2006年05月25日

06.5.18 西岡力副会長 東京連続集会18(10)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長 訪米報告』

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ワシントンに行ってですね。
去年から言いますと、タイに行きましてですね。
チェンマイに行って、マカオに行って、ソウルに行って、ワシントンに行って、また韓国に行ってですね。
それからこの間、斉藤(文代)さんはノルウェーに行って。
そしてタイから来てもらって、レバノンから来てもらって、中国の被害者をソウルに連れて行って、韓国からたくさん来てもらい、今回もまた来てもらう事になっているという国際活動をしておりまして、かなりの成果を上げて来ているというふうに思っています。

一点だけ私がアメリカで重大だと思った点で、今拓也さんが若干触れましたけど島田さんが触れなかったので申し上げますと、我々がアメリカにずっと訴えてきた私たちの戦略の目標は、アメリカは核問題で北朝鮮を圧迫するだろう。
今圧迫しつつある。
しかしそれは2度目の事で、第一次核危機が93年94年のときに起きて、94年には戦争の直前まで行った。
核問題を理由として。
しかし最終的に妥協が成立したあと、拉致問題は一切取り上げられなくて、日本に10億ドルの請求書が来たと。
村山政権はそれを出すと約束して、約5億ドルは支出されてしまっていると、言うのが現状です。

93年94年と言うのは、実は1988年の梶山答弁の後なわけなんです。
拉致問題があるという事を政府が認めた後に行われた。
戦争直前までも来る、日本政府が全面的にアメリカ政府に協力した危機(回避)の結果、拉致問題は一切取り上げられなかった。
そして10億ドルと言うお金を払う事まで約束させられた。
言う事があったんです。
今の韓国よりももっと悪いんですよね。
拉致問題は無かったことにされてしまった。

という事に、第二次核危機の時はならせてはならない。
いう事を戦略目標に置いて、訪米活動をしてきたわけですけども。
ですからアメリカに助けてくれと言いに言っているつもりは全くなくてですね。
アメリカも同盟国として、核問題と拉致問題とを共に戦うべきだと。
我々も共に戦うと、いう事を言いに行っていたつもりで、その話は通じたと。
拉致と言うテロに対してアメリカも一緒に戦うべきだと。
拉致と言う日本に対する主権侵害に対して同盟国としてアメリカは戦うべきだと。
そして核もやめさせるべきだし、北の人権問題も解決させるべきだと。
そのためには金正日政権を圧迫する以外に無いと、言う事をアメリカは今考えていて、我々とほぼ同じ考えになっている。
動いていると。

テロ支援国リストから外されそうになったクリントンの政権末期からすると天と地の違いで、この現代コリアの6月号に書いた島田さんの報告によると、今年のアメリカのテロ支援国リストのレポートの中では北朝鮮をテロ支援国にしている理由の中で、日本人・韓国人拉致だけではなくて、他の外国人拉致についても確実な証拠がある?(隣の島田氏に確認を求める。島田氏「信頼出来る情報がある」と発言)
信頼出来る情報があるという事が、すでに国務省の公式の報告書に書き込まれるているわけです。
(島田氏「公聴会の翌日に出た」)公聴会の翌日ですか?
公聴会行き渡った?(島田氏「かも?」)

ということで、そしてクラウチ安全保障担当の首席補佐官がいろいろな話をして最後に「あなた方と約束をしたい」と、言って言った事は、「核問題は大切である」と「絶対に解決しなければならない」と「これは日米同盟にとって重要な問題だ」といった中で、「核問題が解決する中で様々な犯罪行為、偽札や拉致問題については忘れませんし、原則を守ります。その事をあなた方に約束します」
核問題は解決しなきゃならない。
しかし、その解決の仕方と言うのは12年前のジュネーブ合意のように、拉致問題を一切取り上げないで北朝鮮に大規模な援助を行う事はしない。
という事を、安全保障会議の担当者がわざわざ雑談の中で、冒頭の挨拶とか話の延長で我々が質問したときに言ったんじゃなくて、向こうからわざわざそういう話を切り出して言ったと。

だからブッシュ大統領が会ってくれたし、国防総省と言う安全保障の部署が我々を歓待してくれたわけです。
核問題と言うのは安全保障問題なんだと。
アメリカの兵士の安全保障にもかかわる問題だし、アメリカの国民の安全の問題を担当している部署がアメリカ人は被害に遭っていない。
現在の所、島田仮説だとあるかもしれませんが、問題についても忘れないと。
原則を守るといったわけですね。
これは一般的な人権問題よりもレベルが上がったと。

中国の、いや北朝鮮の人権問題についてアメリカは言っていますけど、それが核問題の解決するときに忘れなくて原則を守るかどうか分からない。
しかし、偽札問題はアメリカは絶対6者協議で核問題が進展するにも拘らず、偽札問題での制裁をやめないわけです。
それはアメリカの主権侵害だからです。
アメリカの主権侵害と日本人拉致問題が同じレベルに上がると、安全担当の補佐官が話があったと。
我々に対する若干のリップサービスもあるんでしょうけど、しかし約束すると言った言葉は大変重いと思いますし、準備されていた言葉だったと感じました。

そういう点では、つまり日本が最善の努力をすれば、国際社会は一緒に戦ってくれる環境は出来たと。
そして核問題でこれから国際社会が今年来年にかけて、今も去年の9月から強い圧力がかかり始めてますけども、その圧力が強まっていくだろうと。
それに対して盧武鉉政権がいろいろな圧力を弱めるような動きに出てきたと。
言う大きな状況の中で日本はどうするのか?と。

小泉政権は9月までで、その後誰が、こういう朝鮮半島と戦争直前まで来るような危機の中で、誰が担当して北朝鮮問題を解決するのか?
その解決の仕方によっては日米同盟に大きなヒビが入るかもしれない。
言う状況の中で、しかし絶対アメリカは拉致問題を忘れない。
原則を守ると言った、いう事であります。
これは2001年から我々が目標にして来てやってきた事で、そういった点では助けてくれと言ったつもりは一切無くて、変な言い方すれば、同盟国としてアメリカに一緒に戦って欲しい。
こちらが戦う事が前提です。

で、今度5月28日に国民大集会をやるわけですけども、この5月28日では余り国際的な事を強調するつもりは無いんです。
ですから今日、長く訪韓の報告もやったんですが、そうじゃなくてこの状況を受けて日本はどうするんだ?と。
いうことをみんなと一緒に考える集会にしたいと思います。
そこで政府からは、鈴木副長官と山中政務官と山谷政務官の3人に来て頂いて、鈴木副長官には安倍官房長官のメッセージを読んで頂くという事になっています。
そして各党の、自民党と民主党と公明党の拉致対策本部長にご出席とご発言をお願いしている所です。
また拉致議連の先生方にも是非なるべく時間を割いて、話をしていただこうと思うんです。
それぞれの政治家として。

もう家族が色々訴えるのはもう終わったと。
可哀想だというのは皆、分かっているわけです。
今頃になって、朝日新聞とかが一生懸命写真展やっていますけども、その中には経済制裁という言葉は一切入ってない写真展で、日本の中の世論が割れていることについてやらないから人が簡単に集まると思いますけども。
それは韓国の家族会の状況などについては必要だと思いますが、今、我々が必要なことは北朝鮮に対して日本がどうするのか?と言う事を考える。
めぐみさんを取り戻さなければならないということは、もう当たり前の前提で、そのためにどうするのか?と言う事を考える、ということだと思っておりまして、そのための集会にしたい。

政治家の人達にそれぞれの党の、あるいは政治家個人として、政府の立場を明らかにしてもらいたい。
それを聞いて私達は考えたい。
我々は経済制裁をして欲しいといっている。
圧力を強めるべきだと言っている。
それについて違う考えがあれば、言っていただきたい。
違う考えがないならば、何故やらないのか説明して欲しい。
言う事を目的にしようと思っています。

そして韓国からは今回の事もありましたのでたくさんお客さんが来ますけど、日韓の、特に韓国の状況は今流動的ですから、その事を考える為に前日27日に2時から4時まで日韓連帯の集会をしますが、そこでは韓国の家族にも話をしていただくが、そこでメインに考えているのは実は月刊朝鮮の趙甲済さんに来て頂きまして。
今韓国がどういう状況なのか?と。
韓国政府が拉致問題にどう取り組もうとしていて、韓国の野党や保守派がそれをどう批判しているのか?
韓国は今真っ二つに割れているわけですけども、盧武鉉一派がやろうとしていることと、自由民主主義を守ろうとする内戦状態の戦いの中で拉致問題はどうなっていくのか?ということを、韓国の人はその事分かりませんから。
自分の状況をアピールしてもらった後、40分くらい解説をしていただこうと思っています。

そういうことを踏まえたうえで金英男さんの家族や、いろいろな問題がこれから出てくると思いますので、韓国の全体状況を頭に入れた上で、家族会・救う会としても韓国から出てくるいろいろな提案があるかもしれないし、韓国の家族の方が、この集会参加そのものについても明日あたり、記者会見があると聞いてますけど。
そういういろんなことが出てくる大きな枠組みの背景に韓国の事がどうなっているのかと言うことを頭に入れておこうと。

しかしそれは今回の国民大集会のメインではなくて、国民大集会は日本がどうするか?
言う事でやりたいと思っています。
是非5月の28日に4時からですね。
これは茨城の会の集会が先に決まっていた物ですから、4時と言う時間になりまして。
横田さんたちにはちょっとご無理を頂く事になるんですが、大事な集会だと思いますので、いつも大事な事だと無理ばっかり言ってるんですけども、是非頑張って頂いて、会場を一杯に出来るように。
ちょっと4時と言う中途半端な時間ですけどお願いしたいと思いますし。

韓国の事も是非皆さんにも考えて頂きたい。
ただ家族同士が会えて良かったとか、韓国での報道が増えてよかったと言うことではなくて、予断を許さない。
言う事ですので、直接韓国の専門家の話を是非皆さんに聞いて頂きたいと思って、土日と連続でやりますけども、ご関心のある方は、是非。
少し専門的かもしれませんが継続的に拉致を考えるのに絶対必要ですし、今後動きが出てきますから。
土曜日にも参加して頂ければと思っております。
以上です。(拍手)


2006年05月24日

06.5.18 島田洋一副会長 東京連続集会18(9)友愛会館にて

『島田洋一 救う会副会長 訪米報告』

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あの、手短にお話しますけど、ブッシュ大統領との面会は多分実現するだろうと思っていましたが、儀礼的な握手をして「頑張ってください」という表敬訪問的なものになるのかな?と思っていたら、本格的なものになるとは分からなかったんですが。
実際実現してみるとですね。
本当の本格的な形の物になりました。

一言で言えばですね。
日本との連携をどんどん深めて、中国共産党政権、それから盧武鉉政権への圧力を強めていく。
こういう格好で北朝鮮の人権問題を厳しく追及して行こうと。
そういう大統領の意思を内外に向けて示したと、そういう意味では大変戦略的な対談だと。
従って人選も大変戦略的に行われていまして、横田さん親子を招待したというのはもちろん日米の連携強化の象徴ですけども。

キム・ハンミちゃん一家。
これはご存知の通り瀋陽の日本領事館に駆け込もうとしたところ、中国の公安に引き摺り出されて危うく北朝鮮に送り返されるところだったわけですけども。
ハンミちゃん、非常に元気な姿を見せて私嬉しかったんですが、あれもし北に送り返されていたら餓死になった可能性強いですね。
あの元気な姿と、送り返されていたら今餓死していただろう。
それを重ね合わせて考えると、中国政府による難民狩り・強制送還がいかに非人道的な行為であるか、明らかになると思います。

それから金聖民さん。
これは脱北者で韓国から北朝鮮に向けて自由化のための放送をやってますけども、盧武鉉一派が何とか潰そうと嫌がらせをしているという話ですけども、この方を呼んだというのは盧武鉉一派に対してですね。
警告を発すると言う意味があったと思います。

ついでに幹部がたくさんが招集されて横田さんの後ろの所に、狭い部屋ですけども2列に椅子を並べて座っておられたと、と言う事ですけども。
簡単にどういう人が呼ばれたか?
名前を挙げるとですね。

ホワイトハウスのいわゆる官房長官的な役割を果たしている、ジョセ・ボルティンホワイトハウス首席補佐官。
スチーブン・ハドリー国家安全保障担当大統領補佐官。
ジャック・クラウチ、同じく首席補佐官。
レフコウィッツ北朝鮮人権問題特使。
クリストファー・ヒル国務次官補、6者協議担当ですね。
チェイニー副大統領のオフィスから、サナンズ・アーリッジというアジア問題担当の副大統領補佐官も来てたと。
ビクター・チャーNSC(国家安全保障会議)アジア担当部長。
それから報道官のスコット・マクレガン氏

そうそうたるメンバーを集めて、みんなそれぞれ予定が入っていたはずですけども、キャンセルして出ろと命令があったと。
それだけ幹部をキャンセルさせて集めておいてですね。
四方山話をしましたではすみませんから、ハッキリした北の人権問題について、この政権の重要テーマにしていくんだという方針を日本・中国・韓国・北朝鮮はもちろんに対してのみならず、対内的にもですね。
徹底させるという意味があったと思います。

問題になるのは今拓也さんも触れましたけど、日本はどうするのか?と。
これは横田さんが大統領に会ってですね。
アメリカが協力してくれそうだと、良かった良かったと言ってる場合じゃないんでね。
ブッシュ大統領のメッセージと言うのは日本に対してもですね。
中国や韓国に対してもっと強い態度で一緒に当たって行こうじゃないかと。

そういう趣旨ですから、従ってまず日本としては北朝鮮に対する圧力をですね。
一段と加速させないといけませんし、韓国政府に対しては単にあの対宥和政策を傍観するだけではなくて、失敗させるためにですね。
いろいろ戦略的に動いていかなければいけない。
北で共謀政策させるような物資は一切日本では許させないですね。
いろいろなやり方があると思いますけども、

で、中共政権、中国共産党政権に対してもですね。
やはり難民の強制送還をやめさせるために、アメリカと一緒になって国際関係の先頭に立つと、いうくらいの事を日本はやるべきだと思います。
あの機会の直後にブッシュ大統領はですね。
中国で人権活動をやっている、いわゆる地下教会に属するクリスチャンの人、中国政府が弾圧しようとしている中国人の3人をホワイトハウスに呼んだと。
早速中国への圧力強化と言う事で、次の手を打ってるわけですね。
日本は何をしているか?と言うと今までのところ何もしていない。

これはアメリカの北朝鮮人権法、一昨年10月に出来ましたけれども、中身を見ると半分くらいはですね。
難民を強制送還している中国政府に対する批判。
それをただぼやっと見ている国連難民高等弁務官に対する批判なんですね。
その点、日本で用意されている北朝鮮人権法案と言うのは、中国批判等書いて無いですから、まだまだブッシュ政権がどんどん先に行っているのと比べると大変ですね、弱い。
遅れていると言わざるを得ないと思います。

中国政府に関しては私、公聴会の証言能中で言ったんですが、中国は難民を捕まえて送り返すわけですけども、その送り返されている脱北者の中には日本人拉致被害者が含まれているかもしれない。
家族が含まれているかもしれない。
あるいは重要情報を持っている人が含まれているかもしれないわけで、そういう人たちを送り返している北京政権と言うのは明らかに拉致問題解決を妨害している存在なんです。
言う事を強く協調して参りました。

従って拉致問題解決のためには北朝鮮だけではなくて、中国に対しても圧力をかけなくてはいけない。
その点ではアメリカが昨年9月から実施している金融制裁と言うのはまさにですね。
マカオの銀行を始め、中国の銀行に制裁をかけていることですから、まさにですね。
正鵠を射た動きであると思います。
是非他国もですね。
アメリカに倣って同じようにやってもらいたいと、公聴会で言って来たんですけれども。

韓国政府については救い難い状況ですが、李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)統一相、(横田滋さんに)会わないと言ったらしいですけど、会わなくて精神衛生上良かったかもしれません。(笑い声)
むしろあれがですね。
にこやかに会いましょうなんて言って来たら、これは何か陰謀を考えているので(笑い声)、気をつけないといけない。
実際ですね。
「金英男さんに時々会わしてやるから運動なんかするな」とか、「拉致されたんじゃなくて溺れた所を救助されたと言え」とかね。
そういう日本で言えば寺越さんと同じようなケースのように持って行こうと言うような、策謀を絶対に考えて来ると思いますから、そこの所は大変こちらとしては韓国政府が言い寄って来た時にですね。
非常に警戒して当たらなければならないと、思います。

アメリカでですね。
強調した点の一つなんですけど、まず拉致と言うのは日本人が拉致されているからアメリカ助けてくださいという、そういう問題ではなくて、アメリカに対する現在進行形のテロの脅威でもあるんだと言う事をまず言いました。
具体的にはですね。
これはジェンキンス氏が本の中に書いている事ですけども、どうも北朝鮮は、脱走米兵の4人の人全員拉致された女性と結婚しているんですけども、曽我ひとみさん。
それからレバノンから拉致された女性。
タイのアノーチャさんですね。
ルーマニア人のドナさん。

ジェンキンス氏が言うには、西洋風の顔を持った子供を産ませてあるいは混血の子供を産ませて、それを特に在外米軍基地周辺で工作活動をする工作員に仕立て上げようと養成しようとしたんじゃないかと。
例えば在韓米軍基地の周辺とか良く混血の子供が多いらしいんですけども、そのジェンキンス氏自身もですね。
二人の娘が平壌外国語大学に入れと命令された時に、これは金賢姫が平壌外国語大学にいた時にですね。
ピックアップされて工作員にされたと言う経緯もありますから、ジェンキンス氏はやっぱりと言っていた。

というんで愕然としたと言うわけで、従ってペンタゴンでも言ったんですけども、だから拉致問題の解決と言うのは米軍基地の安全。
ひいてはアメリカの安全と言う面からもですね。
揺るがせに出来ない問題ですけども、これを言った所、フローレス副次官がですね。
首を振りながら、我々が出した世界の拉致被害者と言うリストを見てましたけども、その後すぐ側近を呼んでですね。
リストの中から、このイタリア人のケースについて彼らにちょっと詳しく聞いてくれ。
彼らと言うのは我々ですけども、イタリアは米軍基地があるわけですね。
で実は私(日本に)帰ってから、パソコンを開いてみると、フローレスさんからEメール来てましてね。

私の証言の書いたもの、書いた物は実際横田さんのお母さんからもそうですけども、実際公聴会で喋った物の何倍もあるわけですけども。
私の場合4倍か5倍ありますが、それが議会のサイトにそのまま載ってるんですね。
そのサイトに載った方の・・・・・・・・(聞き取れず)と言いますけど、書かれた証言を関係部局に全部回して置いたからと、いうがメールが来ていましたけど。
それで従ってこれでアメリカにとっても米軍にとっても異常な問題なんだと言う事がですね。
メッセージとして伝わっただろうと思いますし、それからですね。
金正日がまず76年くらいに外国人を本格的に工作員教育をさせると言うんで、77年78年にまず大々的に拉致が行われましたけど、その時分にアメリカ人が拉致されている可能性だって十分にあるという事を言ってきました。

これを言うとですね。
北もまさかアメリカにはよう手を出さんだろうと、という顔をする人もいるんですけども、77年から78年と言うと、ジミー・カーター政権の時ですよね。
カーターと言うのは先制降伏を信条としているのか?と言われる位ですね、弱い大統領。
カーターの時にもちろんご承知の通り、イランのアメリカ大使館が選挙されて大使館員が人質になった。
79年ですけども、その大使館と言うのは外国領土扱いですから、そこを占拠されて大使館員が人質になっても手をこまねいているような大統領ですから、これは北から見ればですね。
あんなアメリカ人拉致したって大丈夫と。
従ってアメリカの場合は79年80年当たりも結構危ないと思うんですけど、実際リュックサックひとつ担いで中東あたりで行方不明になったアメリカの若い人結構いますけども。

今まではですね。
中東のテロ勢力にやられたんだろうと、言うくらいに皆思っているわけですけども、そのうち何人かが北朝鮮に連れて行かれたと、言うような可能性だって十分あるわけですね。
だからとにかくまず、1977年78年に行方不明になった、特に20歳前後の人のケースについて北朝鮮との関りと言う観点からもう一辺徹底的に洗い直しましょうと言うことですね。
呼びかけました。
その議会のサイトは一応世界中からアクセスがあるということなので、アメリカのみならず各国で洗い直してもらえば、アメリカ議会とかですね。
アメリカのCIA、DIA、この辺りが本格的に調査すればですね。
その過程でまた新たに日本人拉致被害者に関する情報も出てくるかもしれませんし。

そして今日本政府としては拉致問題に関する国際世論を高めるというのを一つの外交方針にしていますけど。
そのために次の7月のサンクトペテルブルクサミットで取り上げるとか、あるいは英語のパンフレットをたくさん配るとか。
それも重要でしょうが、それよりも迂遠なようであっても調査をして77年に行方不明になったキャサリン何とかと言う女の子が実は北朝鮮に拉致されたんだと。
1件明らかになればアメリカの世論が沸騰するわけですから、従ってそういう戦略的にですね。
情報収集戦略と言うのを日本が各国に呼びかけてやるべきだと思います。
それが国際世論を盛り上げる機運ですね。
もっとも効果的なのではないか?と、そのあたりの事もアメリカで言ってきた所ですけども。

公聴会に関して最後に一言付け加えると、マスメディアの関心は全部お母さんに集まってましたから、私は全然緊張しなくて(笑い声)、いるのかいないのか分からないというそれ位のあれで。
お母さんの証言の方はまさに顔面にストレートパンチをかませたような、もの凄いインパクトがあったと思いますけど、私のはボディブローをかましてですね。
北朝鮮の専門家とかあるいはさっきも言ったペンタゴンの分析をやってる人間もかなり、私の書いた物を丹念に読んでくれているみたいなんでね。
ボディブローが効いてくれれば良いと思うんですが、最後に日本政府がですね。
この機会にどんどんアクションを起さなければいけない。
それは二つに絞られると思うんですけど、一つは経済制裁をどんどん強めていくと。
もう一つは戦略的にですね。
情報収集を各国に呼びかけていくと、これを是非やってもらいたいと思います。
以上です。(拍手)

2006年05月23日

06.5.18 横田拓也さん 東京連続集会(8)友愛会館にて

『横田拓也 家族会事務局次長 訪米報告』

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みなさま、こんばんは。横田拓也でございます。一番近い日程で、訪韓で、哲也が行ったんで、私哲也じゃないかという話じゃないかという方がいるかもしれませんが、アメリカに行った方の人なんで、お間違えないようお願いします。(会場笑い)

さきほど、多くの方が話しているので、重複するところはカットしてお話ししたいと思います。

日本時間で、24日〜30日の行程で訪米団を組みましてアメリカに行って参りました。
家族会、救う会、議連の先生方、内閣府、外務省そして在米の日本大使館の方、本当に政府一丸、国一丸となって今回は、訪米をすることができて、その姿勢や意気込みが伝わる形で多くの方々とお会いすることができたということでございまして、私達が気持的にも、肉体的にも倒れることがなく訪米を終えることができたのは、皆様方の心からお支えがあってですね、無事に帰国をすることができて、それも訪韓に結びついたと私達は理解をしております。

母の方から、初日にステーブ・チャボット下院議員の方とお会いしまして、いつもどおり−−私達も何度もお会いしている方なんですが−−この拉致問題の深刻的状況、何も解決されていないんだというお話を申し上げて、その方は公聴会にも後日出られる方なんですが、事前にお話を申し上げたわけでございます。

報道でみなさんがご存じないこと等のほうが、みなさんが興味があると思うので、その点をお話ししようと思うんですが。
実はチャボット議員の部屋の中で、姉が、北朝鮮から提示された、哀しそうな顔をした、大きな写真と、私達が幼少の頃の−−父が写真を撮って、4人で手をつないで山口だと思うんですが、歩いている写真、ご記憶あると思うんですが、あの写真を私達が見せたときに、チャボット議員が『あなたはどっちの弟なんだ』と聞かれて、正直私わからなくて、『わかりません』という話を申し上げて、(会場笑い)母が『こちらが拓也です』と、助けの一言を入れてくれたおかげでですね、委員も『なるほど』ということで、なんなくその場は収まったと言うことでございます。

そのあとも、会見が終わった後、部屋の廊下でですね、本当に多くのカメラ・報道の方がいらしゃって、実にご関心が高いと言うことが彼らをもってわかりましたし、議員は、私達の心を、本当に全部受け止めてくださって、『拉致問題、絶対許さないんだ、アメリカとしても、これからも、追求していくんだ』と私達に声をかけてくださったことは、とても大きな成果だったというふうに思っています。

そして、翌日には、国防総省とか国家安全保障会議に行くわけですが、先ほど母が若干ちょっとニュアンスが違うようないい方をしていたんですが、始めからイングランド副長官がお迎えになると言うことではなくてですね、当初はローレンス国防副次官と、ヒル部長という方がですね、私達が事前に知らされていたお会いする予定の方だったわけなんです。そこで、国防総省のビル、正面玄関に行ったときに、すでに、国防副次官が、ご本人が直接私達をお迎えになってくださっている状況でありまして、国防総省、テロの後の時で、とてもセキュリティが厳しいわけなんですが、ノーパスノーチェク、で、私達が部屋の中に入ることができて、こう話しているときに、後からイングランド副長官が、私達の部屋には行ってくださって、先ほどの飯塚副代表がおっしゃっていたように、まぁ、ちょっとサプライズ的なお話をされて、とても、国防というとなかなか厳しい顔をされた方なのかなという感じがあるんですが、母によると『母の父に似ている』、何かそんな風な話もしていましたけれど(会場笑い)、そういうすごく身近なものを感じたと母は当日言っていましたが、とても優しい顔で、目が本当に柔和な方で、私は『この方が本当に副長官なのかな』とというくらいの優しい顔つきの方でありました。

そして最後には記念写真とか、先ほど公聴会にお届けくださった写真をですね、わざわざ私達に届けてくださって、おそらく公聴会前に、『がんばれよ』と、勇気を付けてくださったんだと思いまして、一言一言違うメッセージというものは何も声は聞こえないんですが、本当に私達の心に響く大きなメッセージであったというふうに思います。

国家安全保障会議に行ったときもですね、実は、去年の10月に、半年前に増元さんと私と島田副会長とですねアメリカに行く際にですね、当時の上級アジア部長、マイケル・グリーンさんにお会いしたわけなんですが、今その方、おやめになって、今後任でワイルダーさんという方が上級部長を務めていらっしゃいまして、その下にアジア部長のビクター・チャーさんという人がいらっしゃいます。

私達は、本来そのお二人に会うという予定で行ったわけなんですが、行ってみると、『レコビッツ人権特使もいますよ』ですとか、クラウチ国家完全保障会議の次席補佐官もお部屋に来てくださっていてですね、とても心強いというか、予定外で、しかも、それより上位、高位の方が、いつも私達のお会いする機会に同席してくださると言うことで、本当に今回の訪米というものは、私達のこの気持ち、ムーブメントみたいなものにですね、本当に同調・同感される形で、この問題、何とか解決しようじゃないかという気持ちが響いていたというような形です。

クラウチさんが私達に言って行ってくれた言葉の中で、後ほど、西岡先生とか島田先生のほうが、若干の捕捉をしてくださると思うのですが、アメリカというのは、ご存じの通り、核問題、安全保障の問題で北朝鮮と対峙して、そして六カ国協議でこの問題を真剣に討議するわけなんですが、その時に、『あれは六者協議は六者協議の問題なんだと、あともしくは犯罪行為・××兵器・・たとえば麻薬の問題とか、人身売買の問題とか、偽ドルの問題、こういったものは、・・・許せない問題であって、安全保障の問題、核の問題を叩くときに、私達の人権の問題、拉致の問題を譲らない、ここはは原則として譲らないと言うことを、あなた方に約束する』と、私達に<約束する>という言葉を使ってくださって、アメリカの真剣な強い気持ちというのがですね、私達にに伝わったとても良い機会、これはご本人個人の言葉ではなくて、おそらく大統領の言葉でもあったでしょうし、国の考え方だったと思うので、その時はまだ大統領と本当に会えるかどうかと言うのは定かではなかった時期だったのですが、とてもアメリカの意気込み、本気度合いというのが、私達に響いたわけでございます。

翌日は27日の公聴会、これが、事前に私達が公式的に伝えられていた一番のメインの行事であった訳なんですが、母と島田先生がお話しする機会と言うことで、個人的には母と今回、同じ部屋に一週間宿泊をしました。やはり父が今回体調が崩れることを懸念して、父は日本にいて哲也が体調のケアをして、私が一緒に行くことで一番近くにいて何とかが起こらないようにと言うことで、一緒の部屋で同行同席したわけなんですが、まぁ、その母がこうは見えても、なかなか緊張し〜でして『公聴会、明日本当のどうしよう』いうことで、もう本当に。うろうろはしていないんですが、たぶん気持ちはうろうろ、うろうろしていているような感じで緊張している訳なんですね。で、『どうしよう、とどうしよう』と言うんですが、一番この中でも本番には強いと言うことで(笑い)、皆様もご覧になったとおり、きっちり伝えることができて、(拍手)

委員長が二人いるんですが、スミス委員長が公聴会が終わった後にある記者のインタビューに答えたところによると、『二十数年間の議員生活の中で、一番感動した公聴会の証言だった。』ということもお話しされているとおり、とても日本国民のみなさんも報道を見てご覧になって感じていらっしゃるように、アメリカの方にも、多くの方がこの事実と人の大切なものを理解をすることができた良い機会であったし、それが世界に発信できたし、それが記録に残ったということは、おおきな意味があったわけです。

その時点ですでに、アメリカで私達に同行してくださった記者の方は、『もう大統領と会うんでしょう』と『裏とれてるんでしょう』と全員質問でくるんですけれども、私達はそうはいってもなかなかわからないですし、前日のイングランド副長官が、直接的言葉もなくはなかったような気もするんですが、『アメリカの最高の関心を持っていますよ』といういい方をなさっていたので、大統領はお忙しい立場の方なので、本当に会えないかもしれませんから、あまりぬか喜びしている立場でも私達はありませんし、そんな人間ではありませんから、会えないかもしれないという前提で、『そんなことは知りませんよ、聞いてません』ということで報道記者の方にはお伝えしていたんですが、ただまぁ、前日の27日夕方、5時50分ぐらいだったと思うんですが、日本大使館の方から、電話をホテルの部屋に頂きまして『決まりました』ということが正式に入って、そうすると、公聴会がやっと終わって肩の荷が下りた、力が抜けた母にですね、第二波の緊張の波がきまして、『どうしよう、どうしよう』ということで、公聴会前のうろうろぶりが更にはやくなってうろうろしているかたちでですね、緊張しまくっていたということが、当日の部屋の中の状況でした。

まぁ、母は先ほど言ったように本番に強いと言うこともあったんですが、私自身もたまたま、今回あの部屋に一緒にしてもらったのは、母と私と言うことだったんですが、緊張しなかった大きな理由というのは、それは、家族会で今回一緒に行った方々、今日お見えになった方もいますけれど、今回ご一緒できなかった有本さんとか、もしくはこれなかった家族会の方々、特定失踪者の方々、いろんな人々の全ての期待を背負っている、その自信と自負があるので、自分が完全に自分自身でない、超越しているような気分になってもう緊張しない(会社にいる方が緊張してるかもしれませんが、これは冗談ですけれども)それくらい普通の気持ちで会うことができたし、あとやっぱりみなさん方に支えられていて、きっとこれをテレビなり、あとでカメラなりでお知りになるだろうということが、本当に勇気を後ろから支えられて押されていると言う気持ちがあって、まぁ母はたぶん当日緊張しなかったと思うんですけれども、とてもフランクな気持ち、状態で、大統領にお会いすることができたと思っています。

当日は実は、私達の家族会と、ハンミちゃんたちと、さきほど西岡先生がお話しされてたキムソンミンさんが大統領執務室の中にご一緒させてもらったんですが、その私達が入る前にアゼルバイジャン大統領がいたわけです。私達が控え室で待っていると、あちらのアメリカのエネルギー庁長官がですね、いらっしゃったり、加藤良三大使が、『緊張しないで楽しむような気持ちでいなさい』とか言って私達にリラックスの言葉を投げかけてくださるような配慮をしてくださり、それでやっとスタッフの女性の方が『今日はビジーですが、順番ですからどうぞ』と言う形で通してくださって、そう言う状況から、母が冒頭、最初に『お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます。』というお礼のを申し上げたところですね、先ほど飯塚副代表がお話ししましたように、『人の尊厳とか、自由とか、そういうものを話せないほど、自分は忙しくないんだ』という言葉を言ってくださったときに、私はこの辛い活動の中で一番嬉しかったし、これほど人間的な瞬間はなかったと思います。

これは、ホワイトハウスのホームページで私達が会った時の写真が今でも掲載されていると思うんですが、会った瞬間の握手を母がしている写真ですけれども、あの時も、8年前、10年前、署名活動、ビラを配っているときに、これは誰が悪いと言うことより、事実として申し上げると、どなたもご関心がなかった、振り向いてくださらなかったあの頃と比較した時に、大統領執務室で私達が、握手ができているということの大きな違いの感動と、大統領とお会いしたときに、『そんな時間はないほど、自分は忙しくないんだ』ということを私達に配慮、もしかしたらあれは本当の気持ちだったと思うんですが、言葉として投げかけてくださったことはとても嬉しかったし、本当にこれは大きなメッセージになったし、北朝鮮が早く悔い改めてほしいなということを思いました。(拍手)

今回母と一緒に部屋にいた時にですね、確かに行く前から体調はすぐれていなくて、周りからも私達家族からも、『今回見送った方がいいんではないか』と言う声もあったんですが、シーファー大使の感触ですとか、今回の訪米が大きく前進できた成果というのは、実はみなさんご存じのように安倍官房長官の、本当に心強い、力強いお支えがあったためで、それが事前に私達も何となく聞こえていたので、それでまぁ母に無理を言って一緒に行った訳なんですね。

部屋にいるとですね、今回右肩が痛いということで、体中がこわばって、さきほど言ったように二回も緊張があったわけですが、本当に母は私達の前でも弱音を吐くことはないんですが、寝返りを打つときの、本人は寝ているんでしょうけれど、寝ながら『痛い痛い』と言いながら寝返りをうっていましたから、本当に家族会の立場では来てほしかったけれども、個人の家族、息子としては、『本当になんでこんなところに連れてきてしまったんだろうな』という辛い気持ちも重なりながら早く両親他、そしてここにいる家族、特定失踪者の家族も含めて、そして一番苦しんでいるのは被害者本人達が、みんなが、早く楽しく、楽になって、笑いあってみんなに報告できる機会が来ればいいなということを、横にベットにいる母を見ながら思ったと言うのが実際でございます。

今回の大統領にお会いすることができたというのは、本当に皆様方のお力添えの、継続的なお力添えの賜、結果だと思ってまして、これをもっと大きなムーブメントに変えていかなければいけないですし、・・・に結びつけて、本当に国際的な輪を主張していかなければ行けないと思っています。

アメリカの多くの方々が言っていたのは、『人権というものは、とても力強いものであり、普遍的なものである』というのはその通りでございまして、この点は韓国がですね、今・・なっているかというと、みなさんもご存じでしょうが、拉致されている被害者の規模から考えても、人間として何をしなければならないのかというのを自分たち一人一人が国境、国民、政治、イデオロギーを超えてですね、親から教えられたことを、自分たちが、何をしなければいけないのかということを彼らも考えて実行して行かなくていけないし、今回私達が大統領とお会いしたときに加藤良三大使が政府を代表する形で、私達をエスコートしてくださったわけですけれど、韓国側には大使も公使もだれもいなかったということは、何を意味しているのかということをですね、もう少し、日本国民の皆様方も、韓国国民の皆様方も、世界国民の世論の皆様方も、注視していく必要があるのではないかなと言う風に思います。

今のがだいたいの行程なんですが、その行程の中で26日だったと思うんですが、実は加藤良三大使の大使公邸で夕食会の機会がございまして、その夕食会の前にレセプションというのがあって、大使公邸に行く前に国家安全保障会議で、先ほどのワイルダー上級部長とかビクター・チャー部長とか、実はレセプションにいらっしゃったんですね。私達はそんな方がまさかいらっしゃるとは思わないので、『どうもどうもありがとうございます』なんて言っていたら、何処かで見たような方がいらっしゃったので日本人の方かな、どなたかなと思っていたら先ほどあった偉い人が歩るかれているんですね。

びっくりして『先ほどありがとうございました』なんて言っていましたら、もっと驚いたのは、後ろ姿でどっかでみたなと思っていたら、だれかなと思っていたら、六者協議のクリストファー・ヒルさんがいてですね、かなり背が高い方なんですが、その方がいて、『六者協議どうですか』など通訳を介して話していたんですが、その時にヒルさんがいうには、この前民間で六者協議みたいなものが日本で開催されて金桂寛と会わずに帰ってしまったということ、ニュースでご記憶新しいと思うんですけれども、あのこと聞いてみたんですね。まぁ、ヒルさんが言うには、『金桂寛は私と写真を撮ることには興味があったようではあるけれども、私はそう言うことはいやなんで帰りました』と言ってまして、完全に北朝鮮側の意向というか、だましの手口というのを見切っている、見透かしているというのが本人から聞いた非公式な場でのことばでして、これはアメリカの心強いものというのをいろんな行間行間で私達に教えてくださったものは大きかったなというふうに思っています。

たぶん、ここにも一部あるんですが、母とクリストファー・ヒルさんが写っている写真というのは、後ほど救う会のほうから、ホームページなり、皆様方に配信されるのかもしれませんが、とても大きな前進ではあったんですが、さきほど増元事務局長がおっしゃったとおり、大統領に会えたことは大きな成果ですが、短期的なことだと思うんです。やはり会えても一人として被害者は帰って来ていないと言う部分では北朝鮮側の不誠実な態度というのは、そのままであるし、全然前進していない。未解決であり、彼らの言うような解決済みと言うような次元では全くないということです。
ですから、大統領にお会いしたことがイベント的でよかったねと言うことで−−<浮かれている>と言葉は使ってはいけないかもしれませんが−−私達誤解してはいけないのは、浮かれている場合ではなくて、これをもっと違うムーブメントに変えて、北朝鮮に対してこの拉致問題を解決するための矢を向けていく必要があると私は思いまして、引き続き皆様のご支援をお願いいたします。

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

06.5.18 増元照明さん 東京連続集会(7)友愛会館にて

『増元照明 家族会事務局長 訪米報告』

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私は22日から一応訪米しました。
それはなぜかと言うと、実は昨年の7月のフリーダムハウス主催の北朝鮮人権会議がワシントンで開かれて、そのときにお出でいただいた浅野さんと言う方が大沢昭一さんの孝司さんの従兄弟に当たる方ですが、ワシントン在住でもちろん前々から拉致問題には非常に関心があったし、今日の・・・・・・(聞き取れず)という思いがありましたけども。
とにかくワシントンの、拉致被害者家族がワシントンに来た時もサポートする組織を作りたいと、その思いで昨年の秋に作り上げたと報告していました。

昨年の秋にもホワイトハウスの前で集会はやったんですけども、まだ本当に小さい組織でこれから広げていかなければならない。
広げるまでには私は解決すると思っているんですが、でもそういった方たちがアメリカにいるというのは非常に心強いですし、その方たちが今回の朝鮮自由週間と言う、これはさっきご存知のスザンヌ・ショルティーさんと言う北朝鮮自由連合と言う組織の理事長ですが、この方たちの、ノースコリア・フリーダム・ウイークという、一環として最初の22日に日本人、それから韓国系アメリカ人、脱北者 そこで集会をすると言う事でしたので、行かして頂きました。

そこには大沢昭一さんと奥さんと、それから森本美沙さん。
これは山本美保さんの双子の妹さんですが、も、お出でになって訴えらておりました。
市川健一さんもそこにいて、健一さんには修一さんへの思いを読んで頂きましたが、何分にもホワイトハウス前の芝生でやっている小さな集会ですから、日本のメディアがだいぶ来ていただいてはいたんですが。
まだまだこれから大きな集会になるにはちょっと厳しいかなと言う思いもしておりました。
でもそういう集会から少しずつでも広がっていければ良いと思っております。

更に「アブダクション」という映画が22日、それから23日の昼にボストンで行われるという事を聞きまして、そこに私達も行った方が良いだろうということで22日の集会を終えたその足で、30年ぶりにボストンへ行って。
でも余り変わってなかった気がするんですけどね。
良い町です。
そこに行きまして、それで2回ありまして2回とも200人強ですか。
合計500人くらいの人たちが集まってくれました。
3割くらいは日本人、日系の人がいたんですが、アメリカの人たちも結構観てくれています。
あちこちのそういう映画祭で上映されていますので、延べ2000人以上は見てくれています。

更に29日にはカナダのトロントで850人くらい収容できる映画館でやったと言いましたので、そのときソールドアウトしていたと聞きましたので、カナダでもそういう一般の方たちへ拉致と言う訴えが広まって行けば、きっと大きな力になるとは思っておりますけども。
そういった事も含めて、感謝していきたいと思っておりますけども。
残念ながら、このアブダクションは今年中に日本で公開されると言う事は、ちょっと難しいのではないかと思っています。
今度来月なんですけど、限定で今度関係者を集めて上映会を開きたいと言う意向があるようですけども、一般公開するにはまだ多少乗り越えなければならない壁があるようです。

そして24日にワシントンに帰ってきて、長旅の皆さんと合流しました。
アメリカの飛行機と言うのはすぐ遅れる。
ユナイテッド、ボストン8時で9時45分につけば十分間に合うと思ったんですが、それが何か天候のせいなのか8時の奴がすでに3時間遅れていて、それじゃ間に合わないと思って。
朝早く起きたもんですから、飛込みで7時の奴だったら定時で飛ぶからと言って7時から一応乗ったんです。
どうにか間に合って乗ったんです。
でも飛行機の中で2時間くらい待たされまして、何故待たされるのか全然良く分からない。
天候のせいだと言うふうには言ってるんですけど、でもそういうのしょっちゅうですから、アメリカは。
1時間2時間遅れは当たり前ですので、もし時間通り行きたいのだったら列車をつかってください。
でもだいぶ時間がかかりますけども。

どうにか一緒の時間には着いて合流が出来ました。
日本から先ほど言ったように、あの時は政務官二人まだお出でになっていませんでしたけど、外務省それから調整室それから・・・と我々とそして合流させて頂きました。
今回日本大使館の皆さんも早紀江さんの体調を一番目においていましたので、私たち結構アメリカに行ったときはハードスケジュールだったんですけど、2003年は本当にハードスケジュールでした。
けれども私たち行く度に多少スケジュールを入れて頂いてこなしてはいたんですが、今回はもう体調がまず第一だと。
公聴会までとにかく体調を考えて緩やかなスケジュールにしようのがあって、だいぶ考えて頂きましたけど、それでも先ほど言った国防総省、今回は国務省には行きませんでしたね。
NSC(国家安全保障会議)そして公聴会、最後には大統領というメインイベントが、今までに無い重い、これがあったんですが。

それはそれで大統領に会えたのは最終目標と言うか、今回の最終目標は大統領に会うために早紀江さんに無理をして頂いたという事もありますので、それが実現出来て非常に良かったと思っています。
多分大統領にお会い出来ると言うのは先ほど副代表が仰ったようにシーファーさんが半分以上は確信していたんですが、実は昨年の11月に拓也君と私と島田先生がアメリカに行ったときに、当時のNSCの代表のマイケル・グリーンという上級部長に、もう辞められたようですが、その方にもそういう打診はしたんです。
是非大統領にお会い出来る機会は無いだろうか?と言う事は言っておりました。

そのときに大統領の訪日前で、もし日本に来られる時だったらという事だったんですが、結局実現しなかったですね。
でもおそらくシーファー大使が今年の3月、横田めぐみさんの拉致現場に行ったという事は、向こうのアメリカ政府、ブッシュの意向も多少あったのかな?と私は思っているんです。
で、シーファー大使と会って4月の公聴会が行われる時に会う段取りが出来たからと私は思っています。
確信して会えるだろうと思って確信して行ったんですが。
それでもいろいろな安倍さんやそれから平沼さんたちも外務省も、それから日本大使館も皆さんが一緒になってアメリカ政府に掛け合って最後の最後まで秘密にしながら実現できたというのが現実です。

で、公聴会です。
公聴会、これは27日、下院国際関係委員会アジア太平洋小委員会というのがあります。
これはジム・リーチと言うちょっと白髪の声の小さい方なんです。
写真が前もってたんですけど今はちょっと手持ちが無いんでこの委員会の委員長が
もうひとつ国際人権小委員会と言うのがありまして、これはスミスさんと言う委員長なんですが、格からするとジム・リーチさんの方が上なんですが、この二つの委員会、人権とそれからアジア太平洋の中の問題をやるというので、この二つの委員会が共催でやられたようです。
委員長が二人いらっしゃるんですね。

「北朝鮮:人権最新状況と国際拉致」公聴会と言う名前が付いていたようで、早紀江さんの最初の証言の原稿はこれだけの内容だったんです。(原稿の書かれた紙を掲げる)
これをちょっと読み合わせしたら5分では読み切れない。
とても5分では読みきれないということで、この早紀江さんの口調と言うのがあるじゃないですか?
ゆったりと相手に説得するような。
それを早口で言っても何にもならないので、縮めようと言う事でこの半分くらいの量になったんです。
それをまた、これが最終稿。(別の原稿が書かれた紙を掲げる)
これくらいにまとめて5分くらいでまとめてやったのが、寝ないでやった西岡さんとさっき言ったスザンヌさんと、当然拓也君も一緒にやるし、英語の事ですから当然島田先生も。
島田先生酒飲んでましたか?いましたか?(島田氏より「いませんでしたね」の声、会場内小さな笑い声)

島田先生、なにか公聴会前で緊張して自分の義務でということを私に仰っていましたが、私はそれを余り信じていないです。
島田先生酒飲んで・・・(聞き取れず)良いと思ってたんです。(笑い声)
で、本当に西岡さん、大変だったと思います。
いろいろな準備で、特に大統領の面会もそうですが、公聴会も訴えをどうしようかと非常に苦労されたと思います。
通訳のスザンナさんにもお願いしたり、それから山本君にもお願いしたりして、いろいろとその調整もやられたようですね。
皆さんもテレビで御覧になっているように、早紀江さんの口調と言うか訴えるように、私たちは後ろから見ていたんですが、正面を後で見るとやはり写真で見ていても、あれだけで訴える。
言葉が通じなくても訴えられました。

この小委員会に出てきた女性の名前を私ちょっと忘れましたけどその方も泣いておられました。
その女性の方が公聴会で一番最初に話をしたレフコウィッツに対して、「あなた今何をやっているのか?」って、凄い詰問口調なんですよ。
「今この拉致問題にしてどれ位動いている?実働どれくらいなの?一週間どれくらい動いているの?」
殆どたじたじでレフコウィッツが、そして「日本に言った事があるんですか?中国に行ったことがあるんですか?」とまで言って、結局日本にも中国にも来てないのでこいつは、答えられなかったと私は記憶しています。
それ程厳しく追及する女性議員が、早紀江さんの言葉に目頭を熱く涙をされるわけですよね。
それだけ凄い、私たち傍で聞いていてもやはり感動する場面でした。
まずこれがあってやはり世界に訴えられたのではないか?と思っています。

私は28日に帰って来たので、ブッシュ大統領との面会直前に私は・・・(聞き取れず)ものですから。
ただ朝方だいぶ緊張されていたようですが、拓也くんが話してくれると思います。
28日に私はそのまま帰って来ました。
帰って来る時かなぁ?帰って来る時、日本政府の安倍官房長官とそれから小泉総理の談話が載っておりましてね。

これを聞いて安倍長官は、こう仰ってるんですね。
「10年が経過したけれどもいまだに救出する事が出来ないということは、大変私にも重く響いたわけでありまして、我々もしっかりとこれを私たちの責任としてこの問題の解決をしていかないとならないと。
めぐみさんたちをしっかりと取り戻す為、最善の努力をしていきたいと改めて思いました」
っていうのが官房長官のお話です。
28日金曜日10時7分から25分の間。

そして18日午後6時29分から5分間、ぶら下がりインタビューで、
「これはブッシュ大統領が会ってくれれば、米国が拉致問題に重要な関心を寄せているという現れですからね。
世界的な関心ごとになりますね。
拉致と言うのは許す事の出来ない人権侵害であり、これは日本も米国と協力し、そして世界も関心を持って欲しいと。
今後北朝鮮に対して、やはり誠意ある対応を示さなければいかんなぁという、そういう圧力になってくると思いますね。
それを期待しています」
これが小泉さんの言葉です。

非常にガッカリしたというか他人事みたいで残念なんですが、早紀江さんに無理をしていただいてアメリカに行って頂くのも、日本政府にもっとしっかりやって頂かなければならない。
特に小泉さんブッシュに会えばいいはずなのに、そういう思いはあるんですが、もっと当事国の総理としてもっとコメントのしようがあるだろうと私は思うんですけど。
これが非常にガッカリしまして、ちょっと疲れがどっと出てしまいました。
これが私のアメリカの訪米報告です。(拍手)

2006年05月22日

06.5.18 飯塚繁雄さん 東京連続集会18(6)友愛会館にて

『飯塚繁雄 家族会副代表 訪米報告』

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今の横田早紀江さんの方からおおよそ話がありましたけども、25日〜29日まで、家族会としては横田早紀江さん、私と増元事務局長それから横田拓也事務局次長、この5人で、もう一人市川(健一)さんですね。
この5人で、救う会の方は西岡先生と島田先生が同行して頂いた。
そのほかに政府から山谷(えり子)政務官とか山中(○子、○=火へんに華)政務官、外務省の関係で調整室の方が一緒に同行されて行きました。
それから議連の方でも古屋(圭司)事務局長ですね。
民主党の渡辺周参議員、この方がいろいろな集会あるいは会談に同行して頂きました。

細かく話すと長くなりますから感想ですけども、やはりアメリカへ行くと先ほど増元さんがホッとすると言いましたけど、本当に人権の話と言うのはどこでも受け入れられる。
まずその人権と言う事がきちっと守られなければ他の事は出来ないと。
この話も早紀江さんがブッシュ大統領と会った時の名言として「私はこの人間を尊重する、人権を守るという事を考える時間が無いほど忙しくない」と。
言うような名言をしていただいて、まずもってこの話と言うのは全てに通じると、全てに優先すると。
そういう意識が非常に一連の日程の中で感じられました。

もう一つ名言としてはですね。
これは新聞にも出てましたけどね。
「最近に無い心を動かされた感動の一日だった、会談だった」と。
この二つを私は非常に心に感じて、果たして我が国と比較してですね。
そういう事を思うわけですけども。
いずれにしてもそういう事では、私たち家族会は行く度にですね。
物凄い高官の人が出て来てくれると。
今回、最高の人が出て来てくれたんですけど、行く前にはもしかしたら会えるかも知れないと言う半信半疑で、もちろん期待を持って行ったんですけど。
各方面から、もちろん安倍官房長官含めて各方面からの願い・申請によってこれが実現されたと。

特に日本も駐日大使、あ、ごめんなさい、シーファー大使ですね。
この方がブッシュ大統領とだいぶ仲が良いらしくて、「おい、お前」と言う仲みたいなんですね。
新潟にも行ってくれましたし、その実態も確認して家族会が行ったら会ってくれという事になったようです。
この話も実はですね。
先ほどのペンタゴンに行った時のイングランド副長官が、私たちとの会談の時にもらしちゃったんですね、ちょっろとね。
私たちは悲鳴上げて喜んだわけですけども、「あ、ちょっとそれは待ってくれ」と。
「どう変わるか分からないから」と申しましたけど、全く自信のある言い方で話してましたけど。
そうしてこの最高のブッシュさんに会えたわけですけども。

これは、この事自体は物凄い世界的にインパクトを与えたんではないかと。
もちろん北朝鮮に対しては相当なインパクト、政治的なメッセージを与えたと思うんですけど。
これは世界で一番のトップの大統領と言う位置付けもありますから、当然世界的にもこの問題をきちっと取り上げていく機運と言いますかね。
これを得られたんではないかと、言うふうに感じます。

問題はですね。
これはニュースでぱ〜っと流れてさっと抜けたと言う感じもあるんですけど、先ほどの韓国の報告にあったようにこういった我々の活動、皆さんが今日来ていただいた我々の活動の成果といいますか、活動の過程の中の成果。
これをただ喜んでいるわけではありません。
当然ながらこれを上手く引き継いで、それぞれの政府がこの問題をどうやって解決していくんだと言う具体的な動きがなければ意味が無いんですから。
私たちはそれを相当期待しているわけです。
日本政府も韓国と協力してこの問題に対応していくんだという話もありますけども、中々具体的には話が出てこないのが非常に残念だし今の状況です。

我々としてはこういった物を少しでも国民、日本国、あるいは韓国、あるいは世界の人間にですね。
訴え続けて、この問題と言うのは世界的に広がっている。
こんな問題が今あってはならないという事を今後も訴えながら、少しずつでも解決の糸口が見つかるように頑張っていきたいと思います。

このほかにアメリカの活動の中で、例えばワシントンに在住する在米商工会と言うのがありまして、日本企業の社長さんがたが集まる組織があるんですけども、約100名くらい来て頂きまして、私たちの訴えを聞いて頂きまして、非常に感動したと。
で、我々もアメリカの中で何か役立つ事をやりたいとそういったお答えを頂きましたけど、非常に関心を持っております。
「日本ではどうなんですか?」と言う質問もありましたけど、もちろん今のこの世論の盛り上がりと言うのを説明をしていきました。

それとあと丁度、早紀江さんがブッシュ大統領に会っている時間帯に、国会議事堂の前で野外集会と言う事でスザンヌ・ショルティーさんが仕切っている団体、あるいはその活動、行事なんですけども。
私と島田先生と訴えて参りました。
これもですね、韓国系の人が多いんですけども、人権問題と言うのは最重要だと。
拉致とかそういう問題については非常に怒っていると、言うような雰囲気の大会なんですけども。

私も一言喋りましたけど、傍で通訳してくれる人がですね。
山本君って言うんですけども、私の事も知ってますし家族会の事も知ってますし、これまでの状況も知ってます。
そういう中で私の言葉を感情的にプラスアルファしてですね。
物凄い迫力で言ってくれるんですね。
私も傍で聞いていてビックリしましたんですけども、非常にそういう意味では日本から家族が来て、直にこういうところで日本語で訴えていると。
言う姿は皆さんの心に残ったかなと、言う思いです。

通訳の話でもう一つ、早紀江さんのですね。
公聴会で訴えたときにやはりその凄く綺麗な英語で、それから感情を凄く込めて、早紀江さんの気持ちを十分汲み取った通訳って言うんですかね。
私全部分かりませんけど、そういうふうな意気込みを感じてました。

一方韓国の方の証言、公聴会の参加者はですね。
時間も守らないでだらだらだらだらと言ってましてですね。
折角日本の人たちが頑張ってこういう場面を作ったのに、それに乗っかったと言う感じが私もしないでも無いんですけども、時間も守らずですね。
通訳もただ直訳するだけで、あんまり迫力がなかったと言う感じもいたしました。
ちょっとすみません、長くなっちゃって。
(西岡氏より「大丈夫です、訪米報告メインですから長くして頂いて」の声)

それから余談ですけど、斎木公使、全権公使ですね。
前、外務省におられた。
この人がワシントンに駐在していまして、自宅にですね。
結構大きな家なんですけども、そこへ私たちが朝ごはん、朝飯を招待されまして。
気を利かして納豆と卵と味噌汁と、こういう感じだったですけど非常に美味しかったです。
そういう気がします。

非常に広い家屋でですね。
周りが非常に緑が濃く、非常に空気も良く静かで、逆に斎木さん曰く「一人では怖い」と、言うふうな事を言ってましたけど。
「毎日納豆を食べながら仕事をしてますよ」と言う話もしましたけど。
またああいった拠り所があるとまた非常にいいなと言うふうに感じましたけども。
斎木さんもアメリカにいても、この問題は日本にいるときと同じように、あるいはそれ以上に気を使ってあらゆる面で対応していきたいと。
何か相談事があったら即相談してくれと。
いうような話もありましたので、私たちとしては心強く感じました。
また後、拓也さんの方からも補足があると思いますけども、私の感じは一応以上です。(拍手)

06.5.18 横田早紀江さん 東京連続集会18(5)友愛会館にて

『横田早紀江さん 訪米報告』

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本当に皆様にご心配をおかけしていましたが、良いように、全てのことが順調に進みまして、思いがけない、ブッシュ大統領ともお会いすることができて、『長男拓也と二人で出てください』ということで、お会いすることができました。
始めの時に、もっと早い日にちに、増元さん達が先に出発していただいて、いろいろと行事に参加してくださいまして、私達は24日にでたんですが、25日にチャボットという下院議員の方に話をすることができました。それから26日、このときは、大使レセプションというので、ほんとうはラムズフェルドさんがいらしていただくはずのところが、、イラクの方にいらしたものですから、あの方とはお逢いできないと思っておりました。そうしたら、副長官のイングランドさんという方がですね、その場にきてくださいまして、ローレンス副次官とか ヒル北米アジア部長さん、(・・名前、ちょっと忘れちゃうんですけれど)沢山の方があってくださいまして私達の話を聴いてくださいました。

その時にイングランドさんという副長官が、私達家族と『写真を写しましょう』と言って、めぐみの、あの哀しい白いブラウス写真と、広島で、私達家族4人の歩いている写真との二枚を、かなり大きなパネルにして持って行っていたんです。それをお見せしましたら、『一緒に写しましょう』ということで、このようにして写していただきまして(その写真を掲げて)、翌日の公聴会の『証言の、その時までにすぐに、家族の人たちにこれを届けてあげなさい』 ということで、その日の朝早くに私達、行った家族に一人一人全部メッセージ違って、こういう風な紙にはいってですね、お届けくださいました。本当に迅速な行為というか、暖かさというものに家族はみな感激しました。本当にありがたいと思いました。
その時に写したものが、ここに何枚か、国防総省で写したものが何枚かありますので、又後から、見ていただけばいいと思います。

そして、27日の公聴会が非常に、初めてのそのような場所なので、心配だったんですけれど、西岡先生、島田先生、スーザンさんという女性の通訳の方とが、本当に細やかに、何度も何度も私の書いたものを、見てくださって、そして、本当に5,6分しか日本語で言えないんですね。通訳の方が5分ということで、だいたい10分ぐらいでピタッと終わらなければいけないと言うことで。ずいぶん長い文章を書いていたんですね。それを本当に何度も何度も先生方が、直してくださいまして、そして、スーザンさんや島田先生がそれを英語に訳してくださいまして、それを書いて書いて、前の晩は一生懸命遅くまで部屋で話を全体が10分以内で、両方がピタッと終わらなければならないと言うことで、
一生懸命、夜遅くまで、西岡先生の部屋で話をピタッと時間内にいけるかどうか、練習をいたしました。何度か読んで、スーザンさんが通訳なさって、すぐにぱっと次ぎにはいれる、スーザンさんが通訳なさって。なかなか重なったちゃったりして、早く言いすぎたりして、いろいろあったんですが、時間は本当に正確にきちっとした部分、大事なところだけを、先生方がきちっと書いていただいて、そして本当にその当日に、安心して眠ることができました。

スーザンさんは、通訳をなさいますので、私の隣に座ってくださるという話になっていたので、安心していたんですね。早く私が話しすぎないように、私が英語で話した後は、『ぱっと、机を叩いてあげるから』って言ってくださったので、『あ、それじゃぁ大丈夫だ』と思ったんですけれど、当日その席に行きますと、『横田早紀江さん、一番端っこです』って言われて、一番始めのところに行ったんですね。その次は、スーザンさんかと思ったら、韓国の方が座られて、島田先生、韓国の方、スーザンさんは一番端っこの方に座ったんですね。『わぁ、どうしよう』と思ったんですけど、まぁだいぶ練習していたので、一生懸命やればいいと思って、一生懸命、話をさせていただきました。
本当にちょうど良いように、一秒ほどおいて、もう大丈夫かと思って、次ぎを話すというように。『本当にちゃんと伝えられていましたよ』と後から言っていただいて、ホントにありがたいと思いました。

その時もですが、ブルーバッジを委員の先生方お二人に『付けてください』って、舞台に上がる前にお願いして『はい、付けます』っておっしゃって、それを付けて座ってくださいましたし、翌日のブッシュさんにお目にかかった時も、私がすぐに『バッジをお付けします』って持っていきましたら『これは自分で付けるのが一番うまくいくんですよ。でも、貴方に刺されると思って言ってるんではありませんよ。』と。(早紀江さんも会場も軽い笑い)すごい面白いことをおっしゃるんだなと思ったんですけれど、さっと、すぐに上手に付けてくださいまして、会談に赴いてくださいました。

加藤良三大使が、ホワイトハウスにわざわざホテルから連れて行ってくださる案内をしてくださいまして、二人を乗せて連れて行ってくださったのですけれど。『今までいろいろな会見が有りますけれども。ブッシュさんは、その人達とカメラで写される記念撮影はしたが記念撮影はなさいますけれど、絶対にメッセージ出す、話すと言うことは今までなかった事で、これは異例ですよ。』って言ってくださったんですね。それでびっくりしたんですけれど。でも、『はい』って言ってホントにどんな人かなと思っていたんですけれど、非情に明るい感じの人で、本当にテレビで見ていると同じ、何かすごく、どうらん化粧ををしているのかな?とおもうぐらいなんか、赤茶っぽい顔でいらしたから、『あ〜、こういう人は、こういうときもお化粧するのかな』とか、変なところまでみながら、・・・(笑い)

本当に『あんまり緊張しないでください』と言ってくださって、何度も。『緊張しないでください。みんなもっと笑ってください』おっしゃってくださって、こちらを安心させてくださって、お話をしてくださいました。

それで、ハンミちゃんという女の子も大きくなって、入ってくると、すぐにブッシュさんはハンミちゃんをすぐに抱き上げて『大きくなったね』と言って抱き上げて、
お話をしましたときも、私は、本当に、さっきも先生がおっしゃたように、国家犯罪としての悪を行っている。そのことが一番基にあって、こういう悲劇が日本だけでなく、韓国、いろんな、二重に家族が苦しんでいる人がいるんだ、って。一番悪の根源がはっきりとしていると言うことを、みーんなが知らなければならないということで、そう言うことでみんなが頑張ってきたんで、みなさんに伝えたくて参りましたけれど、ブッシュさんにも、そのことをすぐにお話ししました。

『本当にもう、悪というものと戦うというのは、もうほんとーに、大変な、考えられないほどの忍耐と辛い思いをしなければならない事ですが、私達全部の人たちを取り戻すために、一生懸命にみなさんに支えられて、今日まで頑張ってきました。』と言いましたら、『本当にその通りだ』ということで、北朝鮮に対してはっきりと、みなさんもお聞きになったと思いますけれど、『本当に世界に信頼される国になりたいんなら、お母さんは、何もいらないんだ。子供を抱きしめたいだけなんだ。だからこの親子を抱き合わせなさい』とはっきりといってくださいました。そして、『本当に国家が何も罪もない国家の意思で、他国の国民を誘拐して他国で暮らさせるなんて、本当にとんでもないことだ。』とはっきりとメッセージの中に入れてお話ししてくれたことが、ちょっとびっくりしたんですが。

本当にその通りで、いろんな問題が、今度のこと、今おっしゃったヨンナムさんとの会見の中でヘギョンちゃんという孫が、両方のにとって孫ということがあります。そのために、昨日お手紙を頂いたんですけども、金英男さんのお姉さんからも、長いお手紙を頂いたんですが、やっぱり、 『ヘギョンちゃんだけでも、私たち両家族だけで一緒に会えたら、どれだけいいのでしょう、それは可能でしょうね?』と、クウェスチョンマークで、書いていらっしゃいます。『誰もこれについて、話をしてくれていません。この願いだけは、叶えられる事を願います。』 これは肉親の情として当たり前で、私達は、ヘギョンちゃんが現れた時に、本当にすぐにでも飛んで行きたいとの思いを持って、葛藤の中で留められたのですが、やはり今その状態の中にいらっしゃるのだなあと思いますが。

本当にこのことが、<対面>ということになって、金英男さんという人がもし出てきたとしても、向こう(北朝鮮)の言葉で、向こう(北朝鮮)の指令の中で、『横田めぐみは本当に死んだんだと、言いなさい。夫である貴方が言いなさい。』そして『子供である貴方が言いなさい』と、ヘギョンちゃんと二人に厳しく言った場合、もうそれは、あそこの国にいる限り、守らなければならない。どんなに哀しくても、その通り平然と言わなければならないような国ですから、そのときには、そう言うことが起きたときに、私たちはそのときには、何も言いようが無く、本当に私達、行き詰ってしまってどうしようもない状態が起きてくる。それはうちの事だけでなく、全部の、ものすごい数の苦しんでいる人が、また、同じような中で行き詰まっていくという、ものすごく大変な問題にそう言うことがあった同じよう中で引き裂かれていく。つながっていく。ものすごい大変な問題がつながっていく。絶対にそんなことは出来ないのですが、今回、お会いしたことで肉親ということの中で、このようなことが北朝鮮からのいろんな指令の中で動いていった時、本当にどの様に対応していったらよいのかなと、本当に最初から心配していましたので、これからも皆さんに考えて頂いたり、救う会のご協力で考えなければならない事だとと思っています。

本当に、ブッシュさんにお会いして、やっぱりこんなような事をしている国があることが、拉致問題だけじゃなくて、麻薬とか、前から言われているようにお金の問題とか・・・とか偽ドルとか、様々なこと・・しまいに核まで今は。それが経済援助することによって、どんどん、どんどん、向こうは生き延びていくわけですから、そのことによって、また、もし核を今やっているとすれば、またそれをお金に使って、軍備というものを、いそしんでいくと言うことが明らかなのですから。それが長引けば長引くほど、どれだけ多くの人が苦しまなくてはならないか。世界的にいろんな不幸なことが、起きてくるんじゃないかと言うことは誰にも明らかなことですから、何とかここはみんなで踏ん張って、日本中で、アメリカ中で、韓国も連れになって、一緒になって、北朝鮮のトップの人に、こんなこと、大変なことをやっているんだと言うことがわかるように、いろいろな形でメッセージを送っていくしかないって、私は思っています。

今回は本当に素晴らしい経験をさせていただきました。
本当に、多くの素晴らしい方にお願いができたこと、そしてだんだん、これが、どうなるかわかりませんけれど、これからもみんなの本気の努力さえあれば、これが結束すれば必ず解決すると私は信じていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

2006年05月20日

06.5.18 西岡力氏 東京連続集会18(4)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長 訪韓報告』

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訪米の事がありますので少なめにしたいと思いますけども、韓国の今の拉致問題の状況は、丁度日本の河野外務大臣が60万トンのコメ支援をしたときと似ているなと思っています。
まず、最初は日本も韓国も同じですけど、拉致問題はあったわけです。
あったけれども無かった事にされていた。
家族が声を上げなかった時は、問題があったにも拘らずマスコミも政治も国民も取り上げずに、ただ本人と家族が自分達だけで苦しんでいたと、言う時期があるんですね。
韓国も去年くらいまではその時期だったんじゃないか?と。

家族が名乗り出て日本との連携の中で2000年から運動をしていましたけれども、今増元さんが言ったみたいに、家族会が主催で拉致集会と言うのを拉致だけで出来て無いんですね。
抗議行動はたくさんやってますけども、北朝鮮の代表が(韓国に)来た時に行って抗議行動をして機動隊に殴られたりとかですね。
韓国の警察は家族も殴りますから、そういう事はやってましたけども、その家族を支える国民が50人でも集まって集会をするとかそういう事は余り無い。
ほとんど無かったですね。
家族の人たちが人数が多いもんですから、家族たちが集まると言うのはありましたけども。

と言う状況が変り始めたのは去年の後半くらいで、北朝鮮の人権問題に関する韓国国内の特に一部の若者たちに関心が高まって、そしてそういう中で崔祐英さんが黄色いハンカチ運動と言うのを始めたんですね。
黄色いハンカチを木に結ぶと。
特に北朝鮮に見えるところの板門店の近くの木に結ぶんですね。
梯子をかけて木の上の方に結ぶわけです。
で、「うちのお父さんに見えるように」と言って結ぶんです。
それが父親を思う娘の心と言う事で、純粋さが国民(の心)を打ってですね。
黄色いハンカチ運動と言うのが去年の年末くらいから広がっていまして、去年の12月にフリーダムハウスと言う、アメリカのNGOが北朝鮮人権法によってアメリカの政府から得た支援を元にして、韓国のNGOと協力して開かれた国際会議でも黄色がシンボルカラーになったんです。

リボンだけでなく黄色のバッジとかも出て来てですね。
野党のハンナラ党も黄色いリボン運動に参加すると。
それからキリスト教の大きな教会が黄色いリボン運動に参加すると言うような事が起きて、少し盛り上がっていた所で今度は金英男さんがめぐみさんと一時期結婚していたことが分かったと。
その事があって、その後今度はブッシュ大統領が早紀江さんに会うと言う事が起きて、アメリカは拉致問題をこんなに重視しているんだと。
その人の親戚に当たる人が韓国の拉致被害者なんだと言う事で、余計今回大変な盛り上がりがあって、町の人の声を少し聞いてみたんですけども、拉致があるという事はかなりの人が分かる様になったと。
今まで拉致があると言う事も、韓国人が拉致されていると言う事も知らなかったと言う。

学生のボランティアの人にも会ったんですが、3〜4年前は韓国人が拉致されていると言う事を私たちも知りませんでしたと。
3〜4年前と言うのは、韓国の家族会は2000年に出来ているわけですから、2000年に出来た後3〜4年くらいは、北朝鮮の人権問題に関心を持つ学生たちも知らなかったと。
言う状況だったんですが、今回の一連の黄色いリボン運動から金英男さんの事、そしてアメリカのブッシュ大統領の事で、韓国の世論が拉致の事は知るようになったと。

知るようになったら今度はどうするか?と言うと、北朝鮮を刺激しない方向で解決しようとするんですね。
我々の経験からしてそういう事が起きたんですけども、今韓国政府はそういう事をやろうとしている。
拉致を無視は出来ない。
だから、取り上げると。
取り上げる方法は、北朝鮮が身柄を持っているんだから、北朝鮮を刺激しない方が良いと。
大規模に援助をして返して貰おうじゃないかと。
いう事を今の政府は言い始めているんです。
それを言っているのは李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)という統一の長官で、横田さんに会う必要は無いと言った訳ですね。

それは横田さんや我々は北朝鮮に圧力をかけるべきだと言ってるんですね。
ブッシュ大統領もそうなんですね。
李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)さんは圧力をかける事に反対なんですね。
圧力をかけないために何をするか?と言う事を常に考えている人で、だから多分会う必要はないという言葉が出て来たんだと思いますけども。

じゃあ韓国のメディアの取り上げ方はどうなのか?と言うと、13歳で攫われた女の子と16歳で攫われた子とが結婚していたと。
その親戚同士が会うんだという事ばかり繰り返して報道していまして、そこには可愛い女の子も生まれていると。
その女の子がお祖父さんお祖母さんに会いたいと言っていると。
いつ会いに行くんですか?と言う報道が主です。
量は多かったですけども、そういう報道です。

でも拉致問題を知らないという人たちが、拉致されていたんだと言う事は分かったと。
じゃあ、政府はどうするのか?という事になるわけですけども、政府は大規模な援助をして取り戻す。
拉致と言う言葉を使わないで行方不明者と言う言葉でやる。
今年の2月だったと記憶しているんですが、もしかしたら違って3月だったかもしれませんけども、金剛山で離散家族の再会があったんですけども、そこに韓国のメディアが行って、その中に一部拉致被害者が入っていて家族との再会だけさせられて帰って来たんですけども。
拉致と言う言葉を使って現場でテレビで中継したら、北朝鮮は電気をプツッと切っちゃって、「拉致と言う言葉を使うな」と。
それで記者団と喧嘩になったんですが、北朝鮮はそこは折れなかったんで、そして記者団は全体で引き上げると言う。
「行方不明と言え」と言う事がありました。

そして韓国政府は今行方不明と言う事で、北朝鮮に対して被害者を返してくれたらば大規模な援助をするという話を李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)さんが言ったわけですね。
で、盧武鉉と言う大統領がモンゴルに行って、被害者を返してくれると言う条件も落としちゃって、無条件で大規模な援助をすると言ったんです。
その延長線上で6月に金大中元大統領が列車で訪朝すると言う話が、政府が全面的に援助をして始まっていると。
そしてそこでは南北の2回目の首脳会談をいつやるのか?と言う事が話し合われて、国際社会が北朝鮮に対して圧力をかけるという時に、韓国の政権が北朝鮮に援助をするという動きをしようとしている。
そしてその援助をする口実に、拉致被害者を取り戻す為には援助が必要なんだと言う事を使おうとしている。
と言うのが全体の構図です。

しかし(横田)滋代表が仰ったように、何もしなければ何も出来ないので一歩前進したと。
韓国民の大部分が韓国人が拉致されているって言うことが分かったと。
野党も今回、我々立ち上がると言ったんですね。
それまでは野党も余りやらなかったんです。
脱北者と一緒に扱ってたんです。
脱北者問題の方が世界の関心があったので、そっちの方を優先していたんですね。
両方しなくちゃいけない事なんですけども、しかし我々韓国の野党の党首に会いましたけど、どうするかとは言わない。
真相究明するとか政府が立ち上がるべきだとかそのための法律を作るとは言いましたけど、経済制裁するべきだと言うことの議論は出てこない。
政府が今までやってこなかった事の無策がけしからんと言う。

ですからぜひ日本の拉致議連の先生方と交流してくださいとお願いしたんですけども、そこで議員同士議論をしていただいて、家族の話を聞くと言うんじゃなくて北朝鮮政策をどうするのか?と言う議論を政治家同志で是非して頂いて、日本は河野外務大臣の時の経験があり、そしてコメを出さなかったら5人が帰って来たと。
出した時は行方不明調査と言っても何も出て来なかったと、言う経験をしているわけですし。
議員同士で是非協力して頂きたいという話はして来たんですけど。

ですから一歩前進であるけれども、予断も許さないと。
そういう点では増元さんが緊張を覚えたというのは正しいと思いますけど、増元さん結構朝まで屋台なんか行ってたので(大きな笑い声)緊張していたというのも・・・(笑い声で聞き取れず)と思いますが。
と言う状況ですから、6月の金大中の訪朝で何人かの被害者が帰ってくるかもしれないけれど、噂が流れているのはそういう事で、帰って来たとすればですね。
それは多分5人が帰ってきたときみたいに一時帰国と言う事で帰ってくる可能性が高いと思います。
それで(北朝鮮に)戻ってしまう。
その見返りにかなり大規模な援助が行われて、国際社会が今経済制裁をしているのを無効にすると。
全体の人が帰って来れない状況になってしまうかも知れないと。

今回の朝鮮総連と民団の、私に言わせると野合ですけども、そういう韓国政府の北朝鮮を孤立化させない政策が東京でも行われている。
韓国政府の指導の元に民団は動いたわけですね。
そして金大中さんが行くということになっている。
それを日米が、そして韓国のこちらの人たちはどう止めるか?
と言う事で、実は韓国の保守派を代表する知識人の一人の趙甲済さんに、私一人朝食会の後に飛び出して会ったんですが趙さんも心配していまして、金大中大統領が何人かの被害者を連れて来て大規模な援助となるかもしれない。
その時にどう日本と韓国が連帯してそれがおかしいと言うのか?論理を開発しておこうと相談したんですが、そういう点でも朝鮮戦争で8万3千人の拉致があるんだと。
韓国政府が作った名簿があるんだと。
その事はまだ韓国に知られていないんです。

韓国で今回拉致があると知られることになったのは485人のこと。
野党の党首も485人がと言いました。
じゃあ私がわざわざ、なんで日本から来たのに韓国の党首にブリーフィングしなけれならないのか?分からないんですけど、図表を出して全世界にはこれだけの人数がいて韓国には8万3千人いてと、私が韓国のトップにブリーフィングしてあげたんですけども。
8万3千人もやられていて、そこで、韓国は努力をしたんですけど結局解決できなくて、解決できなかったから新しい拉致が起きたんですね。
拉致をしても制裁は加えられない。
だから次の拉致が起こるわけです。
そして韓国人が400人くらいやられて、70年代の後半に今度は世界中でやられたと。
言う事が起きて、今度は拉致被害者が利用されて大韓機爆破事件と言うテロが起きた。
どこかで止めないといけないわけです。

そこには世界全体として1950年の朝鮮戦争のときからの全体の拉致をどう解決するのか?と。
そのとき何人かの人が列車に乗って、ヘギョンさんなりが来てお母さんと会って帰ったっていうのは解決じゃないと。
その事は無条件でなされるべきだとはと思いますけども、その事と北朝鮮の拉致をした政権を支える事が条件になっていたならば、つまり拉致の解決は遠のくと。
人質犯が人質を持っているときに、一人だけ出してきてすぐ返すというのに、人質犯に新しい武器を与えるのか?と。
最低限それはサンドイッチと水くらいは与えてもいいですけれども、彼らが新しい犯行を出来る様な大規模な援助をするというのは全員の人質を解放してからであるべきである。
単純なことなんですが。
そういうことを韓国の世論に分かってもらうには、まだ程遠いと。

しかし拉致がある事も分かってもらえなかった家族会のスタートの時、銀座に立っても誰も振り向いてもらえなかった状況からは変わって来たと、言うふうに言えるのではないかと思います。
そういう中でそうするとやはり国際社会が韓国の盧武鉉政権をも含めて、今この拉致問題をどうして行くのか?と、いう事になって、訪米の意味が出て来るんでは無いかと思いまして、これから訪米報告に変えさせて頂きます。(拍手)

06.5.18 増元照明さん 東京連続集会18(3)友愛会館にて

『増元照明 家族会事務局長 訪韓報告』

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今回は行く前に李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)統一相があのような言葉を言ったので、ちょっと不穏な空気が有りそうかなと思って、ボディーガード兼カメラマンとして行って来ました。(会場内くすくす笑い)
報道が非常に過熱しておりまして、横田のお父さんは有名ですからみなカメラマンがよけて行けるんですけども、私は一般人と全く同じでカメラを構えていたもんですから、弾き飛ばされそうになりました。(笑い声)
向こうのカメラマンの場合は、ルールの無いところのカメラマンは大変でしたね。
汗を一杯かいて少し痩せて参りました。(笑い声)

今、代表からお話があったように、と思います。
私アメリカにも行きましたが訪韓も両方やりましたが、どちらかと言えばアメリカの方が非常に好意的であって、そしてアメリカにいる時の方が安心感があったと言うのが、私の感想です。
韓国と言う、取材陣の過熱報道もそうなんですが、何とこうなくちょっと不穏な、自分がそう考えているのかもしれませんけども、安心しきっていたと言う事は無かったです。
これは2泊3日でしたから良かったけど、これが一週間続いたら体が持たなかったなと思っています。

今回、日本の警察の方とそれから外務省も一緒に行って頂いたし、調整室も(行って)頂いて、非常に私たちにはサポートをして行ってくれておりました。
空港に着いて40人か50人くらいの警察の方が、私たちを守ってるのか整理をするためなのか分かりませんけど、そういう人たちが一杯いることにもビックリ致しました。
谷地さんがこの前来て以来だというふうに言っておりましたので、それほど向こうの報道にとっては大きな問題という意識はあったと思うんですね。

ただ、今回は本当に石を投じたと言う事だと思います。
それをどうやって広げるのかは韓国の国民の問題だと思っていますので、それを広げる為にはやはり、私たち家族が経験したことですが、家族会だけでは中々難しいのではないか?
やはり向こうに救う会のような支援する組織が必要なのではないか?と改めて感じております。

今崔祐英さんとか李美一さんとかそれから崔成龍も頑張ってやってはいるんですけども、集会一つやっぱり開く事が出来ないですし、その仕組みも出来る様な雰囲気でも無い。
ですから国民の皆様に直接訴える場所が結局メディアを通してですから、メディアを通すと少し、ちょっと曇りガラスの向こう側の出来事になってしまいます。
それが直接訴える場所を作って欲しい、そういう組織が出来て欲しいと言うのが感想ですね。

だいぶこうやって新聞は非常に大きく取り上げているところが多かったです。
ただテレビはどれ位やっているのか?私たちには見えませんでした。
ですから韓国の事情がありますからその辺はまだ難しいんでしょうが、テレビは報道をやったかどうか?西岡さんにちょっと聞かないとちょっと分からない。
以上です。(拍手)

06.5.18 横田早紀江さん 東京連続集会18(2)友愛会館にて

『横田早紀江さん 訪韓報告を受けての感想』

皆様、こんばんは。(「こんばんは」の声)
本当にお世話になっておりまして、ありがとうございます。
昨日はちょっと心配していたんですが、主人もみな無事で帰って来てくれまして、あちらでも家族会としてもいろいろな形で動いてくることが出来きて、本当にありがたいと思っています。

なかなか、韓国は本当に全然、今まで全く関心が無い。
今もそうですけども、それでもやはりこうやってあちら側も、たまたま金英男さんの事でこんな不思議な事があってその事が現実だと言うことを証明する為に、家族同士がお会いする事が出来て。
その事によって韓国の方も初めて本当に大変なことなんだと思った方もたくさんいると思いますので、少しずつ、本当に時間がかかりますけども、何もしなければ終わってしまうんですけども、こうやって一生懸命に現実的に前進しているとと言う事は思いますので良かったと思っています。

今は訪韓の事だけについてですけども、これからもよろしくお願いします。(拍手)

06.5.18 横田滋さん 東京連続集会18(1)友愛会館にて

『横田滋 家族会代表 訪韓報告』

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皆さん、こんばんは。(「こんばんは」の声、拍手)
今回は家族会4名、救う会2名、その他内閣府・外務省・警察庁・神奈川県警とかで、15日から17日まで訪韓して来ました。
最初の日には、自由北韓放送と言うところの放送局へ行きまして、そこで一人が約2分ずつの原稿を持っていきましてそれを録音いたしました。
これは数日後に放送されますが、更に再放送も行なわれるという事になっております。
(西岡氏より「今日も」の声)
今日も放送されます。

そして当初は韓国にあります日本の大使館へ、最終日に表敬訪問をする予定だったんですが、金ソンジュというハンナラ党の議員、その後はハンナラ党の本部へ行って党主の朴槿恵さんという方にお会いするという事が決まりましたので急遽大使館訪問は取りやめ、大使館へは行く事が出来なくなりましたので、この日の夜に大島大使主催の歓迎の夕食会を開いてくださいました。
なかなか、山の・・・(聞き取れず)の所があって静かな綺麗な庭のところです。
そのとき大島大使が、数年前に家族会がジュネーブに行きました時のジュネーブの大使だったものですから、平野さんとは顔見知りで、それから哲也をみて「しばらくぶり」なんて言って、拓也と間違えて(笑い声)そんなこともありました。

初日はそれで終わりまして二日目には、少し順序が逆になりましたけど韓国の空港に着いて驚いたんですが、我々二階で飛行機から出てきましたら、そこには韓国のメディアだけ。
日本の人は一階の方にちょっと待ってくださいと言う事で、先に韓国の人と話をしましたが、2003年に行った時は特に韓国のメディアは少なかったんですが、今回はテレビで御覧になったと思いますが、凄い人数で。
(後ほど司会者の方からこのときに取材に集まったマスコミの人数は約300人と公表されました)
更に一階の方に降りていきましたら、崔祐英さんが花束を持って出迎えてくれて、その周りに警察官が何十人と壁を作って我々の通る道を確保してくれましたので、日本のマスコミもちょっとこれまでに無いような、アメリカの時よりも多かったような、私はアメリカは分かりませんが、両方行った方の話ですとアメリカ以上にマスコミの方が来て下さいました。

二日の日は韓国にあります家族会が3団体ありますが、韓国の拉致被害者協議会の事務所、それは崔祐英さんが代表をやっていますが、こちらの事務所に行きました。
それでそこの事務所は学生のボランティア、日本からも・・・(聞き取れず)学院大学からも東大なんかに留学している方もいましたのでかなりの人がいたんですが、今回は30人くらいのマスコミが来るというのを学生が誰も信用しなかったそうですけど。
実際は上回る人が駆けつけたものですから肝心のボランティアが入れないくらいの人で、そこで我々は韓国の家族会は従来から韓国の家族会と連携してやっていますので、「これからも引き続き協力しましょう」と言う話を致しました。

それから次に朝鮮戦争の時の被害者の家族会の事務所、李美一さんて言う、この前のワシントンで英語で証言なさった方ですけど、こちらの事務所に行きました。
そこに行きましてセロハンにマジックでお願い事を書いて、それに風船をつけて飛ばすような行事をしたり。
それからそこの屋上に朝鮮戦争の一部の写真を展示しておいてくれたので、それを見てから下の事務所に行きました。
これも韓国の政府では朝鮮戦争の時に連れて行かれた名簿なんか無いって言ってたんですが、家族会の人が、日本では国会図書館のような所だと思うんですが、そういう所で見つけてそれをコピーして製本した物がおいてありました。
このくらい(人差し指と親指を開いて本の厚さを示す)の分厚い物が5冊くらいあって。
それが第一巻は例えばソウル地区とか地域別に分けてありまして、そして第5巻と言うのは追加分ということで後から見つけて入れてありますけど。
8万数千人の人の名前、性別、住所それから職業、かなりの部分が空欄の部分もありますから全部が分からなかったかも知れないけど、それだけの物があるということが分かりまして、一部はハングルのままコピーしましたので後で家族会の事務所とか救う会の事務所に置いておいて何かの行事の時に提示をしたいと思います。

それから午後は、崔成龍さんと言う方が代表をしています拉北者家族会と言うところの集会に参加いたしました。
それでそこで金英男さんのご家族と我々の対面がありました。
ここにもマスコミが数え切れないくらい来ておりまして、普通の低い所では見えないから壇上に上がって対面をしました。
そして私どもとしましては、結婚した相手が加害者国の北朝鮮の人でなくて良かったと言う事と、また一日も早く金英男さんとお母さんが対面出来ることを祈っていますと言う話をして、日本から持って来ましたお土産を渡しました。
それと同時に今回早紀江は体調が悪くて来れなかったもんですから、手紙を差し上げました。

そうしましたら金英男さんの所も、同じような形で手紙を下さいまして、それからお土産として茶器のセットを下さいました。
そしてそれを渡して下さるときに、「これは普段に使ってください」
すると普段に使うとすぐにそこにあるわけですから「私たちの事を思い出してください」と言う事だったので、私どももその言葉を受けて、非常に高価な物だけどそれはそういった趣旨で頂いたのであれば、「これはいつも使って皆さんの事を思い出します」と言って受け取っておりまして。
それと同時に早紀江への手紙、これは非常に長い物だったんですけどそれを頂きました。
そして「これからも一緒に元気でやって行きましょう」と言う話をして、それからその後で集会みたいな形になりまして、いろんな人が少しずつ拉致に関する問題で話を致しました。
その日はそれで終わりました。

それから最後の日は金ソンジェさんというお名前が良く分からないんですけど、その方との朝食会がありまして。
南北の鉄道が途中で線路を外したのを直してつないで試運転をして、それから金大中さんがそれに乗って行って、噂によるとその中に拉致被害者数名を乗せて帰るとか言う噂もあるようですけど、そんな事があるんですけど。
その前にハンナラ党と言う野党の勉強会に私らの西岡さんを呼んで、そこで拉致問題の話とか、それからどうやってこのような大勢の方が支持して下さって強く動く事になったかという事についてまで聞きたいという事が、日程を調整して行くことになると思います。

それからその後ハンナラ党の、空港の近くなんですが事務所に行きまして朴槿恵さんという、その方にお会いしましたが、やはり拉致問題の非常に熱心な方で、韓国の議員はそれほどでも無いと言われておりましたけど、我々がお会いした皆さんは関心の高い方で、国家が国民の命を守るという事は当然大切な事だからそれを家族と被害者が一日も早く対面できるよう政府に伝えていきますと仰って。
それからまた国会議員の方が二人いましたが、三人ですか?
その方々が聴衆に向かって演説をしてくださいました。
それでそれが終わってから空港に行って、最後に韓国に来たんだから焼肉ぐらい食べとかないとと言う事で(笑い声)庭の綺麗な所、ホテルの経営しているところでして、そこに行きまして無事に終わったという事で喜び合って、そこで韓国料理を食べて終わりとなりました。

韓国の世論と言うのも以前はあまり拉致の問題なんか取り上げなかったらしいですけど、金英男さんが、めぐみの夫のチョルジュンさんが韓国から拉致された5人の高校生の内の一人であると言われて、それで結果が4月の11日に出たわけです。
そうしますと4月の12日には一面トップに各紙はそれを報道したりして、それ以降拉致の問題と言うのが新聞に出るようになり。
それからアメリカに行きまして27日の公聴会でも、日本側は大使館員それから日本政府の一行が非常に強くバックアップしてくれたわけですけども、韓国側はそんな事は全然なかった。
それに対して新聞が「日本はちゃんとやるのに、どうして韓国はアメリカにある大使館は何もしなかったんですか?」と新聞で批判をしたと言うことも聞きましたし。
今回行きました時も最初の日は、二日目の方に・・・(聞き取れず)の所で中ほど二面出ておりまして、2ヶ所載せているところもありまして全部の物が取り上げて下さいましたし、ちょっと過熱とも思えわれるような取材もありました。
ですからこれがこのまま一過性で終わったら何もならないので、ぜひこれからも連携を強めていきたいと思います。

今朝も崔祐英さんから電話がありまして、「お父さんが来たおかげで今日も外国のメディアの取材が一杯集まって忙しいんです」なんて言っていた。
そういった形で韓国でも日本だけでなくてメディアだけでなくて、他の国のメディアからも照会が来る様になったという事は喜ばしい事なので、ぜひこれからも続いてこれからもつないでいければと思います。
簡単ですが、以上です。(拍手)

2006年04月23日

06.4.12 金聖民 自由北朝鮮放送代表 東京連続集会17(9)友愛会館にて

『金聖民 自由北朝鮮放送代表のお話 その3 通訳:西岡力氏』

★西岡力氏

そろそろ時間になりました。
戦いのためには軍資金が必要でしてですね、ここの振り替えの番号が募金先の番号が書いてあります。
もちろん家族や救う会が訪米したりして通常の資金も必要ではありますけども、体を張ってラジオ放送をやってその中で日本人拉致の問題も取り上げてくれる。
今度一時間になって、毎日5分とか拉致問題の番組を作るとさっき記者会見しましたけども。
この放送局を支える為には電波はアメリカからの短波が出ますけども、家賃や人件費や制作費、そういう物が必要なわけです。
そして電波も、また北朝鮮が妨害電波を出したら2ヶ月に一回は周波数を変える事が出来るんですね。
変えて妨害電波を出す。
その瞬間だけ聴く事が出来ないと、もっと増やすと。
最後までやると言ってますので、私たちも拉致問題解決のため、北朝鮮の人権問題・北朝鮮の人民を助ける為に、私たちも参加するためにも、ぜひこの北朝鮮自由放送を支えていきたいと思います。
ぜひ皆さんが他のご協力をお願いしたいと思います。
最後に皆さん大きな拍手を。(拍手)

★金聖民氏

最後に一言だけご挨拶申し上げますと、実はですね。
私たちの放送局の活動について一番多く報道しているのは日本なんです。
NHKが私たちの事をず〜っと取材してくれて、昨年衛星放送で一時間のドキュメンタリー番組を、私たちの放送局の事で一時間の番組を作ってくれました。
韓国でもやってくれなかった事を、日本のメディアはやってくださっている。
それくらい関心を持ってくださっていることに大変感謝しておりますし、今後も日本のメディアを通じて私達が苦しい戦いをしているとか、いろんな情報が出たときには脱北者も頑張っているんだなぁと、激励の拍手を心の中で送り続けていただければと思います。
私たちも皆さん方の同志として最後まで戦う決意をここで表しまして、本日は本当にありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

06.4.12 質疑応答 東京連続集会17(8)友愛会館にて

『質疑応答 通訳:西岡力氏』

★質問者 増元照明氏

ありがとうございました。
ひとつだけ、日本の政治家の中にも国民の中にも、北朝鮮が崩壊した時日本に300万人の難民が来ると言っている方がいるんですが、実際北朝鮮が崩壊した時、難民が来ると思われますか?

★金聖民氏

そういう話は実は東京に来て初めて聞きました。
中国に逃げるだろう、韓国に逃げるだろうと言う話はありますが、初めて聞いたことなので今瞬間的に思っていることですけど、瞬間的に考えてお答えするんですが、殆どそういうことは無いんではないか?と思います。
ただ、無視できない点があるとしたら、北朝鮮の人間は日本が世界で一番暮らしやすい金持ちの国だと思っています。
在日朝鮮人がいろんな物資を持って来ているので、それで日本が豊かだと言う事は皆知っている。
ロシアの材木伐採工で行って帰って来た人間とか、ドイツに行って帰って来た人間とかいますから、いろんな国の状況を知っていますけど、その中で日本が一番豊かでいい国だと思っているんです。
だから混乱などでどこか行こうと思ったら、日本に来る可能性はゼロだとは思いませんが、船に乗ってまで来られるだろうか?と。
そういう事を考えると日本に難民がたくさん来ると言うのはちょっと考え難いんじゃないか?と思います。

★質問者 本田勝氏

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お聞きしたいんですけども、脱北者の方は貴重な人だと思うんですけども、まして軍隊にいたという事なので。
私の妹、田口八重子は蓮池さんの情報ですと、軍隊の組織「敵工地」と言うところに所属して、そちらの方でどこか別のルートにいると言う話を聞いておるんですが。
その敵工地と言う組織その物は何なのでしょうか?

それからもう一点、私の妹八重子は軍の移動中の車両と交通事故で、北朝鮮で言えば民間の車とぶつかって交通事故を起して死亡したと言われているんですが、軍の移動中と言うのはそういうことは起きるんでしょうか?

★金聖民氏

第一の質問ですが、敵工地ではなく敵工局だと思います。
敵工局というのは軍の組織であります。
それは朝鮮人民軍の総政治局の下にある直属の機関です。
軍の組織は総参謀部と総政治部の二つの組織に分かれるわけですけども、総参謀部は軍の編成上の空軍とか陸軍とか海軍とかがそこに所属していますが、政治ラインの総政治局のすぐ下に敵工局と言う組織があります。
一般の北朝鮮の人間でも敵工局と言う組織があるということは知っていますけども、そこが何をやってるかはあまり良く知りません。
ただ、私たち一般の軍人が知っているのは敵工局が作っている小さな本です。
冊子です。
その冊子は宣扇(せんどう)資料という、つまり宣伝扇動の宣扇ですね。
敵に会った時に、どうやって敵に政治工作をするのか?
その要領を書いて作ってある本を作って軍人に配っている組織だと理解しています。

その中で敵と対峙した時にどのように政治武装をして相手に勝つのか?
心理戦をやるのか?と言うことが書いてあるんですが、私は日本語で一つだけ知っているのがあるんです。
「我々は朝鮮人民軍だ」と、その本の中に出てくるんです。

ですから日本軍と対峙した時に、日本軍に対してどのような言葉を言って彼らを降伏させるのか?と。
そこに日本語を覚えろと書いてあるんです。
アメリカ軍と戦う時は英語で言えと英語で覚える言葉が書いてある。

しかし敵工局でやる本当の任務は対南工作です。
ふたつあります。
ひとつはビラや物を北から南に送ってそれによる政治工作。
北朝鮮は大変経済が狂っていて餓死者が続出していて、そして闇市ではうどん一杯を食べられなくて泣いている子供たちがたくさんいた。
大変な経済危機だった97年98年でも外貨を使っていい紙を買って来て、濡れないようにコーティングをしてビラを作って南に撒いていたんです。
あるいは金正日の贈り物の時計と言うのがあって、その星印の時計や北朝鮮の一番最高級のタバコを南に撒いていたんですね。
北朝鮮の社会主義がいかに偉大な物であるかと宣伝する為に撒いたんですが、その任務を担当していたのが敵工局です。

もう一つ敵工局でやっている事は対南ラジオ放送です。
実は北朝鮮は南北長官級会談で、お互いの誹謗放送をやめようと提案して来たんですね。
北の人間が南からのラジオを聴くとショックを受けるわけです。
平凡な事実でも北の人は知らないから、大変なショックを受けて変化が起きる。
北からのラジオを南の人が聴いても何の効果も出ない。
そういう中で両方一片にやめようと言う提案をしてきたわけですけども、その北朝鮮がやっていた対南放送を担当する部署が敵工局です。

その長官級会談でですね。
お互いラジオ放送を中断しようと合意したんですが、ですから北朝鮮の代表的な対南放送「統一革命党の声放送」これは放送を中断しました。
しかしその内容はそのまま平壌放送の一部に編成されて、対南番組が平壌放送の中に生まれて、そのまま吸収されて今もやっています。
ですから田口さんはもしかしたらそのラジオ放送の部門、政治工作の部門で何か仕事をさせられているのかもしれません。

率直に申し上げますけども、交通事故はどこの国でも起きるわけです。
北朝鮮で交通事故が起きるとすると軍隊の車両と起こる可能性が高いです。
なぜなら軍隊の車両は民間の車両が来ても避けないからです。
民間の車両は逃げなければならない。
そういう事はあります。

しかし北朝鮮が今死んだと言った事を信用できるか?と言ったら、私は全く信用できないと思います。
一人一人の人たちがなぜ死んだという事になっているか?
そして墓が流れたと言って証拠が出てこないのか?
これは北朝鮮が外に出す事が出来ない重要な地位にいて、秘密を知っているからです。
特に対南工作や対日工作に関係する重要で口外出来ない秘密を知っているので、死んだと言って嘘をついているんだと言うふうに思います。
そういう点では、つまり彼らは秘密を暴露されるのを恐れているから絶対に外へは出すことは出来ない。
大変皆さんは困難な戦いをしていらっしゃると思います。

06.4.12 金聖民 自由北朝鮮放送代表 東京連続集会17(7)友愛会館にて

『金聖民 自由北朝鮮放送代表のお話 その2 通訳:西岡力氏』



★西岡力氏

今せっかく来ていらっしゃいますから、脱北者同士会の会長でもありますので。
脱北者の人たちが来ると会うわけですね。
最新の北朝鮮の内部情報をたくさん持ってらっしゃるので、北朝鮮が今どういう状況にあるのか?
特に北の住民の人たちが今どんな事を考えているのか?
あるいは金正日政権の状況はどうなのか?と言う事をちょっとお聞きしたいと思います。

★金聖民氏

脱北者の中でも私どもの団体は、最近の北朝鮮の情報を多分一番良く知っている団体のひとつではないかと思います。
私たちは実は一週間に一回、北朝鮮の内部に電話をしています。
そして、「今ラジオが聴こえるか?」とか「最近起こったことは何か?」と言う事を聞いています。

それはどうして可能なのか?と言いますとですね。
北朝鮮の国境地域は中国の携帯電話が使えるわけです。
ですから時間の約束をして、こちらからかけるわけには行きませんけども、向こうからかけて来るんです。

最近国境警備隊が国境警備している姿を隠しカメラで撮った映像、あるいは脱北してきた人たちを取り調べて殴っているような映像を入手して我々のHPで公開した事があります。

昨年まではですね。
北朝鮮の幹部たちに対する教育資料として、講演記録と言うのがあるんですね。
それが文章で対外秘で幹部たちが読んでいる。
その本がそのまま外に出て来ていて、それをソウルで入手したり日本で入手したりしていたんですが、今年になってからはですね。
その物じゃなくてそれをデジタルカメラで写してチップで持ち出されて、どんどん内部の情報が外に出ている。

今日は日本のテレビ局もたくさん来ていらっしゃるようですが、最近の状況はですね。
ただ北の状況を写して来いと言うのではなくて、こういう場面をこういう目的でこういうのを撮って来てくれと注文が出来るような状況になっている。(笑い声)

なぜこの話をするのか?と言いますとですね。
北朝鮮の民心が大きく変わったと言うんです。
お金さえ出せばなんでもするようになった。
お金さえ貰えばどんな事でもすると言うふうに北朝鮮は変わってきたと言う事です。
今、例えば北の内部で売春が行われていて、その売春の場面まで直接外に出てきている。

しかし、皆さん方に理解して頂きたい事はですね。
お金さえ払えば何でもやる。
注文してくださいと言う北朝鮮の人たちに、政治的に「お前たちは統一の為に何か組織を作っちゃえ」「活動してみないか?」と言うと、やらない。

北朝鮮の住民はですね。
人間が二つに分かれている。
こちら側の頭ではですね。
金正日が配給をくれないんだから、生き残らなくちゃならないんだから金になることはなんでもやる。
考えているんだけど、こちら側では「お前、統一の為に何かしないか?政治的な事を何かしないか?」と言うとですね。
向こうは「スパイをやれと言う事か?」という事になるんですね。
それは絶対にしない。

今混乱期だと言えると思いますけど、北朝鮮の住民一人一人がですね。
南と直接連携が出来るパイプを持つ事が出来るようになるならば大変な事が起きるから、今それが無いからこのままでいると。

北朝鮮の例えば軍の将軍たちの中で、金正日が政治を失敗していると。
このまま行ったら長くは持たないと言う事を分かっている人は大変多いと。

そしてその様な人たちはですね。
南の情報も皆入手して見ているので、南の政権が先行きの無い北の政権を今支えていると言う事まで知っていると。

その様な人たちからすると韓国はもう絶望的だと。
アメリカに期待をかけているんだけど、それにつながるラインを探せないんだと。
日本はどうか?と言うとラインが無いと。
彼らの中で実は外につながりたいと思っている人が必ずいると私は信じている。

その様な人たちに対してですね。
私たちの脱北者の放送や、あるいはアメリカがやっている「ボイス・オブ・アメリカ放送」や「自由アジア放送」は、その様な人たちに窓口の役割を果たす事が出来るんじゃないか?と私は思っています。

実はですね。
ここでは拉致問題に皆さん関心がありますから拉致問題についてお話を申し上げるんですが、先ほど記者会見でも申し上げたんですが聞いてらっしゃらない方もいるので繰り返しになりますが、1994年ごろですね。
中朝国境地域、とくにフェリョン(会寧)辺りでですね、ある口コミの噂が広まったんですね。
日本人はねずみの尻尾が好きだと、高く買うと、ねずみの尻尾は精力剤だと。
高く売れると言う噂が広まってですね、国境地域にねずみがいなくなってしまった。
皆がねずみ捕りに走った。

そして今ラジオ放送を通じて、西岡先生がソウルに来て北朝鮮に対して拉致被害者の情報を出してくれれば報償すると、お金を払うと言っている。
そういう噂がパッと広がるとですね。
私は多分物凄い数のいろんな情報が出てくると思います。
多分偽物もたくさんあるでしょうけども口コミでそれが広がると、情報が出てくるんじゃないかと思います。

先ほど申し上げたんですが中国の中で捕まって刑務所に入っている脱北者が、中国の刑務所ってラジオ聴けるんですね。
やる事ないですからラジオばっかり聴いている。
それで直接国際電話で金さんの所へ電話がかかってきて、日本人の拉致被害者の写真と日記を持っていると言って。
それで私(=西岡)の電話を教えて私が電話を取ったんですが、どう判断して良いのかが分からなくて、日本にも領事館はあるからといって領事館の電話番号は教えてそことやってくれと言ったんですけども、もちろん確認しなきゃいけないので本当かどうか分かりませんけども、しかしもうすでにそういう反応が出てきている。



心理戦であると思うんですけどね、こういう事は。
北朝鮮の人たちは拉致の話を聞けばですね。
罪のない日本人が拉致されているという話を聞けば、それは自分がやった事ではないにしても、申しわけないと言う気持ちは北朝鮮の人間にも出てくる。
特に血縁関係の、家族が家族を探していると言う、日本の家族の直接の訴えを朝鮮の人たちが聴くことが出来ればですね。
絶対に感じる物があるはずだと。
それを普遍的な人権とか人間の良心とか言いますけども、そういう事に訴える訴えを継続してやっていけばですね。
少なくとも日本人に危害を加えようとしないで守ろうと言う心を持つんじゃないかと。
北朝鮮の人たちも人間です。
酷い状況におかれていますし、ひどい事もしているわけですけども、しかし心が通じる人間だと訴えたいと思います。

北朝鮮ではですね。
昔は北朝鮮の人間は純真だと言ってたんですけども、それは無くなりました。
お金のためなら何でもやると言う風に変わってしまいました。
最近も電話で内部から聞いたんですが、国境警備隊で長い事勤めていて金を大変集めた兵士が軍の保衛隊ですから憲兵隊ですね。
憲兵隊の部長の家を買ったんです。
兵士が憲兵隊長の家に住んでるんです。
お金で買える。
それが発覚して処罰されたんです。
お金があれば憲兵隊長も家を売っちゃうんです。

北朝鮮はそれくらい混乱しているんですけども、しかしまた金正日は譲歩しようとは思ってなくて、自分の後継者を息子にしようとしている。
鉄のような統治を続けようとしているんです。
代を世襲で。
そういう非正常な北朝鮮に対してその政権を倒すという事が北朝鮮の人民を助ける事になり、拉致問題解決の究極の目標ではないかと思っているんですが、そのために出来る限りの事を皆がそれぞれやるべきだ。
ラジオ放送であればラジオ放送であると。
拉致被害者救出運動は救出運動、それぞれがそれぞれに出来る限りの事をやって北朝鮮に働きかけて、政権を倒す事を目指すべきだと思っています。

ですから私は金正日政権と北朝鮮の人たちは分けて考えなくちゃいけない。
そして金正日政権を倒すためにはどんな手段方法を使っても良いと思います。
それは私たち脱北者皆の考えです。
ですからラジオを今一応やってますし、またある脱北者の団体は北朝鮮にビラを気球で落とすという事をやっています。
またある団体はですね。
日本で本の出た「金正日の料理人」と言う本の写真だけをですね。
出版社と新しく契約して、あの写真を見れば金正日と言うのはこういう男だったのかと、すぐに分かるわけです。
それを濡れても大丈夫なようにコーティングして北に送ると、言う作業をしている。
それで、昔はビラをやったりそういうことは韓国政府がやっていたんです。
しかし韓国政府がやらなくなったから、脱北者がやってるんです。

ですから自分がやろうと思った事は最後まで粘り強くやって行かなくちゃいけないと思っています。
さきほど私は大変だと自分が殺されるとちょっと弱音も吐きましたけども、しかし決意を固めて仕事をしていけば実は韓国社会の中にも同志は多いと。
多くの方が支援をしてくれていると、友達もたくさん出来たと。
同志が増えていると言う事を報告したいと思います。

私は普通の脱北者です。
北にいたら黄長ヨプ先生に会うことが出来なかったような立場です。
しかし脱北者として来て、黄先生にマイクを突きつけて録音お願いしますと言えると。
あるいは今私たちの放送に出てくれている康仁徳・統一部前長官とか、李東○(複の扁を香に)前国会議員とか趙甲済・月刊朝鮮の前編集長とかそういう人たちが大変有名な人たちばかり。
しかしそういう人たちが私たちを助けてくれるのは、この放送に意味がある。
そして私たちは最後までやろうという決意を意気に感じて助けてくれているのだと思う。

また私は脱北者ですけどもこちらに出てきて、日本は私たち北に住んでいた人よりも北の内部の事をいろいろ知っているんだそうです。
・・・に会ってみて、あるいはジャーナリストに会ってみてそんな事も感じています。
そういう人たちがラジオに出て下さって北朝鮮にアピールする事もまた意味があるんじゃないかと

実はあそこにいる二人の女性、(控え席にいる女性二人、立ち上がって会釈)韓国人なんですけども、韓国で自由北韓放送をボランティアとして手伝っていて、二人とも梨花女子の大学院の北韓学科(?)マスターコースを終えた方であちらの方は日本人と結婚して今日本に住んでいらっしゃって、こちらの方は一ヶ月前に慶応大学に留学に来たんです。
こういう人たちとも私は運動する事によって知り合いが出来て、日本でも私たちを助けてくれています。
そして最後に申し上げますけども、私たちはこの問題を解決するには金正日政権を倒すしかないと思っています。
2400万の北朝鮮の住民を助ける道、そして皆さん方が本当に心から望んでいる拉致被害者を全員取り戻すためにも金正日政権を倒すしかない。
それが究極の目標だと思っておりまして、そのためには私どもは出来る限りの努力を今後もしていくことをお誓いして、そしてそのことの中で、小さいけれども確実な何かの成果を上げたいと思っています。
成果を上げた時は是非拍手を送ってくださるかと思います。
ありがとうございました。(拍手)

06.4.12 海老原智治さん 東京連続集会17(6)友愛会館にて

『海老原智治 救う会タイ連絡員の報告』

★西岡力氏

先ほど紹介しましたけどタイから海老原さんが来てくださっていますので、一言ご挨拶を。

★海老原智治氏

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タイの海老原です。(拍手)
タイの方では12月の国民大集会以降、その時の訪日の様子がかなり大きくタイで報道されて、テレビではここでの集会それから日比谷での集会も含めまして連日報道されておりまして。

私、社会認識と言う事で言いますと、その様な報道が出るときはパッと意識が行くんですけども、中々それが持続しない。
且つそれが国民的な支援運動につながるというのにまだまだ至っていないという厳しい状況にあります。
その様な状況から、私のような在住の日本人が、まず当初の支援運動のきっかけ作りとして果たすべき役割、これ非常に大きいと考えております。
その様な視点からですね、活動を行っております。

その前にタイ政府および社会の認識をもう少し申し上げますとタイ外務省・・・(聞き取れず)っておりますが、タイ外務省の言葉としては

「我々は北朝鮮を非難するその様なつもりは無い。北朝鮮とタイの関係は良好な物と認識している。そのためタイ政府は北朝鮮政府と協力の下にこのタイ人拉致問題という物を解決していきたい」

だからこれまでも公式にはタイ政府は「拉致」と言う言葉は使わずに「タイ人行方不明者」と言う認定をしている。
そういう状況であります。
ただし私どもに伝えている・・・(聞き取れず)状況は行方不明と言うことではなくて、強制的に拉致されたのであると言うことは政府も分かっているが言う状況ではない。
まぁそのような事であると。

社会状況としては認識はこのような事でありますが、その様な中で私どもの方はですね。
様々な拉致問題の個別の問題の調査、事実がどうであるのか?
それを集めてタイ政府に出していく。
タイ政府の判断材料とするために出していくのと同時に、そういった事の社会発信、これを重要な物であると認識しております。

それに関しましてタイ人拉致問題、今現在確実に明らかになっているのはアノーチャ・パンジョイさん一名ですけど、これの資料と言いますか精細な証言はジェンキンスさんが書きました「告白」
あれに詳細な事実があるという事で、今のところこれがタイ人拉致の根本文献、根本資料だというふうに考えています。

最近2月にこのタイ語での版権を取得しまして、現在早ければ年内にタイ語訳をタイで出版する準備を進めております。
しかし、自費出版に成らざるを得ないという事がありまして、資金的に寄付に依存するしかない。
そこでちょっと根本的なものがあるんですが、スムーズに行けば年内に出版出来る予定です。

その様な事を含めまして、拉致問題と言う事が個別の行方不明事件なんていうことではなくて、北朝鮮政府の国家による犯罪行為である。
そのような犯罪行為にタイ国民が晒された、このような問題行動、これをきちんと発表して社会認識をするというのが、私どもの役割かと考えております。
特に拉致問題に関しましては、世界でもっとも詳細な情報が集まっているのはこの日本です。
それを体系的にタイに導入しましてタイ語で発信していく。
この部分が大きな役割と考えております。(拍手)

★西岡力氏

ありがとうございます。
去年の11月でしたっけ?
11月にチェンマイに行ったんですよ、私と増元さんとで。
チェンマイ空港でですね。
アノーチャさんの家族と会えてチェンマイ空港で帰るときにですね。
知らない日本人が空港にいるんです。
それで、増元さんにサインでも求めているのかな?と思って。(笑い声)
増元さん有名になったのかな?と。(笑い声)

ずっと空港で待っていてくれたんです。
チェンマイの大学の先生なんです、海老原さん。
日本語を教えてらっしゃってタイ語の研究家でいらっしゃるんですが、タイ人の奥さんを持ってらっしゃってチェンマイで教えてるんですが。

放送か何かで増元さんがチェンマイに来ているという事だけ分かったと。
何時の飛行機に乗るか分からないけれど、空港にいれば会えるだろうとずっと待っていてくださって、飛行機の時間までちょっとしかなかったのでちょっとだけ話をして名刺交換をして、「何か出来る事があったらやります」と言ってくださって、タイでも衛星放送を見て拉致被害者の家族の訴えをずっと聞いていたと。
「何か出来ることがあればやりたい」と申し出てくださって、それで12月にアノーチャさんの家族を呼んだときも一緒にタイから来てくださって。

我々タイ語の通訳をどうしようか?と思ってたんですが、言語学者ですから。
自分から来てくれたんで、尚且つあそこは方言があるんですよね?
だからなかなか普通のタイ語の通訳では大変だったと思うんですが、方言の研究をしている方が自分で来て下さったので助けて頂いて。
今度は日本語の資料をタイ語に翻訳すると言う作業をして、タイで活動をしてくださっているという事で。
こういう人がどんどん出てきて世界の拉致が今広がってきていている状況であります。

後30分くらいありますけど、金聖民さん折角来てくれましたから、・・・・(聞き取れず)の話を。

2006年04月20日

06.4.12 佐藤勝巳救う会会長 東京連続集会17(5)友愛会館にて

『佐藤勝巳 救う会会長のお話』

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北で今言われていることは、朝鮮戦争以来の最大の危機を迎えているという話が広く広がっているようです。
それがどういうことか?と言うと、一番主要な原因は拉致問題を巡って国際的な取り組みが広がっているという事でありまして、先ほどから指摘されております様に韓国の今の政府と言うのは、自国民が拉致されてもそれを救出するという意思は余り無いようです。

しかし今回DNA鑑定でハッキリした訳ですから、5月の地方選挙を今目の前にしていますから、あの問題についてしかも自国民が拉致されているという、しかも500人近い人を放置しておく事がかなり難しい状況にはなって来ている。
しかし、一生懸命やるか?といったらそんな事全然無いと思います。
一生懸命やって北を刺激するとそれは上手く行かない。
盧武鉉政権が取っている宥和政策が上手く行かない、と言うような事でその包囲網の中で一番のアキレス腱は韓国なんですね。
中国はもちろん、中国も日本のような厳しい態度はもちろん取っておりませんけども、しかし韓国に比べればそれ程甘い態度は取っていない、言う事です。

しかしそう言いましてもですね。
2年後に北京がオリンピックを控えておりますから、そのオリンピック前に一番陸続きの朝鮮半島の北の方で混乱が起きては困るという、そういう状況に立ち至っています。
ですから中国側とすれば会うたびに援助を要求される、金を貸せ、いろいろな事を言われて、そうですね。
トウ(登におおざとつくり)小平政権が出来たのが1983年ですから、83年以来中国は「北朝鮮が生き延びるには改革開放以外に無いんだ」と言い続けてきても、ご案内のように改革開放の方向には政策を執っておりません。

従ってアメリカのマネーロンダリング、は広く言われているからご案内だと思うんですが、あれは偽ドルを承知でもって洗浄したのに協力したバンコ・デルタ・アジアと言う銀行に対して、アメリカ国内法、愛国法311条か何かを適用して来たんですね。
ちょっとこの数字の数は自信がありませんけど、これはどういうことか?と言うと、ああいう事に加担した銀行に対してはアメリカの銀行は取引をしないと言うことなんです。
それを適用したんです。

適用したアメリカの方も実は驚いているんですけど、世界中の銀行が北朝鮮の団体とか個人に下手に口座を設けるのを、北朝鮮と言うのは何をやるか分からん。
変な事をやったらとアメリカの銀行と全部取引駄目だぞと、停止だぞと、言う事がわかってから北朝鮮がですね。
口座を設けようとしても世界中の銀行が相手にしないと言う問題が発生して来たんです。
銀行が相手にしないと言うことは、取引の決済・貿易の決済が出来ないと言う事です。

そこで北は困りましてね。
現金で取って欲しいと言ったら、これ偽ドルを作ってる所ですから、現金なんか貰ったらそこに偽ドルが入っていたらどうにもならんから、(笑い声)それは困りますと言って誰も相手にしない。
後残された道はどういうことか?と言うと物々交換しかないんです。
と言うような状況に今立ち至っています。
日本の方もご案内のように去年の内閣改造以来、かつて無く現行法を使って今締め上げをやっているわけですね
というアメリカと日本の締め付けについて、我々の想像をはるかに越える大きなダメージを与えている。

先ほど私、もはやいつ崩壊してもおかしくないんだと言う趣旨の話をしましたが、私は次のように考えております。
今のまま、今の現状のままで北朝鮮の内部矛盾が起きてテロだとかクーデターが発生するとは考えておりません。
現状のままだったらそういう内部矛盾は起きないと思っております。
もう少し軍事的圧力、これは情けない話なんですけども、結局アメリカの力を借りなければならないんですが、軍事的圧力が強まった時に北朝鮮内部でどういう問題が起きるか?と言うと、北朝鮮の軍の中で「アメリカと闘うべきか、外交で解決すべきか」という問題が起きてくるんです。
必ず二つに意見が分かれる。
そのときに初めて内部矛盾が起きてくる。
従って軍事的圧力と言うのは必要不可欠な要因なんですね。

それはどういうことかと言うと今アメリカのイージス艦が、その時によってどうも違うようなんですけども、だいたい5隻前後朝鮮半島周辺に配備されております。
イージス艦と言うというと昔の軍隊で言えば巡洋艦ですから、これイージス艦一隻に約200発の巡航ミサイルが搭載されているんです。
5隻ってことは1000発です。
巡航ミサイルの射程距離は1300キロですから、東京湾から発射しても北朝鮮全域に届きます。
ご案内のようにあのミサイルは高度50メートルで飛ぶんですから、レーダーなんかには全くかからない。
殆ど100発100中ですね。
1000発の巡航ミサイルで北朝鮮の軍事施設は包囲されています。

しかしそれだけではなくてやっぱり目に見えて、第7艦隊の空母が入ってくる。
と言うような状況が作り出されたときに、金正日政権、北朝鮮内部における軍の矛盾が起きてくる。
どちらか二つに割れたときにどっちかの派が金正日を担ぐわけです。
担ぎそこなった反対派の方は全部粛清されますから、粛清されるんならばと言う事で初めて矛盾が起きてくる。

今の北朝鮮の状態でですね。
チャウシェスクが倒れた時のような、チャウシェスク自身が主催の集会を開いて、その集会の片隅から「馬鹿野郎!退陣しろ!」と言う声、そういう状況には全くありません。
そういう状況を作り出すためには、外からの情報がどんどんどんどんやっぱり入っていかないと、駄目なんですね。
仮に外から入って行ったにしても、一般の大衆が立ち上がって集会をやるとかデモをやるとか、そんな状況にはなってないんですね。

何でなってないか?と言うと、頭の中おかしいとかそういう事じゃなくて、お腹が空いておってはそりゃ人間自分の命を支える事を最優先しますから、物理的に難しいんです。
結局軍なんです、問題は。
そういうような状況に我々がどんどん追い詰めていく。
今その過程にある、と言うことです。

本当にアメリカが軍事的圧力をかけるのかどうか?と言うのは、そこは私自身は不透明で良く分からない。
しかしながら今のマネーロンダリングの締め上げ方を見ておりますと、それだけで留まってしまうと金正日は延命をしてしまう。
問題は抑止力の行使を使うかどうか?と言うところ。
今自身もアメリカがそこのところを本当にブッシュ政権はどう考えているのか?と言う事をよく聞いてないし、分かりません。
だけど流れは間違いなくその方向に行っていると言うことは間違いのない事で、外部からの情報の流入、これは東欧諸国・旧ソ連、これは全部外部からの情報によって動揺を来たして崩壊して行った。
言うことはこれは間違いの無い事です。

ですからこれから考えている、さっきここで結成された外からの情報を仕掛けた、脱北者が自らの体験を元にして、どのような情報を送り込む事がもっとも有効か?と言う意味では、この自由北朝鮮放送は非常に力を持つであろう。
言うふうに思っております。
ですからいつ倒れるんだ?と言う質問を良くされるんですけども、それは私に言わせると全然話が違うんだと。
いつ倒れるか?ではなくて、いつ倒すのか?という、こちら側のですね。
決意と言うか運動と言うか具体的な行動が伴わないと、やはり駄目なんですね。
放っておいて自然にあんな、言って見れば超独裁政権、超秘密警察が力を持っているところで、放っておいて自然に崩壊するなんてことはまず考えられない。

だから結局拉致(被害者)を奪還する、あるいは東アジアの平和と安定を考える。
あるいは核を持っている、ミサイルを持っている。
そういう政権をですね。
東アジアから無くして行かないと、我々の日本の安全などと言う物は全然守れないわけですから。
拉致の奪還と合わせてですね。
今あの政権をどのように私たちは対峙して、自国の我々の生活や平和を守っていくのか?
焦眉の課題になって来ていると私は思います。
そういう観点から言うと、安倍さん一生懸命やっているけれどちょっとまだぬるいよという感じは致しますよね。

しかしこういう問題は人質は向こうにいるんです。
金正日が握っているわけです。
それを握られておってこちら側が生きたまま奪還する戦いと言うのは非常に難しいんです。
言うほど簡単にですね。
ああやればいい、こうやればいいと言う様な事ではいかん訳で、最後の土壇場に行って全部自動小銃で撃たれたら元も子もないわけですから、そこを外交を含めて諜報を含めてお金を使ってどうするか?と言う事をですね。
本当に真剣に今考えていかなければいかん所だろうと、考えています。
ちょっと押しました、ごめんなさい。(拍手) 

2006年04月19日

06.4.12 金聖民自由北朝鮮放送代表 東京連続集会17(4)友愛会館にて

『金聖民(キム・ソンミン) 自由北朝鮮放送代表のお話 その1 通訳:西岡力氏』

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もう一度ご挨拶を申し上げます。
私は脱北者であります金聖民と申します。(拍手)

実は私は北朝鮮で16年間将校として軍に勤務しておりました。
そして脱北してきたんですがそのあと西岡先生に会ったり、あるいは脱北者を助けていらっしゃる加藤博(北朝鮮難民基金・事務局長)さんのような方にお会いして、自分が北朝鮮で軍隊にいたと言うことは悪い事をして来たんだなと。
自分のやってきたことは悪い事だったんだなと。
そしてまた、こんなにたくさんの被害者が拉致されて来たと言う事を知りまして、金正日と言う人間は本当に酷い事をたくさんやっているんだなぁと言う事を、改めて感じました。

それが私の率直な告白でありますけれども、それにも拘らず皆さん方は金正日を降伏させた人たちだと言うことです。

実は金正日が皆様方の力でですね。
拉致を認めたわけです。
その時私はまずこう感じたんです。
あいつは悪い奴だなぁと、ずるい奴だなと、酷い奴だなと。
と言うのは拉致を認めたときすぐに感じたのは、朝鮮総連の人たちが酷い目に遭うんじゃないか?
自分達が利用してきた朝鮮総連の人たちが酷い目に遭うにも拘らず、そんな事お構いなしで自分の都合ででっち上げたと言っていた物を認めてしまう。
そういうふうにまず感じたわけです。

その背景はお金が欲しかったとか、圧力があったとかいろんな話がありますけれども、とにかく金正日を皆さんは降伏させたのです。
そのことは多くの人たちに希望を与えたと思います。

また今回のですね。
横田めぐみさんと金英男さんが夫婦であったと言う事実が明らかになった。
具体的なことは私は聞いておりませんけども、皆さん方の粘り強い運動のひとつの成果だと思います。

これはですね。
人間の良心を大切にする日本人・韓国人ばかりでない世界中の人たちに貴重なメッセージを発したと思います。

金正日が拉致をしているということは皆知っているんです。
世の中の人は皆知っている。
しかしその金正日をどうやったら屈服させる事が出来るのか?降伏させる事が出来るのか?と言うことは分からなかったんです。

私は北朝鮮で生活してきましたから動物的な感覚で分かるんですが、今回も金正日は絶対に最後までしらばっくれると思います。

ですから同じ事で思い出すのはですね。
日本人の拉致被害者は皆死んで墓に埋められたけど墓は流れて無くなったと、しらばっくれた事があった事を思い出します。

私は良く覚えていないんですが、確か94年95年に黄海北道の麟山(リンサン)と言うところの墓が洪水で流れたと発表したと思うんですが、実は私は当時すぐその横で部隊で勤務していたんです。
そして洪水の被害があったのは当時は黄海北道ではなくて平安南道だったんです。

私は皆様方にご忠告申し上げたいんでありますが、北朝鮮は国家レベルで綿密に嘘をついてくる。
国家全体が動員されて嘘をついてくる。
それに対して民間のNGOの力で対抗するのは非常に難しいんです。

ところがその様な北朝鮮に対して皆さん方は勝ったんです。

金正日政権の事を不良政権だと言うふうな呼び方もされるわけですけども、核問題・麻薬そして偽札、もうできる限りの悪事をずっとやっているような政権を屈服させて、拉致被害者を取り戻して北朝鮮の住民を助ける為には何らかの突破口がなければならない。

今回のめぐみさんと金英男さんに関する報道に接して私はこんな事を考えました。
拉致問題は人権問題である。
この拉致問題と言う人権問題が金正日政権を屈服させるのに突破口になるのではないか?
その様に思ったわけです。

例えばですね。
北朝鮮の人権問題にこれっくらい知らん振りをしていた韓国政権が、今半分くらいはこの問題に関与し始めました。

4月22日から28日、ワシントンで行われる北朝鮮人権週間の行事の日程を見たところ、横田早紀江さんがワシントンに行かれてあちらの下院の公聴会で証言をされると言うふうに出ておりました。

そして我々脱北者の代表がアメリカ議会の上院の公聴会で証言をする事になっております。
そのことを契機としてアメリカの世論に人権と言う、人類の普遍的な価値観から北朝鮮問題を訴えれば、アメリカも大々的にこの問題に関与してくるんじゃないか?と。
その様な契機になるんじゃないかと思います。

金正日の事を悪だと呼んでおりますけども、悪の金正日から降伏を引き出す一番良い手段は人権問題だと、いうふうに元労働党の黄長ヨプ(火へんに華)先生は、前から提議していました。

その人権問題の核心には実は拉致問題がある。
日本人拉致問題・韓国人拉致問題があると私は思っています。

それで放送の話を申し上げたいんですが、この様にですね。
皆さんと心を合わせて北朝鮮と闘うために放送を始めて、皆さんがこの放送のための支援委員会を作ってくださった。
このような席に私を呼んで頂く事は大変嬉しい、反面ですね。
実はこのような支援委員会が韓国でソウルで出来ていれば、私はわざわざ東京まで来る事は無かったんじゃないかと若干複雑な思いもするわけです。

私達がこのような対北放送を始めようとした大きな理由は、実は韓国のテレビや新聞を通じて、政府が今までやっていた北朝鮮に対する放送を中止すると言う報道を見てですね。
それならば我々の力でもやらなければならないと、そういう意見が集まって始めたのです。

実はですね。
理解できないような北朝鮮の体制が維持されている最も重要な秘密は、実は情報統制です。

もしも私が脱北していなくてまだ北朝鮮にいて北朝鮮の軍の大尉だったとします。
そして我々の偉大なる指導者の金正日同志が、日本から13歳の子供を工作に使うために本当に拉致していたということを聞いたら、本当なのか?と。
本当なら酷いじゃないか?と、体制に対する反感までは行かないまでも疑いを持つようになると思います。


 
ところがその様な外部の情報を北朝鮮は100%、外からの情報を、テレビやラジオを通じて入ってくる電波の情報を遮断しているから、だから体制が維持出来ている。

ところが北朝鮮の内部に対して外部の情報提供をしていた韓国政府が、ある日突然それをやめると宣言したんです。

そこで私たち脱北者が知恵を集めてお金を集めて、2004年に最初のインターネット放送を始めたわけなんです。

今はですね。
随分私たちの放送も知られるようになり、また西岡先生も来て出演してくださったりしているんですが、しかし始めたころはどうして良いか分からなかった。

2004年に最初のインターネットを通じた実験放送を、2004年の2月16日金正日の誕生日に合わせて実験放送をしました。
そしたらそれが朝鮮日報と言う韓国の新聞を通じて報道されました。

そうしましたらですね。
その年の4月3日にあった南北会談で北朝鮮の代表が、まだ実験放送しかやっていない段階なのに「脱北者たちの放送を中断しろ」と言ってきた。

またですね。
その年の3月に金正日が指示文を出したんです。
後でその内容を日本のマスコミを通じて私たちは入手したんですが、それによると「祖国を裏切った黄長ヨプ脱北者たちがラジオ放送をやっている」と。
「それは人民の名前で許す事はできない」と。
「しかし我々が直接出て行くといろいろ問題があるので第三者を使って粉砕せよ」と、金正日の指示が2004年の3月に出たということを後で知りました。

5月18日にですね。
私たちはスタジオ全部設備を入れて準備をして本格的な放送を始めようとしていた段階で、家主が突然「出て行ってくれ」と言って来て、私たちは追い出されてしまった。
平壌でなくソウルで、北朝鮮(向け)の放送をしようと思ったら、2月に始めて5月には追い出されて行くところがなくなってしまう。
白昼ソウルで茫然自失して仲間たちと涙を流した事を覚えています。

皆さん方はご承知かもしれませんが、実は韓国には金正日の指示に従って動く団体が大変多いんです。

その代表的な団体の事務局長は、実はスパイ罪で捕まって実刑を受けて刑務所に入って出てきた前科を持っている人ですが、統一連帯と言う組織があるんです。
統一連帯と言う組織は、韓国の中の親北運動・反米運動に殆ど参加して指揮をしているような団体ですが、その統一連帯の人間が5月に30人、私たちの事務所の前に来て「ラジオ放送を中断せよ」という路上記者会見。

その時警察が間に入って止めたわけですけども、もしも間に警察が入らなければですね。
南の中で一番親北で一番極左のグループと、金正日を一番憎んでいる脱北者の我々一番右のグループが対峙していたわけですが、警察がもしも取り締まりをしなければ朝鮮戦争以上の乱闘劇になったんじゃないかと思われます。
そしてその中で実は私は救急車に乗せられて病院に運ばれました。

私たち脱北者は絶対に譲れない一線と言うのがあるわけです。
肉を食べないでお粥をすすってでも絶対にそれはやらなくちゃいけない。
それは北朝鮮にいる私たちの同胞に、今食べ物を与えるよりもまず自由を、民主主義の風を、情報を送りたい。
そのことについて私たちは何があっても絶対に譲ることは出来ないと思っております。

その後には韓総連と言う日本で言えば全学連みたいな学生運動の全国組織が200人、統一先鋒隊という過激な団体が奇襲デモで放送局を襲ってきたわけですが、その時我々の側は3人しかいなかった。

その時機動隊がバス2台動員されたんですが、それが無ければ私はここにはいられなかったでしょう。

しかし私はこのように生きております。
そして自由北朝鮮放送も今でも健在です。
私たちは誰がどのような事をして来ようと正しいと信じる道を歩んでいきたいと思っております。

私たちの放送局にかかってくる脅迫電話、これまでに数千件の脅迫電話がかかってきて、また脅迫メールは数える事が出来ないくらいたくさん来ております。
また、祖国統一戦線の北朝鮮のいろいろな組織の代理人談話とか、あるいは論評とかそういう物で我々を批判して、許す事は出来ないと、爆発するとか粉砕するとかそういう事をどんどん談話で出しております。

私たちは誇りと決意を持ってこの仕事をしているので、私が倒れても別の脱北者が出てきてこの旗を上げ続けるだろうと信じております。
そしてまた今日この様に同じ志を持つ家族会・救う会の皆さんに呼んでいただいて、このような集会で話す事が出来てより一層この戦いをやめるわけにはいかないと、堅い決意を固めた物であります。

私達が短波放送で引き続き電波を送り始めたときに、北朝鮮は大変強い妨害電波を出して来ております。
また私たちのインターネットサイトに対しては北朝鮮が中国政府に依頼したんでしょう。
中国政府は接触を遮断しています。

それに対して私は実は大きな表彰だと思っています。

また報告を差し上げてはいるんですが、4月20日からはですね。
北朝鮮が妨害電波を出していない新しい周波数で、かつ1時間に延長して放送します。
6月20日からはそれに加えて中波放送を始めて3つ(電波を)維持します。
北朝鮮がまた妨害電波を出してくればもっとやります。
最後まで戦い続ける覚悟ですし、また皆さん方が絶対に解決しなくてはいけないと思っている拉致問題についてもこの放送を通じて、小さなしかし確実な貢献をしたいし出来ると信じております。(拍手)

2006年04月15日

06.4.12 西岡力救う会副会長 東京連続集会17(3)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長のお話』

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今日の本来のテーマの、自由北朝鮮放送支援を通じてどのような形で拉致問題解決につなげていくかと言う事を話たいと思います。
先ほど記者会見のときに申し上げましたが、6時半からいらっしゃった方もいるので繰り返しになる方もいますがご説明させて頂きます。

この冊子を見ていただけますでしょうか?
(資料の内容はこちらを参照)
「ラジオ放送で北朝鮮幹部・住民に働きかけ」、「救う会に自由北朝鮮放送支援日本委員会を設立」と書いています。
下の黄色い所を見て頂きますと、自由北朝鮮放送と言うのは脱北者の方たち、ここにいらっしゃる金聖民代表が中心になって黄長ヨプ(火へんに華)さんと言う、北朝鮮の元書記の方が委員長でやってらっしゃる放送ですが、その放送が昨年の11月からいよいよ短波を始めました。
そしてこの4月には短波を二つにふやして6月には中波も、そして今30分なのを1時間にしようと言う事を、私たち分かりまして、それを支援する日本委員会を作ろうと決めました。
そして今日を持ってこの支援日本委員会を設立させて頂きます。

その目的はそこに書いてありますが、自由北朝鮮放送を通じて北朝鮮政権幹部に拉致被害者救出に対する日本人の不退転の決意を、被害者の救出情報の提供・保護に協力すれば褒賞を与える事を伝える。
ご承知の通り荒木代表がやってらっしゃる特定失踪者問題調査会の「しおかぜ」を言う放送を日本で独自にやっていらっしゃいます。
ですがこの自由北朝鮮放送は脱北者の方たちが北朝鮮内部に向けて外部の情報を入れて、北朝鮮の自由化を目指す放送です。
その中の一部の番組で拉致問題を取り上げていただく。

北朝鮮の人たち自身は拉致問題にはそれほど関心はないんですね。
拉致をしているということ自体も知らないと思います。
しかし、外部の情報を欲しい人たちはたくさんいるんです。
外部の情報を欲しい北朝鮮の幹部の人たちに、その外部の情報の番組の中で拉致問題が少しだけ取り上げられる。
夜中に隠れて聴く訳です。
聴いていることが分かると取調べを受けたり処罰をされると言う危険を冒してでも、夜中に聴くわけです。
今は深夜の12時から12時半までこのラジオをやってますけども、その番組の中で実は私が韓国に一月に一回行って、4回分録音しまして10分×4本を録音して、今は30分の中の一週間に一回10分、日本人拉致問題の時間を作って頂いてます。

今後はもうちょっと増やして頂く計画が金聖民代表から話が出る中で、そういうことを通じて拉致被害者本人に日本語で訴える被害者への情報と言うことではなくて、北朝鮮の住民や幹部の人たちが欲しい聴いている情報の中に、拉致問題の時間を入れてそしてここに書いてある、絶対に日本は被害者の救出を諦めない。
被害者救出がされない限り、日本から経済協力は行かない。
そういうことの学習力が強まる。
日本国民は諦めない、関心は低くなっていない、そして何よりも今いる被害者に危害を加えたら絶対に許さない。
こういう事が後で判明したらば最後まで追いかけて責任を追及する。
しかし今いる人たちを守ってくれれば後でそのことが分かった時には、日本としてそれなりの報償をすると。
そしてまた確実な情報を提供してくれれば報償をしたいと、いう事を幹部の人たちで金正日政権に疑問を持っていて夜遅く危険を冒して聴いている人たちに伝える。
いう事が第一の目的です。
 
第二の目的は自由北朝鮮放送そのものを支援する。
北朝鮮の中で独裁政権の下で人権が侵害されている人に正しい外部の情報を伝えて、来るべき北朝鮮の自由化の到来に備える。
北朝鮮の人たちも被害者であって、その人たちを助けるために脱北者の人たちは、実はあとで話がありますが金正日政権はこの放送局を4回爆破すると脅迫しているんです。
金代表には今警察の警護がついています。
テロに遭う危険が実際あると言われています。
そして韓国の中の左翼に金正日が命令をして放送を潰せと言ったので、左翼のデモ隊が来たり殴りかかられたり、実際そういうことを経験していても先に自由世界に出て来た者として、北朝鮮に残っている人たちにも自由化へ向けて戦いたいと言って、放送局を続けていらっしゃるわけです。

韓国政府の今の状況はそういう脱北者の人たちを支援するような雰囲気では率直な所無い訳です。
そういう中でソウルでこういう事をするというのは大変困難があるんですけども、でもやっている。
そして脱北者ですから北朝鮮の人たちが欲しい情報が分かるわけです。
どういう事が聴きたいのか?それを伝えると。
北朝鮮の人たちが今一番必要な情報をラジオを通じて、命懸けで伝えようとしている自由北朝鮮放送そのものを私たちも支えようじゃないかと。
日本人だけが帰ってくれば良いとは私たちはいつも言っていなかった。
全ての外国の、今日は実はタイでタイの被害者の救出運動をやっている海老原さんが、救う会のタイ連絡員をされているわけですが、来て下さっています。
後でちょっとご報告をしていただきますが、タイの被害者も助けなくちゃいけない。

そして実はテロをする政権と言うのは国内で人権弾圧をする政権なんです。
自国民の人権を考えない政権が外国に対してもテロをするんです。
そういう点では北朝鮮の住民の人たちと我々は同じ立場なんです。
金正日独裁政権の被害を受けている。
その人たちにも何とか自由の風を送りたいと言うふうに思って、我々は国民大集会でも「世界が力を合わせて救おう、拉致被害者をそして北朝鮮の住民を」というテーマを過去に掲げた事もありますけど、それを具体的に助ける事が出来るのが命懸けで韓国でやっているこの放送局を支える事だと。
そしてその放送局の中では実は拉致問題も取り上げて、拉致問題解決にも取り組んでくださっているわけですから、余計その放送局自体を我々がただ拉致問題解決に利用するのではなくて、この放送局自体も支えて一緒に金正日独裁政権と戦っていきたいという事で支援委員会を作りました。

実はアメリカでも同じような組織が出来ておりまして、アメリカでかなりのカンパが集まって短波放送が一つだったのが二つになる。
中波放送が出来るようになったのはアメリカのカンパのおかげが随分あるわけです。
アメリカは拉致被害者はいないんです。
でも教会などを中心に人権問題と言う事で金さんが何回もアメリカに行って被害について証言しているんですが、アメリカの中にも支援の声が出て来ている。
日本でも是非この放送を支える。
人権を大切にすると言う自由民主主義の立場に立った日本人の声を上げていきたいと思っております。

そしてまさに今北朝鮮情勢は風雲急を告げておりまして、アメリカの制裁や今回の非公式の6者協議のようなものなど、いろんな動きが出ておりますけども、金正日政権が追い詰められていることは間違いがありません。
そのことについては私がインタビューに答えた物をまとめた、「金正日を追い詰める時が来た」と書いた資料も配ってありますし時間があれば後で佐藤会長にもお話をしていただこうと思っておりますが。
そういう中で北朝鮮に・・・(聞き取れず)と言うことは大変意義に適っている事ではないかと思います。
今日はわざわざ自由北朝鮮放送の代表で、そしてもう一つ脱北者同志会と言う、今韓国に8000人くらい脱北者が来ているんですが、その中にいろいろ脱北者の団体がありまして一番大きな団体、脱北者同士会の会長をしています。
脱北者のいろいろな面倒を見ていますので、その立場から放送局のあり方・・・(聞き取れず)。

この放送局の名誉委員長は金泳三前大統領で、委員に康仁徳前統一部長官、李東○(複のへんを香に)全国会議員、趙甲済月刊朝鮮編集委員。
あるいは姜哲煥さん(「平壌の水槽」著者)、この間ブッシュ大統領と握手をした脱北者の方。
それから安明進さん、なんか皆加わっているんです委員に。
で、私は委員になっている。
その金聖民さん、わざわざこのために東京に来てくださいました。
そして明日は大阪に行って同じような集会をいたしますけども、金聖民さんから自由北朝鮮放送についての内容と、それから自由北朝鮮放送で何をしようとしているのか?
そしてもうひとつ脱北者の立場から拉致問題解決のために私たちは何をすれば良いのか?と言うようなことについてお話をしていただければと思います。

金聖民さんです。
拍手でお願いします。(拍手)

2006年04月14日

06.4.12 横田早紀江さん 東京連続集会17(2)友愛会館にて

『横田早紀江さんのお話』

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皆さんこんばんは。(「こんばんは」の声)

昨日ようやく金英男さんと言う方のDNAとヘギョンちゃんの、金英男さんのお母さんの血液とか粘膜とかからの、キム・ヘギョンさんとの血縁関係があるという事で、この人のお父さんはこの方だとハッキリと分かりました。

私たちはめぐみは13歳で拉致をされたと言う事事態が、他の方は成人でいらしたので、何で若い中学の一年生と言う子供を拉致するのかな?と、どういうことなんだろう?と本当に不思議に思っていたんですけども。
昨日の段階でやはり韓国の高校生の少年たちが、16歳くらいの若い歳で5人も拉致をされていたと言う事がハッキリと分かりまして。
その中のひとりがめぐみと結婚させられて、どんなためにそうしているのか分かりませんけど、北朝鮮は本当にいろんな事を暴力を持って拉致を繰り返しているのかな?と。
どういうふうにしてこういうふうにしてといろんな事を考えて、計画的にやっていたんだなぁという事を改めて思わされております。

本当にこの拉致問題と言うものがこんなにも難しく恐ろしいものだと言う事を、また改めて思わされております。
もう事実が行われてしまった、過去形になってしまった事をいくら悔いて悲しんでいても、元に戻るわけには行きませんけども。
こんなに悪い事が皆様方のご支援のお陰で、たくさんの方々と一緒に戦っていったお陰で、あちらの凄い悪い事を暴き出して来ているんだと言う事を、ハッキリと現れてきていますので、やはり一生懸命に救出のためにやってきた事が本当に良かったなと今思っております。
何とかして一日も早く、皆さんが元気な間に子どもたちを取り戻す事ができるように、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。(拍手)

06.4.12 横田滋さん 東京連続集会17(1)友愛会館にて

〜〜自由北韓放送の現状と日本委員会設立について 東京連続集会17より〜〜

『横田滋さんのお話』

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昨日の午後、外務省の梅田参事官から連絡がありまして。
韓国の5人の方のDNA鑑定をするために、拉致された高校生の、全員がお母さんがいるわけではありませんので、ほとんどの方はお母さん、一人の方はお父さん、それからきょうだいの方から血液とか口の中の粘膜などの提供を受けてDNA鑑定をやっていたわけです。
これは韓国の家族会の方の崔(成龍)さんと言う方が、北朝鮮側からの情報と言う事で、5人の拉致された高校生のうちの誰かひとりがめぐみの夫である、キム・チョルジュンさん同一ではないか?と言う事が言われたわけです。
それで我々も政府に対してその方のDNA鑑定が出来ないだろうか?と言うことをお話したら、考えておきましょうと言うことは仰っていました。

そしてテレビでDNA鑑定は、韓国の方の日本大使館の方と被害者(の家族)と一緒に行って採血している場面は見たわけですが、しかし日本政府からはその時DNA鑑定をやっているとか日本から係官が行ってるかどうか?とかについては、全然話はありませんでした。
ですから公式にはそんな事をやっているという話は全く聞いておりませんが、その時の情報では2月の中旬くらいにそういった資料の提供を受けたってことはテレビ等で報道されました。

それでキム・ヘギョンさんがめぐみの子供であると言うことを証明する為に、早紀江の血液とか姉弟である拓也・哲也の血液を採ってその結果が出るのは、母親だけ女の人だけに伝わってくるミトコンドリア法と言うのでは約2週間で、それ以外の鑑定方法3種類くらい、合計で言えば4つくらいの鑑定をしますけど。
その結果、ミトコンドリア法では2週間、それ以外の物をやるには3週間くらい時間がかかると説明がありました。
ですから仮に11日に採取したとしても2月中に(鑑定結果が)出るとは考えていませんでしたけど、3月に入りましたら当然(結果が)出てるんじゃないかと思いましたけども、政府はやってる事自体は必要ありませんでしたし。
かなり遅くなってから例えば記者会見で官房長官に対する質問があったり、我々も政府は・・・・(聞き取れず)の鑑定をしていた時に山中政務次官のところでお話を伺った時にも、早く公表すると仰ってましたけど、いつごろと言う話は全くありませんでした。

そして今月に入って韓国の中央日報ですか。
そこがいきなりその5人の中の金英男さんと言う人のお母さんのDANが、キム・ヘギョンとの共通点が多いと言うことが言われていましたので、そういった事が結果が出るだろうと想定はしておりました。

政府の方は官房長官の談話で11日以降に発表という事が出ておりましたし、安倍官房長官も同じ事で11日頃に発表すると仰ってましたし、マスコミの方はもっと前倒しに発表されるんじゃないか?と随分照会がありましたが、実際に出ましたのは昨日のお昼頃に一つだけ出たと言う事でもう一つの大阪医科大学の結果が出たら説明すると言う事で、3時半頃に2度目の電話を頂きまして、それで大阪の方も結果が出たという事で、5時からどこかで説明をすると。
調整室と場所を調整すると言う事で、後で調整室から5時に内閣府の方で説明すると言う事で連絡を頂きました。

今回はミトコンドリア法と言うのは使えませんので、核DNA法というのを使ったようです。
それは常染色体と性染色体の両方からやったと言う事で、そして同一人であると言う数字を出して、それを掛け合わせて%で表した物が50%であればどちらとも言えないと言うことでありますし。
それよりも大きければ、共通性が強いと言う結果になる、それが少なければ関係が無いと言う事でなるんだそうですが。
今回の神奈川歯科大学のケースでは99.5%、それから大阪医科大学の方では97.5%、極めて高い数字が出ましたんで、それは親子関係があるということは濃厚であると、実際は断定しても良いと思いますけども、こういった事が伝達されまして。
それ以外の方(の数字)は小さいということがありまして、片一方が99.いくつで、片一方は0.いくつと言う事で確率ですから、他の4人の方はその可能性が無くて、金英男さんであると言うことは99.5%、100%と同じくらい親子関係があることは間違いが無いと発表されました。
そのときは審議官は大まかな説明で、そのほかに課長補佐の方が実際大学に行って説明を受けた方がいて、その方から詳細な説明がありました。

そして鑑定書というのがありましたけど未定稿でありまして、完全に出来た物が後2〜3日かかるのでその段階で我々に鑑定書を頂いて、それから韓国政府にもそれを渡すと言う事です。
韓国政府はこれまでも噂はありましたけど、DNA鑑定をしていないと言う事で、韓国で鑑定をしてもキム・ヘギョンさんの資料がなければ照合が出来ないわけですから。
キム・ヘギョンさんの資料は小泉さんが最初に訪朝されました平成14年の9月に、日本の調査団が行った時に貰った資料がありますから、それを韓国政府に渡すと。

それからその鑑定結果については昨日外務省が韓国側にいる家族に連絡したわけなんですが、その前に韓国政府に対しては佐々江アジア太平洋局長から来日中のチョン・ヨンウ朝鮮半島平和交渉本部長に対して伝達しました。
これは時間は5時過ぎだと言う事です。
そして改めて韓国側の協力を要請して、そしてこれより前に北朝鮮側に佐々江局長から来日中の金桂寛外務次官ですか。
この方に対して今回の鑑定結果を踏まえて、拉致問題の解決について北朝鮮側が誠意ある対応をするべきだと改めて強調したそうです。
北朝鮮側にはキム・ヘギョンさんのDNAを提供すると言う事はしないで、事実関係を知らせると言う事だそうです。

これまで韓国政府は余り自国民の拉致被害者の救出と言う事を熱心でなかったと言われております。
これは韓国のケースですと、日本人の拉致と同じケースもありますけど、自由意思で行った方もかなりたくさんいて、その区別が付け難いということも言われていましたけど。
やはり北朝鮮側を刺激すると言うことは避けると言うのが主な部分だと思います。
しかし今回の場合は、日本の拉致と同じように高校生ですからもちろん自由意志で行ったわけではなくて、強制的に連れて行かれたわけです。
そしてめぐみと金英男さんがおそらく強制的に結婚させられたと思いますし、引き続き北朝鮮で拘束されているわけですから、人権も侵されておりますし。
ですから韓国の国内でもおそらく今回は今までのような冷たい世論と言うことではなくて、必ず自国民を救出しなければと言う世論が盛りあがるんじゃないか?と言うことは我々は大いに期待をしております。

それから今日の昼に金英男さんのお母さん、78歳の方がテレビに出ておられましたが、ヘギョンさんから見れば伯母さん、英男さんから見ればお姉さんに当たる人も出ておりましたんですが、お母さんも自分が生きている間に是非息子に会いたいと言っていましたし、お姉さんも日本の我々と手を携えて解決のために力を尽くしたいと仰っていました。
やはりこういった拉致された家族と言うことでの気持ちは誰も同じですし、その家族の方も同じ思いをしていると思いますので、今の韓国側の対応と言うのはどうなってるのか分かりませんので、もう少しはっきりしたら政府関係者とか救う会関係者と相談の上で韓国の方とお目にかかって、高齢のお母さんですから慰めてあげたいと思いますし。
それから我々が行って何かする事によって韓国の世論の盛り上げになるんであれば、韓国の救う会の方と家族会の方そういった人と連絡を取りながら、韓国政府に対しても訴えを起して、一日も早く親子の再会が実現するようにこれからも手を取り合ってやっていきたいと思います。

2006年04月01日

06.3.16横田早紀江さん 東京連続集会16(9)友愛会館にて

『横田早紀江さんのお話』

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みなさん、こんばんは。本当にありがとうございます。
今日はシーファーさんがわざわざ新潟の拉致現場、私たちと寄居中学校から、そこであって、それからずっとめぐみが帰ってきた道を通りまして、友達と別れたところ、曲がり角の、犬がきてそこでにおいが消えたところ、そして私たちのうちの前、そしてずっと海岸まで行って、そのときの様子とか、私たちの親の気持ち、いろんなことを話し合って、聞いていただくことが出来ました。

ほんとうにいつも思うんですけれども、あちらの方は、ご自分でも口に出してはっきりとおっしゃいましたけれど、「正義が悪に勝たなければならない。必ず悪に負けない。正義は必ず勝つという思いで、頑張らなければいけない」とはっきりとおっしゃいました。私たちはいつもそのことを思いながら頑張って参りますけれども。

今日は佐藤先生の(お話)に、あんまり毒気に当てられて、(笑い)なにか、あてられて呆然としてしまったようなところがありますが。

やはり、日本の政府の中に、本当に国のために立ち上がった人たちの中に、そういった金銭とか、私利私欲のために大切なことをないがしろにしていくというのが、当たり前になっていくというような思いの方がたくさんいらっしゃるんだなーということを、前から感づいておりましたけれど、今日のお話で、まだまだ、そういう方たちがあちこちにいらっしゃるんだということがわかりました。

本当にそう言うことを、今日の加納さんのように、ひとつひとつ、「これは、どうなんだ」ということをはっきりと証明されるようなことを、きちっと示して、何にも見えないような状態にバッと出して、明らかに現されていくようにということを、マスコミの方たちにもお願いして。

本当に今までそういうことをやってきたいろんな方がたくさんいると思いますけれど、北朝鮮に何度も行って、交渉してきた中にも何をしてきたかわからないような方がたくさんおりますから。よく(一部不明)見守っておりますが、その後亡くなっていない方もたくさんいらっしゃるわけで、そう言う方はいろんなことを知っているかもしれない。それをどうしたら出せるかということが、それがはっきりと国民の前で明らかにされないと、はっきりしたことが言えない。「それはもう、本当だな」と今日も聞きながら思いましたので。

どうしたらそれができるのかということを、私たち国民全部が考えて、本当に正しい方向に向かって。
「もう絶対の私たちも頑張ります」とおっしゃってくださって、シーファーさんは「本当にあらゆる協力をいたしますけれども、日本のこの拉致問題、私たちはできる限りの協力をします。けれどもこれは日本の国がやることです。」ということをはっきりとおっしゃったのが非常に印象深く残っております。

今日のお話で、本当にだいぶいろんな点で非常に今までと変わった。ずいぶんと前進してきているということを、感じておりますので、あとしばらく、金正日より(先に)倒れないように頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします。

・・・集会終了・・・

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。
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