2005年07月12日

特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会(5)05.7.3 千葉市民会館にて

質疑応答&仲條富夫氏の発言

 入力に対する姿勢

 今回の一連の報告記では、先述のように発言者の口調や集会の雰囲気をできるだけ忠実に再現するため、発言部分は、極力オリジナルのままのいわゆる丸起こしとし、補注が必要な部分は( )で補う形をとってきました。

 しかし、今回の質疑応答では、講演者の発言中に質問者が割り込んで発言して交錯し、わかりにくいので一部再構成しました。
 また仲條富夫氏の発言には、「○○ので、△△まして」と繋がり続けて、文として長くなりすぎる部分があるので、最小限の範囲で「ます。ました」に替えて句点を付け、文末としている部分があります。やや不自然な点もありますが、ご諒承ください。

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 質疑応答

 Q1.会場参加者(仮称Q氏)― ブッシュ・姜哲煥会談の意義 ―
 あ、一つ伺いたい。(真鍋氏:どうぞ)先程ですね、アメリカが本気になるかもしれない、と言っておられましたけど、つい最近、ブッシュ大統領が姜哲煥(カン・チョルファン)さんとお会いになりました(真鍋氏:そうですね)けど、そのことをどう思いますか?人道的観点から・・・。

 A1.真鍋理事の回答 ― 北朝鮮への強力なメッセージ ―
 よくご存知のとおりですね。なぜ姜哲煥に会ったかということですね。今、6カ国協議が始まるか、始まらないかの時に、脱北者のシンボルにですね、わざわざブッシュ大統領が30分くらいですね。
(Q氏:40分です。盧武鉉と45分の会見なので、それとほぼ同じ時間なんです)
40分ですか。だから異例なんですね。
これは、もう北朝鮮に対する非常に強いメッセージだというふうに認識してます。
(Q氏:はい、わかりました)

 ご質問ありがとうございました。最初の口火で、他に、もしよろしかったらご質問、この際ですから、何でもよろしいですから。

 Q2.原 良一(投稿入力者) ― 帰国した拉致被害者との信頼関係の構築は? ―
 先程ですね、戻ってきた家族との関係がなかなか上手くいってないって話が出てて、私は「奪還2」(新潮社)を読んでるんですね、蓮池透さんの…。それで、その中で明らかに調査会に不信感を滲ませた記述があるわけなんですよ。

 そして逆に、安明進さんの本(「新証言・拉致」廣済堂出版)も読んだんですけど、そちらでも蓮池さんが本当のことを話していない、と…。で、実際に安さんと蓮池薫さんが電話で話したことを、後で透さんが伏せてくれと言ってきた。

 結局それは、ある程度安さんの怒りもあって、本の中で暴露しちゃってるわけなんですけど、ま、暴露するってことも、逆にいえば蓮池家にとっては、感情を悪くする危険が高いと思うんですけど、そういう中で、拉致被害者とは、どうやって信頼関係を作ってるんでしょうか?

 A2.真鍋氏 ― 多すぎる「門番」、聞こえない本音 ―
 あの〜ですね、基本的に5人の本音が聞けないんですね。というのは、5人には「門番」がたくさんいましてね(会場から失笑)。まあマスコミの注目度も非常に高いので、どうしても門番が囲ってしまうという状況があって、その門番を通じてでしか5人の発言が聞こえてこないわけですね。

 じゃあ門番は誰か? 蓮池薫さんにとっての門番は透さんですよね、それからまあお母ちゃん(ハツイ氏、不敬発言ご容赦)ですよね。それと(内閣の)支援室ですね。

 どうもそこらへんを通して、いろいろ行ったり来たりをするもんですから、ほんとに蓮池薫さんが何を思ってるのか? 何を言いたいのか? 言いたくないのか? がはっきり伝わってこない。我々も想像するしかない。これは非常に悪い状況ですね。

 だから拓也君(横田拓也氏、家族会事務局次長)なんかはですね、前から5人がすべて自分の口で言わなきゃいけない、と。自分の口で明らかにしないといけないと…。よく言われるのは、やはり情報ってのは、スクリーンを通ったり、本人以外の別の口を通ったりするとですね、捻じ曲げられちゃうじゃないですか。本人の意思と違うことになっちゃうじゃないですか。おそらくあの5人にとっても、決して良くないことだ、と私たちは思っています。

 が、が、これが地村の親父さんがよく言うように、あの5人が自らすべてを証言したら、あの5人殺されてしまう、と当然…。日本には300人から400人の北朝鮮の工作員が、まだいるわけですから…。喋ったら、ただじゃ置かないぞ、ってことになってるわけですから…。

 もしあの5人が喋ったり、誰かが喋ったら、当然狙われる、ということになってますから、それを敢えて強調してですね、我々が喋れというのは、貴方の命を守るから喋ってくださいということでしょ。

 じゃあ我々が、彼らの生命を24時間守ってあげられるかどうか? そんな無責任なことは言えないし、やれないわけですね。だとすると、やはり彼らの口から直接言えないけれども、彼らが言った内容を、きちっと説明できる、あるいは説明すべき責任は、誰にあるかというと、日本政府ですね。日本政府は、その辺をきちっと責任を持って情報を開示する。5人の生命は責任を持って守るということがない限り、あの5人も安心して語れることはないんじゃないでしょうかね。

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2005年07月11日

特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会(4)05.7.3 千葉市民会館にて

1.中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐2

  救う会の活動なかりせば…

 やはりこれまでの北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会、所謂救う会であります。やはりこれまでこの救う会が、この問題に関しまして問題提起をしてこなかったのであれば、どういう状況になっていたのであろうかと、わたくし大変そら恐ろしくなるわけであります。救う会ももちろん、当初から本当に小さな所帯から始めていった運動でありました。

 やはり北朝鮮に拉致された日本人の方々が、おられるのではないか? その動きに対しましては、もちろん様々なプレッシャーがかけられていったわけでもあります。北朝鮮本国の意を受けた様々な勢力が、救う会を包囲しようとしていく…。様々な動きも多くありました。わたくしもそういった動きを目の当たりにするにあたりまして、やはりどれだけ北朝鮮、朝鮮総聯といったものが、救う会を初めと致しました北朝鮮に拉致された日本人の人権を取り戻そうという動きに対しまして、警戒をしていたのかなあと、わたくしもよく実感を致しました。

 しかしながらやはり、事実は一つでございます(断乎たる口調)。救う会がこれまでにも一つ、一つ解明をしてきた問題、そしてまた政府に対しまして働きかけをしてきた問題、歳月は長くかかりました。そしてまた労力も多く費やしてきたわけでもあります。

 が、ようやく平成の時代にはなりましたが、国会におきましてもそれこそ当時の梶山静六官房長官の答弁、そしてまたその後国会議員も、やはり我が国の国会議員として、果たすべき当然な役割といったものを、ようやく動きといたしまして、所謂政府に対しましての質問趣意書を初めといたしましても、予算委員会におきましての質疑、そしてそれに対しましての国家公安委員長、様々な政府機関が、拉致の認定といったもの、そしてまた北朝鮮による拉致といったものが、どれだけ恐ろしいものであるかということを、これまでわかっていた人たちも声を出し、はっきりとは言えなかった時代といったもの、長きに渡りまして続いていたわけでもあります。

  変わりゆく国の動き ― 60年周期説 ―

 しかしながらやはり、我が国も、国民の、自国の国民の人権を、また生命と安全を守るのは、政府にとりまして最優先な課題であります。よくいわれることでありますが、60年周期といった言葉があります。ちょうど戦争が終りまして60年経過をするわけでもありますが、その60年ごとに我が国におきましては、それこそ国の動きといったものが、大きく変わっていく周期というものがあるといわれております。

 これまで、確かに戦前の悪い部分といったものが、多くクローズアップされてまいりまして、戦前というものは、すべて悪かった、確かにそういう位置付けが多くありました。しかしながらその結果といたしまして、やはり国家としてあるべきこと、政府として果たすべきことといったものが、蔑ろにされてしまう。それはやはりおかしいのではないか? ということが、これまでやはり60年周期で、周期によるものではないと思いますが、やはり国家としてあるべき方向に進みつつあるのではないかと思います。

 しかしながらやはり、先だってのNHKの問題もありましたが、やはり北朝鮮拉致問題におきまして、あるべき政府の道筋といったものを、的確に示そうとする国会議員の安倍晋三幹事長代理であるとか、中川昭一経済産業大臣ですね、ああいった方々に対しては、それこそ我が国を貶めようとする勢力といったもの、闇の世界では見事に連携しております。

 そういった勢力が追い落としを図ろうとする、もちろんそれだけ焦っている証拠ではありますが、やはり今のこれだけ北朝鮮の拉致問題といったものが、はっきりと明らかになった今の世の中でさえも、さらに危機感を感じながら、この問題に対しまして足を引っ張ろうという勢力が、たくさんあるわけでもあります。

  国民世論の声で拉致事件の真相解明を

やはりこれ以上、北朝鮮の拉致問題といったものを、その事実が解明されてしまっては困る人たちが、我が国の内外にたくさんいるわけであります。やはりそういった方々に対しまして、国民世論の声といったものが、きちんと勝利していかなければいけないわけでもあります。これ以上、闇の中に葬られるわけにはまいりません。そのためにはやはり、私たちが声を大にしていくこと、とても大きな役割ではないかと思います。

 世論を形成していくために、やはり私たち自身が声を大にしていくこと、それは様々な、私たちにできることはいっぱいあります。例えば、お家に帰られてご家族で今日こういう集会があって、参加してきました、と。または、今日駅でこういうチラシをもらいました、と。千葉県からも、海上郡の海上町からも、北朝鮮に拉致された疑いのある加瀬テル子さんという方がいらっしゃるんだということを、この事実といったことを、私たちが知るということから、すべてが始まっていくわけでもあります。

 そうした中、わたくしも大変驚くわけでありますが、やはり大人といった方々、これまでそれこそあたかも他人事であるかのような大人が多くいるわけでもあります。しかしながら、若い方々、中学生、高校生の方々、本当に多くの方々、市原市内におきましてもそうであります。

 古川了子さん、昭和48年に千葉駅での連絡を最後に、行方がわからなくなってしまった。この事実といったことを、ご存じない方々の方がこれまでは多かったのかもしれません。しかしながら、市原市内を初めと致しまして本当に多くの方々が、同じ市原市におきまして、同じ千葉県におきまして、古川さんという北朝鮮に拉致された人がいるというその事実を知って、これは本当に許せない。そしてこんなことがあってはいけない。率直なお気持ちを皆さんお持ちになられました。

 そしてまた、それぞれの方々が、じゃあどうすれば古川さんの人権を一日も早く取り戻すことができるのか? 皆さん、お考えになることでもあります。そして署名活動、拉致された古川さんを特定失踪者ではなくて、拉致被害者として政府に認定をしてもらう。そして外交交渉の場におきまして、あるべき交渉の議題にしてもらう。その唯一の目的のために、署名活動展開させていったわけであります。

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特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会(3)05.7.3 千葉市民会館にて

  入力に対する姿勢

 今回も入力に当たって、発言者の口調や集会の雰囲気をできるだけ忠実に再現するため、講演者の発言は、極力オリジナルのまま(いわゆる丸起こし)とし、補注が必要な部分は( )で補いました。

 また中村氏は、講演の原稿を用意していたようなので、その読み間違いと思われる言い直しは省いて再構成しました。さらに見出しの設定は、入力者の判断によるもので、中村氏が強調したい点と一致していない可能性があるのでご留意ください。

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 1.中村実船橋市議会議員、特定失踪者問題調査会理事の講演‐1 

   「拉致認定の意義について」

 本日は、若干雨も降ってきましたところ、ご参加をいただきまして本当にありがとうございます。特定失踪者問題調査会の方で、理事という形で拝命をいたしております中村と申します。

 本日はこういう形でもありますので、ぜひ会場の皆様でご参加をいただくような形で、いろんな質疑応答を始めといたしましたやり取りといったこともあればいいのかな、ということを思いながら若干のお話をさせていただきだいと思います。

  政府の不作為を打破するためには

 現在の政府の動きといったものは、ご案内(集会レジュメ)の通りでありまして、これが未だ北朝鮮による拉致という犯罪が行われていながらも、さらにこれまでの自らの不作為であるとか、ただ自らのこれからの仕事が増えるのが困るのではないかと、そんなふうにさえ捉えたくなるような、これまでの政府の動きといったものが多々ございます。

 だからこそ、どこの国の政府なのだろう、と本当に思うことが皆さん多くあると思います。しかしながらやはり、今の現在におきましては、政府を上手く、一緒に私たちの方向性にと引っ張っていくということ、それがとても大事なことではないかと思います。

 やはり私どもが、例えば北朝鮮の方と直接に交渉できるとか、そういったことであれば、もちろん政府がどれだけ腰が引けていようが、後ろ向きであろうが、まったく度外視をすればかまわないのでありますが、残念ながら今の世の中、北朝鮮との交渉の窓口は、あくまでも政府でございます。

 内閣府、そして外務省、そして様々な諸官庁を、うまくこの問題に対処させまして、的確な動きをしていただく、そのためにやはり、私たち国民世論の声で政府を動かしていくという意気が大変重要であるかと思います。

  拉致は日本海側だけではない

 そのなかでやはり特定失踪者問題、所謂政府が認定しております拉致被害者の方々がおられます。そしてその一方で、現在では政府は拉致被害者認定をしてはいませんが、北朝鮮に拉致された恐れが多分に高い、ほぼ間違いない方々が、我が国の国内にそれこそ全国的にいらっしゃいます。そしてもちろん、この千葉県内にもいらっしゃるわけでございます。

 古川了子さんを初め、加瀬テル子さん、そして現在お名前を明かしても構わないよという仰ってくださるご家族の方々を含めましても、やはり千葉県内におきまして、これまでは拉致という問題、およそ日本海側の話であると、わたくし自身も思っておりました。やはり北朝鮮による拉致ということを考えますと、どうしても柏崎市、わたくしもその現場を見たことがありますが、柏崎のあの砂浜であるとか、新潟県の寄居の浜辺であるとか、どうしても日本海側の海辺を思い浮かべるわけであります。

 しかしながら、ちょうど先日の市原集会にもご参加くださった方もいらっしゃると伺っておりますが、やはりその際、真鍋専務理事よりお話しくださった大町ルートの問題もあります。やはりこの千葉県内におきまして、昭和40年代、そして50年代、60年代、さらには平成になってからも、何が起きていたのかということを、これはもちろん千葉県内におきまして、様々な所で歴史的な経緯があるわけでもあります。

 たとえば、こちらの市民会館、かつては駅があった(昭和38年に現在の千葉駅ができるまでは、市民会館のある場所が千葉駅だった)というふうにも聞いております。そしてまたこの周辺の土地のいろいろな歴史的経緯があります。戦争を挟んで、様々な歴史的な経緯を歩んできた千葉県でもあります。

 そしてまた海上郡海上町(「かいじょうぐんうなかみまち」と読む)、今度(市町村合併で)旭市になると伺っておりますが、その海上という、ほんとに太平洋岸の穏やかな遠浅の海の町でありますが、その町におきまして何が起きていたのかということを、昭和40年代に遡るということを、今昭和でいいますとちょうど80年でありますから、40年前を遡るということは、大変なことではあります。

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2005年07月09日

特定失踪者加瀬テル子を支援する千葉集会(2)05.7.3 千葉市民会館にて

  真鍋貞樹特定失踪者問題調査会専務理事の講演 ‐2

  ― なぜ、加瀬さんが拉致されたのか ―

 えーと、今何分喋りましたか? あと20分くらいでまとめないといけないわけですね。ということでですね、まだまだわからないのは、何故加瀬テル子さんなのか? という肝腎の部分ですけれども、なぜ拉致されたのか? その必要性は何なのかということなんですけど、まだこれは、解明されてません。

 古川さんの場合は、考えられるのは拉致された日本人男性の奥さんということになるわけでしょうし、どうも加瀬さんのケースの場合も、ご存知の通り、加瀬さんの夫の存在が重要なわけですね。

 えーと、(ホワイトボードに加瀬さんの夫の似顔絵を描きながら)ここにこの男性がですね、加瀬さんの夫とされる男性なんですけれども、この写真については、我々としては、公開をしていきたいと思っているのですが、マスコミの所有の物なので、なかなか出せないんですけど、この人も、拉致された日本人であって、日本の国立大学の理工系を卒業したエリートだそうだというんですね。で、この人と加瀬さんが夫婦であると、そしてこの男性が、拉致された日本人を管理している責任者で、そういう役回りをさせられている、ということなんですね。

 で、そう考えると、やはりこれはわからないです。どちらが先に拉致されたのかということはわからないんですけど、こちらのデータがないもんですからね。ま、そうだとすると、加瀬さんもお嫁さんという形で選定されていたと考えられるわけであります。

 4.千葉県のおける特定失踪者の状況

そしてですね、加瀬さんについてはこれくらいにしまして、加瀬さんを中心に千葉ということなんですけれども、大町ルートについては、ちょっと置いておきまして、この場所なんですけど、さっき中村さんの方からお話ありましたけど、この院内という所、この栄町と院内という場所ですね、ここは要町というんですか? この会館そのものは?(仲條氏より「そうですね」の答えに)はい。
ところが私、来る前にその辺ちょっと見てきたんですけど、とんでもない(ソープなど風俗産業が多い)場所ですね。え〜実はということで、さっきお名前が出ましたけど、関谷俊子さんですね。この間記者会見をして発表した女性が、関谷俊子さんプラス女性プラス男性(ホワイトボードに名前を書いている)。この3人が〜ここの場所で失踪してるんですね。

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 <参考資料>
[特定失踪者問題調査会NEWS 264](17.6.27)着信分から抜粋

関谷 俊子(せきや としこ)(当時17歳)

生年月日  ・昭和32(1957)年5月19日
失踪年月日 ・昭和49(1974)年7月11日
性別 女
当時の身分 ・千葉市内の薬品会社に勤務 定時制高校在学中
当時の居住 ・千葉県市原市
失踪場所  ・千葉港付近
失踪当時の状況 ・親類の男性と幼馴染の同級生(女性)と千葉市内の飲食店で飲食後、親類の男性が「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。店の従業員は男性の兄と妹。男性の乗っていた車も発見されていない。関谷俊子さんは古川了子さんと同じ高校で3学年下。古川事件の1年後の失踪で同じ7月である。
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 地名を具体的にいうと院内です。院内のスナックからこの3人で一緒に、この男性の妹さんとお兄さんが働いていた院内のスナックで、食事をした後、この男性が車で関谷俊子さんと女性を家まで送っていくと言い残して家を出たまま失踪と…。(会場より「何年と?」に)古川了子さんの事件のちょうど1年後です。

 この関谷さんとこの女性は、小学校からの幼なじみで、古川了子さんと同じ千葉商業高校ということです。で、千葉商業高校はすぐそこにありまして、院内と栄町に非常に近い。関係者のお話によると、当時朝鮮高校の人たちと(笑いをこらえながら)相当ケンカをしていたと言うようなことで、どうも古川了子さんも千葉商、この二人の女性も千葉商、そういう形でしかもこの3人は千葉駅の周辺の院内ですし、古川了子さんも千葉駅ということですから同じような場所、それからこの女性が働いていたのは、古川了子さんが会社に通う途中の八幡宿(やわたじゅく)のルート上で働いていました。

 どうも古川了子さんと二人の女性というのは、非常に近い関係にあるというのは不思議でなりません。で、関谷さんとこの女性も市原の生まれ育ちということです。非常にこの3人の失踪というのは、関心をもって調査しているというわけです。

 ただやはりですね、ただ一般的な失踪もそうですけど、どうしても千葉でいうとこの院内、栄町という歓楽街といいますかね、そこを中心として事件が起こると、例えばですけれども、札幌でいうと、所謂ススキノという場所で関係した失踪が非常に多いのですね。
やはり、そういう歓楽街というのは多国籍ですから、いろんな国の国籍の人が活動してる、どうしてもそこに失踪というか拉致とかいうものとの繋がりがあるんじゃないかな…。ご存知のように田口八重子さんは、池袋の駅前の、ほんとに歓楽街のど真ん中だったわけですから、どうもこういう拉致、失踪、それからそういう地域というのは結びつくなおもっています。

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特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会(1)05.7.3 千葉市民会館にて

先日千葉市民会館にて開かれた「特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会」の集会テキストをご紹介いたします。
本当は私自ら参加して、テキスト化をする予定だったのですが過日ご案内の通り集会前夜に激しい頭痛に襲われまして、ダウン。
やむなく涙を呑んで参加をキャンセルした例の集会です。

幸いにも支援者のお仲間でもある原良一氏のご好意により、集会のテキストを当Blogに全文掲載させて頂く許可を頂きました。
相変わらずの弱小Blogではありますが、掲載の場を少しでも増やすことにより、一人でも多くの人の目に留めていただき、拉致問題中でも特定失踪者に関する認識を高めてもらう一助となればと考えております。
どうぞお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。

・・・以下 原良一氏の手による集会テキストを掲載・・・

入力に対する姿勢

 今回の講演を入力するに当たって、発言者の口調や集会の雰囲気をできるだけ忠実に再現するため、講演者の発言は、極力オリジナルのまま(いわゆる丸起こし)とし、補注が必要な部分は( )で補いました。

 ただし、

映画のアニメのトトロ→アニメ映画の「となりのトトロ」、
橋本助教授→橋本正次東京歯科大助教授

のように最小限の校正を行っています。
また文中の見出しも、入力者によるもので当日のレジュメなどに依っていません。

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  特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会
 〜すべての特定失踪者、拉致被害者を家族のもとへ〜

日 時:2005年(平成17年)7月3日 19時〜21時(開場18時40分)
場 所:千葉市民会館 地階小ホール(〒260-0017千葉市中央区要町1−1)
JR総武線千葉駅より徒歩7分、総武本線東千葉駅より2分、総武本線沿い
TEL:043-224-2431、FAX:043-224-2439
地 図:<http://www.f-cp.jp/shimin/map.html>参照
主 宰:加瀬テル子を支援する会
後 援:内閣府認証NPO法人 亜細亜人権協議会
協 賛:特定失踪者家族支援委員会
講 演:1.中村実氏(船橋市議特定失踪者問題調査会理事)
    「拉致認定の意義について」
    2.真鍋貞樹(特定失踪者問題調査会専務理事)
    「特定失踪者の多数出ている大町ルートについて」
    3.仲條富夫(加瀬テル子を支援する会代表、加瀬テル子従兄弟)
    「加瀬テル子の家族の訴え」
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 開会のあいさつ

 司会者(亜細亜人権協議会平野さん)
 本日は、忙しい中特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。私ども特定失踪者加瀬テル子を支援する会は、特定失踪者加瀬テル子の従兄弟である仲條富夫氏を代表とし、内閣府認証NPO特定非営利活動法人亜細亜人権協議会全面支援協力の下、すべての特定失踪者、拉致被害者を家族の許へスローガンに掲げ、特定失踪者加瀬テル子の拉致被害者認定、家族との面会を趣旨として立ち上げ致しました。

 本日は、特定失踪者問題調査会専務理事真鍋貞樹氏、また特定失踪者問題調査会理事中村実(船橋市議会議員)氏をお招きし、講演をしていただきます。それでは只今より、特定失踪者加瀬テル子を支援する会千葉集会を開催いたします。初めに加瀬テル子を支援する会仲條富夫代表、ごあいさつをお願い致します。

 仲條富夫代表のあいさつ
 (マイクを使わず大きな地声で)
 どうも本日は、お忙しいところご苦労様です。

 まずもって最初にお詫び申し上げます。いろいろ努力をしましたが、皆さん心配していただいた通り(聴衆が3人だけ(>_<))になってしまいましたが、街頭の方でもチラシをお配りしてお願いしたんですが、なかなかやはり特定失踪者ということで、なかなかそれは他人事、絵空事だなあということを、雨の中も配りしましたし、今日も配らせていただきましたけど、これが今の現実なのかなあと敢えて申し上げたいと思いますけど(悄然とした口調)…。ただ今日来ていただいた方は、私どもとしましてはも千万の味方を得た思いが致します。

 これからこういう支援をする会を皆さんと共に進んでいくわけですが、最後にいってはおかしいですけれども、加瀬テル子が北朝鮮に拉致されていって向こうの確実に政府間の交渉に乗っていただいた時に、初めて会場が一杯になるのかなあ、という思い、これは自分の不安でもありますし、ある意味ではここで挫けてはいけない、遠い彼の地でこういう催しをしなければ、なかなか向こうの空で住んでいる人たちに声が届かないのかなあという淋しい思いもしますが、大変今日は申し訳なく思っておりますが、真鍋さん、中村さんの講演の方を是非聞いていっていただきたいなと思います。どうもありがとうございます。よろしくお願いいたします。

 真鍋貞樹特定失踪者問題調査会専務理事の講演 ‐1

 どうもみなさんありがとうございます。日曜日の夜お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。仲條さんの冒頭の言葉ありましたけれど、え〜、あのお…(しばし言い澱み)8年前を思い出しました(しみじみとした口調)。私たちが拉致問題をスタートした時の状況は、もう今日のこの(聴衆がいない)状況でございました。

 1.スタートは一人から

 まず何かをやらなきゃいけないということで、何か会を作ろう。ということで集まったのが、当時で20人くらいでしたね。それからこれは集まっただけで何か具体的なものがあったわけじゃなくて、具体的なものを始めようとしたのが、とにかく署名活動をやろうと…。それから会を作ったことの記者会見をやろうということからスタートしました。
で、最初に署名活動をやったのが、有楽町の数寄屋橋の駅前で、え〜ま、10人くらいだったでしょうかね。そこでビラ配りをいたしましたが、だあ〜〜れも受け取ってくれませんでした。ビラもどれくらい用意したのかはわかりませんけど、一人として振り向いてくれる人はいませんでした。ま、こんなものだろうと思いまして、その後記者会見を行いました。

 その時の記者会見は、集まった記者はたった5人です。今でも誰と誰と誰と誰と誰とで、名前を挙げられるわけですけれども、その中で記事を書いてくれたのは産経新聞、それと読売新聞だけでした。産経新聞はご存知の通り、この問題は昔から熱心にやってましたから、一面のトップに救う会というものができて、これから活動を始めるという記事を書いてくださいましたけど、読売新聞は、ベタ記事のこのちっちゃなところにようやく、まあ見る人がみればわかるというくらいの記事で、ま、そういうところから運動というのはスタートするもんだと思っております。

 拉致問題というものが、大きく国民の関心を呼んでいる問題であるといっても、やはりどんな事例もそうでしょうけども、やはりスタートというものは、こういう一人か二人からスタートする、数人からスタートする、その積み重ねで大きくなっていく、というふうに思っていますから、今日はこういう所は、こういう状況でまずは第一歩が進んだということでですね、これから頑張っていこうという会に、是非していただければというふうに思っております。

 で今日は、前回の市原集会に来られた方がたくさん、というか多いので、この間と同じことを話してもいけませんが、中にはいらっしゃっていない方もおられるようです。ですからまあ、前回と同じだなあと思うようなところがあってもゴメンナサイ、申し訳ございませんということでご諒承いただければと思います。

 ただ今日は、加瀬テル子さんの会ですから加瀬テル子さんのことについてですね、くわしくお話をさせていただきたいというふうに思っております。

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