頭活動、あるいは集会の開催、そしてまたご近所の方にこういう問題があるんだよというふうに口コミをして頂くと、いうような事をやっていく必要がある、という事であります。

そして後一つ、国際的な事案について述べておきますが、国際的な人権問題として家族会の方々も救う会の方々も、皆さんいろいろ一生懸命訴えておられます。
我々も国際的にあちこち出掛けまして訴えているわけでございますけども、その時にやらなければいけない事は何か?
これは我々の同胞を助けて下さいと言う事ではありません。
あえて誤解を恐れず申し上げますが、日本人を助けてくださいという事だけを国際の場で外国に言ったってですね。
それは逆に日本人が勝手にエゴを言っているだけだとしか捉えないだろうと思います。

我々はどういうふうに言わなければいけないのか?
拉致被害者を持っている我が国こそが、北朝鮮の人権問題が如何に酷いか?ということを一番身を持って自覚をしている国だ。
だから我が国が先頭に立ってあの北朝鮮の人権問題を解決するんだ。
そしてそれをもちろん同胞を助ける事もそのひとつである。
だからあの国を倒すために頑張るから一緒に頑張りましょうと、言う事をしたときに初めて国際的な説得力が出てくると、言う事でございます。
その点をどうかご理解を頂きたいというふうに思います。

私どもは、いちいちご説明をしている時間がございませんけど、いくつかの活動をやっております。
国内外での調査活動や、あるいは北朝鮮向けの短波放送「しおかぜ」というのを、今一日1時間流しております。
先々週、8月の末に韓国に行きまして、これから進めようと思っておりますのはこの画面に出ておりますバルーンプロジェクトという物でですね。
これは韓国のNGOの方々がすでに100回以上やっているんですが、気球にですね。
ビラを入れてそして北朝鮮に送るという事でございます。

北朝鮮のすぐ近くでこれを飛ばします。
この右側の写真の山の向こうはですね。
狭い海峡を隔ててもう北朝鮮です。
北向きの風が流れてくれれば、これが一つの袋に約1万2千枚入ったビラが拡散して北朝鮮に行くと。
すでに北朝鮮政府から韓国政府に対して、9回に亘ってこのビラを止めさせろという抗議が来ているそうですから、相当効果があるようです。
我々はこういう事もとにかくやって行きたい。

私はこの間、ずっとですね。
今年の末、平成18年の末までに拉致問題全て解決する。
それが出来なければ責任を取るという事を言い続けて参りました。
後残り、9、10、11、12と4ヶ月しかございませんけど、絶対にそのうちに解決をするつもりでございます。
そのためには出来る事はすべてやっていきたい、いうふうに思っている次第でございます。
今国際的な状況、北朝鮮を取り巻いた状況、そして我々の今の力量から考えてこれは絶対に不可能なことでは無い。
逆に言えば、今を逃したらその先何年かかるか分かりません。
今出来る事を全てやって参りたいと思います。

最初に申しましたが、この運動が9年前西村議員の質問を初めとしてスタート致しました。
その間、この運動を支えてくださったのは今日ここにお見えの皆さん、そしてこの集会を広く伝える為に炎天下ビラを撒き、そして宣伝をしてくださったブルーリボン大阪の会の皆さんであり、全国の方々の力であります。
その意思こそがまさにこの国を動かして来たと、いう事であります。
ですから、我々には絶対に出来る。
その自信を持って頂いて間違いは無いだろうというふうに思います。
それがあったら絶対に出来る、言うふうに思ったときこそ、あの国から拉致をされた方々を救い出し、そしてもしこの冬を越えればまた何人死んでしまうかもしれない北朝鮮の子供たちを、救う事が出来るわけでございます。

暑い中お出で頂きました事を御礼申し上げまして、私からの話を終わらせて頂きます。
どうもありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.9.10 吉田利幸 大阪地方議員の会会長 大阪集会(2)エルおおさかにて

『吉田利幸 拉致被害者を救出する大阪地方議員の会会長 挨拶』

皆さんこんにちは。
実は昨年の12月に大阪国際会議場で2700名の方々がお集まり頂いて、断固たる姿勢で経済制裁をするべきだという国民の皆様方の熱い思いを届ける為に、集会をさせて頂いて以来の集会でございますが、本日は特定失踪者のご家族の方がお見えを頂いて、この大会を開催する運びになりました。
私ども地方議員の会も後援をしております。
この会場にも地方議員の方お見えでございます。
まさに人権侵害の最大の問題であります。
国家主権侵害の最大の問題であります。
この拉致被害者、全員を救出しなければなりません。

私ども地方議員の会においても、度重ねてこのために何が出来るか?ということで、出来ることはすべてやっていかなければならない。
そこから解決の糸口を見出したい。
そんな思いで今同志が結集して、既に100名近くの議員の皆様方が参画を頂いております。

時あたかも自民党の総裁選挙がこの9月20日に投開票されて、多分安倍政権が誕生すると思います。
ならば一番にこの事について心を砕いて頂いているのが、安倍晋三さんでございますから必ずや一条の光が見えるようにですね。
具体的に一つ一つ解決に向けて動いて頂ける、その環境作りの為に努力をいただけるものと確信を致しております。
私も自民党の議員の一員でありますから、地方からもその声を続けて行きたい、いうふうに考えております。

実は拉致議連の幹事長の西村眞悟先生。
そして特定失踪者問題の代表の荒木和博先生。
そして私どもの同志であります、三宅(博)八尾市議会議員。
全国のこの地方議員の会の副会長をなさっておられます。
私どもも全力を尽くしてこの問題の解決に向けて尽くしていきたいと思います。

今、しかし最も心を砕いて頂いているのは、天皇・皇后両陛下ではないかと思います。
毎日宮中三殿で祈って頂いておりますが、9月6日に秋篠宮殿下ご夫妻に親王様がご誕生いただきました。
しかし、多分この問題が解決しない限り、天皇・皇后両陛下のお心も晴れないと思います。
そのことにやはり国民の皆さん方お一人お一人が自らの問題としてこの問題を留めて頂き、家族の一員だと言うような思いで、どうぞ日々の私の祈りと言うか、そのエネルギーを結集する事が一番大事ではないかと思いでございます。

どうか今日、お越しを頂いた方が、一人でも多くの方にこの事をお伝え頂いて、毎日必ずや全面解決に向けて、この問題を解決するんだと言う意思をですね。
荒木さんがいつの集会か忘れましたが、その話の中に歴史に我々の意思を刻むような、いうようなお話を頂きました。
どうか今日お見えの会場のお一人お一人がこの日本の歴史に、正しい歴史を守るようにその意思を刻んで頂きたいと思います。
皆さんの意思を結集する事によって必ずや全面解決に向けて動き出します。
どうぞ宜しくお願いを申し上げまして、ご挨拶とさせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.9.10 迫田茂雄大阪ブルーリボンの会会長 大阪集会(1)エルおおさかにて

「関西地区における拉致被害者の現状を知る」集会
06.9.10 エルおおさか大ホールにて

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『迫田茂雄  大阪ブルーリボンの会会長 挨拶』

本日の主催を代表致しまして、一言御挨拶を申し上げます。
本日は大変蒸し暑く日曜日にも拘らず、このように多数ご参加いただきまして誠にありがとうございます。
私たち大阪ブルーリボンの会は、北朝鮮に拉致されその拉致被害者を救うために、その輪を大阪府民に広める為に3年前に設立致しました。
現在大阪ブルーリボンの会員は100名を超えております。
大阪市民のボランティアの会員により現在も活動を続けております。

今回の大阪大会は6回目の集会となりました。
特に今回の集会はあまりマスコミなどに取り上げられていない特定失踪者の実態を知っていただく為に、関西だけでも53名の方がいらっしゃる中から、本日は5名の皆さんにご登壇頂いてこの後お話を賜ることになっております。
日本政府はこれまでに何度かこの拉致問題を幕引きをし、北朝鮮と正常化会議って言うんですか?
協議をしようと致しました。
しかしその度に、長い間粘り強く活動してこられた家族会の皆さんやその支援団体、あるいは幅広い国民の世論によって阻止されました。
大阪においても我々ブルーリボンの会は、いくらかお役に立ったんじゃないかな?と自負をしております。

しかし、それ以上に本日参加をいただいております市民の皆さんの後押しと言うのは、大変心強く感じます。
この時期に至っても北朝鮮の拉致をまだ応援している国もございます。
それから国内においては、この大犯罪を利用した国会議員もありました。
皆さんこんな状態の中で拉致問題は解決するんでしょうか?
我々は出来ない事は無い、その様にみんな確信して活動しております。
しかしそのためには国民を上げて政府に対して、この拉致、責任をどこまで追及できるか?
そして北朝鮮に対してはこれまで以上に幅広く、もっと早く完全に経済制裁をすべきだと思います。

どうか皆さん、今こそ一人一人の力は本当に小さいですけれど、その力を一点に集中し国民の声としてアピールしようではありませんか。(拍手)
そして我々と一緒にこの拉致問題が完全に解決するまで一緒に行動しようではありませんか。(拍手)
本日は本当にお忙しい所、この集会にご参加いただきまして本当にありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする