2005年04月02日

横田めぐみさんを救うぞ!東京集会(1) 04.10.14(木)友愛会館にて

『横田滋さんのお話』

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皆さん、こんばんは。(会場よりこんばんはの声)
お忙しいところをお出でいただいてありがとうございました。

めぐみは東京オリンピックが始まる直前の昭和39年の10月5日に生まれました。
その日は朝早くから早紀江の方に陣痛があって、あんまりタクシーも通ってない時間だったのですが病院に入れました。
名古屋の聖霊病院と言う名前でキリスト教関係の病院でした。
それで銀行に行って休暇届を出したんですけど、それからカメラ等を持って病院に行きました。
もう、生まれているかと思ったんですが、まだまだその時は落ち着いていまして、夕方になってやっと生まれました。
非常に大きい子供で、女の子で例えが悪いんですけど、金太郎さんのような感じの女の子でした。
私は女の子を望んでいましたので、すごく喜びました。

家に帰ってからも非常に元気な子供でしたのですが、いろんな病院に行きました。
病院に行ったと言うのは、ひとつは大きすぎたので生まれる時に首のところに斜頸って言われましたんですが、筋肉にしこりが出来たり、整形外科でマッサージなどしました。
それ以外は目を爪で怪我して眼科に行ったり、階段から落ちて外科に行ったり、ガラスを足で踏んで切ったり、元気なためにいろんな病院に行きまして、精神科と産婦人科以外は全部行ったと言われるくらい、病院には通いました。

めぐみが生まれましたのは名古屋ですが、1歳ちょっとで東京に転勤になりました。
住んでいた所は品川の大井6丁目で、皆さん京浜東北線で大森貝塚が大森と大井町の間にあるのをご存知だと思いますが、あの近くに住みました。
そこに6年間過ごした訳なんです。
幼稚園はウノ学園、小学校は大井第一小学校へ行きました。
近所の方はほとんどは近くのお寺の幼稚園に行きましたが、丁度その時は下の弟が生まれておりましてとても送り迎えが出来ないので、通学バスが迎えに来てくれるというのでそこの幼稚園を選びました。

非常にしっかりしているもんですから、学校の先生が何か話をしても、お子さんによっては帰ってからお母さんが話を聞いても良く分からない時は、めぐみさんの所へ聞きに行けば分かると言われるくらいにしっかりした子供でした。
小さいときから本を読むのが大好きで、童話の本なんかを読みますとすぐに覚えていました。
話すときには「えーと」とか「あのー」とか言わないで、本当に本の通りをきちんと何も見ないで読んで、そういう点では割に理解力は小さいときから優れておりました。

銀行のアパートに住んでいたわけなんですけども、そこの庭に大きなガマガエルを捕まえて手ぬぐいに包んで持ち歩いたり、そのころは乗用車などを乗ってる方はあんまりいなかったんですが、屋根の上に載ってトランポリンみたいにポンポンと跳ねて、屋根が潰れてしまった。(笑い声)
中からポンと押したら戻ったんですけども、非常に活発な子供でした。続きを読む


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