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<title>話の花束</title>
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<description>どんなに平凡でも穏やかに静かに暮らせる幸せを守りたい　（拉致問題　集会テキスト掲載Blog）　</description>
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<title>NHKハイビジョン特集　「人間爆弾“桜花”」を視て</title>
<description>少し遅くなりましたが、表題の番組を視ての感想を、思いつくままに書き綴ります。私のマイミクさんが取材の協力をしていること。ここ数年、3月の神雷部隊戦友会の方と靖国参拝をご一緒させて頂いている関係で、私の知っているお顔が番組に出るであろうこともあり、親近感を持って番組を拝見させて頂きました。思った通り、番組に登場した証言者の内、3名は、私もお話を伺ったことのある方。中でも佐伯さんという元桜花隊員の方は、神雷部隊の靖国参拝の折、正義大叔父の訓練の様子を話して聞かせてくれた、大切な方..</description>
<dc:subject>特攻の叔父の話</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-11-08T23:56:31+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
少し遅くなりましたが、表題の番組を視ての感想を、思いつくままに書き綴ります。<br /><br />私のマイミクさんが取材の協力をしていること。<br />ここ数年、3月の神雷部隊戦友会の方と靖国参拝をご一緒させて頂いている関係で、私の知っているお顔が番組に出るであろうこともあり、親近感を持って番組を拝見させて頂きました。<br /><br /><br />思った通り、番組に登場した証言者の内、3名は、私もお話を伺ったことのある方。<br />中でも佐伯さんという元桜花隊員の方は、神雷部隊の靖国参拝の折、正義大叔父の訓練の様子を話して聞かせてくれた、大切な方です。<br /><br />叔父が神ノ池基地で桜花の降下訓練を受けた際、着陸に失敗して滑走路わきの松林に突っ込んだ。<br />けれどたいした怪我もなく、ケロリとした顔で訓練機を下りてきた・・・という証言を聞かせてくれたのは、佐伯氏です。<br />家族も知らない訓練の様子を、私は佐伯氏の言葉によって知りました。<br /><br /><br />証言の内容については、私にとって特に目新しいというものではありません。<br />今まで特攻の大叔父を追いかけて各地を訪ね歩き、または様々な資料を読み漁り、直接元隊員の方からお話を伺う機会を得てきた私にとっては、周知のことがほとんどでした。<br /><br />ただ、こうして改めて言葉にして語る様子に触れると、大叔父の最期の様子や心情はやはりこうであったかと、身につまされる場面は多々ありました。<br />特攻は一度出撃すれば二度と生きて鹿屋の基地には戻りません。<br />桜花特攻の場合、母機の一式陸攻の搭乗員は全部で7名、桜花隊員1名を加えると計8名が搭乗して出撃するわけです。<br />母機もろとも迎撃を受けたなら、出撃機の数×8名分、一度に人が消えていなくなる。<br />一度の出撃で百数十人の兵士がスッポリいなくなる、という証言は、改めて聞けば、特攻を送り出す基地の日常が如何に苛酷であったかを思わされます。<br /><br />そんな中、出撃命令を待つ隊員の思いはどうだったのでしょうね。<br />桜花隊員の宿舎は鹿屋基地最寄りの野里国民学校。<br />私もこの春、野里小学校跡を訪ねましたが、周囲を田んぼと畑に囲まれた、本当にのどかで静かな土地柄です。<br />出撃割が決まると、上官が、隊員が宿舎にしている教室の黒板にチョークで名前を書いていく。<br />その名前を見たとき、大叔父はどんな思いだったのでしょうか。<br />記録を読むと、出撃割の発表の際も、桜花隊員の面々は底抜けに明るかったのだそうです。<br />出撃する隊員は「一足先に靖国へ行っているぞ！」と言い、後に残る隊員は「後から俺も行く、靖国の社の奥に俺の席も一つ取っておいてくれ」などといった会話を交わしたそうです。<br /><br />ただ、そうはいっても特攻は非情な死には違いなく、昼間は底抜けに明るく振る舞ってはいても、夜寝る前になるとしくしくと泣く者、やけ酒を飲んで騒ぐ者などがいて、自分に出撃命令が下ったとき、果たして冷静にいられるだろうか？と心配した・・・と記録に書いた元桜花隊員の言葉もあります。<br /><br /><br />死を覚悟して志願したとはいえ、特攻隊員の心は日々揺れに揺れたことが、テレビに登場した証言者の言葉からもはっきりと読み取れます。<br />一度出撃すれば必ず死ぬ特別攻撃。<br />しかし十分な護衛もなく、無事敵艦まで辿りつける保障もない。<br />作戦としては愚策中の愚策、ということを分かった上で、それでも死の恐怖を振り切って出撃に至るには、よほどの悟りが無ければ往けるものではありません。<br /><br />これまでに何度か書いたように、特攻兵の最期の覚悟を決めさせた物、最終的に彼らの背中を押した物は、後に残る家族への思い以外にはないと思う。<br />正義叔父の場合は、私の母（叔父の戦死時、国民学校2年生）が叔父に宛てて書いたハガキを胸に抱いて出撃をしています。<br />まだ幼い甥や姪を護るため、両親や兄、姉を護るため・・・と思わねば、誰が生への未練を振り切って出撃できるというのでしょうか。<br /><br />番組には桜花の発進ボタンを押した方の証言も出てきます。<br />その瞬間、彼は眼をつぶり見ることは出来なかった、と証言しています。<br />いくら軍人でもあの瞬間は見られない・・・と。<br />その言葉・思いは、私の正義叔父の出撃ボタンを押した、故・室原知末氏の思いにも重なります。<br />室原氏は、大叔父の命日、5月4日が近付くと、発射ボタンを押したときの感覚がよみがえり、体中の血が逆流するような感覚に襲われたそうです。<br />毎年毎年、室原氏は大叔父の実家を守る家族に宛てて、墓前に供えて欲しいと長い手紙と供物を送りつづけました。<br />私が物心ついたころから、この手紙の存在は私も知っていて、母の実家の仏間にかかる大叔父の遺影と共に、特攻というものを身近にしてきました。<br />もちろん子供の私に特攻の何たるかが分かるはずもなく、特攻が余りにも非情な死であることを思い知るのは、まだまだ最近の話ではありますが。<br /><br />室原氏の手紙の内、何通かは私も読ませてもらったことがあります。<br />達筆でしたためられたその手紙は、出撃当時の状況やその際の自分の思いなどを、まるで便せんにぶつけるようにして書き記してあったことが今も印象に残ります。<br />室原氏もまた、特攻から生き残ってしまった苦しみを、生涯背負い続けた方でありました。<br /><br /><br />桜花を作った技術者が仰った、自分が桜花を作ったと胸を張って言えない、という言葉も胸に詰まりました。<br />戦時中とはいえ、上部からの命令に逆らえない立場であったとはいえ、はやり特攻専用機を作ってしまうという、その苛酷な現状に、人の心はそんなに簡単に苦悩を凌駕してはくれないのですよね。<br /><br />特攻機を作った人、出撃命令を出した人、発進ボタンを操作した人、そして特攻で死んだ人。<br />奇しくも生き延びて戦後命を長らえた人。<br />その誰もが、苦しみ悲しみの渦中に身を置いたのが、特攻です。<br />勝ち目の無い戦いに、戦果を出せないと分かっている出撃に、我が命を預ける。<br />死を覚悟するその崇高さと、稚拙な作戦行動の隙間を埋め、自分の死を意味あるものにする唯一の方法は、自分が愛する家族や友人知人のために、我が命を掛ける・・・ということであったのだろうと思います。<br /><br /><br />特攻の正義大叔父が、特攻に志願し、神雷部隊に配属されるその直前、私の母に書き送ったハガキの最後の一文には幼い子供でも読めるように片仮名書きで「オテガミチョウダイネ」の文字があります。<br />それに応えて、母はつたない文字をハガキに書き連ねて、叔父に送ったそうです。<br />特攻の大叔父の足跡を調べるため、あちらこちら訪ね歩き、今年は念願の鹿屋と沖縄に足を運んで、今強く胸に迫るのも、大叔父のハガキにある「オテガミチョウダイネ」の言葉なのです。<br /><br />どんな思いで、叔父はこの一行をしたためたのだろう？<br />どんな思いで、母からの返事を待ったのだろう？<br />訓練の日々、鹿屋に移動してから出撃までの日々、どんな気持ちで叔父は母のハガキを眺めたのだろう？<br /><br />そう思うと、私はとてもいたたまれない気持ちになります。<br />叔父の圧倒的な愛情の重さに、今も押しつぶされそうになる自分がいます。<br /><br />自分の命を差し出してでも、国を護る覚悟。<br />家族を護る覚悟。<br />その気概。<br /><br />理屈でなく、鬼気迫る彼らの心情が、後に残された家族の肩には圧し掛かります。<br />そして心ならずも生き延びてしまった元特攻隊員が、戦後の時代を苦しみや悲しみを胸の奥に抱えて生きてきたという事実も、忘れてはいけないと思っています。<br /><br /><br />念仏平和では国は護れない。<br />けれど、特攻の悲劇は繰り返してはならないと思っています。<br />人の犠牲を最小限に抑えた上で国を護るためには、トップの知恵や戦略が必要。<br />したたかな外交も必要。<br /><br />戦後の日本という国は、そういう賢い国であって欲しい・・・<br />靖国の社で、私の大叔父はそんな風に思ってはいないだろうか？と近頃考えている私なのです。<a name="more"></a>

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<title>笑って往く理由</title>
<description>昨日茨城県阿見町の予科練平和祈念館を訪ねてきました。http://www.town.ami.ibaraki.jp/yokaren/index.html先月30日には、NHKハイビジョンでの特集番組「人間爆弾桜花」の放送も視ました。それらの感想を書いて紹介するのが、本来の物の順序なのですが、それより先に書き記したいことがあるので順序の逆はお許しください。さて。自分の特攻の大叔父もそうでしたが、特攻で戦死された方の遺書を読むと、そのほとんどが「笑って往くからお父さんお母さん、どう..</description>
<dc:subject>特攻の叔父の話</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-11-07T17:10:46+09:00</dc:date>
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昨日茨城県阿見町の予科練平和祈念館を訪ねてきました。<br /><a href="http://www.town.ami.ibaraki.jp/yokaren/index.html" target="_blank">http://www.town.ami.ibaraki.jp/yokaren/index.html</a><br /><br />先月30日には、NHKハイビジョンでの特集番組「人間爆弾桜花」の放送も視ました。<br />それらの感想を書いて紹介するのが、本来の物の順序なのですが、それより先に書き記したいことがあるので順序の逆はお許しください。<br /><br /><br />さて。<br /><br />自分の特攻の大叔父もそうでしたが、特攻で戦死された方の遺書を読むと、そのほとんどが「笑って往くからお父さんお母さん、どうか悲しまないでください」とか、「笑顔で私の帰りを迎えて欲しい」などと書かれた物がほとんどであることに気がつきます。<br /><br />ちなみに、私の特攻の大叔父が両親にあてた遺書の全文は以下の通り。<br /><br />　　父母様<br />　　幾星霜今日迄愛し育て下された母様<br />　　何一つ孝を致さず何をもお詫びの申す言葉も有りません<br />　　今迄何度か家を訪問致し私の心を明けんと致しましたが<br />　　何か糸にでも引かれる思ひ致しそれも出来ませんでした<br />　　今に成って何も申し上げる事は有りません<br />　　十分御身体を強健にもたれ東洋平和をお待ちください<br />　　父母さまも私が搭乗員に成るをお許し下された以上<br />　　御覚悟は出来て居られた事と思ひます<br />　　私も覚悟は出来ました<br />　　我々が死んで皆様が幸福に成られたら何で惜しみませう<br />　　決して父母様には驚かれず私の帰りを笑って迎へてくださいませ<br />　　御身御自愛の程を<br /><br />　　昭和二十年<br />　　父母様　　　正義<br />　<br />　※旧仮名使いは現代表記に改めてあります。<br /><br /><br />非情なまでの死を前にして、何故彼らは笑って往くのか？往こうとしたのか？<br />実際の出撃の場面でも、特攻兵の多くは笑って特攻機に乗り、出撃していったと記されている資料がほとんどです。<br />特攻隊員への多くが「笑って往く理由」が、私には長いこと、どうしても理解できずにいました。<br /><br /><br />ちなみに、私の特攻の大叔父が、特攻機桜花に移乗するときの様子が、母機の一式陸攻搭乗員だった故・室原知末氏の手記に残されていますので、一部引用紹介させて頂きます。<br /><br /><br />・・・引用開始・・・<br /><br />　変針から五分経ったころ、石渡兵曹は子飛行機の「桜花」へ移乗する準備にかかった。まだ少し早いのでは？と思っていると、指揮官席を離れ操縦席の後ろへ来て、<br />「では、そろそろあちらへ移りますから、よろしくお願いします。お世話になりました。では往きます」と、言葉短に挨拶をかわした。私は石渡兵曹と、目標の位置はブザーで送るが、符号は打ち合わせどおり、左前方の時は「モ・イ」、右前方の時は「モ・タ」とし、「桜花」発信は「ク」の長音が終わった直後に発射装置の電鍵を押して母機から切り離すからと、再確認の打ち合わせを行った。石渡兵曹は、あらかじめ作戦指令のあったことであり、軽くうなずきながら私の言葉を聞いていたが、「了解」の合図をしてふたたび「では往きます」と、右手を挙げた。別れの挨拶であった。私は胸がつまった。飛長の私があわてて右手を挙げながら、石渡兵曹の顔が笑っているのにぶつかると、正視できないくらいの神々しい気迫に圧倒されるのをおぼえた。<br />「では往きます」といった言葉の響きは、三十数年を経た現在でも、私の耳底にしんしんと残っていて、いつでも当時の状況を再現することができる。ふつう、「行ってきます」という言葉に始まり、「ただ今帰りました」で終わるのが挨拶の言葉だが、この場合は永遠に帰ってくることのない出発であった。まさに生きている神か、仏陀のようにおごそかなものに私の目には映った。「がん張ってください」私はつぶやいたが、それは相手には聞こえない心の叫びであった。<br /><br />「天翔ける若鷲　予科練最前線の記録（読売新聞社刊）」より　<br />室原知末氏の手記「沖縄神雷特攻」の中から一部抜粋<br /><br />・・・引用終了・・・<br /><br /><br />私はこの春、大叔父ゆかりの地、鹿児島県鹿屋市と沖縄県の本部湾を訪ねて、直感的に思ったことがあります。<br />それは、特攻による死がこれ以上ない非業の死である以上、後に残る家族の心に、余計な重荷を背負わせたくはないという思いやり故だったのではないか？と。<br />死に直面しての苦しみ悲しみもすべて自分一人の胸に収め、「俺は喜んで死んで行くのだから、家族も喜んで俺の魂の帰りを待っていてくれ」という言葉だけを家族に伝える。<br />それは家族を思う愛情以外の他に理由はない、と。<br /><br />俺は笑って往く、だから家族には笑顔で自分を迎えて欲しい・・・<br />逆に言えば、そこまで真摯に思い込まなければとても出撃して往けないほど、特攻の死は非情で過酷な死なのだ・・・とも思う。<br /><br /><br /><br />昨日、私は茨城県阿見町にある予科練平和祈念館を訪ねてきました。<br />展示室の壁に記されたある予科練生の遺書の一文。<br /><br />「私はお母さんにカタミは遺しません。<br />カタミを遺すと十年後、二十年後もお母さんは私を思って泣くから」<br />（メモを取ったわけではないので多少の記憶違いがあるかもしれませんが）<br /><br />後に残る家族を思い、笑って往く若者が、ここにも一人いました。<br /><br /><br />予科練平和祈念館の最後の展示室は、特攻の映像が流れる部屋です。<br />その映像を見ながら、私は涙を抑えられませんでした。<br />死の恐怖を乗り越えて、家族への思いを募らせたが故に、彼らは笑って往ったこと。<br />その思いを、今を生きる私たちは、真摯に、そして命の重みを身を持って受け止めるべきと、改めて思っています。<br /><br />国を護るとは何ぞや？本当の平和とは何ぞや？と考えることを止めてしまうのは、犠牲になった多くの先人たちが後世へ託した思いに対しての冒涜である、とも言えるのではないでしょうか？<a name="more"></a>

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<title>森田健作千葉県知事と特定失踪者ご家族の面会実現</title>
<description>特定失踪者・古川了子さんのお姉さま、竹下珠路さん他、千葉県の特定失踪者ご家族が森田健作千葉県知事との面会をされました。 竹下さんは1週間前にお母様の朗子さんを亡くされたばかり。 悲しみにくれる暇も無く、妹の了子さん救出のため奔走しています。 国は、政治は、いつになったら動いてくれるのでしょうか？ 一刻も早い行動を願います。 ・・・・・・・・・・・・・・・ ★特定失踪者の家族ら　森田知事に問題解決訴え（10/11/03） http://www.youtube.com/watch..</description>
<dc:subject>拉致問題</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
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特定失踪者・古川了子さんのお姉さま、竹下珠路さん他、千葉県の特定失踪者ご家族が森田健作千葉県知事との面会をされました。 <br /><br />竹下さんは1週間前にお母様の朗子さんを亡くされたばかり。 <br />悲しみにくれる暇も無く、妹の了子さん救出のため奔走しています。 <br /><br />国は、政治は、いつになったら動いてくれるのでしょうか？ <br />一刻も早い行動を願います。 <br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・ <br /><br />★特定失踪者の家族ら　森田知事に問題解決訴え（10/11/03） <br /><br /><object width="640" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/n69GzWaAE50?fs=1&amp;hl=ja_JP"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/n69GzWaAE50?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="640" height="385"></embed></object><br /><br /><a href="http://www.youtube.com/watch?v=n69GzWaAE50" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=n69GzWaAE50</a><br /><br /><br /><br />★拉致疑い親族が知事と面会<br /><br />「北朝鮮を動かす力貸して」<br />　北朝鮮に拉致された可能性が指摘される県関係の特定失踪(しっそう)者５人の親族らが２日、県庁で森田知事と面会し、問題解決への協力を求めた。<br /><br />　１９７３年に失踪した市原市の古川了子さん（当時１８歳）の姉、竹下珠路(たまじ)さん（６６）が代表して、「知事をはじめ、千葉県中の人々が『主権侵害』を自分のことと考え、政府や北朝鮮を動かすための力を貸してほしい」との要望書を知事に手渡した。<br /><br />　知事は「日本国として国民の生命、財産を守ることは当たり前。絶対に負けないという気持ちを持って協力したい」と激励した。<br /><br />　古川さんの母・朗子さんは先月２５日に９４歳で亡くなった。竹下さんは「拉致は日本海側の問題と思っている人が多いが、千葉の問題でもあることを知ってほしい」と涙ぐんで話した。<br /><br />　１４日午後１時半から千葉市中央区の三井ガーデンホテル千葉で「一日も早く拉致被害者を救出する！国民大集会ｉｎ千葉」（内閣府、県など主催）が開かれる。<br /><br />（2010年11月3日  読売新聞）<br /><a href="http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/chiba/news/20101102-OYT8T01200.htm" target="_blank">http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/chiba/news/20101102-OYT8T01200.htm</a><br /><a name="more"></a>

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<title>[PR]注目のキーワード「バルーンフェスタ」</title>
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<title>特定失踪者・古川了子さんのお母様の告別式に参列してきました</title>
<description>今日私は、一般会葬者の一人として、故古川朗子さんの告別式の末席に参列させて頂いてまいりました。 朗子さんは大正5年のお生まれ。 「“私の名前は朗らかな子と書くのよ”と日頃から仰っていた通りに、母は明るく朗らかな性格で、周囲の人に愛され大切にされた人生であった」と喪主の珠路さんは告別式の最後でご挨拶になりました。 ９４歳、普通ならば大往生。 むろんこの度の朗子さんのご逝去も、大往生には違いないのですが、「最期の最期に心残りであったのは、了子のことだったろうと思います」と珠路さん..</description>
<dc:subject>拉致問題</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-10-28T21:29:42+09:00</dc:date>
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今日私は、一般会葬者の一人として、故古川朗子さんの告別式の末席に参列させて頂いてまいりました。 <br /><br /><br />朗子さんは大正5年のお生まれ。 <br />「“私の名前は朗らかな子と書くのよ”と日頃から仰っていた通りに、母は明るく朗らかな性格で、周囲の人に愛され大切にされた人生であった」と喪主の珠路さんは告別式の最後でご挨拶になりました。 <br /><br />９４歳、普通ならば大往生。 <br />むろんこの度の朗子さんのご逝去も、大往生には違いないのですが、「最期の最期に心残りであったのは、了子のことだったろうと思います」と珠路さんは続けてお話になりました。 <br /><br />また「母は声を大きくして了子の事を話す人ではなかった」と亡きお母様の人となりもご紹介になりました。 <br />了子さんとの再会を待ち望みながらも、朗子さんはあくまでも控えめに、 <br />晩年の日々を過ごされたとのこと。 <br /><br /><br /><br />でも、私は思います。 <br />どんなに控えめであっても、声高に救出を叫ばなかったとしても、親が我が子に会いたくないはずはないのです。 <br />他の誰よりも誰よりも誰よりも、朗子さんは娘の了子さんとの再会を待ち望んだはず。 <br />９４歳まで一日千秋の思いで命をつなぎながら、ついに愛娘との今生での再会を果たせないまま、最期を迎えてしまった・・・ <br /><br />これほどの不条理が他にあるでしょうか？ <br /><br />飛行機で飛べば半日で辿りつく北朝鮮にいるのに、子が親の死に目にも会えず、親の葬儀にも出られない。 <br />平和な日本で暮していれば誰でも当たり前に出来るはずのことが、当たり前にならない・・・ <br /><br />この哀しい現状が、私は悔しくて悔しくてなりません。 <br /><br /><br /><br />「朗子さんの魂は今、一足飛びに北朝鮮に渡って了子さんに寄り添い、日本で待っている人が大勢いるのだから、しっかり頑張るようにと了子を励ましているに違いないと思っています・・・」 <br /><br />と珠路さんは涙をこらえてお話になりました。 <br /><br />「生きているうちに母に会わせることは出来なかったけれど、元気で日本に連れ帰ってきて必ず母の墓に参らせたい、それが私の目標です」 <br /><br />とも。 <br /><br /><br /><br />拉致問題を解決するには、国が、政府が動かなければ、どうにもならないのです。 <br />一体いつになったら、国は政治は、本気を出して動いてくれるのか？ <br />行動をしてくれるのでしょうか？ <br /><br />待って待って待ち切れずに、あの世に旅立つ親御さんを、私たちはあと何人見送ればいいのでしょうか？ <br /><br />親が我が子に会いたいと願う・・・そんな普通の望みさえ叶えることも出来ないこの国は、いったいどういう国なのでしょうか？ <br /><br />隣人が人知れず流す無念の涙を、私たち一般の国民は、知らんふりをしていて良いのでしょうか？ <br /><br /><br /><br />朗子さんの安らかなお顔に手を合わせながら、もう一度、私は誓いを立てました。 <br /><br />お母様がお元気なうちに了子さんを取り戻せなくてごめんなさい、と。 <br />その代わり、私は、世論を動かし国を動かし政治を動かして、被害者を取り戻すために必要なものを追い求めて、微力ながら今後も支援活動を続けます。 <br />必ず了子さんを助け出して、お母さんの元に連れてきますから、それまでもうしばらく待って下さい、と。 <br /><br /><br /><br />故・古川朗子さんのご冥福を心よりお祈り致します。 <br />それと共に、必ず了子さんを救出してお母様の墓参りが出来るよう、今後も微力ながら力を尽くすことをお約束しますので、どうか安らかにお眠りください。<a name="more"></a>

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<title>ブルーリボン御礼</title>
<description>いよいよ、10.23集会が目の前に迫ってまいりました。 集会当日と事前の告知街頭に使うブルーリボンを募集したところ、複数のボランティアの方からご協力を頂き、心をこめてていねいに作られたリボンをたくさん送っていただきました。 お陰さまで配布用にパッケージしたリボンは、全部で２５００個という、予想以上の数を用意することが出来ました。 この場を借りて、ご協力いただいたボランティアの方に御礼を申し上げます。 10.22事前告知街頭ではこのうち1500個のリボンパッケージを、集会告知チ..</description>
<dc:subject>拉致問題</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-10-20T07:57:47+09:00</dc:date>
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<a href="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101020-1.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101020-1-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20101020-1.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/image/20101020-1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><a href="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101020-2.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101020-2-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20101020-2.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/image/20101020-2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><a href="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101020-3.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101020-3-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20101020-3.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/image/20101020-3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />いよいよ、10.23集会が目の前に迫ってまいりました。 <br />集会当日と事前の告知街頭に使うブルーリボンを募集したところ、複数のボランティアの方からご協力を頂き、心をこめてていねいに作られたリボンをたくさん送っていただきました。 <br />お陰さまで配布用にパッケージしたリボンは、全部で２５００個という、予想以上の数を用意することが出来ました。 <br />この場を借りて、ご協力いただいたボランティアの方に御礼を申し上げます。 <br /><br />10.22事前告知街頭ではこのうち1500個のリボンパッケージを、集会告知チラシと共に配布する予定にしています。 <br />拉致被害者を救いたいという願いのこもったリボンを、一人でも多くの方の手に届けるため、10.22告知街頭に参加してくださるボランティアも募集中です。 <br /><br />引き続きご協力をお願いいたします。<br /><br /><br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <br />『北朝鮮による拉致被害者救出のための集い』 <br />　　　　　　　　　　　告知のための街頭活動 <br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <br />10月23日都庁広場において開催される <br />『北朝鮮による拉致被害者救出のための集い』 <br />～拉致被害者・ <br />　特定失踪者問題調査会問題への理解と関心を～ <br />上記集会に多くの方に参集していただきたく、告知のための街頭活動を行います。 <br />これは、調査会、しおかぜネットワーク、参加団体の会議で決定され、東京ブルーリボンの会は新宿の運営の受け持ちとなったものです。 <br /><br />23日の集会に賛同のどなたでもご参加いただけます。 <br />初めてでも、お気軽にお越しください。 <br /><br />【日時】平成22年　10月22日（金）午後二時～四時 <br /><br />【場所】新宿駅西口広場付近 <br />（のぼりを目印にしてください） <br /><br />【行動】１０．２３の告知資料配布 <br /><br /><br /><br />◆ お手元にある拉致関連グッズ（ポスター、のぼりなど）お持ちください。 <br />◆ 拉致問題の解決を願う方、どなたでも参加できます。初めてでもお気軽にどうぞ！ <br /><br />■同日同時刻、渋谷でも街頭活動が行われます。 <br />ご都合の良いほうにご参加ください。 <br /><br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <br />北朝鮮による拉致被害者救出のための集い <br />～拉致被害者・ <br />特定失踪者問題調査会問題への理解と関心を～ <br />平成２２年１０月２３日（土）午後１時半～４時半 <br />　於：東京都庁　都民広場（オープンエアー） <br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <br /><br />【日時】平成２２年１０月２３日（土） <br />　　　　午後１時半～４時半 <br />　　　　展示開始午前10時 <br />【場所】東京都庁　都民広場（オープンエアー） <br />　ＪＲ　私鉄：新宿駅西口/地下鉄：東京都庁前 <br />【内容】特定失踪者家族の訴え・展示・ワークショップなど <br />【主催】東京都　特定失踪者問題調査会　東京都拉致議連 <br />【参加者】来賓／全国から特定失踪者ご家族<a name="more"></a>

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<title>[PR]注目のキーワード「千葉ロッテ日本一」</title>
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<title>靖国神社秋季例大祭当日祭</title>
<description>  昨日18日、実家の母のお伴で靖国神社秋季例大祭に参加して参りました。 18日は例大祭の初日、当日祭ということで、この日は皇室から勅使がつかわされ、本殿で拝礼をされます。 勅使1名と御幣物をささげ持った従者2名が宮司の先導により、本殿正面の階段より昇殿をされ、拝礼をされます。 その様子を拝見しながら、心の中によぎった感情は、皇室から勅使の方が来て下さって非常にありがたいと思うのと同時に、どうしてこの場に陛下ご本人がいらして頂けないのだろう？という寂しさでした。 靖国参拝は、..</description>
<dc:subject>特攻の叔父の話</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-10-19T09:08:43+09:00</dc:date>
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<a href="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101018-1.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101018-1-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20101018-1.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/image/20101018-1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><a href="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101018-2.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/image/20101018-2-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20101018-2.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/image/20101018-2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a>  <br /><br />昨日18日、実家の母のお伴で靖国神社秋季例大祭に参加して参りました。 <br />18日は例大祭の初日、当日祭ということで、この日は皇室から勅使がつかわされ、本殿で拝礼をされます。 <br />勅使1名と御幣物をささげ持った従者2名が宮司の先導により、本殿正面の階段より昇殿をされ、拝礼をされます。 <br />その様子を拝見しながら、心の中によぎった感情は、皇室から勅使の方が来て下さって非常にありがたいと思うのと同時に、どうしてこの場に陛下ご本人がいらして頂けないのだろう？という寂しさでした。 <br /><br />靖国参拝は、国のために命をささげた多くの英霊をお慰めする慰霊行為。 <br />そこに政治のあれやこれやを持ち込んで、陛下も総理大臣も公式参拝出来ないなんて、どこかおかしい。 <br />悔しさやら情けなさやら、様々な感情がない交ぜとなり、勅使参拝の間、私は涙が流れて止めることが出来ませんでした。 <br /><br />靖国参拝という慰霊行為を政治問題にすり替えた張本人は、かつての自民党。 <br />現民主党政権はそれに輪を掛けて、靖国をないがしろにしています。 <br />京極宮司は例大祭最後の挨拶の中で、今年の8月15日には一人の閣僚も参拝しなかったことに触れ、その一方で一般参拝者は昨年より一万人も多かったことをお話になりました。 <br />政治は腑抜けでも、多くの国民には良識と危機感がある。 <br />それが唯一の救いというか、希望であるのかもしれませんね。 <br /><br />死んだ人より生きてる人間の方が大事、とは中国の顔色を伺う人たちの常套句。 <br />死んだ人と生きてる人の間にある絆を断ち切ることは、つまりは現世を生きている人同士の絆も断ち切ることになりはしないか？ <br />現代日本ではびこる家族の崩壊や猟奇的殺人事件などの横行も、根源には死者との絆を安易に捨てて、利己主義に走った結果の表れ、という気もしてなりません。 <br /><br />多くの英霊は、「後は頼むぞ」という想いを遺して死んでいきました。 <br />命掛けの彼らの想いに背くことは、人として許される行為ではない、とも感じます。 <br />現世は過去の積み重ねの上にある。 <br />未来は現世の積み重ねの先にある。 <br />今を生きる私たちだけが、好き勝手に我が身の生を謳歌してもいいのでしょうかねぇ？ <br />そんなこともふと思った一日でもありました。 <br /><br /><br />例大祭には、遺族会会長の古賀誠氏、崇敬会会長の扇千景氏も参列。 <br />「たけしのTVタックル」というテレビ番組でおなじみの、三宅久之氏のお姿もお見かけいたしました。 <br /><br />晴天に恵まれ、例大祭初日はつつがなく終了。 <br />最後は、私たち一般の参加者も昇殿参拝をさせて頂き、帰り際には神社より一人一人に神饌を頂戴いたしました。 <br />遊就館の無料招待券も頂きましたので、有難く入場させてもらい、特攻の大叔父の遺影にも対面して来ました。 <br /><br />穏やかに厳かに一心に御霊をお慰めする、その空気の荘厳で清浄なことに感激をいたし、感謝をいたしました。 <br />身はまだ沖縄の海の底にあっても、魂は靖国の社におわす特攻の大叔父も、さぞかし心を慰められたことと思います。 <br />来年も元気でまた来るぞ！と張り切る母と共に、靖国を後にいたし、帰宅の途につきました。 <br />充実した良き一日であったと心より感謝申し上げております。 <br /><br />★写真上より <br /><br />昨日の神雷桜 <br />頂いた神饌（大きな月餅と例大祭式次第）<br /><a name="more"></a>

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<title>第二回拉致を動かすための院内集会より　国会議員の「しおかぜ」メッセージ</title>
<description>★有田芳生参議院議員の「しおかぜ」メッセージarita.mp3許すことのできない北朝鮮の犯罪行為、拉致によって、いまだ祖国日本に戻ることが叶わないみなさん。私は参議院議員の有田芳生です。いま日本は亜熱帯になったかと言われるほどの猛暑の夏がようやく終わり、秋の気配が漂ってきました。季節が移ろうように、みなさんもみなさんのご家族も１年１年と年齢を重ねています。しかしみなさんを何としてでも祖国日本へ取り戻さなければならないとの私たちの怒りと熱情は深まりこそすれ、衰えることはありませ..</description>
<dc:subject>拉致問題</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-10-03T14:40:05+09:00</dc:date>
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★有田芳生参議院議員の「しおかぜ」メッセージ<br /><br /><a href="http://piron326.up.seesaa.net/0401014yokotamegumi/20100929-1.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/0401014yokotamegumi/20100929-1-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20100929-1.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/0401014yokotamegumi/20100929-1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><div class="audio-link"><object classid="clsid:D27CDB6E-AE6D-11cf-96B8-444553540000"
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</div><br /><br />許すことのできない北朝鮮の犯罪行為、拉致によって、いまだ祖国日本に戻ることが叶わないみなさん。私は参議院議員の有田芳生です。いま日本は亜熱帯になったかと言われるほどの猛暑の夏がようやく終わり、秋の気配が漂ってきました。<br /><br />季節が移ろうように、みなさんもみなさんのご家族も１年１年と年齢を重ねています。しかしみなさんを何としてでも祖国日本へ取り戻さなければならないとの私たちの怒りと熱情は深まりこそすれ、衰えることはありません。<br />　<br />この政治課題は一度限りの人生の自由を取り戻すための崇高で普遍的な人権問題への取り組みであり、日本の国家主権への侵害との闘いでもあります。そこにおいて政治に携わる私たちの責任は重大です。<br />　　<br />みなさんを祖国日本に取り戻すためには強い政治と強い世論が必要です。私たちは議員それぞれに国家観の違いなどがあれども、みなさんが一刻も早くご家族のもとで暮らすことができるようにするために「小異を保留して大同に立ち」この重大問題解決のために全力を尽します。<br />　　<br />みなさん。決して諦めることなく、心の中で希望の灯をともし続けてください。ナチスによる強制収容所で暮らしたヴィクトール・フランクルは「どんな時も、人生には意味がある」と自らを励ましました。やがて待ち受けていたのは解放でした。遠くない日にみなさんがご家族と抱（いだ）きあう歓喜の瞬間がやってくることを信じつつ、そのために行動することをお約束いたします。<br /><br /><br />★小池百合子衆議院議員の「しおかぜ」メッセージ<br /><br /><a href="http://piron326.up.seesaa.net/0401014yokotamegumi/20100929-2.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/0401014yokotamegumi/20100929-2-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20100929-2.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/0401014yokotamegumi/20100929-2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><div class="audio-link"><object classid="clsid:D27CDB6E-AE6D-11cf-96B8-444553540000"
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</div><br /><br />皆さん、お元気ですか？私は自民党衆議院議員の小池百合子です。現在総務会長と言うお役を承っております。<br />皆さんの生活、北朝鮮の状況を考えると、本当に厳しいものだということは容易に想像がつきます。<br />そういう中において、新しい体制が今出来つつある北朝鮮。<br />それに対抗して、対してですね。きちっと言うべきことを言い、そしてまた実行する。<br />つまり皆さんの一日も早く救出が出来るような、という体制をですね。<br />日本がしっかりとキープをし、実行していきたいと思っております。<br /><br />今自民党は野党でありますけれども、しかしながら国家の安全保障、そして国民の皆さんの安全保障という点については一日の長があると、このように考えております。<br />政党がどこであれ一日も早く助けてよ、という皆さんの声をしっかり受け止めてですね。<br />また気持ちを受け止めて、そして日本を取り戻す。皆さんを取り戻す。<br />これは同じことだと思います。<br /><br />私、これからもですね。いかなる役職に就こうとも、その点についてはしっかりと活動、行動、そしてしっかりと物を申していきたいと思っております。共に頑張ってまいりましょう。お元気で。<a name="more"></a>

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<title>関心は失われていない</title>
<description>国民の拉致に対する関心は薄れた、と巷間言われて久しいです。でも、それは本当でしょうか？確かに、９．１７直後のような烈火のような怒りや悲しみの感情は、今は大衆の中には見て取れないかもしれません。けれど、被害者救済を訴えて街頭に立つ時、自ら歩みよって署名に応じてくださる方、リボンを受け取ってくださる方の様子を拝見して、拉致は決して風化はしていない、と私は確信しています。日々の生活に追われ、大衆の第一の関心は経済問題であったり、雇用や医療、年金の問題であったりするのかも知れません。..</description>
<dc:subject>拉致問題</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-09-18T08:19:11+09:00</dc:date>
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国民の拉致に対する関心は薄れた、と巷間言われて久しいです。<br />でも、それは本当でしょうか？<br /><br />確かに、９．１７直後のような烈火のような怒りや悲しみの感情は、今は大衆の中には見て取れないかもしれません。<br />けれど、被害者救済を訴えて街頭に立つ時、自ら歩みよって署名に応じてくださる方、リボンを受け取ってくださる方の様子を拝見して、拉致は決して風化はしていない、と私は確信しています。<br /><br />日々の生活に追われ、大衆の第一の関心は経済問題であったり、雇用や医療、年金の問題であったりするのかも知れません。<br />でも、人々の心の奥に、熾火のように拉致被害者に対する関心は、熱く燃えている・・・それが日本人の本当の心だと、私は確信します。<br /><br />「親御さんが可哀そうで見ていられない」「拉致されたのが我が子だったらと思うと耐えられない」等々。<br />街頭で聞く言葉はそれぞれです。<br />天下国家を論じる声から政治の無力を嘆く声、家族に対する同情。<br />もちろん、中には「署名なんかやったって被害者を救えるのか？もう被害者は死んでるよ！」と吐き捨てるようにして通り過ぎる方もいらっしゃいます。<br />確かにこれだけ解決が長引けば、諦めることでこの問題を忘れようと思う方がいても不思議ではありません。<br /><br />それでも、街頭に立って一つだけ、間違いなく確信できることがあります。<br /><br /><br />それは人により多少の温度差はあれ、「多くの日本人は拉致問題に対する関心を失っていない」ということ。<br /><br /><br />この度の内閣改造では、拉致問題に非常に関心の薄い担当大臣が就任した模様。<br />そもそも内閣のトップが、拉致に対して全く関心の無い？と思える菅直人総理ですから、推して知るべし、なのかもしれませんが。<br /><br />拉致問題の解決は世代をつないでやるものではありません。<br />被害者の命にも、家族の命にも限りはあります。<br />私たちはそんなには、待てない。<br /><br /><br />どんな状況であれ、国を動かすのは世論の声です。<br />一刻も早く助けよう！！という世論のうねりを、今こそ国に示さねば、拉致問題はいつまで経っても解決の兆しさえ見えません。<br /><br />あらゆる方法を試みて、国を動かす。<br />署名、写真展、リボンの配布、家族愛の配布などなど。<br /><br />ひとりでも多くの方が、拉致被害者を救いたいという心からの願いを素直に表わせるような、そんな運動が展開できたら・・・と願ってやみません。<br />家族の悲しみを、被害者の苦しみを・・・もうこれ以上長引かせてはいけないのですから。<a name="more"></a>

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<title>第二回院内集会のお知らせ</title>
<description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 第二回拉致を動かすための院内集会のおしらせ　平成22年9月29日（水） ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 日本の政治の中枢で、拉致問題解決へむけて、討議します。 ２００２年９月１７日から、もう８年、待ち続けている被害者を救い出すために、 それぞれの立場での行動を促す集会にしたいと思います。ぜひ、ご参加ください。 ■日時：平成２２年　９月２９日（水）　　午後２時～４時半 ■場所：衆..</description>
<dc:subject>ご挨拶＆お知らせ</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-09-08T11:09:31+09:00</dc:date>
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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <br />第二回拉致を動かすための院内集会のおしらせ　平成22年9月29日（水） <br />━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <br /><br />日本の政治の中枢で、拉致問題解決へむけて、討議します。 <br />２００２年９月１７日から、もう８年、待ち続けている被害者を救い出すために、 <br />それぞれの立場での行動を促す集会にしたいと思います。ぜひ、ご参加ください。 <br /><br />■日時：平成２２年　９月２９日（水）　　午後２時～４時半 <br />■場所：衆議院第二議員会館　第一会議室 <br />■一般参加者：６０名　完全予約制 <br />■講師　横田滋・早紀江ご夫妻 村尾建兒氏（特定失踪者問題調査会・しおかぜ担当） <br />■連絡先：メールblue-jewel-7@mail.goo.ne.jp　携帯090-5215-7752（河村） <br />■主催：東京ブルーリボンの会 <br />■協力：山谷えり子事務所　松原仁事務所　 <br />　長尾たかし事務所　衛藤晟一事務所・有田芳生事務所 <br /><br />■第一部　講　演　横田夫妻/村尾建兒氏 <br />■第二部　意見交換 <br />■第三部　しおかぜ録音 <br />　　国会議員のみなさんにしおかぜのメッセージを録音していただきます。 <br /><br />尚、準備段階で講師、内容に多少変更がある場合もございますので、あらかじめご理解ください。 <br /><br />■申し込み方法：上記連絡先に問い合せの上、予約してください。 <br />申し込み多数の場合、お断りする場合もありますので、ご了承ください。 <br /><a name="more"></a>

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<title>ブルーリボンを募集します</title>
<description>すでにご存じの方も多いと思いますが、来る１０月２３日（土曜日）に、都庁の都民広場で　 北朝鮮による拉致被害者救出のための集い ～拉致被害者・特定失踪者問題調査会問題への理解と関心を～ 　平成２２年１０月２３日（土）午後１時半～４時半 　　　　於：東京都庁　都民広場（オープンエアー） が開催されます。 このイベントを盛り上げるため、東京ブルーリボンの会も微力ながらお手伝いをすることになりました。 そこで、ここをご覧の皆さんにお願いです。 イベント当日には、会場にお集まりいただい..</description>
<dc:subject>ご挨拶＆お知らせ</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-09-03T21:47:03+09:00</dc:date>
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すでにご存じの方も多いと思いますが、来る１０月２３日（土曜日）に、都庁の都民広場で　 <br /><br />北朝鮮による拉致被害者救出のための集い <br />～拉致被害者・特定失踪者問題調査会問題への理解と関心を～ <br />　平成２２年１０月２３日（土）午後１時半～４時半 <br />　　　　於：東京都庁　都民広場（オープンエアー） <br /><br />が開催されます。 <br />このイベントを盛り上げるため、東京ブルーリボンの会も微力ながらお手伝いをすることになりました。 <br /><br /><br />そこで、ここをご覧の皆さんにお願いです。 <br />イベント当日には、会場にお集まりいただいた聴衆の皆さんにリボンをお配りして、救出を願う心と心を一人でも多くつなぐことが出来ればと、考えております。 <br />それからイベント開催前には、このイベントを広く告知するための街頭活動も計画しています。 <br />その際に配布するブルーリボンを、どうかご提供いただけないでしょうか？ <br /><br /><br />イベント当日まではまだ１ヶ月半ほどあります。 <br />多くの特定失踪者ご家族が、救出を訴えて必死の思いで行うこのイベントを、リボンと言う形で側面から応援していただける方を、一人でも多く募集したいと思っております。 <br /><br />リボン製作にご協力いただける方がいらっしゃいましたら、東京ブルーリボンの会までどうかご一報をお願い申し上げます。 <br /><br /><br />★東京ブルーリボンの会連絡先　　blue-jewel-7@mail.goo.ne.jp <br /><a name="more"></a>

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<title>終戦６５年目の靖国神社へ行く</title>
<description>戦後６５年目の今年、昨日１８日、初めて夏の靖国を訪ねてきました。 ホントは１５日の終戦記念日に行くか行くまいか、当日の朝まで迷ったのですが、猛暑の中人ごみに耐える自信がなく？昨日に順延。 今年は鹿屋と本部を訪ねたこともあり、節目の年に叔父さんに会いに行きたかったので・・・ 拝殿前、心に浮かぶ言葉はただひとつ。 「どうか安らかに・・・」 靖国神社に参拝する時、家内安全だとか健康祈願だとか願い事をするのは、申し訳ないような気がしてしまいます。 拝殿前に立つと、世俗の雑念はどこかに..</description>
<dc:subject>特攻の叔父の話</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-08-19T17:17:19+09:00</dc:date>
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<a href="http://piron326.up.seesaa.net/image/20100818-1.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/image/20100818-1-thumbnail2.jpg" width="150" height="112" border="0" align="" alt="20100818-1.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/image/20100818-1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><a href="http://piron326.up.seesaa.net/0401014yokotamegumi/20100818-2.jpg" target="_blank"><img src="http://piron326.up.seesaa.net/0401014yokotamegumi/20100818-2-thumbnail2.jpg" width="112" height="150" border="0" align="" alt="20100818-2.jpg" onclick="location.href = 'http://piron326.seesaa.net/upload/detail/0401014yokotamegumi/20100818-2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />戦後６５年目の今年、昨日１８日、初めて夏の靖国を訪ねてきました。 <br />ホントは１５日の終戦記念日に行くか行くまいか、当日の朝まで迷ったのですが、猛暑の中人ごみに耐える自信がなく？昨日に順延。 <br /><br />今年は鹿屋と本部を訪ねたこともあり、節目の年に叔父さんに会いに行きたかったので・・・ <br /><br /><br /><br />拝殿前、心に浮かぶ言葉はただひとつ。 <br /><br />「どうか安らかに・・・」 <br /><br /><br />靖国神社に参拝する時、家内安全だとか健康祈願だとか願い事をするのは、申し訳ないような気がしてしまいます。 <br />拝殿前に立つと、世俗の雑念はどこかに消えてしまいます。 <br /><br />神雷桜は、今年の猛暑でいくらか暑さ負けしていたような・・・ <br />大きく太った幹に触れると、戦後６５年の年月の重みと６５年前の暑い夏を感じます。 <br /><br /><br />参拝の後、遊就館で改めて桜花のレプリカをじっくりと見てきました。 <br />鹿屋の基地を飛び立って、東シナ海海上をおよそ３時間かけて飛び、沖縄本島西側より本部湾めがけて特攻したその姿が、まぶたの裏にリアルに浮かぶような気がして、心が締め付けられるような思いがしました。 <br /><br />桜花に乗り移って発進大破するまでのわずかな時間、あなたは何を思って逝ったのでしょう？ <br /><br /><br /><br />それから、もしもお時間のある方がいらっしゃいましたら、こちらのサイトで紹介されている画像をどうぞご覧ください。 <br />遊就館内の、桜花特攻のジオラマ展示ブース横で流されている映像と同じものです。 <br />元神雷部隊の鈴木氏が、特攻について貴重な証言をされています。 <br /><br /><a href="http://morinoske.com/" target="_blank">http://morinoske.com/</a><a name="more"></a>

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<title>なぜ、誰も特攻を止められなかったのだろう？</title>
<description>最近、「永遠の０（ゼロ）：百田尚樹著・講談社文庫」という一冊の本を読破しました。それを読んでの感想を、今日は少し書き綴りたいと思います。ネタばれになると困るので、内容についての詳細は省きます。大雑把に説明すると、26歳の一人の青年が、沖縄特攻で戦死した祖父の生前の生き様を求めて、全国各地の戦友を訪ね歩く、という内容の小説です。改めて言うまでもなく、私の肉親にも沖縄特攻で戦死した大叔父がおり、彼の生前の足跡を辿って、つい先日鹿児島県鹿屋市と沖縄県本部湾を訪ねてきたばかりの私には..</description>
<dc:subject>特攻の叔父の話</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-08-14T09:10:59+09:00</dc:date>
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最近、「永遠の０（ゼロ）：百田尚樹著・講談社文庫」という一冊の本を読破しました。<br />それを読んでの感想を、今日は少し書き綴りたいと思います。<br /><br />ネタばれになると困るので、内容についての詳細は省きます。<br />大雑把に説明すると、26歳の一人の青年が、沖縄特攻で戦死した祖父の生前の生き様を求めて、全国各地の戦友を訪ね歩く、という内容の小説です。<br /><br />改めて言うまでもなく、私の肉親にも沖縄特攻で戦死した大叔父がおり、彼の生前の足跡を辿って、つい先日鹿児島県鹿屋市と沖縄県本部湾を訪ねてきたばかりの私には、小説の設定に親近感を持ちました。<br />小説の形はとっていますが、その内容は、実際の特攻の現状に極めて限りなく肉薄するものと思います。<br />関心のある方は一度ご一読頂くとして、私が特に興味を引かれたのは、小説の第９章「カミカゼアタック」に出てくる、元海軍中尉の武田という老人が、主人公の健太郎に語る証言の部分です。<br />その中から、特に、私の心を惹きつけて止まない一文を、ここに引用してご紹介をさせてください。<br /><br /><br />・・・引用開始・・・<br /><br />「特攻の父」と言われる大西瀧治郎中将は終戦の日に切腹して死んだ。この死を「責任を取って死んだ」立派な死と受け取る者も少なくないが、私は少しも立派とは思わない。多くの前途ある若者の命を奪っておいて、老人一人が自殺したくらいで責任が取れるのか。<br />　百歩譲って、レイテの戦いでは、やむをえない決死の作戦であったのかもしれない。しかし沖縄戦以降の特攻はまるで無意味だった。死ぬ勇気があるなら、なぜ「自分の命と引き換えても、特攻に反対する」と言って腹を切らなかったのだ。<br /><br />・・・引用終了・・・<br /><br /><br /><br />この言葉を読んで、私ははっとしました。<br />長年、心の中でもやもやした思いを抱えつつ、上手く言葉に出来なかった私の率直な感情。<br />それがこの一文には見事に表現しつくされている、と強く感じたからです。<br /><br /><br /><br />特攻は外道の統率、とは巷間良く言われる言葉。<br />そして、私がここで改めて説明するまでもなく、特攻隊員に選抜された若者の多くは優秀な人材でした。<br />生きていれば、日本の発展のためにどんなに役に立ったかわからない人たちでした。<br />その未来ある優れた若者を、勝ち目の無い絶望的な特攻作戦の渦中に、虫けら同然に投入して死なせた責任は、一体誰が取ってくれたというのだろう？？？<br />それが大叔父の足跡を追う一方で、いつも感じる素朴な感情でした。<br /><br /><br />特攻の責任問題を語る時、大西瀧治郎中将の割腹自殺の話は、必ずと言っていいほど出てきます。<br />特攻に少しでも関心なり知識なりをお持ちの方で、大西瀧治郎中将の名前とその壮絶な最期を知らない方はいないでしょう。<br />戦争中「君たちだけを往かせはしない、俺も必ず後を追う」と言いながら、その言葉と裏腹に姑息に戦後を生き延びた人もいる中、自ら自決した大西中将。<br />部下の介錯を拒み、数時間も七転八倒の末に絶命した・・・壮絶な最期を遂げた、大西中将の死は軍人として天晴れだと。<br /><br /><br />確かにそういう見方も出来ると思いますし、そういった類の意見に異を唱えるつもりは私にはありません。<br />大西中将は終戦の日、彼なりに責任を取って自決したという、その心情は私も理解します。<br />ただ現実問題として、特攻でリアルに肉親を失った遺族の立場から見れば、何か釈然としないもやもやした感情が、ずっと私の心の奥底でうごめいていたのも、また事実です。<br /><br /><br /><br />大西中将が如何に壮絶な最期を遂げようと、特攻で死んだ多くの若者の命は一人も返ってこない。<br /><br /><br /><br />それは、遺族としての偽らざる率直な思いです。<br />特攻そのものが無謀な作戦と分かっていたなら、終戦後に腹を切るのではなく、戦争中に命を掛けて、特攻作戦を止めてはくれなかったのか？<br />それは何も大西中将でなくても構わない。<br />誰か一人でも、特攻作戦を強行しようとする上層部に対し、自らの体を張ってでも特攻作戦を阻止してくれる人がいたなら、三千人とも四千人ともいわれる多くの特攻隊員の命は、あるいは救われたかもしれない。<br /><br />そう思ってはいけないでしょうか？<br /><br /><br /><br />本当に国を憂えるならば、責任ある立場にいた人たちは、日本の未来を担うはずの多くの優秀な若者の命を、どうにかして生かす策を講じて欲しかった・・・とも思うのです。<br />歴史にif、もしも、という仮定の話をしても仕方がありません。<br />あの戦争の時代を必死に生きた人たちに、そこまでの覚悟を求めるのは筋違いかもしれない。<br />私の戯言は、所詮は戦後生まれの平和ボケの極みかもしれません。<br /><br />でも。<br /><br />歴史の教訓に学ばなければ、人は同じ過ちを繰り返す。<br />なぜ誰も、この無謀な特攻作戦を止められなかったのか。<br />多くの優秀な若者を無意味に死なせてしまったのか。<br /><br />・・・という本当の意味での反省を今こそしなくては、多くの特攻隊員の死はいつまでも報われない・・・とも思うのです。<br /><br /><br /><br />特攻は愚策中の愚策。<br />決して繰り返してはいけない歴史の悲劇、です。<br />その悲劇を繰り返さないためにも、大西中将の割腹自殺を美談として感じ入った所で思考を止めてはいけないのではないでしょうか。<br />四千人もの若者を死なせた後で、後追いで一人腹を切った所で、正直どうにもならない。<br />それが桜花特攻での大叔父の壮絶な死の重みを両肩に背負っている、肉親としての私の率直な感情です。<br /><br /><br />命を捨てる覚悟が大西中将にあったのならば、死んで責任を取る覚悟があったのならば・・・<br />多くの前途ある若者の命を救うために、終戦後ではなく特攻作戦を開始する前に、特攻実施を強硬に唱える上層部と例え刺し違えてでも、無謀なこの作戦を阻止して欲しかった・・・<br /><br />・・・と言ったら、言い過ぎでしょうか？<br /><br /><br /><br />私の特攻の大叔父は、自分の運命をどう受け入れ、十死零生の特攻作戦の渦中にどう身を置いていたのか？<br />出撃の地・鹿屋を訪ね、終焉の地・本部を訪ね、いまだ一片の骨すら故郷に帰れないまま、本部湾の底に沈んている叔父の肉体を目の前にして、どうしてだれ一人として、このあまりにも不条理な作戦を止められなかったのか？と思わずにはいられないのです。<br /><br /><br />予科練の試験を一番で通ったほど、優秀だったという正義大叔父。<br />その彼を虫けら同様に死に追いやり、その作戦遂行の責任を誰も取らないとしたら、遺族としてはとても納得できるものではありません。<br />大西中将が如何に壮絶な自決を遂げようとも、特攻という余りにも残酷な死に直面せざるを得なかった若者の無念と、後に残る遺族の悲しみは、どんなに年月が過ぎようともそう簡単に消えるものではない、と私は感じております。<a name="more"></a>

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<title>第３２回川口たたら祭り街頭活動のおしらせ</title>
<description>埼玉県川口市で開催される市民祭り「第32回たたら祭り」の会場内で、拉致問題を考える川口の会の皆さんが街頭署名活動を行います。田口八重子さんのご家族をはじめ、特定失踪者のご家族も多数参加して、拉致問題の一刻も早い解決を解決を訴えるための街頭です。川口の会の特定失踪者ご家族の中には70歳を超えた高齢の方もいらっしゃいます。この猛暑の中であっても、わが子・きょうだいの救出を訴えて行動する川口の会の署名活動に、是非ご協力をお願いできればと思います。今年の街頭こそが、最後のたたら祭り街..</description>
<dc:subject>ご挨拶＆お知らせ</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-08-05T10:34:27+09:00</dc:date>
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埼玉県川口市で開催される市民祭り「第32回たたら祭り」の会場内で、拉致問題を考える川口の会の皆さんが街頭署名活動を行います。<br />田口八重子さんのご家族をはじめ、特定失踪者のご家族も多数参加して、拉致問題の一刻も早い解決を解決を訴えるための街頭です。<br /><br />川口の会の特定失踪者ご家族の中には70歳を超えた高齢の方もいらっしゃいます。<br />この猛暑の中であっても、わが子・きょうだいの救出を訴えて行動する川口の会の署名活動に、是非ご協力をお願いできればと思います。<br />今年の街頭こそが、最後のたたら祭り街頭活動となることを、心より祈ってやみません。<br /><br /><br />記<br /><br />第32回川口たたら祭り　街頭署名活動<br /><br />主催：拉致問題を考える川口の会<br />日時：8月7日（土）、8日（日）の両日、１０：００～１６：００までの６時間<br />場所：川口オートレース場内、西門近くの広場<br />交通：JR川口駅・JR西川口駅・JR東川口駅・JR蕨駅・安行支所より無料バス運行<br />　　　　※無料バスのダイヤ等、詳細は公式HPをご参照ください<br /><br />第３２回川口たたら祭り公式HPは↓こちら<br /><a href="http://www.tatara-matsuri.com/" target="_blank">http://www.tatara-matsuri.com/</a><a name="more"></a>

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<title>金賢姫来日</title>
<description>鳩山氏の別荘滞在や富士山遊覧飛行がいいかどうかは別として、彼女が来日するならば、警備の都合上特別待遇にならざるを得ないのはある程度仕方の無いこと。 大韓航空機爆破事件の実行犯である彼女の命を、今も北朝鮮が狙っていない・・・という保証はどこにも、ない。 万が一日本滞在中に金賢姫が殺されるようなことがあったら、どうするんだろう？ それこそ日本の恥さらし。 警備を含めて、金賢姫の待遇が特別にならざるを得ないのは、やむを得ないと、私は思うけれども・・・ 金賢姫と家族が面会しても得られ..</description>
<dc:subject>拉致問題</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-07-22T12:47:53+09:00</dc:date>
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鳩山氏の別荘滞在や富士山遊覧飛行がいいかどうかは別として、彼女が来日するならば、警備の都合上特別待遇にならざるを得ないのはある程度仕方の無いこと。 <br />大韓航空機爆破事件の実行犯である彼女の命を、今も北朝鮮が狙っていない・・・という保証はどこにも、ない。 <br />万が一日本滞在中に金賢姫が殺されるようなことがあったら、どうするんだろう？ <br />それこそ日本の恥さらし。 <br />警備を含めて、金賢姫の待遇が特別にならざるを得ないのは、やむを得ないと、私は思うけれども・・・ <br /><br /><br />金賢姫と家族が面会しても得られる情報は古すぎて、即救出に結びつくとは私には思えない。 <br />それでも家族はどんなわずかな手がかりでも知り得たい、と思うのは人としての人情。 <br />それを誰が責められるんだろう？ <br />拉致から数十年もの長きにわたり、この問題を放置し、無視し、いまだ一人も救えないでいる情けない私たち一般国民に、家族のそれを批判する資格や権利は、そもそもあるんでしょうかね・・・？ <br /><br /><br />金賢姫の来日で、一時的には世論の関心は確かに高まるでしょう。 <br />街頭や集会で歯ぎしりするようにして、救出運動を展開するよりも、この度の彼女の来日ははるかにインパクトはあり、世論への波及効果は大きい。 <br />それは否定のしようが無い。 <br /><br />でも・・・ <br /><br />金賢姫が帰国したら、おそらく潮が引いたように、マスコミはこの問題に関心をなくし、世論もおそらく忘れてしまうのです。 <br />年末の今年の十大ニュースの頃に、そういえばそういう出来事もあったなぁ・・・位の関心しか、おそらく大衆は持たないでしょう。 <br />それでは、本当の意味で世論を喚起したとはいえないのでは？と、私は思う。 <br /><br /><br /><br /><br />ただし、です。 <br />一刻も早く拉致被害者を救いたい、救ってほしい、という熱は、依然として大衆の中にはあると、私は確信しています。 <br />それは街頭で署名をお願いするときに、切実に感じています。 <br />忘れっぽいはずの日本人が、2002年9月17日以降8年目の今になっても、拉致を忘れてはいない。 <br />その確信は、私の中には確実にあります。 <br /><br />ただ、問題なのは、大衆の中にある救出へのその熱を、どうすれば上手く掬いあげられるのか？ <br />政治を動かす力へと昇華出来るのか？ <br />私に出来ることは余りにも小さく無力で、正直どうすればいいのか、分からないのです。 <br /><br /><br />国が政治が動かねば、拉致被害者は取り戻せない。 <br />拉致被害者を取り戻すには、水面下で、国民の目に見えないところで、まずはギリギリの情報収集をしなくてはならないでしょう。 <br />その動きは今、政府にあるのかないのか・・・ <br /><br /><br />金賢姫の来日でしか、情報を取れないとしたら、日本のお寒い情報収集能力を嘆くべき。 <br />金賢姫の来日でしか、世論の喚起が図れないとしたら、日本の世論の関心度の薄さを嘆くべき。 <br /><br /><br />その肝心なところを見ずして、目先の批判に終始するのは、私にはピントのずれた議論に思えてなりません。 <br /><br /><br /><br /><br /><br />いつになったら、この日本は日本国民は、拉致被害者を本気で救いだせる国と国民になるのでしょうか？<a name="more"></a>

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<title>沖縄備忘録</title>
<description>母と共に特攻の大叔父を訪ねる慰霊の旅から帰って、早一ヶ月が過ぎました。印象に残った旅の出来ごとはすでに書き綴りましたけど、一つだけ忘れていたことがあったので追加で書き記します。備忘録を兼ねて・・・まずは旅の二日目、平和の礎を訪ねた時の思い出です。ここを訪ねた方はご存じだと思いますが、平和の礎に入るとすぐのところに数ヶ所タッチパネル式の検索ガイドがあり、探したい人の名前を入れると、碑の所在地を教えてくれます。まずはそこで大叔父の名前を入れて、碑のあるところを探し出し、所在地をプ..</description>
<dc:subject>特攻の叔父の話</dc:subject>
<dc:creator>ぴろん</dc:creator>
<dc:date>2010-05-20T22:07:28+09:00</dc:date>
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母と共に特攻の大叔父を訪ねる慰霊の旅から帰って、早一ヶ月が過ぎました。<br />印象に残った旅の出来ごとはすでに書き綴りましたけど、一つだけ忘れていたことがあったので追加で書き記します。<br />備忘録を兼ねて・・・<br /><br /><br />まずは旅の二日目、平和の礎を訪ねた時の思い出です。<br /><br />ここを訪ねた方はご存じだと思いますが、平和の礎に入るとすぐのところに数ヶ所タッチパネル式の検索ガイドがあり、探したい人の名前を入れると、碑の所在地を教えてくれます。<br />まずはそこで大叔父の名前を入れて、碑のあるところを探し出し、所在地をプリントアウト。<br />それを手に広い公園内を探すのですが、そこはガイド役も兼ねた観光タクシーのドライバーさん。<br />平和の礎は案内し慣れていると見えて迷うことなく、千葉県出身者の礎まで連れて行ってくださいました。<br /><br />碑文に刻まれた名前は50音順に並んでいます。<br />石渡のいの字は、50音の初めの方と見当をつけて、石井や石田など石の文字から始まるあたりを探し始めた時でした。<br /><br />「あ！いた！叔父さん、ここにいた！」<br /><br />母の大きな声でした。<br /><br />普通、碑文に刻まれた名前を探し当てたらば、ふつうは「あった！」と言うでしょう。<br />でも、母は「いた！」と叫んだのです。<br /><br />碑文に刻まれた多くの名前は、縁もゆかりもない人から見れば、ただの名前の羅列です。<br />でも母にとっては、石碑に刻まれた叔父の名前は、命の温もりを持った叔父の存在そのもの、だったのだと思います。<br />だから大叔父の名前を見つけた瞬間、本能的に「あった」ではなく「いた！」と叫んだのではないか？と。<br /><br />そして叔父の名前に取りすがって、後は涙、涙。<br />「長い間、寂しい思いをさせてごめんなさい、叔父さんやっと逢いに来たよ」と。<br /><br />沖縄は千葉からは遠い所、そう滅多に行けるところではありません。<br />石碑の名前を写し取って持ち帰ろうと考えて、事前に半紙を準備していったのですが、石碑に半紙を当てて鉛筆でこすって叔父の名前を写し取るその瞬間、自分の口から出た言葉が、<br /><br />「せめて名前だけでも千葉に連れて帰る」<br /><br />でした。<br />持って帰るのではなく、連れて帰る。<br />石碑に刻まれた名前を目にしたその瞬間から、私にとっても、叔父の名前が刻まれた石碑はただの碑文ではなくなったのだと思います。<br /><br /><br /><br />旅の3日目、本部湾にて。<br /><br />本部の海をどうしても訪ねたかったのは、叔父は特攻で戦死し遺骨のひとかけらも故郷には帰れなかったので、叔父に逢いたいと思ったら、叔父の肉体の沈む海に、こちらから訪ねていかなければ逢えないと思ったから。<br />叔父もきっと海の底で寂しい思いをしながら、肉親の訪れを心待ちに待っているのでは？と思ったからです。<br /><br />で、苦心惨憺ようやく訪ねた本部の海で、「叔父さん逢いに来たよ～！」と母子共々声を限りに叫んで。<br />花と線香を供えて、遺骨代わりに本部の浜の石と砂を拾い集め、小一時間も過ごしてさて、そろそろ帰ろうとなった時、母の口から思わずこぼれた言葉が、<br /><br />「叔父さん一緒に帰ろう！和子が叔父さんを背負って帰るから、一緒に千葉まで帰ろう！」<br /><br />でした。<br />はるばる千葉から逢いに来ても、叔父の遺骨を連れ帰ることは出来ない。<br />身代りに浜辺の石と砂を拾っても、やはり叔父の体は、目の前の本部湾の底にいるわけで、置いて帰るのはどうにも忍びない。<br />さて、困ったどうしよう、と思ったその瞬間に、母が叫んだわけです。<br />「一緒に帰ろう！」と。<br /><br />その瞬間、私も思いました。<br />そうだ、一緒に連れて帰ろう、このまま一人ぼっちで叔父さんの魂を置き去りには出来ない。<br />連れて一緒に千葉まで帰ればいいんだ、と。<br />そう思った瞬間から、後ろ髪引かれる思いがす～っと心の中から消え去る感じがしました。<br />物理的には叔父の骨を拾ってはいないので、叔父の体は今も本部の海の底にいるわけですが、それでも魂だけは一緒に沖縄から空路千葉まで連れ帰ってきたと感じております。<br /><br /><br /><br />南方で、シベリアで、無念の死を遂げた日本兵の遺骨が、まだ収拾されずに現地に残されています。<br />きっと彼らは祖国日本に帰りたいに違いない。<br />家族のもとへ、故郷へ、帰りたいはずだと思います。<br /><br />いつだったかアルピニストの野口建さんが、縁あって南方のあるところへ元日本兵の遺骨の調査に同行したとき、多くの遺骨を見つけながら、様々な理由でその御遺骨を持ち帰ることが出来ず、現地に置いたまま日本へ戻らねばならなくなったことがあったそうです。<br />その時、野口さんは「必ず皆さんを迎えに来るから、もうしばらく待っていて欲しい」と涙し、後ろ髪引かれる思いで現地を離れた・・・という記事を読んだことがあります。<br />そのお気持、今の私には分かるような気がします。<br />目の前に、御遺骨があって、無念の魂の存在を目にした時、人はそのままその場を立ち去るなんて、出来ないことだと思いますから。<br /><br /><br />何気ない一言ではあるのですが、母の発した「叔父さんいた！」と「叔父さん一緒に帰ろう！」の言葉に、肉親ならではの思いを感じて頂ければ幸いです。<br />知らない人が見れば、ただの石碑、ただのサンゴ礁の海です。<br />でも、ゆかりの者には、それは単なる物体でも風景でもなく、魂の宿る寄りしろであることを、ご理解いただければ嬉しく思っております。<a name="more"></a>

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