2007年12月11日

07.11.17 小川正子さん 古川了子さんを救出する千葉集会in市原 市原市辰巳公民館にて

古川了子さんを救出する千葉集会in市原
07.11.17 市原市辰巳公民館にて

『小川正子さん(特定失踪者・遠山常子さんの姉)の訴え』

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遠山常子の姉の小川です。
よろしくお願いします。

妹は市原市の北、・・・(聞き取れず)の地を経て、千葉商業の定時制に通っておりました。
勤務先は白幡のヤックスでしたけど、1年間は無事に通えたんですけど、2年生の1学期に何の前触れも無く突然失踪してしまいました。
で、今まで、今日に至っておりますわけですが、少しでも何かの情報を得られたらと思って、いつも古川了子さんの集会に参加しております。
是非、なにか少しでも情報があったら教えて頂きたいと思います。
よろしくお願いいたします。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

氏名 遠山 常子
失踪年月日 昭和49(1974)年07月11日
ふりがな とおやま つねこ
生年月日 昭和32(1957)年6月22日
性別 女 当時の年齢 17
身長 体重
公開 第22次公開
当時の身分 県立高校学生(夜間部)、千葉市内のスーパー・マーケット勤務
特徴
失踪場所 千葉市内
失踪状況 遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、峰島英雄さんの兄妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。峰島英雄さんが、「二人を家まで送ってくる。戻ってくるから、食事を用意しておいてくれ」と兄妹に言い残し、車で飲食店を出たまま三人とも失踪。峰島英雄さんの車(赤いマークU)も未発見。失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。引越しが終わったあとに、三人で飲食店に食事に来た模様。失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。

※情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

07.11.17 竹下珠路さん 古川了子さんを救出する千葉集会in市原 市原市辰巳公民館にて

古川了子さんを救出する千葉集会in市原
07.11.17 市原市辰巳公民館にて

『竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)の訴え』

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今日はせっかくのお天気の良いところを、皆さんこんなに大勢おいでいただきましてありがとうございます。
古川了子の姉の竹下珠路と申します。

古川了子は本当にそこの前のバス停から、毎日三井造船まで通っておりましたし、母はすぐその前で花屋を(営んでいました。)
そして皆さんに本当に改めて来たと思います。
今日も皆さんに「花屋さんに行ったよ」と何人もお声をかけて頂きました。
もう91歳になってしまいましたが、何とか妹の消息を得るまで妹に会うまで頑張ると言って、私と一緒に暮らしております。
妹が本当にここで育った。
今日は育った土地で、花屋を手伝っていた妹も、ここで皆さんにお願いが出来るという事が、と力強く感じております。

今のお話にずっとあったように、私は国交正常化をする事が妹の消息を捜すことにつながるのか?つながらないのか?
ただ、今、福田総理が「拉致の問題を私の代で解決します」と、総理就任のところで仰いましたけれども、どこまでの解決なのか?
今認定している人たちの解決では無いのか?という事が、とても心配でなりません。

小泉総理が第一回の訪朝をされたときに、官房長官であった福田さんが、今どのようにこの問題を解決しようと(しているのか)。
あの時は十何人としか認識されていなかった。
その時代と今、私達はうちも(拉致)かもしれないと一生懸命声を上げたことで、今の総理がどのように解決をしてくれるのか?
もしかしたら、認定している人たちの解決。
そしてそれ以外は国交正常化の後、何十年かかけてゆっくりと話し合っていくんだという考えを持っているかもしれないと。
あるいは棚上げされてしまうのではないか?と言う思いが、とても家族としては心配でなりません。

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本人を前にしてですが、母の10年後はとても難しいものがあると思います。
福田総理にとってはたった10年後かもしれませんが、私たち家族にとっても妹にとっても、この1年、2年、3年、10年という事はとても苦しいものだと思います。
どうぞ福田総理が強い意思で北朝鮮と交渉して頂くように、この現実を、10人15人と言うものではないという事で、どうやって解決するのか?

やはりアメリカが北朝鮮と先ほどの手を組む、仲良くなるという事で日本政府はどれだけ毅然とした態度で北朝鮮に対していくのか?
それはこの拉致問題の解決、これは一人一人の命ですから、命より大事なものがこの世にある、とは思いません。
このたくさんの命を福田総理はどう解決して行こうとしているのか?
それをきちんと強い意思を持っていただきたいと思いますし、それを「強い意思を持て」と言って頂くのは皆さんのお一人お一人の、そして私たち家族も頑張りますが、皆さんお一人お一人の声が力を与えると思います。

総理大臣にメールを送ることも出来ます。
ハガキを送ることも出来ます。
どうぞ、「拉致の問題をきちんと解決せよ」という言葉かけをして頂けたらありがたいと思いますし、その事を外で、署名用紙にも私たちも訴えていこうと思います。

どうぞ今後ともよろしくご支援お願いいたします。
ありがとうございました。(拍手)

2007年12月09日

07.11.17 真鍋貞樹氏3 古川了子さんを救出する千葉集会in市原 市原市辰巳公民館にて

古川了子さんを救出する千葉集会in市原
07.11.17 市原市辰巳公民館にて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事の講演 その3』

では、これから先はかなり推測も含まれているので、ちょっと私も気をつけながら申し上げますが、木村かおるさんは北朝鮮でタイ人の女性だけではなく、他の関係も日本語を教えていたと、1割ほど推測しています。
大韓航空機の金賢姫の告白本を丹念に読むと、小さく載っているんです。
それは何かと言うと金賢姫は田口八重子さんに、日本語を教わっているわけじゃないんですよ。
田口八重子さんに日本人女性の生活習慣・仕草・会話などを教わっていて、日本語は他の日本人に教わっているのです。
その本に書いてあるんです。
その他の日本人とは誰かというと「1960年代に来た日本人」て書いてあるんです。
当時帰国事業と言うのがありました。
その帰国事業で北朝鮮に行った日本人と書いてあるんです。
木村かおるさんの失踪は1960年ですね。
金賢姫がその人に日本語を教わった時には、その日本人女性は中年だったという事です。
彼女が教わっていたのは1980年の前半くらいかな?
木村さんは20歳の時の失踪だから、40歳くらいの時に金賢姫に日本語を教えたのではないか?という事になります。これはかなり推測ですけど。

金賢姫は日本語をどこで教わったか?と言うと、平壌外国語大学で教わっていたのです。
その教わっていた先生が日本人だったという事です。
金賢姫が大学を中退して工作員に再教育されていくわけですけども、別れ際のやり取りがこの本に書いてあるんですけども、「この先生はとても私を誉めてくれた」と書いてあります。
「とても素晴らしい成績で、成績が良くて一生懸命頑張った」と。そして別れ際に『お元気で』って言ってくれました」と。
「大学を出て行くとき、最後まで見送ってくれた先生です」と書いてあるんです。

タイ人の女性が同じように言うんです。日本語の先生が、「お元気で〜」って、「お元気ですか〜」って言いながら部屋に入ってきたと。
タイ人の女性も2ヶ月ほど、木村かおるさんに日本語を教わったんですけど、とっても優しい先生で毎日のようにキャンディをくれていたとのことです。
このキャンディがポイントなんです。
授業の時には「お元気ですか?ご飯はちゃんと食べていますか?よく眠れましたか?」と非常に優しく接してくれたとのことです。

その話を木村かおるさんのお姉さんに伝えると「彼女は子供の頃からキャンディが大好きで、看護婦になっても患者さんとか、おじいちゃんや子供を見るたびにキャンディを配り歩いてた」と言う話をされました。
で、「お元気ですか?」というふうにしょっちゅう言っていた。
タイ人女性に、私が「先生の歩き方はどうですか?」と言うふうに言ったら、再現いたしますと、手を膝の上に乗せてこういう感じで歩いていくんです。(真鍋氏その場で歩く仕草を真似てみせる)

こういう感じで歩いて内股で来て「お元気ですか?」というふうに。
これは、木村かおるさんの人物像と全く一致するのです。
そういう木村かおるさんだったんです。

それで話はだんだん飛びますけど、一連の事は金賢姫とは実はアノーチャさんと、アノーチャさんと言うのは、ジェンキンスさんが見たというタイ人の拉致被害者ですね。
アノーチャさんはどこで拉致されたか?と言うとマカオですね。
金賢姫もマカオなんです。
同じホテルです。
アノーチャさんが働いていたホテルに、金賢姫は泊まっているんです。

アノーチャさんと一緒に拉致された孔さんと友達だったのが、さっき言った韓国の女優の崔銀姫さんが北朝鮮で知り合って、と言う話からつながって言ったという事ですね。
そうするとアノーチャさんがジェンキンスさんと曽我さんで、そしてめぐみちゃんでと繋がります。
そして、めぐみちゃんを見たのが安明進で、安明進が見たのが古川さんという事です。
ちょっと風が吹けば桶屋が儲かるみたいですけど、こういうふうに丹念に一つ一つを追いかけていけば、関係性が明らかになっていくというふうに見ています。まだ点線の部分が多いんですが。

こういった作業を日々コツコツとやっていると、個別の古川了子さんの事件や特定失踪者と言われている人の名前が出てくるわけですよね。
古川了子さんのみならず、安明進が見たという加藤久美子さんと言う女性もいますし、名前の分からない安明進に日本語を教えた日本人と言う人もいるわけです。
アヒル歩きの女性と言っている。
安明進に特定失踪者の写真を見てもらったけど安明進はどの女性も違っているといっていました。
足が悪くて何かこういう感じで歩いていたという先生で、顔は良く覚えているんだけど名前とかはもちろん判らないけれども、日本人だという事は間違いない。

安明進は一杯そういう証言をしています。
まだ他にも出てくる可能性がいくつかあるんですけど、今日はこれくらいに留めておきます。
もちろん日本の警察当局もこうした作業をやっているはずなんですけど、外務省もやっているはずなんですけど、まぁ、ため息で終わっています。

それで時間もないので今後のことに移ります。
今後のことで一番の超短期的なお話は米朝ですね。
北朝鮮とアメリカの急接近と言う姿をどういうふうにみるべきか?という事がとても重要だと思います。
我々と言うか私も個人的にびっくりです。
あれほど敵対していた米朝が180度変わって、いまやパートナーとなっています。
この転換点はどうしてか?という事なんです。
おそらく皆さんの認識では、アメリカ裏切ったな、と思われていると思うんですけど、私はそう見ていません。
裏切るも何も、「そんなの関係ない」です。

一番のポイントはですね。
これはあくまでも私の意見ですから、異論・反論・オブジェクションが皆さんにもあると思います。
議論と言うか、いろいろ意見交換をしたいわけですが、このややこしい東アジアの地形。
中国、ロシアが大きく、日本が大きく、アメリカがスーパービックと。
この中に韓国も今やベスト10に入っているくらいの経済大国ですね。
ここに、北朝鮮という小さな何ともえげつない親分によって、2000万人の人民が苦しめられている体制の国があり、「古典的李王朝時代の封建制的、専制的、全体主義国家」です。
この状況の中で、核は作るわ拉致はするわ麻薬は作るわ偽札は作るわ、片やイラン・イラクと核兵器の交換をしたり、悪さばっかりしているという事から、アメリカはテロ支援国国家という事になりました。
で、今テロ支援国国家指定を来月中か再来月には解除しようとするのはどうしてですか?

この謎を解く一つの鍵は誰も分かってないですけど、分かっているのはアメリカのブッシュさんとライスとヒル位という数人しかわからないでしょう。
アメリカも非常に複雑な国で、与党野党もあるし、右もあれば左もいるし、と言う中で非常に大きな政策転換をしているのです。
しかし、実は政策転換でも何でもないという事です。
元々だったんです。

それはどういう意味か?
皆さんに「北朝鮮にとって最も怖い国はどこでしょう?」と質問をしたらどう皆さんはお答えします?
アメリカだと思われる方?
北朝鮮にとって最も嫌な国、最もこんちきしょうと思う国、最もプレッシャーを感じる国です。
北朝鮮がプレッシャーを感じる国です。
日本のおおよその人は、ずっとアメリカが北朝鮮を敵対視しているから、アメリカにプレッシャーを感じているんだろうと思いがちです。
中国なんです。
北朝鮮にとって歴史的に、朝鮮の歴史から始まって今日に至るまで最もプレッシャーを受けるのは中国なんです。
中国からのプレッシャーを止めるためにはどうすればいいですか?
(会場より「アメリカを」の声)そう。
単純でしょう?

だからここは北朝鮮がアメリカと手を握ると言う意味は、中国を押さえるための北朝鮮としての最大の武器になるということです。
朝鮮半島以下、北、南、日本、そして台湾と言う地政学的な、業界用語で「ヘゲモニー(hegemony)」と言うんですけどね。
覇権とも言いますけどね。
ヘゲモニーをキープするために、米国がここを確保するという事は非常に重要です。
米朝のお互いのメリットが最大に一致するんです。
この最大のメリットをどこが一番嫌がります?
中国が一番嫌がるのです。
この構造は昔から変わらない。
政策転換でも何でもないんです。

うちの代表の荒木とも、この辺の見解は違っていますからね。
荒木の意見も良く聞いてください。
荒木との認識の違いは、アメリカにとって北朝鮮は全く価値が無い地域かどうかです。
米国は北朝鮮のことはどうでもいいと思っているから、拉致問題なんかもどうでも良いんだ考えているという見解を荒木は言っていました。
で、私と議論になっています。
今でも解決されていません。

確かにアメリカは北のことなんかはどうでも良いと思っているんです。
政策的に地政学的には重要だけども、石油が出るわけでもないし、ビジネスパートナーとしてもそんなもの、1万対1くらいのものです。
しかし、地政学的なものと、何よりも日本へのプレッシャーとしてここを押さえると言うのは、囲碁をやってらっしゃる方はお分かりと思いますが、日本を押さえるために朝鮮半島を押さえているんです。

もう一つの構造として皆さんが、私も含めて誤解する事は、日本にとってもっともプレッシャーを感じる国はどこですか?
日本が最もプレッシャーを感じる国。
いろんな意味で。
中国?北朝鮮ですか?韓国ですか?ロシア?アメリカ?

私の意見はアメリカです。
何故、アメリカが第二次世界大戦を起こしたか?
何故、日本を中途半端な自立国にさせましたか?
米国の東アジア戦略は、如何に日本と言うものをアメリカの傘下に置くか、という事です。
要するに日本に自由にさせたくないという事なんです。
この極東アジアの地域で。

だから日本にとっての最大のプレッシャーはアメリカなんです。
アメリカのプレッシャーから独立しようとすると叩かれる。
だから安倍政権を最も嫌ったのは、中国でも韓国でも北朝鮮でもない。
ここです。(アメリカの文字を差し示す)
自立したら困るんです、アメリカは。
だから日米同盟の意味はお互いに守りあうという事じゃないでしょ?ご存知の通り。
要するに日米同盟の意味はアメリカの威信の元に日本を置くということであり、国際政治的なパワー・ポリティクスの問題であるわけですね。

これには異論・オブジェクションいろいろ皆さんあると思いますけど、こういうような構造で見たらアメリカと北朝鮮が手を結ぶと言うのは、今日何の不思議もありません。
むしろ遅かった。
遅かったと言うのには、中国の歴史があります。
アメリカが朝鮮半島に出張っていくことには、中国は、ケ小平以前にそんな事をやったら許されないわけですね。
中国はいまや資本主義国家以上に資本主義ですから、金が全てですよね。
お金が全ての国になっているから、今ここで北がへんてこな事をされると、それこそ株価が下がると言う世界です。
共産主義国家でなんで株価が下がる事を心配するのか?と言うと、みんな株・株・株なんですよ、中国は。
古典的・19世紀的資本主義ですよね?
だからここで何かあったら困るから、アメリカと北が手を握って、北朝鮮がそこそこ大人しくするならええやないか、という事で妥協が成立したという事です。

ここで問題になっているのは、アメリカのテロ支援国家指定解除問題ですね。
テロ支援国家解除する要件と言うのは皆さんご存知ですね?
核廃棄がひとつ。
もうひとつがよど号、それから拉致。
で、今福田さんが(アメリカに)行って家族会のメンバーが行って拉致もリンクしてくれと言ってるんですね。
テロ支援解除に要件として拉致問題も入れてくれと言っています。
これはよど号も含めてなんですけど、これはもう完全にアメリカの方の空気は「関係ない」っていう状況なんです。

よど号が非常に微妙なんです。
よど号と言うのがあるからテロ支援国家ではないんです。
よど号の事件は1970年ですから、はるか前の事件でテロ支援の要件でも何でもないんです。
ただよど号の関係者が日本赤軍・連合赤軍などを通じて、中東などでテロ行為のリンケージを持っている。
偽札のリンケージを持っている。

田中義三と言うのがカンボジアで捕まりましたけど、何をやっていたか?と言うと偽札のロンダリングですよね。
そういうことからテロ支援国家のひとつの条件として加わったんのですけども、まぁ微妙な問題です。

よど号がどうなるかと言うのが、今後のテロ支援国家の解除の問題とリンクします。
早い話が北朝鮮がよど号の関係者、奥さんや子供を含めて全員日本に帰国させる。
これで米国はテロ支援国家の指定解除をする。
で何を言うかと言うと、北朝鮮は、「よど号は勝手に来た」と言うのです。
で、有本さんとか松木さんとか石岡さんの事件も、「あれはよど号の人間が勝手に拉致した」、「後は知らん」、「そんなの関係ない」で終わっちゃう。

と言うような状況で、ここからがポイントなんですけど、よど号が帰って来たら日本の高村さんも言ってますが「一定の進展」だから日朝国交正常化へという話に走るでしょう?
それに対して救う会・家族会はとりあえず駄目だといいます。
で、私はそれに対してちょっと異論があるんです。
これは何故と言うと、よど号を帰すことによって松木さん、有本さん、石岡さんのみならず、さっきいろんな絵を描きましたね?
リンケージが明らかになってくるんです。
拉致のリンケージが。

だから私としてはよど号を早く返してもらいたい。
帰して早くゲロって欲しい。
そうすることによって特定失踪者の様々な情報が得られるかも知れない。
だからそれは小さな進展である。
ホンの一部の進展である。
だからすぐに日朝国交正常化せよ、って言うんじゃないんですよ。
早いところよど号を返してもらって、皆でよってたかって、少しでも何かこの特定失踪者の情報を得たいという気持ちが、私にはあるんです。

今のままで流れますと、進展の定義を巡って大きな食い違いが生まれて来ます。
要するに一部の拉致被害者の方が帰って来るとかした場合ですね。
それはそれでハッピーな事です。
5人でも10人でも帰って来られれば、それはそれでハッピーです。
しかし問題は、それでおしまいにされてしまう可能性が大きいという事です。

ハッピーな世界とアンハッピーな世界が明確に分かれてしまうわけですね。
アンハッピーな世界の人たちとは、この特定失踪者と言われる人たちのことです。
そこを置き去りにしないで欲しいという事を最後の最後まで言っていかなくてはいけないんです。
でも、だからハッピーな人が帰ってきてはいけない、とは言えません。
よど号なり何なりが帰ってくる、5人なりが帰ってくると、それは帰るな、という事は絶対に言えない。

5年前の蓮池さん、曽我さん、地村さんの時は、部分的に帰ってきて、「ハイこれでおしまいですよ、日本政府もおしまいにしましょうね」と、これで小泉さんも手を打ったわけですね。
しかし、あにはからんやと言う世界が生まれました。
だから、また同じ問題が起こるのです。
その時に、やはり日本人は賢くならにゃいかんと思います。

5人10人帰ってきましたのでおしまいだね、という事にはならないと思わないといけません。
帰って来る人に対して、帰るな、と言うことは無いはずです。

私としては、こういう事を、期待と言うより想像するのも嫌ですけど、繰り返していくより解決の方向性は無いのではないかと思っています。
一人でも二人でも三人でも5人でも、少しずつでもいいからとにかく返せと。
とにかく全員帰して来たら、日朝国交正常化OKと。
1兆円でも2兆円でも3兆円でもどんどんODAやればいいじゃないかと、いう事です。

そうすると怒られるかもしれませんけど、ODAって誰のためにやるんですか?
北朝鮮へのODA。
ODAをやるのは日本のためです。
日本の企業のためという事では無いですよ。
朝鮮半島は極東アジアの物流の重要な拠点ですよね?
鉄道、道路、港湾、船その他、ここがぶっちぎれているため、迂回していかなければならない。
100年後の構想には、ここに鉄道を全部敷くとかですね。
超エクスプレスとか、計画いろいろありますよね?
今、アジアハイウェイとか言って、ずっとインドシナ半島まで行って結ぼうとかいう計画がありますよね。
世界中に物流なり人の流れなりをつくろうとしているときに、日本だけがそのルートから残される可能性がある。
朝鮮半島に早いとこそういうルートを作るという事は、長期的に見て日本の利益になる。

ただし、があるのですね。
短期的には利権が発生するのです。
ここがODAの難しいところ。
ODAと言うのは本当に麻薬と言うか、悪にもなるし善にもなるんですけど、悪の方を置いておいて、善の方で見ると長期的に朝鮮半島に対してODAを投資して、鉄道だ、道路だ、港湾だ、情報だ、インターネットだと整備することによって、長期的な日本の利益になる。
しかし短期的にはいろいろ、キックバックだとか何だとか、議員の利権だとか、いやらしいことがあるから困っちゃうんですけど。

こうした認識をしたところで、私としては日朝国交正常化といっても、今の体制で日朝国交正常化をするのは嫌です。
嫌いです。
絶対駄目です。
北朝鮮が普通の民主的な国に生まれ変わった後に「日朝国交“完全”正常化」するといった方が正解ですね。

日朝国交正常化、正常化といいますけども、これには「まやかし」があるのはご理解いただけますよね?
政府が言う日朝国交正常化と言うのは、大使館を置くか置かないかだけです。
よく言われるんですよ。
「早いところ正常化すれば真鍋は自由に調査して来られるから良いじゃないか」と。
馬鹿言いなさんな、と思います。

大使館を置くだけで、真鍋がのこのこ行ってあの国で「特定失踪者知りませんか?工作員知りませんか?」ってやっていたら、すぐにお山行きって言う世界です。
お山っていうのは、強制収容所ですね。
日朝国交正常化の意味は大使館要員を交換する、と言うだけのことです。

日朝国交正常化しなくったって、今は経済制裁があるから行きませんけど、行こうと思えば行けたわけですよ、北朝鮮に。
しょっちゅう日本人が行っていたし、しょっちゅう北朝鮮からも日本にビジネスで来ていたんです。
在日の人も行ったり来たりしていたんです、制限はあるけれども。
だから何も変わらないです。
ただ、大使館を置くか置かないかと言うことです。

完全な意味での日朝国交正常化への道のりと言うのはまだまだいろんな事をやらなきゃいけない、考えなきゃいけない、というふうに思っております。

ちょっと長すぎましたか?
宜しいですか?
まぁそんなところで・・・(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストは、真鍋氏ご本人の手による加筆・修正を頂いた上で公開をしております。

2007年12月08日

07.11.17 真鍋貞樹氏2 古川了子さんを救出する千葉集会in市原 市原市辰巳公民館にて

古川了子さんを救出する千葉集会in市原
07.11.17 市原市辰巳公民館にて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事の講演 その2』

ちょっと話が飛んじゃいましたけど。
千葉の方で非常に注目しているのが実は鵜沢幹雄さんと言う方の御宿の事件です。
ほとんど報道されないし、関心も呼んでいただけない残念な失踪ケースなんですけど、場所と言い失踪の経過と言い、非常に怪しいケースです。
まず場所なんですけども、御宿と言う場所は皆さんご存知の通り風光明媚なリゾートタウンですね。
実はという事でこの近くに北朝鮮の隠れ家があるんです。
これはあえて言うとインターネットで出ちゃうと拙いんで、固有名詞は言いませんけども、何ヶ所か在るんです。

この何ヶ所かあるところにこの辺(=千葉と東京の境目辺りを指し示す)で拉致した人を隠して、何日か隠した後、船が来ますよね?
日本海なりどこなり、その船とミーティングするために一時期隠しておく。
で、船が来たところまで車で運んでいく。全国に一杯そういう隠れ家があるわけですよ。
隠れ家の一つが曖昧にしておきますけどこの近くにあるという事です。
あんまり言うと、証拠出せと言われると証拠を出せないから、それこそ行政訴訟されたら負けちゃう可能性があるんですけど、有名な事件があるわけです。
そういう場所がすぐ近くにあるんです。

それから皆さんは拉致と言うのは日本海側で船で運ばれるという認識を持たれていると思うんですけど、私はそれを全然同意できないというふうに思っております。
その根拠はですね。
どうやって運ばれたのか?と言うとこの東京湾からです。
千葉港だ横浜港だというのには、北朝鮮の貨物船、一杯入って来ています。
万景号も入って来ていたんですよ。
一杯しょっちゅう入ってきた訳です。

今は経済制裁でストップしていますけど、要するに日本全国の国際港、千葉港・横浜港・東京港もそうですけど、神戸・函館・小樽というような国際的なところに解放されている港には、ほとんど全て北朝鮮の貨物船が入港している。
工作船じゃなくて貨物船が入っています。
その貨物船は人を運ぶのに便利です。
この辺で隠されていた人を、船が入ってきたら車で運んでいって小型船に乗せるわけです。
そしてその貨物船に乗せてそのまんま北朝鮮に行く。
簡単でしょ?

簡単でしょ?って、あまり大きな声で言っちゃ・・・私もこの活動を長くやっていると言葉がだんだん粗くなってきています。指摘してください、だんだん言葉が粗くなってきますので。
これは推測じゃありません。
実例があるんです。
この実例が1978年に香港で起こった有名な事件ですけど、韓国の女優さんで美人女優で有名だった崔銀姫さんと言うんですけど、この方がどうやって拉致されたか?という事なんです。詳しく話し出すとまた長くなっちゃうんですけども。
映画の仲間からお誘いがあって香港に行きました。
韓国から香港へ。
そこで中国人の映画仲間と言われている人たちと出会い、食事をし、ドライブに行こうと誘われました。
ドライブに行った先で数人の男性に車に押し込められました。
そしてその車のまま香港の港に行きました。
香港の港から小さなボートに乗せられました。
その次に大きな船に乗せ換えられました。
さらに、高速船に乗り換えました。
そして北朝鮮の南浦の港でまた小さな船に乗り換えられました。
という事で、船を4回乗り換えているんです。
最初香港から小さなボートで沖合いに出て、北朝鮮の貨物船に乗せられました。
そして運ばれました。
と言う仕組みです。

ちなみにこの仲間だったと思っていた中国人と名乗る映画仲間が、みな北朝鮮のスパイだったんです。
で、そこにはですね。
親子連れも入っていたんですけども、スパイの親子連れ。
意味分かります?
親子で来ていたらスパイだなんて普通想定しないでしょう?

「全員でお食事行きましょう、美味しいところありますよ、行きましょう、ドライブ行きましょう、私たちも一緒に行きますから」と親子も一緒に乗るんですよ。
で、本当に拉致する現場まで連れて行って、その親子はバイバ〜イ、と言う予定だったのが、その親子も一緒に連れて行かれちゃったんですよね。証拠隠滅のために。
と言う事件が1978年香港で起こっています。
という事から、丁度1978年だから了子さんの5年後ですね。
地村さんたちと同じですね。

方法論としてはみな同じだと思っているんです。
めぐみちゃんのように乱暴に袋を被せて車に乗せて運ぶみたいなケースももちろんあるんですけども、やっぱり大人を拉致しようと言う場合は言葉巧みに「元気?」とか言ってですね。
「どうしてる?お茶でも飲まない?」というような形で、おそらく一人じゃないかもしれないですね。
複数の人間が、「私の友達」とか言って紹介すると、「今度はこういう楽しい集いがあるんだけど、顔を出してみない?」と言う感じで。
「楽しかったわね」という感じで、「じゃあ友達が車で来ているから、それに乗って帰りましょうね」と言うような形で乗ったら最後、そのまんま。

と言うような方法論の方が一般的だったんじゃないか?と思っているんです。
おそらくはその貨物船なり何なりが来るタイミングまで、そういう隠れ家と言うところに監禁されて、然るべき時に運ばれて、と言うことだと思っています。
だから決して拉致されるポイントやルートと言うのは日本海側だけじゃなくて、房総半島・伊豆半島も含めて考えておかなければいけないんじゃないか?と思っています。

後もう一つ、東京湾が危ないと仰ってらっしゃる方が、元NHKのワシントン支局長の手島龍一さんと言う方です。その方が書いた「ウルトラ・ダラー」という、偽札を北朝鮮が作っていると言う話の本で、冒頭に出て来ているのが日本人の印刷工の拉致という事ですね。
先ほど私がお話したとおりです。
東京湾には北朝鮮の貨物船と言う工作船が入って来ていたとかれています。
そこから優秀な印刷工の関係者を何人か拉致していきました、っていう記述が最初にあるわけですね。

手島さんにお会いしたときに、手島さんに「これは小説です」というふうに書かれているんですけど、手島さんに「本当ですか?」とお聞きしましたら「小説というふうにしている」と答えられました。
「有力な情報提供者から聞いた話なんだ」と話されました。
だから手島さんご本人も東京湾が非常に危ない場所であると認識していると、言っておられました。
先ほど言いました江藤健一さんの失踪の時期とか、そのウルトラ・ダラーに書かれている印刷工拉致の時期・場所が一致しているわけです。
手島さんに「江藤さん入ってますか?」と言う話をお聞きしたら、「それは勘弁してください」と。
「個別の事は勘弁してください」と言われましたけど、非常にそういう事も考えられると言うのが、東京湾という事になるわけであります。

千葉の拉致と言うのは、繰り返しますけど千葉県内の事件だけという事ではなくて、他の事件との係わり合いもある可能性は否定できないと言うふうに思っていますので、私としては千葉県に都合20回は来て、房総半島は2〜3周した記憶があるんです。
中村議員とも一緒に旅をして私の夕食の分まで彼が食べて帰ったこともあるんですけど。
それくらい千葉には何度も足を運んでいるんですけども、残念ながら決め手が無い。

だから当時のことで何か、あれこんな事があったけれどもなんだろう?と言うようなちょっとした事でも結構なんです。了子さんなり何なり、もしご記憶ありましたら言って頂きたいんです。
一般的にそうなんですけど、いろんな話をしている内に「あぁそういえば」と出てくるんです。
ただ聞いてそうか、という事で終わってしまうとそれっきりになっちゃうんですね。
だから本当にどんなに些細なことでも結構ですので、何かありましたらお申し出頂ければと思います。

それでは今度はちょっと難しい拉致の複雑な状況について少しお話を進めたいと思います。
私たちも10年拉致の問題についてずっと追いかけている内にですね。
マスコミの皆さんとか政府の皆さんとか、我々民間団体も含めてだんだん研究・調査と言うのが蓄積されて来ました。
まだまだ一部なんですが。
全容解明のホンの入り口しか、実は分かっていないんですけど、その入り口の中でもかなり分かってきた事があります。

それは、救う会のチラシの最新号です。
これ、元ネタは小学館のSAPIOと言うところに掲載された、恵谷治さんと言う私たちの大先輩で、一生懸命御協力いただいている、私たちの調査会の役員もして頂いている方が書いた関係図なんですけども、これもまだまだ一部なんですけども。
これがどんな関係図か?と言いますと、渡辺秀子さんとその子供さんの高敬美さんと高剛君の、この事件からスタートしてどういうふうな関係に、北朝鮮の工作活動と拉致が行われてきたか?と言う図です。

ちょっとややこしいんで申し訳ないんですけど、渡辺秀子・高姉弟の事件についてはご存知でしょうか?大丈夫でしょうか?
これを話すとまた1時間かかっちゃうんですけど、簡単に申し上げますとユニバーストレイディングという昔、工作会社がありましてですね、北朝鮮の。
そこに勤めていた高大基と言いますけども、この人物の奥さんが渡辺秀子さん、日本人です。
この二人は結婚して二人の子供を作りました。
一緒に高大基と渡辺秀子さんの親子4人は、日本中を旅しています。
これが一つのポイントなんですけどね。

さっきも申し上げましたけど、崔銀姫さんのときも親子連れが出て来たといいましたよね?
それと同じように、夫婦親子で移動していると誰も疑わないんです。
渡辺秀子さんはそんなこと全然知らないですよ。
うちのお父ちゃんは仕事で日本全国を回っていて、温泉行って美味しいものばっかり食べてと。
ビジネスだから、と言う形で一緒について行ったわけですね。

で、あるときユニバーストレイディング社の中で大きな問題が起こって、高大基は北朝鮮に呼び返されました。
元々高大基は在日の人だったんですけど、問題発覚のため本国に帰れという事で突然帰りました。
それで渡辺秀子さんに、別れようという事で手切れ金を渡して、彼は北朝鮮へ帰って行きました。
渡辺秀子さんは突然の事だったので、手切れ金を貰ったって子供二人小さいのを抱えて、しかも突然。
まぁ渡辺秀子さんは夫を好きだったわけですよ。
好きな人が突然いなくなっちゃったので、これは一体どういうわけか?という事でユニバーストレイディングの関係者の人に「うちの夫はどうしたんだろう?どうしたんだろう?」と言っている内に、渡辺秀子さんは証拠隠滅のために殺されたというふうに、されています。
されていると言うだけです。

犯人である在日の木下陽子という女性が殺害を命じて、秋田県と山形県の県境に遊佐海岸と言うところがあるんですけど、そこに死体を埋めたとされているんですけれど、当時警察が一生懸命その遺体を捜したけれども、今日に至るまで発見されていないという事です。
渡辺秀子さんはそういうふうに殺害されたという事になって、残ったお子さん二人はどうなったか?と言うと木下陽子の部下たちによって北朝鮮に船で運ばれていったと言う事件です。

この事件からスタートしていって、ユニバーストレイディングと言う会社がどういう会社かと判明してきたんですが、明確によど号の関係者と密接につながりを持った会社だという事です。
よど号の関係者はその後いろいろな拉致事件を起こしていきます。
そしてユニバーストレイディング社に関わった人物たちが、それぞれの拉致事件を起こしていくと言うふうになって来たわけです。

これが大雑把な関係図です。今日はせっかくですからもっと細かくお話をしてみたいと思います。
古川了子さんとのつながりはどういう事か?ということで。
風が吹けば桶屋が儲かる式の話ではあるんですが、せっかくですからこの関係図をもう少し詳しくお話をしていきたいと思います。
ようやく分かりつつあるんですけど、まだまだ点と線がわずかにつながる程度で、それを証明するだけの強いものとか、これだという事が言えない段階なんですけど、分かっている範囲でお話をしたいと思います。それで我々は推測・想定・仮説と言うものをして、それを証明していく作業をしているという事を、ご説明したいと思っています。

非常にややこしい話になるんで、大丈夫でしょうか?というより、こっちが大丈夫かな?
まずどこからスタートするかと今考えていたんですが、木村かおるさんという方からはじめます。
秋田の日赤病院で看護婦さんをしていた方の消息が分かりました。
ご記憶があるでしょうか?
タイ人のホステスさんたちが拉致されて、北朝鮮に運ばれた時に、日本語を教わりました。
その日本語を教えてくれた女性が木村かおるさんであるという事が分かったんですね。
これは千葉では報道されましたか?
報道されてない?
全然ない?
はい、そうですよね。
今こんな状況なんです。
一生懸命やっても扱いが小さいものですから。

どういう関係でというとややこしいですね。
タイ人の女性たちが10人、1982年から83年、北朝鮮に連れて行かれました。
バンコクから。
これは何のためかと言うとですね。
北朝鮮に安山館というレストランがあるんです。

これは皆さんが北朝鮮へ行って平壌に行ったら必ず冷麺を食べる店ですね。
ここにはしょっちゅう日本人の観光客も行っていますけども、この安山館にレストランのクラブがあるんですね。
クラブで働かせるためにタイ人女性を必要としたために無理やり騙して連れて行ったという。
「日本に行こう」と、行った先が平壌だったという事ですね。
安山館というのは誰が作ったか?と言うと金正日が作るようにと命令して出来たというレストランです。
だから何も単純なレストランでは決して無いわけですね。
いろんな意味で、表向きは外国人の接待をお手伝いするためにという事だったんですけども、そういう裏があるというレストランに入っていた。

ここには日本人ビジネスマンも行くわけですよ。
客層が日本人なんです。
当時の話ですがね。
その日本人の接待のためだから日本語を勉強しなさいということで、ある招待所で日本語を教わるわけですけども、その先生が木村かおるさんであると、いう事が分かったんです。

安山館はですね。
金正日が作れと言いましたけど、自分が金を出した訳じゃないです。
誰が出したか?
これがあまり馴染みが無いんですけど、日隆商事と言います。
これは日本の有楽町にあった会社で、貿易会社です。
社長は在日の方だったんですけども、非常に一生懸命、日朝貿易を真面目に取り組んでいました。
工作機関でも何でもないですよ。
これは日隆商事の関係者の名誉のために私言っているんですけど、日隆商事そのものは、まともな会社だとご理解してください。

でも騙されたんです。
このおっさんに(金正日の名を指し示す)、結局のところは。
この日隆商事が安山館を経営していました。
これは日本(日隆商事を指し示す)、これは平壌(安山館を指し示す)です。
有名な金正日の料理人・藤本さんと言う方がいるでしょう?
この人も安山館で働いていたんです。
日隆商事が金正日の命令で、命令というか依頼で誰か寿司職人いないか?という事になり、いますよという事で推薦したのが藤本さん。
藤本さんはこの安山館で働いていて、タイ人女性とも一緒に仕事をしていた。

日隆商事は確かにまともな会社だったんですけども、ここにやっぱり怪しい人がいるわけです。
怪しい人は誰か?と言うと一人は金世鎬(キム・セホ)と言う人物。
金世鎬と言うのは北朝鮮の工作員で久米裕さんという三鷹市役所の警備員をしていた方を拉致した犯人で、指名手配を日本の警察がしていますね。
この人物は日隆商事がビジネスとして日本に呼んでいた人です。
呼ぶといっても1人だけではなくて、10人くらいビジネスだって言って呼ぶわけですが、その中のひとりとして金世鎬が入っていました。
金世鎬は日隆商事の招待状で日本に来て、何をしていたか?と言うと、日本中を回っていたそうです。
海岸を。

日隆商事の社員の人は「金世鎬先生は一体何をしているんでしょうね?」と疑問に思ったそうです。
たまに帝国ホテルに泊まるときに、金世鎬を見つけたときに「金世鎬先生、お元気ですか?」と聞いたら、「疲れた、疲れた」と言って、「今日は日本の地方へ行った」といっていたそうです。
とても工作員と言うような雰囲気はなくて、本当に哀れな感じで、命令で拉致をせざるを得ないような役回りをさせられていたんだろうな、という感じです。

高大基の関係から渡辺さんと敬美ちゃん親子に殺害もしくは拉致と言う事件に発展していきます。
で、重要なのは高大基さん、さっき言いましたように親子で日本を旅していました。
この先はまだ未確認ですけど特定失踪者と呼ばれている人と関係性が生まれてきてくる。
まだここはクエスチョンになっているんですけど、全国を回った先々に特定失踪者の方とつながるポイントが出て来ています。

と言うような感じで、ややこしい関係なんですけれども、それぞれ縦なり、個別の存在しているんですけど、ある人物とか何かを通して横ではつながっているわけです。
だから拉致と言うのは北朝鮮から縦の指令で来ていて、それぞれ縦で行われるわけですけど、指令された所は横で何らかの形でつながっている。
事件そのものはバラバラで行っていく。
と言う非常に複雑な関係性になっているという事ですね。

・・・その3に続く・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストは、真鍋氏ご本人の手による加筆・修正を頂いた上で公開をしております。

2007年12月07日

07.11.17 真鍋貞樹氏1 古川了子さんを救出する千葉集会in市原 市原市辰巳公民館にて

古川了子さんを救出する千葉集会in市原
07.11.17 市原市辰巳公民館にて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事の講演 その1』

〜〜千葉における拉致問題とこれからの道のり〜〜

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(司会者より講師の真鍋さんは本日が誕生日と紹介されたのを受けて)ありがとうございますです。
あんまり嬉しくなくて、51歳になります。
よろしくお願いします。
見た目は若いんですが、頭の方が・・・・・・・(聞き取れず)

今日はお休みのところお集まりいただきまして本当にありがとうございます。
こうした20人30人くらいの方々と、じっくりお話をする機会と言うのは私たちとても大切だと思っております。
よく大きな1000人とか2000人の会場ですと聞きっぱなしみたいな形になって終わると思うんですけど、こういうところでフランクにお話をさせていただいて、また皆さんからいろんなご質問を受けたいと思っております。
その方が皆さんのご理解も深まると思いますし。
私たちの調査活動と言うのは、いろんな事をやっているんですけど、国民の皆様の支援とかご協力がなければ進まない話ですので、ぜひご理解を深めていただくと同時にご支援とご協力をお願いできればと思っています。
よろしくお願いします。

今日のお話は「千葉における拉致問題とこれからの道のり」という事ですので、まず最初は千葉県の状況につきましてお話をして、そして今いろいろ調べている中で拉致問題についての深〜い深い闇とか謎とか、そういった話をさせていただきたいと思います。
そしてこれからの道のりという事なんですが、長期的な展望のお話は不可能です。
勝手に想像して勝手にこうなるという事の話はもちろん出来るんですけども、多分外れると思います。
ですから直近の、これからどうなると言うくらいの短期的な展望みたいのをお話する中で、どうしたらいいんだろう?と言うお話をさせて頂きたいと思いますのでよろしくお願いします。

最初に肝心要の古川さんの失踪についての情報なんですけども、残念ながら安明進さんの目撃証言以降ほとんど出る事はありません。
私たちも他に520人の方の失踪の調査をしている中で、現在、この方は拉致されたんだなぁと言うことで、何らかの情報が得られている方が35人という状況です。
35人の中も、情報が一杯ある人もあれば、残念ながらほとんどないという方もあります。
古川さんについては安明進さんが重大な証言をして頂いたにも関わらず、その後をフォローできるだけの情報が集まっていないのが本当に悔しくて仕方が無いと言うところです。

安明進さんが見るくらいのところに居たわけですから、早々簡単に情報が漏れるようなところにはいらっしゃらないわけですね。
そこがまたこの問題の難しさなんですけれども、とにかく今私たちは北朝鮮から逃げて来られている、いわゆる脱北者の方々に出来る限り接触をしています。
「日本人を見た事はないか?古川さんを見た事はないか?」遠山さん、今日お姉さん来られてますけど、「遠山さんを見た事はないか?」っていうような活動を、ぽつぽつとやっているという事であります。
その中で必ず古川さんにつながる情報を得られるだろうと、期待をしながら頑張っています。

千葉の拉致と言いますと、ここが非常に微妙な問題なんですけども、パネルには千葉県内の北朝鮮の拉致被害者となっているんですが、ここのところ非常に微妙でして「拉致かどうか分からない方々」というのが正しい事です。
明確に拉致であるというふうに私たち民間レベルで認識しているのは、当然古川了子さん。
それから北朝鮮から写真が出てきました加瀬テル子さん。
このお二人についてはまず間違いなく北朝鮮に拉致されたのだろうという事が言えるわけですが、他の方々についてはまだまだ曖昧、微妙です。

実はここに乗せられない方々、いわゆる非公開の方々がいらっしゃるわけですが、多くはプライバシーの問題があって申し上げられないんですが、すぐそこで発見された事例があります。
いわゆる失踪者の方で非公開の方で、私が調査をしていて無事にこの市原市で発見されたと言う人がいます。
プライバシーがあるのでそれ以上は申し上げられないんですけども、それはそれで私としては非常に良かったなと思います。
ご家族もホッとされていました。30年近く失踪されていたんです。
ご本人とこの市原でお会いしましてね。
「一体どうされたんですか?」という事になりますと、やはりヤクザさんに追われて家族に迷惑をかけられないので、日本全国逃げ回って、そのうちに家族にも連絡が取れなくなったと、ずるずると来てしまったと。
いうことでした。すぐにご家族にも連絡をしまして、無事でしたよという話をした事件もあったわけです。

そういう意味で失踪と言うのは非常に難しくて、「失踪して20年30年経っているからその方は拉致被害者だな」とはストレートに行かないわけですね。
いろんな事件・事象・事故その他いろんな要因があって、長年に亘って失踪状態が続いている方が、本当に山ほどいらっしゃるんです。
ちなみに、警察への届出ベースで年間10万件あります。
そのうち解決しないまま残るのが、年間に大体1000件から2000件です。
だから20年と言うと大体2万人から3万人の方が何も結論が出ないまま、ずっといるという方が全国にそれくらいの方がいらっしゃるんですね。

その中でご家族の方が勇気を振り絞って、もしかして?と言う形で届け出られた方が現在520人おられまして、そのうち270人の方の公開を私たちがさせて頂いている方、と言う事です。私たちが公開をしているからすなわち拉致被害者だということでは無いという事です。
これを前提としてご認識をして頂きたいと思っています。
ただ、どの失踪の方も怪しい失踪ばっかりなので、それを調べて行こうという事で調べています。

特に、加瀬さんにつきましてはご案内の通りと思いますけど、北朝鮮から写真が出てきまして、鑑定の結果加瀬テル子さんであることは間違いないとなりました。
特徴的なところは、目にほくろがあるんですけど、ほくろの位置が本人と写真が一致しているわけですね。
この写真が本物かどうか?と言うのが問題なんですけど、現物は私も見ましたけども、これくらいの車の免許証くらいの写真の大きさで、北朝鮮の刻印が押してあったんですね。
ちゃんとハングルで。
裏には糊が付いていまして、そこに、キムだったかチェだったか忘れましたけど、名前が記載されているという事で、写真そのものは誰かが偽造したとか日本で作ったとか、という事は全く考えられない。

という事ですから私としては、千葉県警の方に加瀬テル子さんは拉致された事は間違いないという形で、告発の手続きを弁護士の先生を通じてお願いしたと言うケースなんですが、残念ながら昭和37年の失踪ですから、もう何も、捜査のしようが無いという事が現実です。
本当に。
現場にも何度も何度も行ったんですけども、手がかりになる事はほとんど見出すことは出来ないんです。ただ、脱北者の方からこの写真がもたらされたんですけど、その脱北者曰く、「加瀬テル子さんは何らかの貿易の仕事に携わっていた」と。
「可能性としては北朝鮮から逃げているかもしれない」と。
いう事を言っていたものですから、その消息を探るためにいろんな事をしたんですけども、本当か嘘かどうなのか?
いまだに分からないと、いう事です。

もう一つ加瀬テル子さんの夫と言われている男性がいましてですね。
その方も拉致された日本人であるとのことでした。
その夫の仕事は、めぐみちゃんや田口さんや蓮池さん奥土さんたちを世話をする人で、日本人担当課長と呼ばれていたと言う付随した情報もありました。
それが本当かどうかも微妙なんですけど、そういった情報もあって我々としては非常に注目している方です。
おそらく古川了子さんもそういう立場であるならば、加瀬さんのお世話を受けていたのではないかな?と、これは推測なんですけど、そういうふうに思われます。

それから今日はお姉さんが来られてますけども、関谷俊子さん・遠山常子さん・峰島英雄さん、市原の方ですね。
当時は千葉にお住まいだったんですけど市原出身の3人の方についてはですね。
私個人的には、拉致間違いないと言う認識を持っているんですけども、じゃあ証拠を出せと言われると困る事例です。
何故拉致間違いないか?と私が思っているかと言うと、ある不思議な人物がいましてですね。
ここには載っていないんですけど、埼玉県の川口市で失踪した藤田進さんと言う方がいらっしゃるんですね。
藤田進さんの写真が出て来たわけですけど、その藤田進の拉致を手伝わされた人物というのがいるわけです。

その人物が時期は曖昧だけど二人の女性を千葉港から運んだと言う証言があって、その運んだ人は誰か?と言うのがポイントですが、その藤田進さんの拉致を手伝った、仮にHさんとしましょう。
Hさんにこの3人の写真を見せたんですけど、「自分としては運んだだけであって、顔を見ていないので分からない」という事と、それから「時期が自分の記憶の時期とこの遠山さん・関谷さんの失踪の時期とずれる」という事があって、間違いないというところまで行けなくなっているケースです。

それから言い出すとキリが無いくらい有るんですけど、注目しているのは江藤健一さんのケースでして、江藤健一さんともう一人の方、印刷工の方が消えています。
江藤さんのケースは、千葉大に当時印刷学科と言うのがありました。
そこをご卒業されていて、会社に行きながらお勉強をされていた方です。
その方が勉強していたのが印刷技術ですね。
写真印刷ですかね。
そういったようなお仕事と勉強をされていた方が昭和48年ですから1973年の失踪になるんですけど、この時期に全国で印刷関係者の人たちが失踪しています。

それもこの千葉県の西側と東京都の東側、要するにこの辺ですね。
この辺に連続して失踪しました。この同時期に、日高信夫さんと言う方がいまして、鹿児島出身で東京の私たちの事務所のすぐ前にあるような印刷会社に勤められていたまま失踪した方なんです。
ほぼこの江藤さんと同時期なんですけど、この方についてはやはり脱北者から目撃証言がありまして、古川さんと同じように「病院に入院した時に、日高信夫さんとよく似た人を見た」という話があったんです。
この方も印刷工だったんですね。

似てる似ていないだけだったら私も、「あぁそんな人たくさんいますね」って話になるんですけども、その脱北者の証言はですね。
2ヶ月くらい同じ病院で生活をしていたのでいろんな話をしたんだそうです。
日本の話もしたって言うんです。
日本の話はどんなのをしたの?って聞いたら、彼はお化けの話ばっかりしていた、幽霊の話を一生懸命していた、というのです。

その話を、すぐにご家族にその場で電話をしました。
「日高信夫さんは若い頃、どんな話が好きでしたか?」と。
「幽霊の話ばっかりしていました」と「四谷怪談の話ばっかり聞かされていました」と、弟さんなんですけどね。
「怖い話が好きでね」なんて話をするわけですよ。
これはもうこの辺がだだだっと鳥肌が立って、続けていろんな話をしている内に「癖はどんな癖がありましたかね?」と脱北者の方に聞きましたら、記憶があるのが歩き方に特徴があったというんです。
両手をポケットに入れて、肩をこんなふうにしながら(真鍋氏、肩をゆすって歩く真似をする)歩く癖があったなと言うんで、これもまたご家族のところに電話をしたら、「その通りです」と。

ただ、似ている似ていないだけだったらかえって作り話も出来るし、鼻の形が似ているねとか目の形がそっくりだとか言えるわけですよ。
しかし、その人の人物の特徴・癖と言うのは嘘をつこうと思ってつけるもんじゃないんですね。
それだけに限らず、後20項目くらいの本人の癖、どんなタバコを吸ってましたか?とか。
日本の自転車の話をしていたので、どんな自転車の会社の名前を言っていましたか?と聞いたら「ミヤタ」だって言うんです。
その脱北者がですね。
で、弟さんに聞いたら「ミヤタの自転車に乗っていました」

これはすべて証言を聞いた後にご家族に確かめたところ、一致しているという話ですので、日高信夫さんについては拉致被害者であると、私たちとしては間違いないと言ったケースなんですけど、これをもちろん日本政府・警察に協力な捜査、北朝鮮からの救出をして欲しいと申し上げたところ、これは古川了子さんの裁判と同じ構造ですよね。
目撃証言があったんだから早く助けて頂きたいという事を申し上げましたが、一言で、「あぁ、そうですか」で終わったわけです。
本当に。

「あぁ、そうですか〜〜、その情報は重要ですね〜〜、でも拉致認定できません」
これでおしまいです。
本当におしまいなんです。
今日は警察の方、来られてますかね?
本当にそれで終わったんです。
何故終わったか?と言うとですね。
これが古川了子裁判と非常に絡むんですけど、警察が拉致被害者であると認定をする基準を自分たちで作っています。
この基準が、我々としては問題だと言っているんです。
しかし警察としては我々はこれは絶対に曲げられない基準だという事を言っています。
それは、一つ、『本人の意思に反して失踪した事』。
本人の意思に反したかどうか?と言うのは、本人に聞かなきゃ分かんないんですけど。
ただ横田めぐみちゃんのようなケースはですね、本人の意思に反したというのはすぐに分かりますよ。
ただ、古川了子さんだとか日高さんとか、大人の場合は騙されて連れて行かれても、自分で歩いて行くわけですよ。
いきなり袋を被せられたと言うのは別ですけど、ある程度、有本恵子さんもそうですね。
騙されて、飛行機に乗せられて。

でも、これは拉致だと認めているんですよ。日本政府は。
しかし本人の意思で歩いて行ってるんですよ、騙されて。
この辺の法律的な事はあとで弁護士の先生にお聞きしてみてください。微妙なところはあるんですけど、要するに『本人の意思に反して』と言うところが重要だと言うんです。
古川了子さんも騙されたけれども、おそらく自分の意思で歩いて行ったんでしょう、という事になったら認定出来ないという事になります。

それから、『現に北朝鮮にいること』
当たり前だと思います。
いる事が明らかだという事ですね。
だから、目撃証言があった、写真が出てきました。
これは現に北にいますねと言う話になるんです。
じゃあ認定してくださいよと言うと、でもこれが分からないから駄目だと。
だから古川さんのケースは、確かに安明進の言う通りですねと。
でもこれでも拉致地認定にはならない事になるんですね。

三つ目、これが難しいんです。
『北朝鮮の国家意思が推認できること』。
北朝鮮の国家意思が失踪において存在すること。
要は犯人が誰だか分かるという事です。
犯人が誰かが分からなかったら、北朝鮮の国家意思が働いて拉致したかどうか分からないでしょ?と。
まぁ確かに言われればそうなんです。

じゃあ、有本恵子さんどうなの?と、有本さんは後ほどお話しますが、八尾恵が騙して連れて行ったわけですね。
八尾恵が北朝鮮の国家意思によって命令されて、騙して連れて行って拉致という事になっているわけです。
これが後でお話しますが、よど号犯人を帰す帰さないという、アメリカのテロ国家指定解除の問題に微妙に絡むわけですけどね。これは後でお話します。
要するに日本の警察はこの3つの条件を全部、一つだけじゃないですよ、全部揃って初めて拉致被害者として認定をするという。
結局我々民間レベルで、我々だけじゃなくてマスコミの人たちも含めてたくさんの人間が、今言いました520人の失踪者の中で35人の人が拉致被害者の可能性が高いと、一生懸命一生懸命調べて調べても、駄目駄目駄目駄目と。
古川さんのケースも現に北にいると分かっても犯人分かりませんよね?
分かるわけ無いじゃないか!と。
本人の意思に反して、そんなの本人に聞いて見なきゃ分からんですよね?

さっき言いました藤田進さんと言う方のケースも、犯人は私だと名乗っている人がいるんですよ。
で、現に北にいるという事も間違いが無い。
本人の意思に反してというのも、これも犯人が言っているんですから、いきなり車に連れ込んだと、これも分かりました。
で、北の国家意思はあるのか?と。ありますよ。
これ3つ揃っているのに認定しないんです。
何故ですか?と言ったら、「答えません」と。
本当に答えないんです。

おそらくここにも警察の関係者の方がいらっしゃると思うので是非お願いしたいんですけども、止めて欲しいんですよね。
こういう事をやっていたらですね、本当に、本人が「私です」と北朝鮮で名乗りを上げるか、北朝鮮が曽我ひとみさんのようにね帰さない限り認定しないのです。
「古川了子さん生きてました、藤田進さん生きてました」と言わない限り日本政府は認定しないですよ、このままだと。
そういう状況です。

ここが分かったとしても、もう一つハードルがあるんです。
松本京子さんとか高兄弟というややこしい事件の被害者の6歳と3歳のお子さんの事件のような、政府認定なり警察認定された二つのケースを見ると、どこで拉致されてどこに運ばれてどこから北朝鮮にどのように運ばれたか?というのが判るというのが重要なポイントであるようです。
要するに犯罪捜査ですよね。
当然警察と言うのは犯罪捜査だから、犯罪と言うのはいつどこで誰がどのようにと言う、これをきちっと全部証拠を固めて、そしてこれは間違いないねという事で、刑事的な手続きに入っていく。
これと全く同じ手法を、この難しい拉致被害者や難しい特定失踪者にも適用していますので、いくらこの3条件が揃ったとしても、いつどこで誰がどのように北朝鮮に行ったかが分からなければ、政府認定はしません、という事です。

これくらい非常にハードルを高くするという意味は一体何故なのか?という事なんですけど、これは再三私たちが政府関係者・警察関係者、まぁ裁判を通じてですね明らかにしようとしたのです。
いろいろ弁護士の先生方もご苦労されたんですけど、警察が頑として変えようとしない理由は、表向きは北朝鮮に対抗する上で間違った事をやっては拉致問題の解決の妨げになるということです。
間違いがあっては困る。
間違いがあっては困るから、どんなに怪しい失踪者、どんなに怪しい事件でも拉致認定しませんと言うことなのです。
それを越えるために裁判をお願いしたんです。

こんなことではいつまで経っても誰一人、誰一人といっても松本京子さんと高兄弟は認定と言うプロセスがありましたけど、他の古川了子さん遠山さんたくさんいらっしゃる、どんなに北朝鮮にいると分かっても認定しないという事なんです。
見殺しにする気ですか?というふうに、机をぶっ叩いて怒っても・・・(聞き取れず)。
何ででしょう?
救いたくないんじゃないか?
だから私たちとしては民間レベルですけども、間違えるかもしれないと言うリスクを誰かが負わないとこの問題解決しないと思っています。
警察とか政府が間違えるかもしれないと言うリスクを負わないんだったら、誰かが負うしかないでしょう?
という事でやっていると間違いが一杯起こるわけです。

偽写真を掴まされて発表したら、「それは私です」と出て来られて。
確かに北朝鮮から特定失踪者問題調査会と言うのは謀略団体でとんでもない怪しい団体で、と言うふうに非難轟々の嵐を北朝鮮から送ってくる。
日本国内でも特定失踪者問題調査会はとんでもない、へんてこな団体だという宣伝は起こる。
マスコミからも、あぁあそこはね、と言うふうに一部で言われる事が起こって来た訳です。
でもそれで私たちは、間違いはごめんなさいという事をやるわけですけども、じゃあ調査を止めますという事になったら、どこも誰もやらないという事になってしまう。
それは古川さんの切捨て、遠山さんの切捨て、皆さんの切り捨てになっちゃいます。

だから間違いじゃ困るんですけど、間違いを恐れて何もしないという事では絶対に解決しない問題であるというふうに、我々は覚悟するしかない。
へんてこな間違いはしたくないですけどね。
ただ、かぎりなくこういう拉致と言う難しい問題を解決していくためには、誰かがどこかでリスクを負ってやっていくと言う覚悟を持ってやっていきたいと思っています。

・・・その2に続く・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストは、真鍋氏ご本人の手による加筆・修正を頂いた上で公開をしております。

2005年07月03日

古川了子さんを救う千葉集会in市原(8)05.6.25 市原市民会館にて

『竹下珠路さん(古川了子さんの姉)のお話』

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改めましてこんにちは。
今日は暑い中お忙しい中、こんなにたくさんの皆様にお集まりいただきました。
本当にありがとうございます。
昨年、丁度一年前に、千葉市民会館で千葉集会というものを、高校の同期生の皆さん、そしてこの実行委員会の皆さんが立ち上げてくださいました。
それを考えまして、また今日なんですが。

実は私は昨日、国会を取り巻く座り込みの中に一日座っておりました。
その思いといたしましては家族としては、先ほど何をしたらいいですか?と言ってくださいましたが。
家族としても何をしたらいいのか分からないと言うのが、ここ拉致だと家族がハッキリ確認した2年半。
そしてその前からの32年間の思いなんです。

古川了子がいなくなってこの7月7日の七夕の日で丁度32年になります。
何をしたらいいのか?
当時私は、当時とても仲の良かった友達から、私は長男を産んですぐ後だったんですけども。
「竹下さん、自分の妹だったら何としてでも探し出すもんでしょ?」ということを。
励ましと叱責ともいわず受け止め、投げ掛けられて、苦しい思いをしたことがありました。
しかし、家族であっても親であっても何とかしようと思っても、出来ないことがたくさん有るんです。
(このあたり少し言葉を詰まらせながら語る)

でも出来る所から今出来る事から、動き出そうと思って。
こうして真鍋さんや弁護士の皆さんや救う会の中村さんや千葉商の会の皆さんや、みなさんにご支援をいただきながら。
ああしたらどうだろう?こうしてみようか?と言って、いただけることをではしてみましょうと、動き出す。
その一歩一歩が妹に近づくことなのかなぁ?と思ってそれを精一杯しているのが現実です。
昨年の千葉集会で皆様方に「古川了子を拉致被害者として認定してください」という、署名のお願いした所、たくさんの方々から励ましの署名とお手紙と色々な物をいただきました。
温かい心をたくさんいただきました。
見ず知らずの方々から、本当にあり難い事だなぁと思っております。
そして昨日5時の間にもつくづく思いましたことは、一人ずつの人間の力は小さくて本当に何をして良いのが分からないんですが。
皆さんと一緒にこうしたら良いかも知れないと言う思いを、思いを持って行動を起こしたときに、次第に風が強くなり。
そして政府を動かし、彼の国にいるであろう、私たちはいると信じております。
今も元気でいると信じております、了子の所に届くんだろうなと思っております。

母も一生懸命頑張って毎日暮らしてくれております。
私はその母と毎日ご飯を食べながら、皆さんの力が私たちに勇気を与えてくれるし、日本政府を動かしてくれるんだと信じております。
今後とも何をしていいのか分からない中でも、皆さんのお知恵をいただきながら、一生懸命家族としてまた日本人として多くの拉致被害者を救えるように。
裁判も含めて頑張っていこうと思いますので、どうぞ皆さま力を貸して下さい。
どうぞ声を上げ続けてください。
テレビで拉致の問題と言うニュースが流れた時に「ああもういいわと、進まないのね」と、パチンとスイッチを切ることの無い様に。
「どうなっているの?ちょっとは動いているの?」という、関心を持って見ていただきたいと思います。

今日もこの中に高校一年生の男の子さんが来てくださいました。
昨日も私は実は座り込みの現場でお目にかかった青年です。
こういう若い方たちが自分たちの国の問題だとして興味を持ってくださることが、とても私は力強さを感じますし。
若い人たちにこんなことが二度とあってはいけないんだと言うことを、もっともっと関心の無い若い方たちにも伝えて頂ければありがたいかな、と思っております。
今日はどうもありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

2005年07月02日

古川了子さんを救う千葉集会in市原(7)05.6.25 市原市民会館にて

『質疑応答』

★質問者1
すみません、今仰った加瀬さんの7月3日の集会のお知らせ、ちょっと内容を教えてください。
場所とか時間とか。

※仲條富夫さん
すいませんです、申し遅れましたけども。
今ペーパーの方がありますので担当者の方から配らせて頂きます。
そうでなければ出たときにでもお手元の方に届くようにしたいと思います。
場所は千葉市民会館で、午後7時開場になりまして7時半からの講演ということでお話させて頂ければなぁと思います。

先ほどちょっと言い忘れましたけども、今こういう現状ですので、やはり何べんも何べんも言われてるんですけど。
定失踪者と拉致家族というのは温度差があるものですから、中々同じ壇上に立てないんですよ。
昨年の例の日朝の時でもですね。
増元さんは言わなかったと言ってたんですけど。
その時は加瀬テル子の件は一行だけ、いわゆる特定失踪者と。
言うことで片付けられてましたので、古川さん他の特定失踪者いたんですけども。
皆さん一件一件こういう形で説明した中では、私どもはプレハブの所にいて一段落、まぁ一緒くたですよね。
そういうような感じになってますので。

それではちょっと知り合いと言うか、そういう事に詳しい、内閣認証の方のNPO法人でアジア人権会議と言う。
これはぜひ人権の方で政府の方に圧力をかけて、特定失踪者一緒になって進んでまぁ政府認定。
まずそれが一番だと思いますので進んでいきたいということで。
今回古川さんの席にお邪魔して皆さんにお願いしたいということでございますので、ひとつよろしくお願いします。(拍手)

※真鍋貞樹氏
すみません、ちょっとお時間があるようですので、ちょっと私の方からですね。
古川さんの訴訟との関係、それと仲條さんの今の発言の中で重要な意味を持つのはですね。
拉致の認定基準です。
いったいどの基準でですね、政府は拉致被害者と認定するんだ?と。
言うことがこれから裁判で争われることになります。
で、弁護団としては、政府の拉致基準は曖昧であるから、曖昧な物を正してきちんとした拉致基準を示せ、というスタンスになっています。

というのはなぜか?というと、皆さんそうでなければ古川さんが拉致なのか拉致でないのか?ということが結論が出ないからだという論理なんですけども。
我々で心配しているのは、政府は拉致基準のハードルを高くしてくると思います。
要するに証拠がある人は拉致認定をしますよと、これ一言です。
どこにも証拠無いんですよ?
あるのは安明進の証言だけですよね?
古川さんの物ってのは。
しかし、横田めぐみさんの時はどうでしたか?
横田めぐみちゃんを私が見ました。
安明進がそう言ったところからスタートして、後からやればやるほどいろんな事が出てきて、政府は事実上の認定をしていったわけですね。
事実上の、という所がポイントです。
あまりにも拉致基準と言うものを我々が明確にせよと求めれば求めるほど、我々が苦しくなるということもあります。

それとまた別に、これは先日なんですけれども。
拉致基準を鮮明にすることで政府が如何に恣意的というか、要するにいい加減に使って判断しているかと言うことが明らかになる。
まやかしの拉致認定って呼んでるんですけども。
まやかしの拉致認定が明らかになればなるほど政府側は苦しくなるはずだと、いうふうに考えています。
なぜなら一番良い例が曽我ミヨシさんですね。
曽我ミヨシさんについて政府はなぜ拉致認定をしたのですか?と言う根拠は、合理的推測です。
要するに曽我ひとみさんが拉致されたんだから、一緒に居た曽我ミヨシさんも拉致されたと合理的に推測ができるから、ということです。
それで拉致認定しているわけです。

そうすると、加瀬テル子さんの場合はどうなるんですか?と。
北朝鮮から間違いなく出された本人の写真が、日本国内ではなくって北朝鮮から持ってこられた写真が明確に本人であるってことは間違いないにも拘らず、政府は認定しようとしていない。
いったいこれはなぜなんですか?と。
それを政府に突き詰めると、加瀬さんが日本から出たという記録が無いと。
当たり前じゃないか?と。(会場内薄笑いの声)
ね?そういうことを日々やっております、私たち。

だからなにも日本政府、目の敵にしているわけじゃないんですけど、なんでこの日本政府及び腰なのか?
何でこの問題避けて通ろうとするのか?
何で特定失踪者の方々を、本当に言葉は悪いですけど差別するのか?
分かりません。
それはやはり政治的な配慮っていうのがあるんだと思いますが。
やっぱりそれを崩していくのは何か?というと、やはり国民の皆さんの支持しかないのかな?と。
拉致被害者の方々はもとよりですね。
こういった特定失踪者の皆様も、政府はしっかりやれという声をですね。
挙げて頂くしかないのかな?と思っております(拍手)

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2005年07月01日

古川了子さんを救う千葉集会in市原(6)05.6.25 市原市民会館にて

『仲條富夫さん(加瀬テル子さんの従兄弟)のお話』

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本日はどうもありがとうございます。
この場を借りまして一言お願いを申し上げたいと思います。
実はこの7月3日の日に古川さんが最初に市民集会と言うことで集まりましたが、私も参加させてもらいましたけど。
そこで加瀬テル子の方のまぁ集会と言うことで、7月3日の午後7時からと言うことで集会を開きますのでぜひご参加いただければ幸いです。

それと先ほどここで言うと真鍋さんから叱られるかもしれませんけど。
増元さんも言ってたんですけども。
拉致被害者と言うのは、私ども古川さんもそうですけども、特定失踪者じゃないんですよ。
残念ながら。
ただ、そのために古川さんまず手始めに裁判を起こして、なんとかその政府認定を取りたいと。
いうのが切実な特定失踪者のその願い。
他の家族もそうですけど残念ながら今、個人個人で古川さんも大変だと思いますけども。

私どももそうですけど、今日お母さん見えてますけど。
加瀬テル子の父親も叔母も、もう歳とって正直な所そんなに先が無い身なんですよ。
その点では古川さんも私ども一緒なんで、ぜひなるべくなら何ていうのかな、待っているんじゃなくて。
もう少ない命を燃やしてますんで、皆さんのご協力無しにはこれ政府認定の方取れませんので。
ぜひご協力頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。(拍手)

古川了子さんを救う千葉集会in市原(5)05.6.25 市原市民会館にて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話 その2』

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ちょっと大町ルートから外れますけれども、今ちょっと私の方で作業しているのは、いろんな拉致被害者・特定失踪者、1000番台リストとか写真が出て来た方々は点・点・点と存在するんですけど。
どうもこれは皆つながっているようだと、言うことで調べようと思っています。
今日は古川了子さんのお話ですから、古川了子さんを中心にちょっと書いてみたいと思います。
ちょっとクールビズで失礼したします。(上着を脱いで、後ろのホワイトボードに向かう)

まだ整理中なんであの上手くご説明できるかどうか分からないんですけど。
古川了子さんがここにいらっしゃいますが、古川了子さんの証言をした人が安明進ですね。
で、安明進はたくさん日本人を見ていると言っています。
北朝鮮でですね。
20人ぐらいは日本人を見たというふうに証言をしておりまして、そのうち判明している人がまだまだ少ないんですけどが、20人くらい日本人らしき人ですね。
その中でこの人は間違いないというふうに証言したのが古川了子さん。
そしてですね、藤田進さんです。
藤田進さんと言うのは大町ルートに存在する川口の方ですね。
写真が最初に出て来た方が、藤田進さんです。

そして実はこれに関わったKと言う人物がいます。
と言われているという人物ですけど、このKと言う人物は、実は今日も来られていますけど加瀬テル子さん、を北朝鮮で目撃したと言っています。
そして藤田進さんを自分が運んだと言っているわけです。
これは週刊新潮で出てますから、新しい情報ではないんですけど、Kと言う人物が藤田進さん。
この大町ルートをほぼ通って運んだと言っています。
このご存知の方もいると思いますけど、加瀬テル子さんは夫といわれている人がテレビでも明らかにされていますが。
この夫となる人物が非常にポイントとなる人物で、この人も拉致された日本人なんですけれども。
加瀬さんよりも年上で、日本の国立大学を理科系の国立大学を卒業した当時としてはエリートの人だったというふうになってますが。
この夫と言う人が、実は拉致された日本人を管理する部署の課長の役割を担っていたと言う人物です。
この人物はまだ分かりません。

そしてこの間の記者会見で出しましたけど、北海道の国井えり子さん。
網走から失踪した方で、記者会見をやってテレビでもご紹介していただいたのでご存知の方もいらっしゃると思いますが。
この国井えり子さんと加瀬テル子さんと藤田進さんと古川了子さん。
それぞれ時期もバラバラ、場所もバラバラです。
でもこういうふうにつながって来ていることが実は明らかになりました。
この中の延長線上に千葉の特定失踪者の方々が存在するという事になります。

実は今日もこの会場にその特定失踪者のご家族がお越しになってますけれども、来週月曜日に記者会見して発表しますので、今日はご紹介はいたしませんけれども。
匿名でご紹介だけさせて頂きますが。
古川了子さんと同じ高校で、2歳年下なんですけど学年が、古川さんが早生まれなので学年は3つ違いますが、同じ千葉商業高校です。
2歳年下の方が女性がXさんとYさんと、そしてZさん。
この3人が古川了子さんの失踪の1年後千葉市内で失踪されています。

そして来週発表するのはこの3人のうちのお一人だけになります。
ご家族の今調整中なのでとりあえずこのXの方の発表だけに留めさせて頂きますが。
古川さんと同じ高校で古川さんと同じ年頃で古川さんと同じような場所で、3人一緒に居なくなってます。
Xさんは女性、Yさんは同級生で女性です。
ZさんはXさんの親戚筋に当たる方で男性です。
この3人が一緒に食事をして、Zさんが自分の車で2人を送っていって食事の所にまた後で戻ってくるよと言ったまんま、失踪です。
それでこのZさんの車はいまだに発見されていません。

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2005年06月30日

古川了子さんを救う千葉集会in市原(4)05.6.25 市原市民会館にて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話 その1』

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皆さん、こんにちは。
ただいまご紹介をいただきました、特定失踪者問題調査会の一応専務理事でございます。(笑い声)
この暑い中ですね、多数「古川了子さんを救う千葉集会」にお集まりいただいて心から感謝を申し上げます。

私どももこの古川さんの問題、ある意味で400何十人と言われる特定失踪者の問題の中でも、思いを代表するような形でですね。
この度訴訟と言う形でですね、取り組まさせて頂いております。
訴訟となりますとですね。
大変難しい問題を抱えますので、私ども弁護士の先生方、法律家の会と呼んでおりますけども。
30人の弁護士の先生方が、団結してこの古川了子さんの訴訟に当たると言うことでございます。
訴訟のことですから、その結果がどうなるか?
予断は許さないわけですけれども、大変重要な意味を持つ訴訟ですので、我々としてもですね。
ぜひ良い結果を生むように頑張っていきたいと言うふうに思っています。

最初に今日は大町ルートのお話をしながらですね、千葉県における特定失踪者の方々に触れさせて頂いて。
この拉致問題の拉致問題の全容解明のごくごく一部に当たると思いますけども、これを皆様にぜひご報告をさせて頂いて。
また皆様の方でお気づきのこととかありましたら、ぜひ情報としてお知らせいただければ幸いでございます。

冒頭千葉と言うことなんですけども。
皆様ご存知のことと思いますが、千葉県議会で千葉県警本部長の答弁というのはご存知でらっしゃいますでしょうか?
あれはいつだったか?私もちょっとハッキリしませんけど、千葉県議会でですね。
「千葉県における拉致問題はあるのか?」と言う議員さんの質問のときに、千葉県警本部長は「千葉においては拉致はありません」と言うふうに県議会の場で答弁をされました。

その後ですね私ども、その時はすでに古川了子さんの案件は明らかになっていたわけです。
しかしながら、千葉県警としては正式のコメントとしてですね。
千葉においては拉致は無いというふうに言明をされたわけです。
これ今どうなっているのか?私つぶさには知らないんですけど。
警察の方でもですね、この千葉には拉致は無かったと。
無いという見解をですね、ぜひ改めて頂きたいなと思っております。
少なくとも千葉において、拉致の容疑は濃厚であるという方の存在は認めていただいてですね。
やはり千葉県警挙げて、古川了子さんをはじめとする特定失踪者の問題に全力で取り組んで頂きたいと、思っております。

そうなんですけども、あまり警察ばかり責めているわけにはいかないんですね。
私どもが拉致問題を始めてからしばらくの間。
そして特定失踪者問題調査会と言うのを立ち上げてからしばらくの間、私も千葉には何度もお邪魔していろんな方と話をいたしました。
ところがお会いした方々皆さん異口同音に「千葉?千葉に拉致あるわけないよ」と。
「日本海側じゃないし、太平洋側だから拉致なんて無いよ」
いうのが警察の方々、他の政府機関の方々、そして普通の住民と言いますか市民の皆さん方も同じようなコメントが返って来ておりました。

それだけですね。
やはり太平洋側の、新潟と反対側の太平洋側の千葉県ですから、当初そういう認識を持たれていたと言うのはある意味では自然なことなのかな?と思っておりますが。
今に至ってそのような認識を持っていらっしゃる方、まさかいらっしゃらないというふうに私信じておりますけども。
信じるどころか私自身は、この千葉県と言うのはこの拉致問題を解明するに当たって、とっても重要な場所であると言うことを認識したわけであります。
このきっかけになったのがいわゆるカッコ書きの「大町ルート」と言う物であります。
このカッコ書きであるのは、まだまだ検証していかなければならない部分がたくさんありるので。
確証にまでは至っていないのですけど。
調べれば調べるほど大町ルートに怪しい存在と言いますかね。
拉致との関わりが大変強いルートだなと言うことを認識しつつあります。

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古川了子さんを救う千葉集会in市原(3)05.6.25 市原市民会館にて

『増元照明 家族会事務局長のお話 その2』

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で、まずそういう方たちが日本の中に大勢いらしゃって、だから拉致問題はず〜っと疑惑のままで伏せられていた。
疑惑のままで国民の皆さんに知られることが無かった。
疑惑ず〜っと疑惑で、報道も疑惑と言っておりましたし。
2000年米食糧支援のときに、私たちは2回座り込みをやっております。
私たちは2000年米食料支援の時に2回座り込みをやっております。
その時に、その当時の外務大臣である河野洋平さんに私は強く言いました。

「河野さんあなたはこの拉致と言う物が本当にあったことだと思っていますか?それともでっち上げだと思っていますか?」
と言ったら河野さんは
「もう間違いなく北朝鮮による拉致だと思っています」
と言ったんです。
「じゃあ外務省の大臣として外務大臣として、マスコミに間違いないと発表してください」と。
「今政府がハッキリ言わないから、この拉致問題が大きくならないし、国民の皆さんに行き渡ることが無いんです。
だから外務大臣として正式に発表してください。
すでに1988年国会の予算委員会の中でそれをやってるじゃないですか?
ハッキリしてください」
と言ったら、河野洋平さんは
「いやそれは警察の頭越しに外務省が勝手にするわけに行かないんですね」
と言うふうに言ってるんですね。
外務省のトップがそう言ってました。

警察庁に行って
「あなたたちはこれは拉致が本当だと思ってるんですか?どうですか?」
と聞いたら
「いや限りなく黒に近い灰色です」と。
「じゃあ発表してくださいよ、警察庁の権限として。
警察庁が自信を持って発表してください」
って言ったら
「いや今は調査中ですので、中々そのこれを表に出すと言うことは出来ない
んです」
というふうに言ってるんです。
両方ともやることが出来ない。
責任を持ってこの拉致を国民の皆さんに知らせることをしないでいる。
この国の一番の問題だと私は思っておりますが。

今現在も小泉総理は対話と圧力と言っています。
しかし北朝鮮政府は対話を拒否しています。
更に圧力はほとんどかけておりません。
更に拉致問題の解決の為に、誰が責任を持ってどうやって助けるのか?と言う所を話し合う部署を作らなければならないと思っているんですが、それが全く作られていない。
だから小泉が対話と圧力と言うと、外務省もそれに従わざるを得ないですから。

でも拉致問題を担当し、被害者を救出するためにはどうすればいいのか?と毎日毎日話し合って。
それこそ経済制裁をシュミレーションやって、どうすれば効果があるとか。
毎日韓国に対して拉致被害者を救出するために私たちは経済制裁をかけようと思うけれど、協力してくれるとか。
そういうことを常にやらなければならない部署がひとつも無い。
責任者が誰も決まっていないから、みんな他の人に責任があるんだろうと思って、自分が責任を持って拉致被害者を救出しようとしない。
するような部署が無いからできないと言うのが現状です。

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2005年06月28日

古川了子さんを救う千葉集会in市原(2)05.6.25 市原市民会館にて

『増元照明 家族会事務局長のお話 その1』

こんにちは。
今紹介いただきました家族会事務局長の増元照明です。
先ほど中村さんからご案内頂き、今日はこの炎天下家族会一同、衆議院議員会館前で座り込みをやっております。
私は前からこの「古川了子さんを救う千葉集会」へ呼ばれておりまして、どうしようか考えたのですが。
私たちは両方とも大事なことです。
首相にやはり決断を促すための座り込みも必要ですし。
こうやって各地を回って、皆さんに拉致の真実と言うものを知って頂くことも重要だと私は思っていますので、今日は横田拓也事務局次長に全て任せてこちらに来させて頂きました。
私たちはなぜ座り込みをやるのか?
まずこれから多少時間をいただき、お話したいと思います。

私たちは昨年の12月24日に第3回日朝実務者協議でもたらされた北朝鮮の調査結果、小泉総理が5月22日に白紙に戻して再調査すると言質を取ったと言うふうに、成果を言っておられましたが。
その調査の結果がすべて捏造であって、更に横田めぐみさんの骨と称するものは他人の物であったということが判明し、日本政府はあの時点では死亡とする物証を全く認められない。
生存を前提にこれから交渉をするというふうに閣内でもというか、政府内でも意見が180度転換しました。
それまでは日本政府はほとんど北朝鮮の発表どおり、ほとんど人は死んでいるという、そういう考え方で。
官邸サイドが特にそうでしたけど。
そういう考え方で北朝鮮に再調査を依頼し、そして死亡の物証をどんどん出せと言う話をしてたんですが。
昨年の12月からは生存を前提に、生きてる人をどんどん返しなさいと言う、そういう姿勢で臨むと言う。
これは外務省で谷内事務次官が私たちに説明なされました。
というふうに方針転換したはずでした。

12月24日細田官房長官が、「迅速かつ誠意ある対応がなされなければ、日本政府としては厳しい対応を取らざるを得ない」というふうに言ったんです。
12月24日に言って、それから更にに3ヶ月経ち4ヶ月経ち、北朝鮮はその間に核の保有は2月9日に核の保有を宣言し、さらに外務省とは対話をしないと言う。
その話を聞いても小泉総理は「対話と圧力」と仰っておられます。
対話と圧力、対話がなされていない状況なのに圧力もかけていない。
じゃあ、いつ圧力をかけるんですか?いつ対話をするんですか?
それについても全く話をされないまま、今年になって郵政民営化のほうに興味を持たれた様で、ほとんど拉致問題に関しては話をされなくなりました。
対話と圧力、その一言だけ、ず〜っとこの6ヶ月間言い続けています。

私たちはもう待てないとその意思表示をしておりましたけども、いつ政府は拉致被害者を救出してくれるんだ。
生存として方針転換したはずなのに、生存している人たちを全く助けようとしないことは、国家の総意として国民の命を預かるトップとして本当にそれで良いのか?と言う思いを、私たちは常に思っております。
政府に対する不信感もそうですが。
ただもうひとつ、私たちがこうやって大きな声を上げていかなければ、この拉致問題と言うのは核問題とそれと郵政民営化の間に埋もれてしまって、これから先いつになれば私たちの家族を取り戻せるのか?
そういう先が見えない状況に陥ってしまって、非常に危機感を持っておりました。

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古川了子さんを救う千葉集会in市原(1)05.6.25 市原市民会館にて

『佐久間隆義 市原市長の挨拶』

皆様こんにちは。
ただいまご紹介をいただきました、市長の佐久間隆義と申します。
お母さんがあちらにいらっしゃっておりますが、私は2年前市長に就任いたしました。
もう2年間が過ぎようとしております。
そういうなかで私も大変ご指導いただきました古川さんのお姉さん。
その妹様が拉致をされたと言うことでその話を聞きました。

市原市民の命と財産を守る責任は私たち行政にもあります。
事件や問題が起きたときに警察だけにお願いすることなく、行政としてもしっかり対応していかなければいけないという基本的な考えに立って、日々の活動をさせていただいておりいますが。
お話をいただきましたときに、私たちがやれることをやらなければいけない。
いつ私たちが被害者になるかもしれない。
そういう思いの中で町会長・会長の小池さん、まだ来られないようですが、まもなく来られると思いますけども。
町会長の連合会の皆様にご相談をいたしました。

市民の一人が古川さんがこういう事になった。
市を挙げて市民を上げて何か声を上げなければいけない。
そしてその声は必ずあの国にも届くはすだ。
そういう思いで署名を集めて頂きました。
今お話の通り、15万人弱の署名が集まった。
その後もきっと思いを持っていらっしゃる方はたくさんいらっしゃいます。
その皆さんの心と力を合わせて、ぜひお母さんがご健在のうちにこの日本に祖国に、身柄を引き渡して頂きたい。
こういう思いを私たち市民一同持たなければいけない。
こういう思いでこれから先も、拉致認定をされるされないの問題は有りますが。
市原市として、市原市民として市民の一人である古川了子さんが、元気でこの故郷に・・・帰ってきて欲しい。(少し言葉を詰まらせる)
心からそう思っています。

私たちは人間です。
みんな父や母を持って生まれました。
そしてその父母によって育てられています。
今私たちの国で子供たちに関わる様々な事件が問題が、あちこちで起きています。
それはどこに原因があるだろうか?
自分さえ良ければ良い、自分だけ儲かれば良い、自分だけいい思いをすれば良い。
そんな自分勝手な日本だけじゃなくて世界中に広まっている。
だから自分の得のためには何でもしてしまう。
そういうことが今の私たちの社会の中で悲鳴をあげているのが子供たちだと思います。
被害者も加害者もみんな私は犠牲者だと思います。

社会がもっと、私たちがもっと周り中に目を配り気持ちを注いでより良い社会の実現の為に。
まず家庭から地域からそしてこの町、この国、どんどんその思いを。
思いだけじゃなくて行動で進めていく責任と義務が私たちにはあると思います。
どうぞ今日はこの集会にご参集をいただきました皆様、本当にありがとうございます。
私は市長と言う立場でこれからも最前線に立って、皆さんのために私たちの為に未来の為に子供たちの為に努力をさせていただきますので、どうぞお力添えをよろしくお願い申し上げます。
古川了子さん、そしてご家族の皆様。
今日までのお苦しみ、そしてこれからもまだまだ大変なことがあると思いますが、共に一生懸命頑張りますので、お母様も元気で頑張って頂きたいと思います。
皆さんこれからもよろしくお願いします。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)