2010年04月19日

基地と沖縄

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沖縄の地に立って思うのは、ここは東シナ海を挟んで目の前が中国大陸なのだな〜〜、ということ。
逆に中国大陸の側に立って沖縄を眺めると、中国が広〜い太平洋に出るには、目の前の沖縄諸島が防波堤のように邪魔をしている、ということ・・・です。

沖縄の人たちが好むと好まざるとに関わらず、ここは今も昔も地政学的に国防の拠点なんだな、と改めて実感します。
それと、エネルギーを石油に頼る日本にとっては、シーレーンでもある沖縄付近を中国に抑えられてしまうことは、日本の喉元に刃物を突き付けられたのに等しいこと・・・とも感じました。

基地移転を巡って論争かまびすしいこの頃ですが、国防の視点を忘れた論争は何かが間違っていると思います。
沖縄の過重な基地負担は配慮をしなくてはならないでしょうが、だからといって「沖縄に基地はいらない!」と極端に丸腰論に走ってしまうのも、どこか違うと思います。
沖縄から基地が消えて丸腰になったら、ここは間違いなく中国の支配下に置かれるのではないでしょうか?
日本が戦争に負けて、沖縄がアメリカの支配下になり、島の良い場所を基地に占領されて沖縄の方々が不便を強いられているのも、歴史の事実でしょうけれども・・・
かつて琉球は中国に対し朝貢外交で沖縄の安泰を図ろうとしたのも歴史の事実・・・だったはず。
沖縄が未来永劫、平和で穏やかに暮らせる土地であるために、本当に必要なものはなんだろう?と考える視座があってもいいように思っています。

沖縄が日本を離れて仮に独立したとして、沖縄の安泰を自力で維持できるでしょうか?
朝鮮半島が、その周囲を大国に囲まれ、各国の政治力学に翻弄された歴史をたどっているのと同じに、沖縄もまた、周辺国の思惑に翻弄されるのは、目に見える未来予想図のようにも感じます。
沖縄はこれまで通り、日本のままでいた方がいいのか?
それとも中国の支配下に入ったほうが幸せなのか?

沖縄の方には少し残酷な言い方かもしれませんけれど、国防の視座から考えたとき、理想論や願望だけでは済まない厳しい選択を迫られるのが、沖縄基地問題を考える上でのひとつのファクターなのだと感じます。



旅の最終日、本部湾での慰霊を終えた後、空港にそのまま戻るには多少の時間があったので、お願いして沖縄本島の東側に出てもらい、辺野古地区が見渡せる場所に連れて行ってもらいました。
現地に行って感じたことは、沖縄は観光の島と言いながら、島の東側には観光客があつまるような観光スポットがほとんどない、ということ。
辺野古地区の方々が地域の再建を願い、苦渋の選択で基地受け入れを決断されたことを、改めて実感してきました。

沖縄駐留アメリカ兵が、問題を起こしてはニュースに出ることで有名な金武町のキャンプシュワブも、本島の東側。
ここは採用間もない新兵が派遣されてくるところなので、どうしてもあれこれ問題を起こしやすいのです、と運転手さんからの説明も頂きました。


嘉手納基地のある嘉手納町は町の面積の9割ほどを基地に占領されていること。
基地のある町に入ると、Yナンバーの車(基地のアメリカ兵の所有する車はYナンバーをつけています)がやたらと目立つこと。
基地周辺のアメリカ兵相手の商売は、円高ドル安の影響がすぐに出て、景気の変動が左右されること。(ベトナム戦争のころは基地周辺の商売は、ずいぶん繁盛したそうです)
町を走るアメリカ兵の着る軍服の色は砂漠仕様の茶色であること。(これは沖縄からもイラクに派兵されていることを意味します)
ベトナム戦のころは、アメリカ軍の軍服の色はジャングル対応の緑色だったそう。
沖縄中北部の道路を走っていると、道路わきに「イノシシ飛び出し注意」のほかに、「流れ弾注意」の看板がある!(沖縄にサルはいないが本土より小型のイノシシは山にいるそうです)

沖縄では4月に旧暦で清明(せいめい)と呼ばれる本土のお彼岸のような季節行事があり、一族が集まってお墓参りをするそうです。
今年の清明では18日と25日に帰省ラッシュがあるそうで、道路上の交通情報の電光掲示板にも、「18日清明のため渋滞予想」なんて表示されていました。

沖縄の墓は、本土の墓と違って一族の方が一つの大きな墓に入ります。
中北部の地元の生活道路をいくと、道路わきに突然大きなお墓が目の前に現れてびっくりします。
最近新しく作られた墓もありますが、道のすぐ脇の崖に穴を掘り、普段はその入り口を石を積んで塞いであるような、昔ながらのお墓もたくさん点在していました。

で、沖縄戦終了後、どさくさ紛れでアメリカが勝手に基地を作ってしまったため、人によっては基地の中に一族の墓がある、という方も結構いるんだそうです。
その場合は役所を通じて何月何日に墓参りのために基地の中に入れて欲しい、と申請を出して許可をもらい、清明の墓参りをするのだそうですね。


沖縄では生活の隣にすぐ基地がある。
その事実を改めて実感した、沖縄の旅でもありました。


※写真は、沖縄半島東海岸の勝連半島(石油備蓄基地がある場所)
本部からの帰り道、高速道路の金武町サービスエリア展望台より撮影したもの
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2007年07月08日

「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観てきました

多忙のため時間を作る事が出来ず、公開から長いこと間を置いた今日ようやく「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観に行く事ができました。
今日はその感想などを少し綴ってみたいと思います。

特攻で戦死した大叔父を身内に持つ私には、映画の内容は特段珍しいものがあるわけではありません。
この程度の事実は、私も個人的に調べてすでに承知のことでありますし。
そして毎度のことながら、この手の作品を見るたびに「映画は所詮は作り物で、本物はこんな程度じゃないんだろうな・・・」という冷めた感覚が体の中に湧いてしまう私なのです。

けれど、この作品を見ておや?と思ったところもあります。
それは出撃していく特攻隊員が「靖国で逢おう」という台詞を口にしていること。
これ、日本の戦争もの映画では特筆すべきことのように私には感じました。
靖国の問題はいつの日からか当たらず障らずという空気が出来てしまい、戦争はいけないことで平和は大事なことといった単純思考がまかり通っていたのが昨今までの世情と言えるでしょうか。

それを素直に、「靖国で逢おう」と言わせたこの作品。
靖国に祀られることが戦争で死んでいく者にとって、そして残される者にとってどれほどの拠り所であったか?を語らずして、あの時代の空気を表現する事は出来ないでしょう。
その意味で私はこの作品を素直に評価したいと感じております。

それから特攻のシーンがリアルに表現されていたところは、観ていてやはり胸の詰まる思いがしました。
知覧は陸軍の特攻基地。
映画の中で特攻隊員は「隼」に乗って出撃しますが、私の大叔父は人間爆弾・桜花と呼ばれたロケット型の特攻機による出撃。
それと私の特攻の大叔父は海軍の所属で鹿屋基地からの出撃なので、この作品の特攻シーンがそのままそっくり当てはまるというわけではありません。

しかし、圧倒的な兵力の差、特に飛行機の性能の差は如何ともし難かったのがあの時代の戦争の実情。
特攻は外道の統率などと改めて言うまでも無く、命をかけて出撃に臨むためのその愛機が、どうにもお粗末な代物であることを、彼らはどう自分に納得させて出撃に臨んだのか?
それは私の特攻の大叔父の出撃にも重なること。
当時わずか19歳だった大叔父の苦悩を思うとき、決死の出撃に臨む特攻隊員の決意の程は、平和ボケした私などにはとても計り知れぬこと、と改めて重過ぎる事実を突きつけられたような気がします。

敵の激しい迎撃をくぐり抜け、見事敵艦の撃沈に成功した特攻機は特攻作戦全体からみればわずかな数でしかありません。
空しく海に散った多くの特攻隊員の無念を思うと、どうにも複雑でやりきれない思いに囚われる私。
私の特攻の大叔父も、雄雄しく出撃はしたものの敵艦への体当たりは叶わず、目標の船の20メートル手前で機首に被弾、海面に激突大破したと様々な記録を調べてその実情を知りました。
その瞬間、大叔父の胸に去来したであろう無念を思うと、私はどうにもやりきれない思いがするのです。
特攻を志願し死の覚悟を決めたのなら、せめて本懐を遂げさせてやりたかった。
そんな思いが、私の心の中には歴然としてありますので。

映画の中で、沖縄を目指して開聞岳の横を特攻機の編隊が静かに飛んでいくシーンは、作り物とはいえ思わず胸の痛みを覚えずにはいられませんでした。
鹿児島県の南端にそびえる開聞岳は別名薩摩富士とも呼ばれ、多くの特攻機が本土との最期の別れを惜しんだ山。
私の特攻の大叔父もこの山の姿をその目に焼き付けて、故郷への名残を惜しんだに違いないのです。
特攻に関わる者にとって開聞岳はひとしお思い入れのある山。
いつか私もその山の姿を自分の目に焼き付けて、特攻の大叔父の最期を偲びたいと思っております。

自分の愛する家族を国を護るため、計り知れない死の恐怖を乗り越えて出撃していった特攻隊員たち。
そして彼らを軍神と崇め、見送った当時の国民たち。
戦争はいけないことと言うのは容易い。
けれど、愛する者を護るために若い命を散らした彼らの心に嘘偽りはあるでしょうか?
極限状態に追い込まれれば追い込まれるほど、最後に残るのは純粋な愛情ではないのか?と。

特攻は犬死だ、と言う人がいます。
でも、それは余りにも単純に過ぎる物の言い方ではないかと思う。
特攻隊員は、愛する家族のために命を散らした。
その彼らの犠牲を単なる犬死にするか否かは、護られた側の私たちが、護ってもらったこの命をどう生きるか?にかかっているのではないでしょうか?

決死の覚悟で特攻に臨むなどとは、とてもとても正気の沙汰で挑めることではない。
しかし、彼らは文句一つ言わず、粛々とその命を愛する者を護るために捧げたのです。
生きたくても生きる事が許されなかった特攻隊員たち。
彼らの死を無駄にしてはならぬと思うのであれば、今この平和の時代を生きる私たちが、護られたこの命を決して粗末にしてはならぬと思う。
そして彼らが示したように、私たちも愛する者のために時に命をかける覚悟を持たねばならぬ、とも思う。

覚悟を忘れた日本人は、いつしか己のことしか考えないような、浅はかで醜い人間に成り果ててはいないか?
自分の命も他人の命も粗末にする、軽薄な人間に成り下がってはいないか?
自分の命の価値を知っているからこそ、その命を捨てた代償として得るものの大きさを、特攻隊員は肌身で知っていたのでしょう。
だからこそ、彼らは愛する家族のため、死の恐怖を超えて出撃に臨めたのだと私は信じます。

映画の中で出撃に臨む部隊の隊長が、自分の隊の部下に向かって「靖国神社では拝殿前の右側二本目の桜の下で逢おう」と語りかける場面が出てきます。
その姿はまるで私の特攻の大叔父さんそのもののように見えました。
桜花隊の皆さんも、神門右二番目の桜の木の下、と再会の場を約束して出撃に臨んだのですものね。
靖国さんも、あの頃は毎日のように数え切れないほどの多くの英霊が集っていたのです。
きちんと再会の場所を決めておかねば、迷子になって戦友に逢うことが出来なくなる。
その切ない思いが、どうにも胸を締め付けます。

特攻の大叔父さん。
あなたは靖国でこの国の有様をどんな思いで見ていらっしゃるのか?
私の生き方は、あなたが命をかけて護ったに相応しいものでしょうか?
いつか私が天寿を全うし三途の川を渡ってあなたに逢う時、あなたの犠牲に相応しい自分でありたいと願っています。
日本は今決して心穏やかな国とは言えませんが、大叔父さんの御心に背く事の無い様に、自分に出来る精一杯をして、いつかあなたにお逢いしたいといつも心に誓う私なのです。
posted by ぴろん at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月19日

保守派の危うい言論空間・・・加藤紘一代議士宅放火事件に関して

自民党の加藤紘一代議士の自宅兼事務所が火事で全焼したニュースは、すでに皆様ご存知のことと思います。
まずはこの件について取り上げるにあたり、加藤氏とそのご家族ならびに関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

さて。
私は正直言って、加藤氏の日頃の発言には全く同意をしておりません。
ですが、その事と今回の火事の被害の事は全く別物の話。
日頃の加藤氏の発言を苦々しく思う余り、加藤氏の火事被害について「ざま〜みろ!」的な発言が保守を自認するBlog・サイトに少なくなかった事を、大変残念に感じております。

言論には言論で反論するのが民主主義の根幹です。
その言論の自由を確保する為には、『誰がどのような発言をしようとも、その発言者の生命や財産を脅かさない保障』がなされなくてはなりません。
その保障が担保されなければ、言論の自由を確保する事なんて出来っこないでしょうが?
その意味で、いくら加藤氏の主義主張が気に入らないからと言って、今度のような暴挙は決して許してはいけないはずなのです。
それなのに、今度の暴挙を容認するかのような発言が一部保守派の間から発信された事は非常に残念な事だと思っていますし、愚かを通り越して自ら言論の自由という民主主義の根幹を危険水域に晒している、とも感じています。

売国議員は許せない。
一部保守派の苛立ちや怒りは分かります。
でもその思いが先走る余り、加藤氏の災難を喜ぶなどといった感情的・短絡的行為の先にある危険性について、思いを致す余力も無いのだとしたら、保守派の言論空間はとても危ういレベルであると言わざるを得ないのではありませんかね?

かつて西村眞悟氏が逮捕された時も、思い返せば同じような保守派の危うい言論空間が出現した事がありました。
西村氏の拉致問題に対する功績や人となりに心酔するあまり、一部保守派の中で是々非々の判断力を失い、救出運動の支援の輪に波風を立てた人たちがいたのを、保守派の面々はもうお忘れですか?

拉致被害者救出運動は免罪符ではありません。
西村氏がどんなに拉致問題に関して功績があっても、どんな裏事情があろうとも、犯した罪は罪。
それはそれ、これはこれの分別をしなければいけないのに、西村氏を逮捕するのは救出運動に対する謀略だとか、挙句の果てには西村逮捕に反対しない者に支援者を名乗る資格は無い、などといった極論を振りかざす人まで出没しましたよね?
それでは過激な反日行為を「愛国無罪」だと言って何でも正当化しようとする中国や韓国の事を笑えないと、私はネット上で意見表明をしましたが、その主張は果たしてどこまで過激に走る一部保守派の心に届いたのか?

金英男さん家族の面会劇の時も、理性を失って嫌韓感情に走った一部保守派がいましたが。
彼らの行動を苦々しく思う余り、あるいは横田さんご夫妻への同情心が勝る余りに苛立ちの感情が飛躍して、「だから日韓連帯など無駄なのだ!」といった短絡思考を表明する方がたくさんいらっしゃいましたよね?
あの時も私はともかく冷静に、この面会劇に苛立つあまり日韓連帯をこちらから放棄して、本当に日韓の間に決定的な溝が出来てしまえば北の思う壺になりかねないと主張したのですが。
その真意は果たしてどこまで保守派の面々に通じているんでしょう?

何かと言えばすぐに物事の基本を見失って、カッカカッカと頭に血を上らせる、一部保守派の人たち。
端で見ていて、本当に危ういと言うか思考のレベルが浅いなぁ、と思う事がしきりです。
そんな事で本当に彼らが主張するような、日本の再生などというものが果たして実現などするんでしょうか?
拉致問題などの厳しい現実を突きつけられて、日本人の多くは目覚めつつあると良く言います。
それはその通りだとは思うのですが、しかしその一方で何かと言うとすぐに短絡的思考に走る危うい保守派の言論空間に触れるたび、保守派の言う日本の再生など夢のまた夢、あるいは程遠い先の話と思えてならないんですが?

右であれ左であれ、理性を失って暴挙に及ぶ連中に、そもそも言論の自由を謳歌する権利などありません。
本気で言論の自由を守り民主主義を大事に思うならば、自分の主義主張と同じくらい他者の異論を主張する権利も大事にするべきです。
いくら保守派の私たちが気に入らなくとも、加藤氏には売国的発言をする権利があります。
自分の権利を主張するためには、まず相手の権利も尊重するべきです。
その基本姿勢の無い言論空間は、保守派の面々が馬鹿にして毛嫌いする左のそれと全く同レベルかそれ以下である事を、まずは深く自覚するべきでは無いでしょうか。

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過去参考エントリー

★05.11.27 西村眞悟議員についての見解を・・・
http://piron326.seesaa.net/article/9859964.html
★05.11.30 泣いて馬謖を斬るべし
http://piron326.seesaa.net/article/9988716.html
★06.6.30 敵を見失わない冷静さと強かさを・・・金英男さん親子の再会劇を見て
http://piron326.seesaa.net/article/20038437.html
posted by ぴろん at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月08日

心をひとつにするということ

拉致被害者救出運動の最終目的は、『全ての被害者を救うこと』にあります。

その目的をかなえる為には様々な物を動かさねばならない。
動くべき第一の組織は政府、次にマスコミ、そして国民世論。
ありとあらゆる力を動員し、最終目的に向かって心をひとつにする努力をしなければならない。

だが現状を見たとき、日本政府の動きは余りにも遅い。
マスコミの扱いもまだまだ微々たるものでしかない。

何故動かないのか?もとい、何故動けないのか?

政治の世界にもマスコミの世界にも、心ある人は必ずいる。
この問題を何とかしなければと、真剣に考える人は必ずいる。

その一方でこの問題どうにかしてうやむやにしたい人たちもいる。
その勢力は政界にもマスコミにもあらゆる所に潜んでいる。

何とかしたい人たちと、うやむやにしたい人たち。
この両者の力が拮抗しているから、中々拉致問題の山は動かないのではないか?と私は考えている。

ではこの力の拮抗を打ち破り、政治やマスコミの世界で拉致問題を何とかしたいと思っている人たちの後押しをするためにはどうすれば良いのか?
それを考える時、『国民世論の盛り上がり』以外に有効な手段を私は思いつかない。
だから私は一人でも多くの仲間をこの運動に取り込みたいのです。

仮に拉致問題の認識に濃淡があっても、制裁発動への意欲に濃淡があっても。
拉致問題を何とかしたいと思う人はあらゆる意見の違いを超えて、支援の輪に加わってもらいたいと思っている。
そのために私たち支援者を自認する者は、様々な方法を試みて一人でも多くの人に家族の思いを伝え、世論の支持を取り付ける。
共に戦う仲間を増やす。
それがご家族が私たち支援者に望む一番の事では無いのか?

反小泉をキーワードに世論に訴えるやり方があってもいい。
家族の心情をキーワードに訴えるやり方があってもいい。
最終的に世論の心をひとつにできるのであれば、世論への訴え方は何通りあっても良いと思う。

ただしより効果的な世論への訴え方を議論する事に、意義はあると私は思っている。
どんな正論であっても、訴え方を間違えて世論に引かれててしまったら元も子もない。
そこのところは、こちらの側が世論の空気を読んで、それに合わせた訴え方を工夫する事も大事だと思う。
小泉批判にいくら理があるとしても、それを高飛車に一方的に押付けても世論の理解は得られない、と言うこと。
世論の理解が得られなければ、それは何の力にもならないということ。

私達が戦う相手は金正日。
そして日本国内に潜む、親北勢力。
彼らは拉致問題の解決など望んでいない勢力なのです。
拉致問題の解決を望む国民世論が今よりもっともっと盛り上がる事を、彼らはおそらく一番嫌っている。

拉致問題をうやむやにしたい勢力は虎視眈々と、運動の頓挫を狙ってあの手この手の妨害策を仕掛けるでしょう。
それに振り回されることなく、全ての被害者が帰るまで日本の世論は頑張れるのか?
政治の世界にもマスコミの世界にも長年巣食っている親北勢力がいる。
それを排除するはどうすればいいのか?

その問題を何とかする為には、常に批判の声を上げる事は大事。
選挙などを通じて、彼らの勢力を削ぐ事も重要な事。

ただし、政治やマスコミの世界に巣食っている陰の力を簡単に追放できる決定打はおそらく無い、と言うことが問題なのだろうと思う。
彼らの勢力を簡単に削ぐ方法があるならば、拉致問題はとっくの昔に解決しているはずです。
拉致問題がこんなにも動かないのは、彼ら影の勢力の及ぼす力は私達が思う以上に根深い物がある、と考えるのが妥当ではないでしょうか?

しかし被害者救出は待った無しです。
政界・マスコミ界の完全浄化を待っていては、被害者の命は消えてしまう。
では次善の策として、今政界やマスコミ界の中にいる良識派が、少なくとも今よりももっと自由に力を発揮できるよう、後押しする事もまた大事ではないのか?
そのためにも世論の盛り上がりは何よりも有効な後押しになるのではないのか?

私には何の力も無い。
知名度もなければ世論への影響力も無い。
被害者救出と言う大望を果たす為に私が出来る事など本当に微々たる物でしかない。
それでも私は世論の喚起のために、出来る事を積み上げる。
目的を同じくする人と手を取り合う。

くどいようですが、家族の願いをかなえる為に私達が戦う相手は金正日です。
戦う敵を間違えてはいけないと思う。
そこさえ常に押さえていれば、無用の内輪もめなど避けられるのでは?と思うのだが・・・
posted by ぴろん at 11:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月01日

ダブルスタンダード

西村氏の話題はもう終わりにしようと思ってるんですが、どうにも気持ち悪い風潮が蔓延っているのが気になるのでもう一度だけエントリーを上げます。

西村氏が問われている嫌疑。
この嫌疑の対象者がもしも辻本清美だったら?鈴木宗男だったら?
それでもあなたは非弁活動なんて誰でもやってる事とか、これは謀略であるとか、金は政治資金に使ったんだから悪質ではないとか・・・そういった類のかばい立てをするんでしょうか?
多分しないですよね。
国会議員のくせに裏金を懐にドロンするなんて汚い奴だ、そんな奴が国会議員だなんて許せない、さっさと辞任しろ!
おそらくそういう論調で世論は一杯になっていることでしょう。

でもなぜか、今回の西村逮捕劇に関しては、妙にかばい立てして憚らない風潮が蔓延っております。
これは多分に西村氏が右派を代表する憂国の士であることに原因があるのだろうと思います。
確かに右派の立場から見れば、国会の場から西村氏を失う事は痛い。
何とか彼の存在を国会につなぎとめておきたい、あるいは彼の罪を不問にしたい・・・そういった身びいきが目を曇らせ、公平公正な判断を下す力を阻害している側面、無きにしも非ずだと思います。
しかし、西村氏は罪を犯したのです。
これは紛れも無い事実。
しかもご本人は自ら罪を認めていらっしゃる。
であるならば、まずは手始めに己の犯した罪の清算を済ませるのが、物の順序と言うものではないでしょうか?

ましてや彼は拉致議連の幹事長として、北朝鮮の悪事と対峙して来た人なのです。
北朝鮮による我が国の主権侵害・拉致被害者への人権侵害と言う悪事と真っ向から闘うべき人が、犯罪者だと言うのでは洒落にならない。
世論に対する説得力ゼロ、北朝鮮に対する説得力もゼロになってしまいます。
ここは拉致問題に関る者であるならばですね。
まずは断腸の思いで救出運動と西村氏の関係を切らねば、そもそもお話にならない。
それなのに、西村氏のこれまでの功績をまるで錦の御旗のようにして、かばい立てする人が後を絶たないのはどういうわけなのだろう?

民主党を除籍されても国会議員は続けて欲しいという声も耳にします。
私にはその感覚が分からない。
相手が憂国の士、西村氏ゆえに判断が甘くなるのは、それはハッキリ言ってダブルスタンダードじゃありませんか?
それに西村氏が本物の憂国の士であるならばですね。
中途半端に情けをかけられたら、かえって身の置き所が無くなるのではないかとも思う。
彼のことを本当に思うならば、罪は罪としてきちんと決着をつける事をまずは求めるべきでしょう。
身内なればこそ、物事には厳しくけじめを付けなければ。
そうでなければ、右派の憂国運動なるものも所詮は左巻きの売国行為と同類であり、彼らの思考停止や視野狭窄を笑えないではありませんか?

右派のひいき目が正しい物事の判断力を狂わせるのです。
まずは自分の立ち位置を右でも左でもない公正公平な所に置くべきでしょう。
そしてそこから冷静に今回の西村氏の行為を見つめて判断するべきです。
情に流されて、あるいは右派・保守派の身びいきで、西村氏に対する判断の基準を甘くしてはいけないと思う。

とは言え、私も西村氏の拉致問題に関するこれまでの功績について、不問にするつもりなど毛頭ありません。
氏にはこれからも拉致問題解決のため、ご助力・ご活躍いただきたいと思う。
しかし、その前に彼には己の罪を清算すると言う大仕事をこなさなければならないのです。
そのためにも、まずは西村氏ご本人が、救出運動から一端は身を引かなければ物事の筋が通らないと私は思う。
国会議員の職も潔く辞職するのがこれもまずは筋であると私は考えています。

むろん、マスコミによる度を越した西村バッシングは大いに批判するべきだし監視の目を強めるべきでしょう。
そういう意味でのかばい立てまでとやかく言うつもりはありません。
しかしそれはそれ、これはこれ。
まだ罪の清算もすまないうちから、やれ謀略だのたいした罪ではないだのという論陣はどう考えても身びいきに過ぎると私には思えます。
検察・警察は非弁活動の西村氏より、売国議員の方を何とかしろと言う意見もあります。
それは確かに道理だし私も売国議員は何とかして欲しいと思いますが、しかしこれもそれはそれ、これはこれ。
いくら売国議員に問題があるからといって、今回の西村氏の罪を不問にすることは出来ません。

西村人気の所以か、彼の逮捕後も西村氏を応援する声は後を絶ちません。
それはそれで結構な事。
しかし彼の今後を応援するにしても、まずは罪の清算を粛々と済ませるのが順序なのです。
身びいきが逆立ちして、物事の判断基準がダブルスタンダードになっていたのではお話にならない。
右派・保守派の人たちは、日ごろ左派のダブスタ振りを笑ったり、いわゆる小泉信者の妄信ぶりを笑ったりしますよね?
けれども立場を変えて見れば、今回の西村擁護の風潮は西村信者の妄信であると批判をされても文句は言えないのではありませんか?

いざ身内の西村氏の犯罪行為に直面したとき、身びいきゆえに目を曇らせてしまい、自分も同じ過ちを犯している事にはどうして気が付かないのだろうか?
西村氏の今後のためにも、拉致被害者の救出運動や、ひいては憂国運動を本気で守りたいと思うのならばですね。
この際、身びいきゆえのダブルスタンダードは潔くやめるべきだと私は思う。
posted by ぴろん at 04:05| Comment(5) | TrackBack(1) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

logさんのBlogが休止になりました

正直、ドッキリしました。
でもそう思う一方で、なんとなくこの日が来るのを私は予感してもいたのですね。
ここ数ヶ月、Blogを運営するに当たって、logさん自身があれこれ様々な悩みを抱えているのではないかな?と言うことを何となく感じてはいたので、その意味ではついに来るべき時が来てしまったのかな?というのも偽りのない気持ちです。

もう半年くらい前になるでしょうか?
彼がBlogを続けるかどうかで迷いを見せた時、私は僭越と思いつつも、logさんの事を思いっきり叱り飛ばしたことがありましたっけね。(笑)
logさんがBlogで拉致問題を熱心に取り上げてくださる事が、どれだけ世論の喚起に役立っているか分からない。
自分に出来る範囲で良いから何とか続けて欲しい、と。
その時は一度は思い直して閉鎖の意向を撤回し、継続の決意をしてくれましたが。

思えばあの頃から今回の事は予想の範疇だったような気もします。
私のような弱小Blogと違って、訪問者の人数も多く各方面で影響力のあるBlogを運営すると言う事は、余人には計り知れないプレッシャーがあったかも知れません。
この程度の弱小Blogでさえ、一定の論陣を張り続けるには、精神的にタフでないとやっていけない側面はある。
それを思うと、良く今まで頑張ってくれたものだと感服する次第です。
彼の持つ広い知識・見識に触れる事は、私にとってもまたとない勉強の機会でもありました。
それを思うと休止の決定はとても残念なのですが、この決断に至るまで、おそらく様々な葛藤があったことと思います。
その意味で私は今度のlogさんの意思を尊重したいと思っています。
撤回を迫るつもりはありません。
今まで精力的にBlogの運営に当たり、拉致問題の世論喚起に努めたその功績に心からの敬意と感謝の意を表したいと思います。

私のBlogは御覧の通りで、logさんのような切れ味鋭い論陣は張れません。
素人の呟き・素人の疑問・素人の怒り・素人の悲しみといった類のエントリーしか書けない困ったBlogであります。(笑)
右だ左だといったイデオロギーの問題などハナから門外漢ですし、歴史問題とか政治とか外交とかの問題も、興味は持ってますけど相手を論破するほどの知識も技量も、ぜ〜んぜん無し!無し!無し!ですしね。
この程度の体たらくで、よくもBlogなんぞいっちょまえに運営している物だと時々自分で感心はしておりますが・・・(冷汗)

良い機会ですので、改めて拉致問題に取り組むに当たっての私の基本方針をここで表明しておこうと思います。
私が拉致問題に取り組む基本姿勢はですね。
一人の人間として一人の日本人として、囚われの同胞全員を救い出す事、にあるのです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
むろん私にも私なりの国家観とか歴史観とかはありますが、それらを拉致問題に絡めて本末転倒になるつもりは無い。
あくまでも被害者の救出が第一の目的であり、天下国家とは何ぞや?と言う命題はあくまで二の次、というスタンスは貫きたいと思います。
拉致被害者救出運動は、あくまでも人の命を救う運動だというその原点を忘れずに。
これからも自分に出来る精一杯の支援を行動を、自分に無理の無い範囲で続けていきたいと思います。

logさん、本当にお疲れ様でした。
気が向いたらたまには当Blogにも顔を出してくれると嬉しいですね。
今度は一人の訪問者として、逆に私を叱咤激励してくれることを心の底から望んでおります。<(_ _)>
posted by ぴろん at 23:47| Comment(7) | TrackBack(2) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

news_from_japan閉鎖に思うこと

パソコン初心者の私がBlogや日記を巡回する楽しみを見つけたのはまだごく最近、ここ1〜2年のことです。
その初期の頃から楽しみにしていた巡回先の一つが先日閉鎖されたnews_from_japan様。
まだまだ自虐史観のリハビリ中だった私にとって、こちらのエントリーを読むことがどれだけ良い勉強になったことか。
刺激になったことか。
先日の娘通信様の閉鎖もそうですが、今回のnews_from_japan様の閉鎖も大変残念に思っています。
連日の更新が無理なら例え週一回の更新でも良い、もっともっと勉強させていただきたかったと思うだけに、こういう内容の充実した良いBlogが次々と消えていくのは寂しい限りですね。

電脳補完録別館、7月10日付けのエントリー「9.17は遠くなりにけり」にnews_from_japan管理人のaki様のコメントが掲載されております。
その中の一言に私は思わず考え込んでしまいました。

拉致被害者の救出が「人権」の問題なのか、「主権」の問題なのか、もう一度、問い直す必要があるように思えます。

ご承知の通り、当Blogは主に拉致問題を扱うBlogです。
私はaki様のこの問いかけにどう答えるべきか?

ご訪問の皆様すでにご承知の通り、私は政治も外交も難しいことは何も分からないど素人です。
大東亜戦争を含む近代史だってまだまだ勉強中の身ですし、news_from_japan様のような啓蒙的な記事なんて、とてもとても私には書く力量がありません。
では、私がBlogを運営する理念ってなんだろう?と、改めて自分のスタンスを考えざるを得なかったのがaki氏のこのコメントだったのですね。

拉致被害者救出運動は、人の命を救う運動。
私が自分のプライベートの時間を削ってでも拉致問題に関わる原点は、常にここにあると思っています。
私が特攻隊員の遺族であることを明かしたのも、あるいは己の恥を晒して親しい人の自殺の話をご紹介したのも、すべては「何よりも人の命を大切にするべき」という自分のスタンスを訴えたかったから。
座り込み懸念エントリーの論陣を張ったのも、突撃精神よろしく自爆することによって後に残される人がどれほど傷つくのかを分かって貰いたかったから。

拉致問題を追及していくとどうしても、国家とは何か?主権とは何か?という大きな問題にぶつからざるを得ません。
そこから広がって、憲法・自衛隊・歴史・靖国・教科書・マスコミと、問題の連鎖は限りなく広がっていくのも事実です。
しかし、少なくとも拉致問題の支援者を自認するならば、第一に優先するべきは「被害者の命を救う事」であるべきと私は思うわけです。
日本の抱えるあらゆる諸問題を解決するための手段として、拉致を利用するべきではない。
それは未だ囚われの被害者とその家族に対し、非常に不遜で失礼な態度ではないか?と思います。

これからも自分らしさを失わず、時に入れ込みすぎて体調を崩すことなく?(ここが一番の問題かも?)Blogの運営をしていきたいと思います。
私は、何しろ難しい話はさっぱり分からないくせして、恐れ多くもBlog運営しているツワモノ?ですから。(笑)
これからも素人の素朴な疑問を書き綴り、皆様と共に、様々な事案について学んでいく場所にしていきたいと思っております。
私が世の中を啓蒙するのではなく、私自身がご訪問の皆様から様々な啓蒙を頂戴しようという下心たっぷりのBlogということで、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

最後に当Blogからリンクを外すに当たって、様々な事を教えて頂いたnews_from_japan様に、感謝の気持ちをささげたいと思います。
本当にありがとうございました。
posted by ぴろん at 07:47| Comment(22) | TrackBack(0) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月07日

靖国は日本人の心、粗末にするべからず

昨日アップしました特攻の叔父の話にたくさんのコメントを頂戴しました。
私の拙い駄文でどこまで家族の心情をお伝えできるか、少し不安に思っていたのですが。
私の足りない所を後ろから叔父が後押ししてくれたのかな?
感動した、涙が出たというコメントにこちらが逆に少し勇気付けられた思いです。
どうもありがとう。

お話したいエピソードはいろいろあるんです。
子供の頃の聞き伝えとはいえ、全部のお話をご紹介するとなると、エントリー4〜5回分は多分必要になるかと思います。
だいぶ長くなりますが、お付き合いいただけますでしょうか?
特に、なぜ遺族の私たちが叔父が沖縄戦で見事敵艦の撃沈に成功したことを知っているのか?
この件については非常に珍しいエピソードがあります。
子供の頃は特別どうとも思わなかったのですが。
今考えると中々感動的な、まるでドラマのようなお話が我が家の場合あるのです。
どうしてもこれについてご紹介したい。
あの時代を生きた人の心情を少しでも現代日本に伝えたい。
これが自分のBlogを立ち上げ、特攻の叔父さんの事を語ろうと思ったきっかけでもあるのです。
必ず書き上げますので、今しばらくお待ちくださいませ。

私は祖父から戦争の話を聞くのが好きな子供でした。
母方のいとこは私を含めて全部で12人いるのですが、多分、私が一番祖父から戦争の話を聞いているのでは?と自負しています。
だいたいそういう辛気臭い話って、子供は苦手でしょう?
ちょっとだけ聞くと後はいいやって話をはぐらかしたりして、きちんと聞かない事の方が多いと思う。
でも私の場合、それから?それから?とかなり突っ込んで祖父の話を聞いていたのです。
聞き手がいれば、もともとおしゃべり好きな祖父ですから良い調子で次々と話をしてくれる。
まぁだいたいは同じ話の繰り返しなんですが、その繰り返しに付き合うのが割りに億劫じゃなかったんですね。

でも子供の頃に感じる疑問と、大人になって感じる疑問は違います。
例えば、叔父が予科練に志願した理由とか、いつ特攻に志願してそれを家族に伝えたのか?とか。
その時親兄弟はどんな反応をしたのか?
叔父が特攻死したと聞いたとき、家族はどう思ったのか?とか。
何一つ私は聞いてはいないのです。
今、これらのことをどれだけ後悔しているか?
このBlogをお読みの方で、身近な人に戦争体験を持つ人をお持ちの方。
今のうちに根掘り葉掘り聞いておいた方が良いですよ。
あとでどれだけ悔やんでも「死者に口無し」なのですから。

私が今ご紹介できるのは、子供の視点で祖父母から聞いた話だけ。
でもたとえそれだけの話でも、今伝えねば誰も何も知らないまま、叔父の生きた証は埋もれてしまう。
それだけは嫌だったんです。
命を懸けて国と家族を護ってくれた叔父に対して申し訳が立たない、とも思いました。
戦後60周年の今年、供養を兼ねて叔父の話を広くご紹介しよう。
それがこのBlogを立ち上げたもうひとつの理由であり、英霊に対する私の恩返しなのだと思っております。


さて本日書き綴りたい素人のたわ言は靖国神社についてです。
いうまでもなくあそこは国を護るために命を懸けた人々の魂の眠る場所です。
現代日本に生きる日本人の全てが、彼らの尊い犠牲の上に命を生き永らえている事を再確認する場でもあると思う。
それなのにつまらぬ外交の駆け引きの道具にされ、参拝するのしないのといった瑣末なことで靖国が不当に貶められていることを、“私は遺族の一人として”とても哀しく思います。

死んだ人間より生きてる人間の方が大事なんだから、靖国を後回しに考えても良いじゃないか?
靖国参拝に反対する御仁の口からはそんな言葉も飛び出します。
へぇ〜〜、あんたはいつから日本人のプライドをどぶに捨てたのか?
テレビなどでそんな論調を目にするたび、私は彼らに軽蔑の眼差しを送ります。
確かに死者を拝むより、自分の腹に食べ物を満たす方が優先順位が先なのかも知れない。
しかし靖国の御霊は単なる死者ではありません。
私たちの国を命を護るために、自分の命を投げ出してくれた人の魂を祭ってある所なのです。
彼らの存在を蔑ろにするということは、めぐり巡って自らの存在も蔑ろにするということ。
そんな自虐的な国・国民が、どうやって世界からそして私たちの子孫から尊敬を集めるというのでしょう?

誇りを捨てるということは、自分の心を殺すこと。
そんな最低限のプライドさえも持たない根無し草が、いったいどうやって?自分の国を、家族を護るというのだろう?
プライドだけじゃ飯は食えないという拝金主義が現代日本には蔓延っているようですが。
プライドを護るためには、今目の前にあるご馳走を蹴飛ばす勇気が必要な時もある、と私は思っています。
いくらご馳走で腹を満たしても、そこにどのような生きる支えがあるというのでしょうか?
プライドをなくしたら、何をよりどころに人は人生を生きるのですか?
何を誇りにして次の世代に伝えるのですか?
誇りをなくした人間は生きるしかばねです。
そんな腐臭ばかりを放つ人間に、いったいどんな魅力があるというのでしょうね?

私たちの国・日本には連綿と続く長い歴史があります。
縄文・弥生の時代から平安・戦国の世を経て、徳川の時代を経て明治・大正・昭和と続き、今平成の世があります。
その時代その時代を真剣に生きた人の証は私たちの体の中に、血脈として刻まれていることを、戦後60年間の日本人はあまりにも蔑ろにし過ぎたのではないでしょうか?
この歴史の連鎖を、現代日本の勝手な都合で勝手に拾捨選択しても良いのでしょうか?
無論どこぞの国のように、不当に歴史を美化することは許されませんが、不当に貶める必要も無いんじゃないか?と私は思います。

私の特攻の叔父は、沖縄で敵艦の撃沈に見事に成功しているのだそうです。
その敵艦にアメリカ兵はいったい何人乗り組んでいたのか?
彼らの家族から見れば、私の叔父は憎い仇でありましょう。
日教組の自虐歴史観的に語れば、私の叔父はアメリカ兵を何十人も何百人も殺した人殺しです。
でも歴史のあやと言う物をそんなに簡単に単純に論じることが、果たして正義と言えるのか?
私に言わせたら、国を家族を護るために命懸けで戦ったのは、アメリカ兵も私の叔父も同じです。
ただ、勝負は時の運です。
戦争が終わったとき、たまたま非常にも勝者と敗者をクッキリと色分けしただけのこと。
戦争が罪だと言うならば、戦争に加担した勝者も敗者も等しく罪を背負わなければ不公平です。
勝者は何の罪にも問われず、敗者のみが罪を着せられ汚名を被せられ不当に貶められるのは、命懸けで戦って散った戦死者に対する冒涜だとも思う。

私はいつも叔父を供養する時、叔父が撃沈したという敵艦のアメリカ兵の犠牲者にも叔父と同じように哀悼の意を捧げています。
もしも叔父が撃沈したアメリカ兵のご遺族にお会いしたら、謹んでご冥福を祈らせて頂きたいとも思っております。
しかし彼らに謝罪はいたしません。
彼らの息子や夫や父親が命を懸けて祖国・アメリカと家族を護ろうとした気持ちと、私の叔父が命を懸けて祖国・日本と家族を護ろうとした気持ちとに、上下の隔たりは無いと思うからです。

私が自虐史観に負けてアメリカ兵のご遺族に頭を下げると言うことは、叔父の犠牲を不当に貶めることにつながります。
それは叔父の名誉のためにも出来ないことだと思っています。
逆に仮にあの戦争で日本が勝利したとしても、私はアメリカ兵の遺族に謝罪を求めることはいたしません。
それが戦争のある意味での本質ではないのでしょうか?
戦争はその決着がついたとき、非常なまでに敗者と勝者を分けるだけのこと。
戦争の責任は敗者だけが背負うべき物、戦争の罪は敗者だけが背負うべき物・・・とは、私にはどうしても思えないのです。
posted by ぴろん at 09:27| Comment(34) | TrackBack(1) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする