2006年09月27日

チーム安倍

安倍内閣の第一印象はこんな感じでしょうかね?
知名度よりも能力を優先し、フレッシュな人材を積極的に登用したと言う印象。
麻生外務大臣をはじめとする国家観・歴史観・政策などの考えが近しい人材を登用したというところなども、まずはこの内閣が目指す方向性をきちんと示してくれたようで好感を持ちました。
小泉人事も派閥の論理に囚われない人事だと言われはしましたし実際そのとおりだったとは思いますが、適材適所という観点から見れば、どこか行き当たりばったりと言う印象は拭えなかったように思います。
その意味では、今回の組閣、まずはそれぞれの専門分野の仕事の出来る人をきちんと配置したのでは?と思いますし、拉致問題を支援する当Blogとしては首相補佐官に中山恭子氏が就任したこと、官房長官と兼任とはいえ拉致担当大臣が置かれたことも素直にプラス評価したいと思う。

小泉政権の5年半は、確かに過去の政権と比べればはるかにまともな政権であったと思います。
ですが、まともな政権=全うな政権といえたのかどうか?
誤解を恐れず正直申せば、ここには比較のマジック、と言う落とし穴があったのではないでしょうかね?
小泉以前があまりにも酷かったため、拉致問題などを通して自国のあまりにも悲惨な現実に目覚めた日本人の目には、「小泉さん程度の政治」でも酷く眩しく見えてしまったという点はありはしませんか?・・・と言うこと。

拉致問題に関して言えば、金正日に拉致を認めさせ、5人の被害者とその家族を取り戻したのは輝かしい功績であることは言うまでも無い。
そこは私も過去のエントリーにも書いたとおり、プラスの評価をしております。
しかし拉致問題に関して言えば、では小泉さんは任期中、被害者奪還のため出来うる限りの策を講じたのか?と言えば、それは素直には評価しにくい面があるのも事実でしょう。
制裁がなかなか発動されないのには、何か裏事情があったのかもしれないとしても、それでも国内的に出来ることはたくさんあったはず。
当Blogでも何度も主張したように、スパイ防止法などの国内法の整備・拉致担当大臣の設置・政府主導による拉致被害の実態調査など、小泉さんが積極的にリーダーシップを発揮すれば着手出来るはずの策さえ、ほとんど何もしなかったと言う面は否めますまい。
何よりも総理から「一人残らず拉致被害者を救い出す」と言う強い姿勢が公式に示されなかったことも私はとても残念に思っています。

小泉さんが自分の信念を曲げないことを良しとして評価する向きは多かったです。
私も小泉さんのぶれない姿勢と言うものは概ねプラス評価をしているのですが、拉致問題に限っては、どうも9・17の頃の「はじめに国交正常化有りき」というところで頭が凝り固まってしまい、良くも悪くもそこからぶれないまま最後まで来てしまった、と言う印象もあります。
ぶれないことは確かに良い事には違いないですが、何でもかんでもぶれなければ良いと言う物でもない。
少なくとも拉致問題に関しては、小泉さんのぶれない姿勢が逆に仇になった面は否めないとも感じます。

しかし、小泉政権という時代を経なければ、安倍政権と言う今の現実もおそらく有り得なかった事。
腹黒い政治家たちが相も変わらず利権政治・金権政治に明け暮れ、拉致問題などいまだに闇に葬られたままだったかも知れないと思うと、不十分とはいえ小泉政権と言う時代が存在したことを肯定しないわけには行かないだろう、と私は思うわけです。
日本人の多くが政治に目覚め、日本が全うな国として成り立つための通過点として、小泉時代と言うのは歴史の必然だったのかもしれない。
小泉さんの5年半の評価がどうであれ、国民は政治に目を開いたのです。
それゆえにこれから更なる結果を求められる安倍政権にかかる期待の重さは、小泉時代のそれとは比較にならぬとも思うのですが。

安倍さんは、少なくとも小泉さんよりは拉致問題に対して強い関心を持つ人です。
歴史観・国家観などに関しても、私は小泉さんよりは安倍さんの方にはるかに信任を置く。
ゆえに、私は安倍さんに対し小泉さんのような派手なパフォーマンスは求めません。
安倍さんに求めたいのは結果です。
成果です。
拉致問題で言うならば、とにかく一刻も早く被害者を奪還して欲しいわけで、そのために地道であっても誠心誠意職務を全うされることを私は強く希望しています。

とにかくも小泉さんの5年半は終わり、安倍政権の政治がスタートします。
小泉さんの是は是非は非とし、小泉政権の5年半で学んだ物を安倍政権の今後を見定めるために生かしたいと思う。
安倍さんはおそらく小泉さんのような派手なパフォーマンスはしないでしょうから、国民の側も目先のサプライズに惑わされること無く、じっくりと安倍政権の政策の是非を見極める強かな目を持ちたいものだと思います。
そして当Blogの宿願である拉致被害者全員奪還を果たすためにも、私は安倍政権の良き応援団となるべく精進したいと思っています。
posted by ぴろん at 00:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

安倍政権誕生・・・良き応援団になる為に

先ほど、自民党総裁選の結果が出ました。
予想通りの安倍さんの当選。
正式には自民党の総裁に決まっただけで、まだ総理の座に付いたわけではありませんが、実質安倍政権の樹立は決まった事、として本日のBlogを書き起こします。


率直に言って、安倍政権の樹立は拉致問題解決にとって最初で最後のチャンスだと思います。
現実的に見て、安倍さん以外に拉致問題に取り組む政治家はいないのです。
安倍政権がこけたら後がいない。
そのシビアな現実をまずは抑えておく必要はあるかと思います。

安倍政権が今後拉致問題解決に関してどれだけの手腕を発揮できるかは、正直未知数です。
なぜなら、勝ち馬に乗るべく、安倍さんとは政治的主張を異にする政治家もしたり顔で安倍さん支持に回っていると言う現実がありますから。
下心一杯の海千山千の議員相手に安倍さんは独自色を貫けるのか?
それは蓋を開けてみなければ、なんともいえないと言うのが、偽らざる現実だと私は思っています。

一昨日の南越谷集会でも講師の荒木先生は、安倍政権の樹立は拉致問題にとってチャンスであるが同時にピンチでもある、と指摘していたのが心に重く残ります。
また先日の大阪集会で西村眞悟議員が、「国会内での拉致問題への関心は急速に去っている」と言う指摘をされたのも気になります。
実際身近な所で感じる拉致問題への関心度は、このところずるずると萎んでいる感は私も否めない。
国会議員の拉致に対する関心が無い、ということは議員の先生方はもやは拉致は選挙に影響しない・拉致では票は稼げない、と踏んでいると言う事ですよね?
それはつまり、有権者のこの問題に対する関心度が薄くなっていると言う何よりの証しでは無いでしょうか?

9.17のエントリーに書いたように、拉致被害者救出運動は本当の意味で国民運動には成り得ていないと思います。
無論、一般国民の間にも、広く薄く心の奥深くにそれなりに関心はあるとは思いますが、すでに拉致はもう過去のことであったり他人のことになってしまっている人たちも少なからずいる、と言うのが世論の実態のように感じるのです。
その意味で世論の関心度という点から見ても、この安倍政権の今を逃して、拉致問題を解決するチャンスは無いのではないか?
また、不謹慎な話ですが、万が一拉致問題の関心度をかろうじて引っ張っているご家族の身に何事かあれば、その時点で国民のこの問題に対する意識は、The Endになってしまう可能性もあると思うのです。


安倍政権樹立に関して、拉致被害者家族の期待値は大きく膨らんでいる様子とか。
その期待がはじけて失望に変わったとき、ご家族がどこまで忍耐出来るのか?が今の私の最大の心配事です。
こちらの期待通りにポンポンと事が運べば問題は無いけれど、安倍さんと言えども、そう簡単に物事を動かせない・結果を出せないと言う場面に直面する事も十分考えられます。
その時に、こちらがどれだけ冷静になって状況分析をする事が出来るのか?辛抱する事が出来るのか?が問われてくると思う。

こちらの期待値が大きすぎる分、ちょっとでも安倍さんが躓くと、「安倍さん約束が違うじゃないか!」と裏切り者呼ばわりをし、後ろから罵倒するような不心得者が出ないかと懸念します。
小泉政権もその樹立の時には高い人気と支持を得ていました。
しかし拉致問題に対する小泉政権の不手際を見た一部の支援者の中には、人気の裏返しで激しいバッシングに打って出た人も少なくありませんでした。
その意味では私も余り偉そうな事は言えませんが・・・(^^ゞ

しかし、その過ちを安倍政権でも繰り返す事態になったら何とするのでしょう?
小泉叩きの向こう側には、安倍さんと言う保険があったからこそ安心して小泉叩きに精を出せたかもしれませんが、今度の安倍政権がずっこけたら、代わりはもういないのです。
安倍さんに大きな期待を抱くのは構いませんが、その期待が大きすぎるがゆえの反動を、私は今一番懸念するのです。

その懸念を払拭する意味でも、家族会あるいは救う会の人たちも、私たち一般の支援者も、ここで一度小泉政権の総括をした方が良いんじゃないでしょうかね?
小泉政権を批判しっぱなしで終わるのではなく、評価すべき所は素直に評価するといった作業をする事によって、家族の方々も支援者の私たちも、少しは冷静に政治の現実に向き合えるようにも思う。


小泉政権の5年間について、その評価に賛否はいろいろあると思います。
今、小泉政権の5年間を冷静に総括するならば、やはりそれなりのプラス評価は出さなければならないでしょう。
などと書き出すと、お前はやっぱり小泉信者!と反小泉の方々からは揶揄されるかもしれませんが・・・(笑)
でも小泉政権の総括に限らず、物事は何でも功罪半ばするものです。
一つ気に入らないことがあると、何でもかんでも全部否定する全部バッシングするといった狭い思考では、真っ当な政治家などいつまでたってもこの国に育つはずもありません。
是は是、非は非として、冷静に分析評価する姿勢は、いつ何時でも必要不可欠だと思っています。
だから、私は今安倍政権の樹立に安易に狂喜乱舞するのではなく、小泉政権の5年間で私たちは一体政治の何を学んだのか?を考えてみる事は大事だと思うのです。

さて当Blogは拉致問題を支援するBlogですので、拉致問題に絞って小泉政権の5年間を私なりに振り返ってみたいと思います。
遡る事5年前、まずは小泉さんか橋本さんかと言う選択を迫られた総裁選挙において、私たちに小泉さん以外の選択肢は無かった、という事になろうかと思います。
あの時、もしも橋本さんが総裁の座にあったとしたら、拉致問題は今日の進展を見せていたでしょうか?
拉致問題は拉致疑惑のまま、いまだ国民の関心事にもならず、人知れず闇に葬り去られたままだった、と言う可能性もありうると思う。

・・・と言う一点を考えても、あのとき小泉さんが勝利したからこそ、今があるという歴然とした事実は押さえておかざるを得ないでしょう。
また小泉政権が安倍さんを幹事長や官房長官などの重責に引き立ててくれたからこそ、国民的な認知度も上がり今度の安倍総裁の実現という流れもあるのです。
小泉さんあっての安倍さんだったと言う動かしようの無い事実に関しては、反小泉を標榜する向きも、そこは素直に認めるべきではあるまいか?と思う。
確かに小泉政権の拉致問題への取り組みに不満は多々あります。
迅速で毅然とした姿勢が示されない事に私個人も苛立ちを感じましたし、やる気が無いならやる気のある人に総理の座を代わって欲しいと思った事もありました。

でも政治の世界は、そんなに簡単に一筋縄ではいかないのです。
その事を、私は小泉政権の拉致問題に取り組む姿勢から学びました。
誰が総理の座にあっても、この問題は国家の責任によって解決されなければならない。
だから、郵政選挙後は、ただ何とかの一つ覚えのように小泉批判に終始するのではなく、とにかく小泉さんしっかりやってくれと、良い意味でハッパをかけるためにも世論の喚起がより一層必要であると、私なりにごまめの歯軋りもしてきました。

9.17で独裁者・金正日に拉致を認めさせた事実。
5人の被害者をその家族をとにかくも取り返した事実。
安倍さんを次期総理を継ぐ者として引き立ててくれた事実。

これらのどれをとっても、小泉政権を批判するには当たらない。
もしも小泉さんの5年間でこれらの事実が成し得ていなかったら?
いまだ日本の政治は闇の中であり、今日の高い政治意識を国民が持つ事もなかったわけで、その一点を考えても小泉政権の5年間には存在価値があったと、私は素直に評価します。

小泉政権の5年間で、私たちは何を学び何を教訓に出来たのか?が、安倍政権のこれからを支える私たちに問われて来るのだと思います。
繰り返しますが、安倍さんの拉致問題へ期待の反動として、思うように結果が出なかった場合の不平不満が彼への罵倒・バッシングにすり替わる事態になれば、この問題の解決の可能性は永遠に消える、と言う事でもあるかと思います。
安倍政権においての拉致問題への取り組みは安倍さん本人だけでなく、支援者の側も真剣勝負であるということ。
その現実を心に留めて、拉致問題を早期に解決する為にも、私たちは安倍政権の良き応援団になりたいものだと思っています。
posted by ぴろん at 17:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

閑話休題・・・靖国神社への総理参拝に対する私の所感

テキスト化のペースが間延びしています。
お待ちかねの皆さんには、お待たせばかりで申し訳ない・・・(^^ゞ
暑くて集中力が続かないとか、お盆期間中は雑用に追われて時間の確保が難しいとか、抱え込んでいるテキストネタの残りが後わずかなのでついついのんびりしてしまうとか、いろいろ理由はあるんですけどね。

ここ数日の靖国参拝に絡むマスコミのはしゃぎっぷりは酷かったです。
あそこに特攻の叔父の英霊がいる身としては、とても心穏やかに過ごす気にはなれないというのも正直な所で、それがまた根気のいるテキスト化作業に集中できず、余計な時間のかかる遠因となった感もあります。

国のために命を捧げた御霊に対し、国の責任者たる総理が参拝するのは当然のこと、というのが私の意見です。
なので、何をそんなにカッカカッカとマスコミ各局は加熱報道を展開するのか?
私には分かりません。

毎度の事ですが、8月15日のように混雑極まりないと分かっているときに、私は靖国参拝を致しません。
理由は、何しろ落ち着いて心静かに参拝する事が不可能だから。
私は15日は、一日中マスコミの過剰報道をあえて見ないようにしていました。
分かりきっている電波を浴びて、これ以上不愉快な気分になりたくは無かったので。
でもそうはいっても総理が会見でどういう発言をしたのか?とか、総理の参拝を追いかけてヘリで靖国上空を空撮する報道機関もあったとか、そういった情報は嫌でも耳に入ります。

しかしねぇ・・・たかが総理が参拝をするだけで、何でヘリまで飛ばしますかね?
それも官邸の出発から靖国までの道筋を延々中継した局もあるとか?
過激報道もここに極まれり・・・呆れて開いた口が塞がりません。

靖国についていろいろ意見があるのは良い。
ですが、あの九段の社には戦争で非業の死を遂げた幾多の御霊がお祀りされている神聖な場所なのです。
それを上空から空撮まで決行するとは・・・マスコミのはしゃぎっぷりはその神聖な場所を土足で踏み荒らすに等しい行為ではないのですか?
靖国に対して何か物を言うならせめて、英霊たちが祀られているあの社とは違う場所にして欲しい。
それが英霊たちに対する最低限の礼ではないのですか?

靖国の御霊は誰のために命を捧げたのか?
その犠牲の上に今の日本が成り立つことを思えば、例え思想信条の違いはあれども、まずは英霊に対する最低限の礼儀を示すのが人間としてのあるべき姿では無いのか?と私は思います。
議論をするなら、まずはその最低限の礼を尽くした後のこと、でしょう。
傍若無人な行為を振りかざし、遺族や関係者の神経を逆撫でしておいて、言論の自由も報道の自由もへったくれもないだろう、というのが15日の靖国関連報道に接して感じた私の思いです。


総理参拝を受けて、大はしゃぎする一部保守派の有り様にも違和感を感じました。
マスコミが繰り出す偏向報道や自虐史観に辟易している保守派から見れば、確かに今度の総理の参拝は快挙なのかもしれません。
でも一部の保守派のはしゃぎっぷりを見て、ちょっとそれは違うんじゃないの?と言う小さな違和感を感じたのも事実なのです。

確かに小泉参拝は、多くの日本人にとって靖国とは何か?を考えるきっかけになりました。
中韓両国の異常なまでの反日政策をあぶりだすきっかけにもなりました。
過去歴代の総理たちの行動が、如何に日本国としての尊厳もプライドも何も無い土下座外交であったか?も白日の元に晒される事になりました。
でも、それらも結局の所、今回の小泉参拝は日本が真っ当な国へと脱皮する為に「小泉さんがホンの少し先鞭をつけた」だけに過ぎないのではないでしょうか?
小泉参拝をもって、中韓両国の反日政策がぴたりと止まるわけでもなし。
はしゃぎたくなる気持ちも分かるけど、そこは冷静に事の次第を見極めるべきではないのか?と言うのが私の感じた率直な思いでもあります。

今回の小泉さんの参拝を受けて「今後は靖国を外交カードに使えなくなる」とか「国内の反日勢力の崩壊だ」と言った論調も見かけました。
でも、事はそんなに単純なものなんでしょうか?
確かにマスコミの欺瞞は多くの人の知る所であり、以前ほど簡単に世論の側も騙されなくはなりました。
でも、そもそもA級戦犯が何なのか?サッパリ分からないで、ここ暫くの靖国騒動を見ている人もいるわけです。
という事は、マスコミの洗脳報道がまだ幅を利かせる余地はあると言う事。
そこの所も、ちゃんと押さえて冷静に世論の動向を見ないといけないんじゃ無いでしょうか?


それと、ここからはご訪問の読者から誤解や反発を受ける事を覚悟の上で書きますが、そもそも靖国とは小泉総理の言うような「不戦の誓い」を立てる場所なんでしょうか?
平和も国防も憲法9条のような絵空事だけを唱えているだけでは、もはや担保されない事を多くの国民も意識し始めていることであろうと思います。
日本の国益や未来、安全保障、国民の生命と財産を守るために、私たち国民が『腹を括って覚悟するべきこと』とは何なのか?
そういう根本的な問題について、そろそろ日本人も現実を見据えて論じるべきじゃないのかな?
でも今度の小泉参拝を受けて、そこまで言及しているBlogやサイトは私の知る限り皆無に近かったんじゃないか?と思います。
サヨクはともかく、保守派の面々といえども、まだまだ『腹を括って覚悟する事』についての認識は浅いのか?
不戦の誓いの先にある、最悪の場合日本はいかにして国を守るのか?といった現実的な思考を深める段階には到達していないのかな?とも感じたのですが。

いくら日本が「不戦の誓い」を立てても、近隣諸国の国々に我が国のそれと同じ意思が無ければ紛争は必ず勃発します。
現に竹島は韓国に奪われ、北方領土はロシアに奪われ、ガス田は中国に奪われ、多くの日本人が拉致被害者として北朝鮮に奪われているのが、現在の日本の姿です。
ただ単にドンパチをやらない事が平和の真髄なのか?
取り合えず我が身が安泰であればですね。
多少国土が奪われようと、資源が奪われようと、同胞が奪われようと、我関せずを決め込んでいても良いものなのかどうか?

最近の日本人は少しずつ目覚めつつあるとは思います。
でもまだまだ幻想の海を漂う人も少なくは無い。
その現実もシビアに見つめた上で、それでも日本の国益や平和や安全保障を担保するために、痛みを伴う覚悟を我が身に引き受ける決断を自覚し、議論し、説得する時期が迫っているのではないのか?とも思う。

戦争なんかしないに越した事はありません。
でも後生大事に憲法9条を唱えていれば平和は担保されるのか?
ありとあらゆる手段を行使し、それでもどうしても止むを得ざる状況に追い込まれた場合は、国を家族を守るために、歯を食いしばって血を流しても戦う場面もあるのではないか?と思う。
それを踏まえたうえで、いざ国難となったその時に「私たちもあなた方の決意の後に続きます」と大勢の御霊に対し誓う場所が靖国である、とも私は思っています。

ま、こういう事をおおっぴらに書いたら、やれ軍国主義者だの好戦家だのと私は激しく揶揄されるんでしょうかね?(^^ゞ
でもですね。
我が身を切ってでも最悪の事態に備えるという痛みを伴う覚悟も無しに、A級戦犯分祀だの無宗教の追悼施設の建設だのといった議論はどこか浮ついているというか的が外れているようで、なにやら微妙に居心地が悪いのです。
私は決して戦争を賛美するものではありません。
がしかし、戦争その物を嫌悪する余りに、国を守るために最低限必要な準備や覚悟についてスルーしっぱなしだったのが、戦後61年の日本の姿ではなかったか?とも思う。
戦後61年間日本は平和だったというけれど、国防というある種の毒をアメリカの軍事力に依存し、自分の手は汚さないできれい事だけでやり過ごしてきた「かりそめの平和」に過ぎなかったのでは?とも思う。


小泉さんが参拝の理由として「不戦の誓い」を上げるのは、それがこの国の現在の世論レベルを反映しているから、とも言えるかと思います。
安倍さんが15日に参拝せず、また総裁選に向けて靖国に対する態度を保留していることについて、反発の意見表明をしているBlogも見かけましたが、この件について安倍さんばかりを責めるのもいかがな物かと思う。
確かに私も安倍さんには靖国に対するご自分の所信を明らかにして欲しいとは思うけど、それを言った所で世論の側がその真意を正しく認識できますかね?

例えば、「命をかけて国を守る事が必要な場合もある」などと主張すれば、イデオロギーの左右を問わず憤死しかねない人が、まだまだ多数派を占めているのが日本の現実ではないのか?
祈っているだけでは平和は実現しないことを多くの日本人は意識し始めてはいるが、では血を流しても国を守る覚悟はあるのか?と問われれば、そこまで腹を括って覚悟を決めている人はまだまだ少数であると思う。
それが現実の日本の世論では、小泉総理または総裁候補の安倍さんが靖国について語る言葉がなにやら曖昧模糊としてしまうのも、致し方ないと私は思う。

国民は結局自分達のレベルに相応しい程度の政治家しか持つ事が出来ないのです。
特に保守派の面々が自分達の描くような真っ当な国を作りたいと思うなら、まずは自分達が率先してきれい事の先にある痛みについて、己の覚悟を決める思考を深めるべきかと思う。
そういう世論が形成された時、私たちは私たちの望むような、真っ当な政治家の出現を見る事が出来るような気がしています。
その意味で、今回の小泉参拝にはしゃぐ一部保守派の認識はまだまだではないの?と感じる次第。
相変わらず左の色眼鏡でしか物を見られないマスコミは論外としても、保守派の面々も左寄りマスコミを揶揄できるほどのレベルに自分の覚悟は定まっているのか?と私は感じています。
posted by ぴろん at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月30日

泣いて馬謖を斬るべし

本業がようやく峠を越しました。
さて、たまりにたまった集会テキストにさっそく取り掛かろう!と意気込んでPC開いたら、あららのら。
西村眞悟事件はまだまだ沸騰しておりますね。
この一件に関してはすでに自分なりの見解を書き上げましたし、それで良しとするつもりだったのですが、ちょっと気になる傾向もみられますので、もう少し補足の意見を述べさせていただこうと思います。

「西村眞悟逮捕もやむなし」の一報を聞いたとき、真っ先に私の脳裏をかすめた心配事があります。
西村氏は拉致問題に関る人たちの間で絶大な人気があり、信用があり、また実績もあります。
それゆえにこの逮捕劇を受けて、西村びいきの情に流されて冷静な判断力を失う人が少なからず出るだろう、と言うことを実は大変危惧していたのです。
残念ながら、その予想はキッチリ当たったようですね。
日本人は良くも悪くも優しいのでしょう。
そして時に甘くもある。
しかしその身内への甘さゆえに問題の本質を見失うとトンデモな事態になること、無きにしも非ず。
情が深いのは結構なことなのです。
が、情に流されるあまり物事にけじめが付かなくなるのは、やはり自重するべきではないか?と私は思うのですけれども・・・

西村氏逮捕は陰謀だとか、色々言ってる人もいるようですね。
非弁活動なんて誰でもやってる事なのにどうして西村氏だけが逮捕なのか?とか。
金は政治活動に使ったのであって、自分の贅沢に使ったわけではない・・・そういう意見も散見しました。
ちょっと待ってください。
意見はそれぞれあっても良いとは思うけど、西村びいきが度を越して「是々非々の判断力」を失ってはお話になりません。

逮捕後の西村氏は容疑を素直に認めているとも言います。
であるならば、事の仔細が仮に陰謀であれなんであれ、まずは本人が容疑を認めているという事実を、私たちは正面から受けとめねばなりません。
陰謀であろうとも脇が甘かろうとも、そもそも容疑事実に関る失態さえ犯さなければ、今度の事件は騒ぎになりようが無かったのです。
その事実をまずは冷静に受け止めるべきだと私は思います。
周囲の者が余りにもじたばたじたばたと醜態を晒せば、世間の覚えもよろしくありません。
それでは隙あらば救出運動を潰したいと思ってる連中の思う壷になる恐れもあるかと思います。
罪は罪として西村氏には潔く償ってもらう・・・そしてその後は再び拉致問題に取り組んでもらう。
それで良いではありませんか。

西村氏が家族を始め多くの支援者の期待を裏切る結果となった今回の事件を、私は非常に非常に残念に思っています。
西村氏は国会議員として弁護士として、そして何よりも拉致問題の一支援者として、相応しくない行為をしました。
拉致議連の顔とも言うべき西村氏の今度の行為が、どれほど救出運動に悪しき色をつけたか?
真剣に救出運動に取り組む者であるならば、まずはその事を一番に思いを致さねば、支援者失格なのではありませんか?
逮捕を受けて、世論でもマスコミでも西村氏に厳しい論調が繰り広げられております。
ここで下手に西村氏をかばい立てすれば、救出運動そのものまで色眼鏡で見られる恐れもあるのです。

運動の屋台骨を守るためには、こちらの側も非情にならねばならないことも有ります。
我ら支援者がまずは一番に西村氏に対し、この問題の厳しく責任を問う姿勢を示さねば、いったい誰がけじめを付けるのか?
私たちの救出運動は、被害者を救い出すための運動。
西村氏を擁護する為の運動ではありません。
そこのところ、履き違えをしてもらっては困ります。
例え相手が拉致問題に功績のある西村氏であっても、救出運動の屋台骨を守るためには「泣いて馬謖を斬る」覚悟を持つ事も必要なのではないでしょうか?

一部には西村氏の今後を様々な形で応援したいという動きもあるようです。
その動きに私は反対するつもりはないし、それぞれのお考えでぜひ支援をされたら良いと思う。
しかしここでも忘れてもらっては困るのは、西村氏の応援と救出運動の支援はあくまでも別物である、と言うこと。
ここを一緒くたにしてごちゃごちゃにすると、今回の西村氏の失態を救出活動の側がまるで擁護しているかのように世間から誤解されかねない。
ここはやはりどんなに辛くとも、一線引いてけじめは付けるべき、と私は考えております。
支援者=西村びいきで支援者の枠をくくってしまえば、支援の輪は広がりようがありません。
今、西村氏に対して厳しい論調を張っている世論さえをも、支援の輪の中に取り込まねばならないと私は考えています。
そうでなければこの運動は、決して国民運動には成り得ないのだと言う現実も、どうかお忘れにならないで頂きたいのです。

西村氏は民主党を除籍処分になりました。
私はこれは妥当な処分であろうと受け止めています。
氏に対しては議員辞職勧告も出るようですが、これを受けるのかどうか?
そこはご本人の判断次第でしょうが、私はこの際キッパリと潔く身を処していただきたいと思っております。
下手に醜態を晒せば、復活の芽は遠くなるばかり。
世間の目も厳しくなるばかりですから。

それと民主党を除籍となれば、西村氏は無所属という事になります。
西村氏の知名度がいくら高いとは言え、小選挙区制の現在の選挙では、無所属での再選は限りなく難しくなるでしょう。
政治家としての西村氏の今後に期待する意見も拝読しましたが、現実問題それはどうなる事なのか?
西村氏が政治家として立ち続ける事もあるいは難しくなるのではないか?と私は受けとめています。
ですが、西村氏が政治家の立場であろうと一民間人になろうとですね。
今度の一件に潔く決着をつけた後は、一人の人間として、真摯に拉致問題に取り組んでくれる事を私は強く希望しています。
西村氏の存在が救出運動の表舞台から消える事は正直痛いです。
しかし西村氏一人消えたくらいで萎むような救出運動でも困るではありませんか。
こんな事件でいちいちヘタレている場合ではないと思いますので、尚一層、それぞれが出来る事を精一杯支援するより他にあるまいと思っております。

それと良い機会ですので、苦言ついでにもう一つ思うところを述べさせていただきたいと思います。
過去を振り返れば、救う会にも数々のスキャンダルがありました。
金銭問題も有りました。
西村氏の今回の失態は、決して対岸の火事ではないと思う。
この救出運動は多くの国民の支持と理解があって初めて成り立つ物なのです。
活動資金一つとっても、これすべて国民からの貴重なカンパ、なのですから。
私たちの思い上がった行動、あるいはうっかり発言が、万が一国民の反発を買うようになったらばこの救出運動は終わりなのです。
北朝鮮と言う悪と闘うはずの私たちの手が、万が一悪に汚れていたのでは、敵をねじ伏せる為の説得力がありません。
そこはこの際この教訓に学んでですね。
足元をすくわれないように、こちらもきちんと身ぎれい過ぎるくらい身ぎれいにしておくべきではないでしょうか?

西村氏は自ら墓穴を掘って、支援活動に支障をきたす有様となりました。
同じように救う会が墓穴を掘って、救出活動に支障をきたす事態に陥ってはならないのです。
支援者の私たちが、墓穴を掘って活動に支障をきたす事になってはならないのです。
公の場での言動から身の回りのあれこれ、特にお金の出入りに関しては慎重な上にも慎重であるべき、と心得ます。
posted by ぴろん at 04:24| Comment(8) | TrackBack(2) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

西村眞悟議員についての見解を・・・

ここにおいでの皆様には、すでにご承知のことと思いますが、民主党の西村眞悟議員が元事務所職員による非弁活動で逮捕も止むなしの状況に追い込まれています。
西村議員は拉致問題に熱心に取り組んでくれた数少ない国会議員の一人。
拉致問題を支援する当Blogとしては彼の功績を大いに評価しておりましたし、彼の存在に大いに期待もしておりましたし、信頼もしておりました。
それゆえに先の総選挙後の「小泉は狙撃されても良い」発言の際には、拉致問題に熱心な議員の顔である氏の言葉としては問題があると感じて抗議のメールを送った事も有りました。

今回の件は余りにも事が大きすぎて、狙撃発言どころの騒ぎではない。
少し状況を見なければうかつな事はいえないと模様眺めをしておりました。
けれども、いよいよ西村氏本人の逮捕も止むなしの状況となり、当Blogとしても今回の件について、私なりの見解を出すタイミングであろうと判断し、このエントリーを書いております。

まず一言で言って、非常に残念であると思っています。
彼の脇の甘さは以前より各方面から指摘のあるところですが、今回の件はそれが完全に裏目に出た格好です。
北朝鮮と言うテロ国家と闘う以上、己の身辺は身ぎれいにしておくべきだったし、公の場での発言一つとっても足元すくわれない様に慎重に言葉を選んでおくべきだった・・・
まず己の足元を固めてこそ、しっかりと敵と闘えるのだから、そこはキッチリしておいて欲しかったのですが。

西村議員にかけられた嫌疑が真実であるなら、弁明の余地は有りません。
展開によっては離党、最悪の場合は議員辞職も覚悟せねばならないかもしれません。
拉致問題がいよいよ切羽詰っている時にこれは正直痛い。
こういうときだからこそ、西村議員には国会の場でますます力量を発揮していただきたい所なのに、逮捕も止むなしの状況では逆に救出運動の足を引っ張りかねない危惧もありますから。
今西村議員を失う事の損失は測りかねないものが有ると思います。
逮捕まで至れば救出運動に悪しき色がつく恐れも無きにしも非ずです。
その他もろもろの影響を考えれば、今度の件、申し訳ないの一言で済むような簡単な話ではありません。

世間の誰もまだ拉致問題に何の関心も示さなかった時代から、西村議員は熱心にこの問題解決のため努力されてきました。
今彼がこのような状況に追い込まれたとしても、その事実・功績はいささかも消し去る事は出来ません。
しかしそれはそれ、これはこれ。
拉致問題でいくら熱心な活動をしてくれたからといって、今度の一件をチャラにするわけには行きませんから。
ですので当Blogとしては、情によって西村議員を擁護する立場は取りません。
この一件に関しては是々非々である、というのが私の現在の考えです。

今度の問題については、西村議員は法に従い正々堂々と、粛々と対処される事を望みます。
西村議員の拉致問題に寄せる情熱は本物であると今も確信しております。
ですからまずは全ての問題に正々堂々と決着をつけていただきたい。
そしてその後は、再び拉致問題について大いに活躍して欲しいと願っております。


★参考過去エントリー
「西村眞悟氏よりメールを頂戴しました」
http://piron326.seesaa.net/article/7482194.html

★参考リンク
荒木和博BLOG 「西村眞悟議員について」
http://araki.way-nifty.com/araki/2005/11/post_c2cf.html
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2005年11月07日

「世論」以外、私たちに有効な「武器」はあるのか?

テキスト化作業の最中に第3次小泉内閣の布陣が発表になりました。
拉致問題に関心を寄せる当Blogとしては、安倍さんの動向をまずは一番に気にしましたし、官房長官就任を歓迎する旨、意見表明もいたしました。
しかしBlogや掲示板などをぐるっと一周すると、この就任劇には賛否様々なご意見があるようですね。
ですので、改めて安倍さんの官房長官就任について、思うところをもう一度書いてみたいと思います。

官房長官就任は拉致問題解決の為にプラスになるか?マイナスなのか?
意見は色々ありますね。
官房長官は総理の懐刀であり、小泉さんの意見と対立する持論は展開しにくくなり事実上の安倍封じであるとか。
結局は安倍さんは小泉さんの尻拭いに追われるだけであり、だからこの人事には反対であるとか。
安倍さんは入閣を断って小泉さんとの対決姿勢を明確にするべきであったとか。
拉致議連の会長代行を辞任した事をもって、まるで裏切り者であるかのように言い募るご意見も目にしましたが・・・?
ふ〜〜む・・・気持ちは分からんでもないが。
そこまで考えがすっ飛んで行くとなると少しばかり悲観的になり過ぎてませんかねぇ?

あの・・・ひとつ忘れちゃいけないのはですね。
安倍さんは拉致問題を考える上で確かに頼りになる政治家の一人ですが、安倍さんさえ総理の座につけば拉致問題がバラ色に解決するわけではない、と言う点でしょうか?
過去にも何度も主張しましたが、トップの首一つ挿げ替えたくらいで何とかなるほど拉致問題はやわではありません。
総理が交代して安倍さんが今すぐ総理の座に着いてくれさえすれば、すぐにでも問題が解決するかのように思うのは、単純思考に過ぎるのでは?と思う。
国民世論で背中を押して安倍さんを「総理の座と言う名の二階」に上げるのは良いが、そのまま後は安倍総理にお任せ♪とばかりに「民意と言う名の梯子」を外されたらどうにもなりません。
安倍さんに本気でいい仕事をしてもらおうと思ったらば、一方で総理の座についた安倍さんをしっかり支えられる強固な国民世論を作り上げることも大事だと思うのだけど。

どうも日本人は今だお上意識が抜けないのか?
確かに政治や官僚の世界は、トップの意識が変わらねば下の者の意識が変わっていかない面もあります。
組織の硬直化が拉致問題の解決を阻んでいるのは事実です。
そこは私も認めます。
でも政治や官僚の世界って、総理の首さえ挿げ替えればガラガラポンで劇的に変わるほど、そんなに単純明瞭な世界なんでしょうかね?
政・官・財に食い込んでいると言う総連の裏工作は、そんなに甘っちょろい物なのでしょうかねぇ・・・???

冷徹に考えてみて、官房長官として入閣する事と入閣を蹴って平の議員でいる事の、どちらがより強く国政に睨みを利かせられるか?
仮に安倍さんが官房長官を断って、拉致議連の会長に就任したとして、それでどれだけ実際の現場で発言力を確保できるのか?
拉致議連の会長なんて、言葉は悪いけど所詮は単なるお飾り・名誉職でしかありません。
そんな軽い立場に固執したところで、果たして万が一の際の官邸暴走を食い止められるのか?
官房長官の存在感に比べたら、議連の会長職が及ぼす影響力など初手から比べ物にならない、と言うのが現実ではないでしょうか?
確かに官房長官は内閣のスポークスマン、これは小泉さんによる安倍封じではないか?と言う不安を抱く気持ちも分かります。
けれどそれを恐れる余り、安倍さんの入閣に不満を持って裏切り者呼ばわりまでしていたのでは、拉致問題のために骨身を削って働いてくれる政治家なんて一人もいなくなってしまいます。
それは拉致問題的に考えても、とても困った状況ではないでしょうかね?
そこはこちらの側も覚悟を決めて、小泉総理と安倍官房長官の有り様に今まで以上に睨みを利かせるより他、手は無いんじゃないでしょうか?

それと近い将来、安倍さんの総理就任をそれも長期安定政権を本気で願うならば、いまここで彼に実務経験を積んでもらう事も次の総理の座を狙う者としては、必要不可欠な通過点であるとも思うのですけどね。
総理の仕事は仮にも一国のトップを担う仕事です。
そこへいきなり実務経験のない安倍さんが総理の座についたとして、彼は果たして責任ある立場を全うできるのか?
閣僚未経験の若手が、ある日いきなりその座に就いて勤まるほど、総理の仕事は甘いものではないでしょう。
それに政治の世界は食わせ物の世界。
隙あらば安倍さんの足を引っ張って、次の総理の座を狙ってやろうと企む輩は必ず出てくる。
その手の煽りをかわす為にも、このタイミングでの安倍さんの入閣はそんなに悪い話ではないと思うのですけれど。
そして、ここが一番言いたいことですけれど、もしも安倍さんが今度の入閣で小泉さんに骨を抜かれる程度の器だとしたらですね。
仮に彼が総理に就任しようがしまいが拉致被害者救出も日本再建も、力量不足ゆえにハナから実現出来るはずも無い、と思うのですがどうでしょうか?

昨年の5・22からおよそ一年半。
良くも悪くも官邸の暴走を食い止めてきたのは、国民世論の拉致問題に寄せる意識の高さだと思う。
制裁発動に賛成する民意が70%もあれば、小泉さんとて迂闊に勝手は出来ない。
小泉総理の暴走を食い止めるにしても、あるいは問題解決の為に総理の尻を叩くにしても、私たちが使える有効な武器は、どう転んでも結局の所「世論」しかないじゃないか?と私は思います。
それを頼りないと思うか心強いと取るかは、ひとえに国民の側の意識レベルの問題でもあると思います。
泣き言を言ったり官邸の風向きに悲観的になっていても、残念ながら被害者は一人も帰っては来ない。
それが私たちの置かれた厳しい現実なのですから。

国民の民意を置き去りで官邸が国交正常化に舵を切ったらどうしよう?と嘆く暇があるならばですね。
拉致問題の真相を一人でも多くの人に伝え、支援の輪を広げる努力をしたらどうなのか?
いくら小泉さんのやり様が気に入らないからといって暴力的に、例えば刃物を持って官邸を襲って小泉さんに翻意を求める・・・何て荒っぽい手を私たちは使うわけには行かないのですから。
内輪もめしている暇があるならば、官邸に宛てて「勝手な暴走は許さない!」と言う監視のメールを送るなり、安倍さんに向けて「間違っても腰砕けになるな!」と応援メールを送るなりする方がはるかに前向き、ではないでしょうか。
posted by ぴろん at 15:55| Comment(0) | TrackBack(5) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

情けない国民に成り下がらぬ為に

昨日内閣改造人事が発表されました。
小泉人事に関して色々な意見が出ているようですが、拉致問題を支援する当Blogとしましても思うところをちょっと書いてみたいと思います。

まずは今回の人事、安倍さんの去就がどうなるか注目していたのですが、官房長官に起用との事。
この人事、私は歓迎したいと思います。
小泉になびいた安倍は、拉致問題解決の敵であるかの如く思う人もいらっしゃる様ですが、私はその考えをとりません。
以下、私なりの思うところを書き綴ります。

政治家と言うのは国会の中で指導力を発揮して何ぼの世界です。
その意味ではですね。
例えば拉致問題的に考えた時、いくら一本筋を通したとはいえ平沼氏の行動を私は過大に評価は出来ないのです。
むろん筋を通した平沼氏の選択を100%否定する物ではないし、氏の選択も見るべきところがあるのは承知の上であえて苦言を呈すればですね。
無所属議員の立場で出来る事には所詮限界があるし、同志を募ってミニ政党を立ち上げたとしてもそれでも出来ることには限界がありすぎる。
平沼氏が政界で発揮できる影響力は、今回官房長官に就任した安倍氏とは比べ物にならないのは、改めて説明の必要の無いくらい明らかなのは自明のことなのです。

ホント政治の世界って、食わせ物の世界ですよね。
単純一直線人間では本当に務まらない。
時には毒を飲み、煮え湯を飲み、強かに立ち回る面の皮の厚さも、政治家として立つためには必要条件なんだな、とつくづく思いますゎ・・・
その意味で安倍さんは強かだった、平沼さんは清廉潔白だった・・・という事になるのでしょうか。
ただしこの両名の選択を、どちらが筋が通っていたかと言う筋論だけ見ていたのでは、政治の世界で結果は取れないようにも思います。
果たして今後の政局で平沼氏は拉致問題解決のため力量を発揮できるのか?
結果を取ると言う事を考えた場合、平沼氏と安倍氏のどちらに期待を寄せるかといえば、自ずと答えは決まる物だと思うのですが。

元を正せばですね。
そもそもこういう悩ましい状況を作り出したのは、小泉さんの郵政にかける異常なまでの?執念だと思っております。
郵政一本で国会を引っかき回した小泉流を、私は今でも良しとは思わない。
郵政選挙の影で自民党から追いやられた政治家の中には、私が期待を寄せる有望な議員が何人もいました。
私は今でも何で郵政如きで解散総選挙に及ばねばならなかったのか?と言う疑問を持っているし、改革を止めるなと叫んだ小泉劇場の罠にあっさりハマって踊りを踊った一部の有権者に対し、少しばかりの不満も持っています。
しかしですね。
小泉憎しの思いが募る余り、小泉さんになびく者は皆敵であるかのように思い込むのはいかがな物か?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・これぞまさしく視野狭窄の真骨頂である、と思うのだけれども。

政治家とはそもそも公僕なのであり、日本国の主権者は私たち国民なのです。
国会議員に良い働きをしてもらおうと思ったら、まずは国民の側の意識も高めねばならない。
拉致問題で目に見える仕事をしてもらおうと思えば、世論を高めて政治家の尻をたたいてハッパをかけるくらいにならねば、どうにもならないと思うのですけれどね。
そうでなくても長年の平和ボケ・総連の策略などにより、政治の世界はかなり骨抜きにされているのだから。
政治の有り様を私たち国民の側に取り戻そうと思ったら、国民の意識を高めるより他無かろうと思うのだが。

その意味で、私は拉致問題解決のためには地道な様でも一人でも多くの支援者を増やし、理解を深める運動は重要ではないかと思うのです。
いざと言う時・・・まず考えられる一番のいざは、被害者を置き去りにして国交正常化へ舵を切ろうとした時ですが。
万が一政府が怪しい行為に及ぼうとしたその時に、私たち国民が毅然としてNOの声を上げられるのかどうか?
そこが日本国民の民度が試される場面であろうと思います。
被害者を見捨てて、かりそめの平和を貪るような情けない国民に成り下がらぬ為にも、強固な国民世論が形成できるように、足固めをするのは何より大事だと思っております。

小泉さんを必死にバッシングしてもですね。
拉致問題的に考えて、そこで何がしかの結果が取れなきゃ、それも単なる自己満足に過ぎぬと思う。
いくらトップの首が変わっても、それを支える世論の意識の方が変わらなくては、結局裏工作の勢いに負けてしまい結局何の成果も得られないという事になりはしないか?と。
腐りきった政治の世界を洗濯しようと思ったら、トップにはそれ相当の指導力が必要であり、国民の側にもトップを支える為の相当に高い意識が求められると思っておりますので。

それと小泉さんは後1年でお辞めになる方。
ポスト小泉に期待を寄せる者としては、次の人にこそ全力で拉致問題に取り組んで欲しいと願いますので、そのためにも今から揺るぎの無い強固な世論を形成するべく、支援を訴えるのは大事だと思っております。
小泉バッシングに入れ込む余力があるのなら、私は支援の輪を広げる方に力を注ぐ。
それだけのことです。
支援者の中には、なにやら小泉叩きをしないものは支援者にあらずと思い込んでいるお方もいるようですが。
そういう狭い考え方はいかがな物でしょうかね?
まぁ、小泉叩きに忙しい人たちに支援者として認めてもらうために、私は活動をしているわけでは無いので、どんなに変人扱いされようが痛くもかゆくもありませぬが。

誤解の無いように言っておきますが、私も本音は小泉退陣ですから。(笑)
けれど、一方で小泉さんを引き摺り下ろせば事足りるほど、拉致問題はやわじゃないとも思っています。
それに小泉バッシングをしようがしまいが、現政権の座にあるのは小泉さん。
指導力を発揮できるポジションにいるのは小泉さんなのです。
被害者救出に一歩でも近づこう思ったら、総理である小泉さんの尻をたたいて、少しでも問題解決のために働いてもらうようハッパもかけなきゃ仕方が無いとも思うのですけどね。
小泉さんが辞めるまで、拉致問題の山は1センチたりとも動かなくても良い、という物でもないわけですし。

その意味でも今回の人事で、安倍さんが入閣したのは大きな意義があると私は思っております。
小泉になびく安倍は敵だ!と悲観して立ち止まるのか?
それとも安倍さんの尻をたたいて、何がしかの結果を取ろうと思うのか?
どちらが拉致問題解決のための積極的行動なのか?考えたら良いと思う。
とにかく結果を取る・・・総理の座が誰であれ、被害者救出の為に汗をかいてもらう。
政治家の尻をたたくのは私たち国民の仕事です。
ともかくも嘆いているばかりでは何も動かないし変わらないのだから、しっかりと政治の世界に睨みを利かせるのがまずは大事かと思っております。

横田夫妻はこの人事を評価し期待もしておられます。
ご夫妻がどういう思いで安倍氏の官房長官就任を見つめているのか?
その事も支援者たるもの、冷静に考えたい物だと思いますが。
物事に100%の完璧はありえない。
ですから現状の中で最大限の効果の望める次善の策を選び取るのも、賢い選択・強かな選択であると私は思っております。
結果を取る為には支援者の側も時に毒を飲む覚悟が要るのだと思います。
きれい事ばかり・正論ばかり言い募り、100%の信頼か?100%の不信か?といった清廉潔白な筋論ばかりにこだわっていても物事は動かないし、結果も取れないとも思う。

私は安倍さんの官房長官就任を支持します。
同時に小泉内閣の中で安倍さんが腰砕けにならぬよう、睨みを利かせるのは国民のお仕事だとも思っています。
そのためにも世論の喚起、拉致問題の周知を求める運動は大事だと思うので、これからも自分に出来る精一杯の活動をするつもりです。
例えごまめの歯軋りでも被害者救出に少しでも近づくならば、立ち止まるよりも行動あるのみ、ではないでしょうか。
被害者を救えない情けない国民に成り下がらぬ為にも、それぞれがそれぞれに出来る事を行動に起すべきではないでしょうか。
posted by ぴろん at 12:06| Comment(0) | TrackBack(3) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

靖国参拝・・・

一晩経って昨日の事となりましたが、小泉首相の靖国参拝は各方面で相も変わらず結構な騒ぎようで。
昨日は靖国の上空にヘリが飛び、各局特番を組んでのお祭り騒ぎ・・・
何なのですか?あの騒ぎっぷりは?と言うのが私の率直な印象です。

あぁ〜〜ぁ、だから何事か行事のあるときに靖国に行くのは嫌なんだよなぁ・・・
特に例大祭とか、終戦記念日とか。
個人的に人ごみが苦手と言うのもあるけれど、それより何より不愉快なのはですね。
いろんな思惑を持った人がそれぞれの思惑で靖国に色を付けてですね。
靖国を自説を通す為の旗印に利用しようとしようと企む連中と、鉢合わせするのが嫌なんですよ。
そんな連中とうっかり出くわすと、こちらもおちおち参拝してはいられない。
心静かに叔父の魂と触れ合うことも出来ませんので。

イデオロギーだの歴史問題だのを絡めて、各人それぞれ思惑があるのはこちらも承知。
だがその前に、あそこには国家の為に尊い命を捧げた数え切れないほどの英霊の御霊がおわすことを忘れないで欲しいのです。
靖国が慰霊の場であると言う事を忘れてですね。
イデオロギーの色に染めて、喧騒の中に御霊を巻き込むのは不遜ではないか?と私は思うのですけれど。

今日も国会議員が例大祭に合わせて大勢参拝し、それを取材するマスコミが大挙して靖国に押しかけてますが。
彼ら取材陣は取材を始める前に、きちんと靖国参拝はしてくれたのでしょうか?
誰も何も突っ込まないけれどもですね。
まずは御霊に対し、謙虚に静かに礼節を尽くし敬意を払って頂きたい。
お祭り騒ぎするのはそれからにして欲しいと思うのですよ。

靖国参拝反対なら反対でも良い。
だが、国家の為に命を捧げた御霊の前で不遜な騒ぎを繰り広げられるのは見るに忍びない。
首相や議員にマイクを突きつけて、「公式参拝ですか?私的参拝ですか?」なんて質問は、どうか靖国以外の場所でしてもらえませんか?
マスコミ各位殿、ご検討をお願いいたします。

靖国は、御霊のおわす場所。
どうか彼らを静かに眠らせて欲しい。
靖国を喧騒に巻き込まないで欲しい。
御霊の前であの騒ぎっぷりは何なのか?
叔父の御霊に対し、私は申し訳ないのと恥ずかしいのとでたまらない気持ちです。
そういう思いで私は昨日からの一連の喧騒を見つめております。
posted by ぴろん at 15:22| Comment(1) | TrackBack(5) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

英霊は泣いている

ネット上ではあちこちで話題になっております、大阪高裁による首相の靖国参拝違憲“判断”。
何だかもう、言葉がありませんね。
靖国神社は国のために命を捧げた多くの御霊が祭られている所。
その御霊をお慰めすると言うたったそれだけの事に、なんでこうも大騒ぎをしなければならないのか?
どうしてこうも靖国を目の仇にしなければならないのだろう?

命をかけて守ったはずの祖国。
その祖国・日本が戦後60年の時を経た今、自分達の魂を祭った社を一国の首相が参るか否かでもめているのだと言う。
これでは英霊も浮かばれない。
心安く眠るわけにもいきますまい。
英霊の皆様方は靖国の社の中で、さぞかし嘆いていらっしゃる事でしょう。
いったい俺たちは何のために命をかけて祖国・日本を守ったのだろうか?と。

情けなくとも裁判は裁判である。
“判断”を“判決”のように言いくるめて、はやくも一部のマスコミは反靖国キャンペーンを展開、靖国を貶めるのに忙しい。
そんな世の中の風に流されて、靖国に対しておかしな色眼鏡で見る人も増えるのだろう。
首相の参拝反対、無宗教の追悼施設を即刻作るべし。
ましてや天皇陛下の参拝などもっての外・・・あぁ・・・

国のために命をささげた者の魂を慰める為に、一国の首相や天皇陛下がお参りするのは当たり前のことと思う私の感性は間違っているのか?
裁判を起した彼らには死者の犠牲に敬意を払うと言う謙虚な気持ちはないのだろうか?
命かけて国を守ると言う事が、どれだけの覚悟と決意を必要とするのか?
おそらく彼らの頭の中にはそのような配慮も思いやりも微塵もないのだろうね。

靖国には、沖縄戦で特攻で戦死した私の大叔父の御霊もいる。
敵艦目掛けて戦闘機もろとも木っ端微塵に散った大叔父の御霊は、今靖国の社でどんなに歯噛みしていることだろう。
申し訳がなくて、情けなくて、たまらない気持ちである。
死んだ人間のことなどどうでも良いとでも?
ただただ、今の世を生きている人間の都合だけが優先されれば良いとでも?

私は今叔父の御霊に合わせる顔が無い。

靖国の英霊は泣いている。
posted by ぴろん at 20:00| Comment(2) | TrackBack(2) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

反対意見を守ると言う事

私はあなたの意見に反対だ。
しかしあなたにはそれを言う権利がある。
私はその権利を命をかけて守る。

色々調べてみたのですが、どうもこれが正しい原文のようですね。
私はこの考え方が民主主義の基本をなす大事な考え方だと認識しております。
そして人と議論を交わす際、一番留意しなければならない事項だとも思っております。
総選挙雑感でもご紹介しましたが、元統一協会信者だったスティーブ・ハッサン氏の主張とも重なる部分があるかと思います。
もう一度彼の言葉を引用します。

原則として私は、カルトといえども、学生組織として守るべき行動のルールを明白に侵さないかぎり、大学のキャンパスでそのカルトを禁じるのには反対である。これらのグループにも存在する権利はあると信じる。

※「マインドコントロールの恐怖(恒友出版)」より一部抜粋

反対意見や自分の主義主張と相容れない思想信条などを、命懸けで守るということは容易いことではありません。
偉そうに御託並べている私でさえ、最初ハッサン氏のこの言葉には素直に同調できなかった・・・(笑)
カルトのような怪しげな言論など力ずくで排除すれば良いのに、と思いましたから。
でも例えカルトのような危険な思想であってもですね。
ハッサン氏の言うように「守るべき行動のルールを明白に侵さないかぎり」その発言の機会は守られるべきだ、と今は私も考えています。

そもそも反対意見を排除する、その基準は誰が決めるのか?
そこに個人の主観や思い込み・偏見などが絶対に入り込まないと言う保障はどこにあるのか?
造反派と呼ばれた人たちは、いつ守るべき行動のルールを侵したのでしょうか?
今度の小泉さんの手法に何の疑問も持たなかった人は、小泉さんの判断基準に正義があると判断したのですよね?
そこに奢りや思い込み、偏見などはなかったと言えるんでしょうか?
私が小泉さんの手法を独裁者的ではないのか?と疑問を呈したのにはそういう理由がある。
その意味で、私は今回の造反派の発言の機会をその理由の如何も問わずに一方的に暴力的に奪った小泉さんの手法を良しとしたくはないのです。
造反派の追放に始まった今回の政局の行方が、今後より一層「小泉さんがルール」状態になる事の弊害を私は憂う。

いくら彼が赤カーテンの前で、どれほど郵政にかける意志の強さを示そうと、改革の為何かしてくれそうな気配を漂わせようと、反対意見の発言の機会を奪ったという一点で私は小泉さんを信用できない。
それが今回の選挙に臨むにあたっての私の基本事項。
それゆえに小泉さんのワンフレーズに引き寄せられていく世論の動向がどうにも危なっかしく思えてなりませんでした。
「おいおい、そもそも言論の自由を守るための大原則を小泉さんが侵している、という原点を見ずして、そんなに簡単によろめいちゃって良いの?」と言う危機感は私の中で相当に強かった。

小泉さんが独裁者なのか強力なリーダーなのか?
私にはまだ何とも判断のつけようがありません。
それは今後の政治に対する国民の関り方にも関係があると思うからです。
今後の改革のあり方や政局の進め方について、有権者は郵政同様の強権的手法を望むのか?
あるいはこれまでのような穏健な方法での進め方を望むのか?
大衆の側が何を望むかによっても小泉自民の動向は動かされるのでしょう。
小泉さんが仮に独裁者になろうと思っても、それを支持する大衆の存在がなければ独裁者にはなり得ようがないのですから。
国民はまだ小泉劇場の煽りに酔っているのか、それとも冷静さを取り戻しているのか?
そこのところはいま少し様子を見なければ何ともいえない。

今度の選挙結果、危険度の高い方から並べてみると
「民主政権奪取→自民圧勝→現状維持or自民微増」
のような順番になるのではないか?と私は認識しています。
ですから民主が政権を取らずにすんだことは良かったと思いますが、さりとて自民圧勝も決して素直に喜べる結果ではないと思うのですね。
新聞の世論調査では小泉自民が余りにも勝ちすぎたため、首相の今後の手法が強引になるのではないか?と不安を感じている人が6割いるとも報じられております。
そういう意見が出ることは健全だと思う。
まぁ欲を言えば、選挙前に一度立ち止まって小泉自民圧勝の弊害を思ってくれたら良かったのに(笑)・・・とは思いますがね。
けれども人間と言うもの、現実の問題に直面しないと中々実感としての危機感を感じ難いということもありますしね。
結果は出てしまったのだから、不安があろうと何であろうと甘んじてこれを受け止めねばならない。
この選挙結果が高い授業料になるかどうかは分からないけれど、ともかくこの経験から何かを学び、次の選挙に生かせればそれで良いのではと思う。
選挙後の政局の動向を見て、私たち国民がどんなリアクションをするか?
それこそ今度の選挙以上にハッキリと日本の民度の程が出るのではないか?と私は思うのですけれど。
どうでしょうか?

選挙は勝って何ぼの世界なのだから、ある程度のハッタリも芝居も必要なのでしょう。
ワンフレーズを上手く使えば確かに分かりやすいし、分かりやすければ国民に広くアピールできるし、アピールできれば国民の支持も取り付けやすい。
選挙の戦術としてそういう手法があることは私も理解します。
そういう意味では今回の小泉さんの策はお見事としか良いようがないですね。
ハッタリ・芝居の程度が良いか悪いかは別として・・・(笑)
けれど同時に安易なワンフレーズに引きずられていく事の怖さも、覚えておいた方が良いと思うのですよ。
分かりやすい事は良いことには違いないが、分かりやすい事が常に正しい事とは限らないのですから。

それと自民圧勝を懸念する人=民主勝利を望む人では決してないと思うのです。
民主の勝利を恐れる余りのことだとは思うのですが、自民が圧勝した事に喜び勇むあまり、自民圧勝の結果に懸念を持つ人に対してちょっと見下したような物言いをするBlogも散見します。
が、それはちょっと違うんじゃないのなぁと思っております。
自民圧勝と言う結果にも、民主勝利に負けず劣らずの毒薬成分が含まれていると思う。
その事を冷静に受け止める姿勢も大事だと思うのですが。

今後小泉さんは様々な諸問題を取り扱うに当たって、反対意見を大切に扱ってくれるのでしょうか?
そこのところがどうもイマイチ気がかりです。
彼は、残り1年の任期でどのような政治力を発揮するんでしょうかね?
今後の政局でも、相変わらず「反対意見を邪険に扱い力ずくで排除」の論理を使うようであればですね。
それがいくら改革の為とはいえ、申し訳ないが私はその行為を許容できない。
これが今後の小泉さんを見守っていくための私なりのキーワードだと思っております。
posted by ぴろん at 12:45| Comment(3) | TrackBack(2) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月14日

当選者にメールを送ろう!

自民圧勝の結果を受けて何より気がかりなのは、お目付け役を担うべき民主党が大敗を喫してしまったこと。
拉致問題も含めて政治の成り行きがトンデモな事態にならぬよう、これまで以上に国民の監視の目を強める事が必要になる、と思っています。

そこで提案なのですが、それぞれの選挙区の当選者にメールを送って有権者の意思表示をしてみる、と言うのはどうでしょう?
内容は各人それぞれで良いと思いますが、拉致問題を重視する当Blogとしましては、拉致に問題を絞って当選議員にエールを送ることを提案したい。
文章は短くても良いと思います。
「拉致被害者救出のため力を発揮してください。○○議員の今後のご活躍の様子を随時見守らせていただきます」
とか、
「特定失踪者の調査を国の責任で取り組んでもらう事を希望します。○○先生のご尽力に期待しております」
とか。

国会でのあなたの活躍ぶりを有権者の一人として、しっかりじっくり見守っている事をお忘れなく、という意思表示をするのです。
「下手な事をしたら、次の選挙で一票はありませんよ?分かってますか?民意を損なうような真似をしたら許しませんぞ?」
とハッタリを利かせるのです。
そうすれば国会議員とてむやみに暴走は出来なくなるでしょうから。
国会議員のやり様を黙って指をくわえてみているのではなく、こちらから積極的に尻をたたいて働いてもらう。
拉致問題は国民的関心事である・無視する事は許さないと、意思表示をして議員に良い意味でのプレッシャーをかけるのです。
どうでしょうか?

政治参加とは一票行使して終わりではない。
今後の政治の行方を監視してこそ、政治参加。
特に今度の選挙、拉致問題は完全に蚊帳の外だったのですから、まずは問題の存在を国会議員の先生方に思い知っていただかねばなりません。
もしもご賛同いただけるのでしたら、ぜひそれぞれの選挙区での当選議員にあなたの意思をメールで伝えて頂きたいと思います。
どうぞよろしく。

自民党  http://www.jimin.jp/
民主党  http://www.dpj.or.jp/
公明党  http://www.komei.or.jp/
共産党  http://www.jcp.or.jp/
社民党  http://www5.sdp.or.jp/
posted by ぴろん at 17:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

冷静に

本日2本目。

自民圧勝を受けて喜び勇む余り、何やら勝ち誇ったような物言いをする熱烈な自民党支持者の方も少なからずいらっしゃるようですが、そんなに喜びを爆発させるのは今はまだちと時期が尚早ではありませんか?
今度の選挙の選択が正しかったのか間違っていたのかは、もう少し今後の行方を見定めないと何ともいえないと私は認識しております。
むろん自民圧勝を面白くないと思うばかりに、有権者の選択を愚民の選択であるかのように決め付け、口汚くののしる向きもいかがなものかと思います。
どちら様ももう少し冷静に、今度の選挙の結果を受け止める事は出来ないのかな?と、私は素朴な疑問を感じるのですが。

私も含めて、彼ら小泉批判派の懸念が現実の物になるのか否かは、冒頭申し上げたように今少し政局の行方を見守らないとなんとも判断のしようがないと思う。
国民が望んだとおり、全うに改革を進めてくれるのか?
それとも自民圧勝を良いことに暴走のかぎりを尽くすのか?
その結果を見てから狂喜乱舞しても、相手の論を批判しても遅くはないと思う。
更にもっと言えば、たかがひとつの選挙の結果が出たくらいで、己の論が勝った負けたとはしゃぐ事自体が、少し大人気ないのでは?と思えてなりません。

それよりもいわゆる小泉劇場に踊って盲目的に小泉さんに追従した一部の人達は、どこまで小泉自民の危険性を理解して一票入れたのか?と、こちらが逆にお聞きしたいものなのだと思う。
自民・民主、どちらに一票入れても毒を飲むに等しい選択であったのが、今度の選挙だと私は思っています。
小泉自民の危険性を少しでも理解する人であるならば、この圧勝をそんなに単純に喜んで良いものかどうかは、自明のことだと思うのだけれども・・・?

良くも悪くも、私たちは小泉さんのおかげで政治の面白さに目覚めたのです。
それを無にすることはありますまい。
政治のレベルは国民のレベルに比例する。
私たち国民のレベルが高かったのか低かったのか?
今度の選択が正しかったのか?間違っていたのかは、まもなく結果が分かります。
その時、私たち国民はどうするのか?
次にどのような選択をするかで、私たち国民の民度が知れるといっても過言ではないと思う。
いずれにせよ、遅かれ早かれ私たちは次の選択を迫られる時が必ず来るのです。
せっかく政治に関心を持ったならば、いざというその時に備えて年金や財政問題など日本が抱える諸問題について見識を深める努力をする方がはるかに全うではないのか?
それを考えたらば今こんな所で相手の論を足蹴にして溜飲を下げている場合ではないだろうに・・・

ともかく今度の選挙、小泉支持・不支持に関らず、自民と民主どちらを選べぶのが日本の未来にとってプラスなのか?直前まで迷いに迷って、考えに考えて一票行使した人がほとんどのはず。
今度の選挙に臨むに当たって、小泉自民を支持した人もしなかった人も様々な意見を出しましたが、それはより良い選択の為に議論を交わしただけの事、と私は認識しております。
それなのに今この場でムキになって相手の論を罵倒したり、あざけるような発言を繰り出す事に何の意味があるか?
私には分かりません。
そんな事をする暇があるのなら、今度の選挙の結果を受けてこの先の政治のあり方をどう見守るべきか、冷静に建設的な論を交わせばよい。
その方がはるかに意義のあることだと思うのだが。
日本の行方を思って真剣に思案した事に上下の差などありはしないはず。
従って、勝って奢るのも負けて卑屈になるのも、私から見ればどちらも見苦しいことだし、意味の無いことだと感じます。
posted by ぴろん at 22:24| Comment(6) | TrackBack(1) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

総選挙雑感

怒涛のような郵政解散選挙が終わりました。

正直申せばこの結果は私の望むものとは少し違います。
私は小泉さんにも岡田さんにもどちらにもこれといった期待が持てない。
だから現状維持か自民微増くらいで両党首ともお灸を据えたかったな、と言うのが偽りの無い本音です。(笑)
でもまぁ、これが国民の民意の現れですからね。
この結果についてどうこう言うつもりはありません。
私も国民の一人として有権者の一人として、この結果を厳粛に受け止めたいと思います。
そして私が一連のエントリーで懸念した事が、単なる杞憂に終わる事を強く強く願っております。

フリーハンドを得た小泉自民党が、変に暴走の限りを尽くさぬよう、監視の目を怠らないこと。
何しろ今度の選挙では民主が大負けしてしまい、自民党のお目付け役がいなくなったに等しいのですから、その分国民が目を光らせていないと万が一小泉自民が暴走した場合、目も当てられませんから。(笑)
それから言うまでもない事ですが、政治参加とは選挙で投票して終わりではありません。
その後の政治のあり方までしっかり監視してこそ、本物の政治参加だと思います。
そういう意味ではこれからの国民の民度の程が試される選挙であったかとも思います。
これから私たちが政治に関心を持ち続ける事ができるかどうかが、日本国民の心意気の見せ場になるとも思います。

自民圧勝。
しかし、この結果を小泉さんも自民党執行部も勘違いはして欲しくは無いですね。
自民党を積極的に支持する人は◎、普通に支持する人は○、消極的支持者は△と、仮に投票用紙に記入して一票行使出来るとしたらですね。
おそらく投票用紙には△印が沢山ついたのじゃないでしょうか?
それと今度の自民圧勝の裏には、不甲斐ない民主の一人負けという敵失があった事も考え合わせておくべき。
もしも民主党がもう少しまともで、しっかりと政権を担えるだけの政党に成長していたならば、今度の選挙の結果はあるいは民主圧勝に転んだかもしれない。
小泉自民と民主岡田を比べた場合、どっちもどっちの低レベルの政党から少しでもまともな方をと選択すれば、自民以外に投票先が無かった・・・と言うのが偽りの無い現実でしょう。
決して積極的に支持されているわけではないことを、自民党は奢ることなく心に刻むべきだと思う。
そして謙虚に国民の信託に応える政治をして欲しいと思います。

さて私は今回の選挙に関して小泉批判の声を強めるエントリーを書き続けました。
その事について賛否沢山のご意見を頂戴いたしました。
怒涛のような小泉郵政解散について、私もかなりキツイ言葉で批判をしましたので、反発を受けた方も沢山いらした事でしょう。
ご忠告の言葉をコメント欄に下さった方もいらっしゃいましたしね。
自分の意見と違う意見を寄せてくださるのはありがたいことです。
改めて感謝申し上げます。

誤解の無いように申し上げますが、私は決して反自民ではありません。
自民党には責任与党として、もっともっとしっかりしてもらいたい。
だからこその批判である事をどうかご理解頂きたいと思います。
甘やかすだけが愛情ではないと思っております。
子育てでも、じいちゃんっ子ばあちゃんっ子は三文安い、と昔から言うじゃありませんか。
猫っ可愛がりするばかりでは、子供はまともに育ちません。
時に厳しく当たる事も、可愛い子供を全うな大人に育てる為の愛情の一環だと思います。

私は今回の小泉劇場と呼ばれた一連の手法を私は決して良しとは思いません。
その気持ちは解散直後も選挙が終わった今も全く同じ気持ちです。
そして小泉さんのまやかしに簡単に酔ってしまった人たちに対しては、今でも強い違和感を感じております。
おいおい、たった一言「郵政に命をかける、死んでも良い」と小泉さんが勢い良く啖呵を切ったくらいで、そんなにあっさり騙されて宗旨替えしちゃっても良いわけ?と言う疑問は今でも私の心の中にある。

一連の手法をカルトやヒットラーに例えて、これまた強いご批判を頂きました。
私は小泉さんがそのままカルトやヒットラーそのものだと言ったつもりは無い。
ただ、今回の小泉劇場を呼ばれた解散劇に簡単に酔ってしまう一般大衆の姿に、それらの手法に通じる危なさを感じたので、ご意見を申し上げたまで。
まぁ、ここの部分については私の側にも文章力の至らなさがあったので、言いたい事が正確に通じていなかったという側面もあったかとは思いますがね。

カルトやヒットラーと例えられてご不快に感じた方へ。
私は決してあなた方の人間性そのものを侮辱したつもりはありません。
どこかのエントリーのコメント欄に書きましたが、私には統一協会に入信してしまった知人が一人おります。
その事があって、私は一時カルトについて、沢山の本を読み漁った時期がございます。
それらの知識と実体験とを考え合わせて見るに、どうも今度の選挙での一般大衆のあり方が、それらのまやかしの手法と重なる部分が多いのでは?と言う強い違和感を感じてしまったのです。

ご参考までに知人の女性がどのような理屈でカルトに絡め取られていったか、ご紹介しましょう。

かつて日本は韓国に酷いことをした。
だから日本人は韓国人に対して償いをしなければならない。
あなたがそれをしなければ日本と韓国に真の友好は生まれない・・・
真の友好の為にあなたは尽くすべきだ。
やがてその理屈に共鳴してしてしまった彼女は、仕事も家族もそれまでの人間関係も何もかも捨てて、ひたすら協会のために働き、全財産を協会に寄付し、協会の決めた韓国人男性と合同結婚をし・・・

彼女は私なんかと違って、とてもしとやかで女性らしい女性でした。
真面目で誠実で、そして素直な人だったのです。
私のようにへそが曲がったりしていない・・・私とはまるっきり性格が間逆な人だと思ってください。(笑)
けれど惜しむらくは、素直の度が過ぎた事だと思っております。
もしも彼女が日韓の正しい歴史についての基礎知識があったなら、そもそもこういう欺瞞には騙されなかったでしょう。
過去の歴史の償いをするために、一人の人間が自分の全人生を全財産を協会に捧げるなどどこかおかしい、と思う感性があればまやかしに騙される事など無かったかもしれない。

しかし彼女は素直すぎたのです。
真面目すぎたのです。
結果として彼女の人の良さ・責任感の強さといったものをカルトに悪用されてしまった・・・
私は今でも彼女の人間性そのものはとても尊敬しております。
しかしカルトの手法を見抜くことが出来ず、まやかしに気づく事ができないまま、自分の人生を絡め取られてしまったことは愚かであるとしか言いようがない。
結果として彼女の行為は親兄弟を苦しめました。
友人知人の心にも傷を残しました。
それまで築いてきた人の輪、信頼関係も一瞬にして崩壊してしまいました。

私が読んだカルトの本の中で一番印象に残っているのは、スティーブ・ハッサン氏著「マインドコントロールの恐怖(恒友出版)」です。
彼はアメリカ人ですが、統一協会に入信し後に脱会。
脱会後は信者の脱会を助けたりカウンセリングを行ったりしている人です。
カルトに関心のある方、統一協会に関心のある方なら名前くらいはご存知かもしれませんが。
その彼が著書の中でこんな一文を書いております。
一部抜粋してご紹介いたします。

原則として私は、カルトといえども、学生組織として守るべき行動のルールを明白に侵さないかぎり、大学のキャンパスでそのカルトを禁じるのには反対である。これらのグループにも存在する権利はあると信じる。

私は初めこの文章を読んだ時、彼の主張に納得が出来ませんでした。
そんな不届きな活動をする団体など、力ずくで排除すれば良いのに、と思いました。
でもしばらく考えて、やはり彼の言うとおり、私も力ずくの排除では問題の根本的解決にはつながらないと考えるに至ったのです。
いくら大学と言う枠の中からカルトを追放しても、一歩校門を出ればそこにカルトはあるのです。
職場で、地域で、友人知人の伝で、どこにもカルトは存在する。
結局の所、カルトのようなまやかしに騙されないようにするには、一人一人が「物事の真贋を見抜く目を養う」より他に無い。

くどいようですが、私は今度の選挙で小泉さんがやった手法が良い物だったとは今でもやはり思えない。
自分と違う意見を暴力的に排除した小泉さんのやり方は、やはり言論の自由を侵す暴挙ではなかったのか?民主主義の基本を犯す過ちではなかったか?という違和感は今でも強く感じるので。

しかし選挙で勝つためには、これらの手法そのものを全てを根底から否定するわけにも行かないのかもしれませんね。
大衆は政治に関して素人です。
様々な問題について全てを勉強するわけには行かないし、そんな手間も暇もかけられない人がほとんどです。
そんな彼らに向かって、支持を訴え大衆心理を引き寄せるには、ある程度のハッタリも芝居も必要なのでしょう。
見た目の印象とか分かりやすいフレーズとか、そういうものに動かされる大衆心理そのものを頭から否定するわけにも行きますまい。

けれど、です。
小泉さんの手法に巻かれたまま、小泉劇場で踊り続ける事が良いことなのかどうなのか?
小泉さんに熱狂する余り、その他の事が見えなくなるのはいかがなものか?
小泉劇場で踊りを踊った人がいる一方で、同じ芝居を見物しながら眉をひそめて懸念の声を上げた人も沢山いる。
自分と違う意見を持つ人の声に耳を傾ける事は、自分の視野を広げる為には有効です。
正しい判断を下す為にも、自分がまやかしに絡め取られていないかを確認する為にも。

批判の声をハナから拒絶するのはもったいない事。
批判の声はどんなに言葉を選んでソフトな言い方をしたとしても、耳に痛いものだと思います。
その痛みを拒絶するか?否か?
その先の判断をどうするかは、その人それぞれの資質の問題になるかと思います。
「物事の真贋を見抜く目を養う」事を疎かにすれば、その先に待っているのはカルトやヒットラーを賛美した大衆の過ちに重なり合うものがあるのではないか?
そういう懸念を抱いた人がいたと言うことを、どこか心の隅にでも留め置いていただけたらそれで結構です。
暴論といわれようと何といわれようと、これも一つの民意だと思っております。
私の意見をどう理解するか、どう受け止めるかは、ご訪問の皆様それぞれのご判断にお任せします。

ともかく選挙は終わりました。
自民圧勝の結果を受けて、政治の動きがどうなるか?
私はしっかりと監視していきたいと思います。
特に私が重視する、拉致問題の行方は怠りなく睨みを利かせるつもりです。
国民の民意を置き去りにしたまま、今すぐ政府が国交正常化へと突っ走る事は無いとは思いますが、基本的に官邸も外務省も、初めに正常化ありきと言うのが隠れた本音ではないのか?と私は疑っておりますので。
拉致問題の行方がとんでもない事にならぬよう、そして少しでも小泉さんが全うに拉致問題に関ってくださるよう、これからも声を上げ続けていきたいと思っております。
posted by ぴろん at 12:12| Comment(4) | TrackBack(2) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

運命共同体の私たち、逃げる事は許されない

選挙の結果が出揃いましたね。
事前の予想通り自民圧勝。

午後8時から始まった開票速報を初めの1時間だけ見て、私はテレビを見るのをやめました。(笑)
結果が出揃った頃、注目している候補の当落を確かめればそれで良いと思いましたので・・・
それ以上見ても意味がないし、見るだけ腹が立つし。(笑)
それよりも、ひとりの国民として拉致問題を支援する者として、今後の政局のあり方をどう見るか?
小泉自民のあり方をどう評価し、どう監視するかを考える方が建設的だとも思いましたしね。

しかし思った以上に自民党が圧勝しましたね。
まぁ、事前に予想されていた事ですから特段驚きはしませんでしたが、それにしてもの大勝です。
有権者が何を基準に自民党を選択したのか?
もう少しその中身を吟味しないとこの大勝の意味は見えないような気がします。
早計な結論を出すのは今の段階では少し難しい・・・

しかしこれだけの大勝となると、いわゆる造反派への圧力も激しくなるのでしょう。
彼らをきっちり離党させないと、自民を支持した有権者は納得しないでしょうからね。
中途半端に情けをかければ、かえって国民の支持を失うことになる。
そりゃ、小泉さんは断固、造反派議員を自民党から追放することでしょう。
いや、徹頭徹尾造反派を党から追放しなければ筋が通りませんから。
つまり造反派の方々は、小泉さんが総理総裁の座にある限り、自民党党員として生き残るのは非常に難しいということ。
これが今後の政局にとって、あるいは自民党の未来にとって幸福な事なのか否か?

選択の理由はともかく、結果として有権者は小泉さんに何でも単独で出来るフリーハンドを与えたわけです。
今後の自民党は「小泉さんがルール状態」になる可能性が俄然大きくなったわけですね。
今度の選挙で当選した自民党議員は、基本的に小泉さんの意向に逆らえませんから。
小泉さんに逆らえば公認を貰えず、落選の憂き目に遭うという恐怖心があるわけですから。
国会議員なんて、落選すればただの人。
議員バッジを失うリスクをかけてまで、小泉さんの意向に逆らう気骨の人はいるのか否か?
それに小泉さんは基本的に人の話を聞かない人ですから。
そんな人を相手に、小泉さんの政策の誤りを話し合いで説得しようと言う勇気のある人は当選者の中にいるのか否か?
非常に私は懐疑的なのですがねぇ・・・?

この状況が拉致問題に限らず、今後の政局に吉と出るのか凶と出るのか?
郵政問題はむろん何をおいても法案成立を図るでしょうが、それ以外の案件、例えば人権擁護法案や外国人参政権の行方が気がかりです。
小泉さんがこれらの法案に対してどのような認識を持っているか?で、問題の行方が決まると言っても過言ではない、と私は心配をしております。
何しろこれからの政局は「小泉さんがルール」ですから。
人権擁護法案に反対した気骨の人は郵政造反派と重なっており、彼らは軒並み自民追放になるか、落選の憂き目に遭っているのですから。
隙あらば人権擁護法案・外国人参政権の成立を目論む公明の意向に、今後小泉さんはどう対応するのでしょう?
小泉さんの国家観・歴史観を思うと、これらの案件の行方がどうなるのか?
私は非常に気がかりで成りません。

願わくば、自民圧勝を理由にせめて自公連立を解消してくれないものかしら?
せめてそれだけでも叶えば、今度の選挙結果も少しは納得して受け入れられるんですけれども・・・

拉致問題的には、この大勝はやはりちょっと苦しい展開ですね。
小泉さんに拉致問題を解決する気があるのかどうか?
非常に疑わしいのは当Blogで何度も主張していた通り。
ともかくも、今後のなり行きを冷静に見守るしかありませんね。
小泉さん、大勝を良いことに暴走しないように、好き勝手をしないように。
拉致問題を置き去りで、国交正常化へと走る事の無いように。
今まで以上に監視の目を強めるより、彼の暴走を止める手立ては他に無いのですから。

自民大勝は小泉さんに真っ白白の白紙委任状を出したも同じ事、だと私は思っております。
何だかなぁ、とは思いますが、これが国民の選択の結果です。
昨日のエントリーにも書いたとおり、政治のレベルは国民のレベルにつり合う物なのですから。
ということはこの結果が、今の日本国民のレベルであるということ。
その結果をかみ締めて、今後の政局の行方を見守りましょう。
小泉さんが自民圧勝をバックにこれからやろうとする事は、全て我ら国民の選択の結果なのです。
良い事も悪い事もすべて小泉さんと一蓮托生なのですから、私たち国民も同じく結果責任を背負わねば成りません。
小泉さんと私たち国民は、同じ船に乗り合わせた運命共同体なのです。
どんな結果が出ようとも逃げる事は許されません。
それだけは各人、肝に銘じることをどうかお忘れになりませんように・・・<(_ _)>
posted by ぴろん at 02:38| Comment(4) | TrackBack(6) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

政治のレベルは国民のレベルにつり合う

おはようございます。
本日は総選挙の投票日です。
泣いても笑っても今日の選挙で今後の日本の行方が決まります。
何度もここで主張しているように、私にとっての争点はあくまでも拉致問題です。
この問題が少しでも解決の方向へ向くように、一票行使するつもりでおります。
とはいえ、投票先を決めるのがこんなに辛い選挙もない。
どっちもどっちの低レベル政党から、一つを選べ、ってこりゃ難しすぎます。
多分、私は夕方まで粘って粘って考え抜いた上に投票所に出向く事になるかと思います。

横田早紀江さんの言葉をもう一度再掲します。
お歳を召したご家族が、声を枯らし足を引きずりながら全国を駆け回って拉致問題の解決を訴えているこの状況を、私たちは当たり前のこととして、のほほんとしていて良いのでしょうか?
もう一度私たちは、自分の国が国民が、いかに情けない状況にあるかを自覚するべきと思う。
同じ日本人でありながら選挙権を行使できず、涙にくれながら救いを待つ同胞が北朝鮮で今も息を潜めて暮らしている事をどうか忘れないで欲しいと思う。

★横田早紀江さんのお話(横田めぐみさんの母)

こんなに長いこと待たされることは許せないことなんです。
考えてみてもね。
いつまでも、いつまでも、いつまでも家族がね。
こんな風に全国駆け巡って皆さんにお話しすることも大事なんですけど。
「もういいですよ」と。
「私たちが責任ですから」
「国を負う者がやるんですから」って、本当に言っていただきたいと思うんです。
政府の方には率先して、何も言わなくても一生懸命に本気で取り返す算段をやっていただきたいと思っています。

私たちはまだまだ元気でがんばれますので一生懸命にまたお話させていただきますけども。
本当にどうか皆様方の目を政府に向けて。
間違った外交をしていないか、どんな思いをしてやっているのかと言うことをしっかりと見ていただいて。
また誉めていただいて、見守っていただきたいと思っております。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

※「市川修一さんを救うぞ!東京集会(6)05.3.10 友愛会館にて」より一部抜粋

政治のレベルは国民のレベルにつり合うもの。
よい政治を期待したいのなら、私たち国民の意識を高めるより他に手段はないのです。
その事を今一度深く肝に銘じたい。
国民の良識はいかほどの物なのか?
まもなく結果が判明します。
日本の未来に禍根を残すような選挙にならない事を願ってやみません。


参考リンク

★西尾幹二のインターネット日録 投票日の朝に
★酔夢ing Voise-西村幸祐- これは、郵政選挙ではない。広島6区と静岡7区の意味。
posted by ぴろん at 10:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月10日

真摯な一票を行使したい

明日は投票日。
自分の意思を固める為にも他の人の意見をとにかくたくさん読んでみたいと思い、今日は仕事の合間にネットサーフィンに勤しんでおります。
そんな中でもやはり強い違和感を感じてしまうのは、小泉さんを熱烈に支持する人のサイトですね。
いや、小泉さんを支持するのが悪いと言ってるんじゃないんですよ?
ただ支持する理由がどうにも私には理解の範疇を超えてる意見がありまして、改めて驚いているのです。
余りにも沢山回ったのでどこのサイトだったかブックマークを取り忘れてしまったのですが、こんな意見が書いてあってビックリしてしまいました。

「中韓両国の干渉に屈しなくなり、大臣の首が飛ぶような事態がなくなった。これは小泉さんの手柄であり大いに評価出来る事・・・云々」

おいおい、これって小泉さんの手柄なの???
確かにここ数年閣僚クラスの「いわゆる問題発言」があっても、昔のように簡単に首が飛ぶような事態はめっきり少なくはなりましたが・・・?
でもこういう風潮の背景には日韓W杯共催や拉致問題の発覚などによる「国民の意識の目覚め」があるはずでは?
かく言う私もそのひとりですしね。
これらの事件があった事で多くの国民がマスコミの欺瞞や中韓両国の異常性に気づき、目覚め始めたからこそ、簡単に大臣の首が飛ばなくなったと私は理解しておるのですが。
決して小泉さんの手柄などではないと思う私の認識は間違っているのか?

こういう人はバンドン会議での村山発言踏襲問題や靖国不参拝などはまったく眼中に入らないのだろうね。
小泉さんは中韓に屈しないどころの騒ぎではない、屈してばかりで救いようが無い!と思っている私には眩暈のするようなご意見なのだが。
大体小泉さんの拉致問題への取り組みはどう評価するのだ?
「ひとり残らず被害者を返せ」の一言さえ言えず、中国・韓国・北朝鮮の顔色ばかりを伺い、「対話と圧力」と壊れたテープレコーダーのように同じ台詞ばかりを唱える小泉さんのどこに全うな国家観・歴史観があるというのか・・・?
いくら人それぞれの考えがあると言いつつも、これは私にとって理解の範疇外、と言うのが率直な印象。

それとこんな意見もありましたっけ。

「橋本派や亀井派などの利権政治体質を小泉さんはぶっ壊してくれた・・・云々」

確かに橋本派も亀井派もぶっ壊してくれたのはお手柄と言えばお手柄なのかもしれません。
でもねぇ、小泉さんの所属する森派だけはぶっ壊れてないんですよ?
自民党をぶっ壊すと言いながらちゃっかり自分の所属派閥だけは温存してるんです。
どうして?これを問題にしないのかな?
それとも森派は清廉潔白、ぶっ壊す必要など全く無い!とでも小泉支持派の方は主張するつもりなんだろうか?
それこそ見事なダブルスタンダード。
言ってることに矛盾あり!看板に偽りあり!だと私は思うのだけれども・・・?

ぶっ壊すぶっ壊すと言いながら、その実、壊しているのは党内の敵対勢力ばっかり、と言う側面をなぜに問題にしないのか?
郵政解散に見られるように、少しでも自分の意見と考えを異にする者を問答無用で党から追放し、自民党を小泉さんの一人天下にすることがそんなに立派なことなのか?
小泉さんの意見だけがこれからの自民党のスタンダードとでも言うつもりなら、それは恐ろしいことではないの?
小泉さんも人の子、いつ何時も彼の主義主張・意見が正しいとは限らない。
それを防ぐ為に民主主義は「話し合い」を重視しているのでしょうが?

前にもどこかで一度書いたけれど
「私はあなたの意見に反対だが、あなたの発言の機会は死んでも守る」
というのが言論の自由を守る根幹だと思う。
でも実際の小泉さんの郵政解散劇は、これとは間逆な事をやったのと違いますか?
造反派の中には無論利権にまみれた議員もいたでしょうが、誠実に法案の中身を問題にして反対した気骨の人も沢山いたのです。
彼らの発言の権利を暴力的に奪っておいて、果たしてそれが民主主義の基本を守っていると言えるんでしょうかね?
基本原則を忘れた一人天下の彼が、今後どれほどの政治を取り仕切るのか?
私ははなはだ不安でならないのですが?

ともかくも・・・私は拉致問題を争点に、少しでも被害者奪還へ近づく道を基準にして候補者と政党を選ぶつもりです。
横田めぐみさんも増元るみ子さんも、今度の選挙で一票を行使することが出来ません。
多くの拉致被害者は北朝鮮に囚われのまま、国民の権利である選挙権を行使できないのです。
支援者を自認するものであれば、彼らの思いを自分の一票に乗せて投票に臨みたいものと思う。

党派を超えて、拉致問題に少しでも真剣に取り組んでくれる人へ。
拉致問題に取り組んでくれる人がいない選挙区の人は、少しでもまともな人の方へ。
まともな候補者のいない選挙区では批判票でも良い。
この一票が少しでも国会の風通しを良くして、被害者奪還に近づく議員構成になることを願って臨みたいものと思う。
この期に及んでまさか郵政のみで一票行使するような人はいないと思うけれど、どうか候補者選択の際は拉致問題も頭の隅に入れて欲しいと願う。

選挙の結果がどう転ぶのかは私には分かりません。
自民圧勝だけは見たくはないけれど、その可能性も大。
そんな中、どうすれば国会議員の背中を押し、国政の場に拉致問題への取り組みを促していくのか?
トップの意思が変わらない限り、拉致問題もまた動く事は難しい。
現場にいる官僚も議員も、所詮は人の子。
我が身が可愛ければ、上の意向には面と向かって逆らえない事もあるのが現実。
その現実も考えて真摯に一票を行使したいとも思います。

それにしても今度の選挙で拉致問題が争点になったとは言い難いですね、残念ながら。
郵政解散の勢いに押されたまま、投票日まで来てしまったという状況は否めない。
でもこれを小泉さんの策略ひとつのせいにばかりするわけにもいきますまい。
国民の側に拉致問題への関心そのものが薄れてしまっていることも大いに問題あり、なのだから。
結果として「拉致は選挙の争点にはならない」と豪語する候補者が堂々と立候補するに至ったわけでもあるのだし。
支援者の端くれとしては大いに反省する所はあるのだろうと思う。

小泉さん、お願いだからもう少し真面目に拉致問題に取り組んで欲しい。
特定失踪者の調査くらい、国の責任で取り組んで欲しい。
「全ての被害者を一人残らず帰せ」と公式に発言して欲しい。
これら支援者の願いは、果たして今度の選挙で総理の耳に届くのでしょうか?
自民党にもっとしっかりしてもらいたいからこそ、私は批判の声を強くするんですが。
批判と侮辱は違うと思うのですが、その違いをきちんと理解している人ってどれくらいいるんだろう?
全うな批判の出来ない世論では、声の大きい一部の不届き者の意見ばかりが通ってしまう危険性があると思う。
批判する事はなにも喧嘩を売ることとは違うのです。
でもその違いを明確に意識してる人って、今の日本にどれくらいいるのだろうか???

ともかくひとりでも多く、拉致問題に関心の深い候補を国会へ。
誰が総理の座に就こうとも、国民の意思を無視することは出来なくなる位の状況を作り出したい。
国民の関心がある限り、小泉さんといえど勝手な真似は出来ないのです。
その事を肝に銘じて、いざ投票所へ。

本日のネットサーフィンでみつけたサイトの中から、私の琴線に引っかかった記事をいくつかご紹介します。
明日の投票の為に、宜しければご参考になさってくださいませ。

★ぬぬぬ? コソっと主義の小泉首相が隠したがること @郵政民営化の影で・・・

★窪川商事社長日記 忘れっぽい国民性を憂う

★JIROの独断的日記エキサイト版 
何が「刺客」だ。選挙戦の本質は政策論争だろう。真面目にやれ。小泉。マスコミ。 

★社説は語る ’05衆院選(7) 「官から民へ」 
posted by ぴろん at 19:15| Comment(3) | TrackBack(1) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

命をかけるところが違うでしょ?

一昨日の我が家では、テレビで6者協議再開のニュースが流れた時、私の父親がぼそっと呟きました。
「小泉は命をかけると言うなら、こっちの問題に命をかけるべきじゃないのか?」
お父様、その通り!!
私の父親は普段無口です。
しかし時々核心に迫る事をぼそっと言う事がある。
そうなんですよ、今度の選挙の根本的な問題を改めて目の前に突きつけられた思いがしましたわ・・・(^^ゞ

命をかけると言う言葉は確かに勇ましいけれどもね。
よくよく考えれば、郵政民営化が可決されようがされまいが、郵政ごときで命取られる事は決してありえないのだから。
どちらに転んでも命を取られる心配の無い事に「命をかけます!」と豪語する事がすでに欺瞞だと私は思う。
本当に命をかけるつもりなら拉致問題にこそ命をかけるべき。
そして拉致問題こそが本当に命懸けの問題であると認識するべき。
何しろ拉致問題は戦う相手があの北朝鮮、あの金正日なのです。
拉致問題をうやむやにする為ならば、金正日はあるいは「日本の総理を暗殺しろ」と言う命令を工作員に発するかもしれない・・・
それでも命をかけて同胞の救出の為に働くのが総理大臣のお仕事のはず。
拉致問題を本気で解決しようと思ったら、本当に命懸けで取り組まねば一歩も進まない問題なのです。
解決の為命の危険がある拉致問題に命をかけず、法案成立のためにそもそも命の危険など全く無い郵政問題にごときに命をかけると言う・・・
どうしてその欺瞞に気づかず、惑わされる有権者が大勢いるのか?
私にはどうしても分かりません。

私の父親は今度の選挙では自民党に一票入れる気にはなれないと言っています。
分かる人には今度の選挙の欺瞞はお見通しだとは思うのですが。
さて、投票まであとわずか。
国民は今度の選挙でどういう意思を示すのでしょうか。


話は変わりますが、先日私は自分の選挙区の候補者(ただし自民と民主のみ)へ質問のメールを出しました。
こんな事をしたのは私の長い人生?の中で初めてのことです。
だってねぇ。
選挙公報を読んでも、候補者のHPを見ても私の知りたい肝心要の話はこれっぽっちも出てないんですから。
これでは責任ある選択は出来ないと思い、思い切って質問のメールを出してみる事にしたのです。
聞きたいことは山ほどあるのですが、余りありすぎても回答する暇が無いだろうと思い絞りに絞って以下の項目を質問。

★拉致被害者救出のために一番必要な事は何だと思いますか?
★制裁発動に賛成か反対か?
★当選後あなたは靖国参拝をするかしないか?総理の参拝には賛成か反対か?
★人権擁護法案は必要か不必要か?
★外国人参政権を与えるべきか否か?
★憲法改正(主に9条)には賛成か反対か?

選挙も終盤戦。
忙しい盛りに返事など期待はしていなかったのですが、なんと自民の候補者からは回答が来ましたよ。
それも書面で。
YES・NOで回答できるように質問は設定したのですが、ま、はっきり答えを書いてくれた部分と何となくはぐらかされたかな?と言う部分とはありましたが、即刻回答をいただけたことで候補者の誠意は感じました。
自民党候補は新人の落下傘候補なので、少しでも有権者との接点は大事にしたいという意思の表れなのかもしれませんが。

まぁ私の該当選挙区の自民候補は概ね自分の意見と同調する部分が多かったです。
他区のトンデモ候補と比べれば、十分にまともな部類に入る候補、と考えても今のところは差し支えは無いのかもしれない。
何しろ、この自民候補は比例区名簿の重複一位登載者。
すでに当選は確実と言うお方です。
これがいわゆるトンデモ候補だったら目も当てられないし、一票行使する気にもなれませんが、まぁちょっと一安心と言うところでしょうか?

ところで民主の候補者(当選2回の前議員)からはまだ回答が来ません。
こちらも相当お忙しいのでしょう。
民主はかなり苦戦を強いられているようですしね。
いちいち有権者一人の為に返事を書く暇など無いのかもしれませんね。
ですから、返事が無い事を一票の行使に影響させようとは思いません。
選挙終盤の忙しい時に質問メールなど貰っても対応する時間が無い事くらいは想像がつきますし。
回答があればラッキー!くらいの気持ちでこちらも質問を出してるわけですから。
まぁこの方は普段からFAXで、国会での活動の様子やその時々の自分の意見などを選挙区内の有権者の元に送信してくるんですね。
それを一通り読んでいますので、こちらの候補者が何を考えているのかもおおよその見当は付いているんですけれど。

選挙直前の予想でも自民は圧勝の勢いだそうですね。
いいのかなぁ、こんな選挙で・・・?
自民圧勝は私が一番見たくないシナリオなのだが、やはり小泉さんの勢いに有権者の多くは蹴倒されたまま、ということなのか?
民主の政権奪取は今回の選挙ではありえない。
だけど自民圧勝を黙って見逃しても良い物なのか?
私の選挙区では比例区の重複名簿搭載の関係で、放っておいても自民・民主共に当選はまず確実なのです。
ならばどういう一票を行使するのが、私の意思表示につながるのか?
自民圧勝が日本の未来にとって幸福な事なのかどうか?
後一日じっくり考えさせてもらいますわ。

参考リンク
★櫻井よしこWebサイト! 郵政で消された『喫緊の争点』
★遠藤浩一覚書 ギリギリの判断

10日AM11:40分 追加リンク
★PARDES チャーチルを捨てた英国人 
posted by ぴろん at 03:40| Comment(7) | TrackBack(6) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月09日

郵政解散選挙、その先にあるものは?

私が望むのは全うな保守政権の樹立と全うな野党の成立です。
今度の選挙がその目標に一歩でも近づく選挙になることを切望しています。
しかし・・・しかし・・・しかし・・・う〜〜む・・・(-_-;)

「自民党をぶっ壊す」
その一言に酔って小泉さんなら何かを成し遂げてくれそうだと、すっかり小泉さんの勢いに押されてしまっている人は少なくない。
解散直後よりは多少落ち着いたとはいえ、その流れはいまだに健在。
事前の世論調査では、自民優勢との報もある。
なんだか嫌な展開です。
選挙の行方が何時にも増して気がかりで気がかりで成りません。
「この4年間の実績を見て判断して欲しい」とも小泉さんは豪語していらっしゃいます。
もちろん、改めてご指示を頂かなくとも、私は小泉さんの4年間の総決算を自分の一票に託すつもりですけどね。
一番の重要事項であると思う拉致問題に関して、少なくとも小泉続投では明るい未来は描けないと私は思っておるのですが・・・さて・・・

そもそも自民党をぶっ壊すと公言して憚らない当のご本人の歴史観・国家観が相当に怪しいことが気になります。
あれだけ大見得を切って公約した靖国参拝をあっさりすっぽかし、千鳥が淵墓苑参拝でお茶を濁す姑息さ加減。
バンドン会議での村山談話の踏襲など、これら一連の所業を見ても、小泉さんの歴史観、国家観はどの程度の代物か?透けて見えるというもの。
そういう人が旗を振って出来上がる選挙後の自民党がどういう自民党になるのか、私は大いに不安でたまらないのです。
郵政以外の諸問題は全く眼中に無いのでは?としか思えない小泉総理。
年金は?医療は?教育は?財政に少子化問題、それから憲法問題・・・拉致問題以外にも日本が抱える諸問題は山積です。
これらの諸問題に関して小泉さんはどこまで真面目に取り組むのだろうか。
というか、そもそもこれら諸問題に関する小泉さんの見識はいったいどの程度のものなのだろうか。

小泉さんがこれまで高い支持率を誇ってきたのは他に適当な人材がいないから、と言うのが一番多かった。
確かに。
本来ならば自民党の対抗馬と成らねばならない民主党も、政権を託すには相当に不安材料の多い政党である。
自民党がこの体たらくでもそれなりの支持率を誇ってきたのは、ひとえに民主のだらしなさ加減も幸いしていると言っても過言ではない。
しかし、しかしなのです。
いくら民主党がだらしないと言って、今の自民党をそのまま支持してもよい物なのか?
小泉さんの言うとおり確かに自民党のある部分は壊れました。
でも小泉さんだけはしぶとく壊れないのです。
気が付けば自民党はいまや小泉さん一人の天下。
誰も小泉さんのやり口に異議を唱える事が出来ない状況が出来つつあると思う。

今度の選挙、仮に自民がぶっちぎりで勝利したとするとですね。
あるいはもしかして、国民の高支持率を良いことにこのまま小泉続投なんて事も現実的にあるかもしれない。
実際そういう発言もポツポツ出てきてもいるし。
自民が圧勝すれば、自民党内で小泉さんに意義を唱える事は、今よりも更に難儀な物になることは間違いがないのだろう。
総裁任期を延長して更に2年3年総理を続投などという離れ業も、郵政解散の強引さをみれば朝飯前の所業ではないのか?
小泉続投は、拉致問題の解決を願う私にとってありえない展開なのですが。
それに小泉さんの任期が切れた後、誰が総裁の座に名乗りを上げるのか?も不安です。
拉致問題を考えるならば何よりも安倍氏の就任をいの一番に期待したいところですが、安倍氏の起用は次の次、ポスト小泉の筆頭は福田氏であるとの噂もある。
本来安倍氏を支持するべき良識派が、造反議員として軒並み追放されているのが吉凶どちらと出るのか?

私が望むもう一つの願いは自公連立を解消してくれること。
公明党はこれも十分胡散臭い政党ではあります。
首相の靖国参拝に異を唱え、人権擁護法案や外国人参政権は推進する。
自民党内の良識派が追放の憂き目に遭い、選挙後の自民党が腑抜けの怪しげ政党に落ちぶれたとすればですね。
公明党の発言力はますます強くなることは必定でしょう。
公明の野望を阻止する勢力が自民党内から削がれたとなれば、その先の結果は火を見るよりも明らかです。
今後の政局はますます怪しげな方向へと流されていくのではあるまいか?
人権擁護法案のような危ない法案が、あっけなく成立してしまうのではあるまいか?
歴史観・国家観の怪しげな小泉さんが、これらの法案の危険性を十分理解しているとは思えない。
ゆえに体を張って法案成立を阻止してくれるとも思えない。
不安です。

今度の選挙で政界再編を夢見たい私。
さてどこら辺を最後の決め手にして一票行使するべきか?
民主岡田に政権任せたら、とんでもない事になりそうだし・・・まぁ今度の選挙で民主が政権取る可能性は限りなく低いと思うので、その心配はしてはいませんがね。
といって小泉さんもねぇ・・・
小泉率いる今の自民党に今後の日本の舵取りを任せて本当に大丈夫なのか?
平沼氏・城内氏といった良識派の議員を造反議員をして追放し、一方で片山さつき氏のような怪しげな候補を公認する。
と言うことはですね。
選挙後の自民党そのものが十二分に怪しげな政党に成り下がっている可能性大。
単なる小泉シンパ政党に成り下がっている可能性大、なのです。
当然、拉致問題への取り組みも疎かに成ってしまいかねません。
なにしろ肝心要のトップにやる気が無いのに、その尻を叩くべき良識派がいないとなれば、こちらも小泉さんはいくらでも好き勝手が出来てしまうと言うもの。
これでは不安になるな、と言う方が無理と言うものではあるまいか?

ともかく私は冒頭に書いたとおり、全うな保守政権と全うな野党の成立を望みたいのです。
けれど民主も自民も、一つの政党の中に右から左まで、愛国から売国まで雑多に同居しているから話がややこしいのだわ・・・
これでは小選挙区はともかく比例区では一票の行使が出来るはずもなし。
まぁ、今ここで私が不満を言っても現実はこうなのだから、どうしようもありません。
ともかくなんとか一歩でも半歩でも政界再編につながる一票を、と思ってはいるのですが・・・中々投票先が定まりません。
民主岡田と自民小泉。
どっちもどっちで選べない、というのが今度の選挙の悲しい現実ではないか?と私は頭を抱えております。
posted by ぴろん at 02:47| Comment(8) | TrackBack(6) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月29日

国民の生命と財産を守るために必要は事は何なのか?

国民の生命と財産を守る事。
これが国政を預かる政府・国会議員の最重要責務のはずだと思います。
今回の選挙に臨むに当たって、国家の根幹を支える大事な視点、「国民の生命と財産を守るために必要はことは何なのか?」と考えてみるのも大事ではないでしょうか?

乱暴な言い方かもしれませんが、郵政と言うのは一つの行政課題に過ぎません。
日本の将来にとってどうでも良い事案ではないけれど、国家の屋台骨をどうこうするという問題ではないと思う。
中央政府が国家の命運を支える責務として何より考えねばならない事案は外交や防衛です。
優先度の観点から考えても郵政はそれらの後に続く問題のはず。

郵政のような問題は、同じ政党の議員の中でも意見の違いがあっても良い事案ではないかとも思うのですよ。
郵政民営化をするか否か?
するとしたら、どんな方法が良いのか?
色々意見はあっても良いと思うし、それらの意見の違いはじっくり議論を詰めたら良い。
けれど、今の郵政解散は小泉さんの意見だけが正論であり、それ以外の意見は許すまじ、という風潮になっております。
これでは議論にも何もなりはしない。
この小泉さんの強権的な態度を、独裁ではないか?あるいはカルトではないのか?
それを熱狂的に支持する人は事の本質が見えているのか?と私は疑問を呈しているのですが、どうも発言の真意が通じない人は多いようです。
私の思想が人間蔑視?
どこをどう探れば、そういう発想が出てくるのか・・・愚かな私には理解不能ですけれど。

しかし一つの政党の中で必ず一致してもらわねばならない事案はあります。
それは国家観とでも言うべきもの。
日本と言う国が日本として自立存在していくために、譲ってはならないもの、キッチリと確定していなければならないものはあるはずです。
それが外交と防衛、それと憲法の問題ではないでしょうか?

地方分権が進めば、中央がするべき仕事は外交と防衛です。
小泉さんは改革を主張し、民間に出来る事は民間へ、地方に出来る事は地方へと主張しております。
それならば小泉さんは、郵政問題が片付いた以降、具体的に言えば地方分権・改革政策が済んだ後の、中央がなすべき仕事について、明確な未来図を示してくれなければ困ると思う。
具体的には、憲法9条問題、自衛隊問題、外国人参政権などが上げられるかと思います。
日米安保をどうするのか?
中国や韓国との関係はどうするのか?
拉致問題は?靖国問題は?教科書問題は?歴史認識は?
これら国家の根幹を成す根本である、外交・防衛、それから憲法とそれに付随する案件について、小泉さんはどうして国民に納得のいく説明をしないのでしょうか?

今度の選挙、百歩譲って郵政解散に理解を示すとしても、問題なのは解散総選挙後の国家の未来図について、ほとんど何も語られない事だと思うのです。
政党と言うものは、国家の屋台骨を支えるこれらの観点について、所属議員の意見が一致している事が必要だと私は思います。
憲法や参政権の問題について、所属議員の意見がバラバラでは、特に比例区では国民は自分の意思を一票に託せない。
今度の選挙、真に国家の将来を案じる人にとって、投票先が見つからずしらけてしまうのはですね。
本来政党の中で多様な意見があっていいはずの郵政について強権的に意見の統一を図り、一方で本来統一が図られなければならない外交・防衛・憲法などに絡む諸問題について意見の統一が図られていない、と言うこともあるのではないでしょうか?

平沼氏・古屋氏・城内氏・古川氏のような国家観のしっかりした議員を郵政で追放しながら、古賀誠氏のような売国利権議員が公認を受ける。
掘江氏や片山さつき氏のようなどうにも国家観が危なっかしい候補者を擁立する。
いったい小泉さんはこの解散で自民党をどう言う政党に仕立て上げるつもりなのでしょう?
もしも小泉さんの思惑通り郵政だけでのお気楽選挙が実行されてしまったら、選挙後出来上がる自民党は単なる小泉シンパ政党に成り下がっている可能性は大なのです。
そんなことでこの国の未来は本当に大丈夫なんでしょうかね?

まぁ、私のような素人がたわ言をぼやいていても、分からない人には分かってもらえない可能性は大きいですから、この問題に関して参考になりそうな記事を下記にいくつかご紹介させていただきます。
明日は公示。
清き一票を無駄にしないためにも、より良い選挙になるためにもご一読をお勧めします。
多くの国民が懸命な判断をなされますことを、心より祈りたい・・・
今思うことはそれだけです。


★櫻井よしこWebサイト!(8.28日付)
『殺されてもいい』ほどの怒りと決意は金正日にこそ向けるべきではなかったか
★福田逸の備忘録―独断と偏見 (8.25日付)
政界再編を望む(二)
★log(8/25日付) 
保守が追求すべきは「国益」ではなく「真の独立」である
★Dr.マッコイの非論理的な世界(8.26日付) 
[時事] 過激な「新自由主義」への危惧
posted by ぴろん at 11:22| Comment(4) | TrackBack(5) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

毎度お馴染みのまとめレス・・・

このエントリーは昨日アップしました「小泉さんに白紙委任状を提出する勇気、ありますか?」へのレスでございます。
すみません、芸も何も無くて・・・<(_ _)>
自分でも毎度毎度レスが長くなるのもどうかなぁ?とは思っているんですけれどね。
これでもだいぶ削って短くはしたのですが・・・言いたいことを正確に、と思うとつい長くなってしまうのです。
申し訳ありませんが、お付き合いの程どうぞよろしく・・・


★ふらわあ様

>ぴろんさんの意図がどこにあるのかは知りませんが、少なくともここが小泉首相への賛否を戦わせる場になってしまうことは得策とは思えません。

すみません、ご発言の趣旨がイマイチ良く分かりません。
拉致問題を支援する者のBlogであるならば、横田夫妻の姿勢を見習って小泉批判はやめるべき、と言う趣旨でしょうか?

率直に申し上げて、表向きの言葉のみで横田夫妻の本心を分かったような気になるのはどうなのでしょう?
ご紹介の記事を私も読ませて頂きましたが、log様もご指摘の通り、この記事のどこをどう読めば横田夫妻が小泉政権に期待を失っていないと読めるのか、分かりません。
ご家族の中にはハッキリと小泉退陣を口にする人もいます。
ただ、個人として小泉批判・不満をいうことはあっても、家族会として反小泉を掲げることはありません。
それは、家族会が組織として「反小泉」のような政治的発言をすることは両刃の剣になりかねないという判断があるからだと思います。

それと横田夫妻は家族会の顔です。
例え横田夫妻の個人的発言であってもそれがマスコミに載って流れれば、そのまま家族会の意向と取られかねない危険性がある。
であるからこそ横田夫妻はご自分の立場を弁えた上で、本心を悟られないように言葉を選び、世論の反感を買わないようにと細心の注意を払って発言しているのだと思います。
実際問題、私が参加したどの集会でも、横田夫妻の口から過激な小泉批判の言葉を聞いたことは、無い。
どんなに不満があったとしても現政権を取り仕切っているのは小泉さんなのです。
彼に動いてもらわない事には拉致問題は一歩も進まない。
横田夫妻が忍の一字で小泉政権への不満を押し殺している可能性について、ふらわあ様はお考えになったことは無いのでしょうか?

例え横田夫妻であっても口から出る言葉が、ご自分の本心と常に同じとは限らないと思う。
言いたくても立場上口に出して言えない思いもあるはずでしょう。
横田夫妻の発言を小泉政権に対し、「批判すべきところはきっちり批判しつつ、期待を失っているわけでも無い」と受け止めてしまうのは、少しばかりふらわあ様の読みが浅くはないか?と感じましたが。

>棄権が適当かと思います。

NO小泉“だけ”の意思表示法が無い事くらいは私も理解はしております。
それと棄権票を投じることは結果的に与党有利に働きかねませんから、そんなやけっぱちのようなことはしない予定。
呻吟し、悩みに悩んで、少しでもまともな候補の方へ一票入れるつもりでおります。

私は小泉さんが日本のトップの座に居座ったままでは、拉致問題の解決に近づく事はまず不可能だと思っております。
あの方に拉致問題を解決する能力と意思があるとはとても思えない。
拉致問題的にも小泉はNO、それが私の基本認識です。

最終的にいざ投票となれば、私は拉致を中心に日本国の将来を真剣に考えてくれる候補者を選別する事になるでしょう。
それと少しでも売国議員を一掃してですね。
拉致問題解決につながる議員の選別をされることを、有権者には求めたいと思っています。
地道なようでもそれが問題解決に近づく初めの一歩であろうと思いますので。
そのためにも今ここで、郵政!郵政!と小泉さんの策に踊らされて、郵政一本で踊りを踊る事は非常に拙い事態だと思う。
実際問題郵政の勢いに蹴倒されて、拉致問題はすっかり影が薄くなってしまいました。
5.22の小泉再訪朝の大失態も、どこかへ消し飛んでしまいました。
これも小泉さんにとって都合の悪い事をかき消そうとする、小泉流まやかしの術のひとつではないかと感じています。

★log様

>拉致被害者家族の忍耐も限界でしょう
>安全保障、国防、外交、その他あらゆる側面をみて、日本を国家たらしめる国会議員に清き一票を入れたいと思います。

同意。
いくら小泉さんと自民党執行部が何を企もうと、その戦略にまんまとハマる気は毛頭ありません。
売国・利権議員を落とし、日本の将来、特に拉致問題を真剣に考えてくれる人を国会に送り出したいと私は思います。

★うさぎ様

私の書くエントリーはいわゆる小泉信者の琴線に触れるんでしょうかね?
小泉批判を取り上げるBlogの中でも、なぜか小泉信者の出没率が高いような気もするんですが???(笑)

それはともかく・・・

>自民党:メルマガ、ブログ発信者と懇談 武部幹事長

この話題を取り上げるBlogもポツポツありますね。
どんなメンツが揃ったのかは私も興味があります。
小泉信者はいたのだろうか?と言うよりも、小泉信者だらけだったんじゃないか?と穿った見方をしてしまうのは悪いくせでしょうか?(笑)

ともかく今の世論の風向きはすっかり小泉さんにしてやられてますね。
イメージ操作の上手さ加減はお見事というしかない。
でもまぁ解散直後よりはですね。
少し国民の側も冷静さを取り戻しつつあるんじゃないか?と私は好意的に受け取ってるんですけど。
まやかしは所詮まやかしなのです。
いくらなんでもこのまま郵政一本で投票に臨むほど日本人は愚かな国民ではない、と信じたい。
成熟した政治風土が日本に根付くための今は過渡期なのだ、と思いたいところですけれどね。
これから公示を経て投票まで、どのように風向きが変わるのか?注視していきたいと思います。

★spiral様

>私の住んでる選挙区からは、平沼赳夫
拉致議連会長が出馬します。ですから
今回の選挙は遅疑なく平沼氏を応援し
ますが、大抵の選挙区では、誰に投票
すれば良いのか悩むでしょうね。

そうなんですよ。
まさにその通り。
小選挙区はそれでも人物本意で少しでもまともな方へと言う選択が出来ますが、問題は比例区だと思うのです。
郵政一本でお気楽投票するつもりの人には分かりやすい選挙でしょうが、それ以外の諸問題、更に言えばその先の政界再編まで睨むとなると、どこに入れるのが一番有効なのか?
自民圧勝は見たくないシナリオですし、といって自民敗退まで追い込んでも良いものなのかどうか?
今度の選挙では、政権交代・政界再編ガラガラポンまではどうも行きそうも無い事も、かえって投票先を迷わせる一因になっているようにも思います。

まったく、何でこんな中途半端な政権選択選挙に臨まなくてはならないのか?
そもそも政権選択を問う選挙を、郵政国民投票・小泉信任投票にすり替えるから話がややこしくなるのだと思う。
多分私は今回の選挙では、投票日の当日投票所の記載台の前に立っても、投票先をあれこれと逡巡するような気がします。

★ぴろんさん頑張れ!様 
★ぴろんさんは結論が出ないのが結論ですか?様

HNに私の名前を冠してくださるのは光栄ですが、出来ればご自分固有のHNをお願いしますね。<(_ _)>

>ブログの責任上完全主義者になってしまったかも知れないけど

完全主義者になったつもりはありません。
理想は失いたくないとは思っておりますが、現実は理想どおりにはいかないもの。
様々なジレンマを抱えつつ、最終的には少しでもまともな人に一票を行使するつもりです。

>私は国民の多くが郵政で小泉熱狂支持になっているとは思いません

私も基本的にはそのように思っています。
ただし、郵政解散を受けた直後は、一部の熱狂的な“小泉信者”の声がやたらと大きくなっている側面はあったと思う。
その状況を黙って放っておけば、小泉信者の声の大きさに引っ張られて、よろめく一般国民も少なくないんじゃないか?と言う懸念は感じましたし、実際よろめきかけた国民も少なくは無かったんじゃないでしょうか?
世論調査の小泉支持率に、その傾向は如実にでていると思いますが。
そういう暴走を止める為にはこちらも異論反論を主張し、声の大きい小泉信者に待ったを掛ける事は意義があると自負しているのですが。

>結局小泉消極的支持に行き着くんだろうか…

無難に考えればそういう結論にたどり着くのかもしれません。
しかしそれでは今の自公連立政権はそのまま。
小泉政権もそのまま。
政界再編も政権交代もありえないまま、現状維持が続く事になります。
それは拉致問題を特に注視する私にとって耐え難いシナリオです。

私はですね。
出来れば小泉さんの思惑とは違う形での風が、今度の選挙で吹いて欲しいと願っています。
それが少しでも早い政界再編・政権交代につながるでしょうし、今度の選挙はせめてそのための序章になって欲しい、と願いたいのですけれどね。
posted by ぴろん at 00:16| Comment(16) | TrackBack(3) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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